踏み出す一歩   作:カシム0

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 長くなったので、再度分割。すんませんです、はい。
 世間ではお盆休みに入っていますが、うちの職場にそんなものはないのです。
 お盆(最中)にはお届け、ということで。
 今回は留美のお悩み解決(留美内で)と、ちょっとイチャイチャ。
 じゃあどうぞ。


やっと鶴見留美は迷路から抜け出せる(中)

 

 

 

 

 

 山北真希ちゃん。

 中学に入学したその日に知り合い、同じクラスで、同じ体操部に所属し、帰る方向が途中まで一緒の子だ。

 黒髪のショートカットで、目鼻立ちがしっかりしていて、背が高く、スタイルもしっかりしている。性格は明るいの一言。真面目で優しく、物怖じせず、人の懐に入るのが上手。

 入学式が終わって教室に入り、最初に話しかけてきたのが真希ちゃんだった。出席番号が私の前だったので、席に着いたとたんに振り向いて話しかけてきた。

 

「私、山北真希。よろしくね」

「よ、よろしく」

 

 人付き合いが苦手な私は、初対面からにこやかに話しかけてくる真希ちゃんに驚いた。端的に言うと引いていた。

 それが真希ちゃんと初めて会話した日。友達になったのはいつのことだったか。

 入学してしばらく、真希ちゃんとも普通のクラスメイトと同じように対応していた。だけど真希ちゃんからは結構グイグイ来ていたから、しつこい子だなと思っていた。嫌っていたわけではないけど。

 私は入学してすぐ目立っていたらしい。雪乃さんのように私は可愛い、とまで言い切る度胸は無いけど、それなりのルックスを持っている自覚はある。そういえば雪乃さんの可愛いころって想像つかないな。綺麗な人ってイメージしかないから。

 さておき、男子の間で私が話題になり、女子の間でも嫌な方向で話題になってしまった。こうなると、小学校の時にもあったように私はハブられたり、はたまたいじめられたりするだろうことは予想がついた。開き直りかもしれないけど、仮にそうなったとしても気にしないでいられたと思う。だけど、そうはならなかった。

 ある日のこと、すでに体操部に入部していた私と真希ちゃんは、家の方向が同じなので一緒に下校していた。これもまた真希ちゃんが毎回一緒に帰ろうと言ってきたからだったけど、帰り道に話すことが楽しくなってきていたのも事実だった。だけど、私は言わなければならなかった。

 

「山北さん」

「ん、何?」

「もう、私に関わらないで」

 

 綾瀬さんを中心としたグループが私を嫌っていることはわかりやすいほどだった。直接的にどうこうはなかったけれど、私と仲良くしていたら真希ちゃんまで嫌な思いをすることは目に見えていた。

 でも真希ちゃんは、

 

「私のこと嫌い?」

「えっ、いや、そんなことは……ないん、だけど」

「私が近くにいるの嫌?」

「……それも、ないんだけど……」

「だったらどうして?」

「……山北さんもハブられちゃうよ。そうなったら、山北さんだって私のことを嫌いになっちゃうよ」

 

 このころには、もう私は真希ちゃんのことを好きになりかけていた。だから、真希ちゃんに無視されたり、陰口を叩かれたりされるようになることは怖かった。そうなる前に離れようと、離れてもらおうと思ったけど、真希ちゃんは格が違った。

 

「絶対に鶴見さんのこと嫌いにならないとはいいきれないけどさ、そうなるとしたら鶴見さんが私の嫌いなタイプの子になったらだよ」

「嫌いなタイプ?」

「うん。今の鶴見さんのこと私は好きだし、誰かに言われて自分の付き合う子を決めるようなことはしないよ。だから、鶴見さんと友達になりたい私は、鶴見さんが本心で言っていないなら仲良くなるため頑張るよ」

 

 その言葉を聞いて、もうはっきりと私は真希ちゃんのことを好きになっていた。友達になりたいと思っていた。

 

「……ごめん。変なこと言ったね」

「ううん。今の鶴見さんの状況が分かるとは言わないけど、想像はできるもん。色々と複雑なんだろうし、私のことを信じてなんて説得力のないこと言わないよ。でも、いつかは、ね」

