厨二なボーダー隊員   作:龍流

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後始末

 『緊急脱出(ベイルアウト)』には、一言では言い表せないような独特の浮遊感がある。人によって感じ方は異なるだろうが、少なくともあまり気持ちのいいものではない。

 緊急脱出用の黒いベッドに投げ出されて、如月龍神は深い溜め息を吐いた。

 正直に言って、かなりつかれた。ボーダーのトップチームである遠征部隊を相手にしたのだから、当然と言えば当然なのだろうが、それにしても体を包み込む疲労感は生半可なものではなかった。寝ようと思えばこのまま眠れそうなくらいだ。緊急脱出用の黒いベッドはクッションでふかふかなので、昼寝などに使えると隊員達からは評判だったりする。

 

「お疲れ様です! 龍神先輩!」

 

 だが、そんな龍神の安眠をちょうど妨げるようなタイミングで、ベッドルームに飛び込んできたオペレーターが1人。

 興奮冷めやらぬ、といった様子で目を輝かせている彼女は、B級18位海老名隊オペレーター、武富桜子。

 龍神が緊急脱出した部屋は、彼女が所属する『海老名隊』の作戦室だ。

 

「すごかったですね! あつかったですね! 一大決戦でしたね!」

「えぇい、分かった分かった。頭に響く……」

 

 龍神がこの作戦室を一夜限りの拠点としたのには、様々な理由がある。

 通常、正隊員は自分の部隊の作戦室か、もしくは所属する支部を緊急脱出先に指定している。しかし龍神は個人隊員であるがゆえに、自分の隊の作戦室というものがない。一応、個人隊員用に緊急脱出用のベッドが設けられた部屋はあるのだが、そちらに緊急脱出すると……簡単な話、ついさっきまで戦っていた面々と鉢合わせする可能性が大なのだ。どうせいつかは顔を合わせることになるとはいえ、すぐに会うのは(特に三輪などとは)避けたかった。

 そんなわけで、いざという時には玉狛支部に緊急脱出しようと考えていた龍神だったが「戦闘のことはなるべく伏せておきたい」と、迅に言われてしまい、それができなくなってしまった。修や千佳、特に遊真に余計な心配をかけたくないという迅の気持ちは理解できたし、そういうことなら今回の戦闘を玉狛支部の面々に秘密にすることもやぶさかではなかったのだが……そうなると緊急脱出の場所以前に『オペレーター』の有無が龍神にとっては問題だった。玉狛支部に緊急脱出できないということは、宇佐美の補佐を受けられないということである。迅は元々『黒トリガー』持ちなので緊急脱出(ベイルアウト)機能はなく、『未来視』のサイドエフェクトのおかげでオペレーターからの情報支援を受ける必要もあまりない。だが、龍神にはそんな便利な固有能力はない。迅との連携を前提にした戦闘を行うなら、情報支援を行ってくれるオペレーターは絶対に必要だった。

 嵐山隊のオペレーターである綾辻に自分の分のオペレートを頼むのも、いくらなんでも負担が大き過ぎた。彼女は優秀だが、5人同時のオペレーションはどう考えても不可能である。それでも人数が減った終盤に視覚支援を入れてくれたのは、流石と言うしかないが。

 

「もーっ、私めちゃくちゃ興奮しちゃいましたよ! これぞ激闘って感じでしたね!」

 

 と、いうわけで。

 腕をぶんぶん振り回しながら今夜の戦闘の素晴らしさを力説している彼女が、龍神をサポートしてくれた張本人だったりする。

 

「興奮するのはいいが、最後のあれはなんだ? その方向です!じゃないだろう。実況しているわけではないんだぞ? オペレートをしろ、オペレートを」

「だって、綾辻さんがわたしよりもはやく視覚支援いれちゃったんですもん! それに分かりやすかったでしょう?」

「そういう問題じゃない」

 

 ぽん、とツインテールのように纏められた頭をはたいて、龍神はベッドから立ち上がった。大きく伸びをして体をほぐしつつ、念のために釘をさす。

 

「分かってはいると思うが、今夜の戦闘は……」

「分かっておりますとも! 他言無用なんですよね! 任せてください、わたしは口が固いので! 心配なしのバッチグーです!」

 

