厨二なボーダー隊員   作:龍流

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風の刃

 太刀川慶という男にとって、迅悠一は最大のライバルだった。

 『弧月』を使った勝負で太刀川が負け越すことは最後までなかったが、迅はエンジニアと共に新型ブレードトリガー『スコーピオン』を開発。『弧月』とは違うトリッキーな性質を存分に活かし、太刀川との戦績を五分五分にまで引き上げた。

 『おもしろいやつ』だと思った。『弧月』では勝てないことを認め、自分に合うような新型トリガーまで発案、開発して張り合ってくる。それをズルいと考える人間もいるかもしれないが、勝つ為にできる努力を全てしてくるその姿勢を、太刀川はむしろ好ましく思った。

 おもしろい。とてもおもしろい。

 勝っては負け、負けては勝ち、また勝負する。互いに互いを高め合う。そうして迅と太刀川は、攻撃手(アタッカー)として最高の関係を築いていった。

 迅が黒(ブラック)トリガー『風刃』を、手にするまでは。

 A級隊員から『S級隊員』となった迅はランク戦に参加できなくなり、太刀川は迅と戦えなくなった。

 

 つまらなかった。

 

 そんなもの、手放しちまえよ、とは言えなかった。迅にとって『風刃』は師匠の形見、そして師匠本人であるようなものだ。迅は他の『風刃』の適合者達とは『風刃』に対する気持ちが違う。『風刃』の所有者を決める戦いで迅が圧勝したのは、ある意味当然だ。

 あるいは、太刀川も『風刃』に選ばれていれば、争奪戦の戦いで気持ちの区切りをつけることができていたのかもしれない。だが、太刀川は『風刃』に選ばれなかった。

 仕方ないさ、と諦める自分の裏に、戦い足りない、もっと迅と戦いたい、と我が儘を言う自分もいた。

 贅沢は言わない。

 もう一度、もう一度だけあの熱い勝負を。ひりつくような感覚を。

 迅悠一と、刃を合わせる機会を。

 太刀川は、今回の任務を自分達に命じた城戸に感謝していた。彼の考えと行いが正しいのか、そんなことはどうでもいい。

 『風刃』を持つ迅悠一と戦う機会を与えてくれた。

 その一点に限って、太刀川は城戸に感謝した。

 そして、黒トリガー『風刃』と戦う機会を得た今夜、太刀川は決意した。

 必ずこの手で、迅と『風刃』を叩き斬る、と。

 

「『双撃旋空』はお前を倒すためのとっておきだ」

 

 『風刃』は接近してしまえばただのブレードと同じであり、『遠隔斬撃』という強みは失われる。太刀川が考えたのは『距離』をとられた場合にどう戦うかだった。

 太刀川の遠距離攻撃手段は『弧月』の専用オプショントリガー『旋空』のみ。『風刃』と『旋空』は『斬撃』を飛ばすという攻撃のイメージは似ているかもしれないが、その実態はまったく別物だ。比較してみても、黒トリガーである『風刃』の方が圧倒的に攻撃性能に優れているのは当たり前の話だった。

 だから太刀川は逆に考えた。『スコーピオン』の二刀流を使えば、迅は太刀川を相手にノーマルトリガーでもほぼ互角。だが『風刃』を使っている間は、迅は一振りのブレードしか使えない。

 そして『黒トリガー』を使っている間は、通常の『トリガー』も使えない。迅は『グラスホッパー』で飛びのくことも、『シールド』で防御することもできない。

 つまり『防御』という面に関して『風刃』には大きな穴がある。迅は『未来予知』の副作用(サイドエフェクト)による恩恵で、使用する『トリガー』に関係なく防御についてはかなりのアドバンテージがあるが、太刀川にそれは通用しない。

 たとえ『未来予知』の副作用(サイドエフェクト)があろうとも、太刀川慶は迅悠一を幾度となく斬り捨ててきたのだから。

 ブレード一本だけでは絶対に防げない斬撃を同時に、予知による対処が追い付かないほどのスピードで叩き込めば――

 

「そら、もう一発だ!」

 

