魔法少女リリカルなのは GEMINI   作:よね

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第12話 決別と結託なの

―その時はいったい何が起きたのか、まるでわかりませんでした。

 

―けれど、あの人はとても悲しそうな目の奥に覚悟を秘めて現れました。

 

―次元を割って、鎧を纏い、兜を被り…そして、あの人を伴って。

 

―渾身の魔力を込めた砲撃の激突する瞬間に現れたのです。

 

―彼らは各々対極ともいうべき甲冑を身に着けていました。

 

―しかし、その背にはためくマントは揃って純白で、彼らの決意の顕したかのように一点の曇りもないのだと私は感じました。

 

―眩き生命を象徴するかの黄金は、昏き生命に陰りをもたらす闇黒は、その背に靡く純白のマントの一振りで、私たちの全力全開を払い退けてしまいました。

 

―まるで私達の決着を見届けるまでもないと言わんばかりに

 

―あんなに簡単そうに…造作も無いように…

 

―相互理解に至る最終段階

 

―振絞った、互いに想い合ったその結実を、彼らは彼らの決意・彼らの正義で薙ぎ払ったのです。

 

―その決着に価値は、意味はもう無いと告げるかの様に。

 

―暴力的で圧倒的で一方的な裁決。

 

―有情を掛けた結果生まれた無情。

 

―その時、何となくわかった気がしました。

 

―正義いえ、彼らのいう「我」とは…そういうものだって…

 

―その一瞬の顛末を私達は驚きを超え、ただ、呆然と無感動にその光景を見ているしかできなかったのです。

 

―それからはデフテロスさんとアスプロスさんはそれぞれフェイトちゃんと私をちらりと見やると…

 

―野花を慈しむ様に、手折る様に、優しく私たちの首へとその手を伸ばしました。

 

―その手の伸びる速さはなんとも遅いものでありましたが…

 

―けれど、私達はただただその手が首に届くのを見ていることしかできず、その手がそっと私の首に触れた時、

 

―私の意識は途切れました。

 

 

 

 

「答えろ!!デフテロス!!!」

 

「答えろ!!アスプロス!!!」

 

 少年少女は宙に浮く男たちを敵を見るかのように睨みつけ叫んだ

 

「あぁ、五月蠅い。囀るな。喚き立てるな。耳障りだ。」

 

 冥衣で身を包むアスプロスが低い声でいう。それだけでえも言えぬ重圧が向かい立つクロノに、フェイトを抱くアルフに降りかかる

 

 アスプロスはちらりと視線を横に立つデフテロスへと向け、声をかける。

 

「デフテロス。俺は依然として懲りることなく向かってくるあの身の程知らずなガキをやる。貴様はあの駄犬をやれ」

 

 だが扱いは丁重にな―唇だけを動かし、しかし、そう声に出さず続ける。

 

 そして、彼は言い終わるや否や宙を蹴った!

 

 ・・・

 

 

「お前が相手か…!!お前も偉そうなことを言ってたわりにはアスプロスの言いなりなんだな」

 

 

 アルフが吐き捨てる。

 

 置かれた状況は酷く悪い。

 

 それでもアルフには確信があった。

 

 この双子は自分達に危害を加えることはない。と

 

 自分たちを裏切るのなら当身でもして管理局に突き出せばいい。

 

 こんな派手なパフォーマンスをしてまで仲間割れと裏切りを見せつける必要はない。

 

―こいつらは私達を被害者にして保護させたいんだ。

 

 直感的にその結論に行きついた。

 

―こいつらなりに守ろうとしてるってのはわかる。

 

 それでも、護ってやっているといわれているようで酷く気にくわない。

 

―なにより、気絶させただけというのもわかるが、フェイトに手を出したことは許せない!!