 

 それじゃ、と手を振って去っていった真希ちゃん。

 グイグイ来るのに嫌と感じさせず、無理強いすることもない。間の取り方が本当にうまい。

 この話をしてからちょっとして、私と真希ちゃんは名前で呼び合うようになり、いつの間にか友達になった。

 八幡のことはすぐに名前で呼んだけど、真希ちゃんのことを名前で呼ぶのは何というか、すごく恥ずかしくて時間かかっちゃったんだ。

 山北真希ちゃん。

 すごく優しくてしっかりしている、私の大好きな友達。

 そんな真希ちゃんと私は、今、どこか噛み合っていない。

 

 

 

 

 

「真希ちゃんと……なんていうのか、上手くいってないの」

「倦怠期の夫婦みたいだな。いや、言い方が悪かったのは謝るから、そんなに睨むな」

 

 変なことを言う八幡をジト目で見る。だけど、上手くいっていない、という意味ではある意味間違いではないのかも。

 

「もう……それで、仲直り、っていうのも正しいのかわかんないけど、どうしたらいいのかな、って」

「仲直りの仕方とかわかんねえよ。ケンカするような友達とかいなかったし」

「う、うん……なんか、ゴメン」

「謝んないでくれる?」

 

 そんな悲しいこと堂々と言われても、こっちが困ってしまう。本当に八幡はどうしようもないな、もう。

 

「まあいいや。で、何か原因とかあんのか?」

「ん……多分、私が変なことを言っちゃったから、かな?」

 

 というか、真希ちゃんを問い詰めた、いや、追い詰めちゃったから、かな。

 

「そのことについてごめんなさいしたら仲直りできるか?」

「……ううん。多分、無理」

 

 そういう問題でない気がする。だって、結局のところ、

 

「だったら、本当の原因は別にあんじゃねえの?」

 

 そっか。真希ちゃんと決定的にすれ違っちゃったあの時のイメージが強すぎたから勘違いしていたのかな。もともとは私が真希ちゃんを疑って、真希ちゃんが私に申し訳ない様な態度をとったこと。つまり、

 

「ん、どうした?」

「……ううん。原因がわかった、っていうか、思い出した」

「そか。んで、原因は?」

「……言えない」

 

 だって、八幡だから。八幡が原因で、でも八幡が悪いわけじゃなくて。ただ八幡を困らせるだけになっちゃう。

 

「相談しておいて申し訳ないんだけど、言えない」

「そっか。まあ、別にいいけどな」

 

 さて困った。振出しに戻ってきたのはまあよしとして、結局のところ問題は私と真希ちゃんの心だ。どうにかできるならとっくにしている。

 

「八幡」

「ん?」

「え、っと……友達に自分より仲がいい人がいたらどう思う?」

 

 ストレートに聞けないから捻ってみたけど、八幡の答えはなんとなく予想できる。

 

「そんなんよくあることだろ。なんならこっちが友達と思っていてもあっちがそう思っていないまである」

「ああ、うん、そっか」

 

 予想以上だったかもしれない。

 

「なんなの、さっきから。相談するふりして、俺のトラウマほじくるのが目的なの?」

「いや、そんなつもりは全くないんだけど……。ていうか、八幡トラウマ多すぎ」

「俺のトラウマは108まであるぞ」

「へー」

 

 何かのネタなんだろうか。わからないけど。八幡だから本当にそれくらいありそうな気もしてしまう。

 とにかく、八幡の言う通りよくあること、なんだと思う。

 八幡のトラウマである、友達に自分より仲がいい人がいて嫉妬してしまうとか、友達と思われていなかったとか。友達同士で同じ人を好きになってしまうとか。

 まあ、まだ真希ちゃんが八幡のことを好きかどうかも推測でしかないんだけど。真希ちゃんの態度からして、気になっている人がいる、くらいだろう。

 うーん……雪乃さんや結衣さんはどう折り合いをつけているんだろう。二人とも八幡のこと好きだと思うし、もっと言ったらいろはさんだってそうだ。

 だけど三人ともすごく仲がいい。八幡に対してアピールをしているのに、けん制しあっているでもなく、険悪になるでもない。奉仕部って、実は結構な奇跡的バランスで成り立っているのかも。

