厨二なボーダー隊員   作:龍流

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迅悠一VS星の杖

「あれは……?」

 

 修は息を飲んだ。

 地面を突き破って空へと伸びていたのは、一筋の光。地下からの射撃。しかも、あの威力。思い浮かんだのは、ボーダー本部に空いた大穴だった。

 あんなことができる人間は、修の知る限り1人しかいない。

 

「……千佳?」

 

 誰に問いかけるわけでもなく自然に呟く。もしも地下通路で何かが……具体的には『敵』が現れたのだとしたら。かなりまずい事態になっている。

 自分も地下通路に行くしかない。修がそう思って入口を見た瞬間、扉から何人ものC級隊員達が息を切らして飛び出してきた。

 

「なっ……どうしたんだ!? 何があった?」

「と、トリオン兵が……トリオン兵が中に!」

 

 嫌な予感が的中していた。だが、そもそもそんな事態に陥らなければ千佳が地下道で発砲などするわけがない。

 

「レプリカ……どう思う?」

 

 修は小声で、懐のちびレプリカに問う。

 

『おそらく、発信器のようなものをつけられたのだろう。先ほどの『磁力使い』ならそれができそうだ』

 

 ちびレプリカの言う通り、目の前のC級隊員の隊服にはいくつかの破片が付着していた。

 

「じゃあ、基地への侵入経路を探すのが目的で?」

『いや、基地への攻撃が目的なら、最初からもっと大量の『イルガー』を投入していたはずだ。こんなまどろっこしい手段を取る必要はない』

「なら、発信器をC級につけたのは……」

『目標の位置を確実にマークし、集まったところで一網打尽にする為だろう』

 

 機械音声であるはずの声には、幾ばくかの焦りが滲んでいるように感じられた。

 

 

『気をつけろ、オサム。こちらの巣穴を叩いたということは、敵は既に待ち構えている可能性が高い』

 

 

「なんだアレ……?」

「鳥……?」

「でもなんか、光ってない?」

 

 思考を遮ったのは、C級隊員達のざわめき声だった。彼らと同様の方向に視線を上げた修は、そのまま絶句する。

 

「……なんだ、あれ」

 

 辛うじて、声を絞り出す。

 見上げた先に、それらは舞っていた。

 C級隊員達が疑問形で口にしていた予測は、おおよそ大部分では的を射ていたと言えるだろう。くちばし、翼、尾。ひとつひとつの特徴を抜き出してみれば、頭上の空を埋め尽くすように飛んでいる群れは、確かに『鳥』という生物だった。

 けれど、その鳥達には瞳がない。羽毛がない。命の温もりが感じられない。明らかな無機物だった。

 そして、

 

 

「……もう2体目がやられたのか。急ぐ必要があるな」

 

 

 ビルの屋上には、黒い人影。漆黒の衣を風に任せるがままに揺らしている、頭に『角』を持つ1人の男が立っていた。

 黒い『角』だった。

 

「黒い角……まさか『黒トリガー』の人型?」

『まずいな。逃げろ、オサム』

 

 修の視線が『人型』と交差する。

 こちらを見下ろし、見下す、冷たい瞳だった。

 

 

「『卵の冠(アレクトール)』」

 

 

「ッ……! みんな、逃げろ!」

 

 警告を叫んだ時には、もう遅かった。

 皮肉にも、C級隊員達は鳥の美しい外見に目を奪われていたせいで反応が遅れてしまっていた。彼らは旋回を止めて一気に突っ込んでくる群れを回避できず、次々に直撃を受けてしまう。その効果は、すぐに現れた。

「ぐっ……あ?」

「か、体が……!?」

「うわぁあああ!?」

「来るな! 来るなぁああ!」

 

 鳥に触れた隊員達の体は蜃気楼のように揺らぐと、次の瞬間には四角形のキューブに変わっていた。

 悲鳴と混乱が、集団に伝播していく。

 

