突然だが、幻想郷には子供を捨てる親はほぼいない。ただでさえ周囲には人食い妖怪がたむろっているのだ。子供を捨てる事などしていたらあっという間に個体数が少なくなり、種の存続が成り立たなくなる。子供は多い方がいいというわけではないが、捨てる余裕などないのだ。
だが、子供を捨てる親がほぼいない……言い換えれば極僅かにいるのだ、そういった親が。例えば先天的な異常、脳の遺伝性の障害、妖怪などとのハーフ……こう言ったことが要因で無縁塚に子供を捨てる親が極僅かに存在する。そして外から迷い込んできた、いわゆる外来人の中にも捨てられた子供はおり、その生存確率は大人の外来人のそれより格段に低い。そんな子供のために無縁塚には子供供養用の塚が存在する。だが、これは理不尽だ。たとえ肉体的・精神的異常があろうと、育てきれなくとも、そんなことは関係なくその子供は生きているのだ。中絶や捨て子にするくらいなら性行為などしなければいい。理不尽によって妊娠してしまったというなら中絶をすればいい。この世に生まれ落ちたその瞬間から子供には命が宿るのだ。幻想郷の捨てられた子供の99.99%は死ぬ。そして死ねば待っているのは賽の河原の石積みという地獄。こんな理不尽が許されていいのだろうか。いや、許されるべきではない。子供を捨てた親は人里では裁かれる。だが、死んだ子供は捨てた親を断罪することはできない。普通は、だが。これは、そんな捨て子の物語。捨て子の怨念はどこまで膨れ上がるのだろう。
霊夢は最近夢を見る。月明かりのみの暗闇、女性が謝罪してくる夢だ。
「ごめんね○□、ごめんね……」
―――――ああ、なんて鬱陶しいのだろう。謝るような事だと思うならしなければいいのに。
「ごめんね○□。お母さん。あなたを育てられないの。」
その女性の目からはぽろぽろと涙が出ている。
―――――お母さん?バカ言わないでよ。あなたを親だと思った事は一度もないわ。私の母親はあの人一人。それに泣いているから許すとでも?泣くぐらいならこんな事、しなければいいじゃない。
「じゃあね。お母さん、もう行くからね。」
―――――はいはい。早くどっかに行っちゃいなさいよ。煩いから。
そして自分が入れられた箱の中から空の星を見ていると、一人の女性が……
そこで夢は終わる。何故だかはわからないが、最近自分が博麗霊夢になる前の夢をよく見る。鬱陶しいことこの上ない。どうせ見るなら母の夢でも見たいものだ。霊夢は布団を片づけ、外を見る。
そこには、一輪の赤い花が咲いていた。
とある夜、森近霖之助は飛び起きた。汗でぐっしょりと濡れた服が気持ち悪い。そして周囲を確認し、軽くため息をつく。
「また、あの夢か。」
そうつぶやくと、布団に寝転がる。
「□□……もう捨てた名なんだけどね。」
霖之助は、母親に捨てられた時のことを夢に見ていたのだ。霖之助の出生は決して良いものではない。母は妖怪に種付けされ、自分を産んだ。しばらくの間は罵詈雑言を浴びせられ、殴られ、蹴られながらも一応育ててもらったが、母が人間の男を好きになった時に捨てられた。それからは地獄だった。人間でもない、妖怪でもない自分は人妖どちらからも忌み嫌われ、どこにも居場所が無かった。何度自分が生まれてきた事を呪っただろう。何度死のうと考えただろう。だが、地獄の中にも仏がおり、また自分の天生の能力によってギリギリ生きていけた。その後幻想郷に流れ着き、霧雨の親父さんに拾われたのだ。そして自分に呪いを込めてつけられた□□という名を捨て、今の森近霖之助が誕生したのだ。
「全く、最近この夢ばかり見る。睡眠薬でも処方してもらおうかな。」
そう言いながら眠気を覚ますためにコーヒーを淹れに行く。
香霖堂の外には一輪の赤い花が咲いていた。
とある日、魔理沙が博麗神社を訪れた。もちろんお茶をたかりにである。そして奥に行くと、とても眠そうにお茶をすする霊夢がいた。
「よう霊夢。なんだか眠たそうだな。」
「ええ、最近変な夢ばかり見てね……ふぁ。」
小さく欠伸をする霊夢。魔理沙も縁側に座り、お茶を淹れる。すると、場違いな物を見つけた。
「あれ、こんな所に赤い花なんて生えてたっけ?」
「さあ、何日前だったか忘れたけれどその時から生えてるわ。」
「バラと言えば、霊夢。これはちょっとした異変だぜ。」
「異変?」
「そうだ。今、人里に謎の花が無数に生えているんだ。不気味がった奴が抜こうとしたんだがこれが抜けない。どうだ、面白そうだろ。」
「ん~そうね。ま、気が向いたら調査するわ。」
「何だよ霊夢。付き合いが悪いぜ。」
「今日は永琳の所に行くつもりなの。夢を見ない薬を処方してもらうためにね。」
