厨二なボーダー隊員   作:龍流

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人型強襲

「…………ふむ。私も鈍りましたか」

 

 己の目前まで迫った少女を斬り捨てたヴィザは、やや自嘲めいた口調で呟いた。

 空に向かって伸びていくのは、一筋の光。『玄界(ミデン)』のトリガーに脱出装置が搭載されていることは聞き及んでいたが……成る程、こうして直に目にすると、その有用性が実感できる。戦場でトリオン体を失ってもこうして生身が基地へと転送されるのだから、万が一という心配がない。敗北は死に繋がらず、むしろその経験を糧として、戦士はより強くなっていく。

 あの少女の動きは、決して悪くなかった。次に会うことがあれば、また手強くなっているだろう。

 が、倒した敵を気遣うそんな穏やかな思考とは別に、ヴィザには別の懸念があった。

 

「……まさか、2人も逃してしまうとは」

 

 立て続けに脱出していく光は少女のものだけではない。さらに三つ。自らが持つ『黒トリガー』の初撃で少女を斬った時点で、ヴィザは既に二撃目と三撃目を繰り出していた。少女が倒されたことに動揺していた彼らは、おそらく同じ部隊のチームメイト。その隙を逃すほどヴィザは甘くなかったし、手心を加えたつもりもなかった。

 問題は、もう一つの部隊の方だ。

 風景に溶け込む、透明化のトリガー。ラービットとの戦闘を中継していた映像で彼らが『それ』を扱うことは確認していたし、『透明化』する前の大まかな位置も掴んでいた。ヴィザはその上で、初見殺しとも言える己の『黒トリガー』で攻撃したのだが……まさか逃がしてしまうとは思わなかった。目の前で少女がやられたところを見たのだから、正確には『初見』ではない。が、それでも外してしまったことに変わりはない。

 やはり、全盛期に比べれば自分も老いたものだと嘆息する。いや、それも傲慢な思考か。ここで認めるべきは『透明化のトリガー』を用いて即座に回避を選択した、敵の行動だ。反撃してくる気配がない以上、こちらの正体不明の攻撃を警戒して撤退したらしい。賢明な判断である。

 やはり『玄界(ミデン)』の兵士は侮れない。『星の杖(オルガノン)』の"仕掛け"が見破られるのも、時間の問題か。

 しかし、それはそれでおもしろい。

 

「さて……」

 

 漆黒のマントが風に揺れる。アフトクラトルが誇る剣聖は次の目標を求め、歩を進め始めた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「そら、次が来たぞ」

 

 まるで如月龍神のその言葉がきっかけだったかのように、空中に黒い門が開き、中から3体の『新型』が躍り出た。

 

「3体も……?」

「怯むな、三雲。敵の増援が来るのは予想できたことだ」

 

 堪らず後退りした修に対し、龍神は落ち着いた声音で言った。とはいえ、あの『新型』。しかも『色付き』がいきなり3体出てきたのは、確かにこちらの予想を上回っている。

 

「江渡上、状況は?」

『逃げ遅れた人達がシェルターに避難を完了するまで、およそ5分。その後はC級をフォローしながら退がるしかないわね。周辺の地形図を送るけど、そのあたりはほぼ平地の住宅街よ。なんとか持ちこたえて』

 

 既に回線をリンクしていたのだろう。江渡上紗矢の通信はその場にいた全員に届いていた。

 

「……上等よ。やってやろうじゃない」

「ふっ……その意気だ、くま。三雲と木虎も聞いたな? 悪いが、手伝ってもらうぞ」

「はい!」

「当然です。その為に来たんですから」

 

 後輩2人の心強い返事を聞いた龍神は笑みを浮かべ、鞘に納めていた黒い『弧月』を引き抜いた。

 

「俺とくま、木虎で前衛をやる。那須と三雲、日浦で援護だ」

『了解です!』

「ええ、任せて。三雲くん……で、いいのかしら? よろしくね」

「はい!」

 

 では行くぞ、と言い掛けた瞬間。

 

「――――下だ」

 

 龍神の指示で、全員がその場から飛び上がった。

 直後、コンクリートを突き破って生えてきたのは何本ものブレード。見れば、ラービットの1体が地面に手をつき、一旦液状化された腕を伸ばしていた。

 

「あ、危な……」

「正面にいるくせに、地中から不意打ちか。あの『色つき』は随分と性格が悪そうだな」

「そう? あんたも『スコーピオン』を使いはじめてからよくやるじゃない。不意を突く『もぐら爪(モールクロー)』」

「一緒にするな」

 

