【完結】BARナザリックへようこそ   作:taisa01

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桜花聖域の情報はほとんど無いので、多くが妄想の産物です。



サプリメント6 4月の花見

 4月になると無性に桜を見たくなる。

 

 理由は?と問われれば、特に無い。

 

 ただ、あの白く赤い花びらの舞う姿が見たいから。酒があれば、なおすばらしい。

 

 そんな時、店の常連の一人であるヴァンパイアから面白い話を聞いた。至高の方々に立ち入りを

禁止された八層に、この世のモノとは思えない美しく咲き誇る桜があるという。

 

 だが、私は諦めることができなかった。

 

 毎年、四月になると一度だけ階層ゲートの前に行く。そして八層に移動出来ないことを確認し、仕事場に戻る。そんな過ごし方をしていた。

 

 しかし、一度だけ。

 

 そう、一度だけ八層に移動することができた。その時のことを私は忘れない。あの時数十年ぶりにみた桜の美しさ。あの時、交わした言葉。あの時、飲んだ酒の味。

 

 モモンガ様がアインズ様になった今でも、忘れていない。

 

 

******

第九層 BAR

 

 ナザリック地下大墳墓。

 第九層のBARは、今日も客をもてなす。けして広い店ではないが、客は種類に富んだ酒と食事、そして会話を楽しむ。

 

「バーテンダー。先日、エ・ランテルで花見に誘われたのだが、どのようなものか知っているか?」

「花見ですか?生前は毎年のように楽しんでおりました。どのようなことをお知りになりたいので?」

 

 ほぼ日参といっても良いほど、ご来店いただいているアインズ様。

 

 本日は、新鮮で若く柔らかいタケノコをスライスし氷水にさらしたタケノコの刺し身。彩りを重視した春野菜のサラダ。そして梅酒のロック。追加でローストしたチキンのハーブ和えを準備中。

 これらを肴に、このような言葉から会話がはじまった。

 

「エ・ランテルの誘い自体は、宗教上の理由ということで断った。しかしリアルはあんな状態だったから、実際の花見というものをしたことが無くてな。ふと気になったのだよ」

 

 アインズ様は、たけのこの刺し身を咀嚼し、過去を振り返られる。

 

 アインズ様が生きたの(リアル)は、大気汚染と土壌汚染により植物が正常に育たない時代。まして野外で宴会など、自殺行為に他ならないという。

 

 今の話ぶりからも花見も上流階級の行事で残っているかもしれないが、市井の文化である花見はほぼ壊滅してしまったのかもしれない。

 

 とはいえ、いきなり2000年代の花見の経験談をしたところで、見たことも聞いたことの無い話題に、共感は生まれないだろう。そこで、アインズ様の引き出しを開けるところから、会話をはじめてみましょう。

 

「比較対象というわけではありませんが、ユグドラシル時代はどうでしたか?さまざまな風習が、イベントになっていたようですが?」

 

 ユグドラシル。今の私たちの元となったゲーム。そのゲームは無駄に自由度が高かったらしく、かなりの風習もイベントとして取り込まれていたそうだ。もっとも、3月のひな祭りもあったそうだが、とんでもない奇祭としてイベント化されていたようだ……。

 

「ユグドラシル時代の花見は、全国の桜の名所で陣取り合戦だったな。うまく桜の下を二十四時間確保すると、この争奪戦限定で残るプレイヤーの死体を桜に捧げることができる。そして捧げた死体の数やレベルに応じて、レアなデータクリスタルを入手できるというイベントだ」

「血生臭いイベントということがわかりました」

「アレはアレで楽しかったぞ。あと少しで最上級のデータクリスタルが排出されるのに死体が足りないといって、ぶくぶく茶釜さんがペロロンチーノさんに、他の争奪戦に突撃して死体奪取を命令したとか」

 

 アインズ様は、昔を懐かしむように梅酒を傾ける。

 

 たしかぶくぶく茶釜様とペロロンチーノ様は、ご姉弟であったか。姉に逆らえない弟というのは、ある意味テンプレですね。しかし、聞く限り結構な規模のお祭りだったのでしょう。血なまぐさいが同時に祭りの高揚感も合って、楽しい思い出のようです。

 

