最初に投稿した作品だから思い入れありますしね。モチベーション下がったのは否定しませんが、がんばっていきます。
じゃあどうぞ。
「たでーまー。小町はまだ帰ってないのか」
玄関に靴はなくリビングにはクーラーの名残もない。まあ、だいたい俺が一番に帰ってくるから家に帰ったら涼しいなんて状況はほぼ無いに等しいんだが、たまには帰宅したら涼しいって状態を経験したいものである。
「あっちーいなっと」
コップに麦茶を注ぎ階段を昇る。階段すらも暑く、やはりエレベーターが必須である。かと言ってエレベーターが必要な個人宅なんてどんだけ大家族なんだって話だが。
どうでもいいことを考えつつ、自分の部屋のドアを開けた時に違和感を感じた。
その昔、俺が多感な十四歳だったころ、留守のうちに部屋に誰かが入っていないかを調べるためドアの上に紙きれを設置していたことがあるが、それではない。ドアの隙間から冷気が流れてきたのだ。
あれ、冷房つけっぱなしだったか、などと思うのも一瞬、ドアを開けると肌色面積の多いものが見えた。
「……」
「……」
「っ!」
「のわっ!」
その肌色は手に持った布を見事な投球フォームで投げてみせ、俺の視界をふさいだ。投げつけられた布に顔面を覆われ、慌てて一歩後退した俺は、すぐさまにドアを閉めた。
「あー、え-っと、あれ?」
考えがまとまらない。頭が真っ白になるとはこういうことを言うのだろう。れれれ冷静になれ。なってないな、うん。
えーっと、俺が今見たものは何だったのだろうか。俺の部屋に侵入者がいたわけだが、何か悪いことをするような子ではないしな。このまま放置してしまおうか。
いや、それはさすがに無理だな。無視できるわけもない。
そして俺は、ぼうっとしたまま隣の部屋をノックしようとし、慌ててて顔に被ったままの布を取り払った。あの状態を見られたら何を言われるかわからん。ぼうっとしすぎだ。
「はーい、あ、お帰りお兄ちゃん」
「……」
「どったの?」
「お前の仕業か、あれは」
俺の愛すべき妹小町であるが、笑いをこらえている顔を見て理解した。こいつは俺をからかうためにかどうかわからんが、わざわざ靴をしまって帰っていることを隠していたようだ。
「んー、何のこと?」
「留美だよ。なんで留美が俺の部屋で……あー、あんな格好してんだよ」
「あ、サプライズ成功?」
「超サプライズだったわ。心臓止まるかと思ったぞ」
「留美ちゃんがお兄ちゃんを驚かせたいって言うから協力したんだよ。内容は知らないけどね。いえー大成功ー!」
にっこりとピースサインを見せてくる小町のこめかみに軽くうめぼしをくらわせる。うにぇーっともだえる小町は俺を振り払い、足元にあった荷物を手に取る。
「痛いなーもうっ! それじゃ留美ちゃん。ごゆっくりーっ!」
ドアの向こうから小さく留美のはーいという声が聞こえ、小町はすれ違いざまにべぇっと舌を出して階段を下りていく。
「あ、おい小町」
「小町はお友達にお呼ばれしたので行ってきます。ちゃんと留美ちゃんの相手してあげるんだよ。んじゃねー」
ひらひらと手を振って階段を駆け下り外出していく小町。まったく、嵐のような妹だ。
しかし、これで俺と留美が二人きりになってしまったわけだ。いつもならまったく問題ないんだが。
よくよく思い返してみると、いや、思いださないほうがいいのだろうか。ともあれさっきの留美は、……半裸だった。
ドアを開けた俺の目の前に映ったのは、スカートを脱いでYシャツを脱いでいる最中に振り向いていた留美の姿だった。つまり、下着姿のほぼ半裸だった、と思う。
艶やかな髪と綺麗な顔はいつもの通り。華奢な首筋から肌色面積が多くなっていき、スポーツブラに包まれたつつましい胸、くっきりとはいかずとも確かにわかるくびれた腰、ブラとおそろいのパンツと肉厚はなくとも丸みのある尻、細い脚。それをあの短時間でくっきりと目に焼け付けてしまった。