 

 その激昂を咆哮に乗せてアルフは黄金の聖闘士へと吠える。

 

 一方の黄金の兜の陰から表情が全く読み取れない。しかし、アルフから激情をぶつけられたとしても表情がピクリとも動かなかったことだけはわかる。

 

 

「今の俺の役割は切り捨てることだ」

 

 

「貴様らはアスプロスにとって邪魔なだけだ」

 

 

 黄金の偉丈夫は無情にアルフをそう切り捨てると、彼の右腕が輝き、アルフを覆い尽すほどの眩い山吹色の陽光を放つ。

 

 それはアルフの意識を容易く刈り取り、深淵へと落とした。

 

 ・・・

 

「…ッ!!」

 

 昏い輝きの尾を引きながら駆けるアスプロスは少年の視界から一瞬にして消え、一拍の間もなく背後から胴を蹴り抜く。

 

 闇色の弧を描いて振りぬかれたその健脚から振り切られた勢いのまま、クロノはなすがままに蹴り飛ばされる。

 

「くそッ!!」

 

 蹴り飛ばされた後、水切る石のように水面をはねる己が体を何とか姿勢制御しようと画策するも、先の一撃の余韻がそれを邪魔する。

 

 蹴られた場所から認識できぬほどの速さで打ち込まれた場所に、遅れて痛みが走る。

 

 それだけではない。高速で水面を跳ね転がったせいか身体のあらゆる箇所から痛み、痺れと言った形で体の異常を訴えてくる。

 

―たった一発だけでこの有様か…でも!!

 

 しかし、クロノはこのような状況でもただなすがままにされなかった。水面にデバイスの石突と爪を立てて、ブレーキをかける。痛みと熱に苛まされる頭であっても浮遊・飛行魔法を利用し、己が体を制動する。そうすることでようやく跳ね飛ばされるだけだった体が立つ。まともに構えられるようになる。

 

―どれだけ飛ばされた!?

 

 鈍痛響く頭にそれだけがよぎる。慌てて元いた方角を見上げるが―

 

「ふむ、これで立つか」

  

 そこには腕を組み仁王立つ黒鎧の男。

 

 相も変わらず兜の下の顔にどのような表情が張り付けられているのか、その声からも特にこれといった感情の起伏は見受けられない

 

 感心しているのか、呆れているのか、一片でも感情が読み取れればまだやりようがある。読み取れたとして何も通じないとしても何もやらないよりかはずっとマシだ。行動実験という意味でも精神的負担という意味でも。

 

 しかし、改めて相対すると思う。不可視の速さで駆け、防御が意味をなさない拳、小規模であるが次元震を引き起こす力。そして、それをもってしても砕けない鎧。

 

 それらを有するのは己が意志をもって行動し、自分の知らぬ常識で行動する人間であること。それが何よりも怖い

 

 怖い。

 

 そう、怖い。

 

「さっきまでの威勢はどうした。震えているぞ」

 

 淡々と放たれる言葉はありのままの姿を示す。

 

 デバイスを握る指は震え、膝は笑う。歯はカチカチと音を立て、視界は震えが伝染し揺れる。

 

―まだ、動ける。この、程度の、ダメージは…経験済みだ。

 

 そう頭で強がるも、体は脳の強がりなど意に介さない。

 

―この程度のダメージであったとしても現場で、実戦で受けたことがないだろう。

 

 現場で負傷を負い、目の前に加害者がいる。

 

相手は万全、自分は負傷、相手は格上、自分は弱者。その事実をどう受け止める?

 

 肉体は現実を受け止めた。受け止めた結果がこれだ。

 

 クロノの肉体はそう告げていた。

 

「フッ、小胆だな。」

 

 そんなクロノの姿を見て、彼は嘲る。

 

「ならば…膝を折れ。であれば見逃してやろう」

 

 同時に救いの言葉を口にする。

 

 この状況が示す黒く塗りつぶされた未来に一筋の光が差す。

 

「秩序を守る組織の一員とってそれだけで十分な敗北だ。人権?といったか。貴様らの世界でもそれは適用されるのだろう?管理局職員としては失格だが人間…いや、動物としては正解だ。種の保存こそ最優先であるべきなのだから」

 

「……」

 

 こいつの、目の前の丈夫の、眼前の悪党の諭すような甘言に身体は喜んだ。絶望に慄き凝り固まってしまった筋肉が、心臓よりも大きく脈動する末端の痺れが、痛みが弛緩した。やはり、その事実がクロノの心を揺さぶる。