 

「ねえ八幡」

「なんだ。また精神攻撃か」

「雪乃さんと結衣さんって、ケンカしたことある?」

「無視かよ……俺が知っている限りではない、かな」

「口ゲンカも?」

「したところで雪ノ下が由比ヶ浜を泣かして終わるだろうけどな」

 

 それはわかる。雪乃さんは弁が立つし、結衣さんは、何と言うか……語彙が少ない。失礼ながら心配してしまうほどに。

 

「仲いいんだね」

「ケンカしないから仲がいいってわけでもないだろうけどな」

「そうかな? ケンカするほど仲がいいとも言うけど、普通ケンカしたら仲悪いと思う」

「自分の悪いところ言われたらイラッとくるだろ? 仲が険悪になるかもしれないのにそいつのことを思って悪いところを指摘してやるってのは、そいつのことが本当に好きじゃなきゃできないことじゃねえの?」

 

 言われてハッとする。真希ちゃんのことで嫌なところだとか悪いところだとか思いつかないけど、仲が険悪になるのを怖がって言いたいことを言えない、というのはまさに今の状況に似ていた。

 

「それを言ったら、あいつら結構ケンカしてることになるけどな」

「そうなの?」

「ああ。雪ノ下は由比ヶ浜の馬鹿さ加減とか料理とか成績のこととか、言いたいこと言ってる。あいつ包み隠すとかそういうことしねえしな。由比ヶ浜も雪ノ下に影響されてんだろうな。コミュ障具合のこと言ってるし。だらしないカーチャンとしっかり者の娘みたいな話よくしてるぞ」

 

 なんとなく想像できるかも、その光景。言われてみれば、一緒に遊びに行ったときに見たことあるかもしれない。でも、ケンカとか、険悪とか、そんな風には全く見えなかった。

 でも、結衣さんが母親なんだ。確かに結衣さんは母性的だし面倒見もいい。雪乃さんはまんまかも。

 

「八幡は? 二人にどんなこと言われてるの?」

「バカ、クズ、ゴミ、ゲス、底辺、虫。知り合って間もないころは、由比ヶ浜なんか、キモイ、死ねとか結構言ってきてたな。最近はそうでもないけど、雪ノ下は今でも言ってくる」

 

 私もルミルミ呼ばわりされるとキモイって言ってたから人のこと言えないけど、二人とも自分の好きな人によく言えるなぁ。そういえば、八幡が怒ったところとか見たことないかも。

 

「二人のこと、嫌いにならなかったの?」

「ん、まあ……大抵事実だし、気にならないしな」

「……もしかして、八幡って罵られるの好き?」

「おい、待て。人を特殊性癖持ちみたいに言うな」

「もしそうなら、私頑張るけど」

「マジで待て。ある意味ご褒美だが、お前頑張らなくても何気に毒舌だからな?」

「お前じゃなくて留美」

「わかってるよ。留美はそのままでいいから、頑張らなくていいからな?」

 

 むう。私、そんなに毒舌かな。でも、八幡がご褒美と思うなら、やっぱり頑張ってみようかな。

 アイスカフェラテを一口。やっぱり、ちょっと苦いくらいが美味しい。

 考えてみる。仲がいいことに理由は必要か。

 気が合うとか、趣味が合うとか、仲がいい理由はあると思う。けど、それらがなくても仲がいい人はいる。雪乃さんと結衣さんなんか、共通点はないように見える。ただ私が知らないだけかもしれないけど。

 ただ、何となく仲がいいとして問題はあるか。これもない。私と真希ちゃんは気が合うし、同じクラスで部活だ。だから仲がいいのかというと、そうじゃない気もする。

 

