「銃が使えない……」
今まで無尽蔵に供給されていた弾薬が、シェアの消失により突然消え去ってしまった。
トライユの手元に残ったのは、もはや単なる重りにしかならないハンドガン二挺と超次元で取り返したショットガンだけ。ショットガンの弾も、もちろん切れている。撃てる代物ではない。
「とらいゆ……」
「ピーシェちゃん――悩んでたってダメだ! ピーシェちゃん、厨房……ご飯作る場所はどこか判る!?」
「うん! こっち! とらいゆはぴぃがまもる!」
勇ましい台詞と共に駆け出したピーシェ。すぐにトライユもあとへ続き、道すがら銃を身に付けたホルスターへと戻した。
普段なら――シェアエナジーがあれば、ホルスターに入る銃は次元間に収納される。エルスタトリガーや、トライユが普段のファイブセブンのみならず、デザートイーグルやら諸々を引っ張り出せるのはそのお陰。しかし、今はすっぽりと銃が納まってしまっている。他の銃を呼び出す事も出来ない。
結局、今彼女の武器は十次元での取り締まりに使っていた体術、それからピーシェによる援護のみ。ただの少女と変わらなくなってしまったトライユにとって、ピーシェの援護は特に重要だ。バイオなハザードが起きた街を、ナイフ一本どころか素手で切り抜けなくてはならないような状況なのだから。
「てぇい!」
ピーシェによってバラバラに砕かれるビット。その最中、トライユに預けられている携帯電話が振動した。
すっかり存在は忘れ去られていたが、今になってようやく重要な役割を果たすときが来たということか。
『トライユ、無事!?』
「アイエフさん? 私は無事です。これから厨房に向かいます! 女神化が出来なくなって、代わりに何かしら手を考えます!」
『いやいや、なんでそれで発想が厨房にいくのよ!? っていうのは一先ず良いにして、今そっちにプルルート様が向かったの。見掛けなかった!?』
アイエフの声は殆ど叫んでるに等しく、電話の声はピーシェにも漏れ聴こえていた。
それを察するトライユは、辺りを警戒するピーシェへ視線を投げる。ふと視線が結ばれて、トライユの意図を汲んだピーシェは静かにかぶりを振る。
同時に、嫌な予感がしないでもない気がしたトライユ。
「アイエフさん、もしかすると教会……崩壊するかもしれません」
『冗談言ってる場合じゃないわ……って、どういうことよ?』
「プルルートさんはまだ見掛けていませんし、私たちも結構フロアを下りましたけどすごい敵で――もしかすると……」
トライユの言葉を遮るように、侵入してきたビットが通路に飛び込んで盛大に大破した。
こつり、こつりとヒールの音を立てて現れたのは予想通りと言うべきかなんというべきか、アイリスハートだ。蛇腹剣を片手に、不満げに眉を潜めながらバラバラの破片を踏みつける。
「機械相手じゃ面白くもなんともないわよ。だって、鳴いてくれないんだもの。ねえ、トライユちゃん、ピーシェちゃん?」
『察したわ。でもプルルート様が居るなら、大丈夫そうね。行ける?』
「武器がありません。とにかく、私は厨房に。プルルートさん、ピーシェちゃんをお願いします!」
「はぁい。ホントのところ、トライユちゃんで我慢しようとしたけど――まあ、それは後に先延ばしするほど良いわよねぇ? 行きなさい、ここはあたしが上手くやっておくから」
アイリスハートの言葉を聞いて即座に頷いて駆け出したトライユは、アイエフとの通話で厨房の場所を聞き出す。
あとは、ひたすら駆けるだけ。とにかく急ぎ、急ぎ、息が切れて倒れそうになってもトライユは足を止めない。戦場に於いて、動きを止めることはイコール死を意味する。
平和な超次元で、人死になど出したくはない。その“人死に”がトライユ自身だと言うならば尚更だ。短い期間ではあるが、確実に彼女の死を悲しむ者はいるのだから死ぬわけにはいかない。
(でも、どうして突然こんなことに……。あの箱から出てきたモンスター? と同じものが、幾ら数を集めても国を襲撃しようなんて考えるかな)
厨房へ駆け込むトライユは、押し掛けてきた機械仕掛けのビット達の動向を考察し始める。
武器としては機械相手には心許ないが、各種包丁やフライパン、食事用ナイフやフォークなど、女神化出来ず、人間とほぼ変わらなくなったとはいえ普通の人間よりは圧倒的に優れた身体能力を持ったトライユにとっては、充分武器になりそうな物は揃っていた。
すぐさま位置を察知されたトライユをビットの銃撃が襲ったが、完全業務用とも言うべき巨大なキッチンを盾にしながらフライパン、ナイフ、包丁を纏めてゲット。
前転回避から素早く立ち上がったトライユは振り向き様に、ナイフを振りかぶってビットへ突き刺す。装甲に負けてナイフが折れるかと思いきや、いとも容易く突き刺さってビットは地面へ崩れる。