 熊谷の指摘には否定を返しつつ、龍神はその『性格が悪そうな個体』に狙いを定めて突撃。熊谷と木虎もそれに続く。

 修の隣に立つ那須は、自身の周囲にトリオンキューブを展開しながら、

 

「三雲くん。あの『新型』とは交戦した?」

「は、はい!」

「そう。分かっているとは思うけれど、装甲がかなり厚いわ。あまりダメージを与えることは考えずに、如月くん達の援護と牽制をするつもりで」

「了解です」

 

 頷いた那須は、弾丸を射出。彼女の周囲で美しい円を描いていた『変化弾(バイパー)』は、複雑な弾道で次々に敵へ食らいついていく。

 

(那須先輩はバイパー使いなのか……すごい。一体何パターンあるんだ? まさか、リアルタイムで弾道設定を……?)

 

 だとすれば、自分とはくらべものにならない。高い実力を持った『射手(シューター)』だ。戦闘中だというのに、修は那須の『変化弾』に目を奪われていた。

 

「三雲くん! そっちに1体抜けたわ!」

「ッ!?」

 

 やはり、1人で1体ずつ受け持つのは無理があったのか。攻撃手達の壁を突破した1体が、こちらに猛突進してくる。

 

「シールドモード!」

 

 おそらく純粋な『射手』であろう那須は、近接戦闘用のトリガーを持っていない。ここをカバーするのは、修の役目だ。

 『レイガスト』の両端をピックのように変形させ、修はそれを地面に突き刺した。無論、那須を庇うように前へ出て、である。

 ラービットの拳が、レイガストに直撃する。

 

「ぐっ……」

「三雲くん!?」

 

 衝撃で腕が震えた。アスファルトを削る音と一緒に、全身が後退する。

 

「……大丈夫、です」

 

 ボーダーの防御用トリガーの中でも最高に近い『SS』ランクの評価を得ている『レイガスト』は、絶大な破壊力を誇るラービットの一撃をしっかりと受け止めていた。『新型』の名に相応しいパワーとスピードを持つラービットでも、このシールドを正面から一撃で破るのは不可能だった。

 そう。

 一撃、だけならば。

 

(まずいっ……!?)

 

 レンズの奥で、修は目を見開いた。

 目前には、レイガストに叩き付けた方とは別の腕を振り上げるラービット。

 一撃だけなら止められた。けれど、これだけの威力を持つ拳を立て続けに食らってしまえば、修の貧弱なトリオンで構成された『レイガスト』などすぐに砕け散ってしまう。

 

「――三雲、那須。頭を伏せろ」

 

 

 瞬間、拡張されたブレードがラービットの後頭部を思い切り殴り抜いた。

 白い影はそのまま無防備な背中を踏みつけ、軽やかに宙に舞う。

 

「旋空弐式――"地縛"」

 

 空中で反転。そのまま放たれた連続斬撃が、ラービットの上半身をズタズタに傷つけた。いくら装甲が厚いとはいえ、その衝撃にラービットの態勢は大きく立ち揺らぐ。

 

「如月先輩!」

「今だ、三雲! 『ラーゼン・シュヴェールト』を!」

「ッ……スラスター、イグニッション!」

 

 『シールドモード』から『ブレードモード』へ。もはや体に染み込ませたと言っても過言ではない滑らかな動作で、修はオプショントリガー『スラスター』で加速させた『レイガスト』をラービット目掛けて投擲した。ほぼ無傷だった胸部パーツに、深々とブレードが突き刺さる。

 それでも致命傷に至らなかったラービットは、修と那須へ向けて黒い突起状のパーツを撃ち込もうと構えを取ったが――既に勝負は決まっていた。

 有効打を加えてきた修に気を取られ、上方から自由落下してくる男に注意を向けられなかったのが、その個体の敗因である。

 

「旋空――八式」

 

 重力に任せて落下しつつ、体の態勢はあえて崩したまま。

 『弧月』を大きく振りかぶり。

 『グラスホッパー』を起動し、反発。大きく、素早く、ロールする全身の運動エネルギーを、

 

 

「『捻花(ネジバナ)』」

 

 

 龍神は全力で叩き付けた。

 割れて歪んだのは、頭蓋部付近の装甲。急所をカバーする歯のようなシャッターは、もう閉まらない。

 

