厨二なボーダー隊員   作:龍流

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ROUND2
大いなる奇策


「さて……」

 

 伊達メガネをクイッと上げた如月龍神は、チームメイトを見回して言った。

 

「ぶっちゃけ、B級中位で一番当たりたくないチームと当たってしまった」

「ほんとにぶっちゃけますね……」

「相性の悪さを誤魔化しても仕方がないからな」

 

 苦笑いする早乙女にはそう返し、龍神は作戦ボードに張り付けられた対戦相手のデータを指揮棒で指し示す。

 ROUND2を控えた如月隊は、次の戦いに向けた作戦会議の真っ最中。荒船隊と柿崎隊のデータを洗い直していた。

 

「まったく。まさかいきなり荒船さんと当たるとはな……」

「隊長、くじ運悪い方だったりします?」

「馬鹿を言え。俺は中二の時から毎年連続でおみくじが大吉の男だぞ?」

「すごいような、すごくないよーな……」

 

 間の抜けたやりとりをしつつ、龍神は指揮棒を軽く振って荒船隊のデータを指し示した。

 

「さて……荒船隊は順位こそB級中位だが、そのチーム構成は他の部隊とは一線を画している」

「3人全員が狙撃手(スナイパー)……めちゃくちゃとんがった編成っすね」

「基本的に全員が一定の距離を取って、それぞれが狙撃を目標に向けて叩き込む……って感じですか?」

「概ねそれで間違いはない。『イーグレット』は威力が高い分、通常の『シールド』だけでは防げない。囲まれて、飽和攻撃を受ければそれでお陀仏だ」

 

 次の相手は暫定12位の柿崎隊と暫定14位の荒船隊。順位的には柿崎隊の方が上だが、龍神達が特に注意しなければならないのはやはり狙撃特化の荒船隊だ。

 何せ、如月隊には狙撃手がいない。

 

「普通は、狙撃手の頭は狙撃手が抑える感じですよね?」

「そうだな。一発撃ってくれば狙撃手の居所が分かるから、それぞれのチームに狙撃手がいる時は撃ち合いになるパターンが多い」

 

 狙撃手がグループで行う訓練の中には、捕捉&掩蔽訓練と呼ばれるものがある。その内容はレーダーの情報なしで90分間、身を隠しながら他の隊員を見つけて撃ちあう、というもの。優秀な狙撃手は隠れるのも上手いし、当然のように索敵も巧い。

 

「さらに補足しておくと、荒船隊の狙撃手は3人全員が8000ポイント越えのマスタークラスだ」

「それはマジでキツいしヤバいですね……」

 

 天井を仰いで甲田が呻く。

 

「はいはい、そうやってすぐにヤバいとか言わない」

「うぇ!?」

 

 はやくも弱気になりはじめた後輩の頭を、紗矢が後ろから揺らした。

 

「狙撃特化と言えば聞こえはいいけれど、もちろん弱点はあるわ。じゃなきゃ、そもそも荒船隊はもっと上に行ってるだろうし、狙撃特化の戦術がもっと流行しているはずでしょう?」

「た、たしかに……」

「江渡上、お前の意見は?」

「そうね……まず、射線が通る場所を避けるのは鉄則。あとはやっぱり、狙撃ポイントを確保する前に捕捉して潰すのが一番早いんじゃない?」

「狙撃手は寄られると弱い。常日頃から東さんが言っていることだな」

「でも、そもそも寄るのが大変じゃないですか? 狙撃手って絶対『バッグワーム』使いますし」

「そこは障害物を使って、臨機応変に近づいていくしかないわね……でも、」

「次のステージ選択権は荒船隊にある」

 

 紗矢の言葉尻をさらう形で、龍神は問題を指摘した。B級ランク戦では、対戦するグループの中で最下位のチームにステージ選択権が与えられる。今回の戦場を選ぶのは荒船隊だ。

 

「荒船隊が選ぶとすれば……」

「市街地C。これしかないわね」

 

