黒雪のコモリオム  --What a beautiful Fakes --   作:ジンネマン

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 照明に照らされる。舞台が照らされる。劇場が照らされる。

 黄色を基調とした舞台には扉はない。ここは出ることも、入ることも出来ない。

 何者も見たことない程の大きな劇場。誰も見たことない意匠の壁と観客席。如何な人も見たことのない舞台装置。

 

 見たことない観客席、壁、舞台、各所に施されたシンボル(・・・・)。疑問符を三つ合わせたようなソレ(・・)

 人を嘲笑うのとも違う感情が込められたシンボル。人も英知や経験を遠く高みから見下ろされている感覚に囚われる。

 

 ならばこの舞台は何の為の舞台か。

 

 ここはたった一つの演目の為の舞台。ここはたった一つの戯曲の為の舞台。ここはたった一つの狂気に彩られた舞台。

 その劇場には誰もいない。観客も、楽団も、役者も、裏方も、誰もいない。

 あるのは狂気だけ。一人の王が望み、一人の王が見て、一人の王が嗤う。

 

 普段ならば、一人の劇場だ。しかし、

 

「――人の劇場を乗っ取るとは趣味が悪いぞ」

 

 そう、いま、この劇場の主は黄衣の王ではない、いま、この劇場の主は――

 

「アハハハハハ、そう言わないでもらいたいな気狂いの王。ただ一人、ただ一つの戯曲に(ふけ)る気違いの王」

 

 話す声は、仮面の男だ、薔薇の華の。異形の男だ、黒い僧衣の。周囲を満たす黒よりも尚、色濃い《霧》だ、《闇》だ。否、既にそれは《混沌》だ。

 

「なんの用だ黒い道化師(ラスプーチン)、ここを貴様に貸した覚えも、招待した覚えもない。疾く去ね」

 

「そう邪険しないでほしいな黄衣の王、今日は君を寿(ことほ)ぎに来たんだよ」

 

「寿ぎに来ただと――」

 

 ユーリーは黒い道化師の言葉に訝しむ、この男が他人に祝辞を贈るなど決してあり得ない。この男にそのような感情があるはずがない。

 

 

「祝福せよ! 祝福せよ!

 ああ、ああ、素晴らしきかな!

 盲目の生け贄が今ここに契約を結んだ!

 狂気にその身を染めた王と結んだ!

 後に訪れる破滅(祝福)を知らぬ生け贄」

 

「だまれ」

 

悍ましき(歓喜なる)未来は訪れる。必ず訪れる。

 契約の時が、終末の時が、絶望(希望)と共に。

 日本狼たちと同じ末路が」

 

「だまれ――」

 

「しかし、しかし、

 生贄よりも盲目なる王よ。

 あなたはまだわからないのか。

 今回も、いや、以前も、これからも、

 あなたに訪れる結末は――」

 

「――だまれ!!」

 

 着古した黄色とも緑ともとれる外套が、触手のようにうねりながら黒い道化師を拘束、そのまま力任せに圧殺する。されるはずだった。

 

「あなたに訪れる結末は変わらない。

 あなたがどれほど人を愛そうとも、

 あなたがどれほど強く握りしめようとも、

 あなたの手から零れ落ちていく、

 何も残らない」

 

 外套が握りしめた場所に黒い道化師はおらず、ただ彼の声は劇場に響き渡る。誰もいない、ただ一人の王の劇場に。

 ユーリーは劇場を見渡す、たしかに感触はあった。たしかに仕留めたハスだった。だがそこには、誰もいない。まるで、彼の祝福(呪い)そのままに、嘲笑うように黒い道化師は消えていた。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 私がシャワーを浴びて、汗を流し、気が落ち着いた時、始めて彼に気づいた。

 

おはようございます(ドーブリョ・ウートラ)子鳥ちゃん(プチーツァ)

 

 部屋の備え付きの椅子に足を組み坐している彼、着古した黄色とも緑ともとれる外套をし、深くフードを被っている少年。ユーリー。ユーリー・ハリトンがいることに。

 

「ユーリーさん――」

 

「ああ、今回はちゃんと僕の名前を覚えてくれているんだね。安心したよ」

 

 私が彼のことを覚えているか不安だったようで、ほっと胸をなでおしていた。

 ――でも、どこか、それ以外の何かが、彼の顔に浮かんだ気がする。

 私は彼の何かを見落とした、そう思えてしまう。

 

「――あの、ユーリーさん」

 

「ああ、君は聞きたいことが山ほどあるんだろ。わかってる。僕が答えれる限り答えよう」

 