「ねえ、八幡。結衣さんって顔広いし、雪乃さん以外にも仲がいい人っているよね」

「ん、まあ、そうだな。いつも一緒にいるようなのは女子が二人と男が四人のグループ。友達と言っていいのか知らんけど顔合わせりゃ何か話す奴はいるみたいだし、男子の間でも有名みたいだしな」

「雪乃さんって、そのことどう思ってるんだろう」

「さあな。俺は雪ノ下じゃないからわからん」

 

 雪乃さんは多分一人でも平気な人だ。でも、結衣さんみたいな人と友達になったら、近くに結衣さんがいなくなったら寂しくなっちゃうだろうし、自分より仲がいい人がいたら不安になったりしないのかな。

 

「そうだな……例えば雪ノ下が由比ヶ浜とずっと一緒にいたいと思ってたとする」

「うん」

「由比ヶ浜も雪ノ下と同じように考えて、他の友達と縁を切って雪ノ下とずっと一緒にいることを決めたとして、だ。その由比ヶ浜は、雪ノ下がずっと一緒にいたいと思っていた由比ヶ浜だと思うか?」

「そういうのなんて言うんだっけ。ヤンデレ?」

「あー、合ってるような違うような。まあ、そんな感じだ」

 

 雪乃さんが好きな結衣さんは、優しくて人懐っこくて明るい、そんな結衣さんだ。もちろん短所もあるけど、それも含めて雪乃さんは結衣さんが好きなんだろう。

 いくら一緒にいられたとしても、変わってしまった結衣さんを間近で見ていたら辛くなっちゃいそうだ。

 

「私だけを見てほしい。でも実際そうなったら私だけを見てほしいと思った人とは違ってしまう。そういうこと?」

「ああ。ジレンマってやつだな」

 

 私は真希ちゃんと今まで通り仲良くしたい。真希ちゃんもそうだと思う。でも、今のままでは真希ちゃんが私を気にして、よそよそしくなったりして、無理して一緒にいたらどこかぎこちなくなって辛くなるのは目に見えている。

 自分勝手とは思う。真希ちゃんと仲良くいたいけど、今まで通りに、とはいかないのかな。

 

「雪乃さんと結衣さんの仲がいいのって、何でだろう」

「趣味は合わないだろうし色々と正反対だからな」

「共通点なさそうだし」

「いや、共通点はあるぞ」

「そうなの?」

「ああ。あいつらは、お互いのことが好きすぎる」

「好き……」

 

 それは傍から見ていてわかるけど、当たり前じゃないかな。好きじゃなかったら一緒にいたいと思わないだろうし。

 

「一緒の空間にいるのが居たたまれなくなるくらいにな。だから、大丈夫なんじゃねえの? 知らんけど」

 

 好きだから大丈夫。当たり前のことだけど、なんかしっくりくるかも。

 私は真希ちゃんが好き。真希ちゃんは私が好き。

 うん。だったらいいのかな。好きだから一緒にいたい。仲良くしたい。当たり前のことだ。理由は後付け、必要なのは好きだという感情だけだもん。

 

「八幡。原因も、私がどうしたいのかもわかった」

「ん、そうか。まともに相談にのれてない気がするけど」

「ううん。そんなことない。けど、どうしたらいいのかが、わかんないかな」

 

 どうすれば真希ちゃんとまた仲良くなれるか。具体的にどうこうすればいいって方法があるのだったら助かるけど、ない。話すしかないというのもわかってはいるんだけど。

 

「思ってること全部ぶちまけるしかないんじゃねえの? 前ん時みたいに」

「うん……そうしようと思ったけど、誤解されちゃって……」

 

 誤解というか、私が真希ちゃんを問い詰めた形になっちゃったのがまずいんだ。かと言って、どう話を持っていけばいいのか。前と同じになることが怖い。

 

「誤解は解けない。もう解は出ているから」

「……どうしたの?」

 

 八幡は私に向けて言っているのではなく、どこか別のところを見て言っているようだった。

 

「いや、ふと思い出してな。俺がそう言ったら雪ノ下が、だったら問い直すしかない、って言ったんだったかな」

「問い直す……」

「状況は違うけど、由比ヶ浜にこんなことも言われた。言いたいことがある人は待つ。でも、待ってていてもどうしようもない人にはこっちから踏み込む、とか何とか」

 

 ……八幡は本当は全部わかっているのかな。思い出したという割に、言葉がいちいち的確だ。普段は絶望的に察しが悪いのに。

 真希ちゃんが心の整理をつけるのにどれだけ時間がかかるだろう。それを待っている間、真希ちゃんと接することができないのは嫌だし、下手したら関係修復ができなくなってしまうかもしれない。

 だったら、私から動かなくちゃダメか。なら、私がすべきことは、問い直すこと?

