厨二なボーダー隊員   作:龍流

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牙と血の王冠

『タツミが新型を撃破したぞ』

 

 戦闘を開始してから数十分。ようやく届いた吉報に、三雲修は顔を綻ばせた。

 

「本当か、レプリカ?」

『ああ。他のB級部隊とうまく連携した』

「ほほう。やるな、タツミ先輩」

 

 隣の遊真も同じ気持ちらしい。ニヤリと笑って、スコーピオンを握り直す。

 

「こりゃ、こっちも負けてられんな」

「だけど、空閑……この数は……」

 

 威勢の良い遊真の言葉とは正反対に、修の表情はまだ苦い。

 当然である。正面を見れば数えるまでもなく、バムスター、モールモッド、バンダー……視界を覆い尽くさんばかりに、トリオン兵達はこちらへと向かってきている。

 

『数が多すぎるな。ここは退いた方がいいだろう』

「でも、ここを通したら千佳達が危ない」

 

 レプリカの意見はもっともだが、頷く気にはなれなかった。

 修と遊真のチームメイト、雨取千佳はC級隊員として逃げ遅れた市民の避難誘導を行っている。今現在も、この先の区域で。自分達が防衛を放棄して下がればどうなるか。深く考えなくても分かることだ。

 

『シノダ本部長からはB級隊員は全員合流せよ、との指示が出ている。ラービットに対しては一箇所ずつの各個撃破に切り替えたようだ。たしかにB級単体では捕まる可能性が高い。賢明な判断と言える』

「一箇所ずつ……その間、他の場所はどうするんだ? 千佳達は!?」

『トリオン兵の排除は避難の進んでいない地区を優先するとのことだ。避難が比較的スムーズな千佳達は後に回されると思われる』

 

 ちびレプリカの返答は、あくまでも淡々としていた。

 

「そんな……」

 

 みんなと一緒に行動するように。なるべく多くのC級隊員と避難誘導に当たれ、と千佳に言ったのは他ならぬ修自身だ。それが、裏目に出てしまった。

 どうすればいい?

 そんな考えを巡らせる間もなく、コンクリートを破砕する轟音が響き渡った。

 

「ッ……?」

『気をつけろ、オサム』

 

 頭上。

 二階建ての民家の上から、見たことのないトリオン兵が顔を出していた。

 白い装甲。膨らんだ前腕。そして、人型に近い二足歩行。

 特徴が、一致する。

 

「新型か!?」

 

 修の叫びとラービットの跳躍は同時だった。

 飛び降りてくるラービットを見上げ、咄嗟に『レイガスト』を持ち上げる。そして、直感する。

 

 ――受けたら、まずい。

 

「スラスター!」

 

 点火した『レイガスト』の推進力に持ち上げられ、修の体は浮き上がった。飛び退くようなかたちでその場から離脱。直後、着地と同時に穿たれた『新型』の拳が地面を叩き割った。

 

「なんて……」

 

 恐ろしい威力だ。

 そう言いかけた修の横を、黒い影が走り抜けた。

 

「『強』印、五重(クインティ)」

 

 次いで耳に届いたのは、アスファルトを砕いた分厚い装甲が、粉々に破砕される音。

 弾丸による射撃ではく、ブレードから繰り出す斬撃でもない。純粋に強化された『蹴り』を受けて、ラービットは二転三転、地面に打ち付けられながら吹っ飛んでいった。

 

「空閑!」

「うお。こいつかってーな」

 

 空閑遊真は既に訓練生の隊服ではなく、全身をぴったりと覆う黒いボディスーツを身に纏っていた。あの規格外のパワーを持つ『新型』を、一撃でダウンさせる攻撃力。修はそれを知っている。

 ボーダー上層部の許可を得なければ使用できないはずの――『黒(ブラック)トリガー』だ。

 

「おい! 黒トリガーは使うなって言っただろ! ぼくや林藤支部長じゃ庇いきれなくなるぞ!」

「分かってるよ。けど、このままじゃチカがやばいんだろ?」

「それは……」

「出し惜しみしてる場合じゃない。一気に片付けるぞ」

 