 ――迅を倒せる。

 その発想は、太刀川の神業的な技量があってはじめて成立した。

 両手を交差させ、さながら居合いのように、同時に振り抜く。瞬間、延長されたブレードが、両側から挟み込むように敵を切り裂く。

 『双撃旋空』の原理は、説明するならたったこれだけだ。

 

「ぬおっ!?」

 

 繰り出される斬撃。伸びるブレードは2本。だというのに、斬り裂かれた背後の壁を見て、迅は戦慄する。

 切断面が寸分違わず、まるで一振りの刀で一刀両断されたかのように、繋がっていたからだ。

 

「いやいやいや……ちょっとおかしいでしょ、太刀川さん」

 

 なんという技術。なんという執念。

 正面からぶつかっては、圧倒される。狙撃に晒されるのにも構わず、迅は踵を返して太刀川から離れた。

 

(射線を切って……さらに太刀川さんを誘い込むには)

 

 やや焦りながら周囲を見回すと、絶好の場所を発見。太刀川の『旋空弧月』を捌きながら、迅は背後の倉庫へと飛び込んだ。

 対する太刀川は、ニヤリと笑みを漏らす。

 

「逃げ場はないぞ、迅」

 

 余裕が含まれた太刀川の言葉に、迅も笑みを返してみせた。

 そう。太刀川にそう思い込ませるのが、迅の狙いだった。

 ここなら狙撃は届かず、行動を制限されない。さらに壁に……

 

「壁に『斬撃』を仕込めば、俺を全方位から一斉に攻撃できる、だろ?」

 

 考えを言い当てられ、迅は凍りついた。

 

「誰がそんなところに入るか」

 

 太刀川は倉庫には決して踏み込まず、入り口の手前で『弧月』を振るう。

 

「『逃げ場』はないと言っただろう? はやくそこから出ろ」

 

 『旋空弧月』

 太刀川の連続斬撃に老朽化した倉庫が耐えられるわけもなく、数回の攻撃で屋根はあっさりと崩壊した。切り刻まれた鉄柱などの部材が、バラバラと迅の頭上に降り注ぐ。

 

「……こりゃ、洒落になってないな」

 

 下敷きになる前に、迅は道路へと転がり出た。勝負にはアツくなっているくせに、頭はクールなままとは、まったくもって始末に負えない。

 さて、どうするか?

 そうして迅が顔を上げると、真正面に喜色満面の笑みを浮かべた太刀川が、すでにあの『構え』をとっていた。

 太刀川は、迅に考える時間などを与えてやる気は毛頭なかった。

 

「やっ……」

「『双撃旋空』」

 

 地面に膝をついた状態で、両側から超速で迫る刃を避けきれるわけがない。

 回避不可能。

 迅はその攻撃を、受けざるを得なかった。

 

「っ……!?」

 

 右からきた刃は、右腕の『風刃』で受け止めた。

 けれど、左から迫る刃を防御する手段は、何もなかった。

 足元の地面に転がった迅の『左腕』を見て、太刀川は犬歯を剥き出しにする。

 

「まずは、腕一本。誇っていいぞ、迅。今ので終わらなかったのは大したものだ」

 

 血切りをするように『弧月』を振って、太刀川は嘯いた。

 胴体をそのまま断ち切られる愚は避けたが、左腕は犠牲にするしかなかった。『風刃』を片手で持ち、迅は後退する。

 

「逃げるなよ! 迅!」

「いやあ……そう言われてもね」

 

 退がるしか、ない。

 完全に腰が引け始めたライバルに鼻を鳴らし、太刀川は通信を入れた。

 

「(国近、周辺図よこせ)」

『ほいほ~い。それにしても、ノッてるねー、太刀川さん。たつみんみたいだよ?』

「ああ? あのバカと一緒にすんな」

 

 思わず口に出して否定しながら、太刀川は迅を追う。通信越しに、隊のオペレーターである国近柚宇の溜め息が聞こえた。

 

『これはあれかな。同族嫌悪ってやつですかな?』

「何言ってる? (それよりも、この先の地形で迅を追い詰められそうな場所を洗い出してくれ)」

『洗い出すまでもないよー。このまま真っ直ぐ行けばT字路になっていて、太刀川さんから見て右の道が行き止まりだね』

 

