「連れていきなさい」
エルファの声で、兵士達は大臣を連行しようと動き出す。
「待て、エルファ!」
それを制するのは、エルスタだった。拳銃を片手に――だがそれを敵であるカミィリアの者達に向けられないまま、声だけを張り上げる。
「待たないわよ。こいつにはこっちでの罪状もあるの、悪いけど早く引き上げさせてもらうわ」
「だが……」
「前から、あなたみたいな女神が嫌いだったわ。優しすぎる……だから、大臣を疑いきれなかった。シテスは先に気付いて、あなたを話の外に放った。意味は分かるわよね?」
すべて図星だった。サバゲーの国ヴァル・ヴェルデの女神にしてはエルスタは優しすぎると。軍備をほぼ無くし、戦争よりもゲームとしての『遊びの戦争』を選んだ。
第三国事件で手を血に染めたあとは、彼女はそれを引き摺り続けた。エルスタはやはり、甘いのだ。女神――否、戦士として。
「もういいかしら? いくわよ」
エルファはエルスタの事などまるで気にすることなく、片手で大臣を引き摺ったままカミィリア兵士を先頭に林道を戻ってゆく。
「ええい、離せッ! 私はこの程度では終わらん……ッ!」
暴れる大臣を力で捩じ伏せても、大臣は諦めない。痺れを切らせたのかエルファは大臣を道路脇に蹴り飛ばし、うつ伏せの背中を踏みつけて.45口径オートマチックを向けた。
不気味に輝く.45口径、その先に線で結ぶように大臣の後頭部がある。女神の加護は無い、撃たれれば大臣は死んでしまうだろう。
呼応するようにエルスタがファイブセブンを構え、女神たちも臨戦態勢に入る。
「もう面倒ね。こういう奴って、蛇みたいにしつこいし殺しちゃっても良いのよ」
かきん、とエルファが拳銃の撃鉄を親指で叩き起こす。一方のエルスタは、銃を向けても何を撃つべきか分からないでいた。威嚇射撃に驚くエルファではない。だが体当たりするよりも早く、彼女は引き金を引く。そういう女神なのだ、エルファという女神は。
(くっ……)
リスクだらけのターゲット。だが、殺しだけはあってはならない。エルファはもう引き金に指を掛けている。時間はない。
「さよなら、愚かな愚かな大臣さん」
ゆっくり引かれてゆく引き金。そして、けたたましい銃声が集まっていた鳥達を逃がしていく。
ばささ、と羽音が辺りを包んで次第に鳥の鳴き声も遠くへ消えた頃、女神たちそしてカミィリア兵士たちもその目を疑う。
硝煙を上げていたのはエルスタのファイブセブン。エルファの.45口径は銃撃によって弾き飛ばされ、少し離れた場所に転がっていた。
手首を押さえ、暫し黙りこむエルファ。ブロンドのツインテールが海際の潮風に揺れ、その目は拳銃を構え続けるエルスタを横目に睨み付けていた。
「……エルファ」
「大臣、これで解った? 貴方が裏切った女神が、どれだけ出来ていたか。優しかったのか」
体勢はそのままに、エルファは痛めた手首の調子を確かめながら続ける。
「今の状況でエルスタは私の銃を撃った。私を撃つことも、憎むべき貴方を私より先に殺す方が簡単なのに――よ。だから私は、エルスタの国を攻め落とそうとは考えなかった。こういう性格の女神ほど、後が恐いから。わかる? 大臣。貴方はエルスタに助けられたのよ」
「エルファ……お前、まさか」
それだけのために、憎まれ役を演じたのか? だが、エルスタの問いに彼女は答えなかった。
エルファは返答の代わりに大臣の背中から足をどけ、拳銃を拾い上げると大臣の頭の近くへ一発放つ。土煙を上げて着弾を示すそれは、エルファが間違いなく大臣を殺す気だったということ。フェイクでなく、間違いなくエルスタが大臣を救ったという証だった。
とはいえそれはエルスタに防がれたが、彼女にはそれも悪い気はしないらしい。.45口径をホルスターに収めると再び大臣を引っ張り上げる。
「これで、いいわよね? 傍聴席位は用意してあげるから大臣は一旦借りるわよ」
エルファはそれだけを言うと立ち去ろうとしたが、最後に足を止めて今度は女神たちへ語る。
「そうだ。次元跳躍の女神達――早くしないと、帰れなくなるわよ?」
