※東方Projectに登場していない方が出演します。
「ん、……おはよー、ござい、まーす」
もにもに、と目をこする。外からはちちち、と小鳥の鳴き声。……朝、だあ。
「おはよう。いつまでも寝惚けるな、顔を洗ってこい」
「ふぁあい」
お布団から起き上がる。ばさっ、と音。
大きな鳶が私の肩に止まる。慣れた重みに笑みを浮かべて「おはよ、父様」
「うむ」
御顔を洗って、歯を磨いて、と。
そのころには頭もすっきり、だから私は着替えてぱたぱたと離れ、……というか、お店へ。
霧雨道具屋、私を引き取ってくれたところ。
「おはよー、綾ちゃんっ、顕仁さんっ」
「おはよっ」
「おはようございます。顕仁さん、綾」
重なる挨拶に、私はエプロンを着ながら「おはようございますっ」
「おはよう」
「おはよう」店主さんは帳簿から顔を上げて「綾、商品の陳列を頼む」
「はいっ」
ぱたぱたと、父様と一緒に外に飛び出した。
商品の陳列。まだ子供な私はお椀とか、軽い物をもって走り回る。…………はふぅ。
朝は商品の陳列を頑張らなくちゃいけない。休む時間はない。文字通り、走り回る。他のみんなも忙しそう。
けど、朝一番で働くのは気持ちいい。
「あまり運びすぎるな。
転んだら元も子もない」
私の肩に止まる父様が視線を落としていう。……やっぱりちょっと苦しいかな。
「綾ちゃん。無理しないで、顕仁様の言うとおりよ」
先輩の智恵さん。彼女は頷いて、
「女の子は無理しないで、代わりに男がやればいいのよっ!」
むんっ、と胸を張っての言葉に女性陣は拍手喝采。そして、男の人たちはこそこそと隅に集まって、
「綾ちゃんみたいに可愛い子ならいいけどなあ」
「ちょっと、え? 手伝う必要なくね? って思っちまうのがいるしなあ」
「むしろ俺たちよりも力あるんじゃね? みたいな」
「くわばらじゃー」
「ぶん殴るわよ、男連中」
「「「ひいっ!」」」
「……いつもにぎやかだな」
父様は肩の上で苦笑。けど、
「楽しいよ、ねっ、父様っ」
「かもしれぬな」
ともかく、そんな風にぱたぱたと走り回って、……時間。
「お疲れさん。
綾ちゃん、先に朝食とってきな」
「はいっ、お先ですっ」
「お疲れ様ーっ」
「ご飯食べたらまた頑張ろうねっ」
「はいっ」
笑顔で見送ってくれるみんなに手を振って、私は霧雨道具屋を出た。
向かう先は霧雨道具屋と提携しているお食事屋さん。もう、何度も通ってるから、
「おはよっ、綾ちゃん、顕仁さんも、いつものかい?」
「はいっ、お願いします。……あっ」
「おう、久しぶりじゃな」
「知人ですか?」
豊浦臣と、……えっと?
誰だろう、不思議な髪型の人。……えっと、角みたい、とか思っちゃった。ともかく、
「おはようございます。豊浦臣っ」
「おはよう、綾、それと、崇徳帝。
どうじゃ? 一緒に」
「はいっ」
頷いて私は豊浦臣の隣、そして、
「はじめまして、私は豊聡耳神子です」
「はい、はじめまして、私は綾です」
「顕仁だ」
「ほう、…………」す、と神子さんの視線が細くなり、けど、「はじめまして、……私も豊浦に倣って崇徳帝、と呼びましょうか?」
「好きにせよ。
幻想郷で帝の文字など、大した意味はないがな」
「えっと、豊浦臣の知り合い、ですか?」
「……まあ、そんなところじゃ」豊浦臣はひらひらと手を振って「なんでも、最近復活したとか」
「復活?」
「そうらしいのじゃ。……わしもよくわからんが」
「最近はいろいろ出るな。
いつかの赤い霧みたいに有害なことにならねばよいが」
父様は溜息。と、
「お待たせ、綾ちゃん」
「ありがとうございますっ」
いつもの朝食、私の所にはおにぎりが二つとお漬物、それとお味噌汁。
「崇徳帝は食べないのですか?」
首を傾げる神子さんに父様は苦笑。「なにを、どう食べろというのだ?」
「そうですね」
「鳥の餌、と言ったら殺されかけたのお」
しんみりという豊浦臣、父様はむっとした表情で、
「余計な事を言うからだ馬鹿者」
「それで、えと、綾。ですね。
この近くで暮らしているのですか?」
神子さんの問いに私は頷いて「霧雨道具屋においてもらってます」
「そうですか? 霧雨? 魔理沙?」
「あ、義姉さんとも知り合いですか?」
「姉妹? ……いえ、違うようですね。
憧れ、ですか?」
「え?」
「神子、あまりその耳を使うな」とん、と豊浦臣は神子さんの耳当てを叩いて「たいていの者は混乱する」
「別にそれを狙ってはいませんが」
神子さんは苦笑。ともかく、
「えっと、……その、義姉さんは霧雨道具屋の店主さんの娘さんで、私も、いろいろとお話をしています」
義姉さんのお話は面白い。魔法のお話、それに、巫女様とか、アリスさんの話も、……それに、異変解決のお話も、凄かった。
一人で何でもできる、格好いい人、……うん、神子さんの言うとおり、憧れている人。
「あまり、憧れるような人でもないと思うのですが?」
神子さんは微妙な表情で呟いた。……そう、かな?