 迅に悟られない為、途中から通信音声のみに切り替えた質問に、国近はすぐさま答えた。網膜に周辺の地図が浮かび上がり、ポイントが表示される。さすが、余計なことを言わなければウチのオペレーターは優秀だと、太刀川は思った。

 

『風間さんとたつみんもわりと近いけど、どうする?』

「(それならそれで構わない。こっちで迅を倒して、さっさと風間さんと合流する。あっちもそろそろ決着ついてるだろ)」

『う~ん。たつみんの反応は消えてないから、まだ粘ってるっぽいけどねー』

 

 いつも飽きるほど斬り合っている後輩だが、今夜は一味違うらしい。その返答に太刀川は一瞬悩んだが、すぐに意識を切り替えた。

 龍神の相手を自分から受け持ったのは、他ならぬ風間である。あの馬鹿がいつもより気を引き締めてきているとはいえ、万が一のことがあるとは思えない。そんな心配をするくらいなら、目の前の相手に集中した方が賢明だ。

 

「(聞いたな、奈良坂、古寺。この先のT字路で迅を仕留める。やつを左の道へ行かせるな。狙撃を集中させて右へ誘導しろ)」

『(古寺、了解です。狙撃地点を移動します)』

『(奈良坂、了解。ポイントを確認した。太刀川さん、右へ逃げられると角度と障害物からみて、狙撃でトドメを刺すのは難しいが……)』

 

 異議を唱えた奈良坂に、太刀川はすぐさま返答した。

 

「(構わない。トドメは俺が刺す)」

『(……了解。任せました、太刀川さん)』

「ああ、任せろ」

 

 攻撃を防御しながら下がる必要のある迅に、すぐに太刀川は追いついた。再びブレードを重ね、息がかかるほどの距離で睨み合う。

 

「なにを任されたの? 太刀川さん?」

「きまってるだろ、お前のトドメだ」

「太刀川さんに斬られるなら本望……と言いたいけど、やられる気はないよ」

「そうかい。だが、達者な口に行動が釣り合ってないぞ!」

 

 もはや片手で『風刃』を操るしかない迅は、まともに太刀川とは斬り合えない。鍔迫り合いに押し負け、撥ね飛ばされた迅は道路を転がった。

 それに追いすがる太刀川の両側の視界が、代わり映えしないブロック塀から変化する。両側に、開けた道。

 T字路だ。

 立ち上がる迅の視線が左右に揺れる。流石に判断がはやく、迅はすぐさま左へ行こうとしたが、

 

「うっ……お!?」

 

 その鼻先を、銃弾が掠める。走り込んだ勢いのまま太刀川は斬り込み、迅をじりじりと右側へ押し込んだ。

 

「この先は行き止まりだ。諦めろ、迅」

「あちゃあ……マジか。やられたよ、太刀川さん」

 

 追い詰めた。迅は片腕を失い、まともに鍔迫り合いもできない。あとは正面から斬り捨てるなり、もう一度『双撃旋空』を叩き込むなりしてやれば、太刀川の勝ちで勝負は終わりだ。

 

(…………なんだ?)

 

 だというのに、太刀川はこの状況に強烈な違和感を覚えていた。何故だろうか。

 あまりにも、簡単に追い詰められ過ぎたような。

 

「でも、礼を言っとくよ。ありがとう、太刀川さん。この先が『行き止まり』って教えてくれて」

 

 ブロック塀を背にした迅は、自分の左、つまり太刀川からは右側を見て、くるりと表情を裏返した。

 追い詰められた表情から、なにかを企むいけ好かない表情に。

 

「ッ……おまえ」

 

 違和感の正体に、太刀川はようやく気づく。

 片腕を失い、ダメージも蓄積したこんな状況に陥っておきながら。

 迅は『風刃』の『残弾』をまだ『4発』も残したままだ。

 

 

「はい、予測確定」

 

 

 太刀川が再び距離を詰め、斬り掛かる前に。

 呟きとともに、迅は『風刃』の『残弾』を全て解き放った。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 驚きはしなかった。

 やはりか、と思った。

 粉塵の中から尾を引いて、風間は飛び出してきた。

 

「流石は風間さんだ……しぶといな」

 