「……全部では、ないんですね」

 

「ああ、全部ではない。それは君のためにならない。何よりも僕が教えたくないから、ごめんね」

 

 

 ユーリーさんは軽く頭を下げて謝罪してくれる。しかし、申し訳なさそうな声色がするも、その芯には何か鬼気迫るものがある。

 必ず成し遂げなければならないものが、決して(ゆず)れないものが、(まも)らなければならないモノを心に刻み込むように。本人は認識できていないようだが深く、重い声を発していた。

 

「――わかりました。では、大まかでいいので教えて下さい。

 まず、タマーラは大丈夫なんでしょうか? よく考えればタマーラの寝起きはいい方なのに、その後慌ててお手洗いに駆け込んだ時も大きな音を立てていたのに……あの、あー……ん……今思えば急だったとはいえ、扉を閉め忘れていた私が悪いんですけど、……嘔…………粗相をしていた時に起きず、その後三十分はシャワーを浴びていたのにタマーラは起きない。もしかして、どこか悪いところを打ったんじゃないですか?」

 

 そう、冷静になってみればタマーラは未だに起きないのはおかしい。気付き始めると不安が押し寄せてくる。もしかして打ち所が悪かったのではないか? もしかして一生このまま目を覚まさないのではない? 考え出したら止まらない、留まらない、嫌な想像で心が押し潰れそうだ。

 

「ああ、彼女は大丈夫だよ。額に、といってもほぼ頭だが小さな裂傷があるくらいだ。適切に治療すれば痕は残らないよ。それに起きないのは僕がメスメルで少し深めに眠ってもらっているだけだからね」

 

「そうですか――よかった。

 でも、なんでタマーラにメスメルを? 貴方の言では安静にしなければならないほど重症という訳ではないのでしょ?」

 

「簡単な話さ、これから君がする質問の答えには他の人に聞かせたくないし、聞いてほしくないモノばかりだからだよ」

 

 ユーリーさんが組んでいた足をほどき、少々前のめりになり、右腕の肘を足の上にのせ掌で顎を支える。そして空いた左手を私に差し出すように伸ばし、

 

「――さあ、何が聞きたいのかな小鳥ちゃん。先も言った通り、答えられることには限りはあるが、誠心誠意、嘘偽りなく答えよう」

 

 私は彼の、ユーリーさんの芝居がかった仕草に少々気後れをしてしまう、彼は確かに誠心誠意答えてくるかもしれない、しかし、答えを聞いたら戻れなくなってしまう、今までの生活とは乖離してしまう、そう思えて仕方がない。

 でも、それでも、今ここで中途半端に目を背けては危険だと思う。だから、私は彼に問う。右手で胸にあるメダル(契約の印)を握りしめて。

 

「私達を襲ったのは何なのですか?」

 

「ああ、君達を襲ったのはわかりやすく言うとキメラ、人の手により作られた合成獣だ。そして、そのキメラを作ったのは赫い者達だ」

 

「赫い者達……今世間を騒がせている一団のことですか?」

 

 その話は前に聞いたことがある。しかし、以前の私は彼の言葉が靄がかかったように上手く聞き取れず、記憶しておくことも出来なかった。

 だか、あの印を、古風な金の象眼細工が施された黒い縞瑪瑙のメダルを手にし、彼のユーリーの名と共に契約を結んだ時。彼との会話の内容が鮮明に思い出せた。

 

「ああ、彼等で間違いないよ。でも、その事は他言無用だ。僕があえて君に教えるのは警戒心を持ってほしいからだ。彼等は危険な集団だ。特に黒い雪が降る日は気を付けてほしい。僕自身もいつ黒い雪が降るかはわからないのが心苦しい限りだが――」

 

 彼は歯ぎしりをして苦虫を噛み潰したような顔をして、私から顔を背けた。彼にとってかなり悔しいのか不機嫌さを隠しもしない。目を険しくして左手の握りこぶしから血を滴らせるほど力を込めている。

 彼に直接睨まれたわけではないのに、体か震える。冷や汗が止まらない。それほどまでに彼から放たれるモノに私は萎縮してしまう。

 ――何か言わないと――

 

「――あ、あの! ユーリーさん手から血が」

 

 彼は私の声を聞いて血に染まった自分の左手と床見る、私と左手を交互に一回見てから左手を袖に隠した。

 

「ああ、怯えさせてすまないねアンナ・パヴロワ。もう大丈夫だからね。質問を再開するといいよ」

 

