魔法少女リリカルなのは GEMINI   作:よね

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少しと言ってたのが三週間も経ち、投稿が遅れてしまいました
もしこの作品と楽しみにしてくださっている人がおられたのなら本当に申し訳ございません
これから多忙になると思われますが、これからもどうかおつきあい頂けると幸いです


第6話 ここは湯のまち、海鳴温泉なの!Another (後編)

 そう、それは真に恐ろしい魔拳と呼ばれるに相応しい技であった

 

 幻朧魔皇拳とは、教皇にしか扱うことが許されないとされる魔拳である

 

 その技を受けてしまった者は黄金聖闘士ですら完全に精神を掌握、支配下に置くことが可能となり、善悪の呵責や葛藤すら感じないただの殺人マシーンとして操ることが可能となる程に強力な洗脳技である。

 

 また、人の死こそ唯一の洗脳を解く方法であり、人が死なぬ限り半永久的に洗脳が続いてしまうという持続力と残虐性を持つ。

 

 使用者がその気になれば、容易に敵に自白の強要や敵地の案内、使うだけ使い潰し最後に精神を粉々に破壊する事すら可能であるためただの洗脳拳という括りに収まらぬ程、用途に富み、応用が利く。

 

 これらは技として恐ろしくも強力な要素であるが、何より厄介な点が一つある。それはとてつもなく技の出が速く、初見で避けることが不可能に近いことである。しかし、その技の性質上、一度その技を受けてしまった者は使用者の傀儡となってしまうということからわかる通り、この魔拳は技としての威力や有用性、技の出の速さから非常に完成度が高いことが窺える。

 

 幸いにもこの技は存在が徹底的に秘匿され教皇の頭脳とその教皇のみが登頂できるとされるスターヒルにだけ存在が許されている。また、何かの拍子でその存在を知ってしまったとしても黄金聖闘士ですら完成に至るまで年単位の時間を掛けなければならない程の難易度を誇る技でもある。そんな技であるからこそ正義の女神アテナの傍らで聖闘士を指揮する実力と権利をもつ教皇にしか使用が許されず、また使用することが出来ない技であった(・・・)

 

 そう、教皇にしか扱えなかったのは既に過去のことである。聖闘士の頂点に座す12人の黄金聖闘士の中でも1・2を争う実力者であり、仁・智・勇を兼ね備えた教皇候補筆頭アスプロスがその魔技の封印を解き習得してしまったがために綿々と紡がれてきた堅き掟は破られてしまった。

 

 幻朧魔皇拳を習得したアスプロスは己の野望のためにそれを最大限利用した。教皇選における他の有力候補の抹殺に利用したり、自らの双子の弟を幻朧魔皇拳をかけ、自分の思うままに操れる我が身の模造品(レプリカ)として仕立て上げた。教皇暗殺という聖域における大罪の実行犯。謀反である行いを実行する自分と同じ力を持つ銀河をも砕く最強の尖兵として、最高の名誉と汚名を与えるために

 

 そんなアスプロスの行動は常軌を逸していた。彼が最後に起こした行動はいつか守ろうと決意した拙い誓いを、自分たち双子の存在をいつか世界に知らしめようという幼き夢を、自らの手で壊してしまうような愚行であったのだから

 

 教皇の座に就くという妄念にも成った野望の為、唯一の肉親であれど容赦なく幻朧魔皇拳の毒牙にかけるという最悪最凶の方法で―

 

 

 

 

 「あった!!見つけたよ、フェイト」

 

 木の枝に足を引っかけたアルフが主人へそう報告する

 

 「うん、わかった!!バルディッシュ!起きて!」

 

 それを聞いたフェイトはアルフの元へ向かう。その際、手の甲に嵌められた金属片に語り掛ける

 

 「Yes sir」

 

少女の呼びかけられたソレは宙に浮き、コアを中心にして柄を伸ばし、刃を形作る。フェイトはそうして斧槍としての形を成したバルディッシュに手を伸ばし、掴み握り構える。

 

 「Sealing form」「Set up」

 

 柄を握るフェイトから伝わってくる強固な意志に応えるように斧槍はさらに展開・変形していく。変形を終えたバルディッシュの砲身と化した穂先からはバチバチと雷が迸り、それだけで凄まじいほどの魔力の放出が可能であることが窺える

 

 「封印するよ、アルフ。サポートをお願い」

 

 「へいへい、厄介なヤツとそのおまけが来るまでにさっさと済ませていきますか」

 

 「いくよ、バルディッシュ!!捕獲!!」

 

 電撃を纏った魔力弾が水底から天へと延びる光柱へと発射される。それを遮るものなどなく魔力弾に込められた膨大な魔力をそのままに目標へと到達。彼女たちの目標が封印の機能を組み込まれた雷撃に打たれ、閃光がジュエルシードの周囲を満たす

