厨二なボーダー隊員   作:龍流

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動く未来

 三雲修は走っていた。

 あちこちで爆発の煙が上がり、トリオン兵が動き回っているが、構っている暇はない。

 目的地は、防衛ラインが突破された南西部だ。

 

「この数……4年前の大規模侵攻を越えているわね」

 

 修の隣を並走するのは、赤い隊服をきっちりと着こなすショートヘアの少女。彼女の呟きは自分に向けて言ったわけではなく、単なる独り言のようにも思えたが、一応聞き返す。

 

「そうなのか?」

「間違いないわ。これだけの大軍で攻めてくるなんて……」

 

 訝しげな表情で眉を潜めるのは、A級5位嵐山隊の木虎藍。彼女は先程の一件の後、自分から修に同行を申し出てくれたのだ。

 今の修の目的は、南西区域の千佳をはじめとしたC級隊員達の救出。その提案は上層部に承認こそされたものの、『黒トリガー』を使用している遊真の同行は認められなかった。最高司令官である城戸が、遊真の同行に難色を示したからだ。遊真は「黒トリガーを使わなければ修について行っていいの?」と城戸に問いを投げたが、彼の返答は「無意味な仮定だ」という冷たいものだった。

 そこで木虎が声を上げ、嵐山隊とは別行動を取ることになり、現在に至る。なぜ木虎が同行を申し出てくれたのかは、よく分からない。実力に不安がある修だけでC級の救援に向かうのを見かねたのだろうか。

 と、

 

『確かに腑に落ちない。こちらの世界にこれほどの戦力をつぎ込むのは謎だ』

 

 唐突に割って入ってきた機械音声に、木虎はあからさまにぎょっとした。

 

「なんなの、それ? 通信用トリガー?」

『はじめまして、キトラ。私はレプリカ。ユーマのお目付け役をしている』

「お目付け役……?」

「れ、レプリカは空閑と一緒に近界を旅していて……近界民のことにも詳しいんだ」

「……要するに空閑関連のトリガーってことね」

 

 厳密に言えばレプリカは『トリガー』ではなく『トリオン兵』に分類されるべきなのだろうが、木虎はそれで納得したらしい。なにやら事情に詳しそうな黒い浮遊物に、物怖じせずに問い掛ける。

 

「それで、何が腑に落ちないって言うの?」

『先程の新型……『ラービット』を解析してみたが、あの1体に相当な量のトリオンが使われていた。他のトリオン兵も併せれば、今回の侵攻に費やされているトリオンはひとつの『国』という組織から見ても莫大な費用だ』

 

 それだけのトリオンをこちらの世界に投入すれば、本国の守備が手薄になるのは必定。通常は避けるべきことだと、レプリカは語る。

 

『しかもそこまでしてつぎ込んだ戦力を、集中せずにわざわざ分散して使っている。はっきり言って運用の意図が読めない』

「敵の狙いはこっちが分散に対応するのを待って、バラけたところを『新型』で捕獲、でしょ? つまり即戦力になるトリガー使いをさらうのが目的。だから忍田本部長はB級を合流させたんじゃない」

『仮にそうだとしてもボーダーには『緊急脱出(ベイルアウト)』がある。捕獲される前に緊急脱出を徹底すれば、被害はゼロに抑えられるだろう』

 

 2人の会話を聞き、修は走りながら考え込む。レプリカが示した懸念は正しい。敵の戦略と行動には不可解な点が多過ぎる。

 戦力の分散と、それに伴う『新型』の散発的な投入。こちらの戦力を見定める為だとしても、そもそも大規模侵攻以前にボーダーは『門』を開く小型トリオン兵を隊員を総動員して駆除している。アフトクラトルがあの小型トリオン兵で事前に調査を進めていたのだとしたら、ますます疑念は増す。腑に落ちないのだ。

 あれだけの下準備を進めておきながら……なぜ貴重な戦力を使い潰すような運用をしているのか?

