我想う故の悪あり   作:クトウテン

2 / 2
落ち着くまでこっち更新するかもです。


出会うは剣鬼と夢見る兎

あぁ、これは死んだな。

 

どこか冷静に、冷徹に一人の少年は自分の現状をそう評価した。

 

冷たく、光の届かない迷宮の中。

更に言うなればその地下五階。

 

少し欲を出し冒険(・・)をした結果、その冒険者―――ベル・クラネルという少年はいとも簡単に死にかけていた。

 

蛇に睨まれたカエル。というより獅子に目を付けられた兎。

ミノタウロスというこんな浅い階層にいる訳のない、正しい意味でのモンスター(怪物)の姿に、その咆哮に、濃密な殺気に。

彼の心は容易く折れた。

 

「は――はは」

 

自分の喉からは情けなくも乾いた笑い声しか漏れてこないのに対して、もはや情けなさ、悔しさを感じる間もなく彼は今この瞬間“死”という感覚を強く味わっていた。

 

脳内では、まとまらない思考がただ文字の羅列として空回りをし、抜けた腰と震えた腕でジリジリと後退する。

その間も、奴は迫ってきていた。

 

「ゥルグ……ガル……ルォ」

 

あの巨木の様な腕に叩き潰されたら死ぬのだろう。あの頭上にそびえる禍々しい角に突かれても無事で済むまい。あの携えた大きな斧を振るわれれば僕なんて紙のように吹き飛ぶはずだ。あぁ、あの大きく開いた口から覗く牙なぞ僕を簡単に噛み潰して数秒足らずで肉塊にしてしまいそうではないか。

 

「た―――」

 

気付けば、その願いは口から溢れるようにして、零れていた。

 

「助けて――――!」

 

ゾンッ。

 

それは、初めて耳にする音だった。軽い剣を振るうヒュ、とした音でもなく、中型の剣を力任せに振る様なザッ、とした音でもなく。

とてつもなく(・・・・・・)重い剣で(・・・・)空間全てを(・・・・・)ねじ伏せる(・・・・・)かのような、暴力的なまでの閃剣の、音。

 

やがて現れた。

 

切り落としたミノタウロスの右腕の付け根から噴水のように赤色のアーチを作り、それをびちゃびちゃと浴びながら彼は現れた。

 

「おう―――助けてやったぜ。んで、報酬は?」

 

笑顔を貼り付けながら、大きな大剣を担ぎながら、飄々としながら。この“死地”とも言える迷宮の中どこか楽しげにもしている風な彼のその姿は。

 

彼のルビライトの目には―――鬼の様にも映った。

 

 

 

 

「ゴ……ァ……。グルガァアアアアアアア!!!」

 

その叫びは痛み故か怒り故か。

取り敢えずリリに少年を回収してもらい、目の前のミノタウロスに相対する。

 

「おーらら。随分激おこしてんじゃんミノちゃんよぉ。お? 自慢の恋人が消えたのがそんなに不満か? 安心しろよ。テメェもすぐそっちに送ってやっからよォ―――!」

「どっからどう見てもこっちが悪役です本当にどうも有難う御座いました」

 

リリの茶々を無視しながら、目の前のデカブツへと突進する。怒りと、右腕を失った事により敵はマトモな判断が効かなくなっている。つまり攻めどきは今ということだ。

この場であの巨斧を振られたとしても、頭のない一撃など児戯にも劣る。

簡単に受け流してとどめを刺して終わるだけだろう。

 

笑い声を漏らしながら突っ込んでいくとリリが演技臭い何かをやりだした。こいつふざけてないとだめなのかなぁ。

 

「や、やめてください! ミノタウロスをそんなにいじめないでください! 彼にも! 彼にも愛すべき妻と子供が!」

「じゃあこいつの魔石売っ払って今日バーベキューにしようと思ってたけど無しな」

「ごー! じぇのさいど!」

「イエッサァー!」

 

自分も随分ノリが良いと思う。

 

やはりと言うべきか、考え無しな一撃が俺に向かって放たれるが、それを剣を逸らすことによって受け流し、尚且つ引く事によって敵の重心を崩す。

 

グラついた所に、引いた瞬間の力をそのままにぐるりと一回転し、

 

「そぉいっ!」

 

敵の角を、思い切り剣の腹でぶん殴る。

するとどうだ。

ミノタウロスは、勝手に地面へと倒れるのだ。

 

「え……?」

 

後ろで少年が声を漏らした。

 

「チキチキ☆有料会員限定冒険者レクチャーその1!」

「ちゃっかり有料入れてるあたりだいぶ屑ですね」

 

うるせい。

 