だが、仕留めたのは一体に過ぎない。すぐさま別なビットに発見され、トライユは慌ててキッチンへ隠れざるを得なくなった。
「くそぅ、銃撃が激しいなあ。これ、身を出したら蜂の巣になっちゃうタイプだ――」
ホルスターに収まったファイブセブンから、馴れた手付きでマガジンを抜き取るが、やはり弾は入っていない。補充もない。
少なからず持っていた希望は、容易く打ち破られる。超次元チートモードからの、突然のナイトメアモード転落はトライユの心を折りに来るには充分すぎる要素である。
だが、忘れてはならない。彼女は、一人で戦っている訳ではないのだと。
「トライユ! 使って!」
「――!」
突如として厨房に響いたのは、紛れもなくアイエフの声だった。一瞬金属を叩いたような音がしたかと思えば、銃撃は一時的に止む。
その隙にトライユは立ち上がり、飛んできた自動拳銃をキャッチする。
「私のなんだから、後できっちり返しなさい! ――ったく、どれだけ居るのよ!? また来たわ!」
「アイエフさん、キッチンに隠れてください! 仕留めます!」
銃撃の中聴こえた風切りの音で、アイエフが動いたと察知したトライユは受け取った拳銃の装填を確かめて、手元のフライパンを真っ直ぐ上へ放り投げる。
くるくるとバランスを崩したフライパンの面を狙い、トライユはアイエフの拳銃を発砲した。
フライパンが弾丸を受けて弾け飛び、更に銃弾はフライパンで跳弾。弾道を変えた銃弾はトライユを狙っていたビットを、正確に撃ち抜いた。これにはアイエフもビックリ。
「何やったのよ、アレ……」
「困った時の手、ですかね」
ゆっくりとキッチン台の陰から立ち上がった二人は、そんな風に余裕のやり取りを始める。
余裕を見せた理由は無論ある。アイエフが繋げたままにしていた携帯から、敵勢力排除確認の報告が届いたのだ。
戦闘は終了、損害こそ小さくはないがネプテューヌのゲームがジャンクになったり、プラネテューヌ市民への損害は無かった。あくまでも教会だけが襲撃され、警備兵や女神たちがそれを撃退したに過ぎない。
その後、拳銃を返したトライユは自室へ戻り暫しの休息。ピーシェたちも同じだ。だが、イストワール、アイエフ、ネプギア、当然のようにネプテューヌはそう簡単には休めなかった。
◇
再び電脳世界に呼び出された超次元プラネテューヌ組は、アイエフとイストワールの取り仕切る会議を開始していた。
だが、今回の襲撃事件は後。最初の議題は、トライユだった。
「十次元と、連絡出来たの?」
「いえ、十次元とは変わらず連絡は取れません。それどころか、トライユさんへ送られていたシェアエナジーが観測出来なくなりました」
「それって……トライユさんを信仰していた方が、居なくなったってことですか?」
ネプギアの発言には、全員が言葉を濁す。イストワールは、そうではないとかぶりを振るが十次元観測が上手く行かなくなってはそれが事実か否かも確かめようがない。
しかし議題はそこではなかった。アイエフが、素早く話を切り替える。
「それは一旦置いておきましょう。それより、この映像を見てほしいの」
アイエフが表示したのは、プラネテューヌ中心街の監視カメラ。映っているのは雑踏に紛れるトライユだ。皆が見ても、特段不自然な点は見当たらなかった。
「なにー? あいちゃん。とらちゃん画像フォルダ開示? 開示しちゃうのー?」
「違うわよ! いいから、今回は茶化さないで聞いて。もしかしたら、トライユからも詳しい話を訊かなきゃならなくなるわ。――最初に、ねぷ子に確認したいんだけど、トライユは“空から降ってきた”のよね?」
「そうだよー。危うくわたしが下敷きにされるところだったんだからねー! 下敷きはノワールの専売特許なのに!」
アイエフはさらりとネプテューヌの言葉を受け流し、続けた。
「結論から言うわ。この監視カメラの映像、トライユがねぷ子と出会う前の映像なの」
「またまたー! とらちゃんのそっくりさんがいたー、とかって話じゃないのー?」
「それなら良いんだけどね。ズームしてみると、今いるトライユと特徴は完全に一致してるの」
「つまり、トライユさんは十次元の住人じゃない……? ですか?」
「実は、三日ほど前に同じ映像を見せてトライユさんに見せました。ですが、答えは『私は十次元の女神』と。その眼に偽りは見えませんでした」
混沌を極める超次元情勢。目的地はルウィーになるのだろうが、トライユの正体に更なる謎が生まれた。
十次元から来たトライユ。更に、それより前に超次元で発見されたトライユらしき人物。だが、今のトライユは十次元の女神だと語り、偽りはない。
戦いを終え、すぐに集まったプラネテューヌ組の間には、長い長い沈黙だけが流れていた。