と、
「太子様ーっ、……と、豊浦?」
ふわり、と妖夢さんの半霊の方みたいな下半身の女性。
「屠自古?」「どうしたのじゃ?」
二人は声の方を見た。…………そういえば、豊浦臣の姓も蘇我だよね。
「あれ? 太子様の友達?」
屠自古さんは首を傾げる。
「はじめまして、私は霧雨道具屋でお世話になっている綾って言います。
神子さんとはここで初めて会いました」
「ふぅん」ふよふよと屠自古さんは私の近くへ「私は蘇我屠自古、はじめまして、……って、うわ」
「なにがうわ、だ、なにが」
じと、とした視線を向ける父様。屠自古さんはぷるぷると首を横に振る。
「はは、さすがの屠自古もかの魔縁の前では形無しじゃな」
からからと笑う豊浦臣。
「そ、りゃあ、……ねえ」
「ふんっ」
「それで、どうしましたか? 屠自古。……ん、ああ、時間でしたか」
「時間?」
「こやつ、悩み事相談をやると言っておるのだ。
綾、あまり顔を出すなよ。妙な事を吹き込まれるぞ」
「心外な事を言いますね。豊浦」
唇を尖らせる神子さん。けど、私には柔らかく笑顔を見せてくれて、
「まあ、相談に来るかは綾の自由ですが、何か必要があったら霧雨道具屋にも寄るかもしれません。
その時はよろしくお願いしますね」
「はいっ」
私は霧雨道具屋に戻る。そろそろ、開店の時間。
がんばるぞ、と思ったところで、
「綾ちゃんっ、暖簾」
「はーいっ」
えっと、……戸口の近くにある暖簾を取って、表にかける、開店の合図。と、早速。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。白蓮上人っ」
待っててくれたのかな? 戸口の近くにいる白蓮上人が早速入ってきた。
「ごめんなさい、お待たせしちゃいましたか?」
「いえ、開店時間も知っていましたし、時間通りです。
綾さん、貴女が負い目に感じる事はありませんよ」
「ありがとうございますっ」
よかった。……けど、待ってもらったことも事実。だから、
「何をお求めですか?」
ちゃんとやろう、とその事を意識して私は問いかけた。
「いろいろと、一式日用品を買いに来ました」
「日用品?」
「はい」白蓮上人は困ったように微笑んで「なんていうか、居候が増えてしまいまして」
「命蓮寺だよね。賑やかだよねー」
入門した、って境内で一生懸命掃き掃除をしている響子ちゃんとか、護良さんと一緒に命蓮寺に居ついている尊治さんとか、正成さんとか、……白蓮上人は微笑。
「今度、遊びに来てくださいね。
歓迎します」
前、宅配で行った。その時も歓迎してくれたけど、お仕事中だからゆっくりできなかった。
けど、覚えてる。賑やかな寺院。そうだね。
「うん、今度、父様と一緒に遊びに行きます。
ねっ、父様」
「うむ、わしが歓迎されればな」
父様の言葉に白蓮上人は柔らかく微笑んで、
「人に、そして、妖怪に害をなさないのであれば、誰であっても歓迎しますよ」
「ふん、わしの身内に手を出さないのならばそんな事はしない。
手を出すのならば、……弾幕ごっこなど生温い事はせぬ。我が請願を、確かに果たそう」
「怖いですね。気を付けます。
ふふ、では、綾さん、顕仁さんもいつか遊びに来てくださいね。歓迎します。……もちろん、私の所にいる子たちには手出しをしないように言っておきますよ」
「はい、時間があったら遊びに行きますっ」
応じると白蓮上人は嬉しそうに笑って頷く。そして店の奥へ。そして、
「あっ、為朝さんっ」
「ん」
凄く、大きな人。源為朝さん。駆け寄ると撫でてくれた。
武骨な、硬い手と不器用な仕草。けど、撫でてくれるの、嬉しい。
「為朝、どうした?」
「院、……いえ、午後から山へ行くので、必要な道具を買いに来ました。
綾、どこかに売っているか?」
「えーと、……山歩き、ですよ、ね?」
どんなのが必要だろ? 首を傾げる私に困ったような声。
「すまん、言葉が足りないか。
背嚢と、それと、鉈が欲しい。あと、頑丈な縄があればいいのだが」