 

 「Order」

 

 「ロストロギア、ジュエルシード、シリアル17。封印。」

 

 「Yes sir」「Sealing」

 

 ジュエルシードを包む閃光が徐々に収束していき、雷を帯びながら封じられた蒼き魔石が逆光の中その姿を見せる

 

 ここで少女はハッとしたようにあたりを見回し、周りに彼がいないことを確認するとホッとしたように胸をなでおろし再びジュエルシードへと向き直る

 

 「大丈夫だよ、フェイト」

 

 「うん、ありがとう。もしもの時はアスプロスがいるしね」

 

 少女は青き宝石に杖を向ける

 

 「バルディッシュ」

 

 「Capture」

 

 少女の持つ杖の先端が宝玉にあてられると、黒杖の黄玉へと吸い込まれていく

 

 「ふぅ、これでやっと一つ目回収だね」

 

 一息入れて黒衣の少女が呟く

 

 「アイツがいなきゃ、もっと動きやすかったのにねぇ」

 

 誰にも向けていなかった少女の呟きを拾い、アルフは思うところがあるのか忌々し気に言葉を吐く。その脳裏には褐色の肌を持つ少年が映っていた

 

 「じゃあ―」

 

 行こうかと言いかけた時、彼女たちのいる小さな桟橋に駆けつける小さな足音を聞き取る

 

 「まって!!」

 

 「来てしまったのね…あの男、いえ、デフテロスはどこにいるの?」

 

 「えっ!?なんで…お兄さんのことを」

 

 「無駄だよ、フェイト。今のところあのガキンチョから奴の匂いはしない…大方、気配を感じて合流もせずにここまで来たってところだろうさ」

 

 「そう…」

 

 「ジュエルシードをどうするつもりだ!!そして何故デフテロスのことを知っている!?」

 

 なのはの傍らに待機するユーノが黒衣の少女たちに問いかける

 

 「さぁてねぇ、しかし、舐められたもんだよ。こないだ、フェイトがあれだけ力の差を見せつけたにも関わらず、私が昼間あんた達に警告したにも関わらず、あの男も連れもせずにここまで来ちゃうなんてねぇ!!」

 

 アルフは野獣の眼光を宿す瞳でなのは達を一瞥しそう吐き捨てる。と、橙の乙女はさっきまでの飄々とした態度をどこへやったのか、敵意を全身に発露させなのはに向かって凄まじい勢いで突進する。なのは達と黒衣の少女たちの間にある距離はおよそ15m。アルフはその距離を一息で駆け抜け、その僅かな間で本来の姿、彼女の生来の肉体である大柄な狼へとその姿を変貌させていた。

 

 「ガァァアアア!!!」

 

 そう叫びながらアルフは鋭利な牙が並ぶ肉食獣の咢を上下に大きく広げ、白衣の少女に迫る

 

 「なのは!危ない!」

 

 ユーノが咄嗟に間に入り防御陣を展開し、なのはに迫る野獣の牙から彼女を守る

 

 「チッ。けど、このぐらい!!」

 

 勢いが削がれたのは少しの間で、アルフとなのはの接触を阻む障壁を力ずくで突破しようとその身に力を込めて突き進もうとする

 

 「くっ、まだまだ!!」

 

 ユーノはその衝撃に耐え、障壁を緩めないようにしながら新たに魔法を組み上げその呪文を紡ぐ。ソレを紡ぎあげると二人?を一瞬の閃光が包み、一陣の風を残してユーノとアルフを何処かへやってしまった

 

 「ユーノ君!?」

 

 「アルフ!!」

 

 その光景を目の当たりにした二人は安否を確認するためかそこにはいないパートナーへと声を掛ける。しかし、そこには彼女らの声に反応するもの等おらず、緊迫と静寂に満ちた空間だけがそこにあった

 

 「強制転移…あの状況だからどこに飛ぶかまではちゃんとできなかっただろうけど、いい使い魔をもっている」

 

 それでも黒衣の少女は状況を正しく理解しているようで動揺することなくいう

 

 「使い魔じゃないよ、ユーノ君は私の友達だよ!!」

 

 そんな金色の少女の言葉にムッとしたような表情でなのはは言い返す。

 

 そうして夜の川辺で少女たちは一時、僅かな時間ではあるが初めて言葉を交わすことになる

 

 「そう。で、どうするの?」

 

 「話し合いでなんとかできないこと…ない?」

 

 「私はロストロギア、いえジュエルシードを集めないといけない。何を言われようと、貴女が何をしようと」

 

 「どうしても?」

 

 「どうしても。あなたがジュエルシードを集め続ける限り、どこまでいってもあなたと私はジュエルシードを求めて戦う敵同士でしかない」

 