「あの鳥……トリオン体を無理矢理キューブに変えるのか!?」

『捕獲に向いた能力だ。気をつけろ、オサム。触れられたら終わりだぞ』

「くっ……」

 

 言っている側から、数羽の群れがこちらへ突っ込んできていた。

 

「シールド! アステロイド!」

 

 届く前に止める。

 修は左手のシールドを展開可能距離ギリギリで張って、鳥達を牽制。右手のアステロイドを弾速重視でチューニングし、周囲にばら蒔いた。

 腰のホルスターから『レイガスト』のグリップを引き抜き、叫ぶ。

 

「全員、本部の方向へ走れ! 急ぐんだ!」

 

 シールドではカバーしきれない距離にいる隊員もいる。かといって、自分の実力ではあの『人型』を足止めすることすら難しい。アステロイドを連射しながら、修は必死に頭を回転させた。

 

(どうする……? ぼくのトリオン量じゃ、いつまでも撃ちっぱなしってわけにはいかない。そもそも、自分の身を守れるかどうかすら……)

『オサム、横だ』

「ッ……!?」

 

 レプリカの警告を受けてレイガストを突きだしのは、ほとんど反射だった。

 腕にはしる僅かな衝撃。足元に散らばったキューブ。横合いから迫ってくるものに、修は眼鏡の奥の目を見開いた。

 

「む、虫……?」

『と、いうよりは『ハチ』だな。『鳥』よりも小回りが利きそうだ。まずいぞ』

「くそっ……スラスター、イグニッション!」

 

 キューブ化能力で穴だらけになってしまったレイガストを投げつけ、修は走り出した。細い道に入ったとしても、ハチ達は平気で追いかけてくるだろう。

 どうやらあの『人型』は、集団の中で唯一まともな応戦をしてきた修に目をつけたらしい。敵の注意を引けるならそれはそれで良かったが、このままではC級達を守る以前の問題として、遅かれはやかれ自分自身もキューブにされてしまう。

 何か。何か手を打たなければ、まずい。

 

『修くん、聞こえる!?』

 

 そんな時、焦る修の耳に先輩オペレーターの声が届いた。

 

「宇佐美先輩!? 大変です、『人型』が現れました! このままじゃ……」

『大丈夫。なんとか間に合ったよ』

「大丈夫って……?」

 

 状況を既に把握しているのか、宇佐美は言い聞かせるようにそう言った。

 

『強力な援軍が到着したからね!』

 

 

「――ハウンド」

 

 

 聞き返すよりはやく、背後に大量の光弾が降り注いだ。

 執拗に追いかけてきていた大量のハチ達が、まるで難なく撃ち落とされ、落下していく。自分とは比較にならない弾数に、修は唖然として立ち止まった。

 

「無事かー? そこのメガネくん!」

「は、はい!」

 

 危機一髪で窮地を救ってくれた男は、民家の屋根の上で巨大なトリオンキューブを展開していた。肩のエンブレムには、三日月をバックにした3本の刀。そこに刻印されているのは『A-01』の文字。即ち、彼がA級1位部隊の所属であることを意味していた。

 

(あの弾数に正確なコントロール……あれが、如月先輩が言っていた出水先輩なのか?)

 

 話だけは龍神から聞かされていた、ボーダートップクラスの射手。太刀川隊所属の出水公平。

 

「おーおー、大丈夫か? メガネボーイ」

 

「やっほー、三雲先輩。この前の『借り』を返しに来たよ」

 

 続いて傍らに降り立った2人の隊員は、修もよく知る人物だった。

 

「米屋先輩! 緑川!」

 

 米屋陽介。緑川駿。

 共にA級部隊に所属する攻撃手。一方は会うや否や遊真を近界民と認定して急襲し、もう一方もいきなり模擬戦をふっかけてきたりと、初対面の印象は決して良くない2人だったが、その実力は修も直接目にして体験していた。

 

「待たせたな。助けに来たぜ」

 