 逆に言葉尻を奪い返して、紗矢が答える。

 市街地C。南北にかけて高低差がある、狙撃手に有利なステージだ。高所を取った狙撃手は、それだけで大きな脅威になる。高所を取られる前に取る、もしくは狙撃手がポイントを確保する前に接近して潰すのが基本的な対策だが、転送はランダムだ。運が絡む以上、有効な作戦とは言い難い。

 数秒間。じっと考え込んでいた龍神は、ひとつの提案をするために顔をあげた。

 

「……早乙女」

「はい?」

「『アレ』を使うか」

「なっ!?」

 

 アレを使う。

 その発言に驚いて、早乙女は思わず立ち上がった。

 

「本気ですか隊長!? おれは、『アレ』をまだ十分に使いこなせるとは……」

「出し惜しみしていても仕方あるまい。習うより慣れろ、だ。まだ使いこなせていないのなら、実戦で慣らしていけばいい」

「んな無茶な……」

 

 渋面を作る早乙女の肩を、龍神が軽く叩く。

 

「そう固くなるな。お前の『アレ』は本命じゃない。『アレ』をうまく使って、まずは荒船隊から有利を取る」

「『アレ』をいきなり実戦投入か……やっぱり、隊長はクレイジーだぜ」

「けど確かに、早乙女の『アレ』があれば心強いな」

 

「ねぇ……かっこつけてアレアレ言うの、バカみたいだからやめない?」

 

 

◆◇◆◇

 

 

 2月5日、水曜日。

 

「B級ランク戦第2戦、昼の部が間もなく始まります」

 

 まだ騒がしい場内に、粛々と声が響く。いつもハイテンションな武富桜子とは違い、今日の実況席は落ち着いた雰囲気に包まれていた。

 

「実況担当は風間隊の三上。解説には加古隊の加古隊長と、二宮隊の犬飼隊員にお越しいただきました」

「よろしく」

「どうもどうもー」

 

 いつもと変わらぬ軽い笑みを浮かべる犬飼と、ひらひらと手を振る加古。小柄な三上の横に長身の加古が座っているので、なかなか目立つ組み合わせである。

 

「さて、それでは加古さん。早速ですが、今回対戦するチームについてざっくりと解説をお願いできますか?」

「ざっくりと?」

「はい、ざっくりと」

 

 年下女子からにっこりと微笑まれては逆らえない。加古は「そうねぇ……」と呟きながら、正面モニターを見上げた。

 

「まず、有利なのは間違いなく荒船隊ね。前回のROUND1は開始早々に荒船くんが奇襲で落とされて苦しい展開だったけど、今回はそもそもステージが有利だもの」

「高低差がある地形……市街地C、ですね?」

「ええ。荒船隊はまず高台を取って狙撃地点を確保。逆に他のチームは、どうやって荒船隊に高台を取らせないかが勝負になるわね。転送はランダムだけど……」

「狙撃特化チームにこの地形があわさるとウザいですよねぇ~。やってられるかって感じですよ」

「犬飼くんならどうする?」

「あ、ウチの隊長はシールドでイーグレットの弾はじけるんで、多分大丈夫です」

「犬飼先輩、ちゃんと答えてください」

「ちゃんと?」

「はい、ちゃんと」

 

 年下後輩女子(しかも姉属性のしっかり者)にそう言われては逆らえない。犬飼は頭の後ろで腕を組んだ。

 

「そうだなぁ……転送場所にもよるけど、オレが指揮る立場にいたなら、全員分かれて荒船隊を探すかな? 基本、狙撃手は寄られたら終わりだし」

 

 荒船は弧月持ってるからそうはいかないけどねー、と犬飼は笑う。

 

「それは、柿崎隊や如月隊にもまだチャンスはあるということでしょうか?」

「如月くんはグラホ使うからはやいし、柿崎さんとこも調子いいからね。前回、たしか5得点だったでしょ?」

「はい。如月隊と玉狛第二の影響で順位を下げたチームが多い中、柿崎隊は逆に順位を上げています」

 