そして、顔を真っ赤にした留美は脱ぎ途中だったYシャツを俺に投げつけてきたのだ。しかも若干湿っていた。外は暑かったし、部屋の冷え具合からして留美はまだ比企谷家に来て間がなく、汗が引いていなかったのだと思われる。
そのシャツが俺の顔を覆ったわけで、しかも自室に入ったらアイドル顔負けの美少女中学生が着替えていた状況で息を呑んでしまった。つまり、思い切り留美の匂いを嗅いでしまったのである。今並びたてた事実からして、実に変態である。
すぐに視線を遮られたしドアを閉めたしで確実とは言い難い。確実ではないんだが、確実にしていいものだろうか。すっとぼければなかったことにならないだろうか。ならないだろうな、うん。
これが小町なら下着姿なんて何回も見ているのだが(さすがに全裸であったなら俺だって気にはするだろうが)、あくまで留美は妹のように可愛がっている子であり、妹ではない。さすがに動揺はする。
胸に手を当てるまでもなく激しくなっているのがわかる鼓動を抑えるため、持っていた麦茶を一口、二口、三口と飲んでも収まる気配を見せない。
思い悩んでいると、部屋の中からの留美の声。
「八幡、いる?」
「あ、ああ、いるぞ」
「もういいよ、入ってきて」
「お、おう……っと、ちょっと待て。シャツいれるから」
不意の留実からの入室許可に、危うく何も考えずに入るところだった。ドアを少し開け、隙間からシャツを淹れようと試みるが、
「大丈夫だよ」
「あ、ちょ……本当だろうな」
中から開けられてしまった。仕方がないので留美の声に応じて部屋に入る。なんで自分の部屋に入るのにこんなに緊張しているんだろうか。
ドアの隙間から冷気が流れてきて、次に視界に入ってきたのはタオルの塊だった。
「……何してんだ、留美」
「いいから、入って」
留美は俺のタオルケットに顔だけ出して包まっていた。小学校の時の林間学校で先生がお化けだぞーって出てきたときのあれだ。その後お化け役の先生がまるでゾンビを見たかの如く驚いていたのは苦い思い出。
留美に促がされ室内に入り、椅子に座る。留美は座ることなく布団をかぶったまま部屋の中央に立ちすくんでいた。なんだ、この変な状況。
「とりあえず、さっきはごめんな」
「ううん。私もつい悲鳴上げそうになっちゃった。でも、勝手に部屋に入って着替えてたから、こらえたの」
「俺の部屋で着替えるのもこらえてくれると助かる。あ、あとこれシャツな」
「ありがと。だって、八幡が帰ってくるのが早かったんだもん。驚かせようと思ってたのに」
「いや、十分驚いたぞ」
留美のセリフからするに、何やら俺に見せたいものがあるのだろう。小町がサプライズどうとか言っていたから、俺が驚くような格好に着替えているのだろうか。
「匂わなかった?」
「あん?」
「私のシャツ。汗かいてるし」
「いや、特に何も」
「そう。よかった」
ここで正直に留実のにおいがしたとか、いいにおいだったとか、言った日にはどうなるやら想像したくもない。
年頃の女の子が男ににおいを嗅がれたとか気持ち悪いだろうし、口をつぐむのが吉。どもることなくよく言えた、俺。
「それで、どうだった?」
「何が」
「私の下着姿」
「……また答えづらい質問を」
「ちゃんと答えて」
どう言えってんだよ。見たと言えばエッチとか言われるし、見てないと言えばウソツキと言われるだろうし。
というか確定してしまった。さっきまでの懊悩はまったく意味がなかった。
さて、それはさておきとぼけても無駄なのはわかりきっているので、正直に言うことにしよう。
「悪いことしてる気持ちになった」
「どういうこと?」
「留美に恥ずかしい思いをさせたとか、見ちゃいけないものを見たとか、そんな感じ」
知り合いの露な姿とか、見るとそういう気持ちになるというもの。
以前雪ノ下や由比ヶ浜の着替えとか、川なんとかさんの大人びた下着とか、そういったものを見てしまったことはあるが、ラッキーと思うのと同時に悪いことしている気分になった。
小町ならなんとも思わないのだが、仲良くしているとはいえ、よその娘さんである留美だと罪悪感を感じてしまう。
