ここは隠すより先に読んでもらった方がこれからもわかりやすいとも思ったので
―あれは月がきれいな晩だった
―質の悪い夢だと思っていたあの日のような
―俺の、俺たちの運命が宿命へと変わった日のような
―俺たちの夢が俺だけの夢になってしまった夜の空気と暗闇に浮かぶ月は
―俺とフェイトが出会った夜はあの悪夢の晩とそっくりだった
◇
ぼんやりと眼を開ける少年がいた
その少年は純白の肌に夜空が溶けたような群青色の髪をしていた
少年は天を仰いで倒れており、その眼の中には満天の星と満ちた月が輝いていた
「ッ…!?」
―なぜ俺は生きている?再び、神の力によって蘇ったというのか!?
―ふざけるな!!
―俺はもう生きて死んで、蘇って…そして死んだ
―生きるだけ生きた
―善行も悪行のどちらにも手を染めた
―為せたことも為せなかったこともある
―後悔をしたことも満足したことも無数にある
―だが、俺は己らしく生きた
―最期に僅かな時間であったがアテナとも語らえた
―蘇ったところで望むべき野望も、冥界での生にも興味ない
―
少年は苦笑して、死に際に失ったはずの右腕を挙げる
―ハーデスともアローンとも契約した覚えはないのにな、三度、生を受けるとは…
―しばらくは、どんな神であれ無縁でいたいものだ
―あの薄汚い悪魔を神と呼ぶのは少々、憚られるが…
掌で手刀をつくり、傷のせいかなかなか勝手が利かないソレを首元にまで持っていく
―もう少し、眠っていよう。
目を閉じ、微笑んで、自らの喉笛を裂こうとしたその時、どこからか少女の声が聞こえてくる
「流星が墜ちたあたりってこの辺りかな?」
―…妙だな?
―神の使者にしてはコイツ自身の小宇宙はおろか、神の小宇宙やその残滓すらまったく感じない…だと?
「…!?大丈夫ですか!?」
少女は少年を見つけたのだろう。彼の姿に驚き、駆け寄る
「酷い怪我…」
少年は閉じていた目を開ける
「よかった…意識はあるみたい」
それは黒いマントに身を包む黒衣の少女であった。少女は二つに結んだ長く美しい金髪をたなびかせ、紅玉のように紅い瞳でこちらを見下ろしている
美しい月夜の晩、少年は斧槍を持った黒衣の少女と邂逅する
「私の言うことがわかりますか?」
彼は自分を見下ろす少女の眼を見る
―あぁ、お前もそんな眼をするのか…
―何を考えているのかもわからぬ眼を
―純粋に誰かを信じ続けるそんな眼を
―ひたすらに何かを、誰かを見据える眼を
「私の声が聞こえていますか?」
―欲する望みがあるのだろう
―誰かのためにひたすら努力してきたのだろう
―望まれなかったために傷つけられてきたのだろう
「お願いです、何か反応してください!!」
―そんな眼を見ていると…生きていこうと、守ってやりたいと思ってしまうではないか!!
「聞こえている」
すでに涙を目に涙を溜めてしまっている少女の呼びかけに少年は応える
「よかった……!!」
―俺はお前のような奴を知っている。そんな眼をした奴を知っている
―俺が切り捨ててしまった己の半身、この手で殺めた唯一無二の肉親
「願いを…願いを言え、俺がその願いを叶えてやろう」
―今度こそ、違えるものか
少年は少女へ秘めた願いを問う
「えっ!?」
少女は脈絡もなく掛けられたその問いに言葉に詰まる
「お前は誰に認められたいのだ?誰を助けたいのだ?」
そんな少女に畳みかけるようにさらに言葉を投げかける
「えっ?ど、どうしてそんなことを…」
「狂人の戯言だと思って思ったことを吐けばいい。お前は質の悪い夢を見ているだけだ…俺たちの他には誰も見ていないのだからな。強いて言えば月くらいか」
その光景はどこか浮世離れしていて、どこか現実感がない。なにしろ月明かりが差し込む山中のクレータの中心で行われている会話がこれなのだ
「笑わない?」
「あぁ」
「か、母さん…」
男の雰囲気に呑まれたのか、少女は恥ずかしがりながらボソボソと言葉を紡ぎ始める
「ん?よく聞こえんかったな」
「母さんに優しくしてほしい!!」
非日常的な雰囲気に酔ったのか月の狂気が伝染したのか少女は彼に向かって自分の想いをぶつける
―聞いたぞ、願いを
―決めたぞ、為すべきことを
―ならば、後は考えるだけだ!!
―俺は再び拳を握ろう、策をめぐらそう…神に弄ばれようと、悪魔に嗤われようと、運命が立ちはだかろうと…俺はこの少女のために、少女が少女の望む未来へと邁進できるように……
―ひたすら力を尽くそう。小宇宙を燃やそう…それこそ、この命を懸けてでも
そんな自己満足的な自己献身の考えに自嘲しながらも、ハハハッと愉しげな笑いが漏れてしまう。そんな彼を少女は不安げな表情で見る
「いや、悪かったな。少し面白くなってきたと思ってな。お前の答えを聞いて笑ったわけではない。本当だ……見ての通り、俺は傷だらけで死ぬ一歩前という有様だ。情けないこと、この上ないが助けて貰えないか?」
そんな思う通りに体を動かすことすらままならぬ自身の有様すら面白くて仕方ないといった様子で年下の少女に自らの助命を乞う
先程までの生きる意志が欠片も無く、自害すら考えていた少年はそこにはいない。
そこにいた少年は願いを、誓いを胸に秘めてギラギラとした生気を滾らせていた。
「そうそう、名前を聞いていなかったな?」
「フェイト…フェイト・テスタロッサ」
「そうか。俺の名はアスプロス、ただの