「那須!」

「バイパー!」

 

 数発の弾丸を飲み込み、『色つき』のラービットは遂に動きを止めた。

 

「ふっ……ざっとこんなものか。ナイスコンビネーションだ」

「助かったわ、如月くん。三雲くんもありがとう」

「いえ……ぼくにできるのはこれくらいなので」

「何を言う? お前の攻撃で『色つき』の注意を引くことができた。『ラーゼン・シュヴェールト』をようやく自分のモノにしたようだな」

「いえあの……そんな名前つけた覚えがないんですが……」

「好きに使っていいぞ」

 

 今考えたのかよ、とは流石にツッコめない修である。非力な弟子にできるのは、溜め息を吐きながら冷や汗を拭うことくらいだ。

 

「ちょっと、如月! 1体目を片付けたからって休まないでくれる!?」

「何してるの、三雲くん。馬鹿師匠と油を売ってないで、はやくこっちを手伝って」

 

 3人のすぐ側まで退いた熊谷と木虎は、押されこそされているものの、まだなんとか余裕がある様子だった。少なくとも、自分と先輩に向かって悪態を吐く程度には。

 

「分かっている。この調子なら、全て片付けることができそうだな」

「だから気を抜かないでください。油断していると足元をすくわれますよ?」

「馬鹿を言うな、木虎。油断と余裕は違うものだ。今の俺が油断しているように見えるか? 違うだろう? 何故なら俺は……」

「いいからはやく前出なさいよ」

「待て、くま。せめて最後まで言わせろ」

 

 残る『色つき』はあと2体。

 木虎の言う通り、油断は禁物。けれど、このメンバーならなんとかC級を守りながら……あわよくば龍神の言葉通り、あと2体のラービットを倒すことができるかもしれない。

 油断ではない。この時はまだ、そんな風に考えられるだけの余裕が、修にはあった。

 

 しかし。

 

『前方にトリオン反応! 総員警戒!』

 

 その余裕すらも奪い取ろうとするように。

 

「あれは……」

「イレギュラー門!?」

 

 再び、黒い『門(ゲート)』が開いた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ――同時刻、基地南部。

 

「く、来馬先輩!」

「『イレギュラー門(ゲート)』か……太一、注意して!」

「はい!」

 

 鈴鳴第一の来馬辰也と別役太一は、目の前に出現した『門(ゲート)』にごくりと唾を飲んだ。隊のエースであるNo.4攻撃手、村上鋼は自ら囮役を買って出て不在。なんとか2人だけで、この局面は乗り切らなければならなかった。

 

「――あァ? なんだ? いかにも雑魚っぽいのが2匹だけかよ」

 

 現れたのは、トリオン兵ではない。それは黒いマントを羽織った人の姿をしており、頭からは黒い『角』が生えていた。

 

「来馬先輩、まずいです。アイツ、間違いなく『人型』です……」

 

 太一の震え声に、来馬は応えなかった。応じてしまえば、自分の声も震えているのがバレてしまうからだ。

 人型近界民。こんな敵と遭遇するなら、鋼と離れたのは失敗だったかもしれない……

 来馬の後悔を嘲笑うかのように、近界民は近づいてくる。斜めに切り揃えられた長髪の下で、鋭い三白眼も笑っていた。

 

「まあ、いい。とりあえず、雑魚は雑魚なりに足掻いて楽しま――」

 

 挑発を遮ったのは、数発の銃声。

 言葉は最後まで続かず、衝撃で黒髪を広げた近界民はそのまま倒れ込んだ。

 

「よっしゃあ! 今度こそやってやったぜ! 見たか、人型近界民!」

「来馬先輩、太一! 大丈夫ですか!?」

「茶野隊!」

 

 二丁拳銃を構えて飛び降りてきたのは、B級18位の茶野隊。思わぬ援軍の登場に、来馬は冷や汗を拭った。

 

「茶野くん、藤沢くん。助かったよ」

 

 2人に礼を言って、倒れたまま動かない人型を見る。たとえ『トリオン体』でも、『伝達脳』がある頭部は急所だ。人間の姿をした敵がそうして倒れているのには、自然と罪悪感が沸く。けれど、同情している余裕はない。茶野達がやってくれなければ、やられていたのは来馬達だったかもしれないのだ。

 とにかく、不意打ちが成功して良かった。

 そう考えた来馬は、今後の行動を茶野達と話し合おうと顔を上げ、

 

 

