厨二なボーダー隊員   作:龍流

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リーフ・アンド・フラワー

 はじめてかもしれないと思った。

 

「やるからには、一番目指すんじゃなかったの?」

 

 思えば華は、いつも葉子に『何か』を言う側だった。

 だから、こうして葉子に『何か』を言われるということが。現状をそのまま現しているように思えて。

 

「それは……」

 

 声が震えた。

 

 『言っておくけど……やるからには一番目指すよ。わたしは』

 

 どうして、忘れていたのだろう。

 そう言ったのは自分で。口に出した言葉には、自分で責任を負わなければならないはずなのに。

 

「……べつに、華のことを責めてるわけじゃない」

 

 葉子は、ボーダー本部を見た。

 

「アタシは、アタシがやりたいことをやってるだけ。大規模侵攻で負けて、アタシ自身にムカついた。だから、強くなりたいって思った」

 

 知っている。

 葉子がそういう人間であることを、華はよく知っている。

 

「でも、だから確かめたくなった。アタシは強くなりたい。華は、どうなの?」

 

 いつぶりだろう?

 こんなに真剣な表情の葉子を見るのは。

 

「わたしは……」

 

 答えなければいけないと思った。

 それと同時に。

 多分、わたしは今。ひどい表情(かお)をしているんだろうな、と。華は自分を笑いたくなった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 染井華は笑わない。

 葉子が覚えている限り、華はいつも仏頂面で、遊びに来る時も本を手離さず。自分の家では難しい顔をしてペンを持ち、机に向き合っていた。どうして、アタシ達は仲が良いのだろう、と。葉子は、自分でも不思議に思ったことがある。

 かといって、仲が良い理由を問われても答えられない。ただ偶然、家が隣で。気がついたらいつも遊んでいて。文句を言いつつも一緒にいて、

 

「(麓郎。さっさと配置ついて)」

「(もう少し待て! すぐつく!)」

『葉子。相手は2人ずつだよ。注意して』

「(如月隊のルーキーは片足もがれて死にかけでしょ。問題なし)」

 

 そして、今も一緒に戦っている。

 香取隊の得点は、現在3点。雄太が落とされたとはいえ、得点では一歩抜きん出てリードしている形だ。狙撃手を落とした以上、余計な横槍が入る心配ももうない。影浦を除いた全員が一堂に会した、ここが勝負所。

 

「ハウンド」

「ハウンド!」

 

 王子と樫尾が、一斉に追尾弾のキューブを生成して放つ。両者の視線は、完全にこちらを捉えていた。視線誘導の厄介なところだ。思わず、葉子は舌打ちを漏らしたが、

 

『っ……ろっくん! ステルス解除して! 狙われてるよ!』

 

 サポートに入っている雄太の警告と同時。放出された弾丸の全てが、何もないはずの空間に向けて不自然に曲がった。王子隊の狙いは、葉子ではない。

 

「ちっ……バレバレかよ」

 

 カメレオンで潜伏していた麓郎だ。

 トリオン探知誘導。視線誘導と並ぶ追尾弾の強みであり……隠密行動への明確な回答の一つだ。カメレオンの発動中は、シールドを使えない。追尾弾に食いつかれれば、カメレオンを解除して防御するしかないのだ。

 追尾弾の誘導は、ある程度調整が効く。王子と樫尾は放ったそれらの弾丸は決して強い誘導が効いているわけではなかったが、避けきれるほどぬるい追尾でもなかった。結果、麓郎は隠密を解いてシールドを起動するしかなく。姿を現した麓郎を見て、王子が動く。

 

「やっぱりジャクソンが上がって来ていたね。カシオ、詰めるよ」

「了解!」

 

 接近してくる王子隊に舌打ちをこぼすのも束の間。

 迎え打とうとする葉子の視界を遮ったのは、乱立する壁だった。

 

「エスクード……!?」

 

 ありえない、と葉子は思った。

 エスクードは優秀な防御用トリガーだが、トリオンの消費量が多いという弱点を抱えている。余程トリオン量が多いならともかく、視界を覆いつくすようなこのペースで乱発すれば、トリオンの方が先に尽きる。脚をほぼ丸ごと失った丙のトリオン漏出は、相応に大きいはず。

 つまり、これは。

 

「自爆覚悟……!」

『2人とも、狙いを丙くんに絞って。このまま落ちたら、影浦隊のポイントになるわ』

 

