なんか、すいません。
BGM “Highway to Hell” by AC/DC
紅魔館地下の図書館はその時異様な熱気に包まれていた。
無数の本棚に囲まれた中、アリスは今両手を狂った様に振るいながら立ち塞がる“そいつ”と対峙していた。
そいつは曰く言い難い、奇妙なシルエットをしていた。あたかも、人の体へ狂気のままに金釘を打ち付けたが如き、おおよそ言葉では語り辛い形貌だった。
「アリスッ! さあ! 今からこのすべての血管針でつき刺し開けたきさまの全身の穴という穴におれの熱血をおくりこみィィィィィィィ――」
熱源はその男の体液であり、体を流れる血液だった。その、血の一滴一滴が常識では考えられぬほどの尋常ではない熱量を持ち、突き出た異様な血管の先からしゅうしゅうと零れ撒き散らされた血液は床を人形を魔法をも燃やし、アリスを追い詰めていた。
人間にできる所業とも思えなかった。
だがそいつが妖怪でない事は確かだった。幻想郷の人外は弾幕を放ち言葉を使い、なにより、人間を不当に見下したりはしなかった。目に食料として描いていても、ある一定の、互いの“種族”に対する敬意に似た感覚は抱き続けていた。
そいつは決定的に他を下に見ていた。偉大な生物たる、傲慢とも誇りともつかぬ瞳をしていた。
「バースデーケーキのろうそくのように、きれーに火をともして焼いてくれるぜ!」
「クッ!」
人形たちが回遊魚の群れのようにうねり、徒党を組んで襲い掛かるも、全て撃墜される。
両手の五指それぞれに填めた金環から伸びる極極細い糸を縦横無尽に繰ってアリスは人形をけしかけていた。しかし、届かない。指の先が目で追えぬ程の人形繰りの技も、片端から燃やし尽くされてしまうからだ。
その生物の名は――エシディシといった。
「絶望のォ~~~!! ひきつりにごった叫び声をきかしてみせてくれアリスゥ~~!!」
有機物が焦げる異臭。アリスの人形達が墜ちて、無残にも焼け焦げた姿で転がっている。
しかし。
やがて追い詰められ、獲物を求め身を捩らせる血管針が全方位からアリスを取り囲んでも、彼女は不敵な表情を崩さなかった。
ぽとりと血が青いドレスに垂れ、煙が上がる。それでも、アリスは、勝利を確信していた。
「おのれアリス、こんな時に笑みをッ! 恐怖のあまり気でも違ったか!」
「……やれやれだわ」
と、静かにクールに知的な感じの微笑を浮かべていようとしたが、そのうち堪えられなくなり「クックックッ……アハハァ!」と少し気持ち悪いぐらいの高笑いを上げた。
「あのね……こーやって、腕を組んで……目を閉じるのはぁ、あははっ」
エシディシのセリフを借りるならば、気は違っていないにしても、頭のネジの数本は緩んでいそうだった。
「昔も今もわたしはアンタら相手にこう言う――“勝利して、満足する、それだけが満足感よッ!”とね」
なにィ――とエシディシが、そのみなぎる自信の根拠が理解できずに困惑した声を上げた時である。
彼の優れた聴力がその時、傍らの本棚の上から何か――重いものを引き摺るような音を、聞きつけた。
ずりずりと、何か、重量のある物体を引き摺って、本棚の上から顔を出した、それは。
「ま、さか――!」
「そう、上海人形は、先ほどの“メイ”の死体を引っ張ってきていた!」
アリスから供給される魔力をその原動力とする魔法人形の上海は、メイという食欲妖怪の体を気づかれぬよう遠くから少しずつ少しずつ運び、それがエシディシの頭上へとたどり着いていた。アリス・マーガトロイドの永年のテーマ、自立化。ひとまず、簡単なおつかいをこなすぐらいならば、七色の魔法使いにとって大した問題ではなかった。
「いま、幻想郷は境界のアイツのせいで、現実に寄っている……“半分”ぐらいは幻想が薄れている。空を飛べぬというなら、私たちをこの地面に縛り付けている重力という頚木を越えるには、持ち上げて、落とすしかない……!」
メイの頭は、丸々吹っ飛んでいた。燃えて、その首の断面はおぞましく煮立っていた。
しかしその程度で妖怪の「能力」まで消えるわけではなかった。
「レミリアを、吸血鬼をアンタが食った時、それはただの生理現象だと言っていたわね。そしてそこで首無しシチューになってるばかたれは、似たような能力を持っているけれど――たかだか生態としての食事と、“あらゆるものを食らう”能力とがぶつかり合ったならば、はたしてエサとなるのはどっちかしら」
「RRRRRRUUOOOOHHHHHHHH!!」
上から叩きつけられる「何でも食う死体」を前にしたエシディシは、激情をありありと迸らせて「それより先におれの血管針をブチ込んでくれるわ!」とばかりにアリスへ飛び掛った。
迅速に、微塵もアリスは慌てる事無く、ぐぐっと身を屈めて、エシディシの想像とはまるで逆に、全身のバネでもって中空へと躍りだした。
両者の視線が交差するのもまた僅かな時間の隙間であり、
「怪焔王――ッ」
一斉に向けられる血管の束。
それらにアリスは……あろう事か、固く拳を握り締めて、これが私の弾幕だとでも言うかのように――猛然と
魔力のこもったパンチだとか、そういう理屈も一切なく、ただただ飛び切り良くない方へ突き抜けた頭の悪い肉体言語だった。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
煮え立つ血液も血管針も意に介さずエシディシ本体を含めまとめて殴りつけ、叩き潰して、吹っ飛ばした。弾かれたエシディシは迫る死体に「ガオン!」と消され、後には何も残らなかった。脳みそとかもなかった。
「……前に、“人形遣いは人形を繰っている時接近されれば打つ手がないだろう”だとかなんとか、ドヤ顔でほざいて飛び掛ってきた緑色の巫女がいたわ。次の瞬間、そのピーマンは時計よりも酷い事になっていた……なんでかしらね」
やれやれだわ……そう呟いて、くるりと身を翻した。どたっとメイの死体が落ち、床に穴を開け、勢いのまま下へ落下していってすぐに見えなくなった。
振り返ったアリスの視線の先には、怒り心頭と思わしきパチュリーがいた。本を持って、ゆったりした椅子に身を預けているのは平素と変わらない。ただし、顔は本から外れて、アリスを睨みつけていた。
「図書館では、騒がない」
「おっ、アイテムドロップ……なんだハミパか」
アリスが頭に黄色い円盤を出し入れして遊んでいるのを見て、パチュリーも言葉で説得するのを諦めざるを得なかった。小悪魔をけしかけようにも、先ほど湧いたエシディシにレミリア共々食われていたのだ。それと、紫の魔女(パープル)を馬鹿にするのは許せないとか思った。
「おのれ、八雲め……まったく、碌な事をしない」
「肩の凝る戦闘……というほどでもなかったけど、やっぱりエシディシは面倒ね。ピッツァも燃やされるし」
やはり、程度の問題なのかもしれなかった。
本そのものにはパチュリー手ずから保護がかけられてはいたが、その周りの被害をどうするのか。それは、神のみならず悪魔さえ出没する幻想郷でも、容易には答えられないクエスチョンだった。
何書いてんだろ、眠いんかな……。
※八日加筆修正。勢いで書いたやつから誤字とか表現とか直しただけだしッ。