 

「さて?どうする?俺達の力はもうわかっただろう。」

 

「解析できずとも理解しただろう。身をもって我らが小宇宙の神髄を感じ取れたはずだ。」

 

 けれど、膝を折りそうになる本能に理性が訴える。ここで屈しては管理局の威信に関わる。この次元にいる自分達こそが管理局の持つ威権を背負っていることは紛れもない事実だ。

 

「なら貴様が取るべき行動は一つだ。とてもシンプルな答えだ。馬鹿でもわかる」

 

 だがっ!!と声を上げる本能に、理性が冷水を浴びせる。

 

「そのプロセスを経て答えに行きつくまで、大人も子供も関係ない」

 

―この男が約束を守るとは限らない。それは本能<お前>も感じてるだろう?―

 

「さぁ、膝を折れ」

 

 その眼にはその映像<ヴィジョン>が見えているかのように嗤う。

 

「……断る!!」

 

 激昂した感情を魔力に乗せ、炎熱へと換える。

 

 ここで膝を折ってしまっては二度とクロノの精神は立ち上がれない。

 

 強い義務感と精神的な死を恐れる弱くも真っ直ぐな心が毒のような甘言を打ち払ったのだ。

 

 拒絶の意思と共に放った魔法は容易くアスプロスを覆い、燃え上る。

 

 手ごたえはあった。

 

 不意も突けた。

 

 だが、倒れるわけがない。

 

 この焔で焼ける程、奴は弱くない。

 

 それでもいい。

 

 僕は示した。

 

 僕の姿勢を。僕の意思を。管理局の威信を。その代行者たる自身を。

 

 膝は折らない。頭も垂らすものか。平和を守る意思が屈するものか。と

 

「…なんだ?これは…?」

 

 高熱が起こす、陽炎揺らめく焔の中から低い声が響く。相変わらず無機質で低い声が陽炎に乗ったことでいくらか感情的に聞こえてくる。

 

 まるでその弱さに苛立っているように。

 

「こんな綿埃のように軽い、吹けば飛ぶような焔が反抗の意思だと?」

 

 

 焔の陽炎の中から黒鎧に覆われた腕が飛び出す。

 

 

「笑わせる」

 

 

 その掌はあっという間にクロノの首を捉え、掴み、掲げた。

 

「温い、全く持って温い。木の芽のような惰弱な我を俺に示そうが、貴様には!圧倒的に!力が!伴っていない!!」

 

 男はそう吐き捨てる。強い口調でクロノを否定した。

 

―あぁ、そうだ!!悔しいが、僕ではお前に!お前たちに!勝てない!!だが――

 

「だが、僕の意思は敗北することはない!!」

 

 クロノはキッと黒鎧の兜の下にある陰をしかと睨み付ける。

 

「いくらお前に肉体が蹂躙されようと、僕の心の芯を折ることはできない!!」

 

「…………それを俺に言うか。」

 

 それを聞いた一瞬、黒鎧はあっけにとられたかのように動きを止めた。

 

 自分を掴みあげる偉丈夫の様子にクロノはいぶしかんだ。

 

「ど、どうした?」

 

 兜に隠れた目を表情をクロノは読み取ることはできない。

 

「クク、ククク」

 

 男は心底愉快だともいうように唐突に笑いだした。

 

 

「ハァーハッハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

「何が、何が可笑しい!!」

 

 恐怖よりも驚きよりも怒りが勝り、沸き上がった衝動から己の身も忘れて思わず反射的に怒鳴りつけてしまう。そんな少年の激昂も笑う黒鎧の偉丈夫は意にも介さない。ただ、ひたすらに笑い続ける

 

「あぁ、可笑しい、可笑しいとも!滑稽だ!」

 

 さっきまでの鉄面皮はどこへ行ったのやらアスプロスは人が変わったようにクロノに向けてニヤリと笑って見せた。

 

「だが、気に入った。」

 

