「いや、偉そうな事を言って飛び出しておきながら、結局助けられてしまったな」
目の前で照れくさそうに笑う戦士長に、そんな事はないと苦笑を返す。
ようやく騒乱が治まったカルネ村で、そうしてンフィーレア・バレアレと王国戦士長ガゼフ・ストロノーフは向かい合って話をしていた。
満身創痍だった体はンフィーレア自作のポーションによって粗方癒え、他の戦士達も動ける程度には回復していたが、移送する捕虜の数もあって体調を万全にしてからの出立を、との事で未だ村に留まっていた。
そうして体を休めている間、こうしてガゼフとンフィーレアは互いの話、主にンフィーレアがオウル・アマルガムという奇人に弟子入りするまでの経緯とその後の話が多かったが、をしているのだった。
様々な話をした二人だったが、途中でガゼフの顔に深刻な影を見て取ったンフィーレアは尋ねた。
「どうしたんですか? お師様の話は確かに少し以上に正気を疑う内容なのは理解してますけど・・・。
エ・ランテルでは割と周知というか諦めの事実というか、そんな感じですけど」
そんな乾いた笑いと共に放たれた疑問に、ガゼフは苦笑しつつも表情を真剣な物へと改めて語りだした。
全てを額面通りに信じるわけにはいかないが、概ね事実だろうと自分は信じる、と。
相対して明らかに自らの力では及ばないと感じる強者、ましてや尋常ならざるあの気配、頂が見えないというのはああいった物だろう、それを疑うつもりはない。
たが、それを目の当たりにしていない者にはどうか。
エ・ランテルでは周知と言ったが、それを他の都市で言って信じる者がいるのかどうか。
信じないだけならまだいい。
だが、その風聞を聞いて、半端に信じて、それを利用せんと思う者が現れた場合はどうなるのか。
「君の師は、私が見たところ随分と奔放で気難しい御仁に見える。 そして弱者に容赦がない」
どうかね、と尋ねられて静かに首を縦に振る。
それに頷き返してガゼフは続ける。
そんな人物が、自分を侮り、見下し、そして利用しようなどと考える輩と対峙するような事があればどうなるのか、と。
「迷う事無く叩きのめすでしょうね、物理的に」
迷う事無く即答してしまうンフィーレアだが、むしろ叩きのめすだけで済めばいいと願望すら混じった呟きだと言った自分で思ってしまった。
その程度で済めばいいが、下手をすれば周辺を巻き込んで須らく叩き潰すだけの力が余裕である。
それを振るう事に多少の気おくれ、と言うよりも気怠さ、そう『弱者』を相手にする気怠さがあるが、その弱者に舐められて大人しくしているような人物では絶対にない。
そう言うンフィーレアにガゼフの顔が険しくなる。
「そう言った人に心当たりが?」
そう思わず尋ねるンフィーレアに、ガゼフは苦々しい表情で、
「心当たりしかない」
と答えた。
思わずうわあ、と口に出そうになるのを抑えつつ、そう言えばこの人は王都でかなりの位階に就いている人物だったな、と考える。
自分の耳にも届く、この王国の貴族の横暴さ、横柄さ、それを考えるに『嫌な予感しかしない』と言うのが偽らざる本音だった。
その表情に考えを悟られたのだろう、ガゼフが疲れたように頷く。
「今は都市長が上手く王都の俗物共を誤魔化してくれているようだが・・・」
え、あの年中ぷひーぷひー言っている都市長が、と思いつつもなんだかんだであの気難しいを通り越して面倒事しか起こさない自分の師を、なんとか辛うじて都市の利益になる形で操縦している事に思い至りなるほど、と深く頷く。
ガゼフはそんなンフィーレアに苦笑に険しい物が交じり合った複雑な表情になりながら、
「だが、それも長くは続かんだろう」
と言って大きな溜息をついた。
近いうちに必ず誤魔化しが効かなくなる、と。
だからと言って放逐など出来るわけもない。
罷り間違って帝国にでも行かれたらどうなる事か、予想もつかない。
帝国でなくとも他の都市に行かれてそこを治める貴族が逆鱗に触れて都市が壊滅などと笑えもしない。
逆鱗に触れるのは確定なんですね、などと無粋な事は言わなかった。
どう考えても確定事項として語っている、遭遇したらそれで終わりだと間違いなく確信しているそれだった。
ガゼフがどの程度の力を見積もっているかは知らないが、ンフィーレアには王国壊滅、その文字がデカデカと頭にチラつく、どころではなく大半を埋め尽くした。
思わず、うわあ終わったなどと呟いたせいでガゼフの顔が険しいどころか暗くなる。
「ンフィーレア君、こう言っては何だが、君一人でもその『魔剣』があれば・・・」
暗い顔でそんな事を言い出したガゼフの言葉を慌てて遮る。
冗談ではない、お師様のような危険人物と並べて語られるとか勘弁してくださいと慌てるンフィーレアだが、ガゼフの顔は全く晴れないどころか更に暗くなる。
「そうだ、そうなのだ、それほどの物をあっさりと弟子に渡せる存在なのだ。
