厨二なボーダー隊員   作:龍流

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少女の決意

 玉狛第一や龍神達の頑張りもあって、修が護衛を引き受けたC級隊員達は追手に捕まることなく、連絡通路の入口まで辿り着いていた。ここまで来れば、地下を通って本部基地まで直通で避難することができる。

 

「宇佐美先輩、連絡通路の入口に到着しました」

「了解。追手に捕まらずに辿り着けてよかったね」

「はい。レイジさんや如月先輩達は無事ですか?」

「大丈夫。レイジさんもたつみんもバッチリ『人型』を倒してくれたよ。今のところは誰も落とされてないし」

「そうですか……よかった」

 

 安堵した修は、ほっと息を吐いた。C級が1人も欠けることなくここまで来れたのは、頼れる先輩達が敵の足止めを買って出てくれたからである。もしも彼らがやられてしまったら……という心配は、ただの杞憂だった。流石の一言に尽きる。

 龍神達に通信を入れようかと一瞬思った修だったが、今はなにより避難が優先。あちらがまだ戦闘中の可能性もある。とりあえず、やれることは先にやってしまうべきだ。

 修は片手を挙げて、全員の注目を集めた。

 

「みんな、聞いてくれ!  今から地下通路の扉を開く。ここまで来ればもう大丈夫だ! 落ち着いて、焦らず本部まで避難してくれ!」

 

 トリオン体は疲労を感じにくいとはいえ、ここまでずっと走って逃げてきた。全員、心理的にも疲れているはずだ。それでも、なんとか逃げ切れたという喜びからか、修とすれ違う隊員のほとんどが笑顔を浮かべていた。

 

「修くんはどうするの?」

 

 そんな中で、幼馴染みはまだ固い表情のままこちらを見上げていた。

 一緒に行かないの、と。雨取千佳は言外にそう言っているように感じられたが、それはできない。

 

「ぼくは正隊員だ。まだ街にはトリオン兵がたくさんいる。逃げ遅れている人達もいるかもしれない。どこかの部隊に合流して戦闘に戻る」

「……うん、わかった。気をつけてね」

「ああ、千佳も気をつけるんだぞ」

 

 心配性……というか、どうしてもそういう性分なので、修は何故かうしろでニヤニヤしてる千佳の友達に声をかけた。

 

「夏目さん!」

「え!? あ、はい! なんすかメガネ先輩?」

「重ね重ねになるけど、千佳のことをよろしく頼む」

「……はい! わっかりました! チカ子のことはお任せください!」

 

 敬礼を返してくれた出穂に、修は頷き返した。そのまま、扉の奥に消えていく背中を見送って……

 

 

「おいおい、そりゃないぜ、三雲先輩」

 

 

 なんだか微妙に聞き覚えのある声に、呼び止められた。

 振り返ってみると、そこにいたのはやはり微妙に見覚えがあるような気がしないでもない3人組。1人は壁の背にもたれかかるようにして、腕を組み。もう1人は両手をポケットに突っ込んで、斜に構えて。最後の1人は鉄柵に腰を下ろして、髪をかきあげていた。

 

「あのお嬢さん……雨取さんを先ほどのピンチから救ったのは他ならぬ俺達だ。彼女を守ることくらい、俺達にだって出来る」

「水臭いですよ、三雲先輩。同じ師匠を持つ仲じゃないですか」

「そうっすよ。オレ達はいわば兄弟子と弟弟子。血の繋がりはなくても、魂の固い絆で繋がれたソウルブラザーなんだぜ?」

 

 なんかもう言ってることが半分くらい理解できなかったが、要するに彼らも千佳のことを気にかけてくれているらしい。

 ならば、修にできることはひとつだけだ。

 短く、簡潔に言う。

 

「千佳を頼む」

「ふっ……その言葉を待っていたんだ」

「それでこそおれ達も、責任を持って動けますよ」

「レディを守るのは、紳士の勤めだぜ」

 

 彼らの姿もまた、扉の奥へと消えていく。

 リーダー格と思わしき1人は振り向かないまま、指を2本立てて振った。

 

「命令(オーダー)は受け取った。あとは任せてくれ」

 

 そして、彼らは去っていく。

 C級の全員が地下通路に入り、扉が閉まったあとで修は首を傾げた。

 

「……名前、聞き忘れた」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「さて……これで粗方片付いたか?」

「そうっすね。レーダーに反応もありません。移動しましょう」

 

 龍神の問いに烏丸は頷いて、手にした『弧月』をバンダーの眼球から引き抜いた。

 玉狛の迎えが来るまで、生身ヒュースの監視は足をやられた木虎に任せ、龍神と烏丸はツーマンセルでこの周辺地域を遊撃。トリオン兵を潰して回っていた。

 

