普段エルスタとシテスはバルコニーから国民を見下ろすように演説をしていた。だが今回は違う。パープルハートたちをバルコニーに残し、二人は宮殿正面――国民と同じ場所に降りた。
見渡せば広場から国民が溢れるほどに並んでいる。バルコニーから見れば、そのすさまじさはまじまじと理解できただろう。
エルスタは集った国民たちへ向け叫ぶ。
「皆には本当に心配を掛けた! そして何より、我らの国の窮地に不在となったこと――心から皆に詫びたい! すまなかった!」
エルスタはシテスと共に自らを見上げる国民の前で深々と頭を下げた。ゴミを投げ入れられるのも承知だった。だが、そんな物は一つも飛んでこなかった。代わりに返ってきたのは、喜びの歓声だった。
『エルスタ様が戻ってきてくださった! これで俺達は戦えるぞっ!』
『隣国の奴等なんて、俺達で押し返しちまおうっ!』
『エルスタ様! ずっとお待ちしておりましたっ!』
こんな都合の良い話があるのか、と頭を上げたエルスタは目を丸くする。だが集まった国民の全員が、真っ直ぐにエルスタへ期待の視線を向けているのだ。彼女の信用は、失われてなどいなかった。むしろ国民に投げ掛けられる言葉の一つ一つが、エルスタの力にすら変わるようだった。
「私、勝手な真似したんだね」
シテスがエルスタを逃がすための次元転送を詫びる。しかしエルスタはそんな彼女へかぶりを振って否定した。
「私が次元転送されなければ、私たちはもっと辛い戦いを強いられていた。隣国は強力だ、相当な苦戦になっただろうが――」
エルスタは上部バルコニーに集う女神たちを見上げて、叫んだ。
「聞いてくれ、我が同志達ッ! 私は、空けている間異国を旅していた。そして、友人が出来た。皆、私が信頼を置ける友人達だッ! 彼女達も、今回の防衛に参戦してくれる! 皆は不安かもしれない。だが、どうか彼女達と共にた戦ってほしい。そして、我が国の勝利で終わるッ! 今宵は祭りだッ! 友人達にも街へ出てもらう。今夜は皆で、戦いの士気を高めようではないかッ!」
より一層の歓声に湧く広場。そこへ、エルスタ達へ並ぶように女神達がゆっくりと降り立った。
「大丈夫ですの? お祭りだなんて、悠長なことをしていて」
「問題ない。それが、いつものヴァル・ヴェルデなんだ」
グリーンハートの問いにエルスタは自信満々に答えてみせた。ぞろぞろと帰っていく国民達、しばらくその動きを見ていると一部の国民が資材を抱えて広場へ戻ってくる。
組み立て始めたのは、出店だった。今夜は街全体が前夜祭となる、とエルスタは女神達へ語る。
□
夜になったヴァル・ヴェルデはきらびやかな灯りに包まれ、街は出店で溢れた。とても明日には銃撃戦になるとは思えない、明るい雰囲気の街中をネプテューヌたちは歩く。
最初こそ異物を見る様な目を向けられたが、エルスタの知り合いであることを改めて彼女に知らされ次第に馴染んでいった。
「まさか他にも女神がいるだなんて、思わなかったですよ……」
「私も同じだよ。なあ、ネプテューヌ?」
「私はたくさん見てきたつもりだけれど、そうね。ここまで異質な次元は見たことがないわ……」
街のビアガーデンでヴァル・ヴェルデ市民とノンアルコールジュースで杯を交わすネプテューヌ。唐突な市民の問いに、エルスタはネプテューヌへ話を振る。
ネプテューヌなら多数の女神を見てきたが、彼女にも十次元という次元は特異にも思えていた。
「どちらにせよ、明日を乗りきれば終わりだな。敵はブッ飛ばして良いんだろ?」
「投降しない者はな。遠慮なくやってくれ」
ホワイトハートもビアガーデンを歩き回る中、エルスタの傍へ寄ると戦斧を肩に担いで問う。