「えっと、背嚢と、鉈と、縄ですね」確か、あったよね「えっと、ちょっと待ってください」
為朝さんは小さく頷く。
「まったく、為朝のやつも、あれだけではわからんだろう。
もっとちゃんといえばいいものを」
ぶちぶちという父様。けど、「うーん、解る人は解るし、もっと勉強しないと」
実際、何に使う道具が欲しい、っていうだけで長く勤めている人にはちゃんと伝わる。勉強不足だよね。
「店主さんっ、商品見取り図、確認しますっ」
「ん」
難しい表情で算盤をはじいていた店主さんは小さく頷いて奥を示す。そこには大判の地図、霧雨道具屋の商品が置いてあるところ。
たくさんの付箋で書かれた商品。……えっと、「綾ちゃん、何か探してるの?」
先輩の秀明さん。私は頷いて「為朝さんが、山歩きのために背嚢と、あと、鉈と縄が欲しいって」
「山歩きねえ。為朝さんなら大丈夫だろうけど、……えっと、」
秀明さんの懸念は解る。山といえば妖怪の山。相模坊さん達天狗さんがいるところ。
場所によってはすごく危ないって、阿求ちゃんも言ってた。
「何しに行くのだ? 為朝は、
もうちょっと話せばよいものを、あれでは何もわからぬ」
「お、顕仁さんも心配ですかい?」
見取り図を目で追っていた秀明さんがそのまま苦笑。ふんっ、と父様は鼻を鳴らして、
「為朝なら万一もあるまいがな」
「まあ、それも、……あ、あった。
綾ちゃん、一階の、五の通路、その辺だな。三番の棚に縄と、七番の棚に鉈はある。
背嚢は、……んー、…………こりゃあ二階か、二階の、……………………「あ、見つけましたっ、七の四ですっ」よしっ」
秀明さんが頷く。「ありがとうございますっ」
「おーう、がんばれよー」
「はいっ」
秀明さんに頷いて私は待たせちゃってる為朝さんの所へ。為朝さんは待っててくれて、それと「あっ、阿求ちゃんっ」
為朝さんと何か話してた阿求ちゃん。
「あ、綾ちゃん」
「阿求ちゃん、どうしたの?」
「ええ、為朝さんが妖怪の山の頂上にある守矢神社に行くというので、どういう所だったか教えてくれるようにお願いしました。
縁起編纂にも使えますからねっ」
ぐっ、と拳を握る阿求ちゃんと「それならそうと、先に言え馬鹿者」
「申し訳ございません。院」
そういえば、守矢神社「守屋連と名前似てるね」
知り合い、物部守屋連。為朝さんは頷いて、「誘ってみたが、拒否された。何か縁があるのかもしれないな」
「ほうほう、これは書き加えなければ」
うむ、と頷く阿求ちゃん、父様は溜息「守屋には言っておけよ。あやつ、嫌いなことは徹底的に嫌うからな」
「それはもちろんですよ。
幻想郷縁起は関係者に必ず検閲してもらってます」
幻想郷縁起、阿求ちゃんが書いた「綾、あまり為朝を待たせるな」
あっ、
「ご、ごめんなさいっ」
「綾、あまり急がなくていい」
困ったように言う為朝さん、けど、
「馬鹿者、接客を任されたものがいつまでも客の一人と話し込んでいいわけがないだろう。
他に用がある客もいるのだ」
「む」
「はい、えっと、阿求ちゃん、いい?」
「大丈夫ですよ。もう話しておきたいことは伝えましたから。
じゃ、頑張ってくださいね」
「うん、阿求ちゃんもがんばってね、お仕事」
「ええ、ありがと」
為朝さんを案内して店内を回る。…………本当なら、買った物は私が持たないといけないんだけど、為朝さんが持ってくれた。
その事で父様に怒られたけど、今度は為朝さんも重いから、とかばってくれた。
嬉しいけど、けど、もっと力をつけないと、お客さんに手間をかけさせるなんてよくないから。
「あまり気を病むことはない」
会計をしながら為朝さん。
「けど、もっと力をつけないと、」うん、と頷いて「そして、もっと身長も伸ばして、咲夜さんみたいな格好いい女性になりますっ」
伸びよ身長、えいっ、と背伸び。
「……まあ、頑張れ」
小さく微笑む為朝さん、その横で、
