気がつくと、霊夢は暗闇の中を飛んでいた。いや、飛んでいるというより、漂っているのほうが正しいかもしれない。自分の意志では動けず、ただ流されていく。その流れに体を任せていると、闇の中、彼女はぼんやりとしたものを見つけた。それは人影のようで、何かを自分に伝えようとしているようだ。
「お…さ………む」「き……れ……」
だが、耳障りなノイズが邪魔をして、それをしっかりと認識できない。
「おき…さい……」「きを……む」
うるさいわね、邪魔しないでよ。と思いつつ、なんとかしてそのぼんやりしたものに近づこうとする。そして、とても懐かしい姿が見えてきた。そして…
「気をつけて、霊夢。」「おきなさい、霊夢。」
「ふぁ?…紫?」
目をあけると、そこにはよく見知った顔があった。
「ここはあんたの屋敷?」
ここはスキマ妖怪こと八雲紫が住む八雲亭らしい。無縁塚よりだいぶ涼しい…といっても気温は三十度はあるが。自分は薄い布団に寝かされており、周りを見ると、魔理沙たちも寝かされている。そして、だんだんと意識がはっきりしてきた。
「ってあんたよくも邪魔してくれたわね!」
そう、霊夢たちは異変の元凶が入ってくる一瞬前に隙間に飲み込まれ、ここに運ばれてきたのだ。霊夢は暗闇の中で見た懐かしい誰かの顔など忘れ、紫に詰め寄る。
「そんなに怒らないの。私はあなた達を助けたのよ。むしろ感謝してほしいわ。」
「感謝ぁ?」
すると、魔理沙たちも目を覚ました。全員何が起こったかわからないといった顔をしている。
「みんな目を覚ましたわね。」
「紫、どういうことだ?」
霊夢達にとってはせっかくの異変解決のチャンスをつぶされたのだ。決して愉快な気分ではない。
四人とも非難がましい目線を紫に送る。だが、紫は意にも解していない。
「あら、これを見ても私を非難できるかしら?」
すると紫は隙間を開き、ある光景を見せた。
「これは…」
四人ともその光景に息をのんだ。そこに映っていたのは無縁塚だった。そして…
ギャアァァァァァァァァ・・・・・・・
まるで燃える小山に四足をつけたような化け物がそこにいた。その足元では無縁仏は砕け、彼岸花や木々は燃え上がり、地面は赤熱し、幽霊たちは逃げ惑っていた。
「温度は遮断してあるわ。あと数秒無縁塚と幻想郷の間に境界を作るのが遅ければければ幻想郷は火の海になっていたはずよ。」
四人とも声が出なかった。あの場所にいれば、自分達はこんがりと焼かれていただろうと思うとぞっとする。
「紫、あれは…何?」
最初に口を開いたのは霊夢だった。この質問は彼女ら3人が抱いた疑問である。隙間に映るあの巨体はいったい何なのだ。幻想郷にはあんな巨体を持つ化け物はいない。いるとすれば伝説の龍くらいだろう。
だが、一人だけその答えを知っていた。あの巨体がどんな存在であるかの答えを。
ふと、魔理沙は早苗が震えている事に気がついた。蒸し風呂のような気温なのに、まるで氷室に薄着で放り込まれたかのように震え、自分の体を抱きしめている。
「おい、早苗。どうした。」
魔理沙が肩をゆすると早苗ははっと顔を上げ、紫のほうを向く。何か言おうとするが、混乱して口がもつれてなかなか言葉が出ないようだ。
「なんで、なんでです?なんで…」
そこで言葉をいったん切り、深呼吸をして混乱を静めて叫んだ。
「なんで怪獣がこの幻想郷にいるんですか!!」
そう、外の世界に住む人々の恐怖の対象であり破壊が具現化したような存在。怪獣が幻想郷に侵入してきたのだ。
だが、早苗の言葉にほかの三人はきょとんとしている。
「怪獣…それがあの化け物の名前なの?」
この霊夢の言葉があらわすように、幻想郷に住む人間たちは怪獣を知らない。まあ、外と切り離された世界に住んでいるのだから無理もない。
だが、つい最近まで外の世界にいた早苗は怪獣の恐怖を体験したことがあったのだ。
「はい、怪獣…外の世界の化け物、妖怪たちみたいなものです。まあ、妖怪たちの方が何万倍もかわいげ
がありますけどね。それより!なんであれがこの世界にいるんです、紫さん!」