否定する理由はない。とにかく、戦って勝つのみだ、といった風にエルスタは答える。
そうして夜は更け、気付けば出店は街に無く嵐の前の静けさだけが国に広がっていた。
□
朝日の昇り始めたヴァル・ヴェルデ市内。街は広いが住民は誰一人として外出していない、そんな静かな朝だった。
エルスタ達は既に準備を済ませ、城にて待機。ホワイトシスターだけは、作戦準備に向けて外を飛び回っている。
緊張の高まる街。そこへ、拡声器を用いたような大きな声が響いた。
『私は神都カミィリアより参った使いである! カミィリア守護女神エルファ及び国王ルコの命により、ヴァル・ヴェルデの領地を賭けた戦争を申し込む!』
響いたその声に、エルスタは眉をひそめた。シテスもまた同様に、不機嫌そうに床を蹴る。
二人とも声には覚えがあった。否、今回打倒すべき敵がそれだった。
「大臣……すっかり、隣国の人間気取りか」
「ここまで来ると清々しすぎるわね」
国を裏切った大臣が、隣国の使いとして戦場に出張ってきた。神都カミィリア――ヴァル・ヴェルデを遥かに凌ぐ大国、それが今回の相手だ。
戦争前には必ず、こういった宣言を互いに行う。暗黙のルールであり破ること許されない。大臣もそれには則ったようだった。
「エルスタちゃん、終わったよー!」
「ほかの人には、罠に敵を誘うようにお願いしてある……!」
ホワイトシスター二人の帰還を以て、エルスタは静かに立ち上がった。戦争を始める為に、ヴァル・ヴェルデに忍び寄る手を振り払う為に。
しかしここで疑問を投げ掛けるブラックハート。納得のいかない部分が彼女にはあった。
「大臣はこの国を売り渡すために"話をしに"行ってたんでしょ? なんでそれが戦争になるのよ」
「恐らくは、向こうの女神に言われたんだろう。『あくまでも戦争で奪え』とでも――そういうヤツさ、向こうの女神は。大臣も手柄をたてれば、金の他に向こうでの地位まで手に入るかもしれないしな」
手元で返答の信号弾を用意しながら、エルスタは答える。ピストルを上へ向け、トリガーを引こうとしたその時部屋に置かれた無線機がビリビリとした音を上げながら、海岸警戒班の通信を届けた。
『こちら南方海岸警備! 相手の宣戦布告より先に、カミィリア所属の上陸船が接近しています! これじゃ相手の違反だ!』
「なんとなく判ってたが、向こうはマトモな戦争する気ねぇぞエルスタ!」
ホワイトハートに言われてか否か、エルスタは無線に答える形で口を開く。
「南方の部隊はTOWを放て。相手の生死は報告せよ」
『りょ、了解!』
「本当にあのミサイルを撃つつもりですの? もしあなたの仰った通りに、加護がなければ……」
「死ぬだろうな。だが、向こうが放ったんだ……仕方ない」
女神の加護により、少なくともヴァル・ヴェルデとカミィリア間の戦争には人死にはない。だがそれが無ければ、大臣の勝手な戦争ならば死ぬ可能性もある。
エルスタはそれを承知で、海岸警備班にTOWを撃たせた。
『……敵兵、姿無し。船は大破、飛び込んだ痕跡もありません。加護は掛かっているようです』
「ならばエルファは承知なのか……? 馬鹿な、アイツがこんな姑息な手を――いや、話は後だ。開戦だ皆、行くぞッ!」
シテスは自慢のボルトアクションライフルを抱え城を飛び出し、超次元の守護女神たちはそれぞれの持ち場へと飛び去る。
エルスタは信号弾を放ち、大臣へ叫んだ。
「その戦い、受けて立つぞ! 裏切った報い諸とも受けるがいいッ!」
城のバルコニーを飛び降り、設置兵器を起動したエルスタは街の中へと消えていく。
居なかった筈の市民たちも建物から飛び出し、街は一瞬にして騒がしく変わった。ヴァル・ヴェルデ防衛戦――最後の戦いが始まった瞬間だった。