 そして、私に向け申し訳なさそうな顔をする。私は彼が、ユーリーさんが本当に私に気を使っている。それがわかると少し、この状況を変えたいと思った。

 このままの気持ちでいたら、たぶん話は進みそうにないし、話が頭に入るかわからない。だから、

 ――私はもう少し彼との距離を縮めたい、これからのことをしっかり話したいから。

 

「――それで、その……私のことは『アンナ』っと呼んでください。その方が馴れているので」

 

 すると、場を支配していた緊張感が霧散した。それどころかユーリーさんはさっきとは違い照れるような、恥ずかしいような、本当にさっきまでとは別人のような顔をして視線を私から逸らした。その反応はまるで、初めて異性と社交ダンスを踊る少年少女のようで微笑ましく見えてる。

 

「――――わかった、これからはアンナと呼ばせてもらうよ。それで、他に質問はあるかい?」

 

 なにやら、無理矢理話を戻そうと若干早口になった。今の彼は見た目相応の、背丈そのままのかわいい少年に見えてきてしまう。昨日の、あの時の彼が、怪物を退けた時の彼は、本当に彼なのか疑問に思えてきてしまう程に。

 

 ――本当の彼は、本来の彼は、いったいどちらなのだろうか? 私はどっちの彼を信じればいいの?

 ――分からない。判らない。わからない。でも、いまは、

 

「――黒い道化師(ラスプーチン)。それは誰なんですか?」

 

 度々彼の口から出てくる名前、その名前は聞き覚えがある。そう、皇帝(ツァーリ)信頼厚き祈祷師、この帝都サンクトペテルブルクで数多の病人を治療してきた人。巷では《神の人》と呼ばれる人。

 ――でも、彼が、ユーリーさんが警戒するよう人とは思えない、たぶん同名の別人だと思う。

 

「君の想像している人物で間違いないよ。黒い道化師、ラスプーチン。世間と宮廷はアレを随分ともて囃すがアレは皆が思っているような人間ではない、祈祷師とか《神の人》とか皮肉にもならない。僕から言えば怪僧だ。そもそも僕でさえアレが何を考えているか検討すらつかない。

 ――でもわかることがある。アレは決して人が近づいていいものじゃない。だから、もしも、ラスプーチンの名を使う者に遭ったら即座に逃げるんだ。僕もできる限りのことはするが……正直、アレを倒せる気がしない。

 無論、単純な力なら僕に分はあるだろう。――けれども、アレはそれだけじゃ駄目だ――」

 

 彼がそこまで言う相手、黒い道化師、正直どんな人物なのか想像もつかない。世間一般では褒め称える話題しか聞こえないし、悪いうわさもあまり聞かない。せいぜい皇帝お抱えの医者たちが不平を漏らしているとかその程度だ。

 ――何者なんだろう黒い道化師――

 

「ああ、うん。とりあえずこの話は以上だね。時間は有限だからね、他には聞きたいことあるかい?」

 

「いえ、特には」

 

 そう、大まかに聞きたいことは聞いた。彼について聞きたいことはあるが今はいい、本当の彼がどうであれ信用できる。なんの根拠もないけど、そう思える。だから、今はいい。また後日でいい。

 しかし、彼そうでもないらしい。

 

「――――――――――――――」

「……………………………………」

「――――――――――――――」

「……………………………………」

 

「はあ――」

 

 いきなり彼は、ユーリーさんは大きなため息をついた。ユーリーさんは私を呆れた顔をして見つめている。

 

「え――と、どうしたんですかユーリーさん?」

 

 私は聞く。なぜ、ユーリーさんが大きなため息をついたのか。なぜ、私を少し、呆れたような顔をして見つめてくるのか。私はそんな変な事や顔をしただろうか。

 

「いや、これは、なんともねえ。いや、いい。僕から言おう」

 

 ユーリーさんは一人で勝手に話を進めると私に、真剣な顔で正面に向き直る。

 

「アンナ・パヴロワ。先程までの君の体調不良の原因は僕にある」

 

「―――――――え?」

 

 ――なに? どういうこと? もしかしてユーリーさんが私に毒でも盛ったというの?