 宣言した遊真は、吹っ飛ばしたラービットにとどめを刺すべく前に出る。

 だが、

 

「待ちやがれ、人型近界民!」

 

 重い音とは違う、乾いた発砲音。

 連続したそれらが、突如として遊真に降り注いだ。

 

「なっ!?」

「よし、命中したぞ!」

 

 再び頭上を見上げれば、今度は人間が2人。緑を基調とした隊服の彼らは拳銃型トリガーを構え、こちらを見下ろしていた。

 ただし。その銃口はトリオン兵ではなく、遊真に向いている。

 

「やっぱりコイツ、ボーダーじゃないぞ!」

「本部、こちら茶野隊! 人型近界民と遭遇! 交戦に入る!」

「そこのメガネ! はやく離れろ! オレが蜂の巣にしてやる!」

 

 茶野隊と名乗った2人の正隊員はなにやら盛大な勘違いをしているらしい。遊真の姿を見れば仕方のない誤解だが、この状況はタイミングが悪すぎる。

 

「ま、待ってください!」

 

 修が手を挙げて言っても、2人が聞く耳を持つ気配はない。けれど、それ以上の銃弾が遊真に向かって撃ち込まれることもなかった。

 いつの間に、うしろに回り込んだのか。

 腕部と頭部が半壊した『新型』が、茶野隊の2人を掴み上げたのだ。

 

「なっ……?」

「し、しまった!?」

 

 食われる。

 修も遊真もそう判断し、なんとか2人を助けだそうと動いたが、

 

 ズダダダダッ!

 

 その前に、絶え間ない銃撃の雨が『新型』に対して降り注いだ。既にダメージが限界に近かったのか、数秒間の斉射で白い装甲がボロボロになり、ようやく動きが止まる。

 

「目標沈黙!」

 

 茶野隊の時とは違い、今度は聞き覚えのある声だった。

 

「嵐山さん!」

「無事か、三雲くん!」

 

 A級5位、嵐山隊隊長の嵐山准。隣には同じ部隊の時枝充と、少し離れた場所には木虎藍の姿も見える。

 心強い援軍、なによりも遊真の誤解を解いてくれそうな理解者の登場に、修はほっと息を吐いた。

 遊真も助かったと思ったのか、彼らの姿を見て片手を挙げた。

 

「助かったよ、時枝先輩」

「あれ? 前もそんな格好だったっけ?」

「例の『黒トリガー』ですよ……どうでもいいけどあなた、それの使用許可おりてるの?」

「非常時だったもんで」

 

 修達の場所まで降りて来た嵐山隊の面々は、遊真と認識がある。納得がいかないのは茶野隊の2人だ。

 

「あ、嵐山先輩! 人型近界民が……」

「落ち着け、茶野。彼は味方だ」

「え? でも……」

「いいから。俺を信じてくれ」

 

 茶野隊の2人の反応からは、納得していないことがありありと見て取れる。だが、彼らは深く追及することはせずにそのまま引き下がった。嵐山の人徳が為せる技である。

 

「よし……本部、こちら嵐山隊! 敵の『新型』を排除した。トリオン兵を減らしつつ、次の目標へ向かう」

 

 通信で吉報を本部へと届けたはずの嵐山は、しかし何故か顔をしかめた。

 

「嵐山先輩? 何か……?」

「おかしい……応答がない」

 

 本部の方角で爆発と閃光が起こったのは、その直後だった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「だぁー! ちくしょう!」

 

 米屋陽介は苛立っていた。

 

「トリオン兵多すぎだろ! これじゃあ、龍神に追いつけねぇ!」

 

 愛用の槍型『弧月』を振り回しながら、彼はぼやく。斬っても斬っても、トリオン兵は次から次へと途切れる気配がなかった。どうやら、それなりに規模の大きな一団と遭遇してしまったらしい。

 

「ぼやく前に手を動かせ、槍バカ!」

「やってんだろ! お前こそもっとガンガン撃て! 弾バカ!」

「撃ってるだろうが!」

 

