「また遅刻なのか……!?」
僕は現在は全力疾走しています。あ、申し遅れました。どうも皆さん、蒼崎弘弥です。
なぜ走っているかと問われれば、答えはCDデビューと言えばわかるでしょう。
そう、本日は卯月たちのユニット『ニュージェネレーションズ』と美波さんたちのユニット『ラブライカ』のCDデビューのイベントがある日なのだ。
だというのに、僕は相変わらず遅刻しそうなんです。……馬鹿じゃないのか僕は。
ちなみに、先日僕が合格とつげたことにより、正式にアイドルとなった信堂さんも今回は呼んである。
卯月たちも日は浅いが、信堂さんからしてみれば先輩なのだ。後学のためにも見せておいても無駄なことはないだろう。
そうこうしているうちに、会場であるデパートに到着する。デパートの入り口には、辺りをキョロキョロと見る亜麻色のセミロングの少女、信堂さんがいた。
「ご、ごめん……ちょっと遅れた……」
「あ、いえ!私も今来たところなので……その、気にしないで、ください」
やはり昨日の今日では人は変われない。あの後世間話とかしたのだが、まだ人と話すことに慣れていない信堂さんはおどおどしている。
まあ、僕と話すだけが理由じゃないと思うけど。
「それじゃあ行こうか」
「は、はい……!」
☆♪♡♢
僕らが会場の裏に着いた時には、すでに二組がスタンバイしている様子だった。武内さんは僕が来たのに気づいて、首の後ろに手を回して困ったような表情を浮かべる。
………はい、そんな顔する理由はわかってます。
「……毎度毎度、遅れてすみません」
「以後気をつけてください。時間は、基本厳守です」
「以後気をつけます………」
本当に頭が上がらない。同じプロジェクトにいるとはいえ、流石に情けなく思えてきた。
「だ、大丈夫、ですよ!私なんてしょっちゅうドジして遅れてます、から………」
フォローしようとしたのか、信堂さんは自分で言ったことにダメージを受けてズゥンと空気を重くする。
自虐ネタもほどほどに、ね?
「………?プロデューサーさん、その人は?」
凛は真っ先に信堂さんに気づいたのか、首を傾げながら聞いてくる。
凛の言及で他の全員も信堂さんに視線を向ける。
信堂さんは、ビクッと体を震わせてその視線から逃げるように僕の後ろに隠れる。
「………………………」
「し、信堂さん?」
「む、無理、ですぅ……………」
すでに涙目である。昨日の途中退出した時みたいになってるけど、大丈夫かな?
その刹那、ゾワリと悪寒が背筋を撫でる。それと共に何か殺気のこもったような視線を感じる。
みんながいる方を見ると、その半数がこっちを睨んでいる。ちょっと待って、僕が何をしたの……?
「あ、もしかして、新規プロジェクトの子ですか?昨日オーディションしたやつの」
ちひろさんが助け舟を出してくれる。多分、意図してやってはいないだろうけど。
でも助かった。これでどうにかこの場だけはしのげる。
「ええ。信堂さん、自己紹介を………」
そう言って振り返って信堂さんを見るが、自己紹介は無理だとすぐに理解する。
信堂さんはガクガクと震えており、涙目で「怖くない怖くない」と連続で呟いている。
それを見た僕の方が呟きたかったよ。その言葉。
兎も角、この状態での自己紹介はさすがに酷だろう。
「……すみません。自己紹介は後でいいでしょうか?本人が(精神的に)死にそうになってるんで」
「は、はぁ…………」
何はともあれ、今日は五人の晴れ舞台だ。何も起こらなければいいのだけど、と僕は願うのだった。
☆♪♡♢
CDデビューは何の支障もなく進んでいく。美波さんとアナスタシアは、レッスンの時よりも美しく、なおかつ新人とは思えないほどのパフォーマンスをして見せた。
それにより、集まっていた人たちは笑顔になり自然と拍手で満たされる。
二人は、息を切らしながらも笑顔でそれに答えて見せた。
