厨二なボーダー隊員   作:龍流

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大規模侵攻
日常は、戦場へ


「門(ゲート)発生!」

 

 それはボーダーという組織に所属する者にとって、聞き慣れた言葉であるはずだった。

 

「『門』の数……38、39、40……依然増加中です!」

 

 だが、この日は違った。なによりも、出現する『門』の数が多すぎた。

 

「トリオン兵が出現! バムスター、バンダー、モールモッド、バドを複数体確認! 数確認不能です!」

 

 ボーダー本部、作戦司令室。本部長補佐である沢村響子の声が、緊張で静まり返った室内に響き渡る。

 誰も口にこそしなかったが、この司令室に席を持つ上層部のメンバー……城戸に忍田、鬼怒田や根付は全員が息を飲み、そして同じ思いを抱いていた。

 

 遂に来たか、と。

 

「任務中の各隊へ通達! オペレーターの指示に従って展開、速やかにトリオン兵の排除に移れ!」

 

 防衛の指揮官である忍田の反応は素早かった。立ち上がった彼はモニターを見上げ、出現したトリオン兵の動きを確認する。

 トリオン兵達は出現ポイントから固まって動かず、三々五々に散らばっていた。

 

「……分かれたか」

「そのようです。本部基地から見て、西、北西、東、南、南西方面に分散して進軍中」

 

 沢村の報告に、忍田は表情を歪めた。

 ボーダー本部が三門市の中央に位置している以上、敵に散らばられてしまえばこちらも戦力を分散させて対応しなければならない。ボーダー本部は『防衛基地』だが、近界民の侵攻から守るべきは基地ではなく、警戒区域の外に広がる市街である。

 各個撃破では間に合わない。

 

「現場の部隊を三手に分ける。東、南、南西方面の敵に当たれと伝えろ!」

「了解!」

「ちょっと待ってください、本部長! それでは西と北西の防衛が……」

 

 根付の懸念はもっともである。しかし、それに関して心配は不要だった。

 

「問題ない。既に西と北西には迅と天羽が向かっている」

「おお……こういう時は頼もしい!」

「フン! 普段から面倒ばかり起こしておるのだ。非常時に働いて貰わねば困るわい!」

「鬼怒田開発室長、問題は他の三方だ。部隊が追いつく前に市街に入られるわけにはいかない」

 

 根付とは違う忍田の心配に、しかし鬼怒田は一切の動揺を見せないまま、泰然と応じる。

 

「それこそ問題ないわ。対策は済んでおる」

 

 まるで彼の発言に合わせたかのように、正面スクリーンに反応があった。トリオン兵の先頭集団を示す光点のいくつかが、瞬いては消えていく。

 対トリオン兵用のブービートラップが起動したのだ。

 

「トリオン兵を捉えました! トラップの起動を確認!」

「これでしばらくは心配いらん。出鼻を挫いてやれば侵攻スピードは落ちるだろうが、トリオンにも限りがある。早ようせんと貯蔵分はすぐにからっけつになるぞ」

「いや……」

 

 忍田は正面スクリーンをじっと見詰める。

 

「もう追いついたようだ」

 

 トラップ起動時とは比較にならない。各方面、各所で同時に光点が消失した。

 

『嵐山隊、現着! 戦闘を開始する』

『諏訪隊、現着した。近界民の排除を開始するぜ』

『鈴鳴第一、現着! 戦闘開始!』

『香取隊、現着。攻撃に移るわ』

『那須隊、現着しました。戦闘を開始します』

 

 司令室に飛び込んできたのは、各隊の隊長達の報告。かつてない大規模攻撃に緊張の色が混じっていたが、彼らの声に焦りや怯えは感じられない。

 

「各隊現着! 戦闘を開始しました。風間隊は東部へ、荒船隊、柿崎隊も南部へ急行中」

「非番の隊員の召集をいそがせろ」

 

 そして、作戦指揮を取るボーダー本部長。忍田真史も、これ以上ないほど落ち着いた声音で宣言した。

 