 今時バッチグーなんて言う女子は、コイツくらいのものだろう。そんな龍神の冷ややかな視線は一切気にせずに、桜子は自分のオペレーター席に座って意気揚々とキーボードを叩いた。再生されるのは龍神から桜子への、本日の『報酬』だ。

 

 

『お前の予知も、そこのバカも、まとめて斬っていくとしよう』

『眼中にあるのは太刀川だけか? 随分と余裕だな、如月』

『舐めんな、バカ』

『本気になっているのは、おれ達だ』

 

 

 流れ出す、先ほどの戦闘中における数々の発言。これらは全て、龍神の『戦闘体』を通じて録音されたものだ。

 

「いやあ~! これはヤバいですね! きてますね! 迅さんと太刀川さんの宿命のライバル感もさることながら、いつもクールな風間さんのアツい声なんて中々聞けませんよ!」

 

 ぐふふ、と桜子が笑う。

 『実況席の主』の異名をとる本業そっちのけなこのオペレーターは、ランク戦の実況システムを上層部に根気強くプレゼンし、ボーダー全体の戦術レベル向上に多大な貢献を果たした、実はかなりすごい女である。が、その裏では実況の解説音声データを牛耳り、1人で基地の自室で聞き耽ってニヤニヤするという、やや特異なというか変態と言っても過言ではない趣味を持っている。

 今夜の取引は、互いの利益が一致した実にギブアンドテイクなものだったのだ。

 

「……わかった、わかった。俺はこのままコッソリ帰る。お前も羽目を外し過ぎずに家に帰れよ」

「なに言ってるんですか! 今夜泊まり込みでこの音声データをエンドレスリピートですよ!」

「……もういい、好きにしろ」

 

 他人の趣味にとやかく言う権利は誰にもない。桜子が報酬をどう使おうと、それは桜子の自由である。

 1人でウハウハしている桜子は放って置いて、龍神は作戦室の自動ドアを開いた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 心臓が止まるかと思った、という驚きを表現する大げさな比喩があるが、それを使うなら今しかないだろうと、龍神は思った。

 

 

 開いたドアの先には、大小の2人の男。太刀川と風間がいたのだから。

 

 

「…………」

 

 瞬速でボタンを操作し、ドアを閉める。太刀川のものと思わしき片足がねじ込まれたが、思いきり踏みつけて叩き出す。

 ドアがロックされ、外側から開けないことを指差しで3回確認してから、龍神はつとめて冷静な声で桜子に聞いた。

 

「ふっ……まさか待ち伏せを受けているとは思わなかった。桜子、別の出口を教えろ」

「ありませんよそんなもん」

 

 完全にトリップ状態でヘッドフォンまで取り出しはじめた彼女には、もはや何の期待もできない。

 焦る心を必死で押し留めながら、龍神は頭をかきむしった。

 

「くそっ……どこか脱出できる隠し通路はないのか!?」

 

 ヘッドフォンを装着し、自分の世界に入った桜子からは、もはやツッコミすらとんでこない。

 龍神は考えた。

 脱出不能? そんなことはない。何か、何かきっと、方法がある筈――

 

「……上だ」

 

 龍神はハッとして天井を見上げた。

 通気口。

 古今東西の映画やアニメで脱出や侵入の為に使われてきた、歴史ある逃げ道だ。

 これしかない。

 龍神はテーブルの上に(一応、靴は脱いで)飛び乗り、手を掛けて……

 

『武富、ここを開けろ』

 

 身も凍るような、とはこのことか。

 風間の冷たい声が、インターホン越しに室内に響き渡った。

 音声はシャットアウトしていた桜子もこれにはさすがに気がついて、困ったように龍神を見る。

 龍神は無言のまま両手で、大きくバツ印を作った。

 

「……すいません、風間さん。なんか自動ドアの調子が悪いみたいで開かないんですよ。あと、中には私しかいませんし……」

『そうか。なら、これから俺と太刀川はランク戦の実況席に座ることを、少し考えなくてはならんな』

「今開けますね」

「桜子ぉ!?」

 

 所詮はビジネスライクな、ギブアンドテイクな関係であった。風間の恫喝にあっさり屈した桜子は、これまたあっさりドアを開いて、風間と太刀川を室内に招き入れた。

 風間と太刀川はそのまま龍神に一言の発言も許さず部屋から引き摺り出し、立ち去って行った。

 後日、上層部の指示により桜子のデータフォルダからこの日の戦闘記録はきれいさっぱり消去され、彼女と龍神は揉めに揉めることになるのだが、それはまた別の話。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「どうなっとるんだ、いったい!?」

