「シールド」
荒船の渾身の一手に対して、太刀川が行ったのは何の変哲もない防御だった。
それは、攻撃手なら誰もが当たり前に行う、射撃に対するシールドの展開。決して特筆すべき動作ではない。ありふれた対応。
だからこそ、荒船の奇策に目を見張った観客たちは、絶句する。戦況を変えるはずだった切り札を、当然の防御で叩き伏せる、その現実に言葉を失う。
太刀川慶を、攻撃手ランキング1位たらしめているものは何か。
弧月の二刀による、攻撃性能。ノーマルトリガーの中で最も威力が高い『旋空』を、両手で使用する爆発的な決定力か?
純粋な剣技。忍田真史が直々に鍛え上げた、近接戦闘の地力。未来視のサイドエフェクトを有する迅悠一と互角の戦いを可能とする練度か?
それもある。しかし、それ以上の、当たり前の答えが、そこにあった。
思考を超えた、反射速度。
たとえ、不意を突かれようと、狙撃手が射撃トリガーを持ち出そうと。そんな奇策に意識を左右されることなく、呼吸をするように繰り出された一手を捌く。
基本的な防御トリガーの取り扱いだけでも、使う者によってその練度には雲泥の差が生じる。そして太刀川は、現ボーダー最強の攻撃手だ。
シールドの展開速度。弧月の腕前に隠れて目立たない、その一点においても、太刀川は強い。
それらすべての事実を踏まえた上で、
「それでこそ、あのバカのライバルだ」
荒船哲次は、獰猛に笑った。
連射された弾丸が、シールドに着弾する。
太刀川が展開したシールドによって阻まれたそれらが、爆発し、炸裂する。
『アステロイドじゃないっ!?』
『メテオラか』
解説席の小南と風間が、同時に叫び、呟いた。
荒船が射撃トリガーとして選択したのは『
銃型トリガーに
しかし、荒船は銃型トリガーとして、あえて
取り回しの良さと引き換えに単発の威力と口径が小さい
だが、それでいい。
『上手い。メテオラなら、防がれても視界と動きを封じる』
荒船の選択を、東は一言で端的にそう評した。
荒船が今回の戦いのために用意した射撃トリガーは、どこまでいっても付け焼き刃。弧月やイーグレットほどの練度はなく、それ以上は望めない。
故に、狙いが粗くても、防がれたとしても、一定の効果を発揮できる
荒船は凡才だ。攻撃手としても、狙撃手としても、そして銃手としても、特異な一芸に秀でた者たちには、きっと及ばない。
だから、組み合わせる。工夫する。手元に積み上げてきた凡庸をかき集めて、天才の唯一無二を脅かす力に変える。
「くっ」
シールドを展開した、太刀川の動きが止まる。
無防備な空中から、地面へ。荒船が着地するまでの隙が生まれる。
着地した荒船は、すでに弧月を抜いている。ここはもう既に、旋空が届く距離だ。
いける。
太刀川を、獲れる。
「旋空──」
射撃トリガーから、ブレードトリガーへ。
手に取る武器を滑らかに切り替えた荒船の、
「バイパー」
その足元を、いくつもの弾丸が駆け抜け、右脚を撃ち砕いた。
「っ……出水」
「ビンゴだぜ。荒船さん」
太刀川の背後で、一芸に秀でた
そもそも、狙撃地点を爆撃し、荒船を動かしたのは出水だ。ならば、動かしたあとを考えて着地するその先に弾を置いておくことは、何ら不思議ではない。
それをやってのけるのが、天才。
それをやってのけるのが、A級1位。
そして、出水公平の援護は、
「──旋空弧月」
常に、太刀川慶の得点のために、捧げられている。
閃いた二刀の旋空は、荒船の体を一撃で十字に斬り裂いた。
「あーあ。勝てると思ったのによ」
「甘いな、荒船。旋空の間合いだ。俺が負けるわけねぇだろ」
『供給器官、破損。伝達系、切断。トリオン漏出、甚大』
完膚なきまでに断ち切られた戦闘体に、亀裂がはしる。
「まあ、仕方ない」
もはや覆しようのない敗北という現実の中で、
「仕事はした」
荒船は、ニヒルに笑ってみせた。
『戦闘体、活動限界。
合流までに要する時間、約20秒。
その20秒を
崩壊したトリオン体。
『太刀川さん! 上方警戒!』
「おう。見えてる」
国近の警告の声と同時。飛び退いた太刀川の足元を、旋空弧月の斬撃が裂く。
「バカが降ってきやがった」
「ふっ……待たせたな、太刀川」
「べつに待ってねぇ」
片腕を失った二宮を守るように。
追いついてきた龍神と影浦を、太刀川は薄く笑いながら見た。