 強敵が味方になった時ほど、心強いものはない。

 彼の代名詞とも言える槍型の『弧月』をぐるりと回して、米屋は頭上に立つ『人型』を見上げた。

 

「にしても……なんか色々飛ばしてるな、アイツ。超強そう」

「なんか偉そうな顔してこっち見下ろしてるね。むかつくから『グラスホッパー』で突撃しようか?」

「やめとけやめとけ。いきなり踏み込んで即死とかシャレになんねーだろ?」

「よねやん先輩、『グラスホッパー』持ってないもんねー」

「うっせ。……でもまあ、とりあえずこっちに降りてきてもらった方がやりやすいな」

 

 好戦的な笑みを絶やさないまま、米屋は「そんなわけで」と、言葉を続けた。

 

「落とせ、弾バカ」

『落としてください、だろ?』

 

 共有している無線通信に、出水の声が響いた直後。

 地上から、多数の弾丸が空を裂いて舞い上がった。

 

「……ほう」

 

 感心したように一声。『人型』は目を細めて迫り来る弾丸を見やると、展開していた『鳥』達を迎撃に差し向けた。そのまま直進していれば、修が放った『通常弾(アステロイド)』のようにあの弾丸も『鳥』との接触でキューブにされてしまっていただろう。

 だが、そうはならなかった。

 弾丸の軌道が、唐突に変化したからだ。

 

「っ……!?」

 

 接触直前まで迫っていた『鳥』を避けた弾丸は、さらに複雑に軌道を変化させつつ、ビルの屋上に直撃。爆炎と粉塵を巻き上げて、瓦礫のシャワーを地上に降らせた。

 

「『変化弾(バイパー)』じゃない……合成弾!?」

 

 発射まで、ほとんどタイムラグはなかったように見えた。つまり出水はたった数秒で、弾丸の合成を完了させたということだ。

 驚愕する修には構わず、その瞬間には既に米屋と緑川は動き始めていた。

 

「『グラスホッパー』」

 

 圧倒的な機動力が自慢の緑川は、機動戦用トリガーを複数枚展開。空中機動で『人型』の目を引きつけに掛かる。

 

「……ちっ」

 

 それに対し、『人型』は鳥ではなく『ハチ』の弾丸を周囲に放って、緑川の接近を牽制する。

 

「触ったらアウトとか、ほんとヤバいね」

「……陽動か」

「ありゃ、バレた?」

 

 ぺろり、と舌を出した緑川の耳を掠めるように――目にも止まらぬスピードで繰り出された『突き』が駆け抜けた。

 緑川の背後から。それも、敵に対して充分な接近を為していない状態は、いかに『槍』のリーチをもってしても届く範囲ではない。

 だが、しかし。

 

「……なに?」

 

 その一撃は、確かに『人型』の首もとまで届いていた。事実、彼の首からは少量のトリオンが煙となって漏れ出ていく。

 

 

「浅いな~。いきなり首はどうにも決まらねーぜ。やっぱ足から狙うべきだったか?」

 

 

 追い打ちは掛けず、それ以上の一撃は欲張らず。

 一旦距離を取って、修の真横に米屋が着地する。修は、彼がたった今繰り出した技に見覚えがあった。

 

「米屋先輩……今のはもしかして……?」

「おっ、気づいたか? メガネボーイ。流石だな。龍神の弟子をやってるだけはあるぜ」

 

 どこか嬉しそうに頷いた米屋は、再び愛槍を構え直した。

 

「そう。これがオレの『旋空参式・姫萩"改"』」

 

 

 鈍く光る切っ先が、獲物に狙いを定める。

 

 

「――『米屋スペシャル』だ」

 

 

 

 修が問い返す暇はなかった。

 宣言と同時、鍛えぬかれた槍撃は再び『人型』へと襲いかかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

 頭上から、光が差し込んでいた。

 見上げてみれば、分厚い天井をぶち抜いて曇天の空が広がっていた。

 

「…………あ」

 