しかも同格、もしくは格上と思しき魔法詠唱者まで現れた・・・」
そう言って頭を抱えだしたガゼフに、そう言えばアインズ・ウール・ゴウンという規格外も出現したなあ、と諦めにも似た境地で考える。
ここで、アインズさんは実は死の神スルシャーナ様ですとか言ったらどうなってしまうのだろうか。
多分ガゼフは余りピンと来ないだろうが、法国の連中が知ったら驚愕するだろうなあ、と益体もない考えが頭を過るも、うっかり漏らせばどんな目に合うかと考えて身震いする。
どう考えても何も考えずにやらかす自分の師よりも、あちらの方が絶対に容赦がない。
そんな事を考えつつ、暗澹たる気分のまま二人は今後の展望に明るい物を探そうと必死に話し合う事になった。
(何故、僕はこんな所で王国の偉い人とこの国の未来について絶望的な気分で話なんかしてるんだ・・・)
いざとなったらエンリとその妹を連れて逃げよう。
そんな現実逃避をせずにはいられないンフィーレアだった。
しかし、よく考えたらエンリがアインズから何やらゴブリンを呼び出すマジックアイテムを渡されていたのを思い出し、逃げられないかもと愕然とするのだった。
散々ああでもないこうでもないと暗澹たる気分で話し込んだ二人だったが、結局名案など浮かぶはずもなく、捕虜移送の途中でエ・ランテルに立ち寄って都市長を交えて話をしようという結論に落ち着いた。
落ち着いたと言うより先送りしたと言うべきだが。
「法国の部隊の扱いも、下手に王都に連れて戻るとまた要らぬ諍いの種になりかねんし、な」
そう言って深く溜息をつくガゼフを見ながら、王国はもう駄目なんじゃないかと考えなくもないンフィーレアだったが、ふと気が付く。
(あ、あれ? 僕なんかさらっと凄い事に巻き込まれちゃってないか・・・?)
バッチリと巻き込まれていた。
というか、都市長との会談への同席もガゼフの中で決定事項だった。
と言うよりも、法国の特殊部隊を王国戦士長と共に打ち倒した時点で完全に手遅れだった。
しかし、そこに思い至る前に暗い話はここまでにしようと
「暗い話ばかりしていても仕方がない。
なあに、君のおかげで拾った命だ。 精々悔いの残らぬように精一杯やるさ」
そう言って莞爾として笑うその顔に、ンフィーレアも思わず笑みが浮かぶ。
この人のこういう前向きな所に皆憧れて付いていくんだろうな、と眩しい物を見るかのように目を窄める。
諦めたりはしないのだろう、そういう人ならあの死地であれほどの啖呵など切りはしない。
そんな人だから自分も、ああして立ち上がる事が、立ち向かう事が出来たのだから。
(ほんと、英雄というか勇者というか、お師様やアインズさんとは違った意味で眩しい人だなあ)
出来うる限りはこの人の力になってあげたい、そんな事を思いながら随分と自分も毒されたものだなあと感慨に浸っていると。
「しかし、その剣はなんと言ったか、『蟲』の剣と呼んでいたが」
突然、話を振られて慌ててンフィーレアは我に返った。
「あ、はい、お師様はそう呼んでるんで」
そう答えながらも、そう言えば正式な名前を訪ねた時に『忘れた』などと言われたことを思い出す。
と言うよりも、自分の師の装備は全部名前が安直且つ適当で、どうも故郷でも精霊様とやら以外は全員正式な名称を忘れ去ってしまっているとかなんとか。
聞けば精霊様も答えてくれるのだが、どうにも小難しい名前だったりするので別に使うのに不自由がないので頓着していないとの事だった。
そう言った旨をガゼフに伝えると、何やら真剣な表情でこれほどの剣にちゃんとした銘がないと言うのも、などと呟きだした。
そして、暫く剣を見たままぶつぶつと呟くと、
「ん、むぅ、ンフィーレア君、その剣に私が名を贈らせて貰ってもいいだろうか」
突然そんな事を言い出した。
「えっ、名前ですか?」
「うむ、それ程の魔剣だ、『蟲』の剣などと簡略化したような名前ではあまりに寂しいと思ってね」
思わず聞き返してしまったンフィーレアに、ガゼフは照れくさそうに頭を掻きながら答える。
正式な名前はあるのだろうから、別名とか通称とかそう言った感じでどうだろう。
そう言いながら気まずそうに、
「それに、あれだ、その方がなんだね、アレだ『格好いい』と思わないか?」
そんな事を大の大人がしどろもどろに言うものだから、ンフィーレアは思わず吹き出してしまった。
そのような経緯をもって、今日この時からその『魔剣』はこう呼ばれることになる。
『フリークダイヤモンド』と。
真面目に厨二、勇者ガゼフ、これにはンフィーレア君思わず吹き出す。
しかし、発動した時にダイヤモンドみたいに煌めくとかはわかるんですが、フリークはなんなんだろう?
異形(極小)の蟲が大波の様に力場を展開する的な意味に二重にかけてるんですかね?
とかどうでもいい事を考えてしまう今日この頃。