黒雪のコモリオム --What a beautiful Fakes -- 作:ジンネマン
なお今回はさる方の作品の登場人物が出ます。さて誰かな?(すっとぼけ)
そして今回もあとがきにオリジナル設定とスチパンシリーズ用語を区別できるように書きます。
では皆様、開演でございます。過度な期待はせずごゆるりとご覧下さい。
白い風景。
白い空間。
白い世界。
ここは何もかも白いところ。けれどもある一点、そこだけに灯る
そこにいるのは、そこにあるのは、そこには■■■■■■■がいる。
それはプラスをマイナスにするもの。
それはありとあらゆるものを凍らせた。
それは国を、星を凍りつかせた。
そんなモノのいる此処を誰も訪れることはない。
そんなモノのいる此処を誰も訪れることは出来ない。
しかし、
「初めまして、お久し振りですね■■■■■■■」
誰かいる。いや、誰かというの人を指す言葉だが、かのものは本当に人なのか?
「どうたい、ここは? 寒いかい? 寒いだろ? 寒かろう? ははハハはは寒いね~~」
そして、かのものは気軽に、気さくに、気安く灰色の炎に話しかける。
「けれども、君が此処にいられるのもあと僅かかも知れないし、今の内に堪能しておくのも悪くないね」
話す声は、仮面の男だ、薔薇の華の。異形の男だ、黒い僧衣の。周囲を満たす黒よりも尚、色濃い《霧》だ、《闇》だ。否、既にそれは《混沌》だ。
「今日ここに来たのは他でもない、いや、君の顔を見に来たんだよ」
その時。灰色の炎がまるで心臓が脈打つように鳴動した。
「おや? 起こっているのかい?」
灰色の炎はさらに鳴動する。それはまるで火薬が炸裂するかのように。
「それは失礼、なに私は真摯に、真面目に、他の誰でもない君を心配しているのだよ」
いま、ひときわ、さらに大きく鳴動した灰色の炎。
「悪い子だ、■■■■■■■よ。ここから抜け出せると思っているのかい?」
さらに激しく鳴動する灰色の炎。
「ああ、君は必ず抜け出せるとも。私が保証しよう」
一瞬、爆発音がした。それは鳴動などと形容できるものではなかった。
「大丈夫、いずれ必ず、きっと必ず」
「そう、必ず─────ふっ、フハハハハハハハ! フフフフハハハハハハハハハハハハ!! フッハハハハハハハハハハハハハハ!!! 」
灰色の炎は変わらず鳴動を続ける。
「滑稽かな、滑稽かな。ではな、■■■■■■■よ。良き青空を」
静かになる。
誰もいなくなる。
ここにあるのは灰色の炎だけ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アカデミー付属帝室マリインスキー劇場附属舞踊学校は一限目が始まる30分前まで練習場(アカデミー全体では部室とも呼ばれる)を開いており、熱心な子(朝練は強制ではない)は朝練に精を出す。
タマーラと私は校門での遅れを取り戻すために手早くレオタードに着替える。更衣室には暖房機関がついておらず冷える、いい加減つけてほしいものだが更衣室を使う時間は基本的に限られているため必要ないと言うのアカデミーの見解で、ぐうの音の出ない正論であり、みんな諦めて無駄話せず着替える。
でも、やっぱり暖房機関はほしい。いくら壁が厚く、外よりは暖かいと言っても寒いものは寒い。
――でも練習場には暖房機関がついており、暖かいからまだマシ。
私はタマーラより早く着替え終えて、練習場へ駆け足で行く。
「タマーラお先に」
「あ、こらアンナ、走らない」
――いやだ。だって寒いんだもの。こればかりはタマーラに注意されても直せない。
私は更衣室の扉を勢いよく開け、練習場に続く廊下を駆け抜け、練習場の扉を勢いよく開ける。