「全戦力で迎撃に当たる」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「こりゃとうとう、はじまったみたいだな」

 

 米屋陽介は窓から外を見て呟いた。

 

「だな。迅さんの予知通りだ」

 

 出水公平も頷き、学生服のポケットからボーダーの個人用端末を取り出す。案の定、画面には非常事態の旨を伝える本部からのメッセージが表示されていた。

 名残惜しいが、昼食を食べている場合ではない。出水は弁当箱のふたをしめた。

 

「昼飯はお預けだな。三輪は?」

「秀次は今日は休みだ。多分もう気づいて家出てるだろ」

「あー、アイツの性格ならそうだろうな」

「そういうこと。んじゃ、行くか」

 

 防衛任務中の部隊は当然かたまって動いているが、非常召集を受けた隊員はそうもいかない。自分の部隊のメンバーと合流したいところだが、トリオン兵は待ってくれないのだ。

 

「……おい、ところで龍神はどこいった?」

「ん? さっきトイレに行くって言ってたぞ」

「それにしても遅くねーか? 腹でも壊したか?」

 

 米屋は警報でざわついている室内を見回した。クラスメイト達はすでに避難の準備をはじめているが、その中に黒のボサボサ頭は見当たらない。

 米屋は仲の良い男子の1人に聞いてみた。

 

「なあ、龍神どこに行ったか知らね?」

「あれ? 陽介と公平は見てなかったのか?」

 

 そいつはまるで「お前らまだこんなとこにいていいの?」とでも言いたげに首を傾げて、

 

「龍神ならついさっき、校庭のど真ん中突っ切って飛び出して行ったぞ」

 

 米屋と出水は顔を見合わせた。

 

「……置いていかれたな」

「ああ、置いていかれたな」

 

 重ね合わせるように溜め息を吐き、懐から『トリガー』を取り出す。

 そして同時に呟いた。

 

 

「「あのバカヤロウ……」」

 

 

 『戦闘体』に換装した2人は窓から校庭に飛び降りると、馬鹿を追って一目散に駆け出した。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「むおっ……ごほっぐふっ……」

 

 餅が喉に詰まった。

 急に警報が鳴ったせいだ。太刀川慶は胸を叩きながらコップを手に取り、一気に水を飲み干した。出撃前に窒息死なんて、まったくもって洒落にもならない。

 

「ごほっ、ごほっ……あー、死ぬかと思った」

「太刀川さん大丈夫~?」

 

 隊長の安否を気遣って、オペレーターの国近柚宇がにゅっと顔を出す。太刀川は軽く咳き込みながら手を振った。

 

「おう、大丈夫だ。で、国近。敵か?」

「みたいだねー。門の出現数は40以上。かなり大規模に攻めてきたみたい」

「それはそれは。随分すごい団体様がいらっしゃったな」

「出水くんとか学校だけど、どうする?」

「忍田さんは何か言ってきてるか?」

「まだなにもないよ」

「なら、動かない方がいいな。とりあえず現場の部隊で対応するってことだろ。どっちにしろ、昼飯は中断せにゃならんが……」

 

 言って、太刀川は手元を見た。七輪の上では、ちょうどいい具合に焼けてきたお餅が風船を作っている。

 呼び出しもまだだし、もう1個くらい食べておいてもバチは当たらないだろう。

 

「腹が減っては……なんだっけ、国近?」

「戦は出来ぬだよ、太刀川さん」

「そう! それだ!」

「もう、わたしでも知ってるのにー」

「大丈夫だ。今覚えた」

 

 風間あたりが聞いていたら頭を抱えそうなやり取りをしながら、太刀川はまさに完璧な焼け具合の餅に手を伸ばす。

 しかしそこで、唐突な呼び出しコールが至福の一口に待ったを掛けた。

 

「ちっ……誰だ、まったく」

 

 携帯への連絡なので、忍田からではない。とはいえ無視するわけにもいかないので、太刀川は仕方なく餅ではなく携帯を手に取った。

 