 

 トップチーム壊滅の報告を受け、最初に口火を切ったのは鬼怒田本吉だった。

 

「迅の妨害! 太刀川も敗北し、トップチームは壊走! だがなによりも問題なのは……忍田本部長!」

 

 肉付きのいい腕が、怒声と共に会議室の机に叩きつけられる。

 

「嵐山隊とあのバカまで玉狛側につかせるとは、いったいどういうことだ!? ボーダーを裏切るつもりか!?」

 

 鬼怒田は向かって右側に座るボーダー本部長、忍田真史を思いきり睨みつけた。

 いくら『S級隊員』の迅といえども、1人だけで遠征部隊を相手にして勝利するのは不可能。嵐山隊という増援がなければ、遠征部隊は任務を遂行できた筈だったのだ。だからこそ鬼怒田は、迅に援軍を差し向けた忍田に、その真意を険悪極まりない声で問い質す。

 しかし、ボーダーの軍事指揮官とも言える彼は、小揺るぎもせずに返答の言葉を紡いだ。

 

「裏切る? 悪いがそれを問いたいのはこちらだ、鬼怒田さん。議論を差し置いて強奪を押し進めたのは、そちらが先。ボーダーはいつから下劣な強盗紛いの組織に成り下がった?」

「だが、あの『黒トリガー』は……」

「何度でも言うが、私は強奪には反対だ。形式はどうあれ、問題の『黒トリガー』を持つ彼は玉狛支部で入隊手続きを済ませている。ましてや、彼は有吾さんの息子……」

 

 忍田は『人型近界民』という単語は一切使わず、言外にも怒りを滲ませて、

 

「これ以上強引に『黒トリガー』を入手しようとするのであれば、次は嵐山隊や如月だけでなく、私も相手になるぞ。城戸派一党」

 

 はっきりと宣言した。

 忍田真史は太刀川慶の剣の師匠であり、『ノーマルトリガー』に限ればボーダー本部最強の男。当然、この場にいる全員がそれを知っている。知っているからこそ、忍田以外の面々はこの瞬間に虎の尾を踏んでしまったことを理解した。

 根付はあからさまに動揺し、鬼怒田は苦虫を噛み潰したように押し黙る。営業担当の唐沢だけは飄々として、次のタバコに火を点けていた。

 

(忍田本部長まで完全に敵に回すのは、よろしくない。ここは懐柔策をとった方がいいだろうな)

 

 頭の中で自分なりに損得勘定の算盤をはじきながら、唐沢はボーダー最高司令官の顔色を伺う。

 やはり、と言うべきか。忍田の宣言に対しても、城戸正宗の鉄面皮は全く崩れていなかった。

 

「……なるほど。ならば仕方ない」

 

 低い声で、城戸は泰然と忍田を見据える。

 しかし、彼の次の一言は、唐沢ですら予想外のものだった。

 

「次の刺客には、天羽を使う」

 

「なっ……?」

「天羽くんを……?」

 

 城戸派であるはずの2人からも、当惑の声が漏れ出る。それほどまでに、城戸の発言の意味するところは重い。

 ボーダー本部のもう1人の『S級隊員』 単純な戦闘能力なら迅悠一すら上回る怪物。天羽月彦。

 組織内のパワーバランスの要である『黒トリガー』 ある意味で"ジョーカー"と言っても過言ではないその札を、城戸は切ろうと言っているのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、城戸司令! 天羽くんを使うのは……その、彼の戦う姿は少々人間離れしていますから、万が一市民に目撃された場合、ボーダーのイメージに悪影響が……」

「A級トップチームを退ける迅の『風刃』に忍田くんが加わると言っている。こちらも手段を選んではおれまい」

 

 ボーダーのメディア担当である根付が苦言を呈するが、城戸は取り合おうともしなかった。

 

「……街を破壊するつもりか、城戸さん」

「それはきみの返答次第だ」

 

 険しい視線が交差する。室内の空気がこれ以上ないほどに緊張する中で、唐沢は吸殻を押し潰し、肩を竦めた。

 どうやら城戸は、とことん喧嘩をするつもりらしい。

 城戸と忍田が無言のまま睨み合い、いい加減唐沢が仲裁に入ることを考え始めたその時――

 