 米屋の背後に回っていたトリオン兵に『通常弾(アステロイド)』の雨が降り注ぐ。圧倒的な物量を正面から浴び、何体ものトリオン兵が機能を停止した。

 両手からさらにトリオンキューブを展開しつつ、米屋の隣に出水公平が着地する。

 2人は互いに背中を預けて、周囲を取り囲む敵を見回した。

 

「……どーするよ、コレ」

「どうするもこうするも、倒していくしかないだろ。つーか、さっきの爆発。本部は損傷とか大丈夫なのか?」

「大丈夫だろ、太刀川さんがいたし。おれらはおれらの問題を解決しようぜ。これもう龍神に追い付くの無理じゃねーか?」

「なんだ? もう走り疲れたのかよ? これだから運動不足の射手様は……」

「オレ達技巧派射手は、頭まで脳筋のお前みたいな攻撃手とは違うんだよ」

 

 軽口を叩き合う。

 米屋陽介と出水公平は『A級隊員』だ。その地位に相応しい実力を持っている。たしかに周囲のトリオン兵は多かったが、倒せないわけではない。問題は時間が掛かり過ぎる、ということだ。

 如月龍神は『グラスホッパー』と『テレポーター』を併用する。元々機動戦を目的とした『グラスホッパー』に加えて、瞬間移動を可能にする試作トリガー『テレポーター』。このふたつを入れ違いに利用すれば、かなりのスピードで戦場を駆け回るのも容易い。

 事実、先ほど入ってきた通信によると、龍神は既に『新型』のトリオン兵を撃破しているらしい。

 完全に出遅れて、おいしい獲物を先取りされてしまった形である。

 なので、米屋は自分を置いて抜け駆けした馬鹿をしばく為……もとい、援護してやる為に、なんとしてでも追いつきたかった。

 しかし。そもそも、と出水は『メテオラ』で周りを爆撃しながら首を捻って、

 

「おまえって『グラスホッパー』使わなかったよな?」

「……だから?」

「いよいよ無理だろ、追いつくの」

「と、思うじゃん?」

「…………」

「…………」

「やっぱ無理だろ」

「うるせぇ! あの馬鹿は『新型』撃破一番乗りなんておいしい思いしてんだぞ! オレ達を置いてさっさと飛び出しやがって……」

 

 ふざけんな、と続けようとした米屋だったが、彼の言葉はそこで止まった。

 自分達を中心に包囲を敷いていたトリオン兵達の隊列が、急に崩れたからだ。

 まるで、何者かに急襲されたかのように。

 

「あっ! よねやん先輩といずみん先輩発見!」

 

 戦場にそぐわない明るさ満点の声を響かせて、飛び出してきたのは1人の少年だった。

 背は米屋よりもずっと低く、年も下。けれど、所属する部隊ランクは、その少年の方が上。

 A級4位、草壁隊所属の攻撃手――緑川駿だ。

 

「緑川!」

「2人だけ? ちょっと残念……」

「おいコラ。どういう意味だ」

 

 登場早々に聞こえてきた緑川の問題発言に、出水はすかさず『通常弾(アステロイド)』を撃ち込んだ。もちろん、緑川は展開した『グラスホッパー』でそれを軽々と回避し、彼の背後のバムスターに全弾が吸い込まれていった。

 

「いやあ、オレとしては迅さんか三雲先輩のいるところに行きたかったからさー」

「迅さんはともかく……ミクモ? 誰だソイツ?」

「あー、そっか。お前は知らねえよな」

 

 素直に首を傾げる出水に米屋は苦笑いする。

 緑川駿が迅悠一に憧れてボーダーに入隊したのは、正隊員なら誰もが知る有名な話。だが、緑川が名前を出したもう1人との一件については、その場にいた隊員しか知り得ないことだ。

 ちょうどよくその場にいた米屋は、一部始終を余すことなく目撃しているのだが……

 

「ま、その話はまた今度だな」

「うおい!? なんだよ! 気になるだろ! 何者だよ、そのミクモってヤツは?」

「そうだな……」

 