 あの質問、本当に私が聞きたかったこと? 本当は私は何が聞きたかった? 真希ちゃんがどう答えれば満足だった?

 考える。いや、考えるまでもなく私はわかっていた。だったら、どうすればいい? それも私はわかっているはずだ。

 私が考えをまとめていると、八幡がアイスコーヒーを飲み干し口を開いた。

 

「俺は友達とケンカ、なんてだいそれたことしたことはない。けど、無くしたくない、大切な関係だとか場所とか、そういったものを守りたいって気持ちはわかる」

「うん」

 

 多分、奉仕部のことなんだと思う。雪乃さんや結衣さんが八幡のことを好きで、二人もお互いのことが好きだっていう気持ちはなんとなくわかるんだけど、八幡の気持ちがどうなのかはわからない。ただ、二人とも大切に思っているというのはわかる。

 

「八幡はその大切なものを守るために、どうしたの?」

「……泣いてわめいて、すがりついた。かっこ悪いけどな。それで一応はどうにかなった」

「一応?」

「その後もいろいろあったからな。これからどうなるかわからんけど、あの時行動していてよかったと思ってるよ。今はな」

「……うん。後からやっておけばよかった、とか思いたくない」

「だったら今留美がすべきことは、わかるか?」

 

 私がすべきこと。したいこと、しなければならないこと。

 ……うん。大丈夫。うまくいくかわからないけど、わかっている。

 

「うん。この後、真希ちゃんと会う約束しているの。そこで決着つけてくる」

「そか。うまくいくといいな」

「ありがとう。あとで報告するから」

 

 真希ちゃんと会って、お話しして、仲直りする。たったそれだけ。たった、それだけ、なんだけど……。

 

「……それで、ね。八幡」

「うん?」

「その…わかってはいるんだけど、やっぱり怖いから……また、勇気、くれる?」

 

 言っている内に顔がどんどん赤くなっていったのが分かる。真希ちゃんを利用して八幡を攻めるつもりはないんだけど、それでもやっぱり怖いのも確か。冬の時は、八幡から貰った勇気でお父さんやお母さんとうまくいくことができた。

 ちょっと俯きながら八幡を見ると、何やら考えている様子だった。狼狽えているようにも見えた。

 もし、私のお願いに躊躇しているのであれば、以前はこっちがヤキモキするほどに余裕でできていたことができなくなっているのであれば、私のことを意識してくれているのかもしれない。こんな時に何を言っているんだと思われるかもしれないけど、恋する乙女は様々な状況を味方に攻めていくのだ。

 

「あー、まあ、いいけど……ここでか?」

 

 少し悩んでいた八幡だけど決めてくれたようだ。そして、言われて気付く。

 私と八幡はテーブルの対面に座っている。お客さんの数は多くはないし、私たちの席は奥まっているけど、それでも目立っちゃうかな。いっそのこと二人でトイレに立って……それもどうだろう。……よし。

 私はテーブルの下に潜り込むと、八幡側の席の、壁の方に移動する。これなら、八幡の身体が陰になって人目につかない、と思う。

 

「これなら、いい?」

「あのな……そんなにしてまでキスしたいのか?」

 

 大きな声を出さないようにか、八幡が耳元で囁く。内容といい、囁き声といい、一気に私の顔を赤面させ、鼓動を速くさせる。

 小さく深呼吸して、

 

「……だめ?」

「ぅぐ……」

 