「失礼します」

 

 ――張り詰めていた緊張の糸が、開け放たれた扉の音と共にほどけた。

 会議室全員の視線が、声の主に集中する。

 

「な……?」

「どうしてここに……?」

「どうもみなさん、こんばんは。実力派エリートです」

 

 今まさに、問題の原因となっている男は、普段と変わらぬ能天気な声と一緒に片手を挙げた。

 

「…………迅」

 

 おそらく、今夜はじめて。

 苦々しい感情を露わにして、城戸が呟いた。

 

「きっさまぁ……よくものうのうと顔を出せたなっ!?」

「そんなに怒らないでよ、鬼怒田さん。血圧上がっちゃうよ?」

「なにおう!?」

 

 噛みつく鬼怒田を横目で見ながら、迅は城戸と視線を合わせた。

 

「……何の用件だ? 宣戦布告でもしに来たか? 生憎、それなら忍田くんがすでに済ませているが」

「宣戦布告だなんて、滅相もない。オレは交渉しに来たんだよ、城戸さん」

「交渉だとぉ……? トップチームを撤退まで追い込んでおきながら、なぁにをぬけぬけと!?」

 

 迅の忠告などまったく聞かず、さらに血圧を上げてまくしたてる鬼怒田を、今度は唐沢が制した。

 

「いや、だからこそ交渉するなら今だと考えたんでしょう。如何です、城戸司令? 彼の話だけでも聞いてみては? 根付メディア対策室長も天羽くんを使う件に関して反対のようですしね」

「いや……それは」

 

 唐沢の発言に、根付は気まずそうな表情で頬をかく。我が意を得たり、とばかりに迅は城戸に対して要求を述べた。

 

「頼みたいことはひとつだけだよ。うちの後輩、『空閑遊真』のボーダー入隊を本部からも認めて貰いたい。太刀川さん曰く、本部が認めないと入隊したことにならないらしいし……」

 

 やれやれ、と溜め息を吐いて、

 

「そういうルールに則らないと、こっちは安心できないからね」

「なるほど……模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる、か」

「ボーダーの規則を盾にとって『近界民』を庇うつもりかね!?」

 

 隊務規定が組織で定められたルールである以上、上層部はそれを破るような指令を軽々しく命じることはできない。

 迅の要求は根付の言葉通り、ルールに則った『後ろ楯』を得ることだった。

 

「私が、そんな要求を飲むと思うか?」

 

 だが、それが有効に働くのは城戸が迅の要求を受け入れれば、の話である。

 

「もちろん、タダでとは言わないよ」

 

 要求を通す為には、それ相応の代償がいる。

 故に迅は、あっさりとその『トリガー』を机の上に置いた。

 

 

「かわりにこっちは『風刃』を出す」

 

 

 会議室の空気が固まるのは、今夜で何度目だろうか。

 『黒トリガー』である『風刃』を渡す、と。

 迅悠一は、そう言ったのだ。

 

「なんと……」

「本気か、迅!?」

「もちろん。うちの後輩の入隊と引き換えに、『風刃』を本部に渡すよ」

 

 もう一度。

 念押しするように、迅は告げる。

 

「そっちにとっても、悪くない取引だと思うけど?」

 

 確かにこれは、城戸派からしてみれば悪くないどころの話ではなかった。

 使用できるかどうかすら不明な近界民の『黒トリガー』よりも、ボーダー内でも使える人間の多い『風刃』の方がはるかに価値は高い。

 仮に交換条件で入隊させた近界民が問題を起こしたとしても、天羽と『風刃』の2つの『黒トリガー』の前では力の差は歴然。いざという時の対応には何の問題もないだろう。

 迅の提案は城戸派にとっては、実質リスクなしで『風刃』を手に入れるようなものだった。

 

「…………取引だと?」

 

 底冷えするような呟きが、城戸の口からこぼれ落ちる。あまりにも、迅の真意が読めないからだ。

 

「そんなことをせずとも私は、太刀川達との規定外戦闘を理由に、おまえから『トリガー』を取り上げることもできるぞ」

 

 メリットがありすぎる提案に懸念を示し、あえてはね除けてみせる。

 しかし、迅も退かない。

 