 男はすぅっと人差し指を伸ばし、クロノの眉間へ狙いをつける

 

「そして、これが笑わせてくれた礼だ。貴様の心を折ることなぞ、如何に容易いか証明してみせよう。貴様にはもったいない技ではあるが、いいだろう。伝説の魔拳を喰らわせてやる。その身をもって人の尊厳を蹂躙するなど如何に容易いかを知るがいい」

 

 アスプロスはそう嗤うと指を立てた。

 

 そうして腕を引き、

 

 胴を捩じり、絞り、

 

 引き絞られた矢のように溜めに溜められた力が解き放たれる時、その拳指は音を置き去りにして、光速の壁を破る。

 

 アスプロスの黒籠手に包まれた手は瞬く間もなくクロノの眉間へ至り、白磁のような額に爪を突き点てるッ!!

 

・・・

 

 ……黒闇の手甲に包まれた腕がクロノの額と寸でのところで静止する

 

「やめろ。アスプロス」

 

 闇色に怪しく光る手甲ごとアスプロスの腕を黄金の丈夫が掴んでいたのだ。兜から僅かに漏れた鮮やかな青髪に良く灼けた黒い肌の男デフテロスがアスプロスの魔拳を止めたのだ。

 

 マスクに隠れたその表情は依然として見えることはなく、その無機な声色からは何も読み取れない。

 

「……デフテロス、お前にはアルフを頼んだはずだが」

 

 腕を掴むデフテロスに対しアスプロスはやや不満げに声を漏らす。が、デフテロスはそれを意にも介さず続ける。

 

「寝かしつけてまとめて置いてきた。お前が遊んでる間にな。だから…」

 

 この時クロノの鳩尾に衝撃が走る。いつの間にかクロノの身体はアスプロスから解放されていた。尋常ではない程の痛みと熱と衝撃、吐き気を伴って

 

「ガハッ」

 

 胃液が逆流する。喉が灼ける。汚泥が詰まったような濁声が漏れる。

 

「アスプロス、貴様はコレを持ってもう帰っておけ」

 

 デフテロスの手には二人の少女・二機のデバイスから奪ったジュエルシードが輝いていた。

 

 

 

 

 奴の声が聞こえる

 

 目の端で奪われた幾つものジュエルシードが黄金から闇黒へと渡るのが見える

 

 空に堕ちる

 

 いや、捩じりを入れた蹴りか

 

 海へと飛ぶ

 

 どこに?熱い痛い気持ち悪い

 

 視界が反転してる

 

 臓腑が燃えるほどの熱を訴えているのが分かる

 

 何が正しい?

 

 どうなっている?

 

「どうにもならん。星の理のままに貴様は海に沈むのだ」

 

 何かを掴もうと空を掻く

 

 何も掴めぬまま宙でもがく

 

 一拍の間をおいてボチャンと他人事のように水音が鳴る

 

 吐きたいのに、塩辛いものが流れ込んでくる。逆流した胃液で灼けた喉に塩が塗りこまれる。込み上げたものが圧倒的質量によって無理やりに押し込まれる。身体を守るため嘔吐という反射的な体の動きと窒息させようと絶え間なく押入る水の強行。その二つの鬩ぎあいは如何に鍛えたといってもまだ少年といってもおかしくないクロノの身体に多大な負担をかけ、ただでさえ残り少ない体力をさらに消耗させる。

 

 痛い。痛い。痛い。熱い。苦しい。息が、息が、息が。

 

 息が痛い。

 

 生きていたい。

 

 息が痛い。

 

 生きていたい。

 

 

  そう試みようと口を開けど、潮臭く塩辛いモノがぬるりと喉から身体を侵してくる。

 

 

 それでも、苦しく、苦しく、そして、苦しい。 

 

 

 クロノの脳内は、思考はただ文字に溺れて消えた。

 

 

・・・

 

 

 アスプロスがアナザーディメンションの中に消えるまで見送ると、デフテロスは海面上空から昏い海の中でもがくクロノを見やる。

 

「水面を仰いで底で眠るにはまだ、早い」

 

 低い、声が響く。

 