 玉狛第二と如月隊の快進撃に隠れて目立っていないが、初戦から大量得点を上げたということで、今期の柿崎隊はいい意味で注目を集めている。

 

「前回のログは私も見たけど、柿崎くんの判断の思い切りがよくなっていたわね。大規模侵攻で何か変わったかしら?」

「柿崎隊は今までは堅実にまとまって行動……ってパターンが多かったですけど、今回も分かれて動いてきそうですねー」

「なるほど。では、如月隊はどうでしょう?」

 

 話の最後を締めるために三上がそう問うと、加古と犬飼は顔を見合わせてニヤリと笑った。

 

「よくわからないわね」

「右に同じく、で」

「……もう。お二人とも、マジメに答えていただけませんか?」

「いや、そうは言ってもねぇ、三上ちゃん」

「如月くんが何を考えてるかなんて、予想できる方がすごいわよ」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「文香、虎太郎。最後の確認をするぞ」

 

 柿崎隊隊長、柿崎国治は落ち着いた声で言いながら、2人の後輩を見回した。

 

「分かっているとは思うが、今回のステージは俺達に不利だ。荒船隊の有利を潰すには、早い段階で捕捉して接近するのが一番確実。そのために……」

「前回同様、分かれて行動することを意識する、ですね?」

「……ああ、そうだ」

 

 照屋の力強い笑みに、柿崎はつられて頷いた。

 B級中位の、まさしく中堅。これといった強みも特徴もなく、よく言えば手堅い、悪く言えば個性のない部隊……柿崎隊は、これまでそんな評価を受けてきた。だが、前回の勝利で順位は13位から12位に上昇。自分のチームがいい流れに乗っていることを、柿崎は如実に実感していた。

 

「転送位置にもよるが、基本的には前回と同じ……位置が近い2人が合流する形で動く。残りの1人は別行動で、分かれて索敵。狙撃手を捕捉できたら、ガンガン狙いにいくぞ。ただし、如月隊には注意しろ。狙撃手に注意を向けすぎて足元をすくわれるなよ」

「大丈夫ですよ。あっちも新人ですから」

「虎太郎~。それは俗に言う死亡フラグってヤツじゃないのー?」

 

 オペレーターの宇井真登華が、実に軽い感じで釘を差す。

 

「大丈夫。虎太郎くんが落ちたら、その分はちゃんと私が取り返すから」

「そうだね~。がんばって、文香」

「うん。がんばる」

「すいません! おれが落ちる前提で話するのはやめてください!」

 

 作戦室に全員分の笑い声が響く。本番前でもこんな柔らかな雰囲気になれるこのチームが、柿崎は好きだった。

 だからこそ思う。次も勝ちたい、と。

 

「よし……今回も、4人で勝つぞ!」

 

 決意を新たに、柿崎国治はいつもの掛け声で作戦会議を締めくくる。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

「ダルいっす」

「うるせー。たまには気合い入れろ半崎」

「有利だろ、ステージ的には」

「いや、それはそうなんすけどね……」

 

 荒船隊作戦室。

 本番前だというのに机の上にぐでんと伸びた半崎義人は、またダルそうな溜め息をひとつ吐いた。

 

「如月先輩とか超速いじゃないっすか。見つけられたら逃げ切る自信ありませんよ」

「捕まる前に狙撃でブチ抜け」

「いやいやいや……ぐぇ!?」

「お前分かってんのか~? 今回負けたらウチは下位落ちも有り得るんだぞ?」

 

 泣き言ばかり言う半崎に、荒船が背後から容赦なくヘッドロックをかます。ギリギリと締まる首に、半崎はたまらず腕をタップしてギブアップの意思を示した。

 

「いやだな、それは」

 

 隊長が漏らした苦言に、いつもの倒置法で頷いたのは穂刈である。

 

「でも穂刈くんが言った通り、今回はステージ選択で『市街地C』取れたからかなり有利だよ。柿崎隊と如月隊には狙撃手もいないし」

 

 オペレーターの加々美が元気づけるように半崎の肩をポンポンと叩く。

 