「その場合は当然、太刀川さんたちの『トリガー』も没収なんだよね? なら、それはそれで好都合」

「…………なに?」

「こっちは平和に正式入隊日を迎えられるなら、どっちでもいい」

「没収するのはおまえの『トリガー』だけだ、と言ったら?」

「試してみなよ。そんな話が通るかどうか」

 

 一触即発。

 睨み合う城戸と迅。

 忍田は迅を見詰め、鬼怒田と根付は厳戒なままの城戸の表情を伺いながら、取りなすように口を開く。

 

「城戸司令……」

「城戸司令、ここは……」

 

 皆まで言わずとも、2人が何を伝えたいのかは城戸にもよく分かっていた。

 分かっているからこそ、口惜しい。

 迅は両手を広げて、再度聞いてくる。

 

「さあ、どうする? 城戸さん」

「……何を企んでいる、迅? この取引は、我々にとって"有利すぎる"。一体、何が狙いだ?」

 

 遂に城戸は、その疑問を彼に向かって直接問い質した。

 

「別に何も企んでいないよ。かわいい後輩を助けているだけだし。おれはあんたたちに勝ちたいわけじゃないし、ボーダーの主導権争いにも興味はない」

 

 ただ、と迅は表情を変えぬまま、

 

「後輩たちの"戦い"を、あんたたちに邪魔されたくないだけだ」

 

 それに、と。

 迅はさらに付け加える。

 

「もうひとつ言っとくと……うちの後輩たちは城戸さんの『真の目的』のためにも、いつか必ず役に立つ」

 

 よもや、そこまで。

 自分を見据えるこの青年は、そんな『先』までも見据えているのか。

 

 

「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」

 

 

 城戸は、迅悠一がどうあっても退くつもりがないことを理解した。

 

「…………いいだろう」

 

 ここが、折れ所なのだろう。

 釈然としない思いを抱きながらも、城戸はとうとう迅の提案を認めた。

 

「取引成立だ。黒トリガー『風刃』と引き換えに、玉狛支部『空閑遊真』のボーダー正式入隊を認める」

 

 迅と忍田、対立していたはずの鬼怒田と根付も、城戸の承認にほっと安堵の息を吐く。

 

「――――ただし」

 

 が、城戸はそんな彼らの意表を突くようにして、

 

「嵐山隊に同行したB級隊員『如月龍神』について、こちらからも話がある」

 

 もうひとつの『条件』を述べた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 城戸との交渉を終え、鼻歌混じりに廊下を歩いていた迅は、自分を待っていたのであろう3人を見つけた。

 

「おやおや、みなさんお揃いで。ぼんち揚食う?」

 

 迅が差し出した袋に、まずは太刀川が手を突っ込んだ。

 

「お前、なにあっさり『風刃』渡してんだよ。このバカ共々、勝ち逃げする気か? 今すぐ取り返せ! それでもっかい勝負しろ! 今度こそ俺の『双撃旋空』が……」

「そこまでにしておけ、太刀川。聞いている俺がつらい」

 

 風間もいつも通りと言えばいつも通りの表情だったが、その上からは不満が上塗りされているようだった。

 

「なに……『双撃旋空』だとっ!? それはどんな技だ、太刀川!?」

「……見ろ。こってり絞ってやったはずの如月が水を得た魚のように息を吹き返しているぞ」

 

 言わんこっちゃない、と今度は分かりやすい面倒そうな感情を表に出して、風間はぼんち揚をボリボリとかじる。

 

「おい、太刀川! 俺にもその『双撃旋空』とやらを見せろ!」

「黙れ、バカ。俺は迅と話しているんだ」

「見せてくれ!」

「うるさい」

「くっ……見せてください!」

「どんだけ見たいんだよ!?」

 

 ギャーギャー騒いでいる厨二病な2人は放っておいて、風間は迅に聞いた。

 

「最初から俺達を派手に蹴散らして、『風刃』を取引材料に使う気だったのか?」

「まあね。風間さん達――トップチームを追い返せば『風刃』にも箔がつくから。船酔いしている人まで連れて来られたのは、なんというかハードだったけど」

 

 冬島さんは大丈夫?と迅が聞くと「今頃は作戦室で胃の中身を出しているだろうな」という、なんとも冷たい答えが返ってきた。

 