「見た目のサイズに騙させる事なかれ! ミノタウロスは構造上人間と急所に変わりは無いゾ!」

「つまり……脳?」

「せぇーかい! そして人間よりチョロいことにこいつ、角あんのよね。これ実は頭蓋骨から直接伸びてるわけで、まぁある程度の筋力と対応のできる武器がありゃあこいつはチョロイン確定ですわ。困ったらまず角をボコる。まずボコる。ミノちゃん涙目。おーけー?」

「お、おーけー。というかこれ、放置していいんですか……そ、そろそろ起きそうですけど」

「だろうな。あと二秒後には完全復活だろうよ」

「えっ」

 

その言葉に間違いはなく、目の前のミノタウロスはピクリ、と一瞬反応した後、足と片腕を器用に使い大きく後ろへ飛び退った。

 

「あ、あぁ! バーベキューが逃げる!」

「うん、お前は少し黙ろーねー?」

「で、でも逃げちゃっていいんですか!?」

「あぁいや、大丈夫。わざとだから」

「は、え?」

 

何言ってんだこいつ、と言った表情に吹き出しそうになるも一度大剣を担ぎ直してから、歩き出す。

 

「ほーれいくぞリリ、兎君。報復の開始だぁー!」

「兎君ってなんですかー!? 僕はベル・クラネルっていうんですー!」

「応、了解ベル坊」

「ベル坊!?」

 

そんなやり取りをしながら、血に染まった男の人に担がれながら兎はふと思う。

 

……ん? 報復ってなんだろう?

 

そのことについてなぜ問い詰めなかったのか、その後ベルは本気で後悔することになる。

 

 

 

 

世の中には厄日という概念が存在する。読んで字の如く厄な日の事である。いい事がなく、悪いことが起きやすい。

 

僕―――ベル・クラネルのその厄日という日は、きっと今日のことなんだと思う。

 

目の前には、一つの()が砂へと還っていく光景と共に、そこから隔てるように二人の人間が相対していた。

 

大剣を背中に収めながら血糊をこびりつけた鬼は嗤い。

その美しき金糸の髪を揺らす女神にも見える女性は、エストックの様な剣を腰へと収めてそちらへと視線を向けた。

 

「よぉ―――『剣姫』。相変わらず眩しい(・・・)ねぇ。怖気が走るぜ」

「……久し振り、『剣鬼』。相変わらずで、よかった」

「ほぉ?」

「殺しても、罪悪感が沸かなそうで、よかった」

「――――ハッ」

 

男が哄笑を上げる。馬鹿にするようでいて、どこか本当にその女の人を怖がっている様な、そんな笑い声であった。

 

ともあれ。

 

みしみしみしみし、と。

まるで空気が軋轢しているような幻聴さえするこの現状。

迷宮の中だということで、殺伐しているのかも知れない。いやそんなことはない。もう僕の周りは先程のミノタウロス並の殺意に今まみれている。抜けた腰がもはや砕けそうだ。

ついでに言えばミノタウロスはすでにご臨終しており、それを行ったのは今この空気を生み出している傍らの美女であった。

 

なんだ。なんでしょう。なんなんだろうこの現状。

 

「まぁ、いい。俺達の事ぁ良いんだよ。今大事なのは――こいつの話だァ!」

「―――」

 

声を漏らす間もなかった。そんな間もなく宙に打ち上げられ、さながら鳥のように空を飛び、

 

もにゅん、と。

なにか柔らかいもの、に―――。

 

『おぉ……!』

 

エイジと呼ばれる青年の対面に位置する集団からどよめきが走る。一体なんのどよめきかも理解できない。理解できない、まま。

 

女性の胸部(・・)にうずめていた顔を起こし、その本人の顔を、凝視した。

 

「―――いい夢は見れたか?」

 

サァァァァ、と音が聞こえた。

なんの音かと思えば血の気の引く音だった。

なるほど、なるほど。

 

「ご、ごごごごごごごごめんなさぁああああああああいっっっ」

 

即座に離れ、地面に強く頭を打ち付けた。

ゴヂンッ、という音がとてつもなく痛々しいが、死ぬのと、今痛いのを比べれば歴然の差である。

 

「おいおい、ベル坊土下座なんてよせよ。―――こいつらのせいでテメーは死にかけたんだから、怒りこそすれ謝る必要なんて欠片もねぇぜ?」

「えっ?」

 

その言葉に顔を上げると、目の前の集団はピクリ、と肩を一度震わせ、気まずそうに視線を逸らした。

 

「そうか……そういうことか」

「いやー、俺が助けに入らなかったら間違いなくコイツは死んでただろうなぁー。この責任は、誰が、どうして、くれるんだろうなぁー!」

「煽りますねぇ、エイジさん。ほら、もはや凄いヘイト溜まってますよアレ。うわぁ……気分いい!」

「いい空気吸ってんなお前!」

 