早苗は紫に詰め寄る。だが、当の紫は眠たそうに
「さあ?」
この一言で済ませた。もちろんこんな答えで早苗の気が済むはずがない。さらに紫に詰め寄る。
「さあって…そんなわけないでしょう!何か知って…」
だが、これ以上は言えなかった。紫から来る圧力がそれ以上の言葉を許さなかった。
「本当に知らないわ。むしろ私もあの怪獣の出現に驚かされたのよ。」
嘘だ。そう言いたかったが声が出ない。早苗は引き下がるしかなかった。
「で、紫。あの怪獣ってのが今回の異変の元凶なのね。」
「ええ。あれがこの暖冬の元凶。とりあえずあなたたちにはあの怪獣を倒してもらわ。」
「おいおい、待てよ紫。あれ…怪獣だっけか。怪獣ってのはなんなんだ?」
「ええ。怪獣が何か分からなければ、対策も何も…」
「大丈夫よ。多分、あの怪獣については矢守神社に記録がある筈よ。」
そう言うと、四人の座っている布団の下に隙間ができる。
「え?」
「じゃあ、いってらっしゃい。」
四人は再び隙間に飲み込まれ、守矢神社へと落ちて行った。それを紫は見届け、部屋に紫の式である藍が現れるのと同時に布団に倒れこんだ。
「紫様!そのお怪我は!?」
「ああ、藍……悪いけれど、薬を持ってきてくれないかしら。」
紫は四人の前では何ともないように振舞っていたが、背を深く切り裂かれていた。隙間で傷は隠していたが、受けたダメージは大きいようだ。頑丈な妖怪とはいえ、さすがにつらいのだろう。脂汗をかき、顔をゆがめている。すぐに藍は薬箱を持ってきて、介抱にあたった。
「藍、何年ぶりかしら。この幻想郷に怪獣が現れたのは。」
藍が紫を介抱する中、紫は口を開いた。
「…あのお方が亡くなって以来ですから、五百年以上は。」
「ええ。この幻想郷に侵入しようとしてきた怪獣や侵略者はたくさんいたけれど、あの人が死んでから侵入されたのはのはこれが初めて。」
紫の顔は歪んでいた。その表情には悔しさ、怒りが滲んでいた。
彼女はその気になれば弱い怪獣や宇宙人程度になら十分勝てるほどの力がある。今回もあの怪獣が結界に侵入する前に倒そうとした。だが、その怪獣は何者かに操られていたようで、その何者かに紫は不意を突かれ、背中を深く切り裂かれたのだ。
「何者か知らないけど、ずいぶんとなめたことをしてくれたわ。」
紫は痛手を負いながらも無縁塚を幻想郷から切り離し、霊夢たちをそこから脱出させた。
だが、その何者かの嘲笑が響く中、怪獣が幻想郷に侵入を果たすのを見送ったのだ。紫にとってこれほどの屈辱があるだろうか。
「笑いなさいな、藍。こんな無様な姿をさらすあなたの主人を。」
「紫様、そんなことを言うのはやめてください。あなたらしくもない。それに、あの四人なら怪獣の一体程度なら……」
「…ええ。霊夢たちに任せるしかないわね。」
そして、隙間を開き、霊夢らの様子を見ることにした。
「うわ…っと。紫め、ホイホイと隙間を使って飛ばしやがって!」
その頃霊夢らは守矢神社に転移していた。どうやら、二人の神様は外出中のようだ。
とりあえず、机を囲んでこれからのことを話し合いたいが、あの怪獣とやらにトラウマのあるらしい早苗の様子が少し心配である。
「それより、早苗。あなた大丈夫?ずいぶん青い顔してるけれど…」
「無理しないで、べつに神社に留守番しててもいいのよ。」
「ああ、お前、まだ体が震えてるぜ。怪獣は私たちに任せておとなしく待ってろって。」
三人とも早苗を心配している。異変時は争いどこか常人離れしているとはいえ、やはり根は優しい
のだろう……多分、恐らくは。
「いえ、大丈夫です。」
そう言う早苗だが、やはり顔は青く、僅かに体が震えている。
彼女は自分の部屋に向かい、一冊の本を持ってきた。
「…?その本は何。」
「これは外の世界の怪獣が載っている怪獣図鑑です。あの怪獣、確かこの本に載ってたような。」
早苗は本を机の上に置き、パラパラめくった。
ちなみに、この図鑑は外の世界でウルトラマンメビウスが地球を去った後、怪獣頻出期とまではいかないまでも怪獣が出現し始めた事に対し、市民も怪獣に対する最低限の知識を持ってもらおうと編集された本である。