 「そう簡単に決めつけないでよ!敵同士って簡単に決めつけないためにも話し合いって必要なんだと思う。この前と違って私とあなたはこうやって今話をすることができてるんだから!!やりもしないで決めつけないで!!」

 

 「話し合うだけじゃ…きっと何も変わらない!伝わらない!お互いがお互いの意志をぶつけ合うだけでその話し合いはきっとどこまでも平行線を辿る。それを避けるためにはどちらかが妥協しなければならない。だけど、そうなっても…私は絶対に譲らない!!」

 

 その少女が決意を込めて言い切ると、その言葉を皮切りに戦闘体勢へと移行する。なのはの目の前にいた黒衣の少女は一瞬にして消える。

 

 「ハッ!!」

 

 いつの間回り込んだのだろう。なのはの背後から手に持った斧槍を振るう

 

 「ッ!!」

 

 なのはも彼女に振るわれる凶刃を一寸のところで屈んで躱し、黒衣の少女の方へ再び向き直ろうとする。が、もうそこに少女の姿は無い。またも黒衣の少女は夜に紛れ、再びなのはの背後に回り込みその斧槍を振るう

 

 「Flier Fin」

 

 再び斧槍が迫る中、レイジングハートが彼女の攻撃に対し、瞬時に一小節の呪文を唱え、なのはに桃色の翼を授ける。そして、なのはもまた愛機の機転に応えるようにその翼で空へと駆ける

 

 「ありがとうレイジングハート!」

 

 振りぬいた斧槍の一撃が空を切ってしまっても、黒衣の少女はすぐさま次の行動に移る。それは空中へ逃げた敵への追撃。フェイトはどの点をとってもなのはよりも優れていたが、近接戦闘に関しては今のなのはではどう足掻いたとしてもとしても捉えること出来ない、一矢報いることすら出来ない程、彼女の近接戦闘技術は高みにあった。だからこそ、黒衣の少女即ちフェイトは宙空に逃れる少女から間を置かせぬよう接近戦をこの場において最善の戦術だと判断し、それを実行し続ける

 

 「賭けて、私たちの持つジュエルシードを…!もちろん、あなたの持つジュエルシードを今回だけで全て寄越せといわない。私は持っているジュエルシードは一つ。だから私が勝ったらあなたのジュエルシードを一つ譲ってもらう。私が負ければここで手に入れたジュエルシードを大人しくあなたに渡す!」

 

 そういう黒い影はなのはの上をとり、そこからなのはに向けて疾駆する。その手に持つ黒杖には既に指令を下しているようで

 

 「Photon Lancer」「Get set」

 

 無機なる電子音声がそのオーダーに応える

 

 「えっ!?そんな!!」

 

 なのはは黒い少女の急に持ちかけられた賭けに戸惑うが襲い掛かってくる閃光や迫りくる凶刃に対処することに手一杯になってしまい、考える間も返事をする余裕もなのはに与えられることはなかった。

 

 桃色と金色の魔力によって成される魔法と少女たちの衝突の余波、残滓が夜空を彩る。フェイトはどこまでもなのはに距離を取らせない。なのはから制空権を常に取り続け、譲らず、近接戦闘を行うにあたって最大限それを活用していく。それを受けるなのはに容赦なく頭上から浴びせられる斬撃、砲撃の軌道は捉えづらく、黒い少女の猛攻を凌ぎ守るには難い。ひたすら続けられる斬撃、砲撃の中生じる僅かな間に拙いながら反撃するも容易に避けられてしまう。実際に流れる時間はそれほど長くはないのだが、攻撃に転じる芽もなく守りに徹し続けるなのはにはそんな状況が長く辛いものとなり、この短時間で急速に疲弊していく

 

 「Thunder Smasher」

 

 「あっ!!」

 

 そんな状況下にあって続けられた集中も限界が訪れ、遂に途切れる。黒衣の少女の放つ金色の波濤に叩きつけられ辛うじてその姿を成していた防御陣は決壊し、遂になのははその身を覆う最後の壁、即ち防護服《バリアジャケット》ごと雷撃の鉄槌を打ち付けられてしまう

 

 「Scythe Slash」

 

 黒衣の少女は雷撃をモロにくらったなのはにとどめと言わんばかりに金色の刃を放つ。なんとか迎撃しようとするなのはではあるがその努力は空しく、急遽作り上げた障壁はその金色の刃に易々と引き裂かれ、なのはにその刃は達してしまう

 

 「きゃあ!!」

 

 叫び声をあげて撃墜されるなのは。幸運にも地面に衝突する前に体勢を立て直すことに成功し、無事大地に降り立つことが出来たものの9歳の少女が負ったダメージはひどく大きい。それは呼吸がひどく荒れ、肩で息をしていること、レイジングハートを握る小さな手が離すまいと必要以上に力んでしまっていることから容易に読み取れる。