「はい、もしもし?」

『た、太刀川さん! 大変です! 一大事ですよ! 敵の大規模侵攻です!』

 

 耳を寄せなくても聞こえるような大声に、太刀川は顔をしかめた。すっかり忘れていたが、声の主は太刀川隊の最後の1人。銃手(ガンナー)を務めている唯我尊である。

 

「なんだ、唯我? 騒がしいな」

『ど、どどど、どうしてそんなに落ち着いているんですか!? 非常召集が掛かるほどの緊急事態なんですよ!』

「お前は今どこにいるんだ?」

『学校ですよ、学校! 太刀川さんは!?』

「俺はほら……今、本部にいるから」

『だからそんなに落ち着いているんですね! とにかく、はやく合流しましょう! 急いで来てください!』

「いや、出水も学校だし、合流は無理だな」

『そんなっ!? こういう非常時にこそ、A級1位部隊の連携を発揮して任務に当たるべきではないんですか!? それにボクの実力はチーム戦じゃないと発揮できません!』

 

 ぶっちゃけ唯我の実力はチーム戦でも殆ど発揮されていないのだが、そこに突っ込むと面倒臭いので太刀川はスルーした。

 

「大丈夫だ、唯我。お前は1人でも充分に戦える。現場の状況に応じて、臨機応変に対応しろ」

『いやいやいや、無理です! ピンチになったらどうすればいいんですか?』

「緊急脱出しろ」

『ちょ……まっ――』

 

 返事は最後まで聞こえなかった。聞く前に電話を叩き切ったからだ。やれやれ、と太刀川は肩をまわして伸びをした。

 唯我が自分で言った通り、今は非常時なのだ。お荷物を抱えたまま戦う余裕はないし、太刀川自身も全力で防衛任務に当たる必要があるだろう。冷たいようだが、太刀川隊での唯我尊の扱いは大体こんな感じである。

 が、太刀川がなによりも気にくわなかったのは、出撃前の腹ごしらえを絶妙なタイミングで邪魔されたことだったりする。

 

「……あーあ」

「どしたの、太刀川さん?」

「焦げちまった」

 

 昼飯はお預けだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「バイパー!」

 

 縦横無尽。

 那須玲の放つ『変化弾(バイパー)』は目で追うのも困難な複雑極まる軌道を描き、トリオン兵の急所を的確に撃ち抜いていく。

 B級12位、那須隊のメンバーはトリオン兵と接触。戦闘を開始していた。

 

「くまちゃん、カバーお願い!」

「まかせて」

 

 射手(シューター)というポジションは近づかれると不利になる。横合いから迫るモールモッドは那須にとって厄介な存在だったが、彼女はそれを無視して『変化弾(バイパー)』の弾道イメージに集中していた。

 守ってくれる仲間がいるからだ。

 

「玲はやらせないわよ、トリオン兵!」

 

 熊谷友子は那須を狙うモールモッドのブレードを『弧月』で受け止めた。モールモッドの斬撃は素早く鋭いが、刀身を縦に横に、時には斜めに滑らせて、すべて捌いていく。

 トリオン兵には悪いが、この程度の攻撃は日頃から飽きるほど受けている。

 

(……こんなの、アイツに比べれば!)

 

 捌くだけでは意味がない。熊谷はモールモッドがブレードを大きく振り上げた瞬間を見逃さず、一気に懐に踏み込んだ。

 

「ッ!」

 

 斜め下から、引き抜くように、一閃。

 コアを叩き斬られたモールモッドはそのまま動きを止め、コンクリートの地面に崩れ落ちた。

 

「……このあたりの敵は大体片付けたんじゃない?」

「そうだね。はやく次のポイントに移動しよう。小夜ちゃん、この近くでトリオン兵がかたまって動いてるのはどこ?」

『そのまま南西に直進して敵を追ってください。探すまでもなく、まだまだわんさかいますよ』

 

 那須の問いに、オペレーターの志岐小夜子が答える。たしかに探すまでもなく、空を見上げれば飛行型のトリオン兵が宙を舞っていた。

 