「綾ちゃんは小っちゃいままでいいと思うが、どうだろうか?」
「力はいいなあ、か弱い女の子がいいなあ」
「綾ちゃんが一生懸命荷物を運んでる姿に癒された俺としては、非力な方がいいな」
「私、格好いい女性より可愛い女の子がいいと思うんだけど、どう?」
「看板娘はちっちゃい娘の方が華がある。俺、何度かそれ目的で来たし」
「…………貴様ら、綾に余計な手を出すなよ?」
じと、と父様が睨みつける。「ひゃああっ」と皆行っちゃった。……お客さんも行っちゃった。
ぽん、と撫でられる。
「けど、無理はするな」
「はい」
為朝さんは、困ったように微笑んで、そういってくれた。
為朝さんを見送って、在庫確認のために二階へ。
「あ、白蓮上人、と、……井上さん?」
「あら、綾ちゃん」
「また会いましたね。お仕事、お疲れ様です」
白蓮上人と談笑していた井上さん。
「はい、ありがとうございますっ。
お話ですか?」
「ううん、ちょっと父様の事で、白蓮ちゃんがいろいろ興味あるみたいなのよ」
「それはもちろんです」むんっ、と白蓮上人は頷いて「かの、東大寺を建立した聖武帝。そのお話は仏教徒として、是非、伺いたいです」
「行基君の話もあるけど」
「本当ですかっ」ぱあっ、と白蓮上人は笑顔「あの、井上后、是非、あとで命蓮寺へお越しください。歓迎します」
「あらあら、ありがと、白蓮ちゃん。
ふふ、そうね。今度他戸と遊びに行くわ」
そして、不意に私を見て、
「そうね、綾ちゃんや顕仁君もいかが?
どうせならみんなで行った方が楽しいわ、ね?」
「……構わん、が。綾は勤め人だ。
それを頭に入れておけよ?」
「はいはい、解ったわ。
じゃ、綾ちゃん。お休みできそうな日を教えてね。一緒に白蓮ちゃんの所に遊びに行きましょう?」
「はいっ」
やった。
午前のお仕事が終わってお昼。私はいつもの食堂へ。
「こんにちわー」「こんにちわ」
「こんにちわっ、顕仁さん、綾ちゃん」
あ、
「お、お? なんだ、霧雨道具屋の娘か」
「あ、妹紅さんっ」
「よっ、飯か?」
「はい、妹紅さんも?」
「んー、おー
午後から永遠亭への案内頼まれててね。その前に腹ごなしだ」
永遠亭。
「あ、輝夜さんのいるところ?」
「そうだ。あいつのいる場所だ」
はあ、と妹紅さんは溜息。
「綾、話すのは構わないが、午後の仕事に遅れるなよ」
あ、そうだ。
「そか、お前さんも働いてるんだったな。
ならそこ座って食え」
「はいっ」
「綾ちゃん。注文は?」
「あ、えっと、……」お品書きに視線を落とす、うん、と「御饂飩くださいっ」
「はいよー」
「天ぷら余ってるからサービスしておくよっ」
「わっ、ありがとうございますっ」
やったっ!
「良かったな」
妹紅さんも楽しそうに笑って言う。父様は首を傾げて「永遠亭、……確か医者がいたな、病人か?」
「あー、いや、薬の買い置きだってさ。
それなりにかさばるから、兎の売り子に持たせるのも悪いってんで自分で取りに行くんだと、まったく、それで付き合わされる私の身にもなってほしいよ」
「それが勤めなら果たすべきだろう。
報酬をもらってるならなおさらだな」
「まあ、そうだけどよ」
父様の言葉に妹紅さんは苦笑。
「……っと、そうだ。
顕仁さん、慧音がちょっと聞きたいことがあるってさ、綾の仕事終わった後でいいから寺小屋行ってくれない?」
「む? 私は構わんが?」
父様は私に視線を向ける。もちろん、私は頷く。
「うん、一緒に行こうね。父様」
妹紅さんと一緒にご飯を食べて、さて、午後のお仕事っ。
午後はお客さんの相手が中心になる。いろいろな人と出会える楽しい時間。……あ、
「咲夜さんっ」
「あら、こんにちわ」
すらりとした綺麗な女性。十六夜咲夜さん。……いいなあ、格好いいなあ。
銀色の髪と綺麗な姿勢、格好いい女の人。いつもてきぱきとしていて、こんな風になれたらいいな、っていつも思ってる。
「何かお求めですか?」
「ええ、……まあ、ちょっとした事情でお皿がものすごい量割れちゃったのよ。