「――え?」

 

 

 地面から生えたブレードに串刺しにされている、彼らを見た。

 

「ぐっ……あ」

「来馬先輩、太一……はやく逃げ」

『戦闘体、活動限界。緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 茶野と藤沢のトリオン体が崩壊し、二つの光が本部基地へ打ち上がった。

 

「くっくく……まさか頭に風穴を空けられた程度で、俺を倒せたと思っていたわけじゃねぇよなあ?」

 

 確かに頭部を撃ち抜かれたはずの近界民が、ゆっくりと立ち上がる。その全身はどこか不安定に流動しており、頭部の傷も完全に回復していた。

 勝者と敗者。優位と不利。そんなパワーバランスが、一瞬で逆転する。

 

「ッ……!」

 

 人を撃つ、という抵抗感を、来馬辰也はその瞬間にかなぐり捨てた。迷っているような時間も余裕も、最早ない。

 突撃銃を持ち上げ、照準。引き金を引き、連射。太一も『ライトニング』を起動し、来馬の銃撃に合わせて火力を集中する。

 しかし。

 

「だぁから、効かねぇって言ってるだろ!」

 

 撃っても撃っても、弾丸は近界民のゼリーのようなトリオン体に一時的に穴を空けるだけで、ダメージが入っている様子は全くない。来馬と太一の弾丸を受け続ける彼は、むしろニヤニヤと楽しげに笑みを漏らしていた。

 

「馬鹿正直に撃ってくるだけか? 『玄界(ミデン)』の猿はつくづく芸がねぇ」

 

 ゴポリ、と。

 液状化していると思わしき全身が流動する。

 

「もういい。さっさと消えろ!」

「太一、下から来るよ!」

「はい!」

 

 茶野達がやられた攻撃を見た来馬の、その判断は決して間違いではなかった。事実、相対する近界民は、先ほどと全く同じ攻撃を彼らに向けて繰り出した。

 見誤ったのは、

 

「が、あ……?」

「太一!?」

 

 純粋な、トリガーの出力。

 茶野達を攻撃した時よりも数段上。広範囲に渡って展開された液状化ブレードはいとも容易く別役太一の体を捉えて、トリオン体を細切れに切り裂いた。

 来馬がなんとか避けられたのは、良く言えば慎重、悪く言えば臆病な彼自身の性分から、太一よりも余計に距離を取っていたからに過ぎない。もう一度同じ攻撃をされたら、回避できる自信はなかった。

 

「この程度で驚いてんじゃねぇよ。オレは『黒トリガー』だぜ?」

「ッ……!?」

「最初からテメェらみたいな雑魚に勝ち目はない。分かったら――」

 

 勝ち誇る近界民の言葉は、しかし今度も最後まで続かず。

 

「……?」

 

 途切れた。

 その光景は言うなれば、数分前の巻き戻し。

 違うのは、発砲音が3発分。茶野隊の時とは比べものにならない遠距離から響いたということ。

 覚悟を決めた来馬の前で、再び人型の頭に風穴が空いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

『命中』

『命中っす』

「こちらもヒット――しかし、やっぱ駄目か」

 

 荒船哲次はスコープ越しに見える『人型』を見据え、静かに息を吐いた。

 

『荒船くん!』

「来馬さん、急いで距離を取ってください。頭と一緒に半崎が心臓を狙ったが……多分効いてない」

『マジダルいっす。アイツの急所どこなんですか?』

 

 半崎の狙撃の腕は、全員が『狙撃手(スナイパー)』である荒船隊の中でも最も高い。彼のショットは伝達脳と同じトリオン体の急所、心臓とも言える胸の『供給器官』を確かに撃ち抜いたように思えたが……

 

『駄目だな、これは。撃ち抜いてもすぐに再生される。多分急所じゃないんだろ、頭も胸も』

 

 来馬が下がれるように断続的に狙撃を加えつつ、穂刈がいい加減聞き飽きた倒置法でそう言う。

 狙撃地点を変える為に走り出した荒船は、オペレーターに通信を繋いだ。

 

「加賀美! この近くにいる部隊は?」

『柿崎隊がすぐに合流できるわ。もう到着する。でも、荒船くん……あいつを倒せる算段があるの?』

「いや、考え中だ」

 

 ビルから飛び降りた荒船は、苦笑と共にあまり安心できない返事を返す。気休めでも強がりを言いたかったが、事実として現実的に倒せる方法がまったく思いつかなかった。

 

