じりじり、ちりちり、と肌をゆっくりと炙るような薄っすらとした緊張感が場を包む。
今、カルネ村の現村長宅の一室は、薄っすらと引き伸ばされ断裂を待つ薄布のような、微量の緊張が絶えず室内の空気を焦がす状態にあった。
主な発生源は仮面の魔法詠唱者を自称したアインズの背後、そこに禍々しい全身鎧を纏ったまま、ヘルムも脱がず、人間種でないのが露見するので脱ぐわけにはいかないのだが、に控えるアルべドによる物だ。
兎に角、その場を満たす絶えることのない微量の緊張感を場へと供給し続けている彼女であるが、あくまでもそれはその対面、と言ってもかなりの距離を置いてたが、に座す一人の男、オウル・アマルガムに向かって放たれた殺気、警戒心、敵愾心、諸々を集束したものの余波に過ぎない。
それを受けている当人は、薄っすらと笑みを浮かべてこそいるが携えた剣、
こちらもアルべドほどに露骨ではないものの警戒しているのは一目瞭然だった。
そんな室内の空気に、ンフィーレアは僅かに緊張しつつも困惑し、村長は冷汗を浮かべながらアルべドとオウルの双方に絶えず視線を左右させている。
こんな状態で話など出来るわけもないと額を押さえつつ、アインズは口を開いた。
「アルべド―――収めよ」
村長の家の外に出て、嘆息すると共に自身の背後に佇むアルベドを見やる。
結局、どれだけ諫めようとも、彼女はその身から発する剣呑な気配を解く事はなかった。
その頑なな姿勢に業を煮やして、こうして連れ立って席を外し、外で詰問しているのだが。
どれだけ言っても、
「今すぐご帰還を」
の一点張りで、後でお叱りは受けるが今は譲れない、今すぐあの男から離れろと譲らない。
挙句に独断で階層守護者たちを筆頭にナザリックにおける全戦力に召集をかけ、既に即座に展開できる状態に入っているなどと言われ、精神安定化が発動するほどに
沈静化した感情の落差による虚脱感で冷静になりながら考える。
確かにアルベドの危惧も理解はしている。
と言うよりも、自分が誰よりも危機感を持っているのだ。
だからこそ自分以外の者を関わらせて敵対されるのは困るのだ。
恐らくアルベドはアレの発する気配などから、本能や直感的な部分で感じ取った危機感によって行動をしているのだろう。
危険だ、アレは我々を確実に害する事のできる見過ごせない脅威である。
確かにそうだ、アレは間違いなく我々に届く牙であり、
幸いにも持っている者は強者であれど、恐らくは素の性能では階層守護者達やアインズと互するか劣るだろう。
シャルティアやセバス、コキュートスでも良い、アルベドでも戦い方の相性が絶望的に悪い事に目を瞑れば十分であり、相性の面で言えばデミウルゴスやアウラ、マーレの二人の方が優位に戦える可能性が高い。
いざとなればルべドの封を解くという手もある。
その他の守護者に比肩する者達も含め複数で当たれば、被る被害に目を瞑れば確殺できるであろう。
故に摘めるものなら今すぐにでも摘んでおくべき芽だ。
だが、違うのだ。
あまりにもあの二振りの魔剣が眩しすぎて、それ以外の脅威の見積もりを誤っている。
コレは彼女の過失ではない、自分よりも遥かに優れた頭脳を持っていても、正しい情報がなければ判断を見誤るのは仕方がないのだ。
アレの所持している二振りと、その他の装備品がどういった物か、それを幾つか正確に把握している自分にしかわからない危惧。
あの危険極まりない二振りに隠れて分りづらい、更にその上に重ねられている『緋』の装甲で更に目立たない、あの『緑』の、鎧にはとても見えないあの装備。
ユグドラシルの時には、ゲーム効果のままであればはっきり言って微妙どころかマイナスだったかもしれないその特殊効果。
それのデメリットが当人が被る物以上に、こちらにとって甚だ不都合である可能性がある以上は、現状では絶対に敵対行動を取りたくないのだ。
敵対行動を取るのもだが、一度でも殺してしまうとアレがどう転ぶかがわからないのだ。
アレに変な気を起こされて捨て身の覚悟なぞされてしまうと、こちらも甚大な被害を被りかねない。
そもそも俺は、仲間達の残したこの
本心かどうかはともかくとして、アレは素の実力差を弁えた上で敵対的な行動を取らないと口では言っているのだ、弟子と呼ぶ少年に恩を着せることが出来ているのだ。
異形種であるこの身を見て、恐怖や嫌悪を持っていない、もしくはそれを表に出さない程度には自制が出来ているのだ。
それを構成するパーツのどれか、もしくはその大半を崩すことによってどのような行動に出るかが全く読めない以上は『死んでその
この胸に抱く危惧を早急に目の前の従僕に説明せねば、と考えるも短い時間で伝えられるほど頭の回転は速くない事に焦燥感が募る。
《メッセージ/伝言》で伝えるのも考えたがずっとあの男に対して互いに気を張っていた為に余裕がなく、今もそれによる会話に気を割くのには不安がある。
できれば一度仕切り直してから落ち着いて説明を、出来ればデミウルゴスも含めた上で行いたい所だ。
そんな事を考えていると、村人の一人がこちらへ、正確には村長の家を目指して走ってくる様子が見えた。
また厄介事かと内心舌打ちをしながら、アルベドに軽挙は控えるように強く念押しして話を聞くべく駆けてくる村人の方へと足を向けた。