 八幡の顔を見ていられなくて、俯きながらかすれ声で八幡を見上げる。いろはさんのようにあざとく狙ったわけじゃないんだけど、八幡には効果的だったようだ。ちょっと顔が赤くなっている、かも。

 

「だめなら……試合の時のご褒美、ちょうだい?」

「……わかった。わかったよ。ったく、俺のキスなんざ、罰ゲームだと思うんだけどな」

「私は、嬉しいよ」

 

 また小さく深呼吸して、目を瞑り顎を上げる。

 八幡が小さくため息をついて、私の肩を掴む。

 八幡の顔が近づいてくるのがわかる。

 本当に、以前の私はよくこんなことをお願いできたものだ。あの時はまだ明確に八幡のことを好きだと思っていたわけじゃないにしろ、今の私だったら恥ずかしくて到底できないことだ。グッジョブ、でいいのかな、数か月前の私。

 聞こえてきそうなほど鼓動が激しい。触らなくても顔が赤くなっている。

 八幡との距離が近くなり、そしてゼロになった。

 

 

 

 

 

 触れていたのは一秒もないほど。それでも確実に八幡の唇が私の体に触れた。

 触れたのだけど……

 

「……おでこじゃないんだ?」

「まあ、今日は留美に振り回されたからな。鼻を明かしてやろうと思って」

 

 そんなに振り回したかな?

 前回はおでこにキスしてくれた。それはそれで親愛の証ってかんじだったけど、でも今回は……

 

「やっぱり、八幡ってマニアック?」

「どこで覚えたそんな言葉。っていうかやっぱりってなんだ」

 

 今回八幡がキスしてくれたのは、鼻、だった。これはどう判断したものか。また濁されたとみるか、おでこより唇に近づいたとみるか。

 いや、でも鼻って。キスしてもらったこと自体は嬉しいんだけど。八幡が普通に求めてくるのなら応じるのにやぶさかではないんだけど、普通の人とは違うところに興味を、その……興奮を覚えるんだったら、やっぱり頑張らないと、かな。

 

「……ありがと。やっぱり、勇気出たよ」

「そうかい」

 

 そこら辺を考えるのは後にしておこう。そういう関係になってからだ、うん。

 さあ、やることは決まったし、八幡から勇気をもらった。後は実行するだけ。

 でも、その前に……今日だけじゃなくいっぱいお世話になった八幡にお礼をしないと。

 

「あ、八幡。あれ」

「ん?」

 

 私は指をお店の入り口に向ける。八幡は何も疑わず、素直にそちらに顔を向ける。私の目の前に、無防備な八幡の顔。

 こういうのは勢いが大事だ。軽く息を整え、私は身を乗り出す。

 

「何にもない……ぞ?」

 

 八幡が振り向く前に、そのほっぺたに唇を押し付ける。もうちょっと遅かったら、本当にキスしていたかもしれない。それも魅力的だったけど、やっぱり場所と雰囲気は選びたい。

 

「……」

「……その、今日のデートと、相談に乗ってもらったお礼」

 

 八幡無言。私も恥ずかしくて、ちょっとぶっきら棒な言い方になってしまった。

 ポカーンとしていた八幡は、苦笑いを浮かべ、私の頭に手をのせた。

 

「本当に、今日は留美に振り回されっぱなしだ」

「……いや、だった?」

「まさか。留美は将来小悪魔になるな、間違いなく」

 

 グシグシと頭を撫でてくる八幡。その顔は、さっきよりも赤くなっているように見えた。

 まだ子ども扱いなのが少し残念。褒められているのかどうかわからないけど、それでもちょっとは進展できたのかな。

 

 

 

 

 

 そして、私は八幡と別れて真希ちゃんとの待ち合わせ場所に急ぐ。

 八幡との楽しい思い出はいったん置いておく。

 八幡を攻略するのと同じくらい私にとって重要な、今日一番の山場だ。

 

 

 

 

 

 




 次回こそは留美のお悩み解決(最終的に)です。
 お盆休みはないけど有給取れたので執筆に集中したいところ。
 今月中には完結させたい。

 といったところでまた次回。
 じゃあまた。

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