「どう言うこと? 説明してちょうだい」
パープルハートが問うと、エルファは背中を向けたまま語った。
「次元跳躍なんて、簡単にするものじゃないわ。特にあなた達は女神でしょう? 世界に及ぼす悪影響は大きい筈よ」
「しまった……! シテス、装置はまだ動くな!?」
「一週間以内ならフルパワーで動くわ。まだギリギリ行ける筈」
「すまない、皆。本来なら祝杯なり休息なりを取って然るべきなのだが……時間はない。皆は、皆の国へ戻るんだ」
カミィリア国が去ったあと、エルスタは女神達の意見も無視して城へと飛び去ってしまった。
いずれ来る別れが、こんなにも唐突でいいのか。だが、この次元は既に『ゲイムギョウ界』ですらないのだ。これ以上の滞在が、どんな悪影響を及ぼすかは未知数だった。
城では既にシテスが過去に使用した次元跳躍装置が起動している。大理石の床に白い魔方陣が輝いていて、装置と言う割りには魔術のようだった。
「本当に急なんですね……こんな、お別れ――」
パープルシスターが斜を向く。皆が皆、珍しく同じ意見だっただろう。本来なら、もっとゆっくり別れを惜しむ時間もあった筈なのだから。
「そうだな……。私も、そう思う。あれだけ世話になった超次元に、私は何も返せていない」
「でも、また会えるんでしょう? エルスタ。だったら――」
「すまない、ネプテューヌ。それは無理だ」
ネプテューヌの希望は、エルスタ本人がばっさりと切り捨ててしまった。
「ここはゲイムギョウ界じゃない、全く別な世界だ。私たちは私たちの世界がある。私がいた記憶も、無くなる」
「エルスタ! それは言い過ぎよ! 別に今言わなくても……」
「どうせいずれ知るんだ、変わらない」
今別れれば、ゲイムギョウ界の皆がエルスタやシテス達のことを思い出すことはないと彼女は語る。だが、それは送り出す当人にとっても辛いことだった。
迷惑をかけただけで、自分がいた証は何一つ残せないのだから。だから、記憶が消えても残るものを、エルスタは用意した。
「ラステイションの皆、前に来てくれ」
エルスタの言葉で前へ一歩踏み出すブラックハートとブラックシスター。
「プラネテューヌの次に世話になったのは、ラステイションだったな。本当にありがとう」
「ほんとよ。もっと感謝しなさい、このブラックハート様の力を借りれた事をね」
「あたしは、銃が好きな人に会えて……少し嬉しかったのかな。迷惑だなんて感情、もう最後には消えてたから」
「ありがとう。二人には、これを託すよ。記憶を無くしても、どうかおぼろ気でも良い……私がいた証にしてくれ」
エルスタがブラックハートに手渡したのは、バリスタと名付けられたボルトアクションスナイパーライフルだった。微かにだが、エルスタのシェアエナジーを帯びているのを二人は感じた。
エルスタは更に続けていく。
「ルウィーの三人は、これを」
「てめぇ……体格見て選ばなかったろうな? ――悪い、冗談だ」
「ルウィーには迷惑を掛けたからな。それに拳銃は最も重要な装備だ、妹達をその拳銃のように守ってあげてほしい」
ホワイトハートに渡されたのはエルスタが愛用していたファイブセブンピストルそのものだった。エルスタの言葉に、ホワイトハートは当然だと返し魔方陣へ入っていく。
「ベール、ゲームの売り上げはどうだ?」
「口コミで広がりつつありますわ。ですが、悲しいですわね。記憶がなくなるということは、あなたの協力もなかったことになるということ。ですが安心してくださいまし、必ずやリーンボックスがシェアトップに立って見せますわ」
「頼もしいな。ベールには、これを」
手渡されたのはP-12ショットガン。リーンボックスでの事件でも、この手の銃を手にしている。
「必ず、部屋に飾らせていただきますわ。例え忘れてしまおうとも……」
「ああ、頼む」
ベールも魔方陣へ入り、残るはプラネテューヌの三人となった。
「プルルート。お前にはなかなか苦しめられたな」
「あらぁ? 望むなら今からでもいいのよ? 最後に一度くらい、苛めてみたかったわぁ……」