『如月くん、一段落ついた?』

「どうした江渡上?」

『宇佐美さんから連絡よ。三雲くん達は無事に本部直通の連絡通路に到着したみたい。ウチの3バカトリオもちゃんと無事よ』

「それはなによりだ」

 

 龍神の背後でまだ息があるモールモッドがブレードを持ち上げたが、会話の邪魔なので振り向かずに『スコーピオン』を投擲して黙らせる。

 

『やたら心配してたけど、これでもう安心ね』

「……そうだな」

 

 トリオン兵を駆逐し、人型も撃破し、やれるだけの精一杯はやっている。紗矢が言ったように、とりあえずこれで一安心、という気持ちは龍神にもあった。

 だが、それでも胸騒ぎは収まらない。

 

「さっき伝えたポイントに移動する。敵の位置を頼む」

『了解。烏丸くんにも送ります』

 

 通信を切り、左手の愛刀を鞘に収める。

 

「移動するぞ、烏丸」

「どこに向かいますか? 南は影浦先輩達が『人型』倒したみたいですし、忍田本部長も前線に……」

 

 烏丸の問いは途中で途切れた。紗矢から送信された目標のデータに目を通しているのだろう。

 

「……なるほど。こっちに向かう理由は?」

「俺の勘だ」

 

 答えになっていない答えだったが、反論は返ってこなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 ボーダー本部は警戒区域のど真ん中に立地している都合上、あまり交通の便がよくない。なので、三門市内の地下には本部に向かう為の連絡通路がまるで蟻の巣の如く張り巡らされている。食料品や日用品などの搬入も、全てこの地下通路から行っているのが現状である。

 

「でもほんとよかったね。案外あっさりたどり着けたじゃん。ね、チカ子?」

「う、うん……」

 

 夏目出穂の言葉に、雨取千佳は一応頷いた。

 周囲を見回せば、誰もがほっと胸を撫で下ろしている。この場にいるC級隊員の全員が、逃げ切れたことに深く安堵しているようだった。

 

「いやいや、油断大敵とも言うぜ」

「慢心は足元をすくう。注意した方がいい」

「石橋を叩きすぎて壊せとは言わないが、とりあえず叩いておくことは大事だ。どんな鐘も、まず叩いてみなければその音色が分からないのと同じだな」

「……いや、あんた達はなんでこっちについてきてんの?」

 

 げんなりとした調子で、隣の出穂が呟いた。何故か千佳達と歩調を合わせ、周りを囲うようにして歩いているのは、やたらよく喋る3人組男子である。

 何を隠そう、彼らはトリオン兵に捕まりかけた千佳を助けてくれた恩人達だ。

 

「そういえば……まだお礼、言えてなかったね。助けてくれてありがとう」

「礼には及ばないさ。か弱い女子を助けるのは男として当然だ。俺は甲田。よろしく」

「おれは早乙女。よろしく、雨取さん」

「俺は丙だ。仲良くやってこうぜ」

「うん。えっと……玉狛支部所属の雨取千佳です。よろしくね」

「アタシは夏目出穂。チカ子の友達だよ」

 

 一通り自己紹介を終えたところで、千佳の所属を聞いた早乙女が「おお……」と腕を叩いた。

 

「すごいね、雨取さん。少数精鋭と噂されるあの玉狛支部の所属なんて……」

「え!? そ、そんなことないよ……」

「噂によると、めちゃくちゃ強い隊員がいるんだろ? すっげぇマッチョでゴリラみたいにデカイらしい、とか。ほんと?」

「う、うーん……どうかな?」

 

 丙に問われた人物に心当たりはあったが、千佳はそれとなく受け流した。それわたしの師匠です、と言うのは少し憚られる。

 

「そうだぞー。ウチのチカ子はすげーんだぞー。見た目がちっこくてかわいくても、やる時はやるんだからなー」

「いや、なんで夏目が偉そうにしてんだよ」

「なにアンタ? いきなり呼び捨て? チカ子のことは呼び捨てにしちゃダメだかんね、丙」

「お前も呼び捨てじゃねーか」

 

 なんだかんだ言いつつ、憎まれ口を叩く出穂は周囲への順応がはやい。知らない人間とすぐに仲良くなれてしまうところは、千佳が羨ましく思っている彼女の長所だ。

 

「へー、中2なんだ。じゃあアタシらと同い年じゃん」

「いや、お前オレ達が先輩だったらどうする気だったんだよ」

「そん時はちゃんと敬語使うよ。でもなんか、あんまり敬語使うタイプじゃない感じしたし。土下座返し先輩みたいな」

「……誰だ? そのめちゃくちゃ不名誉な渾名の先輩」

 