村へと近づく武装した集団、その報にまたしても帝国兵かと構えたものの、どうやらそれは杞憂であったらしい。
この国を治める王国に仕える戦士達であったようだ。
率いる者の名をガゼフ・ストロノーフと言い、戦士長を務めているとのことだったが、果たしてそれがどの程度の位階に位置する物なのか。
村長曰く、王国の御前試合で優勝を果たした凄腕の戦士、王直属の精兵達を率いる立場の人物であり、王国でも身分が上の立場の人間であるとは言うが・・・。
(正直、底辺の開拓民から見て雲の上でも、実際どうなのやら・・・装備もなんだかアレだし)
とは思ったものの口には流石に出せなかった。
後日知った事だが、どうにも本来の装備を色々と理由をつけて置いて来なくてはならなかったらしいが。
そうしてンフィーレアとオウル、そして自分が村長の仲立ちで紹介を行い、村を救ったことに感謝の念と共に頭を下げられ少々驚いたものだ。
立場故のしがらみなどあるだろうに、随分と実直と言うか愚直と言うか、損な役回りを押し付けられそうな人物だと失礼な事を考えた。
しかし、ンフィーレアとオウルの名前を聞いて、『”魔剣”の
当人たちは前者は悶え、後者は憤ったが、うん、まあ、確かに・・・。
(恥ずかしいな、普通に聞いてるこちらが何とも言えない気分になるよ『”魔剣”』に『
というかコイツはコイツで”奇人”って何しでかしたんだ・・・)
しかし、そんな会話も途上で駈け込んで来た騎兵の報告によって遮られた。
村に接近する複数の不審な影有り、と。
気勢を上げて村の外へと繰り出していく王国兵とそれを率いる戦士長の後姿を見送る。
自分とオウルに助力を求めるも二人ともがそれぞれの理由でそれを拒否した。
ならばせめて村の者達だけでも助けてほしいと乞われて、自分は了承し、オウルは向かって来るならば相手をするとやる気なさげに口にした。
それに対して恨み言も言わずに勇ましく死地へと赴くその背中、それらから少し手前に視線を移す。
「・・・っ、どう、して・・・僕は・・・僕はッ・・・!」
そこには、震える手で剣を握りしめたまま俯くンフィーレアの背中がある。
戦士長からの助力を断った我々に噛みつき、自分は加勢すると息巻いた彼だったが、
「別に、お前がそうしたいんなら別に止めねえけどよ。
一つ聞いていいか? お前今『剣』使えんの?」
その師である男の言葉によってこうして悄然と項垂れている。
「確かに、その『剣』をいつも通りに使えりゃーあんな雑魚相手に万が一もねえさ。
でもよ、その手の震えは、足の震えはなんだ? 今更と言うべきかよく今まで耐えたっつーべきかね」
どうやら彼は先刻の帝国兵、と言っても法国の部隊がこうして表れている現状としてはそうなのかも疑わしいが、との戦いが初めての人間との命のやり取りであったらしい。
「最初は村がモンスターか何かにやられてると思って飛び込んでったんだろ?
でも違った、人間相手だった。 けど、愛しのあの娘を失うのが嫌で、咄嗟に動いてなんとかした」
殺しはしなかったようだ。 尤もデスナイトがそれにきっちりと止めを刺して回ってしまったが。
「咄嗟の事でもねえ、愛しのあの娘もここにいる限り万どころか億に一つだって紛れなんざおこりもしねえ、起こさせるつもりもねえ。
で、それを踏まえてお前さんは、明確に目の前に見える人間同士の殺し合いに、一歩前に出れるのか?」
今日これまでで彼の人生の中で経験したこともない精神的な重圧に晒されてきたのだろう。
そんな状態で、別に大切なものなど掛かっていない。
先ほど知り合ったばかりの他人の為に命を賭けられるのか、命を奪う覚悟はあるか。
「別に、覚悟なんざ無くてもそれを使えば余裕だ。 覚悟なんざ求めてねえよ。
そもそも、『圧倒的に強ければ、そんなもんは必要ねえ』」
その通りだ、地を這う虫を踏み潰すのに覚悟などは不要だ。
会話をすれば小動物程度の親しみが湧いて、足の踏み場を考慮してやろう、ぐらいの気分にはなるかもしれないがその程度だ。
「けど正直な話、あそこにいるのはモノを抜きにしたらお前にとっては格上に見えるんだよなあ。
俺には十羽一絡げの似たような雑魚だが、お前さんにはそうは見えないんだよな?
だってよ、お前はあくまでそれが借り物だと思ってんだ、自分の力だと思えてねえ」
どうやら初見で思った武器のわりに全く強く見えない、というのは事実であったようだ。
なるほど、それならば確かにアレ程度でも脅威に見える事だろう。
この国における最強格が『あの程度』であれば、それより劣るであろうこの少年では、どんなに素晴らしい武器を手に持とうと、それが自身の手足としての、自力との認識がなければ気圧されるだろう。
「ま、それでもその『剣』さえ抜ければ余裕だろうさ、だからホレ、『抜けよ』ンフィーレア」
そしてアレに向かって足を踏み出して見せろ。
そう言われた少年はしかし、剣を抜くことも足を踏み出すことも出来なかった。
「っ・・・! どう、して・・・な・・・ん、でっ・・・!!」
震える手は柄を握れど動かず、震える足は地に根を張ったようにその場に留まった。
人間と戦う覚悟か、地力で勝る相手と向き合う勇気か、己が手にする『