エルスタは苦笑を浮かべつつ、手元に異形のサブマシンガンを呼び出す。P90と呼ばれるそれは、アイリスハートには少し不似合いかもしれない。
だが彼女は満足したように、魔方陣へ足を踏み入れた。
「最後だな。ネプテューヌ、ネプギア」
「本当に、急なのね。しかも記憶まで消えるなんて――あんまりだわ、こんなの」
「なんとか消えないようにする方法はないんですか?」
パープルシスターの問いに、エルスタは伏し目がちにかぶりを振る。
「プラネテューヌには、本当に世話になった。私は、絶対にあの世界で体験したことを忘れない。ゲームも、空気も、夜の景色も――ネプテューヌ、お前にはこれを渡す。部屋には合わないだろうが……」
パープルハートに手渡されたのは、エルスタの半身ともいえるミニミ軽機関銃。ずしりとした重さがパープルハートの腕にのし掛かった。
「確かに、合わないわね。でも、大事にするわ。記憶が消えたとしても、絶対に――絶対に忘れない」
「お姉ちゃんに同じです。絶対に、エルスタさんが居たことは忘れません」
「本当にありがとう、皆……。急に現れて、急にいなくなること……許してほしい。共に国を守ってくれて、本当にありがとう」
シテスがパープルハート達の魔方陣侵入を確認すると、スイッチを跳ね上げる。
魔方陣を囲うように立ち上った光の柱が、ヴァル・ヴェルデの空を貫く。最早どちらも触れることは叶わない。
「さらばだ、異国の友よ。本当に、楽しかった」
エルスタの言葉が届いたのかはわからない。気付いた時には、女神達はそこに居なかったのだから。
戦争は終わった。日が暮れ始めたヴァル・ヴェルデの空を見上げ、エルスタは遥か異国の友を想う。二度と叶わぬ再会と知りながらも、想わずにはいられなかった。
□
超次元では、だだっ広い草原に皆が寝かされていた。最初に目が覚めたのはノワールだ。
「なんか……すごく長い夢を見てたような――って、なんで私こんな場所で寝てるのよー!? え? 私、今まで何してたの!?」
混乱するノワールをよそにベール、ブラン、ロムにラムと次々と目を覚ましていく。
その女神達の手には、軍が持つような銃火器が握られていて余計な混乱をすら招く。ユニは虜のようだったが。
「ですが、良くできていますわね。わたくしの国で、より質の高いアップデートに使えそうですわ」
「たくましいわね……ベール」
「……」
「お姉ちゃん?」
ネプテューヌは手元の軽機関銃をじっと見つめて、珍しく黙りこくっていた。不安に思ったネプギアが顔色を窺うと、ネプテューヌは決心したような顔つきで空を見上げる。
「わたしは持って帰る。この銃には、きっとわたしたちが無くしちゃった何かがあると思うんだ。だから、わたしはこれを持って帰るよ! ネプギア、運ぶの手伝ってね」
「あ、うん! じゃあ、私たちは先に……」
超次元、ゲイムギョウ界。夕暮れに染まる中一人、二人――また三人と草原から消えていった。皆、正体不明の銃を握りしめて。
何があったのか、考えるのはあとだ。とにかく帰って休みたい。その意志だけは、皆合致していそうだった。
繋がっていそうで繋がることの無い空。それでも、きっと奇跡は起こる筈。皆が、そう思わないだけで……。
十次元編~おしまい~
□
十次元、ヴァル・ヴェルデ。シテス国王は遥か数ヵ月先の仕事まで仕上げて、武器庫から武器を漁る。拳銃、ライフル、狙撃銃、散弾銃、サブマシンガンと持てるものは全て持って、リュックには魔法の弾薬箱をセットした。
彼女は個人的に引っ掛かることがあったのだ。依り代にした『トライユ』である。一度、自らの目で見てみなくては安心できない。確かに危険な次元跳躍ではあるが、すぐに戻る。そのつもりで彼女は次元跳躍装置のスイッチを入れた。
(きっと、大丈夫だとはおもうけど。でも、他にも気になることはあるし……)
真っ暗な城内を眩い光が照らしたかと思えば、シテスは消えていた。彼女は目指す。納得のいく別れのために、自らの勝手に巻き込んだトライユに会うために。
目指すは、超次元ゲイムギョウ界だ。
セカンドステージ~スタート~