三十枚くらいだけど、在庫、ある?」
三十枚、……えっと、確か、「あった、……と、思います」
「同じ大きさの物ならあるな。三十枚。
だが、絵柄や装飾がばらばらになる。それでもいいか?」
ばさっ、と父様が羽を一つ鳴らして問う。……うう、私が答えなくちゃいけない事なのに、
「ええ、構わないわ。
一応、見ておきたいから絵柄、一枚ずつでいいから見せてくれる?」
「はいっ」
「必要か?」
父様が首を傾げ、咲夜さんは頷く。
「この店の商品を信頼していないわけじゃないけどね。けど、お嬢様や妹様が使われるのよ。
万一の不備も認めるつもりはないわ」
きっぱりと言ってのける。決して、譲るつもりはない、と。
格好いいなあ。
「ふむ、いい心がけだ。
綾、行くぞ」
「はいっ」
「私も行くわ」咲夜さんは私と並んで「持ってきてもらうのも大変でしょ?」
「わっ、ありがとうございますっ」
御礼の言葉に咲夜さんはいつもの瀟洒な表情とは違う。少しだけ柔らかくて、優しい笑顔。
「ええ、どういたしまして、……けどまあ、持ってきてもらっている間手持無沙汰だしね」
「ちなみに、皿が必要になった理由は?」
父様の問いに、咲夜さんは困ったように、けど、優しく微笑む。
「そのお嬢様と妹様の喧嘩でね」
「…………気に入らないのがあったら自業自得だと言っておけ」
「おの、お皿、もっていくの大変じゃないですか?」
三十枚もある大皿、改めて咲夜さんの細腕を見て問う。咲夜さんは微笑んで「大したことじゃないわ。大丈夫よ」
と、店主さんは会計をしながら「綾、紅魔館まで届けてやりなさい」
「……そうしてもらえれば手間は省けるけど、大丈夫なの?」
「もともと、綾は一度紅魔館に行ってみたいと言っていたから、いい機会だ。
綾、届けてやりなさい。戻ったら今日は上がりでいい」
「えっと、大丈夫、ですか?」
まだ、午後になってそんなに時間は経っていない。けど、店主さんは頷いて、
「慧音さんが用があると聞いている。
紅魔館から戻ったらそっちに行きなさい。どちらにせよ。紅魔館はお得意様だ。サービスはしておいた方がいい」
「それ、紅魔館にいる私の前で言う事かしら?」
咲夜さんは苦笑。「すいません」と店主さん。けど、
確かに、一度行ってみたかったし、
「え、えっとお、……はい」
「そう、……」咲夜さんは懐から懐中時計を取り出して「まあ、時間もあるし、……お願いするわ」
ころころころ、と私は荷車を引いて歩く。
荷車にはお皿。
「結構遠いけど、大丈夫?」
改めての問いに私は笑顔で「はい、大丈夫です。足には自信があります」
「そう?」
「配達などで一日中人里をうろうろしていた事もあったな。
あとは、迷子になって一日中人里をさ迷い歩いていた事とか」
「……父様、最後は余計です」
荷車に止まる父様は意地悪。……咲夜さんに言わなくていいのに、
確かに、結構歩いた。私は一つ深呼吸。湖の涼気が心地いい。
「お帰りなさい。咲夜さん。……と、あれ? こっちの娘さんは?」
「わあ」
綺麗な人。……咲夜さんとはまた別の、明るい女性。格好いいなあ。
「霧雨道具屋の綾よ。
今日は荷物運びを手伝ってくれたの」
「それはそれは、ありがとうございます」ぺこり、胸の前で掌に拳をあてる不思議な一礼をして「私の名前は紅美鈴、紅魔館の門番をしています」
門番、……凄い、こんな人までいるんだ。
「それ、と? そちらの方は?」
「彼女の保護者よ」
「えっと、…………妖怪、ですか?」
「その響きは違うな。
私は魔縁だ。妖怪ではない。違えるな、娘」
「はあ?」
「妖怪じゃないわ。外部規定に位置する存在よ。
だから問題はないわ」
「外部規定? …………まあ、咲夜さんがそういうのならそうでしょうね。
どっちにしてもお手伝いしてくれた人ですし」
「そういう事」咲夜さんは振り向いて「この後、少し時間はあるかしら? お茶くらいはご馳走するわよ」
咲夜さんのお茶?