「夢?何か悪夢でも見てるのか?」
「ええ。最近ずっとね。」
「……分かったぜ。じゃあ今回の異変はこの魔理沙様が解決してやる。」
そう言うと、魔理沙は箒にまたがりどこかへと飛んでいく。霊夢ももうそろそろ行こうかと永遠亭へと向かった。
「はい。一応夢を見ないように調合してみたわ。」
「ありがと。」
永琳から薬をもらう霊夢。
「寝る前に一錠飲めばそれで夢は見なくなるわ。でも……」
「でも?」
「いえ、何でもないわ。睡眠薬はいいの?」
「ええ。一応寝られるからね。」
永琳が言いかけた言葉、それは一日に同じ薬を二回処方するなんてと言う事だった。
霖之助は永琳に薬を処方してもらった後、無縁塚に来ていた。だが、今日はそこに時々転がっている道具……魔理沙たちに言わせればガラクタ……を拾いに来たわけではない。子供を供養する塚に花を添えに来たのだ。
自分らしくないという事はわかっている。だだ、自分も一歩間違えればこの塚に供養される子供の一人になったのだ。いつもは目に留まっても何も感じなかったが、最近の夢の事もあり、少しくらい自分も供養してやらないとなと考えたのだ。だが、その塚を見て霖之助は驚愕した赤い花が、無数に生え、そのツタ絡まっている。
何だこれはと思いそのバラに触れる。すると、頭に恐ろしいほどの怨念が流れ込んでくる。
「恨めしい……憎い……苦しい……寂しい……」
「ガァ……ぐ……」
霖之助は頭を抱え、花から急ぎ手を離す。すると、花が伸びてきて自分を拘束しようとしてくる。霖之助は少しの間あまりにも強い怨念にくらりとしたが、伸びてくるバラを見て、何とか走って逃げる。そして何とか逃げ切れたが、霖之助は久しぶりに恐怖と言う物を感じた。二種類の宇宙人と戦っても恐怖を感じなかった自分がだ。何事も起こらなければいいがと思いつつ、香霖堂へと戻る。
その夜の事だった。人里に咲いた花が一斉に動き出した。その花達は人の血を求め蠢く。屋敷の開いた場所に潜りこみ、眠る住民をしびれさせ、耳から吸血を行う。だが、ツルク星人、レイビーク星人と被害を受けてきた人里は自警団や慧音のような守護者による見回りを強化していた。なので、人里中に咲いた花が怪しい事は皆感じとっていた。そして案の定花は人を襲い始めた。自警団の男達は花の蔦を見つけ次第引きちぎり、焼いていった。だが、逆に蔦に絡めとられ、締め付けを受ける者や、返り討ちにされる者も少なからずおり、また花をちぎった時に出る赤い血のような液体に人々は恐怖した。
そして蠢く花は博麗神社にも生えていた。そのツタは、眠る霊夢を襲おうとする。だが、その花に、札が叩きつけられる。
「やっぱりあんただったのね。最近変な夢を見せてきたのは。」
「……!……!」
霊夢は寝ていなかった。巫女の勘で、今夜あたり花が動き出すことを予想していたのだ。
「全く、あなたのせいで寝不足よ。」
しばらく花はもがいたが、やがて赤い血を流して大人しくなる。
「さて、と。」
それを確認した霊夢は、空へと飛翔し無縁塚へと向かう。
香霖堂にもその花は生えていた。だが、その花は既に霖之助の手によって切られていた。
「やれやれ、僕に悪夢を見せていたのがまさかこの花だったとは。」
霖之助は憐れみと悲しみの混じった目で赤い血のような液を流す花を見る。そして霖之助は人里の命蓮時へと向かう。
無縁塚にある子供の供養塚。その地下から地響きを立てて蔦の化け物が現れる。そう、かつてウルトラマンタロウを苦しめた、子供達の怨念を吸い育った怪植物、蔦怪獣バサラである。まるで子供の泣き声の様な鳴き声を発して移動する。目指すは、人里。
だが、バサラが移動する寸前に霊夢が無縁塚に到着した。霊夢は感じとっていた。この怪獣から発せられる子供達の怨念を、無念を、執念を。そしてそれらが入り混じったどろりとした怪獣の魂を。霊夢は自然に理解した。この存在は自分がなったかもしれない可能性の1つだと。
「はぁ、恨みつらみも溜まりに溜まれば怪獣になるのね。」
霊夢は憐れみのこもった目でバサラを見る。
「私も一歩間違えればあんたの一部になっていたのよね。」
霊夢はお祓い棒と札を構える。
「あなた達の事は可哀そうに思うわ。でもね、だめよ。そんな恨みなんかでこの世にとらわれていてはだめ。」
霊夢はバサラに語りかけつつ飛翔し、札と針の弾幕を放つ。だが、そんな物では怯みもしないバサラ、だがそんなことは欠片も気にせずに霊夢は語り掛け続ける。
「あなた達は誰が恨めしいの?自分を捨てた親?それとも自分達を捨てさせた世の中?でもね、あなた達が暴れても復讐にはならないわ。」