 

「敵の真の目的は未だ不明、か。……ところで、三雲くん。あなた、チーム登録したのね」

「え?」

 

 頭をフル回転させて思考していた、というのもあるがなによりも唐突に話題が変わったので、修の返事はやや間抜けたものになった。

 が、木虎は修の反応を特に意に介さない様子で……しかし、眉根を寄せながら呟く。

 

「正式に玉狛支部所属になったってことか……名実共に烏丸先輩の後輩……うらやましい」

「き、木虎……?」

「なんでもないわ。でも、私の記憶が正しければB級21位には先に如月先輩が登録していたはずだけど?」

「その如月先輩が、登録の優先順位を先に譲ってくれたんだ。それで如月先輩達の順位が繰り下がった」

「……なんでまた?」

「僕にもよく分からないけど……『どうせ下位からはじめるなら、最弱からはじめた方がおもしろい』って」

 

 修はあの先輩が言っていたままを述べただけなのだが、木虎はあからさまにげんなりとした表情になって、

 

「ほんとにあの人は……次のシーズンで同時デビューすることになるとはいえ、チームランクを何だと思っているの」

「ま、まあ、僕も如月先輩もまだ単独の部隊だし。正式なスタートってわけじゃないんだ」

 

 しどろもどろに、修はフォローの言葉を口にする。言うなれば、今回の措置は仮登録のようなものだ。修も龍神も、まだチームメンバーが全員揃ったわけではない。なのに龍神が「とりあえずチーム登録しろ。すぐにしろ。今すぐしろ」と先輩権限を最大限に行使し、修に圧力を掛けたのでこうなったのだ。胸の『B-21』の刻印は、自分だけで背負うには少々重い。

 口ではフォローしてみたが、端的に言えばやはりあの先輩の妙な拘りが原因である。

 

「如月先輩はともかく、オペレーターがよく了承したわね。ひとつしか違わないとはいえ、順位が下がるなんて普通は認めないと思うけど」

「…………」

「どうしたの?」

「いや、そのオペレーターの先輩も意外とノリノリっていうか……『最下位から上位にまで駆け上がる。私達の鮮烈なデビューを飾るにはこれくらいは必要ね』って言っていたぞ?」

「……」

 

 走りながら頭を抱えるという器用な真似をする木虎。そのオペレーターの方も玉狛支部にやって来て、色々と騒動を巻き起こしたのだが、それはまた別の話。

 

「……三雲くんは、やっぱり空閑とチームを?」

 

 またあからさまに話題が変わった。というか、これ以上考えるのを止めたのだろう。自分の師匠の思考回路が理解できない気持ちはよく分かるので、修はそのまま素直に肯定の返事を返した。

 

「そうだな。あとはまだC級だけど、雨取千佳っていう幼馴染みがいて……」

「雨取……ああ、佐鳥先輩が言っていた、本部の壁に穴を空けた子ね」

 

 やはりそういう認識なのか、と苦笑する。千佳の鮮烈なデビューはこんなところにまで知れ渡っているらしい。

 

「すごいトリオン量だって聞いたわ。空閑もそうだけど、結構有望なメンバーを集めたのね……あなたはともかく」

「う……」

 

 こんな非常時でも、木虎藍の毒舌は平常運転。相変わらずのキツイ物言いに修は冷や汗を浮かべる。

 彼女は風でなびく髪に手をやりながら、ちらりと修へ視線を向けた。

 

「あまり期待はしてないけど、戦力としては数えるから」

「それは……」

「烏丸先輩と……あの馬鹿先輩に受けた修行の成果。しっかり見せて貰うわ」

 

 言うだけ言って、木虎は目を逸らす。

 修は苦笑した。

 分かりにくいことこの上なかったが、それが激励の言葉だと察せられる程度には、木虎の性格が分かってきた気がする。

 

『……キトラ、オサム。そろそろ敵と接触するぞ』

「見えたわ」

「あれか!」

 