「はぁ……まあ、ダルいっすけど、がんばります」

 

 普段からダルいダルいと呟いている半崎だが、その言動とは裏腹に狙撃手の中でも特に練習熱心な一面があるのもまた事実。やる気になれば、ちゃんと仕事をするタイプである。

 荒船は空気を引き締めるために、軽く手を叩いた。

 

「今さら予習するまでもなく、如月の動きは頭に入ってる。注意すべきは上がり調子の柿崎隊。あとはいつも通りだ。やるぞ!」

「了解」

「了解っす」

「うん、了解」

 

 前回のROUNDの結果が振るわなかったせいで、荒船隊の暫定順位は14位。今はギリギリで中位に踏み留まっている状況だ。

 荒船隊も、今回の勝負を譲るわけにはいかなかった。

 

 

◇◆◇◆

 

 

「B級ランク戦ROUND2。全部隊、転送開始!」

 

 トリオンで構成されたバーチャル空間。快晴の青空から、10の光が尾を引いて市街地に降りていく。

 

「ステージは市街地C、天候は晴れ。こうして見ると、やはり南北にかけての高低差が目立ちますね」

「さっきも言った通り、シチュエーションは狙撃手有利。あとは転送場所次第だけど……」

 

 転送が終了し、観戦席の大型モニターにそれぞれの隊員の位置が表示される。それを見た加古は、僅かに首を傾げた。

 

「あら? 荒船隊が結構いい位置ね。特に半崎くんが一番高台に飛ばされたのが大きいわ」

「こりゃ、他のチームは早く狙撃手を押さえないとしんどいぞ~」

 

 初期配置の中で最も高台に転送されたのは、荒船隊の半崎。次いで、同じく荒船隊の穂刈に、如月、甲田、荒船……といった順。柿崎隊は柿崎と巴の2人がまとまって転送されたので、まずは合流する流れで動いているようだ。序盤にチームの合流を目指すのはランク戦の鉄則だが、包囲狙撃を戦術に組み込んでいる荒船隊はその限りではない。むしろ、ばらけて転送された方が好都合と言える。

 

「まずは荒船隊の3人がバッグワームを起動。如月隊の3人と、柿崎隊の照屋隊員もバッグワームを使って身を隠した!」

「柿崎隊は照屋ちゃんの方が高台に近いからね。ちょっと博打になるけど、単独行動で狙撃手を抑えにいくつもりなのかな?」

 

 大雑把に分ければ、北の高台に荒船隊と照屋。南の低地に柿崎隊の2人。如月隊はそれぞれ別行動……といった具合か。

 加古は目を細めて、頬に指を当てた。

 

「如月隊の動きが読めないわね。全員が合流するつもりもないようだし……如月くんと甲田くんはもう走ってるけど」

 

 画面上では、忙しなく動いている如月隊のアイコンが2つ。グラスホッパー持ちの龍神と甲田である。とはいえ、迂闊に飛び上がれば狙撃のいい的になるのは明白だ。狙撃手の役割は敵を仕留めることだけではない。撃たれるかもしれない、という意識は、こうした場面でも大きな圧力を生む。

 

「最初に仕掛けるのはやっぱ荒船隊ですかね? ステージも転送位置も荒船隊に味方してますし」

「犬飼くん、そんなこと言いながら予想通りの展開にならないのを楽しみにしてるでしょう?」

「ありゃ、バレました?」

「だって、顔がニヤけてるもの。だから影浦くんに性格悪いって言われるのよ?」

「いや加古さん。今それは関係ないでしょ!?」

 

 めずらしく慌てた様子になる犬飼を軽くあしらい、加古は再びモニターを注視する。

 どのチームにも、まだ目立った動きはない。静かな立ち上がりだ。交戦を開始した場所、もしくは攻撃を仕掛けた側から、荒船隊の注目を集めて狙われる展開になるだろう。

 ならば、最初は迂闊に仕掛けず、様子見しながら動くのが定石だ。

 