 中学2年生、ということは確かに千佳達と同学年だ。それにしてはやけに落ち着いているように見えたが、その原因は彼らの性格と言動だろう。なんとなく、千佳は龍神と似たような雰囲気を彼らから感じ取っていた。

 

「すごいね。わたし達と同い年なのに、はじめての実戦であんなに戦えるなんて」

「そんなことはないさ。俺達は所詮半人前。尊敬する隊長と比べても、まだまだ精進が足りない」

「でも、さっき助けてくれた時の甲田くん達、すっごくかっこよかったよ?」

「え?」

 

 それは千佳の嘘偽りない気持ちだったのだが、隣を歩く甲田は何故か急に顔を赤らめると、表情を隠すように距離をとった。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

「だ、だだ、大丈夫! ノープロブレムだ! 気にしないでくれ!」

 

 顔を覗き込むようにして聞いてみても、甲田は視線を合わせようとしない。千佳は首を傾げた。

 そんなリーダーの様子を見かねたのだろうか。出穂とお喋りしていた早乙女と丙は、様子がおかしくなった甲田の両サイドをがっちり掴むと、ひそひそと喋りながら隅の方へ離脱していく。

 

「おいリーダー。勘違いしちゃダメだぞ? 雨取さんはあくまで、甲田くん『達』って言っていたからな? 甲田くん、じゃなくて甲田くん『達』だからな?」

「べ、べつにそんなんじゃねぇし! お前らこそ何勘違いしてんだ!? 俺はべつに……」

「あー、でもたしかにリーダーの好みっぽいよな、雨取さん。大人しめっぽくてかわいいし。優しそうだし」

「だから違うって言ってるだろ! 俺はあくまで、三雲先輩から彼女の安全確保を任されただけであって……」

「「ヒューヒュー」」

「人の話聞けよお前らぁ!?」

 

 なんだかやたら盛り上がっているようだったが、会話の内容は千佳のところまで聞こえてこなかった。

 

「いやあ~、チカ子も罪な女だね~」

「え、どういうこと?」

「うんうん、チカ子はそのままでいいんだよ。そのままのチカ子でいてくれ」

 

 なんだかやたら達観した感じで頷く出穂は、よしよしと千佳の頭を撫でてくれた。

 

「いやー、でもねー。アイツだったらメガネ先輩の方がいいと思うよアタシは。 年上だし、幼馴染みだし、なんだかんだ言って頼れるし。甲田はなんかヘタレっぽいんだよね」

「聞こえてるぞ夏目ぇ!?」

「どうどうリーダー」

「ハウス! リーダーハウス!」

 

 新しい友達ができたら、誰だって嬉しい。3人がふざける様子を見ながら、千佳は出穂と笑っていた。

 

 ――だが、

 

「…………え?」

 

 唐突に感じた『それ』の気配に、千佳の表情は一瞬で凍りついた。

 

「チカ子、どしたの?」

「雨取さん?」

 

 心配そうに問いかけてくる出穂と甲田に、応える余裕はなかった。

 胸の前でぎゅっと拳を握り締めて、消え入りそうな声で千佳は呟いた。

 

「……くる」

 

 

◆◆◆◆

 

 

「雛鳥達が、巣穴に帰ったようです」

「そうか」

「よろしいですね?」

「ああ、はじめよう」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 衝撃は、突然襲ってきた。

 

「きゃっ……?」

「うぉ!? ちょ、なになになに?」

 

 ズドン、と。

 腹に響くような音が、地下道全体に広がった。転びかけた千佳の体を、隣にいた出穂が支えてくれる。

 

「チカ子、大丈夫?」

「うん。ありがとう」

「なんだ? 地震か?」

 

 ぐらぐらと揺れる周囲を見回しながら、丙が呟いた。いつの間にか、ざわついた空気が、C級隊員の間に広がっている。

 ほとんどの人間が不安そうに顔を見合せ、身を寄せ合っていたがそんな中で1人、甲田は壁に手を当てて眉を潜めた。

 

「いや、違うな。この震動は何か、もっと別の……」

「おいおい、リーダー。脅かすのはやめてくれよ。みんなが怖がっちゃうって。なあ、雨取さん?」

「…………」

「雨取さん?」

 

 早乙女の問いに、千佳は答えなかった。

 違う。

 彼の言う通りだ。

 この震動は、地震じゃない。

 千佳が持つ『副作用(サイドエフェクト)』が、それを感知していた。

 