 視界に入ったのは、爆発が一際激しい一角。まだ大勢、逃げ遅れた人達の姿が見える。

 修は声を張り上げた。

 

「大丈夫ですか!?」

「三雲!? 三雲が来てくれたぞ!」

「三雲くん!」

「三好!? 一ノ瀬達も?」

 

 見慣れた制服は、自分が通う学校のもの。そこにいたのは、ボーダーマニアで有名な三好をはじめとした、修のクラスメイト達だった。

 

「逃げ遅れたのか? みんな無事か!?」

「あ、ああ。トリオン兵がこっちまで追ってきていて……」

「敵は? 他の人達は大丈夫?」

「おお! 嵐山隊の木虎だ! すげぇ!」

「質問に答えてくれない?」

 

 緊急時の為、営業用の仮面を外した木虎にボーダーマニアの三好は面食らったらしい。彼はコクコクと頷いて、頭を掻いた。

 

「あ、はい……でも、多分大丈夫だと思います」

「はあ? ちょっとあなた、大丈夫ってどういう……」

 

 剣呑な木虎の声を遮ったのは、崩れた瓦礫の音。

 直後、民家の塀を突き破って倒れ込んで来たのは、あの白い『新型』だった。

 

「は……?」

「新型……?」

 

 正確には、違う。

 先ほど修が遭遇した個体とは色と細部の形状が異なっており、しかもその頭部は粉々に破砕されている。

 そう。その『新型』は、既に倒されていた。

 

 

「ふっ……2体目撃破だ」

 

 耳に飛び込んできたのはやはりと言うべきか、聞き覚えのある声。一瞬で苦虫をまとめて噛み潰したように変化した木虎の表情が、その人物の正体を物語っている。

 地面に倒れ伏したラービットの腹を踏みつけ、白いコートの裾をはためかせながら、彼は悠然と歩を進めてくる。

 

「まさか1体ごとに性能が違うとは思わなかったわ……正直焦った」

「そのわりには那須へのフォローが的確だった。腕を上げたな、くま」

「べ、べつにあんたに褒められても嬉しくないし!」

『ツンデレですか? 流行らないですよ、先輩』

「黙りなさい、茜」

「でも、くまちゃんの言う通りね。近接攻撃がメインだと思っていたけれど、まさか砲撃タイプまでいるなんて……」

「確かにビームを撃てるとは思わなかった。アフトクラトルには中々ロマンが分かっている技術者がいるらしい」

「馬鹿言わないの。敵を褒めてどうすんのよ」

「冗談だ。あれを市街地に向かって撃たれたらかなわん」

 

 ……なにやらぞろぞろと、他の隊員を引き連れながら。

 

「如月先輩……」

「ん? 無事だったか、三雲! なによりだ」

「那須先輩、熊谷先輩! 大丈夫ですか?」

「木虎ちゃん! 救援に来てくれたのね。ありがとう」

 

 修は知らないが、木虎は龍神に同行している女性隊員達と顔見知りらしい。龍神をまるっきり無視して、彼女達に声を掛けている。

 

「如月先輩! 千佳は無事ですか?」

「安心しろ。雨取も含めて、C級隊員達は全員無事だ。無論、一般市民もな」

 

 自信に満ちた声は、いつにも増して頼もしい。ほっと冷や汗をぬぐった修に、龍神は親指を立てて背後を示した。

 

「修くん!」

「千佳!」

 

 C級隊員達の中に、小柄なくせっ毛がちらついている。千佳の無事を目で見て確認し、修はようやく人心地ついた気がした。

 

「うおお! 流石です、隊長! もう『新型』を倒したんすね!」

「惚れ直しちゃいますよ!」

「いやいや。隊長ならこれくらいやってのけて当然だぜ」

 

 ……なにやら千佳の周りに、微妙に見覚えのある3人組がいるのが気になるが。

 