 

 「これでおしまい」

 

 そして、そんななのはの前に降り立ち、首元に斧槍を向ける黒衣を身に纏い、美しい金髪をなびかせる少女はいう

 

 「Put out」

 

 黒衣の少女がこの勝負の決着を宣言すると、桃色のコアを持つ金色と白の杖・レイジングハートがその核の中に保管していた蒼き宝石を一つ宙空へと放つ

 

 「Capture」

 

 黒き斧槍は白杖から吐き出されたソレをすぐさま黄金の眼を思わせるコアに取り込む

 

 「あなたのデバイスは…主人想いの優しい子なのね」

 

 そして、主の為に迷いなくジュエルシードを自分へ渡すレイジングハートを見てフェイトはそう評する

 

 「私はジュエルシードをこれからも集め続ける。そこで会う度、力尽くでもあなたからもジュエルシードをもらい受ける。あの男が来ないうちに帰るよ、アルフ」

 

 「はいはーい」

 

 そういってなのはから背を向ける少女はいつの間にか近くに戻ってきていた使い魔に声を掛け、その使い魔もこの場で勝利を収めた主人が誇らしいのかひどく満足気である

 

 「まって!!」

 

 その場を去ろうとする少女たちに向かって敗北を喫した少女なのはが呼び止める

 

 「だから、もう私たちの前に現れない方がいい。さっきも言った通り、私は絶対に譲らない。私たちはジュエルシードを求める限りいつまでも反目し争い続けるから…」

 

 背を向けたまま少女はいう

 

 「名前…貴女の名前は?」 

 

 そんな少女になのははこれだけでも…と必死に目の前にいる金髪の少女に問いかける

 

 「フェイト。フェイト・テスタロッサ」

 

 そんななのはの想いが通じたのかなのはの悲痛な問いに黒衣の少女フェイトは応えてくれた。フェイトはその場から離れる最後に自分の名を教えた少女の顔を最後にもう一度、目にしようと振り向き、そして目にする。

 

 なのはとフェイトの間にある空間の丁度、真ん中の空間に小さな罅が入っていることを。そして、その小さな罅はあっという間に大きな亀裂となり、卵を覆っていた殻が向けるように空間がバリバリと音を立て大小様々な亀裂を生む。異次元と少女たちのいる空間の間に存在する壁から零れ落ちた空間の破片が落ちた場所からは星々の浮く宇宙が覗くことが出来る

 

(デフテロス)が来るまでの時間稼ぎにまんまと嵌ってしまった!?あの子がこんなことを!?

 

 一瞬にして変わってしまった状況の中でフェイトが下した判断はその場から急いで離脱することではなく、すぐそこでボロボロになっている少女の顔を注視することだった。それは何故か…直前まで話し合いをしようと必死に語りかけてくれた少女が、名前を教えてしまっても良いと思ってしまった少女が、私が僅かではあるが心を許してしまった少女が、自分を嵌めたのかを。先程の懇願が彼がこの場に駆けつけるまでのただの時間稼ぎであったのかを確めたかったからである。

 

 そして、彼女の紅い瞳はひび割れ、零れていく空間を見ても何が起きているのか理解できず、不安になっている少女の顔を映していた

 

―よかった。あの子のアレは、あの表情は、あの声は本当だったんだ…

 

 そんな何とも言えない穏やかな感情がフェイトの中に満ちる。しかし、そんな感情に少女は目の前の危機を前にしながらも戸惑う

 

―何故、私は今ホッとしたのか?私はあの子のことをよくは知らないし、あの子も私のことを知らない。何より私とあの子は敵同士なのに…

 

 フェイトは慣れない感情、脳裏によぎるなのはの呼びかけ、それらは一滴ではあるが彼女の心の水面に落ち波紋を残す

 

 「フェイト?大丈夫?しっかりして!早くここから逃げよう!」

 

 振り返ったまま固まってしまっているフェイトへとアルフは心配そうに声を掛ける

 

 「う、うん」

 

 フェイトが振り返ってからアルフの呼びかけに応えるまで僅か数秒、しかし、その数秒の間にも着実に空間の亀裂は大きくなり、その亀裂の裏、異次元に潜むモノが外界に降り立つ準備を終えてしまっていた。もはや、異次元に潜む鬼がその身を現す前にフェイトとアルフがそこから逃げることは不可能であった

 

 「はぁぁぁぁああああああああ!!!」

 

 鬼気迫る程の気合が入った雄たけびと共に、狭間の壁に走る裂け目に褐色の手がかかる。その豪腕により力任せに引き裂かれた空間の傷痕は一層大きなものとなり、その孔からその裏にいるナニカが外界へと姿を見せる。そこから身を乗り出し姿を現したのは鬼。