仮にだが、あり得ないことだが。川なんとかさんの妹のけーちゃんをお風呂にいれなきゃならなくなったとしよう。見て嬉しいとは思えず、頼まれたとはいえ法に触れないのだろうか、捕まるのではないか、といった居心地の悪さを感じるだろう。
ということをオブラートに包んで留美に伝えたのだが、目に見えて不機嫌になった。
それはもう、むすっと、ぷくっと、わかりやすく。美人が怒ると怖いというが、可愛い子が怒るとほほえましい。怒りなれてなさそう感が漂う。
柔らかそうな頬っぺたをつつきたくなる衝動を抑えていると、留美はふうっと一息つき、ばさっとタオルを脱ぎ落とし、俺は息を呑んだ。それほどに衝撃を受けた。
「……」
「……」
後ろ手に組んで立っている留美の顔は赤らんでいるように見える。それはそうだろう。男の部屋で二人きりで、レオタード姿になっているのだから。
「試着したから部活の皆には見せちゃったけど、男の人では八幡が初めてだよ」
「お、おう……」
目を逸らしながら初めてだから、ってセリフがちょっと胸キュン。いや、まあいいや。
あの日、一番先に見せてあげると言ってくれた留美のレオタード姿が、俺の眼前にあった。
そういや、言ってたよな。忘れていたわけじゃないが、日々の記憶に埋もれていた。埋もれていたが、これはなんというか……
「……」
「……」
「……」
「……あ、あの八幡? どう、かな?」
「……あー、うん。いい、んじゃないかな。可愛い、と思うぞ」
破壊力がある、とでも言えばいいのか。
レオタード自体は非常に地味な無地のものだ。そもそも中学生の部活で使われるものだから扇情的なわけがない。だが、留美が着ていれば事情は変わる。
ほっそりとした首筋、半袖のレオタードに包まれた肩、後ろ手に組んでいるせいかちょっと強調されている胸、布越しのせいか腰からお尻にかけてのすらっとしたラインがよくわかり、そこから伸びる脚は細くとも健康的。
これはもともと留美が可愛いからだろうか。それとも留美の可愛さがレオタードにより強調されているのだろうか。そこのところ俺にはわからん。
ただ言えることは、興味ない、もしくは興味が薄いふりを意識してしなければ前のめりになって、かぶりついて見ていたかもしれないということは間違いなかった。
「それだけ?」
「それだけって……他にどう言えってんだよ」
「どうって……エッチな気持ちになったとか?」
「っぶふっ、ごほっ!」
正直に言えば動揺していた。なので、少しでも冷静になろうと思ったことがいけなかったのか、非常にタイミング悪く、ちょうど麦茶を飲んでいたものだから、咽た。
マンガのように麦茶を吹き出さなかったものの、それはもう盛大に。
「大丈夫、八幡?」
「お、おう。ありがとな、じゃなくて、何言ってんだ」
げほげほっと咳をしていると留美が背を擦ってくれたのだが、レオタード姿なものだから目線をどこにやればいいのか悩みどころ。
前を見れば可愛らしい顔。ちょっとというか、かなり距離が近いので俺を心配する表情の細かい造作までがよくわかる。ジト目気味だがパッチリした瞳、長い睫毛、すっきりした鼻筋、ぷっくりした唇がやたらと目につく。
下にすると、薄い布に覆われた留美の姿態が飛び込んでくる。薄くとも膨らみがあるのが確かにわかる胸、なだらかな腹筋とちょっと窪んだヘソのある腹、肌色とのコントラストが目につく足の付け根。どこを見てもダメな気がする。
そして、体が近づくと触れてもいないのに留美の体温を感じる気がする。勘違いなのだろうが、そう思えるほどの、圧を感じるのだ。
「だって、八幡が人のあられもない姿見ておいて、失礼なこと言うから」
「あー、いや、そりゃ悪いこと言ったとは思うが、事実だしな」
というわけでそっぽ向いて人心地ついたところで、どことなく留美の嬉しそうな声が聞こえた。
「八幡って、時々わかりやすいよね」
「……どういうことだよ」