「日本における花見は、古く万葉集にも詠まれていたように平安時代の頃からある文化です。最初は庭の花を愛でながら弁当を食べたり酒を呑んだり、貴族の風習だったようです。しかし時代が移り変わり貴族から武士へ、そして民へ。春の風物詩として桜の下で宴会など、祭り好きの気質ともあいまって日本中に広まったようです」

「桜の下という点は、正しかったのか」

「はい。どうせ花を見るなら、美しい桜を見たい。しかし桜の見頃は短いこともあり、桜の名所と言われるところでは、宴会をするための場所取りも結構大変でした。例えば職場の花見で、新人が場所取りみたいな話もありました。その意味では陣取り合戦も、その辺をネタにしたのかもしれませんね」

 

 ちょうどローストチキンのハーブ和えが出来たので、新しいお酒を準備する。冷蔵庫で冷やした背の高いグラスに氷を一杯に入れる。そしてヴィクトリアン・ヴァット・ジンとトニックウォーターを注ぎ、ライムを搾る。最後に軽くステアし、モモンガ様にお渡しする。

 

「ジン・トニックです」

 

 アインズ様はほのかなジュニバ・ベリーの香りを楽しみながら、軽くグラスを回し、氷をカラカラと回転させる。

 

「あの糞運営は、それはそれで良く考えていたのだな……」

「とはいえ、花見の醍醐味は人それぞれ。花より団子というように、桜にちなんだ食事を楽しむ人もいます。どちらにしても、家族や友人と桜を愛でながらの宴は、何物にも代えがたいものですね」

「桜か……」

「桜がどうされました?」

「そういえば八層にも、桜が咲いていたことを思い出してな。無駄に凝った作りで、この時期しか花を付けない。ユグドラシル時代なら、ずっと花を咲かせることもできたのだがな」

「きっと、その設定を考えた至高の方は、日本人の気質である諸行無常を理解されてこだわった結果かもしれませんね」

「諸行無常か……。アンデッドの私には似つかわしくないものだな」

 

 アインズ様はそういうとグラスを煽る。そしてカランと氷が涼やかな音を奏でる。骸骨に表情は浮かばない。しかしその声には友への評価に対する喜び、そして自分との対比など複雑な感情が乗る。 

 

「美しく咲き誇り、散りゆく桜を見て美しいと感じるのであれば、アインズ様も日本人ということかと。そこに種族は関係ありません」

「そうだといいのだがな。バーテンダーはどうだ?」

「私ですか?私は今でも桜を見たいと思っておりますよ」

「ふむ」

 

 アインズ様は、ふと酒を片手に考えこまれる。

 

 最近では慣れたもので、ほかの常連もアインズ様が急に来店された時は、静かにテーブル席で飲むようになった。また、アインズ様の護衛の方々のために、誰もいないテーブル席に食事やソフトドリンクを置くと、いつの間にか消えるようになったのもごく最近。

 

 そんなことを徒然なるままに考えながら、アインズ様のお考えをお邪魔をしないように、静かにグラスを磨く。

 

 しばらくするとアインズ様は、こんな提案をなさった。

 

「今度、守護者とプレアデスと八層で花見をしようと思う。その時に花見用の食事や酒の準備を頼む。参加者が多いので料理長や副料理長と協力せよ。バーテンダーも参加して酒の準備などを頼む。また当日終わった後は、おまえたちも八層でゆっくり楽しむと良い」

 

 なかなかおかしな依頼である。これもアインズ様なりの気遣いなのだろう。八層の花見に、バーテンダーを呼ぶ理由はまったくない。酒が必要なら事前(・・)に作れば良いのだから。

 この依頼ということは、先ほどの私の要望を汲みとっていただけたのだろう。

 

「畏まりました。しかし八層は出入り禁止と聞いておりましたが?」

「ああ、そうだな。当日はトラップを停止させ、九層から桜の場所への直通になるようにゲート設定も変えよう。そのほうが荷物を運びこむときも便利だろう?」

「はい。皆様と協力して準備させていただきます」

「日取りは追って連絡するが、来週の後半で準備をすすめるように」

 

 こうして、急な花見が決まった。

 

 アインズ様のご命令ということで、その後すぐにはじまった料理長と副料理長と打ち合わせは混迷を極めた。理由は単純で、私以外花見というものを知らなかったからだ。

 