 

 と見紛ごう程、苛烈な表情を顔に深く刻んだデフテロスであった。鮮やかな群青色をした髪は逆立っており、空間の裂け目に手をかける力強くよく灼けた両腕から無数の血管が浮き脈動している。何より異様だったのは彼から発せられる闘気(オーラ)である。デフテロスのいる場所を中心として彼の左右両端にいる少女と彼女らに付き従う獣たちには彼から立ち上る小宇宙を視認することは出来ないがそれでも彼から発露する闘気の熱に肌をジリジリと灼かれているかのような錯覚を覚える程である

 

 世界の裏側から降り立った鬼もといデフテロスは左右にいる少女たちを横目で睨み、一瞥し漏らす

 

 「貴様らはどうでもいい(・・・・・・)

 

 と聞いた者の心臓を掴み、ギリギリと軋むまで握られる様な、生きた心地を欠片も感じさせないと思わせる程恐ろしい声であった。それは幸いにも誰の耳にも届くことはなかったが

 

 また遠目であっても一瞬だけであっても鬼の眼を覗いてしまったフェイトとアルフ、ユーノはその瞳の奥で滾る小宇宙に圧倒され、足が竦み身が竦み、その場に足が縫い付けられたかのようにその場からどうあっても離れることが出来ない

 

―ここにいるのは分かっているッ!!俺を短時間であれ異次元に閉じ込めることができるのはッ!!貴様しかおらん!!アスプロス!!!」

 

 鬼が吠える

 

 その場にいる生物に対し無差別に無尽に昂る意志を込め吠える。テレパスと怒号を介して同時に耳に、脳に叩き込む。そこに遠慮はない。気遣いもない。あるのはその身の内で激しく燃えさかる攻撃的小宇宙のみ

 

 「アス…プロス」

 

 なのはとフェイトは同時に鬼が吐いたその単語を口にする。体は震えて動かない。けれど、しかしまだ、口は動き、頭は回る。そこまでは鬼といえど少女たちを縛ることは出来なかった

 

 「呼んだか?デフテロス、フェイト」

 

 そんな涼やかな声が鬼の咆哮によりその場にいる命あるモノが畏れ息を潜めていた夜の沈黙(しじま)に響く。それだけで声の出所をつきとめたのか、デフテロスの眼球がギロリとそちらの方へと回る。その視線の先には黒衣の少女と橙色の乙女が佇んでいた。再び鬼の視線に射竦められた少女は今度こそ口と思考の自由すらも奪われてしまう。そんなフェイトたちは気づかないその視線はフェイトたちの背後に向けられたことに

 

 「待て待て、デフテロスよ、そんな目で俺を見てくれるな。折角、再会できたというのに。フェイトにアルフ。お前たちはさっさと目標を手に入れたのならすぐにこの場を離れるべきだったな。まぁアイツを最後まで抑えておけなかったことは俺の不手際であり、それは素直に認めるが」

 

 またも涼やかな声が響く。いつの間に手を掛けられていたのかその声を聞いて初めてフェイトは自分の肩にのせられていたことに気づいた。

 

 しかし、それだけで鬼から与えられた恐怖感は消え去っていた。我が身が掴まれていたような感覚はもう、無い。少女は手の主を見ようと首を動かし、振り向く

 

 そこにあったのは月光に照らされ輝く群青の髪、絹のように光沢を放つ白い肌、(おもて)に張り付けられている彼の表情は自信が零れ落ちる程にまで満ち溢れている。大胆不敵、威風堂々というにふさわしい佇まいであった

 

 「…そこかッ!!ハァッ!!」

 

 鬼は目にもとまらぬ速さで、光速拳を繰り出す。目標は同じ顔を持つ男、鬼の兄であるアスプロス。光速で奔る拳の余波はアスプロスの傍らにいるフェイトやアルフすらも吹き飛ばしかねない程の衝撃を生み出す。

 

 しかし―

 

 「やはりなかなかに堪えるな。お前()の拳は…」

 

 アスプロスは二人をその衝撃から庇うように立つ。躱すことも容易では無いが、不可能ではなかったはずなのにも関わらず。しかし、彼は躱すことでその凶拳が何かを破壊することを危惧したのかしっかりと掌で弟の拳を受け止めていた。

 

 「もっと深く強く突き立てた方がよかったか?一度、貴様を葬ったこの拳を!!」

 

 「たわけが、貴様ごときに二度も殺られん。貴様こそ忘れたのか?この俺の拳で葬られたことを!!」

 

 受け止めた掌からは血がポタポタと流れ落ちる。拳を突き出したデフテロスとそれを真摯に受け止めるアスプロス。互いに挑発を交しながらも双子の兄弟は確かに視線を交差させた。その瞬間は時が止まったかのように穏やかでその空間に満ちる闘気は滾るマグマのようであった