『もう! 敵が多すぎですよ~』

 

 通信機越しに弱音を吐くのは、那須隊狙撃手(スナイパー)の日浦茜だ。空に向かって伸びる火線は地道に敵を減らしているが、きりがない。

 那須は『変化弾(バイパー)』を周囲に浮かせながら、南の方角を見詰め、

 

「もう少しすれば、非番の隊員もきてくれるはず。それまで持ちこたえましょう。とりあえず、南西方向に移動しつつ敵を排除。みんな、いい?」

「了解!」

『了解!』

『了解です』

 

 だが。

 コアを破壊したはずの『バムスター』の残骸から、不意に鈍い音が響いた。

 

「なに?」

「玲、下がって!」

 

 バキバキ、と。

 バムスターの厚い装甲が、内側から『何か』に押し広げられる。

 トリオン兵は無機質な機械兵だ。しかしその個体は、まるで体内から生まれる生物のように、ゆっくりと這い出てきた。

 

「なんなの……こいつ?」

「新型の、トリオン兵……?」

 

 呟きながら、那須と熊谷はじりじりと後退する。

 それにしても、不気味だった。

 トリオン兵共通のコアとも言える一つ目に、頭部からは耳のようなアンテナが伸びている。白い装甲に覆われた背中と、太い腕。そしてなによりも気になるのは、比較的小型で、人間に近いフォルムであること。那須も熊谷も、こんなトリオン兵は見たことがなかった。

 

『新型、確認しました。一応、狙える位置にはいますけど……どうしますか?』

「(まだ撃たないで、茜ちゃん。まずはこっちで様子を見るわ)」

 

 新型は睨み合ったまま動こうとしない。距離は十数メートルしか離れていなかったが、先に仕掛けるに越したことはないはずだ。

 那須はふっと息を吐いた。

 弾道をイメージ。あのトリオン兵を、前後左右から取り囲むように。

 撃つ。

 

「バイパー!」

 

 周囲で円を描いていたブロック状の光弾が解き放たれる。1体のトリオン兵に対してやや過剰とも言える火力を、那須は一気に叩き込んだ。

 この期に及んでも、新型はまだ動かなかった。ただ太い腕を交差させ、防御らしき姿勢をとったのみである。

 結果として、那須が放った『変化弾(バイパー)』はその全てが命中した。

 だが、

 

「バイパーが……」

「弾かれた!?」

 

 着弾の結果を見た那須は、呆然と呟いた。

 ありえない。

 『変化弾(バイパー)』をはじめとする特殊弾は特別な機能を付与する分、どうしても『通常弾(アステロイド)』より威力は落ちる。しかしかといって、"全弾命中"してまったく通用しないほど、威力不足ではない。

 

「うそでしょ? どんだけ分厚い装甲してんのよ、コイツ……」

 

 だが、現にこうして、あの新型は平然としているではないか。

 熊谷はまずいと思った。那須隊のエースは那須玲であり、彼女の主力トリガーは『変化弾』だ。その『変化弾』が新型にまったく効かないということは、熊谷がフォローして那須が仕留める、いつもの戦法が通用しないということを意味する。

 

「玲、あたしが前に出るわ! 一旦下がって!」

「でも、くまちゃん!」

 

 その時。

 新型トリオン兵が、はじめて自分から"動いた"。

 踏ん張るような呼び動作から、一気に前へ。まるでウサギが野を跳ねるかの如く、那須達と新型の距離は一気に縮まった。

 否、一瞬で目と鼻の先まで接近した、と言った方が正しいかもしれない。那須も熊谷も、これまでのトリオン兵とは一線を画す動きに、まったく反応できなかった。

 そのまま、新型は丸太みたいに太い腕を振り抜いて、

 

「玲ッ!?」

 

 那須玲に向けて、叩き付けた。

 

「あ――!?」

 