途端に暖房機関によって暖められた空気が私を包み込む。この瞬間はおとぎ話で出てくる暖かい春や夏を想像させる。
暖かな空気が、冷えて縮こまってしまった血管を、身体を、ほぐしてくれる。
私は手を広げた状態で30秒ほど立っていると後ろから頭をこつかれた。
「こら、入り口の前で通せんぼしない」
後ろを見るとタマーラが呆れ顔でいた。
――レオタード姿のタマーラ、細身で、肌もきれいなタマーラ。同性の私も羨む素敵なタマーラ。
「あ、タマーラ。さっきぶり」
「『あ、さっきぶり』じゃないでしょ。ほら隅に行って一緒に柔軟しましょ」
タマーラはそう言うと私の手を握って引っ張って行く。強く、けれども優しく包み込むように握られた手は少し震えていた。寒かったのもあるかもしれないが、まだレフ先生の時のものが残っているのかもしれない。
だから私はタマーラの手を、大好きなタマーラの手を優しく握り返す。
隅に移動した私たちはそれからお互いに協力しながら10分ほど柔軟をする。本当はもっと時間かけるものだが、朝なので時間はなく軽くで終わらせる。そしてバーレッスンとセンターレッスンをして朝練は終わりだ。曲に合わせるのは放課後のでやるので問題ない。
朝練を終えると私たちはアカデミーの本校舎に駆け足で進む。
アカデミーは少し変わった制度がある。飲酒許可年齢までは午前中は本校舎で他の付属校の学生と一緒に基本科目を学び、午後からは選択科目を二限こなし、その後に付属校で部活や専攻学科をやる。
この制度は知識や見識を広くさせるのと同時に、交友関係やコミュニティを作るためでもある。因みに選択科目は学年や年齢の関係なく自分の専攻や部活とは無縁のものを選ぶ決まりなので私たちがコンスタンチン先輩とウラジミール先輩が出会ったのもこの制度があったからだ。もっともコンスタンチン先輩は初め数学講師として出会ったのだが。
アカデミーは総生徒数は約二万人。その内約六割は飲酒許可年齢に満たない生徒だ。そしてその六割の学生が集う本校舎はアカデミーの中心に位置しており、その大きさはモスクワの
本校舎は四角い囲いを十字に区切り、さらにその中心には円形の広場がある。建物は地下三階、地上五階の構造で一番大きい講堂は千人以上収容できる。
私とタマーラは飲酒許可年齢に満たないので基本科目を受ける。内容は主に機関学、数学、地球学、外国語学おまけ程度に国語と歴史、アカデミー内外のゲスト講師による特別講義の四限を毎日繰り返す。
修学期間はマルセイユ洋上学園都市を倣い、基本的に修業年数は5年。研究科に進めばさらに4年が加算される。
あと、地球学は地質学、鉱石学、海洋学、気象学を含めた学問のことで一番学生に嫌われている。ほぼ毎回講師が変わる。
――しかしこれも見識を広めるための一言で済ませるアカデミーはどうかしていると思う。私個人は色々なことが学べていいと思うけど……やはりこの地球学の詰め込み具合は異常だ。
――大抵の学生はこの科目に根を上げる。そしてこの学科が理由で退学希望する人も少なからずいる。
基本科目を終えて昼食の後に休憩を挿み選択科目の時間となる。タマーラと私、それにコンスタンチン先輩とウラジミール先輩の選択科目は第三文学。ここは忙しいアカデミーの中では珍しくゆっくりで静かな時間の流れる空間。主な活動内容はその日その日のテーマに沿った内容の本を読み、見識と教養を深めようという趣旨の科目。わかりやすく言うとゆったり本を読んで楽しもうという場所が第三文学である。
読み切れなかった本は自分専用の箱が用意されており、そこに入れて次回に続きを読む決まりだ。読んだ本は記録され、読み終わったら感想文を出すのが決まりだ。一応の活動記録らしい。