 私はユーリーさんの突然の告白に混乱する。正直、あれほどの嘔吐は今まで経験したことはなかったが、それでも所詮は嘔吐、たまたま食中毒になった程度しか思い浮かばなかった。それがユーリーさんの手によるモノなんて思いもしない。

 

「アンナ、なにか勘違いしているようだが、僕は別に君に毒を盛ったりはしないよ、王侯貴族でもあるましに。

 それにねアンナ、思い出してほしい。僕との契約をした時のことを。僕が君に言ったことを」

 

 契約の時、ユーリーさんは何を言っていたか。そう、ユーリーさんはこう言っていた。

『僕と契約するということはね。死ぬよりも(おぞ)ましい未来が確定する』

 たしか、そう言っていた。つまり、先程までの体調不良はすべて――

 

「思い出したようだね。そうだよ。これが僕との契約の代償さ。これからもっと症状が酷くなる、それがどういった症状になるかは僕もわからない。でもね、例外なく、契約者は最後は――」

 

「いいです! ――わかっています」

 

 私はユーリーさんの言葉を遮った。そう、彼は契約の時もう一つの選択肢も提示ていた。

『――それは、あの怪物に友人もろとも喰われること』

 彼がそこまで言うほどなのだから、これはまだ序の口なのだろう。

 

 それでも、

 ――それでも、

 

「あんなところで死にたくなかったし、タマーラにはもっと死んでほしくなかった――だから、これで良いんです」

 

 私は胸に、いつの間にか(・・・・・・)あったメダルを握りしめた。まるで『お前を逃がさない』そう言われているみたいに、当然のようにあったメダル。それは今も脈打ち、私を燃やし尽くそうと熱を灯しながら。

 

「――――わかった。すまない。君の覚悟に水を差すような言動をして

 

 (嗚呼やっぱり君たちは僕には眩しすぎるよ。)(ねぇペルクナス――)

 

 最後にユーリーさんがなにか呟いた。あまりに小さい声で聞き取れなかった。

 

「あの、ユーリーさん今な「さて、そろそろ君の大事な友人を起こすとしようか」」

 

 私の声を遮ってタマーラの頭を優しく撫でて起こすユーリーさん。

 

 

「う。うーーーん。あーーーアンナーーどこーーー」

 

 撫で初めて十秒も経たないうちにタマーラがむくりと上半身を起き上がらして部屋を見渡す。余程いい夢を見ていたのか、文字通り夢心地な声を上げながら再度見渡すタマーラ。

 ――こんなタマーラを見るのは初めて。いつも目覚ましが鳴ると同時に、二人一緒に起きるから私がタマーラの寝顔を見る機会はないもの。

 ――タマーラがたまに私の部屋に侵入して私の寝顔を覗くことはあるのにね。

 

「うーーーん。ちょっと深くやりすぎたかな? でも、あと少しもすればしっかり覚醒するだろうから問題ないと思うよ」

 

 私にはユーリーの声は届いていなかった。いま私は微笑ましくって、寝ぼけているタマーラに、普段見ることのできない姿をさらしているタマーラに、いつもならできないようなことしてみたくなった。先日タマーラが私にやったように、私はタマーラの頬をツンツンと指で突っつく。プニプニと柔らかくも指を弾こうとするハリがなんとも癖になりそうだ。

 

「ツンツン。ツンツン。ツンツン」

 

 ――うん。うん。なんか楽しいな。でも、そろそろ起きそうだからやめようかな。名残惜しいけど。

 

「んーー。んーー? ポテト?」

 

「は?」

 

 突然のタマーラの台詞(死刑宣告)に対応できず、私は、悲劇に見舞われた。

 

「がじ」

 

「――――いたーーーーーーーい!!」

 

 私の悲鳴を聞いて完全覚醒したタマーラは私の指から口を離すとすごい勢いで謝られ、消毒と称して再度私の指を咥えるとチュウチュウと五分ほどくすぐるように吸ってきた。くすぐったくって身を捩る私を無視しながら。

 後で思えば、アレは私のいたずらに気づいたタマーラの仕返しだったのだろう。

 ――噛みついたのはたぶん、本当に寝ぼけてたからだ。でも、そのあと状況から私がタマーラに何をしていたか察してあの行動をしたんだろう。

 

 

 

 その後、ユーリーさんについての説明でひと悶着があった。でも、今一つ言えるのは――

 ――もう、休みたい。だれか助けて――




とりあえず第一章終了。長かった。
次回は少し開けてから投稿すると思います。

今回はスゴく難産でした。正直ここ最近で一番クオリティが低いかもしれません。コレが噂に聞くスランプなのか!? まぁスランプするほど長く書いていませんし、ただの実力不足かな。
あと、この作品の登場人物は9割が何かしらの演技をしています。もちろん人間だれしもが自分を演じると言いますが、この作品の場合は自分の本質関わる部分を演じているのです。
黄衣の王も若干悪者ぶっていのも演技です。そうしないといられない理由があるからです。まぁ早速メッキがはがれていますが気にしない。精神は肉体に引きつられると言いますしね。

では親愛なるハーメルン読者の皆様方良き青空を。
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