「は、はいっ」
噂だととっても美味しいって聞いてる。だから、私は頷いて、……「えっと、大丈夫、かな?」
恐る恐る確認、父様はばさっ、と翼を広げて「このあとは慧音の所に行く以外用事もない。仕事も、これで上がりだからいいだろう」
やった。
ちょっとどきどき。
「そんなに緊張しなくてもいいわよ」
「あ、はいっ」
白い、綺麗なテーブル。場所は紅魔館のテラス。綺麗な場所。見下ろせば、色とりどりの花々が飾る紅魔館の庭園。
凄く、広い。
紅魔館、幻想郷縁起で紹介されていた館。友達と、一回行ってみたいね。ってお話ししてた。
「ほう、見事なものだな」
父様も手すりに止まり見下ろして言う。
「そういってもらえると紅魔館にいる一人として嬉しいわね」
きぃ、と小さな音とともに咲夜さん。カートにはティーセット。
「咲夜さんがお手入れしているんですか?」
「違うわ。さっき外にいたでしょ?
美鈴よ。お嬢様は見栄えが悪くない程度にって言ってたけど、凝り性なのよね」
「門番、と言っていなかったか?」
首を傾げる父様。……うん、私も同感。そういってたような。
「兼任よ。困った鼠以外に無理矢理押し入るような者もいないし、あまりやる事ないらしいのよ。門番」
「それで庭の手入れか。
それはそれでいいのかもしれぬがな」
「必要なら門番もやってるしね。
お嬢様や妹様も、この庭の事は気に入っているからそれでいいわ。……そういえば、崇徳帝はいかが?」
というか、咲夜さんは首を傾げる。
「顕仁さんって、食べるの?」
「別に、必要はない。
尊成や尊治は食べているがな、それも単に嗜好程度の意味しかないだろう。私はこの姿だから食べようもないがな」
「そう、けど、クッキー位なら食べられるんじゃないかしら?」
「…………もらおう」
ばさっ、と父様はテーブルに止まる。そして、
「それと、私もいいかしら? ちょっと休憩」
「え? あ、はい、もちろんですっ」
ちょっと驚いた。
「本当ならお嬢様や妹様も一緒の方がいいのかもしれないけど、お二人はお休み中なのよ」
「えっと、……レミリア・スカーレット、とフランドール・スカーレット、ですよね」
確か、……阿求ちゃんの幻想郷縁起に書いてあった。
カリスマの具現、とか。格好いいなあ、って思ってたけど、
「ええ、そうよ。私が仕えている御方、……まあ、主はレミリア・スカーレット、お嬢様だけどね」
「ああ、姉妹喧嘩で皿を割った二人か」
さくさく、とクッキーを食べながら父様。咲夜さんは苦笑。
「まあ、そう言われちゃうとそうね。
おかげで仕事が忙しくて大変よ」
大変、といいながら、けど、
「咲夜さん、嬉しそう」
ぽつり、思わずつぶやいて、「あ、ご、ごめんなさいっ」
咲夜さんのきょとんとした表情。そして、……うう、父様に笑われちゃった。
「まあ、かもしれないわね。……ええ、仕え甲斐がある御方よ」
幸せそうに微笑む咲夜さん。けど、いいな。そういって胸を張って言える人がいて、
紅茶を一口。こくん、と飲む。
「美味しいかしら?」
「うん、…………すごく美味しい。
咲夜さん、凄いです」
「感心されてもね。
まあ、お嬢様は紅茶に拘ってるから、満足していただくようにしてたらこうなってたわ」
「鍛えたのか?」
「鍛える、っていうのかしら?
で、顕仁さん、クッキーはいかが?」
「これもなかなかだな。ここの主はよき従者に恵まれている」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。……っていうか、私より遥かに従者が多いと思う貴方は?」
問いに、溜息。
「従者はな、為朝や遠高はよく仕えてくれた」
父様は、懐かしむように呟いた。
紅魔館でクッキーとお茶をいただいて、私は紅魔館を出る。
美鈴さんが元気に挨拶、私も負けじと挨拶。また、遊びに来てね、と。
「また、いつか遊びに来ようね。
ねっ、父様」
肩に止まる父様に聞いてみる。父様はばさっ、と音。
「そうだな。いつか、館の主に挨拶をするのもいいかもしれないな」
そして人里に戻る。いくつかのあいさつを交わして、荷車を返して、えっと、慧音先生の所に行かないとっ、
「それじゃあ、いってきまーすっ」
「いってらっしゃいっ」「慧音先生や道真先生によろしくなっ」
「はいっ」
霧雨道具屋を飛び出して、……えっと、慧音先生は、と。
中央の広場、龍神さまの像を抜けて、向こう。
「綾、急ぐ必要はないだろう。
まだ、日も落ちていない。慌てて転んだら笑われるぞ」
「あうっ」…………何度か転んだことある、気を付けないと。
広場に到着。
「あっ、綾ちゃんだー」
「綾ちゃんっ」
「こんにちわっ、皆っ」
知り合いの、小っちゃい子供たち。それと、
「やあ、綾ちゃん。
今日も可愛いね」
にこっ、と笑顔の男の人。子供たちと遊んでいた人。
「こんにちわ、尊成さん」
「こんにちわ」
「顕徳帝か」
「おや、崇徳帝。こんにちわ」
「こんにちわ。
貴様、なにしているのだ?」
「なにって、子供たちと遊んでいるのさ。
ねえ」
尊成さんの言葉に周りの子たちは「うんっ」と一斉に応じる。
「あのね、あのね、綾ちゃんね。
美香ね、えーりんせんせーみたいに頭よくなりたいの。そのためには御外でたくさん遊びなさいって、言ってた」
鞠を両手に持って美香ちゃん。
「そうなの?」
「もちろんさ。
適度な運動は頭を活性化させるのにとても効果的だよ。私も、昔は蹴鞠や乗馬を嗜んだものだ」
懐かしそうに尊成さん、……そんなものかな?