『全身を液状化、もしくは硬質化……自在に変化できるってところか? 敵の『黒トリガー』は』

『うへぇ……ただのチートじゃないっすか』

「そうだな。溶鉱炉に叩き落とすくらいしか、倒せる方法が思いつかねぇ」

『ないだろ、溶鉱炉』

 

 チームメイトの尤もなツッコミを受けつつ、荒船は再び苦笑。とはいえ、あまり余裕がある状況ではない。距離を取って戦っている荒船達はいいが、何か有効な手を打たなくては来馬や柿崎隊もすぐに"食われて"しまうだろう。

 

『……荒船くん!』

「どうした、加賀美?」

『柿崎隊の他にもう1チーム、こっちに向かってる! もう到着するって!』

「どこの部隊だ?」

 

 加賀美の返答を聞いた荒船の頬は、無意識に綻んだ。

 アイツがいれば、何とかなるかもしれない。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ちょこまか逃げてんじゃねぇ! この雑魚が!」

 

 エネドラはイラついていた。

 原始的でひ弱な『玄界』の猿が、2度も自分の発言を遮ったのだ。弱いが故に互いに庇い合って戦うのは理解できるが、それで目の前の獲物を狩り損ねるのは気持ちがいいものではない。

 加えて、あの気弱そうな男は妙に狙いたくなる。逃げ腰で弱そうな癖に、エネドラは彼を2回も仕留め損ねていた。ならば、ますます八つ裂きにしたくなるのは当然というもの。

 下らない雑魚狩りは気が進まなかったが、逃げられるのはもっとおもしろくない。

 

「ちょいと本気で追ってやるか……」

 

 先ほどから絶え間なく狙撃がこちらを狙っていたが、エネドラにとっては意に介する必要もなかった。通用しない攻撃を続けてくる馬鹿な狙撃手は、そのまま放っておけばいい。あの男を狩った次に、そいつらを片付ければ済む話である。

 全身を液状化し、道路脇の用水路を流れるように移動したエネドラは、遂に逃げ続けていた来馬の正面に回り込んだ。

 

「ひっ……」

「残念! 鬼ごっこは終わりだ!」

 

 トリオン体を液状から硬体へ。

 

「ここまでよく逃げたなァ? ご褒美だ! フルパワーで八つ裂きにしてや――」

 

 二度あることは、三度ある。

 『玄界』の住人の間で交わされるそんな諺を、彼らを原始的な猿と見下すエネドラは知らない。

 より正確に言うならば、彼のトドメを遮る三度目の攻撃は、今までで最も派手だった。

 今度は銃撃ではない。

 爆撃。

 ばら蒔かれた『炸裂弾(メテオラ)』は来馬を巻き込みこそしなかったものの、爆風はエネドラの視界を覆い尽くした。

 

「くそったれ! 何度も邪魔をしやがって……ぐっう!?」

 

 毒を吐くエネドラの胴体に、一発の弾丸が直撃。これまでで一番大きな風穴が、彼の体に空けられた。

 

(狙撃……? さっきまでとは威力が違う……この爆風の中でオレを狙ったのか!?)

 

 それだけでは、終わらない。

 続いて煙を裂いたのは、まるで鞭のようにしなる光刃。

 躊躇なく。

 初撃で。

 尚且つ、一撃で。

 エネドラの頭は、胴体から切り離された。

 

「ッ……調子に乗ってんじゃねーぞ! このクソ猿がぁ!」

 

 エネドラは切り離された頭部から、煙の中の黒い影に向けてブレードを伸ばした。

 避けられる。

 ならば、と。残った胴体の大半を流体に変化させ、地中から針山を伸ばす。

 避けられる。

 それなら、と。断続的に、かつ不規則に一本一本が太いブレードを繰り出す。

 避けられる。

 

(なんだ……コイツは!?)