「一時とはいえど、仲間だった誼だ。一瞬だけ時間をくれてやる」

 

 たった一言

 

「聖闘士の蹴りは海を割く」

 

 水中だというのにそれははっきりと聞き取れた。

 

 そして、一筋の光が海上を奔る。光を追うように一条の素波銀濤が湧き、海が割れる。

 

―僕はその光景を一度、目にしたはずだった。

 

―けれど、二度目をこんなにも間近に見るとは思わなかった。

 

 海を割るという神話に記された光景。

 

―この目で見ているというのに脳が事実と認識しない程の現実味のない映像。

 

 痛みも拭き取んだ…わけではないが、クロノは余計なものは吐いて、咽て、必死に肺一杯に酸素を取り込んだ。

 

 吐いて、吐いて、吸って、咽て、吸って、咽て、吸って…これを幾度となく繰り返し、落ち着いた時には双子の戦士の姿も影も見当たらなかった。

 

 

・・・

 

 

「なるほど…よく分かったわ。とはいってもモニタリングはしていたから知っていたけれど、私がそちらに着く頃には全てもう終わってしまっていたのよね…」

 

 アースラの指令室にて…そこでは幾人ものオペレーターがひっきりなしに端末を叩き続け、ディスプレイに映る様々なデーターと格闘している最中、リンディとクロノそしてエイミィが浮かない顔を三者三様に浮かべながら突き合わせていた。

 

 意識を失ったなのは、フェイト、アルフは既に医務室へと運ばれ、ユーノもなのはの傍らに付き添っている。

 

「奴らはジュエルシードは気絶したなのはやフェイト・テスタロッサへの危害を加えないことを条件にデバイスを脅して回収したようだ。レイジングハートは一度、君の安全を優先してジュエルシードをフェイト・テスタロッサへ譲った過去があるし、バルディッシュはそもそもアスプロスと同じ陣営であるからターゲットをアスプロスへ渡しただけに過ぎない。脅されただけでなく、疲弊したフェイトとアスプロスとではアスプロスに渡した方が目算ではそちらの方が確実、またはそちらの方が良いと判断したのかもしれない」

 

 リンディが途方に暮れたようにため息をつき、クロノも消耗しているだろうにそれをおくびにも出さず、当時の状況を冷静に分析する。

 

「けれど、あの二人は、敵対していたはずです…よね?」

 

 エイミィが恐る恐るといった様子で戦艦アースラの一室に立ち込める重い空気の中、どうしてもぬぐえない疑問を口にする。

 

「敵対しているというよりかは、互いになのはちゃんとフェイトちゃんを護るために付いていたといった方が正しいでしょう。どちらかが傷つけば、それを守るように出てくる。さらにそれに対するためもう一人が出てくる。って方式でね」

 

 リンディが相変わらず思い詰めた顔でエイミィの間違いを訂正する。しかし、彼女の疑問の答えにはなっていない。それでも、リンディは続ける。

 

「さらに解せないのは、その護るべき二人を残して消えていったことなのよね…エイミィ、二人の痕跡を追えたかしら?」

 

「……ダメでした。魔力の痕跡や空間の歪みから読み取ろうとしましたけどそもそも彼らから魔力反応は確認できませんでしたし、空間の歪みらしきものも無く追跡できませんでした」

 

「そう……この数週間の蒐集は無意味だったってことね…まさか、あのタイミングで全部かっさらわれるとは思ってもいなかったわ。見通しが、甘すぎたのね」

 

 この数週間、少女と少女、少年と少年の激突を思い出す。こちらの援護の甲斐もあり、全てでは無いにしろこちらが得たジュエルシードの数はフェイト一派が得た数よりも多かった。

 

 天秤はこちらに傾いていた。

 

 いずれ、フェイト一派も保護又は捕縛できるという確信にも似た手ごたえもあった。そんな状況から想定上最悪ともいえる状況へと一転してしまった現状を鑑みリンディは落ち込みながら嘆息する。

 

「今思えばあれ以上ないタイミングはない。確かに僕らはなのはとフェイトに集中し過ぎた。この数週間であの二人が姿を現さない状況に慣れてしまっていた。警戒はしていたが、どこかゆるみがあったのは否定できない。」

 

―それにしても何時から裏切っていたの?彼は…この何日かで懐柔された?それとも初めて会ってから?なのはちゃんのいうことを信じれば私達が接触するまでは積極的にアスプロス側に立つということはなかったはずなのに…

 

―懐柔されたにしてもあの、巌のような彼がそう簡単に意見を変えることがあるのかしら?

