由比ヶ浜と一色と共に千葉へ赴き、早一時間。
テンションに着いていくのがつらい。というか着いていけてない。
何なの? 確か俺の眼鏡を買いに来たんじゃなかったっけ? なのに、なんでことあるごとに店に寄り道してんの? 何で俺に似合うかとか聞いてくるの?
きゃいきゃい店巡りをしている今どきの女子高生二人についていくのがつらい。
いつも通り二、三歩離れた位置にいるが、実に姦しい。ところで姦しいって漢字のいやらしさは異常。嬲るだったらさらに異常。
そうこうしている内に、正月に由比ヶ浜とともに訪れた雑貨店に到着した。相変わらずアイウェアとのポップが飾られている。眼鏡でいいだろ、眼鏡で。
「ヒッキーのゆきのんへのプレゼントって、ここで買ったんだよね」
「へー、ん? じゃあ、雪ノ下先輩がパソコン見るときにつけてる眼鏡って、先輩がプレゼントしたものなんですか!?」
いや、今そこ広げるところじゃなくない? めっちゃ気恥ずかしいんだけど。
「先輩? どうして雪ノ下先輩に似合う眼鏡、選べたんです?」
「あん? いや、なんとなく、似合いそうだなーって思ったやつだけど」
「へー。実際に着けるところを見ないで、雪ノ下先輩に似合いそうな眼鏡を、選べるなんて、すごいですね」
「……あ」
一色は笑顔で、言葉を区切りながら強調して言ってくる。何この子、怖いんだけど。
そして由比ヶ浜は何かに気づいたような声を上げた。何で文句言われている感じになってんの?
「いや、雪ノ下に限らず、由比ヶ浜とかお前のだって、選ぼうと思えば選べるぞ。実際似合うかはわからんけど」
「へ? あ、その……」
「ヒッキー……にへへ」
俺の言葉に一色は絶句し、由比ヶ浜はだらしなく顔をにやけさせている。俺、何か変なこと言っただろうか?
しばらくして、髪をいじったり、ソワソワしていた二人は落ち着きを取り戻した。
「さて、あざとい先輩に似合う眼鏡は、と」
「あ、ヒッキーにこれ似合ってたんだよね」
一色の意味不明な言葉はさておき、由比ヶ浜が眼鏡タワーから見つけ出し、差し出してきた眼鏡は正月に絶句されたやつだ。意外に似合う、と評されたのだったか。
今更抵抗してもまったくの無駄なので、素直に装着する。
「ね、中々似合うでしょ、いろはちゃん?」
「……」
またも絶句する一色。その反応、どうすればいいんだよ、俺は。
「……意外にイケますね」
「でしょ?」
「でも、これ似合いすぎじゃないですか? ほら、他の人とか」
「……でもヒッキーだし」
褒められてもどう反応していいのやら。っていうか、後半どういう意味だ。
「あー、じゃあ、これでいいのか?」
「ちょっと待って。他にも似合うのがあるかもしれないし」
「あ、これ先輩が選んだ雪ノ下先輩と一緒のやつ。ペアルックとかどうです?」
「んな恥ずかしいことできねえよ」
雪ノ下に罵られ蔑まされるだろうが、最近時折見せる年頃の少女らしい反応でもされた日には、どうしていいかわからなくなる。
「ヒッキーもゆきのんも眼鏡するのかー。……あたしもしてみようかな?」
「あ、奉仕部みんながするんなら、わたしもしようかな」
「何の対抗意識燃やしてんだよ。頭良く見えたりはしないからな」
「何言ってんですか。眼鏡かけるイコール知的っていうのは決定事項ですよ? 図書館にいたらガチです。ねえ、結衣先輩」
「そ、そうだね。ハハ」
その後、色々と試した結果、結局最初の眼鏡に落ち着いたのだった。
「じゃあ、ヒッキー。これあたしたちからのプレゼント」
「大事にしてくださいね」
買ったその場では渡してくれず、俺は二人に連れられて喫茶店まで来ていた。
注文をし、一息ついたところで由比ヶ浜と一色が、箱を二人で持って俺に渡してくれた。なにこれ、すげえ嬉し恥ずかしい。