 

 頭部と胴体の流体を再構成し、再び人型へ戻ったエネドラは信じられない面持ちで煙の中の影を凝視する。

 全て、回避された。

 エネドラが絶対最強の自信を持つ『泥の王(ボルボロス)』の攻撃を。

 

「チッ……オイ、光。オメーの読み、完璧に外れじゃねーか。コイツ、頭と胴体を切り離してもピンピンしてやがる」

『あっれー? アタシの計算ではそれで倒せるはずだったんだけどなあ……ちくしょー! 読みを外したぜ!』

「ケッ……このバカが」

『よし。作戦変更だ、ゾエ! カゲと一緒にその人型をメテオラで吹き飛ばせ!』

『それは駄目だよ、光ちゃん! カゲはともかく来馬さんまで巻き込んじゃう!』

「オメーらから殺すぞ、コラ」

 

 視界が晴れた先に立っていたのは、黒のミリタリージャケットを着込んだ1人の男。ボサボサ頭に加えて目付きが悪い彼は、あろうことか目の前のエネドラを無視し、無線で仲間とやりとりをしているようだった。

 エネドラの中で、ぶちりと何かが弾け飛ぶ。

 

「下等な猿が……舐めてんのか、オイ!」

「あァ?」

 

 まるで片手間と言わんばかりに。

 エネドラのブレードをまたもや全て回避し、その男は反撃を繰り出した。通常では考えられない攻撃範囲と軌道を描く、独特な斬撃が宙を駆ける。

 

「チィ!」

「見た目も性格悪そうだが、口もわりーとは救いようがねえな。このおかっぱスライム」

「あぁあ!? 調子こいてんじゃねぇぞ! この寝癖猿があ!」

「寝癖猿だあ? 黒トリガーだからって調子こきやがって……」

 

 口汚く罵り合う両者は、しかし同時に全く同様の感情を抱いていた。

 エネドラも。

 影浦雅人も。

 それはおそらく、敵という存在に対する、最も純粋で単純な――

 

 

「「ぶっ殺す」」

 

 

 殺意の発露が、重なった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「ん……1人、2人、3人、4人……合わせて5人か。思っていたより数が少ないな。これでは拍子抜けだ」

「油断するな、ランバネイン。我々の任務を忘れたのか?」

 

 黒い門から降り立ったのは、2体ではなく『2人』だった。

 即ち『人型』の近界民。加えて、頭部にはまるで鬼のような『角』。

 

『間違いないな。これで確定した。敵は『アフトクラトル』だ』

 

 龍神と修の耳元で、2体のちびレプリカが言う。

 

「(如月先輩……あの人型は)」

「(分かっている。俺も既にレプリカや林藤支部長から聞き及んでいるからな。アイツらの相手を正面からするのはまずい)」

 

 かといって、退がってしまえば後ろにいるC級が完全に無防備になってしまう。ここにきて、連続の増援。敵も遂に、本腰を入れて来たということか。

 

「分かっているさ、ヒュース。オレ達の目的は『雛鳥』の回収だ。ヴィザ翁の代わりにお前と来た以上は、最低限の仕事は果たす」

 

 ランバネイン、と呼ばれた大柄な人型は肩を竦めながら隣の仲間にそう言った。

 『雛鳥』と。

 ならば、やはり敵の狙いは『緊急脱出(ベイルアウト)』を持たないC級の捕獲。

 

 ――あの3人、敵に連れ去られるかもしれない。

 

 迅の言葉が、頭の中でフラッシュバックする。

 龍神は『弧月』の柄を、強く強く握り直した。

 おそらく、ここが『分岐点』になる。

 確実にそうだとは言えない。だが、コイツらを倒せば、迅の言っていた『最悪の未来』を構成する要素のひとつを排除できる。

 

「(全員、聞こえるな? まずは俺が仕掛ける。木虎、フォローは任せる。熊谷は那須と三雲のカバーを最優先だ)」

「(不本意ですが、承知しました。任せてください)」

「(わかった。玲と三雲くんはあたしが守る。あんたは『人型』に集中して)」

「(すまん、助かる)」

 

 小さい方も気になるが、とりあえず先に落とすべきはデカイ方だろう。

 話しながら一歩、また一歩と近づいてくる2人を、龍神は目を細めて見据えた。

 

「ふん。お前よりもヴィザ翁と組んだ方がやりやすかったはずだがな」

「言うな言うな。ヴィザ翁が本気で攻撃したら、雛鳥も巻き込んでしまうだろう?」

「貴様の『雷の羽(ケリードーン)』も似たようなものだ」

「はっはは! 何を言うかと思えば……」

 

 黒いマントの、その下で。

 閃光が瞬いたのは、本当に一瞬だった。

 

 

「――――え?」

 

「まずは……1人目だ」

 

 如月龍神の、すぐ横で。

 

『戦闘体、活動限界』

 

 撃ち抜かれた熊谷友子のトリオン体が砕け散り、

 

「き、如月……?」

「くま……?」

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 霧散した。

 

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