「あー、この流れはしばらく身を隠してにらみ合い、って感じかなぁ」

「いえ、そうでもないみたいよ」

「ん? どういうことですか、加古さん」

「画面の右端、見て」

 

 だが、定石を考えない馬鹿にそんなことは関係ない。

 

「あれは……?」

 

 高低差のある市街地。その中腹にあたるマンションの屋上に、1人の少年が立っていた。如月隊の中で唯一『バッグワーム』を起動していなかった彼は、代わりに両手でとある『武器(トリガー)』を起動する。

 

「やっぱり如月くんのチームは……派手なのが大好きね」

 

 

 

 

 

 開戦の合図になった最初の攻撃は、上空から降りかかる爆撃だった。

 耳を裂く轟音。至近距離で炸裂した爆発から身を守るために、荒船は陣取っていたマンションの屋上から飛び降りた。

 

「加賀美! これは……」

『如月隊よ! 多分、銃手用のトリガーを使って『炸裂弾(メテオラ)』を撃ち込んでいるんだと思う!』

「ゾエみたいなことしやがって……」

 

 吐き捨てながらも身を隠し、体勢を立て直す。

 予想外の展開だ、と荒船は思った。狙撃ポイントに適した高所を狙った、連続爆撃。開戦序盤、狙撃手に高台を取られる前にそれらを潰してしまおう、という判断は決して間違いではない。間違いではないが……些か、目立ち過ぎる。

 

(自殺行為もいいところだろ)

 

 影浦隊の北添尋も似たような戦法を使うが、それは彼のチームメイトに『狙撃が効かない隊長』と『1万ポイント越えの中学生狙撃手』がいるからだ。『適当メテオラ』と揶揄されるこの戦法は、乱戦をメインにするチームが使ってこそ真価を発揮する。如月隊も、どちらかと言えば影浦隊に近い性質のチームだとは思うが……

 

(忘れてんのか? こっちには狙撃手が3人いるんだぜ)

 

 こんな攻撃は、狙撃手からしてみれば「狙ってください」と言われているようなものである。

 

「穂刈! 半崎!」

『メテオラバラ撒かれるのはダルいっすね』

『仕留めるか、アイツから』

 

 チームメイトからの応答を確認。荒船は弾丸の発射地点と思われるマンションに向けて『イーグレット』を構え、スコープを覗き込んだ。案の定、屋上には影浦隊の北添が使用しているのと同型の『撒弾銃』を抱える少年の姿がある。たしか、早乙女という名前だったか。データのポジションは射手だったはずだが、今回の対戦に合わせてトリガーセットを変えてきたのだろう。

 しかし、それが仇になった。慣れない武器(トリガー)を使おうとするからだ。

 

「丸見えなんだよ!」

 

 荒船は躊躇なく引き金を引き絞り、それに合わせて穂刈と半崎の狙撃が目標に襲いかかった。

 通常のシールドでは防げないイーグレットの狙撃。それが合計3発分。たった1人で屋上に立つターゲットに、防げるはずもない。

 

 だから。

 

「…………なっ!?」

 

 ガギン!と。

 イーグレット3発分。それら全ての狙撃が『シールド』にはじかれたことに、荒船は両目を見開いた。

 

『はぁ!?』

『防がれたな、全部』

 

 半崎と穂刈の声が、通信機越しに響く。

 あり得ない。

 狙撃を先読みしてシールドを一点に集中するような、ピンポイントの防御を行えば、確かにイーグレットの弾丸を防ぐことはできる。が、早乙女が立っていたのはどこから狙撃が飛来するか分からない屋上。ましてやまだ1発も撃っていない荒船隊の場所を、彼は知らない。ピンポイントで防御するのは絶対に不可能だ。

 

「ちっ……とにかくもう1発」

 

 ブチ込んでやる、と言いかけた荒船は、早乙女の手の中にキューブが浮かぶのをスコープ越しに見た。

 

「……野郎っ!」

 