 

 「だが、いいのか?あの娘を放っておいて?」

 

 しかし、そんな時は鬼の頭上より降ってくる呪詛により動き出す。その呪詛の主アスプロスの唇の両端は吊りあがっており、その声はただ、愉しそうにも何かを試そうとしているようにも感じられた

 

 そんな彼の腕。そう、己が半身の拳を受け止める手と反対の腕は今にも最凶の拳を繰り出そうとする

 

 その名は幻朧魔皇拳。その獲物は白衣の少女なのは。彼はたった一本の指を、人差し指だけを伸ばす。それは満身創痍な身でありながら大地を踏みしめ彼らを見守るなのはを、正確に言えばなのはの眉間を指差していた

 

 「なッ!?」

 

 彼の挙動を見るや否や鬼は白衣の少女と共に姿を消す。少なからず距離があったというのに、全くの同時に。その場には煙立つ黄土色の砂埃と群青の淡い残像だけがうっすらと残る

 

 「まったく、お互い子守りには手がかかるなぁ、デフテロスよ!」

 

 やれやれとかぶりを振ってアスプロスは振り向く。その視線の先には白き少女を抱いたデフテロスが片膝をついていた。彼もまたアスプロスを睨んではいるが、アスプロスの一指がかすったのか彼の黒い首筋にはうっすらと血が滲んでいる

 

 「お兄…さん?」

 

 「すまん、なのは。さっきは少し頭に血が上っていてな、お前に負担をかけるようなことをしてしまった…そして、守るという約束を破ってしまった」

 

 「う、うん」

 

 男は対峙する彼から目を離さずに少女に声を掛ける。それは先程までの肝が冷えるような声色ではなく、いつもの厳しくも優しさを感じられる声であった。傷ついた少女は彼の言葉に戸惑ったように頷く

 

 「どうしてここに、こんなところにいるのだ!?アスプロスよ!!」

 

 そして、アスプロスの一挙一動に眼を光らせながらも抱いた少女を丁重に降ろすと、彼に鬼が叫ぶように心から絞り出すように問いかける

 

 それを聞いて、多少考え込む素振りを見せる。少しして、顔を上げるとデフテロスの額に人差し指を向けこう語り始める

 

 「ふむ、それは俺がこの時代にどうして生を繋いでいるのか。という問いか?それとも、どうして俺がここでフェイトと行動を共にし、ジュエルシードの収集を手伝っているのか。という問いか?」

 

―幻朧魔皇拳か?

 

 禁断の魔拳の恐ろしさとそれを扱う男を良く知る身としてなのはを守るようにさりげなく立ち位置を変えていく。双子の片割れが弟の投げかけた問いに嬉しそうにしながらも真剣に答えていく。もはや彼が問いに対して論じている間は拳が交えられることはないだろう。そこにいる誰もがそう思い彼の返答に耳を傾ける

 

 「前者の答えならばこうだ。むしろ、貴様はなぜ俺がいないと考えていたのだ?俺たちは燦然と輝く双子座の宿星の元に生まれた双子なのだぞ。俺たちは互いの現身にして半身。それでありながら一個たる個人。貴様がここで再び生を受けたのなら俺もまた生を受けるのは道理というものだろう。その逆もまた然り」

 

 「その証拠に、と言ってよいのかは分からんが…身に覚えはないか?俺が生きていることを!この世界に存在していることを!再び、俺たちが相見える時を!お前の中に燃える(お前)の小宇宙が予感として知らせていたはずだ!!」

 

―しかし、俺にはもう幻朧魔皇拳は効かん…が何を企んでいるのか

 

 魔拳の封印を解いた男アスプロスの語りは続く。しかし、その指先はゆっくりと一秒毎に一度程の割合で徐々に円を描いていく

 

 「ふむ、納得はしていないようだな。まぁそれもそうだ。俺も考えられる仮説を口にしただけに過ぎないからな」

 

 「さて、後者即ち、どうして俺がフェイトと行動を共にしているのかという問いについてだが、それは簡単だ。俺はフェイトに命を助けられた。だからその恩をジュエルシードの収集の伴をするという形で返しているのだ。そんなお前も同じような理由でその娘を助けているのだろう?」

 

 最後に顎でなのはを指して弟への返答を締めくくる。いつの間にかデフテロスの額を指差していたはずの指は眉間から外れ、円を描き、60秒という僅かな時を経て再びデフテロスの額に標準を合わせる

 

―来るかッ!?