そんな中、未央は会場の方を見てなぜ不安そうな顔をしている。
「未央、どうかしたのか?」
「あ、プロデューサー。いやさ、なんかお客さん少なくない?」
「はえ?」
僕は未央が見ていたところから会場の方を見るが、そこにはデパートでライブをやるには十分すぎる人がいた。
……どうしてこれが少ないと言えるのだろうか。
「いや、十分だと思うけど」
「え、でも私友達結構呼んじゃったよ?」
彼女が何を言っているのかわからない。
どこか違う気がする。ラブライカの二人とは違うものを彼女は見ている気がする。
「うーん、まあいいや。それじゃ、準備してくる!」
「あ、ああ………」
何だろう、このどうとも言えない違和感は。
一抹の不安が僕を襲う。疑問が徐々に膨れ上がり、やがてそれは嫌な予感へと変換される。
「プ、プロデューサー……さん……」
いつの間にか隣に来ている信堂さんが不安そうにこちらを見上げている。
……ダメだな。自分が感じてる不安や嫌な予感のせいで他人を心配させるなんて。
「大丈夫だよ」
僕はそう一言だけ言って信堂さんの頭を撫でる。信堂さんは最初は戸惑っていたが、少しすると気持ちよさそうに目を細めていた。
「それと、プロデューサーって無理に呼ばなくていいからね」
「…………わ、分かりました蒼………弘弥さん」
なぜ名前呼びなのかという疑問は奥にしまっておこう。それよりも、彼女たちのことが不安で仕方ない。
何も、怒らなければいいのだが。
☆♪♡♢
あれから少しして、ステージは始まった。僕はレッスンよりも完成度が高いものが見れるのでは、という期待を少々持っていた。
だが、その期待は完膚なきまでに砕かれた。
確かに、三人は一生懸命踊っている。踊っているのだが…………
「(………おかしい。なんでーーーー)」
ーーーー君達はそんなにやり辛そうなんだ?
踊っている三人の顔に、プロダクションで見せるような笑顔はなく、あるのは不安そうな、やり辛そうな表情だ。
彼女たちと触れ合っているものならわかる。
何か違和感がある、と。
「……ひ、弘弥さん………?」
信堂さんは依然として不安そうな顔でこっちを見てくるが、今回は構っている余裕が僕にはない。
みくがカフェを占拠した後、自分達は恵まれてるだとか言ってレッスンにも力を入れていたのに。
計算外というよりも信じられないという思いが大きかった。
ほどなくしてステージは終わる。終わったと同時に拍手が響き渡るが、ステージにいる三人は、ぼう然とそこに立ち尽くすだけだった。
☆♪♡♢
「(何が……どういうことなんだ……!?)」
僕は困惑していた。彼女たちなら、笑顔で成功してくれるだろうと思っていたのに。
結果は、まあお客さんには楽しんでもらえていた。だが、肝心の本人たちが楽しんではいなかった。
美嘉さんのバックダンサーの時は大成功で、新人にしてはいいライブだったと武内さんから聞いた。
なら、今回のあれはなんなのだろうか。バックダンサーの時も今回みたいにしていたのだろうか。
仮定がまた新たな仮定を生み、堂々巡りを続けてしまう。
埒があかないと判断した僕は、武内さんに詰め寄る。
「武内さん、これどういうことですか!?」
「わ、私にもさっぱりで………!」
どうやら武内さんも僕と同じらしい。信じられないようだった。今さっき見た景色が、彼女たちの表情が、何より、自分達の感じている喪失感が。
その時、すぐ隣を何かが通り抜ける。視線を向けると、俯いて走っている未央だった。
「未央っ!」
僕は何も考えなしに走り出す。
未央が何を思っているかはわからない。だが、ここで追いかけなければ絶対に後悔すると勘が告げているのだ。
未央は、階下へと続く階段の前で立ち止まる。僕や他のメンバー!武内さんとちひろさん、そして信堂さんも追いつく。後から追ってきた卯月と凛は僕の後ろまでやってきて未央を心配そうに見ている。
「………信じてたのに」