 だが、風間の右腕は先ほどの攻撃で、肩から完全に斬り落とされていた。

 かくいう龍神の左肩にも『スコーピオン』が突き刺さり、左腕は完全に死んでいるが……

 

「……邪魔だな」

 

 もはやデッドウェイトでしかないその部位(パーツ)を、龍神は『弧月』で肩から斬り落とした。新たに広がった傷口から『トリオン』が噴出する。しかし、構わない。

 風間を相手に動かない腕をぶら下げたまま挑む方が、よほど危険だ。お互い消耗し、戦闘は終盤。『トリオン』をケチっている場合ではない。

 

 もはや小細工もなにもなく、如月龍神と風間蒼也は正面から激突した。

 

 腕一本でブレードを振るう両者の攻防は、しかしこれまでの打ち合いの中で最も苛烈を極めた。風間が突き、龍神が斬り払う。『弧月』が唸り、『スコーピオン』が砕け散る。

 攻撃の手数で勝負するべき『スコーピオン』の使い手にとって、『弧月』との打ち合いで片腕が完全に死んでいるのはかなり厳しい。が、逆に言えばこうしたシチュエーションでこそ、『スコーピオン』の特異な性質は最も発揮される。

 膝から、胸から、時には頭から。様々な体の部位からブレードを生やして、風間は龍神を牽制した。『スコーピオン』の強度が『弧月』に負けているからこそ、砕けた『スコーピオン』は即座に破棄し、形成しなおして、再び『弧月』と鍔迫り合う。

 それでもこのままでは強度で劣る、と判断したのか、風間は手のひらからブレードを『2本』伸ばして切りかかった。

 両手の『スコーピオン』を使ったと思われるその攻撃を『弧月』で受け止め、龍神は刃があまりにも『脆い』ことに気づく。

 

(枝刃(ブランチブレード)か!?)

 

 気づいたと同時に、垂直に飛び上がる。案の定、眼下では『もぐら爪(モールクロー)』がアスファルトを食い破っていた。

 読み切った。

 風間の奇襲を避けた龍神は、そのまま左足からブレードを伸ばし、彼の頭部目掛けて振り抜いた。

 『もぐら爪(モールクロー)』は地中を通してブレードを伸ばす技。奇襲性には優れているが、この瞬間、風間は足を地面に縫い付けられているようなものだ。

 足は動かず、移動はできず、回避は不可能。

 しかし、そう思われた攻撃を、風間は上半身をよじっただけでかわしてみせた。それは小柄な彼だからこその芸当であり、

 

「……キレはいいが、大振り過ぎる」

 

 恐ろしいほどの反射神経が成せる技だった。

 カウンターで突き出された『スコーピオン』に太股が抉られる。

 

「ッ……右目は潰したから死角だろう!?」

 

 悪態を吐きながら龍神も負けじと『弧月』を振るうが、すでに『弧月』の間合いを見切っていた風間は、打ち合いを避けるように距離をとった。『弧月』のブレードは『幻踊』や『旋空』などのオプションを使わなければ変形は不可能。

 間合いを図り、足を削って機動力を奪えば、あとは無理に打ち合う必要はないのだ。攻撃のレンジ外からの『スコーピオン』による急襲で、片がつく。

 だが、

 

「なっ……?」

 

 『弧月』が届かない距離にまで下がったはずの風間を、刃が襲った。

 かすった側頭部から左耳がちぎれ飛び、聴覚情報が一部断絶する。

 

(なにをっ……!?)

 

 この微妙な間合いでは、大振りな斬撃を放つ『旋空』は使えない。ならば、何を使った?

 龍神の『弧月』からは、もともとの黒い刀身に沿うように、輝くブレードが伸びていた。

 

(『弧月』のブレードに……手首から伸ばした『スコーピオン』のブレードを重ねたのか……?)