「だから如月も増援として呼んだのか?」

「いや、アイツは本当に勝手についてきただけだよ」

「……あのバカのせいで作戦が滅茶苦茶になった。お前は、そこまで"視えて"いたんだろう?」

「なはは……まあ、龍神に助けられたことは否定しないけどね。ただ、こっち側についてくれたのは、本当に龍神の意思だよ。おれが手を回したわけじゃない」

「意思か……その『空閑遊真』という近界民を、お前達はそうまでして守りたいのか? 」

 

 やや困惑したように、風間は言う。

 

「『風刃』はお前の師匠の形見だろう。あれの所有者を決める時、あそこまで執着したお前がこうも簡単に『風刃』を手放したことが、俺には信じられん」

「形見を手放した程度で最上さんは怒らないよ。それに、俺も龍神も守りたいっていうよりは、応援してやりたいって感じ」

 

 口の中にぼんち揚を放り込みつつ、迅はベンチに座り込んだ。

 

「その遊真っていうやつが、なかなかハードな人生を送っていてさ。おれはあいつに、楽しい時間を作ってやりたいんだ」

「楽しい時間?」

「そ、おれは太刀川さんや風間さんとランク戦でバチバチやり合ってる頃が、最高に楽しかったからさ」

 

 昔を懐かしむように、瞳はどこか遠くを見る。

 

「『ボーダー』に入れば、そういう遊び相手がいくらでもいるでしょ? あいつには、そういう経験が必要だと先輩として思ったんだよね」

「……強いのか、そいつは?」

「もちろん。絶対風間さん達のところまであがってくるよ」

「ほう、そんなにデキるヤツなのか!?」

 

 龍神を押し退け、太刀川が迅達の会話に割って入った。

 

「まて、太刀川! まだ話は終わっていないぞ!」

「お前の話は終わっていなくても俺の中でお前は終わっている。いいから黙ってろ」

「ふざけるな! 今からでもいい! 俺と模擬戦を……」

「誰がやるか! さっき散々戦っただろうが!」

「俺が戦ったのは風間さんだけだ!」

 

 現在進行形でバチバチやり合っている2人に、風間は溜め息を吐き、迅は笑う。

 

「いいじゃん、太刀川さん。あの必殺技は読み切れなかったし。龍神にも見せてあげなよ」

「ああ? ふざけんな! その前にお前ともう一度だな……」

「それについては大丈夫だよ。おれ、もうS級じゃなくなったから『ランク戦』に復帰するし」

 

 あっさりと告げられた迅の言葉に、太刀川はぽかんと大口をあけた。

 彼の宿命のライバルとも言える男は、不敵な笑みを浮かべ、

 

「とりあえず、攻撃手(アタッカー)ランキングで1位取るつもりだから、よろしく」

 

 はっきりと宣言した。

 みるみるうちに、太刀川の表情が喜色満面に彩られていく。

 

「そうか! お前もうS級じゃないのか!? 何年振りだよ! 3年振りくらいじゃないのか、おい!」

「ははっ……ちょっと、太刀川さん落ち着いて……」

 

 興奮した太刀川に肩を掴まれ、迅はなされるがままに前後に揺さぶられた。

 

「こいつはおもしろくなってきた! なあ、風間さん!?」

「……おもしろくない。全然、おもしろくない」

 

 太刀川とは対照的に風間はますます仏頂面になって、迅からぼんち揚の袋を奪い取ってボリボリと食べる。

 つい先刻まで対立していたとは思えない、賑やかな様子に、龍神も笑みを漏らしながら腕を組んだ。

 

「ふっ……迅さんがランク戦に参加するとなれば、俺もうかうかしていられないな。これまでよりも、一層精進する必要がありそうだ」

「あ……龍神、それなんだけどな」

 

 太刀川に揺さぶられていた迅は、龍神に向かってなぜか気まずそうに、申し訳なさそうに切り出した。

 

「城戸さんからお前に、いっこだけ命令が出されちゃってさ」

「……命令?」

「うん、そう。なんというか今回の取引の追加条件みたいなもんなんだけど……」

 

 迅は手を合わせながら、言った。

 

「次のランク戦までに個人(ソロ)隊員はやめて、本部で部隊(チーム)を組め、だってさ」

「…………は?」

 

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