 直後、拡散、爆発。

 狙いがつかなくてもあるいは……と、荒船は2発目を撃ち込んだが、その弾丸は空を裂くだけで終わる。

 『擲弾銃(グレネードガン)』だけでなく、通常の射手(シューター)用の『炸裂弾(メテオラ)』も持ち込んでいたのだろう。爆発による噴煙を煙幕代わりにして、早乙女は姿をくらませていた。屋上の床に穴を空けて屋内に逃げたのだとしたら、狙撃で狙うのはもはや困難だ。

 

「やってくれるな、ルーキー……」

『荒船くん!』

「どうした加賀美?」

『レーダーを見て!』

「レーダーか? 言われなくても今確認して……」

 

 確認してすぐに、荒船は気がついた。

 自分達の狙撃を防ぎきった、先ほどの防御の『タネ』に。

 そして、自分達がまんまと釣り出されてしまったことに。

 

 

 

 

「戦端を開いたのは如月隊! 影浦隊の北添隊員が得意とするメテオラ爆撃でフィールドを荒らしまわる!」

 

 静かな立ち上がりから一転。如月隊が起こした派手なアクションに、場内の空気もにわかに活気づいていた。

 

「ちゃんと狙撃ポイントになりそうなビルを下調べしてたみたいね。これで荒船隊はちょっとやりにくくなるわ」

「さすがにゾエと比べると取り扱いにあらがめだちますけどね。ていうか、それよりもすごいのはあの包囲狙撃をしのいだことでしょ」

「はい。早乙女隊員が荒船隊の狙撃を防いで逃げ切りましたが……加古さん、これは?」

「早乙女くんが、荒船隊の狙撃を防ぎきれた理由は2つよ」

 

 予想外の事態に盛り上がる場内とは対照的に、加古望はあくまでも淡々と言葉を連ねていく。

 

「まず第一に、シールドを、自分自身を取り囲む『固定モード』で使用したから」

 

 ボーダーの防御用トリガー、『シールド』は出し入れ自由かつ、形状変化も自由自在。防御力はその展開面積に応じて変化し、約25メートルの範囲内なら好きな場所にシールドを張ることができる。

 そんな自由度の高さが売りの『シールド』だが、展開位置を限定する代わりに防御力を上げる機能も有している。それが『固定モード』である。一定の場所に陣取って使うにはまさに最適と言える使用法だが、それだけで荒船隊の狙撃を全て防ぎ切ることはできない。

 

「そして……もう1人が荒船隊に気づかれない位置からシールドを重ねがけして、早乙女くんをカバーしたから、ね」

 

 故に如月隊は、裏にもう一枚。相手の意表を突く奇策を噛ませたのだ。

 

 

―――――

 

 

「あっぶねぇ……」

 

 屋上の床を爆破し、階下に飛び降りた早乙女文史はホッとため息をついた。最後に放たれた一発、おそらく勘で撃ってきたのであろう弾丸が、右肩ギリギリのところを掠めていた。ただの掠り傷だが、うっすらとトリオンが漏れている。せっかくあの狙撃の雨から生還したのに『偶然でやられました』では笑い話にもならない。

 そうでなくとも危険な囮役……しかも、まだ慣れていない銃型トリガーを使っての奇策である。トリオン体の体でも、まだ心臓がバクバクしているのが自分でも分かった。

 

「おう! 大丈夫か早乙女!」

「丙……」

 

 爆風で噴き上げられた煙のカーテンの向こう側から、チームメイトがひょっこりと顔を出す。

 

「大丈夫か、じゃない。あんな狙撃に晒されて、生きた心地がしなかったよ、まったく」

「でも、オレの『両防御(フルガード)』のタイミングは完璧だったろ?」

「まあな」

「じゃ、はやくここからトンズラしようぜ」

 

 バッグワームを起動しながら、丙は肩を竦めて笑う。

 

「敵さんも、"お前の下にオレがいた"ことに気づいてるだろうしな」

 

 

―――――

 

 

「……丙隊員ですね」

 

 三上の問いに、加古は頷いて答えを返した。

 