思えば、家族以外に誕生日を祝ってもらったことなんて何年ぶりだろう。夏休み中に誕生日だから学校ではまず言われないし、そもそも祝ってくれる友達いないし。あれ、マジで何年ぶりだろう。
正確には誕生日祝いとはちょっと違うが、それでも、まあ、なんだ。嬉しいことに変わりはない。
「あー、その……ありがとな。使う機会がどんだけあるがわからんが」
「おおー、ヒッキーが珍しく素直にお礼言ってる」
「素直? 素直なんですか、今ので。まあ、とにかく先輩あざといです」
「お前にだけは言われたくないな」
気恥ずかしくて二人の顔を見ていられない。顔が赤くなっているのが自分でもわかる。
顔を背けてごまかそうとするが、お見通しだったようだ。
「結衣先輩、見てください。顔真っ赤ですよ」
「結構ヒッキー恥ずかしがり屋だからね。……いろはちゃんのせいで、最近よくたじたじだし」
「えー、そうですかぁ?」
いやまあ、一色の頻度は高いが、雪ノ下や由比ヶ浜だって、俺を恥ずかしがらせることは多々あるぞ。由比ヶ浜はとにかくパーソナルスペースが近いんだから、もっと自重してください。
その後、雑談を交わし(主に由比ヶ浜と一色が)、ボチボチ退店するか、というタイミングで由比ヶ浜が佇まいを直した。
「ねえ、ヒッキー。私詳しいことはわからないけど、留美ちゃんが今、演劇とは別に困ってることがあるんだよね?」
「多分な」
「私、留美ちゃんの本当の悩みに気づけもしなかったけど、でもお願い。留美ちゃんを助けてあげて」
「雪ノ下にも言ったが、努力はする。できるかはわからんけど」
「うん。お願いね」
にっこりと笑う由比ヶ浜。なんで俺なんかに全幅の信頼を寄せるような真似ができるのか。理解しがたいところではあるが、やるだけやってみようとは思う。頼まれてしまったことだし。
「私は、別に心配していないんですよね」
対して、一色はストロー氷をかき回しながら言った。
さて、腹黒くとも基本善性の人間である一色は何を思っているのか。俺と由比ヶ浜の視線を受け、一色はむかつくほどにこやかに笑った。
「先輩がブツクサ言いながらどうにかするでしょうしね」
何かと思えば、由比ヶ浜と同じく、俺への全幅の信頼だった。丸投げかもしれんが。
「勝手に期待するなよ」
「だって、クリスマスの時は何とかなったじゃないですか。だから、私は心配なんかしません。留美ちゃんの悩みは、来週くらいには解決してます」
なぜか、自慢げに胸を張る一色。うーむ。やはり由比ヶ浜が隣にいると……いやいや。
「期待が重いなぁ」
「追い詰められないと、先輩って動かないじゃないですか」
「あはは、それあるかも」
由比ヶ浜が折本みたいなことを言っているが、俺ってそんなに締め切り間際まで仕事しなかったっけな。どちらかというと、スケジュールを組んでしっかりやってたと思うんだが。コラム? あれはやり忘れていただけだ。
「まあ、やれるだけやってはみる」
「ヒッキー、頑張って」
「妹キャラとしては、お兄ちゃんが頑張るのに期待してますよ?」
誰が妹だ。お前のような妹はいらん。小町だけで十分だ。
「ところで、由比ヶ浜、一色、一つ思い出してほしいんだが--」
由比ヶ浜結衣の内心
「ヒッキーの外見がマシになったからって寄ってくる人がいるとは思えないけど、沙希とか結構危ないかも。姫奈も別の意味で危ないかも」
一色いろはの内心
「やっぱり先輩みたいなシスコンには、妹キャラの方が受けいいかな?」
一応、書いておきます。
雪ノ下に合わせないで似合う眼鏡を選べた
→すぐに雪ノ下の顔を思い出せる?
→八幡からお前らも選べるといわれてテレテレ
みたいな感じでした。