 戦闘体が活動限界に陥る理由は、主に二つ。伝達脳や供給器官の致命的な損傷。そして、トリオンの漏出過多による崩壊。華が危惧しているのは後者だった。

 首が斬られる。心臓を刺される。そういった致命傷ならばわかりやすいが、蓄積したダメージが原因で緊急脱出した場合。そのポイントは、ダメージを最も多く与えた隊員のものになる。つまり、この場合はユズル……影浦隊のポイントになってしまう。

 香取隊にこれ以上得点されるくらいなら、影浦隊に1点渡した方がマシだ、という如月隊の思考が透けて見えた。

 

「うっざ……」

 

 ボーダーのランク戦では、明言こそされていないものの、点数調整を目的とした故意の自殺行為はご法度である。だが、トリガーの使用によってトリオンが尽きるのであれば、そのルールの穴を突ける。

 並び立つエスクードの間を縫って接近。丙を狙いにいく。が、それは王子隊も同じ。獲りやすい点が逃げるのを阻止すべく、狙いが集中する。

 しかし、射線が通らないエスクードの森の中。敵が近づいてくるのは龍神にとって好都合だ。

 仕掛けてきたのは、やはり葉子の方だった。視界の死角から飛び出してきた弧月。ぎらついて鈍く光る切っ先を受け止め、スコーピオンに亀裂がはしる。瞬間、間を走り抜けるようにして、片足で死にかけの丙がエスクードから飛び出した。

 

「……なるほどね」

 

 手首を失った龍神の左腕から、グラスホッパーの起動音が鳴る。展開したそれは、丙の足元。踏み込んで飛び出す先は、先ほどユズルがエスケープに失敗した吹き抜けだ。

 エスクードの乱発で自爆覚悟……に見せかけた逃げの一手。直下の高低差を利用すれば、60メートルの緊急脱出制限距離を稼いで逃げ切れる、という思考。

 

「みえみえだっての」

 

 そんなことを、させるわけがない。

 空中へと飛び出しかけた丙に対し、葉子は急制動をかけて、地面に叩きつけた。

 

「ぐっ……は?」

 

 何を使って? 

 当然、龍神と同じグラスホッパーを使って、だ。

 

「グラスホッパー……!?」

「なに驚いてんの? アンタが『踏ませて』逃がそうとするなら、アタシだって『当てて』止めるに決まってんでしょ?」

 

 グラスホッパーで飛び出す方向を先読みして、グラスホッパーを置く。とんでもない高等技術を、葉子は咄嗟にやってのける。

 練習したことはない。だが、この瞬間はこれが最適解だと確信した。だから、やった。それだけのこと。

 龍神を煽るだけ煽り、葉子は即座に距離を取った。後ろ手に拳銃を引き抜き、潰れたカエルのようにのびている丙へ、銃口を向ける。それに合わせて、麓郎もエスクードの影から飛び出した。

 

「麓郎!」

「ああ!」

 

 重なる銃撃。十字砲火(クロスファイア)

 

「くっ……!?」

 

 丙が前後に展開したシールドが、嫌な音を響かせ、そして、

 

「それ以上は、困るよ」

 

 重ねられた別のシールドが香取と麓郎の通常弾を阻み、交差する銃撃の中に王子が飛び込んだ。

 

「なっ!?」

 

 駆け抜け、すれ違う瞬間に、一突き。地面に体をそのまま縫い付けるようにして、スコーピオンが丙の背中を穿ち抜く。

 それはいやらしいほど正確に、供給器官を狙った一撃だった。

 

「ちっくしょう……」

『供給器官、破損。緊急脱出(ベイルアウト)

 

 王子隊、2点目。またもや、香取隊が丙という獲物を横取りされた形だった。

 

「王子ぃ……」

「顔がこわいよ、カトリーヌ」

 

 だが、当然。目の前でむざむざ丙を落とされた屈辱は、葉子よりも龍神の方が大きい。

 

「七式……浦菊」

 

 苛立ちをそのまま込めたような、大振りで力任せの旋空。エスクードを両断する一閃を王子は上に跳んで避けたが、ブレードの延長線上にいた麓郎はそうはいかなかった。

 

「おっと……!」

「ぐっ……しまった」

 

 右の脛を両断される形で失い、膝をつく。丙がやられた分は点を取って奪い返す、と言わんばかりに。龍神はそのまま麓郎に向けて突進。敵である龍神に合わせるように樫尾がすかさず後ろを挟み、追尾弾を麓郎に照準する。そして、王子は一切の迷いを見せず、葉子に向かってきた。

 ダメージを負った麓郎を狙う龍神と樫尾。葉子を抑える王子、という構図。たまらず、葉子は拳銃を強く握りしめた。

 

(……ミスった。位置がいやらしすぎる)

 