 モールモッドの眼球に『弧月』の先端を突き立てながら、今度は米屋が首を傾げて、

 

「一言で言うなら……メガネだな」

「メガ、ネ……?」

「たしかにメガネだねー。しかもいやらしいメガネだったし」

「いや、マジでなにもんだよ……」

「まあいいじゃん。とりあえずここを片付けようよ2人は苦戦中なんでしょ?」

「「うるせー」」

 

 否定がハモった。

 相変わらず生意気な口をきく後輩だったが、ちょうど援軍が欲しかったタイミングである。2人と3人では取れる連携も作戦もまるで異なってくるし、緑川は立派なA級隊員だ。戦力として大いに頼りにできる。

 米屋は槍型の『弧月』を構え直した。

 

「よーし。さっさと片付けて次いこーぜ」

「援護はしてやる。お前らは安心して突っ込んでこい」

「いずみん先輩、誤射しないでね」

 

 弾バカ、槍バカ、迅バカの3名で急遽結成された即席チームは、勢いよくトリオン兵の群れに飛び込んでいく。

 厨二のバカに追いつくために。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「落ち着いて! 落ち着いて避難してください!」

 

 普段は滅多に出さない大声を張り上げて、雨取千佳は避難誘導に当たっていた。

 ついさっきまで、避難は順調に進んでいた。少なくとも、全員が落ち着いて行動できるだけの余裕があった。

 でも、今はそんなものはない。

 

「シェルターへいそいで!」

 

 落ち着け、と言っておきながら、いそげ、とも言う。我ながら矛盾したことを言っていると千佳は思ったが、そんな思考はさっさと頭の片隅へ放り投げる。

 千佳自身、焦っている自覚があった。

 見える距離までトリオン兵が迫ってきているのだ。焦るなという方が無理な話である。

 

「やばいよ、チカ子! 突破されちゃってるよ!」

 

 C級隊員達は近づいてくるトリオン兵を恐れて、既に軽いパニック状態に陥っていた。彼らが三々五々に逃げていく中で両脇に少年と犬、ついでに頭にネコを乗せた夏目出穂と、誘導の為に声を出し続けている千佳はまだ冷静な方だった。

 先ほどの大爆発。本部の方向で響いた轟音が止んでからだ。防衛ラインが突破されて、警戒区域外にまでトリオン兵が流れ込みはじめたのは。

 きっと、何かあったに違いない。

 

(修くん……遊真くん……)

 

「チカ子! ぼーっとするな!」

 

 友達からの警告に、千佳はハッと顔を上げた。

 正面。大型トリオン兵が民家を乗り越えて、一つ目を光らせていた。

 一足先に、群れとは別行動で回り込んでいる個体がいたのだ。

 

「…………ッ!」

 

 反応が遅れた。立ち止まるのも遅かった。

 

 ――捕まる。

 

 

「酉の陣!」

「『輝く鳥(ヴィゾフニル)・改(ウムバウ)』」

「『疾風怒濤(シュツルムウントドランク)』」

 

 爆撃、射撃、とどめに斬撃。

 千佳の目前まで迫っていた『バムスター』は、見るも鮮やかな連続攻撃を受けて地面に倒れ伏した。

 

「無事かい? お嬢さん?」

「え、あ……はい」

 

 お嬢さん、なんて呼ばれたのは生まれてはじめてだった。そもそも、そんなキザな台詞を言う人間は世の中にほとんどいないだろうが。

 千佳を守るように周囲に着地したのは、3人の少年。いずれも千佳と同じ、C級隊員の白い隊服を着用していた。

 

「『メテオラ』の調子はどうなんだよ? 早乙女」

「いたって順調だぜ。今のを見れば分かるだろ、丙?」

「お前ら、油断だけはすんなよ。慢心は足元をすくう……隊長が言っていただろ?」

「分かってるよ」

「リーダーに言われるまでもないぜ」

「あ、あの……」

「おっと、失礼。何かな、お嬢さん?」

 

 まずはその呼び方をやめて欲しかったが、言っている場合ではない。千佳は頭を下げながら、言葉を紡いだ。

 