 こちらに向かって、近づいてくるのは――

 

 

「……みんな! 逃げて!」

 

 

 通路の先で、光が瞬いた。

 闇に溶けていた細かい破片が剥がれ、その姿がゆっくりと浮かび上がる。二足歩行に、前傾姿勢の人型に近いフォルム。

 

「あ、れは……」

 

 

 『新型』の特徴的な単眼が、C級隊員達を照らし出した。

 

「ッ――――!?」

「きゃああああああ!?」

 

 誰が悲鳴をあげたのかは分からない。けれど、その悲鳴を合図にして、恐怖は一気に伝染した。

 

「なんで!? なんで避難経路にネイバーが出るんだよ!?」

「はやく走れ! 捕まったらキューブにされるぞ!」

「いやだっ……いやっ……」

「逃げるって、どっちに逃げればいいんだよ!?」

「入口に戻るんだよ! いいからはやく行けよ!」

「おいっ!? こっち来るぞ!?」

 

 一瞬で、パニックが広がっていく。

 C級隊員は、あくまでも訓練生の集団だ。実戦で戦う心構えなど出来ていないし、集団で動く訓練も受けていなかった。

 

「みんな、落ち着いて!」

「待て、お前ら! 勝手に動くな!」

 

 千佳や甲田が叫んでも、誰も聞く耳を持たず。恐怖心に押し潰されるままに、彼らは三々五々に散らばって逃げ出していく。当然、混乱する獲物を『新型』が逃すはずもない。狭い地下道では逃げ場も隠れる場所もないのだ。

 このままでは、多数のC級が捕まってしまう。

 必然的に最後尾に来ていた甲田は、早乙女に向かって叫んだ。

 

「くそっ……早乙女! メテオラだ! 天井落とせ!」

「ええっ!? でもリーダー、そんなことしたら……」

「生き埋めになってもトリオン体なら死なねぇよ! けど、アイツに捕まったら終わりだ!」

「くっそ……あとでおれに文句言っても知らないからな! メテオラ!」

 

 訓練用トリガーは出力が抑えられているとはいえ、それでも『炸裂弾(メテオラ)』であることには変わりはない。早乙女が放った弾丸は天井に直撃し、瓦礫の雨を『新型』の頭上に降らせた。凄まじい轟音と共に、『新型』の姿が見えなくなる。

 甲田の咄嗟の判断と早乙女の活躍に、C級隊員達から歓声が巻き起こった。

 

「すげぇ! 正隊員がやられてた敵を!」

「倒したのか!?」

「馬鹿野郎! この程度で倒せるわけないだろ!」

 

 勝手に盛り上がる隊員達に、甲田は言い返した。

 

「盛り上がってる暇があったらはやく逃げろ! 瓦礫なんざ押し上げて、すぐに出てくるぞ!」

「ほらほら急げ。でも落ち着いて急げー!」

 

 特に活躍する暇がなかった丙が、起動した『弧月』をぶんぶん振りながら浮かれている隊員を追い立てる。まるで警備員が振る誘導棒か何かのようだ。

 甲田が一喝したのが効いたのか、それとも丙に急かされてか。どちらが理由かは分からないが、先ほどよりも多少落ち着いたC級の一団は、まとまって走り出した。

 

「よし……俺達も今の内に……」

「あれ!?」

「どうした夏目? お前もはやく……」

「チカ子が……チカ子がいない!?」

「はあ!?」

 

 ぎょっとして、甲田は周囲を見回す。夏目の言う通り、千佳の姿が忽然と消えていた。小柄な千佳は元々人混みには紛れやすいが、この短時間で見失うとは思えない。事実、ついさっきまでは自分達の隣にいたのだ。

 ふと、避難してきた通路とは違う小さな経路が目に入る。

 

「……まさか」

「リーダー! 『新型』が出てくるぞ!」

 

 コンクリートを砕く音を響かせながら、『新型』が顔を出した。やはり、瓦礫の下敷きにした程度ではダメージにもなっていないようだった。

 さらに加えて。

 

「マジかよ……やっばいだろ、これ」

 

 甲田達の目の前で、黒い『門(ゲート)』が開こうとしていた。

 増援のトリオン兵が、さらに出てくる。

 

「ど、どうするんだよ、リーダー!?」

「こりゃ、本当の窮地ってやつだぜ」

 

 すがるように聞いてくる早乙女と丙。今にも泣きそうな表情でおろおろと周囲を見回す夏目。

 

「どうするって……そりゃ決まってるだろ」

 

 甲田は答えた。

 

「逃げるぞ」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 薄暗い通路の中を、千佳は1人で走っていた。

 トリオン兵は、トリオン能力が高い人間を優先的に狙う。幼い頃から、千佳がトリオン兵に狙われ続けてきた理由だ。

 自分には、通常では考えられない量の莫大な『トリオン』がある。だから自分が囮になれば、他のみんなを助けることができる。

 千佳からしてみれば、それは当然の結論だった。

 

 

 ――あたしはチカちゃんの言うこと信じるよ!