「ええ。ボーダーのレーダーは高性能だけど、捕捉した対象がいる場所の高低差までは分からないわ。荒船隊からしてみたらびっくりでしょうね。1人しかいないと思っていた場所に、"2人の隊員がいた"んだから」

 

 加古の言葉通り、ボーダーのレーダーは対象の高低差までは掴めない。マンションの屋上にいようが、マンションの1階にいようが、平面で表示される位置情報には同一の地点にいるように表示される。

 

 ――つまり、2人が1人に見える。

 

 タネさえ割れれば、単純極まりない仕掛けである。

 『炸裂弾』による爆撃を行う前から、早乙女の下には丙が待機していた。互いの位置を調整して重ねれば、丙がバッグワームを解除してもそのトリオン反応は早乙女のものに誤認され、相手は丙の存在に気づけない。遠慮なく、両手のトリガーで早乙女を守るための『両防御(フルガード)』を展開することができる。

 転送当初、バッグワームでレーダーから消えたのは、爆撃を行った早乙女以外の3人。当然、早乙女以外の3人の位置を荒船隊は把握できていない。まさか荒船隊も、屋上で『炸裂弾(メテオラ)』をばら撒いている隊員の下にもう1人いたとは、夢にも思わないだろう。

 

「狙撃手のこわいところは、どこから攻撃が飛んでくるか分からないこと。特に、開戦直後の最初の1発。狙撃手がいる方向すら分からない攻撃手や銃撃手は、どこから狙われるか神経を尖らせながら動かなくちゃいけないわ。特に射手なんて、両攻撃の態勢に入った瞬間にズドン、なんてパターンもあるわけだし」

「だから如月隊は、隙だらけの攻撃で荒船隊を釣り出した、と?」

「そういうこと。撃ったら移動するのは狙撃手の鉄則だけれど、これで荒船隊は全員のある程度の位置が割れてしまったもの」

「しっかし、リスクデカすぎじゃないですか? どこに狙撃手がいるかも分からないのに、あんな目立つ場所でおとり役になるなんて……」

「そうねぇ。普通なら、もう少し時間をかけて狙撃手の居場所を割り出すでしょうし、そちらの方が絶対に安全で確実だわ」

 

 でも、と言葉を繋げて、加古は艶っぽい笑みを浮かべる。

 

「どこから狙撃がくるか分からないっていうのは、言い換えれば、どこからでも狙われるということよ。あんな絶好の場所にいる獲物、狙撃手なら逃さないに決まってる。最初に1人、確実に仕留めたいっていう意識もあったと思うけど……事実、荒船隊は全員が釣られたでしょう?」

 

 理屈の上できちんとこの作戦の利点を説きながら、ついでに『こちらの方がおもしろい』と、加古は表情で主張していた。

 あきれたように頭の後ろで腕を組んで、犬飼は口笛を鳴らす。

 

「いやぁ、ウチの隊長はこんな博打を打つような真似、絶対に認めないでしょうけどね」

「だから二宮隊は頭が固いのよ」

「まあまあ、お二人とも」

 

 軽口を叩き合う加古と犬飼の間に、三上が割り込んだ。

 

「如月隊が仕掛けたのは確かに大博打……でも、それだけじゃありませんよね?」

「ん?」

「どういうこと、歌歩ちゃん?」

「シールドの展開距離は約25メートル。確かに距離と位置を正しく掴めば、天井や床などの障害物越しにシールドを張ることもできますが……それを実際にやるとなると」

「正確なオペレートが必須になる、か」

 

 納得したように犬飼が呟く。

 博打を打つだけの胆力と、それを実際に成し遂げる高い実力。

 

「なるほど……この作戦、如月くんだけじゃできなかったかもね」

 

 加古は画面の先、さらにその先にいるであろう『彼女』を見据えた。

 お馬鹿な隊長や、自分が面倒をみた後輩にばかり興味が向いていたが……どうやら如月隊には、優秀なオペレーターがいるらしい。

 

 

―――――

 

 

『あ……今わたし、誰かに誉められた気がする』

「気のせいだろう」

 