 やってしまった、と。

 千佳は手にしていた『アイビス』を取り落とした。自分のトリオン量が人並み外れたものであることは理解しているつもりだったし、トリオン量が直接威力に関係してくる『アイビス』を撃てばどうなるかは、実際に身を持って体験していた。この途方もない威力が原因で、千佳の師匠は『アイビス』を千佳に持たせなかったくらいなのだ。

 目の前で動かない『新型』のトリオン兵は、右半身を丸ごと吹き飛ばされた状態で沈黙していた。

 攻撃に、出穂達を巻き込んでしまったかもしれない。不安が胸を掠めたが、とにかく今はみんなを探すことが先決だ。

 

「出穂ちゃん! 甲田くん! 早乙女くん! 丙くん!」

 

 一通り名前を呼んでみるが、返事はない。千佳は俯いた。

 

「どうしよう……」

 

 背後の瓦礫の山を見る。崩落した天井が、うず高く積み上がっていた。トリオン体なら死ぬことはないが、もしも下敷きになっていたら、中で動けなくなっているはずだ。

 とにかく、助けなきゃ。探さなきゃ、と。瓦礫の山に手を掛けた千佳の目の前で。

 

「……え?」

 

 機能を停止していたはずの『新型』が、また動き出した。

 胴体の半分を吹き飛ばされ、文字通り半壊していた『新型』ではあったが、急所である頭部はまだ無事だった。トリオン兵との交戦経験がほとんどない千佳は、確実に敵を仕留める重要性をまだ学んでいない。

 だからこその、油断。

 瓦礫をどける為に両手を空けたかったので、『アイビス』は放り捨ててしまっていた。千佳が『アイビス』を拾って構えるよりも、損傷して緩慢な動きになっている『新型』の腕が届く方がはやい。

 なによりも。

 出穂達が瓦礫の下敷きになっている可能性があるこの場所で、崩落の危険がある攻撃をこれ以上撃つわけにはいかなかった。

 

「う…………」

 

 

 絶対絶命。

 少女のそんな窮地に、

 

 

「『アステロイド』+『アステロイド』」

 

 

 彼は舞い降りた。

 

 

「『ギムレット』」

 

 

 直上。

 薄く光が差し込む天井から、数発の光弾が雨の如く降り注いだ。それらは着弾と同時に『通常弾(アステロイド)』とは違う重い音を響かせて、『新型』の体勢を大きく崩す。

 

「え……?」

 

 同時に。千佳の眼前に1人の男が着地した。

 一言で表現するならば、彼の雰囲気は他のボーダー隊員達とは一線を画すものだった。

 身に纏っているのは戦場の雰囲気にそぐわない、フォーマルなスーツ。背広の裾を揺らし、両手をポケットに突っ込んで立つその姿は、彼の整った顔立ちも相まって、不思議な魅力を醸し出していた。

 男はちらりと千佳を一瞥すると、右手をポケットから抜き、耳の通信機に手を掛けた。

 

「救助対象を発見した。が、例の『新型』がまだ生きている。他の個体がいる可能性も高い。単独での交戦は避けて、見つけ次第連絡しろ。俺が仕留める」

『犬飼、了解!』

『辻、了解』

 

 彼は右手を再びポケットに戻すと、ゆっくりと立ち上がる半壊状態の『新型』を見詰めた。

 

「……あれはお前がやったのか?」

「え……は、はい!」

「そうか」

 

 言葉少なに彼は頷いた。両隣に2つ、かなり巨大なトリオンキューブが出現する。

 

「ま、待ってください!」

「なんだ?」

「まだ、このあたりには友達が……生き埋めになっているかもしれないんです!」

「……そんなことか」

 

 呟きと同期して、キューブが三角錐に分割されていく。幼なじみが普段使っているのとは違う、凝った分割方法だった。

 そして、彼は言う。

 

「分かっている」

 