 

 

 昔、1人の友達がいた。

 まだ『ボーダー』の基地が三門市になかった頃。誰も『近界民』の存在を知らなかった頃。大人達が馬鹿馬鹿しいと首を振る中で、助けを求める千佳の声をその子だけが真剣に聞いてくれた。

 

 そして、ある日彼女は突然いなくなった。

 

 自分のせいだ。自分が巻き込んでしまったから、彼女は『近界民』に拐われてしまった。実の兄である麟児も、『近界』に行ったまま帰って来なかった。

 全て、千佳のせいだ。

 誰も自分を責めることはなかったけれど、千佳は気付いていた。トリオン兵を惹きつけてしまう原因が、自分の体質にあるということに。

 だから、人に助けを求めるのが怖くなった。他人を巻き込むくらいなら、1人で『近界民』から逃げ続けた方がずっとよかった。

 自分以外の誰かを、もう危険に晒したくなかった。

 

「……こっちにきてる」

 

 千佳はサイドエフェクトで、おおよその敵の位置を把握できる。多分『門』が開いたのだろう。明らかに数が増えていたが、そのトリオン兵達も確実にこちらに引き寄せられている。全部引き付けるのは無理かもしれない。けれど、これで確実に他のC級隊員達を追うトリオン兵の数は減る。

 みんなが、危険な目に合わなくて済む。

 必死で走っていると、前の道路が二つに分かれているのが見えた。地下通路の詳しい構造を、千佳は知らない。ただ、皆から離れられる方を選ぶだけである。

 だが、進む道を決めた、その時。

 通路の壁を突き破って、見覚えのある『新型』が突然姿を現した。

 

(先回りされた!?)

 

 慌てて足を止める。

 この道は一本道だ。あの『新型』に前を塞がれてしまっては、進むことができない。かといって、今来た道を戻ってしまえば、結局みんなを巻き込んでしまうことになる。そもそも、背後からはいくつもの足音が聞こえてきていた。追っ手のトリオン兵がもうそこまで迫って来ている。

 前にも後ろにも、千佳の逃げ場はなかった。

 

 だから、

 

 

「辰の陣!」

「『竜の王(バハムート)・改(ウムバウ)』」

「『竜驤虎視(ティーガードラッヘ)』」

 

 

 彼らは、助けに来た。

 

「え……?」

 

 弾丸が次々に着弾し、同時に斬撃が叩き込まれた。

 流れるような動きで『新型』に連携攻撃を浴びせかけた3人組。彼らの内の1人はそのまま千佳の手を掴むと、眼前の前の敵には目もくれず、一目散に走り出す。

 

「よっしゃあ! 一発入れてやったぜ!」

「雨取さん確保!」

「撤収! 撤収!」

「チカ子! 無事でよかった!」

 

 丙、甲田、早乙女、出穂。

 後ろから響いていた足音は、トリオン兵ではなかった。

 みんなが、助けに来てくれたのだ。

 

「出穂ちゃん……それに甲田くん達も、どうして……?」

「この馬鹿野郎!」

 

 呆気に取られていたところを至近距離で甲田に怒鳴られる。千佳はビクリと肩を震わせた。誰かに怒られるのは、久し振りだった。

 

「夏目から聞いたぞ! トリオン量がすごいんだろ? めちゃくちゃな量なんだろ? トリオン兵を誘い込めるくらいの! けど、だからってこんな……」

「いやあ、びっくりだよな。まさか噂の『本部外壁ぶち抜き事件』の犯人が、雨取さんだったなんて」

「ほんとほんと」

「だぁー! 俺が今言いたいのはそんな事じゃない! 雨取さん! なんで自分だけ囮になろうとしてんだ!?」

「なんで、って……」

 

 小首を傾げる千佳に、甲田は「ああ、もう!」と頭をかきむしる。

 

「なんで自分が逃げることを考えないんだよ!? あんなのが来たら普通は一目散に逃げるだろ!? 戦略的に撤退するだろ!?」

「まあ、オレらはリーダーについてきたせいで撤退してないんだけどな」

「まさしく現在進行形で『あんなの』と向き合ってる状態だしな。つらいなー、おれ達とリーダー、男前すぎてつらいなー」

「うん。アタシあんたらのことちょっと見直したわ」

「もうお前らは黙ってろ!」

 