「乗馬って、尊成さんって色々な事が出来るんですね」
確か、和歌も上手だった。尊成さんは胸を張って「当り前さ、私は万能なのだからね」
わーっ、と周りのちっちゃい子たちが拍手。意味が解ってるのかは、ちょっとわからないけど、……それでも、尊成さんは嬉しそうに目を細める。
「僕も将門のおっちゃんみたいに力持ちになるのっ!
それでねっ、大工さんになっておかーさんのおうちを作ってあげるのっ」
見上げて、私に鞠を突き出す男の子。うん。
「がんばって、いっぱい遊んでたくさんお休みして、大きくなって夢をかなえようね」
「うんっ、だからたくさん遊ぶのっ」
「綾ちゃんも、どうだい?
どうせなら一緒に遊んで行かないかい?」
「えっと、ごめんなさい。
慧音先生の所に行くの、父様に用事があるんだって」
「そうか? それは残念。
では、暇な時に一緒に遊ぼうか」
「じゃあ後で綾と遊ぶっ!」
こいしちゃんが両手をあげて提案。他の子供たちがみんな頷いてくれて、
「えーっ、僕今遊びたいっ」
「……ごめんね」
私も一緒に遊びたいけどね。ちっちゃい子と遊ぶのも、楽しいから。
「こらこら」ぽんっ、と尊成さんは遊びたいって言ってくれた男の子の頭を撫でて「男子たるもの、女性に我が侭を言ってはいけないよ。それがいい男の条件だ」
「いいおとこ? 尊成みたいに?」
「そうとも」尊成さんは胸を張って頷き「私は、とてもいい男だからね」
きりっ、とポーズ。周りの子たちは拍手。
「……自分でいう事か」
ぽつり、父様の呟きは無視される。
「では、綾ちゃん、崇徳帝。
足を止めさせて悪かったね」
「はいっ、それではさようならっ」
「またな」
手を振って走り出す。子供たちは手を振りかえしてくれた。
そして、寺小屋へ。
「慧音先生、こんにちわーっ」
「ん、慧音先生は今留守だよ」
奥から声、「道真先生、こんにちわっ」
道真先生は本から視線をあげて「こんにちわ、悪いね。こっちが呼び出したのに留守で」
「構わぬ、少し待たせてもらうぞ」
「ん」
道真先生は小さく頷いて何かの本に視線を落す。
「本の虫だな、相変わらず」
父様は苦笑。道真先生は顔をあげないまま「そういうもの、気にしないでいいよ」
「顕仁さん、……それに綾も、すまないな」
道真先生から借りた難しい本。父様に内容を教えてもらいながら読んでいると、声。
「勉強か、相変わらず勤勉だね。
いいことだ」
慧音先生。……そういってくれるのは嬉しい、けど、
「えっと、……ほとんど父様に聞いちゃってます。
もっと勉強しないと」
「その年で先代旧事本記をそこまで読めるなら立派だと思うよ。
自信を持っていい」
「はぁい、ありがとうございます」
道真先生に、そういってくれるのは、嬉しいけど、
「それで、何用だ」
「ああ、そうそう、実はちょっと歴史の教科書をと思って。
武家社会の転換についてなのだが、――――」
「…………仕方ないとはいえ、……嫌な事を思い出した」
寺小屋を出て、溜息をつく父様。あんまり、好きじゃないみたい。
「尊治さんも後で呼ばれるのかな?」
「かもしれぬな。あやつも面倒な時代を駆け抜けたのだし」
ばさっ、と音。
「流石に安徳帝に聞き出すわけにもいかぬが、……はあ、義経のやつ、どこにいるのだ。あやつが語り聞かせればよいものを」
「そういえば、……義経さん、神出鬼没だよね」
義経さん、たまにふらふらと霧雨道具屋に遊びに来る友達。
「あやつの方がいろいろと知っているだろうに、なぜ私が、……嫌な奴の事を思い出す」
「弟さん?」
父様は渋々という感じで頷く。弟さんの事、あんまり好きじゃないみたい。
けど、
「義経さん、前に似たような事言ってたよ。
嫌な兄の事を思い出すから昔の話はしたくない、って」