「よし。お前達は他のC級と一緒に逃げ遅れた人達をシェルターに誘導しろ。それが完了したら、そのまま基地に逃げ込め」

「そんな!?」

「あの華麗な連携攻撃を見てなかったんですか!?」

「俺達だってやれます!」

 

 龍神の指示に、3人組が食って掛かる。しかし修のよく知る先輩は、ぎろりと彼らを見据えると、

 

「黙れ。命令だ。はやく行け」

 

 らしくない強い口調で、きっぱりと言い捨てた。

 

「でも!」

「二度は言わん」

「……了解」

「……分かりました」

「……うっす」

 

 不満げながらもしぶしぶと引き下がる3人。白い隊服の群れに紛れ込んでいく彼らを見ながら、修は龍神に聞いた。

 

「いいんですか?」

「何がだ? あいつらはまだC級だ。前に出して戦わせるわけにはいかない。雨取もそうだろう?」

「それは……そうですけど」

 

 龍神の言うことは正しい。筋も通っている。しかし、いまいち釈然としなかった。あの3人と接している時だけ、修の知るいつもの彼とは違う気がしたからだ。

 まるで、何かに焦っているような……

 

「それに、もうあまりお喋りをしている時間もない」

「え?」

 

 険しい表情のまま、龍神の視線は何もないはずの空に向けられていた。

 

「……次がくるぞ」

 

 まるで、その言葉を合図にしたかのように。

 空間を割いて、黒い『門(ゲート)』が開いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「もうっ! なんなのよ、コイツ!」

 

 白い新型トリオン兵と向き合う少女は、セミロングの髪を揺らしながら毒を吐いた。ややツリ目の、全体的に鋭利な印象を受ける気の強そうな風貌。実際の性格も見た目とそう違わない彼女は、ショートパンツから伸びる足で地面を蹴り、アームカバーに包まれた腕からブレードを繰り出して果敢に接近戦を仕掛ける。

 

「麓郎! 援護!」

「なら、ちょっとは距離を取れ!」

 

 言うと同時、隠密トリガー『カメレオン』を解除した若村麓郎は短機関銃を連射。彼の手持ちのトリガーでは最も威力が高い『通常弾(アステロイド)』が連続して直撃するが、それらは装甲の表面を叩くだけでトリオン兵には大したダメージを与えられていないようだった。

 

「くっ……効かねぇ!」

「なにやってんの! 手ぇ止めないで撃ち続けなさい!」

 

 萎縮する若村を横目で見やりながら、香取葉子は両手の『スコーピオン』を切り替え、『グラスホッパー』で跳躍。腰のホルスターからハンドガンを二丁同時に引き抜いて、乱射する。見たところ、敵に遠距離攻撃用の武器はない。ダメージが与えられなくても、牽制くらいにはなるだろう。

 その間に、指示を仰ぐ。

 

「ちょっと華! どうすればいいのよコイツ!」

『とにかく装甲が厚い。多分『通常弾(アステロイド)』じゃ撃ち抜けない。だから、葉子が接近してブレードで削って』

「結局アタシ頼り!?」

『包囲して火力を集中させれば倒せないことはないと思う。でもその場合、トリオンを消費し過ぎる。ここから"先"のことも考えるなら、いつものパターンが一番効率がいい』

 

 敵の攻撃を飛び退いてかわしながら、舌打ちをひとつ。香取隊オペレーター、染井華の指示は相変わらず的確かつ冷静だった。葉子が突っ込み、他の2人がフォロー。要するに、いつもの戦い方をしろ、と華は言っているのだ。

 先ほどの攻撃も、若村の援護が悪かったわけではない。単純に敵の『新型』の装甲が厚すぎてダメージが通らなかっただけだ。あの化け物みたいなウサギ型トリオン兵に一撃を入れるには、どうしても接近する必要がある。それができるのは、この部隊のエースである自分しかない。

 

「聞いたわね、2人とも! アタシが突っ込むから援護よ!」

「ちっ……了解!」

「了解! 気をつけてね、ヨーコちゃん!」

 