 非常時だというのに間の抜けたやりとりをしている仲間を一喝し、甲田は手を引く千佳に向かってさらに続ける。

 

「ち、雨取……さんはな! 自分のことを軽く見すぎなんだよ! 他のみんなが助かったって、雨取さんが捕まったら……そ、そんなのダメだろ!? 」

「……ヘタレだな。リーダー」

「ヘタレなんだよ、リーダーは」

「ああ。これはヘタレだわ」

 

 もはや好き勝手言ってる3人に対して、甲田は突っ込もうともしなかった。

 ただ、千佳に対して必死に言葉を紡ぐ。

 

「怖い敵が来たら逃げろよ! 無茶はするな。本当に命の危険がある時は逃げろって、ウチの隊長は言ってたぞ?」

「で、でも……」

「でもじゃない! どうして、1人で抱え込んで犠牲になろうとするんだよ!? そんなのおかしいだろ!? 俺はいつだって自分が一番大事だ!」

「素直だなー、リーダー」

「だって……」

 

 一方的に自分の意見を捲し立ててくる相手は、千佳の苦手なタイプだった。萎縮して何も言えなくなることも珍しくない。

 けれど、

 

「……みんなを巻き込みたくないから。危険な目に合わせたくないから」

 

 彼に対する反論の言葉は何故かすらすらと口から出た。

 

 

「みんなを、守りたかったから」

 

 

 その言葉に、全員が黙り込んだ。さっきまで興奮していた熱気が、冷めていくような。そんな雰囲気に、空気が変わっていた。

 口にした言葉は、嘘偽りのない本心だ。それは身勝手で、我が儘で、自分勝手な千佳自身の意思だった。

 一心不乱に走りながら、けれども千佳は身体ががくがくと震えている気がした。

 もしも。

 こんなところまで来てくれた彼らにすら、自分の意思が否定されてしまったら。

 

「……やっぱり優しいんだな、雨取さんは」

 

 ややあって、ふっと笑ったのは早乙女だった。

 

「優しいっていうか、気を遣いすぎっていうか……でもまあ、アレだよな。気持ちは分かるっつうか……巻き込みたくないってことだよな」

 

 丙もなにやら複雑な表情で、頬をかく。

 

「ウチのチカ子は優しいからねー。アタシらのこともこんなに心配してくれてんだよ」

 

 わざとらしく目元を拭いながら、出穂が言った。

 

「でもなぁ……やっぱり、それはよくないだろ」

 

 最後に、甲田が反論する。

 

「さっき知り合ったばっかだけど、俺は雨取さんが連れ去られたら、その……悲しいぜ? 夏目なんか、もう泣きまくるだろ」

「毎晩枕を濡らすわ」

「だろ? だから雨取さんは、もっと俺達を頼るべきだし、なによりもっと……もっとこう、自分を大切するべきだ」

「自分を?」

「そう」

 

 手を握る甲田はやはり頬を赤らめながら「だってさ」と、続けた。

 

「仲間を守りたいなら、まず自分を守らなきゃダメだろ」

 

 手を引かれながら、暗い道を走りながら、千佳は考える。どうしても、考えてしまう。

 自分のせいで、友達はいなくなった。自分のせいで、兄はいなくなった。

 なのに……また頼ってしまっても、いいのだろうか?

 こんなところまで助けに来てくれる、友達に。

 

「大丈夫だよ、チカ子。このバカ達、意外と頼りになるからさ。無事に逃げ切れるよ」

 

 まだ、大切にしてもいいのだろうか?

 こんなどうしょうもない、自分自身を。

 

「……そんな顔しないでくれよ、雨取さん」

「美人が台無しだぜ? 雨取さんがオレ達のことを気に病む必要は全くねぇよ」

「そうだ。なんせ俺達は、三雲先輩から雨取さんのことを任されているんだからな!」

「……修くんと? 話したの?」

「ああ。ばっちり話して、男と男の約束を交わしてきたんだ」

 

 今度はしっかりと、千佳の瞳を見詰めながら。

 甲田照輝はゆっくりと口を開き、宣言する。

 

 

「だから……雨取さんは、俺がまも――」

 

 

 甲田の言葉は、途中で途切れた。

 通路の壁が破壊され、千佳と手を繋いでいる甲田が吹き飛ばされたからだ。

 

「ぐわっへ!?」

「きゃっ!?」

 

 手を繋いでいた甲田が吹っ飛んだので、千佳も尻餅をつく。

 衝撃と粉塵で、一瞬視界が立ち揺らいだ。暗い通路を照らしていた誘導灯が、頼りなさげに明滅する。

 