留美が何を言い出すのやらわからず、横を向いていた顔を留美の方に向けると、
「顔、真っ赤だよ」
目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、俺の赤面した顔は内心を隠すことはしてくれなかったらしい。
嬉しそうに、可愛らしい笑顔でそう言った留実は、実はからかい上手の鶴見さんだったことが判明したのだった。
それから、演技を見せようかと言ってきた留美だが、さすがにこの部屋でバク宙とかされても困る。床が抜けることはないとは思うが。
「人の部屋でそんなことしないよ」
「まあ、されても困るけど。んじゃどんな演技するつもりなんだ?」
「Y字バランスとか」
Y字バランスってーと、あれか。足首を持ってYの字に見えるように片足で立つやつ。
……あれかー。女子の体操の演目をやらしい目で見るつもりはないんだが、この近距離でやられると目のやり場に困りそうだ。
「ちなみに、他には?」
「あまりドタバタしない演技だと、ブリッジとか倒立かな」
むう……どちらにせよ、目のやり場に困るな。それにイスやら電灯やら、部屋に設置の家具を考えるともし失敗したときが怖い。
その昔、部屋で倒立腕立て伏せを試みて失敗し、深夜に大きな音を出し、お袋に説教され、小町に呆れた顔で見られ、親父にはげんこつをくらったのは苦い思い出。
「何してるの」
「いや、やってみたくて、つい」
男児たるもの、一度は挑戦したくなるものだ。
「ま、それはおいといてだ。さすがにこの部屋じゃ狭い」
「そうだね。それじゃ、お披露目は次の機会に」
「おい、次があるのか?」
俺の部屋で留美がレオタードを着る機会なんてのが再度あるのかと思うと、帰宅する度に身構えてしまいそうだ。
「忘れちゃった? 秋に新人戦があるって、言ったよ」
「ああ、そういえば」
見せてあげよっか、の電話の時に話したか。どちらも留美のレオタードがインパクトありすぎて忘れてた。
「それとも、また見せに来ようか?」
「……いや、それはいいよ」
「ちょっと間があったね」
クスクスと笑う留美、マジ鶴見さん。今のは言い淀んだ俺が悪い。
「その新人戦って日付決まってるのか?」
「うん。九月の第三土曜日」
「その日は……大丈夫だな。模試もないし、そもそも予定がないし」
「なんでいちいち悲しいこというの?」
それが八幡のデフォルトだからである。
さておき、いつもなら行けたら行くスタンスの俺だが、
「留美。ちゃんと応援に行くから、頑張れよ」
「……」
「どうした?」
「八幡、あざとい」
「おう、待てこら」
目を逸らした留美が一色みたいなこと言い出した。
どこにあざとい要素があったのかわからんが、そう言えば小町にも言われたことあるな。
まさかとは思うが、本当にあざといのか、俺?
いやいや、あざといってのは一色とか高木さんみたいなのを言うんだ。俺がやっても可愛くない。つまり、俺はあざとくない。QEDである。
「八幡」
「ん、何だ?」
俺があざといとは何か、定義は何だと悩んでいると、留美はにこりと笑い、
「頑張るから、ちゃんと見ててね」
そう宣言した留美は、やはり可愛いだけではなく、負けず嫌いで芯の強い、いい女になる要素をたっぷりと持った女の子なのだと思わせた。
「そういや、真希も出るのか?」
「新入部員はみんな出るよ」
「そか。がんばれって伝えておいてくれ」
「八幡が直接言ってあげたら? 喜ぶと思うよ」
「それはわからんけど、会う機会なさそうだし」
「連れてこようか?」
「別にいいけど、サプライズに真希を巻き込むなよ?」
「実は、今日も真希ちゃん誘ったんだけど、恥ずかしいからって来なかったんだよね」
「何をやっとるんだ」
俺もだけど、真希も留美には振り回されてるんじゃなかろうか。
次あたり、大会になるかな。
八幡たち受験生だから夏祭りとか海水浴とかいかないだろうし。
でも、留美の夏休みの過ごし方とかもいいかも。
ってなわけで、次回はまだ未定です。
じゃあまた。