「確か最初のほう…あった。こいつです。」
そこに載っていたのは灼熱怪獣ザンボラー。かつて鎌倉で人間の山の開発に怒り暴れまわり、初代ウルトラマンによって倒された怪獣である。
「へえ、面白そうな本だな。」
だが、魔理沙は怪獣そのものよりもその本に興味をひかれたようで、自分のほうへ引き寄せようと手を伸ばす。だが、怪獣図鑑は一瞬で咲夜の手の中に収まった。
「でも、ちょっとおかしいわね。」
「おい咲夜、何すんだよ。」
魔理沙は引き寄せようとした本を取られ、少し不機嫌になる。
「とりあえず、本に関しては図書館から盗んだ本を返してからものを言いなさい。」
「盗んだんじゃ…」
「はいはい。死ぬまで借りたんでしょ。で、何がおかしいの?」
ここで言い合いになっても面倒なので、霊夢が話題を元に戻す。
「ええ、隙間から見た怪獣。こいつよりかなり大きかったような気がするの。」
そう言われてみると、隙間から見た怪獣は、この怪獣より皮膚はいくらか明るい色調でより山に近い姿をしていた。
「…確かに、こいつよりも倍くらい大きかったわね。あれの子供かしら?」
「さあ…でも、当時の防衛チームは一回しか戦っていませんから、もしかしたらあの怪獣はザンボラーの成体かもしれませんね。」
早苗たちの出した答えは少し間違っていた。今回幻想郷に出現した怪獣の名は確かにザンボラーである。だが、このザンボラーは外の世界出身ではない。アメリカにウルトラマンパワードがいたという平行世界に出現した、パワードザンボラーなのだ。身長体重共に日本の二倍だが、体温は200分の1ぐらいである。元は燃え上がる自然の怒りが具現化したような怪獣で、その世界では衛星レーザーやミサイル、パワードのメガスペシウム光線すらすら意に介さず、最終的にパワードに説得されて引き下がった。
だが、謎の侵略者により洗脳され、侵略兵器として幻想郷に送り込まれたようだ。
「まあ、何にしても、あれを倒さないと、雪合戦もできないぜ。」
「といっても、体温は十万度…熱すぎるわね。」
「ええ、それが過大評価だったとしても、実際に彼岸花なんて自然発火してるし、お札なんで燃え上がりそうだし、ナイフや針も溶けちゃいそうね。」
「そもそも、スペルカードルールなんて通用しませんよ。怪獣なんて、知能のないただの化け物なんですから!」
相手との間で意思疎通ができればスペルカードルールが使用できる。だが、相手は怪獣。意思疎通ができる可能性があるのは古明地さとりくらいだろう。しかも、ルール無視でぶちのめそうにも相手の体温は十万度近く…実際は500度以上なのだが、どちらにせよ、さしもの霊夢でも近づく事すら困難ではお手上げである。
「レティやチルノならどうだ。あいつらなら冷やせるんじゃないか?」
「それは難しいんじゃない?彼女たち、結構ぐったりしていたし。」
確かに彼女らが見たとき、チルノ達は赤い顔をしてひどく汗をかいており、完全に熱中症にかかっていた。あれに動けというのはさすがに酷だろうし、看病していた雪男とかいっていた男が許可しないだろう。
「ああ、めんどくさい!いっそ、暑さを感じない服でもないかしら。」
この霊夢言葉に、早苗の脳にある考えがひらめいた。
「そうだ、河童たちなら…」
「なによ、早苗。」
「はい、山の麓にある間欠泉センターなんですが、外壁は核融合の熱に耐えられる材質です。あれを作った河童たちなら、耐熱防火服を作れるんじゃないかと。」
なるほどと四人は思った。技術バカの河童達なら比較的友好的だし、断られても少し弾幕ごっこという名の話し合いで勝利すれば何か用意してくれるだろう。それに魔理沙と河童の水槽の技師こと河城にとりは知らない仲ではない。頼めば力を貸してくれる可能性が高い。
「じゃあ、河童の隠れ家に行かなくてはね。ところで、だれか道は知ってるの?」
この問いに霊夢と早苗は顔を見合わせた。そう言えば、自分らはにとりの家の場所を知らない。だが、魔理沙は自信ありげな笑みを浮かべている。
「よおし、私が案内してやる。」