 麓郎への距離は20メートル弱。フォローのシールドがギリギリ届く距離だが、王子は片手のトリガーだけで相手をできるほど甘い相手ではない。そして、脚を失った麓郎は逃げることもできず、龍神と樫尾に挟まれて落ちる。結果、生まれるのは2対1対1という、王子隊にとって理想のシチュエーションだ。

 

「快進撃はここまでだよ。カトリーヌ」

 

 手詰まり。

 この試合がはじまって、遂に訪れた明確な窮地。

 

 されど。

 

『葉子、麓郎くん。わたしの指示通り動いて』

 

 冷静な幼馴染の声が耳を打った。

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 気持ちを言葉にするのに、少し時間がかかった。

 葉子の瞳は揺れずに、じっとこちらを見詰めていた。それでも、華が言葉をまとめるまで、待っていてくれた。

 唇が乾く。喉が干上がる。けれど、言わなければならない。向き合うことから逃げていたのは、自分の方なのだから。

 

「わたしは……多分、安心していたんだと思う」

 

 華は今、自分が幸せだと思っている。

 あの時。両親を見捨てて、葉子を助けた。だから、葉子はボーダーにまでついてきてくれて。華のチームのエースになってくれた。

 葉子だけじゃない。

 麓郎がいて、雄太がいて。四人が揃った香取隊というチームが新しくできた。それは家族の代わりになるものではなかったけれど、華にとって間違いなく、大切な居場所になった。

 喧嘩はたくさんした。揉めることは一度や二度ではなかった。それでも、B級ランク戦で、二期連続上位キープという成果を残すことができた。無理に変わらなくてもいいと思った。変わる必要はないと、安心した。むしろ、変わってはいけないとすら思った。

 

「だって変わったら……今のチームが、壊れてしまうかもしれないから」

 

 もしも、葉子がボーダーをやめてしまったら? 

 ボーダーをやめるだけなら、それでいい。でも、そのまま自分から離れてしまったら? 

 華はそれを止められない。これまでずっと「やりたいことをやった方がいい」と言ってきたのは、華だ。だから、葉子がボーダーをやめて、自分から離れていくというのなら、それを止める権利は華にはない。引き留めてはいけない。止めてはいけない。

 

 葉子のせいに、してはいけない。

 

 だけど、頭の中で。心の奥底でこうも思うのだ。

 

 ──お父さんとお母さんを見捨てて

 

 そんな風に、

 

 ──指先をボロボロにして、助けてあげたのに? 

 

 絶対に、考えてはいけないのに。

 自分の中の醜い部分を、晒けだされている気がした。

 

「ごめんなさい。もし、葉子がもっとちゃんと強くなりたいなら、今のわたしは能力が足りないかもしれない。今のチームも、葉子に相応しくないかもしれない」

 

 そうだ。

 葉子のせいにしてはいけない。

 

「だから、チームを解散したいなら、解散してくれて構わない」

 

 葉子のせいにしてはいけない。

 

「わたしというオペレーターが不満なら、わたしは香取隊をやめる」

 

 葉子のせいにしてはいけない。

 

「葉子は、やりたいことをやった方がいい」

 

 握りしめた手袋が、軋んで音を鳴らす。

 それが、親友の選択なら。受け入れなければいけないから。

 

「…………わかった」

 

 返答は簡潔だった。

 葉子はゆっくりと華に歩み寄って、手を振り上げた。

 

「……え?」

 

 乾いた音と、鈍い痛み。

 頬を打たれた、と。認識するまでに、少し時間がかかった。思わずそのまま、華は地面に尻餅をついた。

 

「やりたいこと、やった」

 

 淡々と。

 

「バカな幼馴染が、バカなこと言うから」

 

 だから、頬をぶった、と。

 とんでもない暴論と暴力を、葉子は振るった。

 

「ほんとさ……ほんっとにさ。バカじゃないの?」

 

 心の底から。見下げ果てたと言いたげに。

 実際に見下ろしながら、その言葉は続く。

 

 

 

「アタシが、華以外のオペレーターと組むわけないじゃん」

 

 

 

 打たれた頬が、痛い。

 

「……だって」

「関係ないから。アタシは、華に助けてもらったから、ボーダーに入ったんじゃない」

 

 眼鏡が地面に落ちないように、気を遣って打たれた頬が、痛くて。

 

「アタシがやりたいから……華といっしょにやりたいから、ボーダーに入ったの」

 

 本当に痛くて。

 

「だから、自分に能力が足りない、とか。チームが壊れちゃうかもしれない、とか。そんなことは──」

 

 痛くて。痛くて。堪らなくて。

 

 

「──華が気にすることじゃない」

 

 

 だから、涙が止まらない。

 