他の文学は外国書籍の翻訳や討論、古語の訳などしているところもある。かなり忙しく大変らしい。
次の選択科目はタマーラは政治学、最近はマルクスの著書について話し合っているらしい。コンスタンチン先輩とウラジミール先輩は天文学、主に観測機器打ち上げてあの灰色の雲の上はどうなっているか調べているらしい。
私はみんなとは別れて芸術科篆刻写真部(正式な部活ではない)を選択している。篆刻写真部は自然、建物、人物、とこだわりなく色々なものを写真機に写し鑑賞会を開くのを趣旨とする。他にも簡単な写真機の整備方法や地図の読み方なども習う。なによりもこの授業を選択すると廉価品ではあるが写真機が配布されるから選んだのだ。
そして選択科目が終われば待ちに待ったバレエの時間だ。
一日で一番楽しい時間。
一日で一番好きな時間。
一日で一番楽しみな時間。
ここでも私はタマーラと一緒に柔軟とバーレッスンとセンターレッスン、音楽合わせとたっぷりできる。
このために生きていると言っても過言ではない。
そして休憩中は持ち込んだ写真機に練習風景やタマーラを写す。
それらが私の最高の時間の過ごし方。
以前に無断で撮ったらコーチに『無断で撮るのはマナー違反ですよ。もしかして写した篆刻写真を男子生徒に売ったりしていませんよね?』と、ひと悶着あった。
その時タマーラが擁護してくれなかったら篆刻写真機は取り上げられていたかもしれない。
結果、幾つかの決め事が出来た。
①許可を取った人しか撮ってはならない。
②練習場で撮った写真は被写体とコーチに必ず見せる。
③絶対に門外不出。無論撮っていることも秘密である。
――この三つの範囲内なら自由なのだ。
――ただ、タマーラが擁護のさい『アンナは写真の虫なんです』はどうかと思う。
そんな充実した時間も日が暮れる前には終わる。
このサンクトペテルブルクは日が暮れると途端に酷く暗くなる。だから閉門時間は季節によって変わる。
いくらロシア機関帝国の首都であろうとも暗くなれば治安は悪くなる。このアカデミーの近くも例外ではない。
何よりも最近は不穏な人達が街を徘徊している。そんな話も多く聞く。
他にも不穏な話は聞く、農村などでストライキや暴動、いや他の街でも小さいが
――私達の日常を壊すもの。
――いや、違う。これはこの国の悲鳴。もしかしたら断末魔かもしれない。けれども私にはどうすることも出来ない。
――でも、だからこそ今を大切にしたい。この《うつくしきもの》を形として残しておきたい。
――たとえ永遠でなくとも――
「タマーラ早く帰ろ。寒いし、暗くなってきたし」
「落ち着きなさいアンナ、私たちの寮はそんなに遠くないんだから。それとも何か怖いものでもあるの?」
「ないよそんなの。たしかに最近は怪しい人が徘徊している。って言うけど、幸い私達の寮は大通りに面しているから変に狭い路地や小道にいかなければ問題ないでしょ?」
「たしかに最近は怪しい人が多いって言うけどね。私が言っているのはそっちの方じゃなくって、こわーいオカルトな噂の方だよ
曰く路地裏などで強い光があった後には黒い
曰く路地裏の発光現場に近寄ると呪いを受けて病にかかる。
曰く男女の区別なく路地裏に入ったものは服だけ遺し消える。
って言う噂。今社交界はこの手の噂で持ちきりなんだからね。
全くみんな暇してるわよね。少し前ならいざ知らず、この帝国も科学万能の時代を今、まさに、享受していると言うのにね。
噂の黒い
まあ
「――べ、別に大丈夫よ。たんにタマーラがおどろおどろしい話し方するからよ」
――そう、別に大丈夫だと思う。タマーラの話し方が上手いだけ。そう、それだけ……
「本当かな?