 

 アスプロスの語りが結びを迎えたと理解し、もう一度身構えるが―

 

 「いや、すでに終わっている。さらばだ、我が弟よ」

 

 アスプロスはデフテロスの心を読んだかのように言葉を紡ぐ

 

 「マーベラスルーム」

 

 その単語を皮切りにデフテロスの背後に急遽黒白の渦が顕れ、鬼を捲き込み、呑み込んでいく

 

―馬鹿な…体が粒子状に!?そして渦へと消えていく!!!

 

 「その先は時間も物質もない世界。入れば量子レベルで分解されその世界にバラまかれる!!」

 

 「クッ」

 

 デフテロスは腕を伸ばし、自分を呑み込まんとする渦に対して足掻く。が、そんな頑張りも空しく、彼の四肢も胴体も頭部もすべて黒白の渦の中へと消えていった

 

 「……思いのほか上手くいったようだな。実戦で使うのは初めてだが結果としては上々だろう」

 

 一人その黒白の渦が消えるところまで見届け、ポツリとつぶやく

 

 「デフ…テロスさん?」

 

 鬼が魔拳から必死に守ろうとした少女は目の前で起きた刹那の出来事を処理しきれないのか、いや、眼で追えたかすらも怪しいので何が起きたのかわからずにいるのかもしれないが、呆然とした顔でさっきまですぐそこにいた人物の名を呼ぶ

 

 「―さて」

 

 そんな彼女は眼前にまで徐々に迫る悪魔の靴音には気が付かない。呆然自失といった状態のなのはの首へと手を伸ばし、その細い首を優しく握る

 

 触れられたことに驚いたのか肩がビクリと震えるが、眼前にいる男の放つオーラに圧倒されて言葉も出ない

 

 「少し我慢していろ。何、取って食うつもりなどはないから安心しろ」

 

 男は少女の顔すら見ずにいう

 

 「お前には少しの間、人質になってもらうだけだ」

 

 「人質?それにあ、あなたは何者なんですか?お兄さんとは知り合いなんですか?知り合いならどうしてあんなことを…」

 

 なのはは顔を上げて男の顔を見る。しかし、月の逆光によってどのような顔をしてどんな表情を浮かべているのかは全く読み取ることが出来ない

 

 「ほう、質問するだけの度量と気力はまだ残っているようだな。いいだろう、興が乗った。俺が誰かということを少し教えてやろう」

 

 「俺の名はアスプロス!先程までここにいた男デフテロスの唯一の肉親であり奴とは血肉を分けあった双子の兄よ!!」

 

 「双子の兄…?え?なら、どうして?」

 

 「俺としてはやりあう気はなかったのだがな。あやつから仕掛けてきたのだ。我が身を守るためには詮無きことだった」

 

 本心から仕方がないと思っている表情で言い切る

 

 「それでも少しの間、話し合っていたじゃないですか!!それなのに、どうして!!」

 

 「どうしてか…まぁ見ていろ。直分かる」

 

 そういうとなのはの背後にある空間に渦状の文様が浮かび上がってくる。その文様が描く渦が以前描いた軌跡とは逆に回り、その回門を開けていく。ポッカリと開いた空間の孔からはデフテロスが姿を現し、その門を抜け大地に降り立つ

 

 「一瞬、ヒヤリとしたが何だアレは?貴様の技にしてはえらく粗末な空間だったぞ。あんなものでは俺を殺すことなどできんことは分かっていただろうに…」

 

 何か腑に落ちないような顔をしてアスプロスを見やり言う

 

 「お前の不意を完全につける技はそうないからな。手の内はほとんど知られている。ならば不完全であっても貴様の知らぬ技であり、貴様が集中しきれてないときに使えば今のこの状態を作れると踏み、その予感は見事に的中したという訳だ」

 

 「ふん…では早く要求を言え。なのはに手をかけているということはそういうことだろう」

 

 「まったく、聡明な弟で助かる。俺の要求するものは―貴様が持つジュエルシードだ」

 

 「!?」「お兄さん、いつそれを手に入れたんですか?」

 

 「おや?合意の元、貴様が預かっていたのではないのか?まぁいい。フェイトが貴様に横取りされたジュエルシードのことを気にかけておったのでな。折角だから取り返してやろうという俺の親切心よ。全く我ながらなんと甘いことか」

 

 「そういえば…確かにお兄さんはジュエルシードをフェイトちゃんに獲られたって一言も言ってなかったけど。何で言ってくれなかったんですか!?」

 

 「まぁ、そんなことはどうでもいい。さっさとそれをこの兄に渡せ。デフテロスよ」

 

 そういって空いている片腕を前に差し出す

 

 「先になのはを離せ」

 

 「そちらが先だ」

 

 互いの要求は噛み合わず数十秒の間、緊張に包まれた空気の中ジッと互いに睨みあうが

 

 「仕方がない、こちらが折れよう。この娘を開放する」

 