 瞬間、待機を命じられていた弾丸の戒めが解かれた。

 猛スピードで目標へと突き進んでいくそれらは1発の流れ弾も出すことなく、『新型』に直撃する。

 簡潔に結果だけを述べるならば、全弾命中。全ての弾丸を全身にくまなく浴びせられて、半壊状態だった『新型』が今度こそバラバラに破壊される。

 彼のトリオンと技量を示すには、それだけで充分だった。

 

「…………すごい」

「呆けている場合か? 他の隊員はどこにいる? のんびり探している時間はないぞ」

「す、すいません!」

「……べつに謝れとは言っていない」

 

 おそらく彼にとっては、その表情がデフォルトなのだろう。小揺るぎもしない仏頂面のまま、スーツの男は改めて周囲を見回した。千佳も慌てて、瓦礫が積もった空間を探し出す。

 崩落の危険性がなくなったわけではなく、トリオン兵もまだ潜んでいるかもしれない。この場をはやく離れるべきなのは間違いないのだが、そう簡単に生き埋めになった出穂達が見つかるとは思えなかった。千佳は楽観主義者ではない。

 もしもあのスーツの男性に、探すのを諦めろと言われてしまったら……

 

 

「「ぶはぁー!!」」

 

 

 そんな不安を抱き始めた、ちょうどそのタイミングで。

 瓦礫を押し退けて、出穂と甲田達が顔を出した。

 

「出穂ちゃん!」

「おー、チカ子。無事でよかった……」

「大丈夫!?」

「アタシはピンピンしてるよ。トリオン体の頑丈さはマジパないわ。でも死ぬかと思った……」

 

 ぐったりとした様子で瓦礫から這い出てくる出穂。彼女の背後の3人も、すすまみれで焦燥しきった様子だった。

 

「いや、これはちょっとマジでヤバかった……」

「まさか瓦礫の洗礼を浴びることになるとは……」

「このまま闇の中で永劫の時を過ごすことになるかと思ったぜ……」

 

 トリオン体はタフである。意外と大丈夫そうだった。

 千佳はほっと息を吐いて膝をついた。

 

「はっ……そうだ! 無事か!? 雨取さん!」

「う、うん! わたしはこの人に助けて貰ったから。みんなも無事で……」

 

 よかった、と。言いかけた千佳は、そこで自分を凝視するスーツの男の視線に気がついた。

 何故だろうか。

 彼はこちらを見詰めたまま、固まっていた。まるで、見落としていた何かに気がついたように。瞳の奥には、明らかな驚愕の色が浮かんでいた。

 真一文字に引き結ばれていた唇が、自然にほどけて言葉を紡ぐ。

 

「……雨取、だと?」

「…………え?」

 

 それは二宮匡貴にとっても、無意識の内に発せられた言葉だった。

 

 

 運命のいたずらか。

 それとも、必然か。

 少しずつ、けれど確実に。

 未来は変わり始めていた。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「はじめまして」

 

 

 廃墟と化した街の中で、2人の男が向かい合っていた。

 

「おれは迅悠一。ボーダーの実力派エリートです。そちらは?」

「アフトクラトルのヴィザ、と申します。以後、お見知り置きを」

 

 迅悠一とヴィザ。

 ボーダーとアフトクラトル。現在対立している2つの組織の中でトップクラスの実力を持つ彼らは、戦場の中心で刃ではなく言葉を交わしていた。

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 ぴん、と。

 人差し指を立てて、迅は言った。敵に対して投げるには気安すぎる言葉に、けれどもヴィザは穏やかに頷いた。

 

「私が答えるのに差し支えない範囲でしたら、お答えしましょう」

「ありがとう、おじいちゃん。じゃあ1個目だ。そっちの国の目的はなに?」

「他の国と変わりありませんよ。トリオン能力を持つ人間は貴重ですから。こうして他国に遠征するのは、はじめてのことではありません」

「今回の大規模な戦力の投入の理由は?」

「それだけ、あなた方が手強くなったということですよ」

「なるほどなるほど。では、2個目の質問だ」

 

 人差し指と中指を立てて、迅はさらに重ねて問う。

 