 衝撃。

 那須の華奢な体が一気に吹っ飛んだ。

 悲鳴なんてものをあげる暇はなかった。たとえ叫んでいたとしても、自身の体が民家の壁を突き破る轟音で掻き消されていただろう。

 通常では考えられないような運動エネルギーをぶつけられ、まるで一発の弾丸のように民家を何軒も何軒も貫いて。

 そうしてようやく、吹き飛ばされた那須の体は衝撃を殺しきって静止した。

 

「う……あ」

 

 那須は呻いた。

 痛くは、ない。『トリオン体』に痛覚はないからだ。けれど、今の攻撃を生身で受けていれば――確実に死んでいた。

 

「くっ……」

 

 隊服が破れたわけではないし、どこかが折れたわけでもない。『トリオン体』の耐久力は流石だ。外見にも内部にも致命的なダメージはないようだった。

 瓦礫を押し退けて、埃にまみれた那須はよろよろと立ち上がった。

 

『玲!? 大丈夫、玲!?』

『那須隊長! 返事をしてください!』

『那須先輩!? 那須先輩!?』

 

 チームメイト達の声が聞こえる。熊谷の声が通信に切り替わっていた。それほどの距離を一気に吹き飛ばされたということだ。

 あの『新型』のパワーは、並外れている。

 

「みんな……大丈夫、私は平気だから。それよりも、はやく逃げて」

 

 あの『新型』は普通のトリオン兵ではない。今の一撃を受けて、那須は確信していた。

 あの『新型』と1対1で戦えば、B級隊員だけでなく……下手をすればA級隊員でも敵わないかもしれない。

 

 

 

 

「くそっ……」

 

 熊谷友子は『弧月』を握り直した。通信では「逃げろ」と言われたが、この状況。どう考えても、逃げ切れるわけがない。

 那須を吹き飛ばした『新型』は、だらりと両腕を下げ、真正面から歩いてくる。舐められたものだ。

 

『熊谷先輩! 逃げてください!』

「……そりゃ、逃げられるなら逃げたいけどね」

 

 口から出た呟きは茜ではなく、自分に言い聞かせる為だったかもしれない。深呼吸をして、熊谷は『新型』を見据えた。

 コイツはとにかくはやい。パワーもかなりある。装甲も分厚く、耐久性も高い。なら、熊谷が勝負をできるポイントは自然と限られてくる。

 

(……見定めろ)

 

 どんなに強くても、所詮はトリオン兵。その動きはプログラミングされたものだ。一撃を見極め、懐に飛び込めば、弾丸トリガーよりも威力の高いブレードトリガーなら削り倒せるかもしれない。

 一歩、二歩、三歩。『新型』の動きに合わせながら、熊谷はステップを踏んで距離を微妙に調整する。敵が攻撃を仕掛けてくるような……それでいて、避けられるギリギリの距離を。

 そして。

 那須を吹き飛ばした腕が振り上げられた、瞬間。

 

(…………ここだっ!)

 

 熊谷は動いた。

 両足を折り曲げ、一気に背後へと跳躍する。

 顔の目の前を、凄まじいスピードで巨腕が掠めていった。地面にめり込んだ拳がコンクリートを叩き割る。破片が散らばり、粉塵が巻き上がった。

 

『熊谷先輩ッ!?』

 

 茜の悲鳴が聞こえた。大丈夫、と答えたかったが、今は返事を返す一瞬すら惜しい。

 攻撃を外した『新型』が自分の姿を再確認する前に、前方へ突進。『新型』の真横を潜り抜け、前転して回り込む。

 後ろを取った。

 無防備な背中へ飛び乗った熊谷は、渾身の力を込めて『弧月』の刃を突き立てた。

 

「硬いッ……!?」

 

 ギン!と高い音が響く。

 予想通り。いや、予想以上に『新型』の背面装甲は"硬かった"。腕に跳ね返ってきた手応えに、熊谷は驚愕する。

 だがそれでも、僅かにブレードが入った隙間からは、トリオンの薄い煙が流出していた。

 

(……致命傷にならなくてもいい。少しだけでもダメージを!)