「た、助けてくれてありがとう。でも、わたし達は戦闘禁止のはずじゃ……」

 

 千佳の発言に、3人はやや困ったような表情になって互いに顔を見合わせた。他の2人に『リーダー』と呼ばれ、千佳をお嬢さんと呼んだ少年が一歩前に進み出る。

 

「……たしかに。俺達『C級』はトリオン兵との交戦を禁じられている。ついでに、俺達の『隊長』からも禁じられている」

「隊長?」

 

 まだC級隊員の彼らが、なぜ『隊長』というワードを出したのか少し気になったが、千佳や遊真もまだC級ながら修とチームを組むことを決めている。きっと同じように、彼らもチームを組む相手が決まっているのだろう。

 

「なんでかは知らないが、かなりキツく言い聞かされていてなあ……正直言って、俺はトリオン兵よりも勝手に戦ったことが隊長にバレる方がコワイ……超コワイ」

「いや、リーダー。おれは姐さんに怒られる方が恐ろしいぜ」

「姐さんに罵られるのか……それはそれでイイ」

「とにかく、だ」

 

 なにやら不穏なことを呟いているニット帽の少年を押しやり、前髪を撫でつけた少年は言葉を続けた。

 

「状況を見てくれよ。C級は戦闘禁止、なんて言ってる場合じゃないだろ?」

「それは……そうだけど」

「それにな、お嬢さん。うちの隊長はカッコいいことは大好き、カッコ悪いことは大嫌いでな……」

 

 1人は『弧月』を。

 1人は『炸裂弾(メテオラ)』を。

 千佳へと語り掛ける最後の1人は『追尾弾(ハウンド)』を。

 

「女の子を見捨てて逃げるとか、カッコ悪いだろ?」

 

 ただひとつしかない『武器(トリガー)』を構えながら、彼らは千佳と一般市民を守る為に前へ出る。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ボーダー本部、司令室。

 

「通信が乱れてすまなかったな、如月。『新型』を撃破したということだが?」

『那須隊と協力して撃破しました。現在、トリオン兵を掃討をしつつ南下中です』

 

 如月龍神の報告に、忍田真史は大きく頷いた。城戸は微動だにしなかったが、根付や鬼怒田は表情を弛めて手を叩く。

 

「おお! 流石だねぇ、如月くん」

「ふん! 馬鹿は馬鹿なりにきちんと仕事をしておるようだな」

『鬼怒田さんから誉め言葉を頂けるとは……なんと光栄な!』

「私は無視かねっ!?」

 

 あんまりな扱いに根付が叫ぶが、通信越しには「鬼怒田さんに誉められたぞ! くま!」「はいはい、よかったわね」という声しか聞こえてこない。

 『イルガー』による直接攻撃の危機をとりあえずは脱した本部だったが、戦況は依然として予断を許さない状況だった。

 

「警戒区域外南西部にトリオン兵が侵入! 防衛ラインが突破されました!」

「なっ!?」

 

 沢村響子の報告に、怒りで赤くなっていた根付の顔色が一転して青くなる。

 

「まずい! 一般市民に被害がでるのはまずいですよ!」

 

 万が一、市民に被害が出てしまえば、世論の非難がボーダーに殺到するのは目に見えている。メディア担当である根付からしてみれば、それは何としてでも避けたい事態だった。

 

「すぐに戦力を回してください、忍田本部長! このままでは被害が……」

「駄目だ」

 

 忍田の返事は簡潔だった。

 

「先ほど通達した通りだ。基本的にB級は全部隊合同で市街地の防衛に向かう。B級単隊では『新型』に"食われる"可能性が高い。『新型』はA級部隊が止める」

 

 敵の目的が新型トリオン兵『ラービット』を用いた撹乱と分散である以上、戦力を散らせば思う壺。一箇所ずつ確実に敵を排除していく忍田の案は戦術としては正しい。

 

「……だが、A級だけで対処できる範囲にも限りがある」

 

 沈黙を貫いていた城戸が、おもむろに口を開く。

 