「おじいちゃんは、今回来ているそっちのメンバーの中で一番強い、ってことでいいのかな?」

「ほっほ。それは買い被りですな。こちらの戦力に対して評価を下すのは、敵であるあなた方であるべきでしょう? 私が何を言ったところで、自惚れの混じった自己評価にしかなりますまい」

 

 なにより、とヴィザは笑みを絶やさないまま、

 

「己が強いか弱いかは、勝負が決した後に分かることです」

「……まったく持って、仰る通り。返す言葉もないよ」

「いえいえ、所詮は老人の戯言です。むしろ、聞き流して頂いて結構」

「……なら、これが最後の質問」

 

 右手と左手。

 両手に自身のメイントリガーである『スコーピオン』を起動しつつ、迅は最後の問いを投げた。

 

「どうして、おれと呑気におしゃべりする気になってくれたのかな?」

「さて……理由を聞かれると困りますが……」

 

 対するヴィザは、手にした杖を僅かに持ち上げ、

 

「戦場でまだ年若い、おもしろそうな青年と出会った。中々に手強そうだと、私の勘も告げている」

 

 だから、と言葉を繋げて、

 

「剣を交える前に、話をしてみたくなった……これもまた、下らない老人の感傷です。忘れてくださって構いませんよ」

 

 ゆったりと、前へ進み出る。

 

「……なるほど。よくわかった」

 

 合図は不要だった。

 そんなものがなくとも、2人の動き出しは全くの同時だった。

 

「『エスクード』」

「『星の杖(オルガノン)』」

 

 初手から必殺。可能ならば一撃目で仕留める。

 手を抜くつもりは毛頭なかったヴィザだったが、最初の攻撃を彼は放つ前に止めた。前方に無骨な壁が展開され、迅の姿を覆い隠してしまったからだ。

 

「ふむ……『壁(バリケード)トリガー』ですか。これはまた、おもしろいトリガーをお持ちだ」

 

 これ見よがしにブレードをちらつかせておきながら、初手は堅実な防御。つくづく食えない青年だと、ヴィザは嘆息する。

 

(シールドを使わなかった……『星の杖』の性能はある程度割れている、と考えた方が良いかもしれませんね)

 

 最初の攻防で敵の強かさを見抜いたヴィザは、その防御に対応すべく前方へと走り出した。

 

「残念ながら、隠れても無駄です」

 

 言うと同時、杖の中心に円光が浮かぶ。

 そして次の瞬間、不可視の斬撃が周囲の建造物を一瞬で薙ぎ払った。派手な音を響かせながら、ビルや家屋が次々に倒壊していく。その光景は、まさしく『黒トリガー』に相応しい威力を物語っていた。

 ヴィザが持つ『星の杖(オルガノン)』の能力は、一言で纏めれば広範囲即死斬撃。サークル状に展開した円の線上を超高速でブレードが周回、結果的に不可視の遠隔斬撃を生み出す、というものだ。圧倒的なスピードは攻撃の正体を見極めることすら困難にしており、この仕掛けのタネに気づく頃には大抵の敵は既に斬り捨てられているのが常である。

 しかし、ヴィザは迅と接触する前の交戦で、何度か『星の杖』の攻撃を晒してしまっていた。

 シールドでは防げないことを、迅は理解している。だからこそ、彼は分厚い『壁(バリケード)トリガー』を用意したのだろう。あれを正面から切り裂くのは、流石に『星の杖』でも骨が折れるに違いない。

 だから、接近して叩く。ヴィザの取った選択は至ってシンプルなものだった。

 『黒トリガー』の威力を派手に見せつけて、怯ませる。硬い壁の後ろで選択を躊躇しているところを、容赦なく死角から叩く。

 地面を踏み込み、ヴィザは一気に跳躍した。バリケードトリガーは正面への防御力は高くても、左右と上方に対しては無防備。眼下に、やはり移動していなかった青年の姿を収め、ヴィザは空中で『星の杖』の狙いを定める。全て予想通りだった。