霊夢は、博麗に伝わる最強の秘術を発動させる準備に取り掛かる。だが、バサラも蔦を伸ばして応戦する。その蔦を、遠くから発射された弾幕が切る。
「霊夢、遅くなったね。」
「霖之助さん。どうしてここに?」
「僕もこの存在には思う所があってね。援軍を連れてきたよ。」
「援軍?」
すると後ろから聖白蓮がやってきた。
「ああ、何という……」
白蓮はこのバサラの怨念、苦しさ、悲しさを感じとり、涙を流していた。こんなに悲しさ、苦しさを内包した存在を白蓮は知らなかった。
「白蓮さん。彼らの事を思って泣くのは後です。今は彼らを解放してあげるために、お経を唱えてください」
「……はい。私の力が及ぶ限り、彼らを成仏させましょう。」
そして、白蓮はお経を唱え始めた。その言葉、一句一句に彼らへの思いをのせて。そのお経に苦しみ出すバサラ。蔦で白蓮を攻撃しようとするが、草薙の剣を装備した霖之助に阻まれる。そして、霊夢も準備が完了した。
博麗霊夢の持つ最強の技、{夢想天生}。それが発動し、通常よりも数段威力が増した弾幕がバサラに浴びせられ、バサラの体を構成する蔦がどんどん破壊される。
さらに、白蓮が紡ぐお経によってほんのわずかだがバサラの怨念が弱まる。そこに、畳み掛けるように霊夢が語りかける。
「あなた達を捨てた親や世の中を憎むなとは言わないわ。だけどね、怨念にとらわれても楽しい事なんか一つもないわ。ただ苦しいだけ。それに、あなた達を捨てた奴なんかにとらわれているのも馬鹿らしいと思わない?だからね、楽になりなさい。大丈夫よ。私は閻魔にも顔が利くから、きっとあなた達を天国に行かせてあげるわ。」
霊夢の言葉に、バサラの動きが止まる。そして、バサラの体が徐々に小さくなっていく。霊夢はさらに語りかける。
「まだあの世に行きたくなければ、愛を知りたければ花として生きなさい。花を愛するなら幻想郷一の存在を知っているから。」
その言葉に、バサラの体はどんどん小さくなり、最後には一輪の花になった。
「……終わったわ。」
「ああ。」
「これで、彼らの魂は救われたのでしょうか。」
「そんなのわからないわ。でもね、誰かを恨みながら存在するってとてもつらいの。それよりはましになったとは思うわ。」
霊夢と霖之助は、そっとバサラだった花を鉢に植え替えた。
この時、人里を襲っていた花の蔦も消えさり、花の騒動は終焉を迎えた。
その後、子供の供養塚は霖之助と白蓮の手によって修繕され、大規模な供養会が開かれた。
そして霊夢は三途の川に来ていた。子供達との約束を果たすためだ。小野塚小町に頼んで四季映姫を呼び出す。
「全く、閻魔を呼び出すなど前代未聞ですよ。」
「わっているわ。その上でお願いがあるの。」
すると、霊夢は、頭を下げた。あの霊夢が頭を下げたのだ。小町も映姫も目を丸くした。
「お願い、賽の河原で石積みなどさせないで、あの子供達を天国に行かしてあげて。」
「あの子たち……数日前集団で彼岸にきたあの子たちですね。大丈夫です。あの子たちは白。天国へと旅立って行きましたよ。」
「ほんと?」
「ええ。賽の河原の石積みはそれを監視する鬼達が大けがしたのでしばらく休業しています。なのであの子たちは石積みの業をおわず天国へ行きました。」
霊夢はホッと息を吐いた。よかったと心の底から思った。そして霊夢が帰ろうとすると、映姫が声をかけた。
「あなたも、一つ善業を積みましたね」
「……別に、そんなつもりでやったんじゃないわ。ただ、あの子たちがあまりにも哀れだと思っただけよ。」
「そうですか。」
映姫はにこりとして霊夢を見送った。
そして霖之助は風見幽香のいる場所に来ていた。
「あら、たしか香霖堂の店主だったかしら。」
「ええ。」
「何の用?今、花見で忙しいのだけれど。」
「実は、この花をあなたに世話してほしくて。」
霖之助は幽香にバサラだった花を渡した。
「……!この花は?」
「だれにも愛されず、捨てられた子供の魂がこもった花さ。」
「……」
幽香は、まるで自分の子供に向けるかの如く優しい目で花を見やり、撫でた。幽香は、この花が愛を求めている事、そして人間や親に対し強い憎しみを持っている事を感じとったのだ。
「なるほど。分かったわ。この子は私が愛情を込めて育てるから安心して。」
「頼んだよ。」
こうして、バサラだった花は幽香の手で愛情を込めて育てられる事になった。
これでバサラとなった子供の怨念が本当に救われたかどうかは分からない。
だが、霊夢と霖之助は、きっとこれで彼らの心が少しは救われたのだと思いたかった。
子供は大切にしましょう。でないと、子供の怨念は怪獣を生み出すかもしれませんよ。