未央が重々しい声音で呟く。
何を、と問いそうになったが喉元でグッと抑え込む。
「バックダンサーやった時、すごく楽しかった。サイリウムが光の海みたいで綺麗だった。なのに、なのに………何あれ!?」
僕はそこで未央が何を言おうとしているのか、すぐさま分かった。
つまり、あの時は大人数だったのに、今回なぜあんなに少なかったのか、と言いたいのだろう。
僕はこれにどう返答すればいいか分かっている。だが、これに答えるということは、未央を少なからず傷つけることになる。
「あんなの、あんまりじゃん!あの時みたいに楽しめると思ったのに、笑顔で頑張ろうって思ったのに、あんなの……あんなのってないよ!」
「未央」
「来ないで!!」
完全な拒絶。裏切られたという負の感情。それが未央の声音からひしひしと伝わってきた。
だが、未央は勘違いをしている。ここで正さなければ、必ず彼女は間違った道を通ってしまう。その行き着く先は、必ず闇だ。
なら、そこに行き着く前に引き戻さなくてはならない。おそらく、それが僕の仕事だから。
「……未央、それは違うよ」
「違う?何が!?」
「確かに、武内さんに聞いたとおりなら美嘉さんのステージでバックダンサーをやった時は人も多くて楽しかったかもしれない。でも、それはあくまで
「………っ!!」
「だから、遠慮なく言わせてもらうよ。僕は、今回の結果は当然だと思ってる。でも、こうじゃなきゃダメだと思うんだ」
未央を真正面から見据えて静かに告げる。未央は僕の言葉を聞いて泣き出しそうになるが、それを堪えてこっちを見ている。
「確かにあのステージは集まった人は少なかった。でも、君らはそこに集まっていた人達の顔を見たのか?応援しに来てくれた友人を見たか?見てないなら………ちひろさん、あれ渡してあげてください」
僕が頼むと、やろうとしていることがわかったらしく、ちひろさんは首にかけたカメラを未央に手渡す。
それにはちひろさんがステージの様子を激写していた。
あのステージを見ている時に視界の端の方に見えたのだ。不安そうな顔をしながらカメラで激写するちひろさんが。
多分、ちひろさんが撮った写真には写っているだろう。楽しそうに笑う観客と全く笑えていない卯月、凛、未央の顔が。
「あ…………」
「足を止めてくれていた人達はみんな笑顔で見ていてくれた。なのに君達はどうだ?笑顔じゃない、楽しそうじゃない。それはそこにある写真が物語っているだろう。バックダンサーをやった時はそんな顔で踊っていたのか?」
「で、でも……」
「でもじゃない!君達は言っていただろう!先回しにしてもらっていた分、みんなの分まで頑張ってくると。あれは嘘だったのか?あれは他の人達を抑え込むために出た嘘か?違うだろう!君達の顔は真剣そのものだった。なのにあのザマだ!恥ずかしくないのか!?」
僕は傷つけると分かっていても言う。そうでなくては、彼女たちはまた同じ間違いを犯してしまうから。
「悔しいと思ったんだろう、不満だと思ったんだろう!?ならそれを次に活かそうとはしないのか!?一人でも多くの人に楽しんでもらおうとしないのか!?君達は……君達の夢は、人数が少なく楽しくなかっただけで諦められるようなちっぽけなものなのか?ならそんなもの早めに止めた方が身の為だ」
僕は強めに言い聞かす。未央は目を見開き、僕を黙って見ている。後ろにいる他のみんなもそうだろう。
僕がこんなにいうとは思ってないだろうから、多分びっくりしているだろうけど。
「それが嫌なら、次どうしたらみんなを笑顔にできるか、自分たちが笑顔になれるか考えろ。それができないなら、アイドルなんてやめた方がいい」
僕はそう告げて、未央の横を通り抜けて階段を下りていく。それからみんながどうしたかは、僕は知らない。
☆♪♡♢
やってしまった……。
僕は後悔の念を抱いて階段を下りて少し歩いたところにある物陰で小さく蹲っていた。