 

「うん。そっちから近づいてきてくれた方が助かるよ」

 

 こちらを見上げる迅悠一が、不敵な笑みを浮かべている以外は。

 

 ――逆だ。

 

 彼は、待ち構えていた。

 ヴィザの接近を。

 

「『エスクード』」

 

 2枚目。

 再び展開されたバリケードトリガーは、ヴィザの攻撃を防ぐ為に起動されたわけではなかった。自身の直下……即ち自分の足元に壁を生やした迅は、展開時の勢いを活かしたそれを足場にして、空中のヴィザに向けて跳ぶ。

 無論、ヴィザは迅が空中に飛び上がるまでの僅かな隙を見逃さなかった。

 迅の姿を確認した瞬間に、間合いを問わない『星の杖』の斬撃は彼を捉えていた。位置さえ分かれば、距離は関係ない。トリオン体の反応速度を持ってしても、回避は不可能。ブレードの視認も不可能。幾多の敵を一瞬で葬ってきた、必殺の斬閃がトリオン体を切り刻む。

 

 そのはず、だった。

 

「……なんと」

 

 閃いた刃の数は3つ。

 その全てを、青年は体を捻るだけでかわしてみせた。

 

「……はっやいね。コレ」

 

 頬を掠めたブレードに苦い笑みを溢して、迅は呟く。まるで――どこに攻撃が来るのか、最初から分かっていたかのように。

 偶然ではない。

 数秒にも満たない、瞬間と瞬間を重ね合わせた駆け引き。その攻防の結果。

 ヴィザと迅は空中で、互いの刃を交差させた。

 すれ違うのは刃を交えた一瞬のみ。地面に着地した両者はすぐさま振り返ると、再び距離を取って互いの姿を確認し合った。

 

 

「…………やはり、長年積み重ねてきた勘というものは、中々馬鹿にできませんな」

 

 穏やかな微笑を表情に留めたまま、ヴィザは言う。

 

「初見……というのをどこまで区切れば良いのか、分かりかねますが……」

 

 やはり仲間から、推測と情報は受け取っていたのだろう。

 だとしても、

 

「はじめて戦う『星の杖(オルガノン)』をこうも簡単にあしらったのは、あなたがはじめてです」

「そりゃ光栄だな」

「ええ。ですので――」

 

 抑えきれない興奮を、ヴィザは相手に発する声音に籠める。

 その響きに、ぞっとするような鋭さが宿る。

 

「――どうやら私も、本気でお相手をする必要がありそうですな」

 

 ヴィザの纏う空気が、明らかに変わった。

 強敵との出会い。

 はじめて『星の杖』の回避を初見で成した相手を前に、ヴィザは喜びを発露させる。混じり気のない純粋な闘志は、相対する敵を威圧するには充分過ぎる迫力を伴っていた。

 

「……やれやれ。そいつは参ったな」

 

 対し、迅はまるで変わらない緊張感のまま、肩を竦めて問う。

 ヴィザではない、もう1人に向けて。

 

 

 

「どうするよ、秀次?」

 

 

 

 殺気。

 背後に明確なそれを感じ取って、ヴィザは振り返った。

 そこにいたのは、黒髪の少年。この瞬間を待ちわびていたのであろう彼の眼差しと銃口は、真っ直ぐにヴィザへと向けられていた。

 

 

 

「くたばれ、近界民」

 

 

 

 銃声が連続して響き渡り、廃墟の街に冷えきった音色を刻んだ。

 

 

◇◇◇◆◆◆

 

 

 本来、人間は『未来』を知ることはできない。

 だが、迅悠一は自身の『副作用(サイドエフェクト)』によって、不確実な未来を見通すことができる。

 今はまだ、どちらに転ぶのか分からない。ただ確かなのは、この瞬間からカウントダウンが始まったということだけだ。

 

 

 ――未来の分岐点まで、およそ960秒。

 


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