 

 確かにデフテロスの言は真実であった。良きも悪きも己の価値観を持って断じ、己が道理をもって行動するあの男であったから危険人物だと区分しながらもアースラの面々は味方だと信じ、協力し、デフテロスもまたその想いに実直に応えた。

 

 その矢先にこの裏切りである。

 

 リンディはにわかに信じられない。しかし、現実に起こったデフテロスの裏切りについて考える。裏切りとその消息についてはもう過ぎてしまったこと、起こってしまったことと割り切る。何かしらアスプロス達の大きなアクションかミスが無い限り、この後もひたすら探査調査を続けるしか進展への道はない。

 

 だからこそ、リンディはその裏切りの背景について思考を巡らせる。

 

―あちらに味方する、せざるを得ないような「何か」があったのだ。と、そして彼が裏切ること。いえ、彼がアスプロスと協力することでその「何か」を解決できる目途があったということなのかしら?

 

―これもまた別の視点から考えればその「何か」はアスプロス一人では解決できない・手に余るものだということ…

 

―その「何か」を掴むことができればッ…!!

 

 そう思わずにはいられない。そう思うほど歯噛みしてしまう。

 

 

 しかし、刻一刻と無情に時間が進む。

 

 あの二人は残りのジュエルシードも瞬く間に手にしてしまうだろう。リンディが危惧しているのはその後、そのジュエルシードがどんな計画に行使されるのだろうと思うといてもたってもいられなくなる。

 

 内側から身体が灼けるような焦燥感と結果として采配を致命的に間違ってしまったことによる自責の念がリンディを苛む。しかし、彼女は戦艦アースラの全てを預かる司令官である。

 

 そんな焦りや不安を必要以上に顔に出すことはない。

 

 そんなものを出すぐらいならと気持ちを切り替え、先を見越した調査と解析、作戦立案に時間を割き、彼女の部下であり、アースラの乗務員へと忙しなく指示を出し、艦長としての責務を果たす。

 

 すでにリンディは真実に至る糸筋を得ていたのだ。

 

 いずれ、彼女の名の下で管理局の権限を行使すれば真実に辿り着くだけの情報も出てくるだろう。その情報を上手く紡げば真実という名の複雑な文様の絨毯も見事に編上げられるだろう。

 

 ただ、残念ながら、今の彼女は本件のイレギュラー達の動向に目を光らせるのに忙しく、それを見落としてしまっているだけなのだ。

 

 見事、真実に辿り着けたとして彼女を始めとする戦艦アースラの面々が何ができるという問題はまた、別としてあるが…

 

 

 

 

「デフテロス、よくやってくれた…いや、よくこの俺に付いた。」

 

 そこは「時の庭園」とかつて呼ばれた要塞のエントランスポートでアスプロスはデフテロスに向かい立ちは話す。

 

「……お前からあんな馬鹿げた計画を聞くまで乗る気はなかった。が、ここまで来たのだ。この計画を起こす目的を教えろ。お前がこの俺に頭まで下げて取り付けた協力だ」

 

「あぁ、じきに話すさ。その為にはお前にはある人物に会って貰いたい。ここでないと些か不都合でな。俺がどれほど本気か、俺がどれだけの衝撃を受けたか俺の口では決して伝わらぬのだ。」

 

「だから、何よりもまず彼女に会って貰おう」

 

「了解した。だがな、アスプロス」

 

「なんだ?」

 

「俺は俺の意志でこちらについたのだ。最終的に決めたのは俺だ。貴様ではない」

 