「チカ子大丈夫!?」

「う、うん……」

「にしても、これはヤバいな」

「ああ。絶対絶命ってやつだぜ」

 

 ガラガラと崩れる壁面から、先ほどの『新型』とは違うタイプが現れる。千佳達の逃げ道を予測して、回り込んできたのだろう。デタラメなパワーを持つこの『新型』なら、通路の壁を破壊してショートカットで進んできても何の不思議もない。

 

「ちっ……待ち伏せかよ。折角リーダーがドヤ顔で決めるところだったのに」

「このクソトリオン兵め……よくもウチのリーダーが勇気を出してかっこつけるところを邪魔してくれたな!」

「アンタら意外と余裕そうだよね」

「「いや、実際ヤバい」」

 

 千佳と出穂を『新型』から守るようにして、早乙女と丙はじりじりと後ろへ下がる。狭い通路では、それが精一杯だった。

 

「どうするよ、これ?」

「もっかい一斉に仕掛けて、逃げるしかないだろ」

「さっきは不意討ちだったから良かったけど……真正面から効くのか?」

 

「――それでも、やるしかないだろ」

 

 たとえ無様に吹き飛ばされたとしても、彼はへこたれない。

 丙と早乙女のリーダーは、口元を拭いながら立ち上がった。

 

「「リーダー!?」」

「こんなところで……諦めてたまるかよ」

「……はっ。そうだな。おれ達にはランク戦での華々しいデビューが待ってんだ」

「やるならとことん、か。上等! 地獄までついていくぜ」

「ちょ……アンタ達……」

 

 流石に慌てはじめた出穂を見もせずに、甲田は短く言った。

 

「俺達がなんとか隙を作る。その間に逃げろ」

「……甲田くん」

 

 千佳は顔を上げて、強がる甲田の表情を見詰めた。

 どうしてだろう。

 彼だって力が及ばないのは、理解しているはずだ。逃げられるのなら、逃げることを選択する賢さが彼にはあった。それでも今、立ち向かわなければならないから、挑もうとしている。きっと、心のどこかでは勝てないと分かっているはずなのに。

 それは勇気ではなく、ただの無謀だった。

 

 だけど。

 

 悔しげに、前を向いて敵を見据える彼の横顔を見て、千佳は思う。

 

 自分なんかよりも、この人はずっと――

 

 

「甲田くん」

 

 

 だから。

 千佳は甲田の手を、再び強く握り締めた。

 差し伸べられた手を、掴むのではなく。

 自分から、彼の手を握った。

 

「――撃って」

 

 千佳のトリオンが、

 

『トリガー臨時接続』

 

 力が、友達に繋がる。

 

「ッ――ハウンド!」

 

 次の瞬間。作り慣れたトリオンキューブを浮かばせたはずの甲田は、ただ唖然として目を見開いた。

 それはさっきまで生成されていた四角形の、10倍近いサイズだった。まるで見たこともない大きさ。射手として名高い『出水公平』のキューブすら上回るのではないかと思えるほどの、圧倒的存在感。

 そこから、無数と言っても過言ではない弾丸が一斉に放たれ、目標である『新型』に喰らいついていく。サイズが大きければ、威力もまた強烈だった。

 

「な……んだ!? この威力!? ほんとに『ハウンド』なのか!?」

「どうしたんだリーダー!? まさか、リーダーの体の奥深くに隠された力が覚醒して……?」

「え、マジ?」

「アホ、違うわ! チカ子の『トリオン』に決まってるでしょ!?」

 

 夏目に後頭部をはたかれ、甲田は手を繋ぐ千佳を振り返る。

 千佳は静かに頷いた。

 

「甲田くん。わたしのトリオンを使って」

「……ああ。有り難く使わせて貰うぜ!」

 

 ニヤリ、と。

 尊敬する隊長のような笑みを浮かべて、甲田は力強く叫ぶ。

 

「いけっ……ハウンド!」

 

 圧倒的な大火力。普段の甲田のトリオンキューブとは比較にもならない弾数だった。それに加えて、『追尾弾(ハウンド)』とは思えない威力。無数の弾丸はあの『新型』の装甲すらも貫いて、着実にダメージを与えていく。

 

「まだまだっ……ハウンド!」

 

 ひたすらに、がむしゃらに。甲田は『新型』に向けて攻撃を浴びせかける。

 最後は、呆気ないものだった。

 頭部の急所からトリオンの煙を撒き散らし、倒れ込んだ『新型』は、そのまま動かなくなった。

 