 そういって少女の細い首にかけられた手が開き、少女は解放される

 

 「ではヤツの元に向かうがいい」

 

 「は、はい」

 

 「次はそちらの番だ。分かってるな?未だにこの距離なら俺の拳がこの小娘を貫く方がはやいということを」

 

 「あぁ、受け取れ」 

 

 チッと舌打ちして懐から取り出した蒼き宝石を兄に向って無造作に放り投げ、アスプロスも危なげなくそれをキャッチする

 

 「では、俺たちはこれで帰らせてもらおう。フフッ、今宵は我らの勝利に終わったな」

 

 「ぬかせ、さっさとねぐらに戻れ」

 

 兄のそんな言葉を苦々しい顔でデフテロスが吐き捨てる

 

 「言われずともそうさせてもらおう。行くぞ、フェイト。アルフ」

 

 「う、うん」「わかったよ」 

 

 そういってデフテロスと瓜二つの顔をもつ男アスプロスは黒衣の少女フェイトと橙の乙女アルフを連れ夜闇に消えてゆく

 

 「では、俺たちも帰るぞ」

 

 「う、うん」

 

 「そう落ち込むな、今回は完全に俺のミスだ。まさか兄があちらに付いていたとはな…」

 

 「あ、そうだユーノ君!ユーノ君は!?」

 

 今まであった衝撃的でショッキングな出来事が立て続けに起こっていたいたせいか頭の中からパートナーの存在が抜け落ちていたようである。傷つき疲れた言うことを聞かない体を何とか動かして先程までいた辺りを見回す。それから、なのははすぐにユーノを見つけたようでその視線の先にはそこには黒く細長い何かが転がっていた。

 

 デフテロスが異次元からこの場に降り立った直後の気当たりにやられたのか、魔拳の手からなのはを救うときに余波にやられたのか、すっかり気を失ってしまっている。元の少年の姿ならそんなことはなかったのだろうが、小動物の身体では何かと外的要因による影響も受けやすいのだろう

 

 急いでなのははユーノの元へ駆け寄り、その身体を耳元にまで寄せる。心臓の鼓動と規則正しい寝息が聞こえるのを確認するとその小さな体をぎゅっと抱きしめる。そこから顔をあげ胸にユーノを抱き立ち上がろうとする。そんななのはを裏切るように足から力が抜け尻餅をついてしまう

 

 「立てるか?」

 

 デフテロスがなのはに手を差し伸べる。なのはもその手を握りもう一度立ちあがると、デフテロスの手を離してしまうとやはり足腰に力が入らないのか尻餅をついてしまう

 

 「あ、あれ?おかしいな。もうちょっと待ってて。ちゃんと立てるから」

 

 デフテロスはそんななのはを見て軽くため息をつくとなのはに背中を向けてその場にしゃがみ込む

 

 「乗れ」

 

 「え?」

 

 「お前がそんな状態になってしまったのは俺が助けに行くのが間に合わなかったせいだからな。それに夜も遅い。明日もあるのだ、できるだけ早く休めるのならば休めるほど良い」

 

 「ありがとう、ございます。なの」

 

 なのはは何とかデフテロスの肩につかまり、その身を男の背に任せる。しっかりと少女の体重がかかったことを確認するとデフテロスはゆっくりと立ち上がり、部屋への家路につく

 

 「部屋に着くまでゆっくり休んでおけ」

 

 「うん」

 

 「眠たいか?」

 

 「うん」

 

 「なら寝てていいぞ、俺が皆にバレぬよう送り届けてやるからな。心配するな」

 

 「う…ん」

 

 それを最後にデフテロスの背中からはすーすーと今にも消えそうな程か弱い寝息が聞こえてくる。

 

 少女の暖かな重みを背に夜空の下、帰るデフテロスの胸中は少女を傷つけてしまった自責の念といるはずがないと思っていた兄の一端を感じ取りそれに動揺し我を忘れていたことを恥じる気持ちが渦巻いており、なのはに対して向けていた穏やかな対応とは裏腹に内心は不甲斐ない、完全にしてやられてしまった自分に対する怒りで腸が煮えくり返っていた




あ、わかりにくかったと思ったので、補足しておくとユーノが気絶してしまっていたのは100%デフテロスのせいです
あと、デフテロスの到着が遅れた&あんな鬼気迫った風になっていたのはアスプロスにより異次元に閉じ込められ、それを突破するためになのは達に見えざるところで双子は本気で異次元の主導権争いをしていました。
ですから、デフテロスはジュエルシードのある場所へ全力で駆けつけようとし、アスプロスはそんなデフテロスの妨害を本気でしていました
最後に辛くもとった一瞬の間に無理やり閉じられた異次元の壁をこじあけて作中の場に降り立ったわけです
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