 江渡上紗矢の呟きをばっさり断ち切って、如月龍神はバッグワームを脱ぎ捨てた。

 早乙女に遠距離攻撃が可能なグレネードガンを持たせ、狙撃ポイントを優先的に潰す……と見せかけた囮作戦。イチかバチかの策だったが、どうやらうまくいったらしい。

 

「ファング2とファング3は?」

『解析した弾道から、もう退避ルートは送ってあるわ』

「うむ、流石だな。優秀だ。誉めてやる」

『……どうしよう。これっぽっちも嬉しくないんだけど』

 

 戦闘中とは思えない言葉を交わしながら、しかし全速力で龍神は駆ける。

 解析された弾道から、敵の大まかな位置は予測できる。その上でさらに計算された、安全なルートが紗矢から送られてくる。

 多少、飛んだり跳ねたりしても問題ないルートだ。

 

「よし――」

 

 サブトリガーの『グラスホッパー』を起動し、跳躍。そのまま空中で『テレポーター』を使用し、さらに距離を短縮。民家の屋根から屋根へ。トリオン残量が気にならない範囲でふたつのオプショントリガーを使い分けながら、高低差のある住宅街を一気に駆け抜けていく。

 

「――みつけた」

 

 そして龍神は、バッグワームを着た背中を眼下に捉えた。

 

「……旋空弐式」

「……っ!」

 

 龍神がメインのバッグワームを解除したのと、相手が龍神に気づいたのはまったくの同時。

 龍神が孤月を抜いたのと、相手がイーグレットを構えたのもまったくの同時。

 

 

「『地縛』」

 

 

 だが、イーグレットから飛び出した銃弾は龍神に命中せず、黒い刃から放たれた斬撃だけが敵を切り裂いた。

 利き腕を落とされた相手はイーグレットを取り落とし、大きく態勢を崩す。膝から先がなくなった右足ではバランスを取ることすらできず、彼はそのまま倒れこんだ。地面に着地した龍神は、自然と顔見知りの彼を見下ろす形になる。

 

「……やってくれたな、如月」

「悪いな、穂刈さん」

 

 地面を舐めるように、孤月を一閃。

 

「もらうぞ、1点」

 

 倒れこんだ状態で落とされた穂刈の首は、転がるように胴体からずり落ちた。

 

『緊急脱出(ベイルアウト)』

 

 まずは1人。

 狙い通りに狙撃手を落とせたことに安堵しつつ、龍神は紗矢から送られてきたデータを再確認する。そして考える。

 次に狙いたいのは、荒船隊の中でもっとも命中精度が高い半崎。近接戦もこなせる荒船は最後でいい。狙撃手の数を減らしさえすれば、他のチームに比べて人数で勝るこちらが有利になる。あとは柿崎隊と正面から実力勝負をするだけだ。

 

 

 ――――そう思っていたのだが。

 

 

「まさか、自分から前に出てくるとは思わなかったぞ」

 

 振り向いた龍神は、ゆっくりと近づいてくるその男にむかって話しかけた。

 弾丸を撃ち合い、ブレードで斬り合う。仮想空間とはいえ、疑似的な命のやりとりを行うのがランク戦という場だ。普通なら言葉を交わしている余裕などないが、べつに相手と話すことを禁じられているわけではない。

 

「自分から前に出てくるとは思わなかった? そりゃ、お前の予想が甘いだけだろ」

 

 すでにバッグワームを解き、攻撃手の間合いまで近づいてきた彼の手にあるのはイーグレットではない。龍神と同じ、攻撃手用ブレードトリガー『孤月』だ。

 

「調子にのった後輩をぶった斬るのは、先輩の役目だ」

 

 彼らしい不敵な笑みを浮かべながら、荒船哲次は抜刀する。抜き放たれた孤月の白い刀身が、日の光を受けて鈍く輝いた。

 

「……やれやれ」

 

 やはり、全て作戦通りというわけにはいかないらしい。

 

 




前回いただいたカバー裏の別バージョンをいただきました。龍神のコートがイメージイラスト仕様に変化。ありがとうございます!


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