「ほら、もう泣かないで。華に泣かれると、なんか調子狂うわ」

「……泣いて、ない」

「いや、泣いてるでしょ」

 

 いつの間にか。座り込んだ華と同じ目線になるように、葉子はしゃがんでいた。

 

「大丈夫。大丈夫だから」

「……うん」

「アタシ、強くなるから」

「……うん」

「アタシ、ちゃんとやるから」

「……ほんとに?」

「うん。華が手伝ってくれたら、絶対できるよ」

 

 手袋越しでも、握りしめられた手は温かい。

 この温もりを。絶対に忘れないようにしよう、と。染井華は思った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 香取葉子と染井華は、互いにそれを理解していた。

 

 わかっていたはずだった。

 自分には才能があるから、自分は天才だから、と。

 言い訳をして。工夫と努力から逃げていた。

 けれど、大規模侵攻で実際に『黒トリガー』と戦って。その圧倒的な実力を前に、膝を折った。嫌が応にも、強引に理解させられた。絶対的な力の差を。

 だから、もう遅いとしても。積み重ねることをやめてはいけないと思った。

 

 分かっていたはずだった。

 自分は彼女を助けたから。側にいてくれるから、大丈夫だ、と。

 何も言わずに隣にいてくれる優しさに、甘えていた。

 けれど、大規模侵攻を経て。自ら変わろうとする親友に強い疎外感と不安を覚えた。嫌が応にも、強引に自覚させられた。立ち止まっている自分自身を。

 だから、たとえ怖くても。前に進まなければいけないと思った。

 

 花は、葉がなければ咲かない。

 日の光を集める葉がなければ、枯れてしまう。

 

 だけど、逆に考えることはできないだろうか?

 

 葉っぱは、咲いてくれる花のためにがんばれる。

 

 他の人を助けたい、街を守りたい、なんて。大それた目的意識は香取葉子の中にはない。顔を見たこともない人間のために、がんばって努力するほど、自分は聖人君主じゃない。葉子は悪びれもせずに答えるだろう。

 

 大事な人を助けるため?

 

 違う。染井華が失ったものは、もう二度と戻ってこない。どんなに葉子が努力しても、取り戻すことは叶わない。

 

 がんばればきっと願い(ユメ)は叶う? 

 

 わからない。努力と工夫を、葉子はまだはじめたばかりだ。それが実を結ぶかなんて、未来でも見えない限り予測不可能だ。あるいは先に努力を積み重ねてきた人間に追いつけないかもしれない。

 目的。努力の理由。

 なんだろう、と考える。

 明確な答えは出ないけれど。

 

 

 ただ、手袋に包まれた幼馴染の手のひらは、ずっと隣で見てきた。

 

 

 言葉に出す必要はない。

 あの日、自分を助けてくれた両手は、今も香取隊というチームを支えてくれている。

 

 

 

 

 

 華から麓郎への指示は簡潔だった。

 

『麓郎くん。葉子のために死んで』

 

 ここで「いやだ」と言えないのが、麓郎が彼女に惚れた弱みであり。

 ここで「了解」と言ってしまう程度には、麓郎は自分のチームのワガママなエースを信頼するようになった。

 

「了解……っ!」

 

 樫尾の追尾弾が、麓郎を貫く。降り注ぐ弾丸に対して、ノーガード。放たれた十数の追尾弾。その全てが麓郎に直撃し、全身に風穴を穿つ。

 樫尾は、目を剝いた。反撃の銃撃も、防御のためのシールドもなし。では、この瞬間。彼の両手のトリガーは、一体何をしているのか。

 

「……王子先輩っ!」

 

 言うまでもなく、その両防御(フルガード)はエースに捧げられている。

 シールドの展開可能距離は、25メートル。その間合いに、自然と誘導されていた事実に。王子一彰は驚愕した。間違いなく、この試合で最も強い衝撃を受けた。

 攻撃を仕掛けるタイミングの調整。麓郎の広い視点と陽動。そして何より、それらを統括する完璧なオペレーション。

 牽制の追尾弾は、全て麓郎が自らを犠牲にして張った両防御に阻まれる。蜂の巣になった戦闘体が崩壊するまでの一瞬。されどその一瞬、葉子の両手がフリーとなる。

 漆黒の弾丸が、満を持して牙を剥いた。

 弧月を握る左腕に着弾。腕が垂れ下がる。

 右膝と足首に着弾。バランスが崩され、機動が殺される。

 苦し紛れに正面に張ったシールドが、滑らかな判断と動作で切り替えられたスコーピオンの両攻撃(フルアタック)によって、叩き割られる。

 味方への信頼。己が積み上げた技量。それらが合わさってはじめて成立する、エースの一撃。

 事、ここに至って王子一彰は理解する。

 