ケラケラと笑う声が、重く冷たい迷宮の空気の中を響き渡る。

 

「ふっざけんなよテメェ!」

 

と、そこに爆発する声が一つ。

 

「あ、突っかかるバカがいた」

「あァ!? 舐めくさりやがって何様だテメェ!」

「止めろベート!」

「なんで俺らが―――この《ロキ・ファミリア》がこんなボンクラ野郎にさんざん苔にされて黙ってなきゃいけねぇんだよ!? 今すぐこいつの口封じてやらァ―――!」

「お? なんだ? じゃあお前らに非はないって言いてぇのか?」

「ったりまえだろうが! たまたま上に上がっていった牛野郎が冒険者をぶっ殺そうが何しようがそいつの勝手だろうが! 俺らに非なんて一切ねぇ! むしろこの場合しっかり逃げ切れもしない判断もまともに出来ねぇこの貧弱野郎が悪ぃだろ!」

 

その言葉に、たしかにそうだと我ながら納得しかけた。

僕が、貧弱で、弱いから。

判断もまともに下せずに、死にかけたから―――!

 

「やめろと言っているだろうベート!」

「……なにか間違ったことは言ったかよォ」

「―――いや、正しいな。ごもっともだ。お前が正しいよベート君」

 

パチパチパチと耳に届くのは拍手の音だった。

音源は、エイジという青年。

 

「弱いのなら、逃げる。強くても、状況を把握する。それもできない人間が死ぬのは当たり前だ。たまたま勝手にミノタウロスが低級冒険者ぶっ殺そうが何しようが、運が悪かったも同然だな」

「……はっ。あァそう言う事だよ」

 

そうだよなー。と、どこかふざけた様にそんな声を漏らしながら彼は。

 

「―――なら、たまたま俺がここでテメェらをぶち殺しても、運が悪いだけで、仕方ねぇよなぁ?」

 

剣の切っ先を、ベートと呼ばれた男の眼球に突きつけた。

その行為は、まるで神速。瞬きをした間には完了していた。

 

そしてそれと同時に。

彼は、完全に包囲されていた(・・・・・・・)

 

その同ファミリアの仲間と思わしき全員がいつの間にかそれぞれの武器を抜き、彼を必殺できる距離へと詰めていた。

 

「……どういうつもりだ。『剣鬼』」

「どーしたもこーしたもねーだろ。俺が求めてんのはこいつに対する謝礼だよ。俺はなにか間違ったことを言ってるか?」

 

若干皮肉を滲ませるように長い耳をした緑髪を持つ美麗な女性―――エルフと思われる彼女に彼はそう言葉を掛けると、一度彼女はその端正な顔を歪めて溜息を吐いた。

 

「……いや、その通りだ。おいお前ら。彼を保護しろ。家のホームで手厚くもてなすぞ。少年。先程の胸の件は水に流そう。そして謝罪のためにもホームに招きたいんだが、いいだろうか?」

「え、いやあの、わるいのぼくですし、そんなお気になさらず」

 

ろれつと思考を置いてけぼりにしながら、なんとか手と首をブンブン振って拒否を示すがそうも行かず。

 

「おいベル坊。もらえるもんは貰っておけ。それが冒険者ってもんだ」

「……ぅ、あ……すいません」

「気にするな。もとより悪いのはこちらだからな。―――それと、剣鬼」

「うぃ」

 

ヒュ、と彼女が彼に向けて何かを投げた。それを彼は受け取りキョトンとする。

 

「今回は彼を助けてくれてありがとう。《ロキ・ファミリア》の代表として感謝する。その報酬だと思って受け取ってくれ」

「うぃ。ありがとよ」

「しかし次―――我らエンブレムに刃を向ける時は覚悟しておけよ。全力を持って相手してやる」

 

おーおー怖いねー。そうおどけながら最後に軽く手を振りながら彼等は迷宮の中消えていった。

 

残った《ロキ・ファミリア》の団員達はその様子を目を逸らさずに見送り―――その様子はさながらモンスターと相対する姿にも見えたが――――姿が完全に見えなくなった所で、代表するかのごとくエルフの女性が拍手を一つ打った。

 

「さて、では行こうか皆。少しのトラブルがあったものの今日は大物を狩った。明るく行こう」

 

迷宮内のため大声出すことはできないが、皆がそれぞれ喜びを噛みしめるようにしながら、気を引き締めて岐路へとつく。

その中で僕は肩身が狭いのを理解しながら、そそくさとその集団についていくことしか出来ないのであった。

 

あぁ、早く神様の所に帰りたい……。

 

そんな願いをもちろん口にするわけにもいかず、ただただなすがままにベルは時の流れに身を任せた。

 




読んで頂いて有難う御座いました!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。