 大人数の花見であれば、私のイメージは重箱のようなものを用意し、色とりどりの食事を楽しみながら酒を飲むものだった。しかし、料理長と副料理長の場合、宴会=屋内パーティーとなってしまい、会場イメージからてんでばらばらだったのだ。

 

 その後の意識あわせで現物を作ることで弁当箱というか重箱までは理解してもらえたが、ござを敷いて座る文化がなかったのでこちらは断念した。結果、ナザリック初の花見は、桜の下に机と休憩用の椅子を持ち込んだ立食パーティー形式となった。

 

******

 

ナザリック地下大墳墓 八層 桜花聖域

 

 

 美しく散る桜

 

 その下に設けられたガーデンテーブルに、多数の料理と酒が並ぶ。

 

 鳥の唐揚げには塩とレモンを添えて。ローストビーフにはジェノベーゼのソース。サーモンとオリーブのアンチョビなどの洋食を料理長が用意した。どれもボリュームがあるため、アウラ様やルプスレギナ様が飛び付く。

 

 甘いバターの香りをたたえるマドレーヌに、ハムやレタス、苺クリームなど種類も色合いも豊富なサンドイッチ。主食とお菓子は、副料理長が用意した。そして私は三色だんごやタケノコや人参、里芋などの煮物、紅白かまぼこ、鯛の造りなど和食というかアインズ様ご要望の品を準備した。

 

 準備も整い、アインズ様の乾杯の音頭とともに花見をはじめる。しかし守護者達は何をしていいか分からず、仕事の話半分、飲み食い半分という感じだった。

 

 アインズ様は何も言わず、静かに守護者の皆様からの酌を受け、ゆっくり酒を楽しんでおられる。

 

 食も進み酒も一巡した頃、コキュートス様の一言で流れが変わる。

 

「ソレニシテモ、コノ花ハ美シイナ」

「どの辺が美しいのだい?コキュートス」

「アア、コノ散リユク花ビラガ舞ウ様。生ノ終ル様トイウカ。良イ言葉ガ浮カバンナ」

「鮮やかに散る。いや命燃え尽きる最後の美しさというべきかな」

 

 コキュートス様とデミウルゴス様の桜の話題に、アインズ様も参加される。

 

「そうだな。この花は美しい。もしこの花が常に咲き続けていたら、そうは思わなかっただろう。美しく咲き誇り、儚く散る。しかし散ったあとも、また次に向けた成長を続ける。不死者の私には似つかわしくないが、やはり命の移り変わりは美しい」

 

 そういうとアインズ様は飲み終わった杯を置き、右手をそっと散りゆく花びらに添える。

 しかし花びらはフワリと、指の隙間からこぼれ落ちる。

 

「不死者に似つかわしくないなど、とんでもございません。もし生が短いものが見れば、自分の生を重ねるでしょうが。死を超越されたアインズ様であれば、命の価値を客観的に見て美しいと評されたのでしょう」

 

 だが、こぼれ落ちる花びらは、白磁のような美しい手のひらにおさまる。アルベド様は、その手をそっとアインズ様に差し出される。

 

「そういうものか。アルベド」

「はい」

「では、アルベドはどう評す?この花を」

「花は、愛する方に散らされてこそ本望。誰にも愛されず消え行くのは寂しいことです。ゆえに、この桜の散り際を私達が楽しむことこそ……」

 

 アルベド様の手のひらから、花びらは舞い上がりどこかに飛んでいく。

 

「そうか。ではこの地を危険だからと封鎖し、その散り際を長い間一人にしか見せなかったのは、この桜にとっては残念なことをしていたのかもな」

「そうかもしれませんね」

 

 アインズ様の言葉に、アルベド様も同意される。気が付けば参加者全員が耳を傾けている。

 

「今回は良い風習と出会えた。来年も、その次も、また皆でここで楽しみたいものだな」

「アインズ様がお望みとあらば」

「それでは、お前たちは望んでいないともとれるぞ」

「異なことを。私達守護者、いえナザリックのモノ総ては、アインズ様と時間を同じくできることこそ最上の喜びです」

 

 アルベド様は微笑みながら、アインズ様に新しい杯を渡しお酒を注ぐ。

 銘柄は千年の孤独。

 