「現状、A級で部隊の合流が完了しているのは嵐山隊と風間隊だけだ。天羽と迅は西と北西の防衛に回していて使えない。A級が取り逃した『新型』に合流途中のB級がやられては、そもそもの意味がないぞ」

「その為に慶を単独で先行させた。非番のA級もそれぞれ合流して戦闘を開始している。それに、B級全隊を合流させるわけではない」

「し、忍田本部長……それはどういう……」

「"基本的に"と言ったはずだ。……如月!」

 

 忍田は通信マイクに呼び掛けた。

 

『聞こえています』

「お前達が突破された区域に一番近い。如月隊と那須隊はそのまま南西部に向かえ。市民とC級の安全を最優先。『新型』が来ても何とかもたせろ」

『如月、了解』

『那須、了解』

 

 素早い判断と対応に根付はほっと息を吐いたが、城戸の表情は険しいままだった。

 

「南西部はそれでいいだろう。他の地区にさらに『新型』が出現した場合はどうする?」

「いざとなれば私が出る。しかし、問題ない」

 

 忍田は城戸を見上げて、告げる。

 

「既に合流を完了しているA級相当の部隊に、命令を出してある」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 警戒区域内、基地南部。

 

「うじゃうじゃと沸いて出てきやがって……気持ちわりーな、コイツら」

 

 よくもまあ、こんなに送り込んできたものだと思う。

 眼前に居並ぶモールモッドの群れを見据え、青年は心底面倒そうに息を吐いた。彼の左手はボサボサの黒髪を面倒そうに掻き、右手には輝くブレードが握られている。

 近接戦闘用ブレードトリガー『スコーピオン』。自由自在に変形可能、という特性を持つそのトリガーを、彼はトリオン兵に向けて無造作に振るった。

 まだ遠い距離。普通なら、ブレードトリガーの攻撃範囲外と言える間合い。

 されど、振るわれた光刃はまるで『鞭』のように伸び、しなり、変形して、モールモッドの目玉を切り裂いた。

 

「けっ……雑魚ばっかだな」

「いやいや。そうでもないみたいだよ、カゲ」

「あん?」

 

 大柄なチームメイトが隣に立つ。

 北添尋は、自らの代名詞とも言える二丁の『擲弾銃(グレネードガン)』を正面に向け、遠慮なく連射した。

 爆発が立て続けに起こり、かつては市民会館だった建築物の一角を崩す。

 

「……オイ」

「ほら、出てきたよ」

 

 鉄骨を押し退け、這い出てきたのは人型に近いフォルム。報告にあがっていた『新型』だ。

 

「いやあ、爆風は受けてるはずなんだけど、全くダメージ入ってないね。硬すぎでしょ」

『那須隊や風間隊からの報告を踏まえると、多分『アイビス』でも抜けないと思うよ。援護はあんまり期待しないでね』

「マジ? ゾエさんこわい」

 

 チームの中で最年少の狙撃手、絵馬ユズルがさらっとそんなことを言うものだから、北添は大きな体をぶるりと震わせた。

 

「はっ……要は近づいて切ればいいんだろ?」

『おいおい、カゲ。あんまり油断すんなよ。龍神に『新型』討伐の先越されたからって張り合おうなんて考えるな~』

「だぁれがあんなバカと張り合うか、ボケ!」

 

 オペレーターの仁礼光にはそう言い返し、彼――影浦雅人は空いた両手の指をコキコキと鳴らす。

 突き返した返答に偽りはない。別に張り合うつもりはないのだ。ただ、あのバカにできて自分に……自分達に出来ないはずがない。そんな思いがあるだけで。

 影浦は口角を吊り上げ、特徴的な犬歯を剥き出しにして笑う。

 

「さぁて……ウサギ狩りの時間だ」

「…………」

 

 ちょっと龍神くんに毒されてない?とは言わない、心優しい北添だった。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 警戒区域内、基地南西部。

 