「だがこれで、俺の目的は果たした。あの河原で貴様が言った通りだ。なのはを守るために俺は全てを敵にまわした。決して傷つけたくなかった彼女の心すら傷つけた。二人が分かり合う機会すらも奪った。」

 

―もうなのはが戦う理由はなくなった。フェイトともに管理局に保護されたからだ。

 

―親に操られ、切り捨てられたフェイトは可哀想な被害者として。

 

―健気な現地協力者であったなのはは欲の目に眩んだ協力者に無惨に裏切られた無知な女の子として。

 

―二人の面会が叶うならばきっと分かり合える。力などに頼らなくても話し合いだけで仲良くなれる。友達になれる。

 

―「フェイトと分かり合うために戦う」など馬鹿げた行いに手を染め、熱を上げる必要がなくなる。

 

―なのはが戦う理由などなくなった。なのはに本来、敵などいなかったのだから。

 

「……わかっているとも。お前は俺の考えに賛同したわけではないということも。だがな、デフテロス。理由はどうであれお前は俺と共にこの道程を往き、彼女たちを救うのだ。」

 

「救うとは?」

 

「端的に言うのなら、あの家族がこの世界で何にも憚れることなく生きていける様に。とだけ」

 

「何に憚れることもなく…か」

 

 デフテロスは露骨に眉を顰める

 

「まぁ、枕詞にできる限りという言葉は付くがな」

 

「らしくないな」

 

「わかっている。これが限界だ。」

 

 アスプロスの顔に苦渋が浮かぶ。弟に向けて肩をすくめてみせ、さらに続ける。

 

 二十年近く行動を共にした過去があるデフテロスの記憶にもあまりみない珍しく力のない素振りであった。

 

「不明瞭で狭い時代が今や明確に線引きされ、拡大しつつも常に最適化・洗練化される時代・世界・組織だ。俺たちの世界と完全と同一と言い難いが、それでも酷似した世界だ。きっと俺たちの世界の未来もそうなのだろう」

 

「難しい未来だ。俺達は…その完壁ではないが優れたシステムの抜け穴を突き、異世界人の情に訴える。そうして辿り着いた場所で賭けに出るしかない。全く、やりづらいにもほどがある。情報が不足している。スタートが遅すぎた。現状も複雑かつ最悪に近い。それを全てひっくり返す。力づくで、だ。我を通すにもほどがある。」

 

 だが、それでも。と。アスプロスは続ける。

 

 話して来るうちに熱がこもってきたのだろう。そこにはあの自信なさげな表情はない。それは跡形もなく消え去り代わりに有り余る力と気迫、精力に満ちた精悍な青年の顔となっていた。

 

「通せる我は通せるだけ通す。連中には迷惑だろうが、知ったことではない。」

 

「俺は世界を脅かすともこの我を貫き続ける。これまでがそうだ。そして―」

 

「これからもだ。」

 

 改めて、アスプロスはデフテロスへと手を伸ばす。

 

「だから、俺に手を貸せ。この俺と同じく、銀河を砕くお前が。力だけではない、知識も考えも人格も倫理も。貴様の全てが必要だ。」

 

「…俺は俺としてこの世界に示すだけだ。俺の誓いと約束を守るためにな」

 

「俺は邁進するぞ。この道を。破滅・自滅に至るこのただ一筋の光明に縋る。」

 

 デフテロスも出された兄の手を取り、固く、固く握る。

 

「無理を通し道理を敵に回す。世界が敵に為るこの解でしかあの家族を救えない。」

 

 アスプロスは覚悟を決めた面持ちで強くデフテロスの手を握り返す。

 

「俺はもう俺の為ではなく、貴様の為ではない。あの哀れで罪深い壊れた家族の全てを救うために破滅の黎明へと歩を進めよう。」

 

「そういえば…何故、貴様がそこまで熱心に彼女に執心なのかを聞いていなかったな。目的は後で言うといったが、理由ぐらいは言ってもいいだろう。アスプロスよ。」

 

「簡単だ。ただ、乞われたからだ。涙ながらにそう願われたからだよ。」

 

 

 

 

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