 

 足にダメージを負い、本来なら一旦下がるべき場面で、龍神は風間に向かって躊躇なく踏み込んだ。

 

「悪いな、風間さん。俺の攻撃は精密さには少々欠けている」

 

 だから、と好戦的な笑みを浮かべて、

 

「どこに当たるかは保証できん」

 

 刃がしなる。変形し、分かれ、不規則に伸びては縮む。

 『弧月』と『スコーピオン』の合わせ技。

 片手に二つのブレードトリガーを集中した、近接両攻撃(クロスレンジフルアタック)。

 

「ちっ!?」

 

 風間は堪らず舌打ちを漏らした。

 間合いを読み切れない。あまりにも不規則に変形するブレードは、打ち合う度に風間の体を少しずつ掠めて、着実にダメージを積み上げていく。

 そしてどれだけ刃と刃を合わせても『弧月』が刀身のベースである以上、『スコーピオン』には決して打ち負けることがない。

 

「これで、終わりだ」

 

 そして龍神は『弧月』と『スコーピオン』を一刀に集約した一閃を、

 

「『シールド』」

「っ!?」

 

 その一閃を受ける前に、風間は読みきれない間合いの内側へと飛び込んだ。

 全力の一撃が、風間の右側に張られた集中シールドに阻まれる。だが、それでもブレードの勢いを殺しきるには至らない。

 とはいえ、次の瞬間に風間が選んだ行動は、だから、と言うにはあまりにも無謀だった。

 

「なっ……?」

 

 風間は自身の左側から迫るそのブレードを、あろうことか左腕で受け止めてみせたのだ。

 否、受け止めた、というのは正確な表現ではないのかもしれない。

 彼は『スコーピオン』を腕に手甲のように纏って、ブレードを受け流していたのだから。

 

「――掴まえたぞ」

 

 ぞっとするような低い呟きを添えて、風間の腕が蛇のように手首に絡みついた。

 まずい。

 龍神は咄嗟に、背後を見る。

 

 ――届くか?

 

「"天舞"」

 

 足元に設置した『グラスホッパー』を思い切り踏み締め、龍神の体は大きく後方へ飛んだ。その腕を掴む風間も、引っ張られるように宙に舞い上がる。

 もつれあうように、空中に2人の体が浮かぶ数秒。互いに密着した状態。

 ならば『スコーピオン』使いが取る選択肢はひとつしかあり得ない。

 風間は掌から。

 龍神は手首から。

 刃が『トリオン体』を切り裂く音は、両者の耳にはっきり届いた。

 

「くそっ……」

 

 片耳を削がれた状態の風間が、その音と龍神の声を聞いてうっすらと口元を歪める。

 はやかったのは、やはり風間の方だった。

 『弧月』を握り、『スコーピオン』を手首から生やした龍神の右腕は、無惨に宙で回転していた。

 そして、掌からブレードを伸ばしている風間の左腕は健在だった。

 どうということはない。風間の判断の方が素早く、優れていた。『スコーピオン』の扱いに長けていた。それだけだ。

 1秒にも満たない一瞬の駆け引きに負け、両腕を失った龍神はバランスを崩し、『グラスホッパー』で飛び上がった勢いのままブロック塀に背を打ち付けた。

 

「……俺の勝ちだ」

 

 完璧に着地を終えた風間は、それだけ言うと間髪入れずに左腕を振り上げる。

 両腕が全損。『スコーピオン』だけならなんとか使えるが、それだけで風間の攻撃を凌ぎきれるわけがない。

 

「……ああ、俺の負けだよ」

 

 口に出して、敗北宣言を述べる。それで風間が止めを刺すのをやめるわけがないが、言わずにはいられなかった。

 実際、完敗だと思ったのだ。

 

「…………だが」

 

 悪足掻きではない。負け惜しみでもない。

 最後に、一言だけ。

 『スコーピオン』が目前に迫る、その刃が首に届くギリギリで、

 

「俺達の勝ちだ、風間さん」

 

 風間から『視線』を外し、左側へと首を曲げて、龍神はそう言った。

 

 ――刃が、空を切る。

 

 この期に及んで、あのダメージで『テレポーター』を?