 戦場において、その一団は異様だった。

 ボーダーの正隊員は基本的に、動きやすいジャージタイプの隊服を着用している。市民に対して威圧感を与えることがなく、デザインも簡単なカラーの変更だけで差別化が可能だからだ。

 しかし、彼らは黒のスーツに身を固め、ネクタイまでしっかりと絞めていた。全員が整った顔立ちをしているので、飲酒ができる場所に突っ込めばホストと間違われるかもしれない。

 ただ、残念ながら彼らが立っているのは戦場である。

 

「お、新型ってのはアイツかな?」

 

 一見軽薄そうな青年が携えているのはグラスではなく、突撃銃よりもやや小型で取り回し安い短銃身のサブマシンガンだ。

 

「多分そうでしょう」

 

 同じく、日本刀型のブレードを握りしめたもう1人が無愛想に答える。

 

「なるほどなるほど……結構かわいい見た目してると思わない? 辻ちゃん的にはどうよ?」

「犬飼先輩の美的感覚が分かりません」

「冗談だよ、冗談。つれないなぁ」

 

 犬飼澄晴は相変わらずクールな後輩の返答に肩を竦めて、

 

「さて……どうしますか、二宮さん? 面倒なことに相当装甲が厚くて、しかも動きもはやいらしいですよ」

 

 中央に立つ隊長に指示を仰ぐ。

 

「……所詮はプログラミングされた動きしかできないトリオン兵だ。攻撃パターンさえ読めればいくらでも対応できる」

 

 二宮匡貴は両手をポケットに突っ込んだまま、まだ距離がある『新型』を見詰めていた。同い年のA級6位部隊隊長に『鉄面皮』と揶揄される整った顔立ちは、未知の敵を前にしても小揺るぎもしない。

 

「――そもそも」

 

 彼の両側に、一般的なサイズと比べてかなり巨大なトリオンキューブが浮かび上がる。

 

「いくら装甲が厚かろうが、撃ち込み続ければいずれは割れる」

 

 戦術を重視するわりには意外と力押し好きですよね?とは言わない、空気が読める犬飼だった。

 

 

◆◇◆◇

 

 

 奇しくも、彼らの報告は同時に司令部へ届いた。

 

『こちら影浦隊。新型を捕捉したぜ』

『二宮隊、敵の新型トリオン兵を確認』

 

 ボーダーのA級部隊は、現在計8部隊。されど、A級部隊の証である『隊章』は、たとえB級へ降格になったとしてもA級であった『証』として残り続ける。

 B級1位、二宮隊。

 B級2位、影浦隊。

 かつてA級であった、ふたつの部隊。

 それぞれの事情から降格処分を受けた彼らは不動のB級2トップとして、君臨し続けている。二宮隊と影浦隊を倒し、A級部隊への挑戦権を得たチームは未だに存在しない。

 名目上はB級。しかし、彼らの戦闘能力がA級クラスであることは、間違いなく証明されている事実である。

 

 緊張が満ちる司令室に声が響く。

 一方は、熱く、荒々しく。

 もう一方は、冷たく、淡々と。

 まったく真逆であるように思える両者の声は、けれどもピタリと重なって。

 

 

『『戦闘を開始する』』

 

 

 激闘の幕開けを、静かに告げた。

 




【戦況整理】※本文未描写含む。
・基地東部
風間隊がラービットと交戦中。
香取隊がラービットと交戦中。
諏訪隊はキューブにされた諏訪を基地へ移送中。
・基地東南部
米屋、出水、緑川が合流。戦闘中。
東隊が合流完了。戦闘中。
・基地北西部
天羽月彦が匠の技で街を更地にビフォーアフター。
・基地西部
実力派エリートが仕事を後輩に押し付けるべく移動中。
・基地南西部
修、遊真と嵐山隊が合流。ラービットを1体撃破。
龍神、那須隊がラービットを1体撃破。
二宮隊がラービットと交戦開始。
警戒区域が突破され、トリオン兵が市街へ進行中。
・基地南部
影浦隊がラービットと交戦開始。
荒船隊、来馬隊(村上を除く)、柿崎隊が合流。各隊合同で戦闘中。 
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