「たお……した?」

「すげぇ! すげぇよリーダー! あの『新型』を倒しちまうなんて!?」

「いやいや。すごいのはそいつじゃなくてチカ子のトリオンだから」

 

 だが、ほっとするのも束の間。

 響いてくる足音に甲田達が振り向けば、もう1体の『新型』が眼光をこちらに向けていた。

 

「2体目……ッ?」

「つうか、さっきのヤツか!?」

「落ち着け早乙女、丙! 雨取さんと俺のタッグの前には、怖いものなんてないぜ!」

 

 高々と右手を掲げて、甲田は叫ぶ。

 

「ハウンド!」

 

 ピキリ、と。

 彼の掌から、何かがショートしたような音がしたのはその時だった。

 

「あ……アレ? ハウンド! ハウンドッ!?」

「甲田くん?」

「ちょっとちょっと? どうなってんの?」

 

 端的に言えば、それは"ショート"だった。

 訓練生のトリガーは通常のトリガーとは違い、意図的に出力が抑えられている。そこに千佳の規格外のトリオンを流し込めば、トリオンを出力する回路が焼けつくのはある意味当然。

 甲田のトリガーが千佳のトリオンに耐えられず、限界を迎えたのだ。

 

「…………」

 

 甲田照輝の無双タイム、終了。

 彼の決断は、リーダーとして実に素早かった。

 

「逃げるぞ! 戦略的撤退だ!」

「了解!」

「なんとなく上手くいきすぎな感じはしてたぜ!」

「やっぱり肝心なところでダメだね、アンタ」

「うるせー!」

 

 甲田は絶叫を響かせながら、再び駆け出した。結局来た道を完全に戻る形になってしまうが、あの『新型』の足元を潜っていくわけにもいかない。こちらに逃げるしか、選択肢は残されていなかった。

 

「それにしてもこれ、どこに続いてんだ!? 完全に本部とは違う方角だろ!?」

「道があるんだから、外に出るための出口も絶対あるでしょ!? とりあえず地下から出ないと捕まるわ、絶対!」

「って、オイ……言ってる側から――」

 

 自分と同じタイプの味方がやられているのを確認したのか、『新型』の行動は素早かった。

 攻撃を撃つ関係上、どうしても最後尾でしんがりを勤めていた甲田と千佳が、分厚く巨大な腕のリーチに捕まった。

 しかし、その寸前。

 

「……逃げろ」

 

 甲田は、手を引いていた千佳の体を前に突き飛ばした。

 

「甲田くん!?」

「リッ……リーダー!? なにを!?」

「俺に構うな! 先に行けッ!」

「馬鹿野郎! 自分を大切にしろって言っていたのはどこの誰だよ!?」

「うるせえ! 俺は今、自分よりも雨取さんの方が大事なんだよ! 文句あんのか!?」

「けどっ!」

「いいからさっさと行け……行ってくれ! 頼む!」

 

 甲田の体を掴んで離さない『新型』は、足を止めて腹部の装甲を開いた。

 その中から、細く長く、不気味な触手状のパーツが伸びてくる。

 

 喰われる。

 

「あ……あ」

 

 彼が、喰われてしまう。

 

「雨取さん!」

「チカ子!」

 

 『新型』と同様に、千佳の足が止まった。

 本当に自然に、止まった。

 

「なにしてんだ!? 立ち止まるな、走れ!」

「震えて走れないのか? なら、おれが背負うから!」

 

 違う。

 こわいから、じゃない。

 たしかに、彼があのトリオン兵に喰われるのはこわかった。

 けれど、千佳が足を止めて振り返るのは、こわいからじゃない。

 

「…………助ける」

「は?」

「甲田くんは、わたしが助ける」

 

 敵と向き合って、戦う為だ。

 

「……出穂ちゃん」

 

 自分を助けてくれた、彼を。

 

「『アイビス』を、わたしに貸して」

 

 今度は自分が、助ける番だから。

 

「……うん。アタシの銃、チカ子に預けるよ」

 

 生成され、手渡されたライフルはやはり重かった。

 グリップを握る。銃身に手を添える。照準を合わせる。

 感触が冷たい。呼吸がはやいのが、自分でも分かった。万が一、少しでもずれてしまえば吹き飛ぶのは彼の方だ。トリガーに掛かる指は、小刻みに震えていた。

 

 それでも。

 

 ――わたしも……自分で戦えるようになりたいです。

 

 戦うと決めた。

 だから、もう逃げない。

 大切な仲間を――友達を。

 そして、自分自身を。

 今度こそ、守り抜く為に。

 

 

『トリガー臨時接続』

 

 

 雨取千佳は、引き金を引いた。

 

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