先ほど、仮にも自分が担当するアイドルに止めてしまえなんて、できなければ止めた方がいいなんて言ってしまうとは。
しかもあんなキツイ言い方。もう罪悪感と後悔しかありません。
てか本当に止めてしまったらどうしよう。僕のせいだからよければ謹慎処分、悪ければ即解雇ということもある。どうしよう、ただ少しお説教するだけがものすごいことになってきたような……。
思考を巡らせている時、タンと音が響く。
それは断続的に続き、徐々に近づいてきている。
そしてそれは、僕の近くまで来てーーー
「あの」
「ギャアアアァァァァ!!」
「キャアアアァァァァ!!」
突然声をかけられ、大声を出して驚いてしまう。声がした隣を見ると、腰を抜かしたのか、ペタンと床に座り込み目に涙を浮かべた信堂さんがいた。
そこで状況を理解する。あのあと追ってきたのか、と。
「ご、ごめん信堂さん。大丈夫?」
「だ、だだだ大丈夫です。こ、こここっちもいきなり話しかけてしまいましたし」
「……じゃあ、お互い様ってことで。それで、他のみんなは?」
「今、あの大きな男の人と話しています。私は、あの黄緑色のスーツを着た女の人に『追いかけてあげて』って言われたので」
「あの人………」
こうなっているのはお見通しとでも言いたいのだろうか。ちひろさん、どこまでも見えない人である。
「あ、あの。少しいいでしょうか……?」
「うん?」
「私は、弘弥さんが間違っていたとは思いません」
「ーーーーーえ?」
おどおどした様子はなく、真っ直ぐと僕を見据えて信堂さんは言った。だけど、すぐにおどおどし始める。
「あ、いや、えっと、こんな私が偉そうに言ってすみません……。でも、なんとなくですけど、間違ってはいないと思うんです。何か優しいものが感じられたので」
羨ましそうに笑いながら信堂さんは言う。
「でも、言い方が、ちょっと……ほんのちょっとですよ……?キツイような気がしました」
「…………………」
僕は未だおどおどしながら言う信堂さんを呆然と見る。
そうしていると、さっきの罪悪感や後悔が馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「ふ、ふふ……」
「な、なんですか……?」
「あはははははは!」
「ほ、本当になんなんですか………!?」
そうなってくると自然と笑いがこみ上げてきた。さっきまで僕は何に悩んでいたのだろう。謹慎処分?解雇?だったっけ。そんなのは、信堂さんの言葉で全てどうでもよくなった。正確に言うと、言葉というよりおどおどしている姿によってだけど。
「ふふ、ありがとね。心配してくれてたんでしょ?」
「え………あ、は、はい……」
「アイドルになっての初日から、なんかごめんね」
「い、いいえ!私はとても勉強になりました!こんな経験できてね嬉しいと思えるくらいです!ってまた偉そうに言ってごめんなさい!」
自分で言っておきながら何言っているんだ、とツッコんでやりたいが、ここはスルーしておこう。
僕は、信堂さんの頭をポンポンと叩き、デパートので口を目指す。
ニュージェネレーションズのことは、明日決着をつければいいだろう。後回しにするようで気分はよくないけど、でも今日ケリをつけるにはさすがに間が悪すぎる。
僕は、振り返り信堂さんに微笑みかける。
「それじゃ、少し早いけど夕飯食べに行こうか。吹っ切れさせてくれたお礼として奢るからさ」
「ほ、ほほほほ本当ですか!?行きます!」
奢るという単語に敏感に反応した信堂さんは飛びつかんとする勢いでこっちに走ってくる。
こうして波乱に満ちた第一段のデビューは終わった。
翌日、ニュージェネレーションズの三人が僕のところに謝りに来て、次こそは!と決意するのだが、それはまた別の話。
☆♪♡♢
蒼崎弘弥Pの一言報告
……………信堂さんが大食い漢ならぬ大食い少女だなんて聞いてないよ。