タマーラが空を見上げる、雲が更に暗くなり、灰色だった雪が黒に――正確には黒に近い灰色になっていた。
私は遠くに、見えない、けれども確かにあるであろう高い煙突。
太く、大きく、まるで異国の昔話に出てくる『バベルの塔』を彷彿させるそれを見つめる。
――チェルノブイリ
――カダス式に頼らない機関はニューヨークの大型蒸気機関が思いつくが、それが原因とされる《大消失》により世界最大の都市であったはずのニューヨークが一夜にして無人廃墟と化した、と噂されるほど不安なもの。それほどのものにまで手を出すこの国はどうかと思う。
――ただ誰も《大消失》のことを指摘する人がいないのは不思議でしょうがない。その事を話題にしてもみんなそっけない。
「この調子じゃあすぐ暗くなるわね。急ぎましょうか?」
「もう、だから最初にそう言ったじゃないって、置いて行かないでよ」
タマーラが駆け出す。煤交じりとはいえしんしんと降積った雪の上を舞うように、そうまるで舞台を見ているかのように華麗に駆けるタマーラ。
そんなタマーラを器用に、急いで鞄から取り出した写真機で撮影しながら追い掛ける私、しかし。
視界の端に。
黄色い外套が。
私の横を通る。
「見つけた」
――だれ?
「けれどもまだ見つけてないんだね」
――なにを?
「早く印を見つけないと僕は君を■■■■■■■から、いや■■■■■■から守れない」
――なにから?
「でも印を手にするか否かは慎重にね」
――なんで?
「今日はこれまで、じゃあね
私の中で何かが、いや、目が何か訴えかける。
私はタマーラ撮るのを忘れて、足を止めて後ろを振り返る。
私が止まったのを足音で気づいたであろうタマーラが声を上げる。
「アンナーーーーどうしたの」
「タマーラ、今黄色い外套を着た小さい子見なかった?」
「見ていないわよ」
「そんな! 確かにいたの!」
――私はたまらずに声を荒げる。
「どうしたの急に?」
「だって――――」
――そんなのおかしい、だってあの子確かにいたんだ。
「ふぅ、アンナ言いたくないけど、この白と黒と灰色の寂しい色彩の街で、黄色なんていう目立った色を目にしたら流石に気づくわよ」
「でも――――」
――正論だ。たしかにこの町で黄色はすごく目立つ。しかし、
「それにアンナ、あなたの横に足跡がないじゃない」
「え? ――」
私は自分の足元を見渡す。たしかに私の横には、いたであろう小さい子の足跡が見当たらない。振り合えって後ろを見ても結果は同じ。
「でもタマーラ、私たしかに」
「うん。ごめんねアンナ、私が怖がらせたから変なのを幻視したんだね」
タマーラが近寄ってくると私を優しく抱きしめる。
「違うのタマーラ」
――タマーラに抱きしめてもらうのは嬉しい。けれども、こういった形は少々腹に据えかねる。
「タマーラ!」
「はいはい。今日は一緒に寝てあげるね」
さっきよりも、ギュッと強く、けれども暖かく抱きしめられる。
――卑怯だ。こんなの。
私は気付かずに出来でいたであろう胸の中の不安という氷が溶けていくのを感じると、なぜだ涙ぐんでしまう。
「さあ、帰りましょうか可愛い可愛い怖がりの
タマーラが私を解放すると手を繋いで歩き出す。
私は涙ぐんでいるのを気付かれないようにそっぽを向く。
そして、タマーラに気づかれないよな小さい声で、
「タマーラ――――――ありがとう」
「うん? なにアンナ」
――気づかれた。でも聞き取れなかったみたいだから問題ない。
「ううん。なんでもない」
私達は帰る。暖かな日常に。
明日という名の暖かな演目が。
明日も開幕されるのを。
当たり前のように。
待っている。
シリーズ共通設定及び用語。
マルセイユ洋上学園都市の修学期間。
オリジナル設定及び用語。
チェルノブイリについて。
では親愛なるハーメルン読者の皆様方、良き青空を。