 若村のやけくそ気味な返事と、隠密トリガー『カメレオン』を解除した三浦雄太の激励が重なる。

 

(……やってやるわよ)

 

 ハンドガンを腰のホルスターに納め、葉子は心の中で呟いた。

 脳裏にちらつくのは、見渡す限り瓦礫の山と化した街。そして、幼馴染みの傷だらけの手のひら。

 べつに、自分達だけが不幸だったなんて思っているわけじゃない。ボーダー隊員の中には、第一次大規模侵攻で家や家族を失った者が大勢いる。むしろ葉子は失うものが家だけで済んだ分、マシな方だ。悲劇のヒロインを装うには、自分の境遇はまだ生温い。

 それでも。

 あんな思いをしない為に。

 あんな思いを他の誰かにさせない為に。

 この胸に渦巻く苛立ちを。

 

「さっさと壊れろ!」

 

 葉子は全力で、目の前の近界民に叩きつけた。

 華の言う通り、まだまだ"先"は長い。コイツだけにトリオンを使ってなんていられない。

 故に最速、最短で接近し、仕掛ける。

 一撃目。頭部に薄い斬撃の跡が刻まれた。

 二撃目。丸太みたいな腕に阻まれる。

 三撃目。足元を潜り抜けて放った一閃が、遂に装甲の薄い脚部を捉えた。

 白ウサギのバランスが崩れる。

 葉子は両手の『スコーピオン』を同時起動し、振りかぶった。

 

(もう一撃でッ!)

 

 そして同時。逸る葉子の心を、覗き込みでもしたのか。

 まるでタイミングを合わせるかのように『新型』が拳を繰り出した。

 

「ヨーコ!?」

「ヨーコちゃん!?」

 

 チームメイトの叫び声。

 

「ッ……!?」

 

 ――しまった、と。

 

 目を見開いた葉子の横合いから、それらは飛来した。

 轟音と爆発。

 ただでさえ足を削られていた『新型』が衝撃に耐えられるはずもなく、華奢な少女に直撃するべきだった拳があえなく空を裂く。

 なんとか危機を脱した葉子は一旦距離を取り、自分を救ってくれた『弾丸』が飛んできた方へと振り返った。

 

「メテオラ……?」

「無事か、香取?」

 

 

 年不相応な落ち着きと共に、1人の少年がトリオンキューブを浮かべながら地面に降り立つ。前髪をオールバックに上げた彼は、精悍な印象とは正反対にほっと息を吐いた。

 

「歌川!?」

「大丈夫そうだな。よかった」

「油断して懐に入り過ぎるからそうなるんだよ。自分の実力くらいちゃんと弁えたら?」

「……菊地原」

 

 葉子は呻いた。歌川遼だけではない。

 まるで最初からその場にいたみたいに、風景が剥がれてさらに2人の少年が姿を現す。

 肩にかかるくらいの髪をゴムでくくり、もはや聞き飽きた毒舌を吐いているのは菊地原士郎。

 そして、

 

「惜しかったが、あまり前のめりになるな。功を焦ってやられては元も子もないぞ」

 

 本来は少年という言葉が相応しくない年齢の――しかし3人の中では最も小柄な男、風間蒼也。

 A級3位、風間隊の面々が葉子を庇うように取り囲みながら、『新型』と向かい合う。

 

「わりとダメージ入ってますね」

「すぐに落とせるでしょ。さっさと終わらせて次に行きましょうよ、風間さん」

「俺が今言ったことをもう忘れたのか? 功を焦ってやられては意味がないと言っただろう」

「そんなこと言ってるから、あの厨二病に新型撃破を先越されちゃうんですよ」

「べつに競争しているわけじゃない」

 

 軽いやりとりを交わしながらも、彼らの視線は決して『新型』から外れない。それがレベルの違いを平然と突きつけているようで、葉子は無性に癪に触った。

 