「勝負どころってやつだな。いくぞ、出水」
「はい。太刀川さん」
◇◇◇◇
出水公平は、天才と呼ばれることが多い。
豊富なトリオンに恵まれた。ボーダーに四種ある射手用トリガー、そのすべてを扱える適性があった。合成弾を思いつきで生み出す、センスを持っていた。
射手ランキング1位である二宮も、出水に自ら頭を下げて、師事を仰いだ。
太刀川を支えて、A級1位という一つの頂点を見た。
凡才と天才を客観的に評価する要素が、結果であるのなら。
すべての結果が、出水公平が天才であることを示していた。
「出水は努力家だな」
なので。
コタツに入ってみかんをむいていたタイミングで龍神から急にそんなことを言われて、ひどく驚いたことを、出水はよく覚えている。
「努力家ぁ? おれがか?」
「そんな素っ頓狂な声で否定することはないだろう。あ、みかん取ってくれ」
「だって言われたことねーもん。何個?」
「二個くれ」
みかんを渡しながら端的な事実を伝えると、逆に龍神は不思議そうに首を捻った。
「しかし……そうか。あまり言われたことがないのか」
「ねぇよ。槍バカから弾バカ呼ばわりはされるけどな」
「たしかに、お前は涼しい顔でめちゃくちゃ器用にバイパーとか撃つもんな……正直うらやましいぞ。おい、テレビのリモコンどこだ?」
「あれはお前が弾トリガー使うの下手すぎるだけだ。あと、リモコンはそっちにあんだろ。探せ」
がさごそと、龍神はコタツの下を漁りはじめた。
太刀川隊の作戦室は汚い。定期的な掃除が済んだあとを除けば、大体いつも散らかっている。
「だが、努力しなければすべての弾トリガーでマスタークラスに到達するのは難しいだろう? ちょっとまて。リモコンまじでないぞ」
「ってもなぁ……太刀川さんに誘われてからは、引っ張られてランク戦やら個人戦やってたら、いつの間にかポイントのってたしなぁ? 合成弾とか作ったのも、思いつきだし。そっちのクッションの下とかひっくり返せよ」
「くっ……うらやましい! 俺もそういう隠された才能をいつの間にか発揮する感じでトリガー開発に貢献したい! 弧月とスコーピオンを合体とかさせたい!」
「はいはい。いつかできたらいいな。つーか、もうリモコンなくてもよくね? チャンネルこのままでいいだろ。明日探そうぜ」
「だめだ。今日は9時から俺が楽しみにしていた『ピラミッドの秘密・禁断の闇に秘められたファラオの謎』がある」
「家で観ろよ。ていうか録画しとけよ。あと、リモコンあろうがなかろうが、チャンネルはこのままだ。おれはこのあとお笑いを観る」
「なっ……ずるいぞ出水! 録画しろ!」
「ウチの作戦室なんだよ! みかん取り上げるぞ!」
出水公平と如月龍神の間に、特別な物語はない。
思い出すのは、こんなくだらないやりとりばかりで。
「あ、そうだ出水」
「なんだよ」
「明日の宿題で、英語の辞書を使うんだ。ちょっと貸してくれ」
「え。じゃあお前が今広げてるその分厚い本なに?」
「ふっ……これは間違えて持ってきた趣味のドイツ語の辞書だ」
「……」
「読むか?」
「いらねえ」
何の変哲もない、ただの友達だ。
◆◆◆◆
「やるなぁ。ここで二宮さんが落ちてれば、それで終わりだったのに」
上層部に交じって観戦を続ける迅は、能天気にそんなことを呟いた。
迅悠一には、未来視の
「あのねぇ、迅くん。何か見えているのなら、我々に少しくらい情報を共有してくれても……」
まるで他人事のようなその言い草に、はらはらと戦況を見守っている根付が苦言を呈する。
「ごめんね、根付さん。でも、この戦いの先が気になるなら、もう目を離さずに見守っていた方が良いと思うよ?」
決着のときが、近づいてきた。
迅悠一は、戦いの行く末を見ている。
──未来の分岐点まで、あと30秒。
「きたかよ、龍神」
「ああ。勝負だ、出水」
戦局と結末の鍵を握るのは、No.2
「こいよ。わくわく厨二野郎。蜂の巣にしてやる」
ボーダー随一の、天才。
嵐山さんと柿崎さんの突撃銃の装備セットがアステロイドとメテオラで同じなのとても好きなんですよね。黒トリ戦の十字砲火と同じノリで、メテオラ同時発射の火力集中とかやってたんだろうなって。それをザキさんが使い続けてるのが良い。
照屋ちゃんが小器用なハウンドなのも好きです。