「そう言ってくれると嬉しいものだ。私はお前たちを家族のよう……。ちがうな家族と思っている。そんな者達が一緒にいるだけ喜んでくれるというなら、私は本当に果報者だ」

「アインズ様」

「少し雰囲気に酔ったかな?まあ、この言葉に嘘偽りはない。思えば私は過去に縛られていたのかもな。リアルのこと、かつての仲間たちのこと。しかし、今お前たちがいることが総てなのだから。来年もこの花が咲くころに、だれも欠けることなく酒を飲めることを楽しみにしている」

「はい」

 

 その時、アインズがもつ杯に一枚の桜の花びらが舞い降りる。

 

「お取り替えしますね」

 

 

「いや、これも風情があって良い」

 

そういうと、アインズ様はその酒を一気にあおるのだった。

 

*******

 

 花見も終わり、アインズ様や守護者の方々がお戻りになられた後、

 

 後片付けのほとんどは、プレアデスの方々がなされた。セバス様に片付けもこちらで行うと伝える。しかし、同じ主に仕える身、少しは手伝わせてほしいと言って、あっという間に片付けてしまった。

 

 気が付けば周りが暗くなりはじめる。六層のような人工太陽ではないが、気にならぬほどに自然な調光と時折そよ風を感じさせる空調。

 

 ここが地下であることを忘れさせてくれる。

 

 しばらく何もせずに、静かに散る桜を眺めていると、気が付けば隣に巫女が佇んでいた。なにから話せば良いかわからない。しかし、昔のように持っていた盃を一つ渡し酒を注ぐ。

 

「酒の名は深山桜(みやまざくら)。この日本酒は、ほのかな甘みとフルーティーな香り。ゆえに大吟醸に限る」

 

 そういうと、自分の盃にも注ぎ静かに盃をあわせる。

 

「青葉まじりにみずみずしく咲く深山桜(みやまざくら)

 

 自然と口にでる。

 

 誰の歌かと?

 

「私の歌かと聞いてくれないのですね。この地ではない、古いある国の皇の歌ですよ」 

 

 巫女は微笑みながら盃に口をつける。その唇はまるで散る桜と同じように桜色。美しいと可愛らしいの、女子が女になる前の不安定な美しさを醸し出す。

 

「そういえば、昔あなたに問われたことがありましたね。桜がなぜ美しいのか」

 

 風が強くなったのだろう、左手で盃を覆いながら巫女がこちらを向く。その表情は無垢。たぶんどのような表情をすれば良いのかもわからぬのだろう。

 

「あの時は時間が無く答えることが出来ませんでしたが、今なら答えることができます。遥か昔の文豪の言葉をかりましょう。この桜の下には屍体が埋まっているからですよ」

 

 ああ、物理的には埋まっていませんよ。でも、この桜が美しいのは多くの命を吸い、そして散らせているからかと。

 

 気が付けば遠くから音が聞こえる。

 なにやら常連のヴァンパイアとワーウルフが、大きなボックスを抱えている。なになにBARの冷蔵庫から適当に持ってきたと。明日作り直しますので問題ありませんよ。まず二人はそこに正座しましょう。なに、私が一杯飲んだら普通にしていいですから。

 

 そんな話を常連としていると、巫女は姿を消していた。

 

「ああ、また名を聞き忘れてしまいましたね」

 

 なに、今後は毎年花見が楽しめるそうだ。ならいつでも機会があるだろう。

 

 私も人ではない。時間だけはいくらでもあるのだから。

 

 

 

 




こぼれ話

 桜の下には~のくだり
 →梶井基次郎氏の短編「桜の樹の下には」から。

 「青葉まじりにみずみずしく咲く深山桜(みやまざくら)
 →明治天皇御製。日本酒もこの言葉から命名。長野のお酒です

 千年の孤独
 →オリジナル。アインズ様のためのお酒
  ネタ元は、「百年の孤独」と「千年の眠り」どちらも美味しいお酒です。
  アインズ様に百年では足りないと思い千年としました
 

どうでもいい話ですがBARの原稿は、毎回出張先の空港ラウンジで書いています。
このお話も那覇空港のラウンジで書いてたし……。
隙間時間を有効活用!

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