「香取。この『新型』はオレ達で受け持つ。お前達は警戒区域を突破しつつある他のトリオン兵を追撃してくれ」

「はあ!? ちょっと待ってよ。コイツはアタシが……」

 

 助けてもらった張本人に文句など言いたくないが、それでも納得はできない。歌川に食ってかかる葉子だったが、その様子をちらりと見て菊地原が呟く。

 

「ごちゃごちゃうるさいなぁ」

 

 ピクリ、と肩が揺れたのが自分でも分かった。

 

「……なに? さっきからイライラするわね。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ」

「べつに? キミがアレとやるより、ぼく達がやった方がはやい。それだけのことでしょ?」

「アタシを馬鹿にしてんの!? アンタはいつも――」

「ていうかさぁ」

 

 いい加減うんざりした、とでも言いたげに。

 菊地原は葉子の言葉を遮って、若村と三浦の2人を無遠慮に指差す。

 

「さっきからアタシアタシって、自分のことばっかり言ってるけど、あの2人は最初から勘定に入れてないんだね」

「ッ!?」

「おい、菊地原……」

「まあ、弱いから仕方ないとは思うけど、それだとますます"弱い"よね」

 

 頭が芯から沸騰した。

 

「そこまでにしておけ、菊地原。お前もだ、香取」

 

 風間に腕を掴まれなければ、本当に『スコーピオン』で首を掻き切っていたかもしれない。トリオン体だから当たり前と言えば当たり前なのだが、腕を握る風間の力は予想以上に強かった。

 

「……離してください」

「菊地原も言い過ぎた。しかし、指示には従って貰う。いいな?」

「……了解、です」

 

 射るような冷たい視線が、葉子から外される。風間はいまだに動かない『新型』を見据えて、ゆっくりと歩き出した。

 

 

「お喋りはここまでだ。やるぞ」

「了解」

「了解です」

 

 思えば。

 いくら足をやられ、『炸裂弾(メテオラ)』を不意打ちで浴び、ダメージが蓄積していたとはいえ。

 まるで葉子達が語り終えるの待つかのように動きを止めていた『新型』は、明らかに不自然だった。

 

「…………待て」

 

 新型の腹部が開いた。

 そこからポトリとこぼれ落ちたのは、見覚えのある小型トリオン兵。

 

「……まさか」

 

 一瞬のスパークの後、何もなかった空中に黒い円が浮かび上がる。

 それは、ボーダー隊員なら誰でも分かる。近界民をこちら側の世界へと呼び寄せる為の『門(ゲート)』。

 

 風間蒼也の判断は素早かった。

 

「歌川、撃て」

「ッ……メテオラ!」

 

 指示がはやければ、当然実行もはやい。歌川は即座にトリオンキューブを生成、展開し、やや過剰とも言える火力を小型トリオン兵目掛けて叩き込んだ。

 粉塵が舞い、視界が覆われる。吹き飛んだ小型トリオン兵の脚部が、葉子の足元まで転がってきた。

 

「……やりましたかね?」

「……いや」

 

 菊地原の問いに、風間は眉を潜める。『門(ゲート)』を起動した原因は破壊した。

 

 だが、

 

 

「――いきなりこれとは、ずいぶんと派手なご挨拶ですな」

 

 

 低い、それでいてどこか楽しげな声が、粉塵の中から響く。

 煙の尾を引いて現れたのは、老人だった。

 身を覆うのは漆黒の外套。手に携えるのは、一本の杖。とても戦いに来たとは思えない、穏やかな微笑を浮かべて彼は周囲をぐるりと見回した。

 

「……いやはや。これは驚きましたな。皆、若い。『玄界(ミデン)』の戦士は全員そうなのでしょうか?」

 

 老人の問いは風間に対して投げられているようだったが、彼は答えなかった。代わりに、老人には聞こえないトリオン体の無線通信で言う。

 

「(カメレオンを起動しろ。すぐに隠密行動に移れ)」

 