 

 折角掴んだチャンス。なんとか接近できた瞬間だった。この機会を、無駄にしたくなかった。

 だから、気が付けなかった。

 『新型』の背中から伸びる、トゲのようなパーツが発光したことに。

 

 

「がっ……あ!?」

 

 

 閃光が瞬いた。

 それは恐らく、電撃だった。トリオンを電気として利用できるのは知っていたが、確証があったわけではない。

 瞼の裏まで焼けつくような激しいスパークと、全身を襲う痺れ。理屈の前に感覚で、熊谷はそれを『電撃』だと理解した。

 体に力が入らない。『新型』は背中を動かして、熊谷をコンクリートの上へ振り落とした。

 

「あっ……う」

 

 致命的なミスだった。

 背後を取ったと油断して、注意を怠ってしまった。

 

『熊谷先輩! しっかりしてください、熊谷先輩!』

『動けますか、先輩!?』

 

 茜と小夜子の声は、もはや悲鳴に近かった。心配しなくても電流による痺れは一時的なもので、時間がたてば回復するだろう。まだ動けはしなかったが、身体の痺れは少しずつひいてきていた。

 

(…………でも)

 

 無機質な一つ目が、こちらを見下ろしていた。

 敵は、待ってはくれない。

 ガゴン、と。『新型』の胸部装甲が開く。そこから、細いアームが這い出てくる。熊谷にはそれが、まるで獲物を補食する為の触手のように思えた。

 

(…………いや)

 

 恐い、怖い、コワイ、こわい。

 悲鳴をあげたかった。助けて、と叫びたかった。なのに、喚きたくても声すら出せない。

 トリオン兵と戦う。それがボーダーの仕事であり、使命だと理解はしていたけれど。

 目の前に迫ってくるトリオン兵。動かない身体。熊谷友子はおそらくはじめて、心の底から『恐怖』を覚えた。

 無機質で不気味なアームが、彼女の体に突き刺さろうとした、

 

 

『旋空壱式――』

 

 

 瞬間。

 コンマ数秒の、刹那。

 『トリオン体』から発せられる肉声ではなく、無線通信越しに。

 熊谷は、その声を聞いた。

 

 

「――――"虎杖"」

 

 

 斬撃が駆け抜けた。

 目前に迫っていた細いアームが一刀両断され、宙に舞っていた。

 次いで響いたのは、コンクリートを割る轟音。全力で放たれたことが分かる重い一撃は、熊谷を紙一重で避けて炸裂していた。

 

「無事か?」

 

 まるで瞬間移動でもしたかのように……否、熊谷の傍らへ実際に『瞬間移動』したのであろう彼は、いつもと変わらぬ気障ったらしい口調でそう聞いてきた。

 遅い、と言いたかった。バカ、と言いたかった。

 だが、熊谷がなんとか言葉を紡ごうとする前に、"捕食"を邪魔された『新型』が両腕を振りかぶる。

 

「"天舞"」

 

 ふわり、と浮き上がる感覚があった。

 彼は熊谷の体を右手で抱えると、足元に出現させたプレートを踏み込んで飛び上がった。

 

「まったく、落ち着いて話もできんな」

 

 着地しつつ、ぼやく。

 その身に纏うは純白のコート。その手に握るは漆黒の『弧月』。対照的な白と黒のコントラストが、普通とは違う異質な雰囲気を醸し出していた。

 そんな異質さは彼を知る者から見ればある意味いつも通りだったが、ひとつだけ今までと違う点があった。剣をイメージした『B級』共通のエンブレムに、数字が刻印されていることだ。

 『B-22』

 即ち、B級22位。それは現在22チーム存在するB級部隊の中で、最弱を意味している。

 しかし、違う。

 熊谷友子にとって、彼の登場はなによりも心強い援軍だった。

 

 

「如月隊、現着」

 

 

 黒い『弧月』を突きつけながら。

 彼――如月龍神は、高らかに言い放つ。

 

「『新型』のトリオン兵を確認。那須隊と共に、交戦に入る」

 

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