 逃げたところですぐに追いつく。無駄な悪足掻きだ。

 龍神が視線を向けた先、すなわち風間から見れば右方向へとを目をやって、

 

 

「がっ……!?」

 

 

 風間は『2発分』の『斬撃』を浴びた。

 倒れ込みながら、その方向にいた2人を確認し、言葉を失う。距離にして30メートルほど先、一直線に繋がるこの道で、迅悠一と太刀川慶が刃を交えていた。

 

 ――この場所まで、俺を誘導したのか。

 

 自分の迂闊さに歯噛みしながら、それでも風間は最後の瞬間に、太刀川へ向けて通信音声で呼び掛けた。声の限り叫んだ。

 迅と斬り合っている、彼の背後に、

 

『うしろだっ! 太刀川!』

 

 如月龍神がテレポートしたことを。

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 龍神が右足から出したブレードを太刀川の首筋に叩き込む――その瞬間、その結果までは見届けることができずに、風間の意識は戦場から離脱した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 迅が自分に向けて放った『斬撃』を受け流し、接近し、右手の『弧月』で『風刃』と斬り結ぶ。

 

「なにが予測確定だ!」

 

 生意気な勝利宣言も、所詮は無意味。

 気取った言葉ごと、左手の『弧月』で迅を袈裟斬りにしようとした太刀川は、

 

 

『うしろだっ! 太刀川!』

 

 

 遠征中ですら聞かなかった、切迫した風間の叫び声を聞いた。その瞬間、迅が斬撃を放った方向から、緊急脱出(ベイルアウト)の光を確認する。

 やられた。

 まんまと迅に『状況』を転がされたという事実に、部隊の隊長としてこの上ない敗北感を覚えつつも、

 

『風間さんがやられた!』

『太刀川さん、うしろだよ!』

 

 今ここで、剣を握る1人の戦闘員としての太刀川は、古寺や国近の焦った声に引き摺られることもなく、極めて冷静だった。

 うしろ? 奇襲? 誰が?

 そうか、あのバカか。

 迅と斬り結んだ状態のまま、太刀川はうしろを振り返りもせず、左手の『弧月』を首を守るように背後へまわす。

 そして、そこに吸い込まれるように、龍神の蹴撃が叩き込まれた。

 

「なっ……にぃ?」

「残念だったな、バカ野郎」

 

 ビリビリと腕に伝わる衝撃に笑みを溢し、太刀川は舌舐めずりした。

 風間はやられたが、龍神は両腕を失い、ズタボロの状態。迅も手負いであり、事実、太刀川だけでこの2人を斬り倒すのになんの支障もない。

 2人の作戦に嵌められたのは認めよう。風間隊は全滅。このまま玉狛支部へ向かっても、黒トリガーの奪取という命令は果たせないかもしれない。

 だがそれでも、この勝負は自分の勝ちだ。

 黒トリガー『風刃』を持つ迅悠一に、太刀川慶は勝つ。

 

「終わりだ、迅っ!」

 

 叫びと共に『弧月』に力を込める。密着した状態では『風刃』も――

 

「そうだな、太刀川さん」

 

 あくまでも飄々と、迅は太刀川の発言を肯定した。

 

 

「終わりだよ」

 

 

 迅の言葉にピタリと合わせるかのように、輝く斬撃が背後から太刀川を襲った。

 

「なっ……っ!?」

 

 後ろのバカのブレードは、完全に受け止めていた。龍神にはもう、刃を振るう腕はない。

 ならば、この斬撃は?

 

「俺が『風刃』一振りで斬撃をひとつしか受け止められないように、太刀川さんも『弧月』は二振りしかないからね」

 

 迅の背後のブロック塀には、薄く輝く緑色の『線』

 

「さすがに、三方向からの斬撃は防げないでしょ?」

 

 仕掛けの『タネ』は簡単だ。

 迅が放った斬撃は風間に『2発』と太刀川への牽制に『1発』

 

 そして、背後に『1発』

 

 『風刃』の斬撃は物体を伝播する。

 その一撃は迅の背後から左回りに行き止まりの壁を経由して回り込み――太刀川の背後で炸裂した。

 

「まさか……」

 

 ――ありがとう、太刀川さん。この先が『行き止まり』って教えてくれて。

 

 この場所に"追い詰められる"ことまで、戦術に織り込んでいたのか?

 

「わるいね、太刀川さん」

 

 膝から崩れ落ちた太刀川に向けて、迅は『風刃』を振り上げ、

 

「『風刃』とおれのサイドエフェクトは、相性がよすぎるんだ」

 

 正面からの一閃で、好敵手にトドメを刺した。

 




次回、黒トリガー争奪戦決着。

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