 細められた瞳は、葉子の方へも向けられて、

 

「かわいらしいお嬢さんもいらっしゃる……はてさて――」

 

 老人の持つ『杖』が、ゆっくり持ち上がる。

 殺傷能力を持たないはずのそれは、何故か言い知れぬ圧力を纏わせていて、

 

 

「――こんな老いぼれが相手で恐縮ですが、どうかご容赦願いたい」

 

 

 葉子が飛び出したのは、ほとんど反射だった。

 

 ヤバい。

 

 そんな動物的直感だけでハンドガンを引き抜き、老人に銃口を向けて突進していた。

 

「ヨーコちゃん!?」

「おい待て!」

 

 あの老人に、攻撃をさせるわけにはいかない。

 引き金に指が掛かる。

 この距離なら外さない。

 外れても、避けられても距離は詰められる。

 ブレードで接近戦を仕掛ければいい。

 そんな思考が、

 

「……え?」

 

 一瞬で、斬り捨てられた。

 視界が揺らぐ。

 葉子の口から漏れ出た呟きは、純粋な驚愕だった。

 腕が切断されていた。

 脚も切り裂かれていた。

 身体が、バラバラと崩れていく感覚があった。

 

「勇ましいですな、お嬢さん。しかし些か、無謀に過ぎます」

 

 老人は、一歩たりとも動いていなかった。その手に握る、杖すらも動かしていない。

 何をされたのか、分からなかった。

 体と同様に小揺るぎもしていない、彼の穏やかな微笑みが瞳に映る。

 

「ちく……しょう」

 

 残して置けるのは、負け犬めいた捨て台詞だけで。

 香取葉子の意識は、その場から消えた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――基地北西部。

 

「おいおい……また派手にぶっとばしたな、天羽」

 

 掛けられた声に、少年は振り返った。

 

「……迅さん」

 

 迅悠一は「うひゃあ……まっ平ら」と呟きながら、彼に歩み寄った。警戒区域内とはいえ、数分前までは『街』だったはずの空間は、完全な『平野』と化していた。見渡す限り、視界を遮るものは何もない。

 

「もうちょっと手加減したらどうよ? お前ならそれでも大丈夫だろ?」

「やだよ。めんどくさい。どいつもこいつもつまんない『色』のザコばっかだし。全然やる気起きないよ……」

「うんうん。余裕があるのはいいことだ」

 

 実際、余裕なのだろうと迅は思う。

 この少年――S級隊員、天羽月彦の実力は『風刃』を持つ自分すら上回るのだから。

 

「悪いんだけどさ。おれの担当の西っかわもお願いしていいか?」

「ええー、なんで? 迅さん、『風刃』を手放して自信なくしちゃったの?」

 

 表情の変化が少ない天羽も、この頼みには流石に面倒そうな反応を見せた。しかも、中々生意気なことを言う。

 

「いやいや。S級エリートではなくなっても、おれはちゃんとA級の実力派エリートですよ? 『風刃』もちゃんと信頼できる人に預けてあるし」

 

 片手でぐりぐりと天羽の頭を揉みながら、迅は懐からぼんち揚の袋を取り出して手渡した。

 

「……実は色々と厄介そうな方に未来が動いてる。おれもちょっと動かなきゃならない」

「ふーん。大変だね」

「……軽いなぁ、オイ」

 

 天羽はさして興味もなさそうに、ぼんち揚の袋を開ける。多分、本当に興味がないのだろう。

 迅は軽く溜め息を吐いて、踵を返した。

 

「じゃ、そういうわけだからよろしく!」

「……迅さん」

「ん? 何だ?」

「本当に『風刃』なしで大丈夫?」

 

 最後の最後に、それはやや不意打ちめいた問いだった。

 けれど、背中を向けて歩き出していた迅は、天羽の質問に振り返らずに答えた。

 

「大丈夫。実力派エリートを舐めんなよ?」

 

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