「やられたね……」

 

 この試合のジョーカーは、如月龍神ではなく。目の前の少女だったということに。

 

「お見事だよ、カトリーヌ」

 

 死に際に贈られたその賛辞を、けれど葉子は鼻で笑った。

 

「当然でしょ」

 

 影浦隊は強い。

 如月隊は底知れない。

 王子隊は面倒だ。

 

 だけど、そんなことは関係ない。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 強がりではなく。

 あの日、華と交わした言葉を。

 今の葉子は、胸を張って言える。

 

『葉子』

「ナイス、華」

 

 例え、歩みが遅かったとしても。

 回り道であったとしても。

 積み重ねてきた信頼と経験は、決してゼロではない。

 だから、これは進歩でも進化でもない。

 

 

 

 結実(けつじつ)だ。

 

 

 

緊急脱出(ベイルアウト)

 

 香取葉子、個人ではなく。

 

「……あと一応、麓郎もナイス」

『一応は余計だろ!』

 

 香取隊というチームが、今。華開(はなひら)く。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

「隊長っ……!」

 

 頭に血が上った樫尾に、一撃を入れるのは容易かった。

 王子が落ちた衝撃が冷めぬ間に、がら空きの背中に旋空を叩き込む。腹ごと両断された樫尾が悔しげにこちらを見たが、散々戦場をかき回した上で、3点も獲っていったのだ。恨まれる筋合いはない。

 まるで盗人のように2点目を獲得して、龍神は深く息を吐いた。

 

『……如月くん』

「言うな、江渡上」

 

 このラウンド。如月隊が最も深く警戒していたのは、影浦隊だった。しかし、実際に蓋を開けてみれば、待っていたのはこの有り様だ。

 影浦隊、1点。

 如月隊、2点。

 王子隊、3点。

 香取隊、4点。

 終始リードを保ちつつ、盤面の維持に注力していた王子隊を全滅させて龍神の目の前に立ちはだかっているのは、僅かな切り傷を除いてほぼ無傷の、香取葉子だ。

 

「俺達の見立てが甘かった。それだけのことだろう」

 

 香取は変わった。明らかに、強くなった。そして香取だけでなく、香取隊というチームが、進化していた。

 その素質も、センスも、龍神は以前から認めていた。だから、この縦横無尽の活躍に、疑問はない。大規模侵攻を経験し、三輪との訓練を重ねて、香取葉子は強くなった。努力や工夫を嫌っていた人間が、努力と工夫をするようになった。香取の変化は、言ってしまえばそれだけのことだ。

 けれど、違うのだ。それだけではない。経験と訓練。稼いだポイントと積み上げた時間。目に見える形で示すことができる結果とは違う。もっと漠然とした、客観的に表現できない強さ。

 

「あとは、アンタと影浦だけね」

 

 強い気持ちが、今の香取葉子には宿っていた。

 

「……お前に、俺が倒せるとでも?」

「倒す」

 

 安い挑発は、簡潔な断言で切って捨てられた。

 

 声に籠もった、熱が違う。

 身体を支える、芯が違う。

 敵を見据える、瞳が違う。

 

「アンタ……アタシの気持ち、舐めてるんじゃないの?」

 

 きっと、それら全ての根幹を成すのが。今、香取の胸の中にあるものなのだろう、と。確信する。

 大規模侵攻の前。三輪に言われた言葉を思い出す。

 

 ──無理に分かれとは言わない。分かって貰おうとも思わない。分かるわけがないからだ。何も失ったことがないお前は、いつものようにへらへら笑って剣を握っていればいい

 

 知っている。

 

 ──お前の強さの根底にあるのは幼稚な憧れだ。俺が戦う理由とは、絶対に相容れない

 

 知っているとも。

 

「舐めてなどいないさ……ただ、これだけは言わせてもらうぞ」

 

 龍神は笑った。

 弧月をゆっくりと構え、切っ先を向ける。

 香取や三輪が心に宿しているそれを、きっと自分は持っていない。

 

 だとしても、

 

 

「『気持ちの強さは関係ないだろう』」

 

 

 それはもう、踏み越えていくと決めた。




ネタバレにならない範囲で語る今月のワートリ

・追尾弾すげぇ!
・弓場ちゃん!!髪が!!
・追尾弾すげぇ!
・追尾弾すげぇ!
・弓場ちゃん!!髪が!!
・グラホの仕様わかった!!
・追尾弾すげぇ!

でした。あれ見せられると、射手書きたくなりますね
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