「為朝も似たようなことを言っていたな。……あいつら、身内争い大好きなのだな」
「好きってことは、……あっ、ミスティアちゃん」
「んあ、あっ、綾っ、顕仁さんっ」
屋台をやってるミスティアちゃん。とっても可愛い娘。だから、
「ミスティアちゃんぎゅー」
「きゃわああっ」
抱き着いちゃった。可愛い。
「あーもう、相変わらずなんだからあ」
はあ、と溜息。「だって可愛いんだもん」
「はあ」
ぎゅっと抱きしめて溜息を聞き流す。てゐちゃんとか、椛ちゃんとか、響子ちゃんとか、橙ちゃんとか私大好き。
「あのさー、顕仁さん。
一応言っておくけど、私だって妖怪なのよ? 外部規定怖いし、嫌でもないからいいけどさ」
「嫌でないなら好きにさせてやってくれ。
まあ、必要ならこっちで止める」
「はーい」
はふぅ。温かい。……しばらく、堪能して、うんっ。
顔を上げる、困ったような表情のミスティアちゃん。
「あー、戻ってきた」
「今日は何を買いに来たの?」
「んーん?」ミスティアちゃんはメモを見て「串を百本、と。……あと、伝票用の紙、……それと、あ、予備の網を買いに来たんだった」
「えっと、串と伝票と、あと網だね」
ミスティアちゃんはよく屋台で使う道具とかを買いに来る。お得意様の一人。
だから、
「持ってくるね」
「うん、いつもありがとー」
ちなみに、置いてある場所をいつも忘れて結構長い時間うろうろするのはご愛嬌。
駆け出した私を見送る表情がほっとしてる。どこにあるか忘れてるみたい。
やっぱり、可愛いっ!
ミスティアちゃんを見送って、店仕舞。
暖簾を外す。お疲れ様、なんて暖簾に対して思ってみる。
そして店内のお掃除。店主さんは在庫を見てきた人たちと帳簿をつけてる。箒で掃く、綺麗になるのは、好き。
と、
「こんばんわ」
から、と暖簾を外した扉を開けて、「あ、藍さんっ、早良さんっ」
扉の向こうには藍さんと早良さん。
「こんばんわ」
「こんばんわ、綾。店主は奥かい?」
早良さんの問いに頷く「帳簿つけてます」
「すでに営業時間は終わったが?」
父様の問いに早良さんは首を横に振って「客じゃないよ。紫にせっつかれてね。人里の産業と流通について話しに来たんだ。邪魔するよ」
「はいっ」
早良さんは奥へ、一緒に来た藍さんは店内を見渡して「さて、その後何事もなき、か? 崇徳帝」
「何事かあられては困るだろう。
外部規定は、実行されほうがいい。ひこ神もそれについては同感だろうからな」
「まあ、それもそうだ。人里も、この様子なら大過なさそうだな」
「たわけが、当たり前だ。
どれだけの存在を霊夢が呼び寄せたと思っている」
「それもそうだ。……本音を言えば随分とひやひやしたものだがな」
「巫女様?」
霊夢、霊夢さん。誰よりも強くて賢い、そして、幻想郷を護ってくれる格好良くて可愛い、誰よりも素敵な巫女様。
父様や豊浦臣、守屋連も為朝さんも尊治さんも、みんな凄い人って言ってた。
「そうだよ。
崇徳帝たちを見ていると、霊夢の実力が恐ろしいと思えてくる時があるよ。ひこ神なんてどうやって幻想郷に呼び寄せたのか」
「適当に、で片づけてしまいそうなところが霊夢だが、……まあよい。
狐、見ての通り大過なし、だ。あの妖怪にはそう報告をしておけ」
「ん、そうするよ」
「綾ちゃーんっ!
時間だ、さっさとおゆはん食べてきな」
「あ、」時計を見る、わっ、もう二十時だ「はーいっ」
けど、
「父様?」
「よい、私からは何もない。
狐、まだ用事はあるか?」
「いや、ないよ。
崇道帝からある程度の事は聞いてあるからね」
「そうか」
「藍さんはおゆはん一緒に食べますか?」
問いに、藍さんはゆっくりと首を横に振って、ぽん、と私を撫でてくれる。
「すまないね。紫様がそろそろ起きる時間なんだ。
その時は、傍にいると決めていてね」
申し訳なさそうに微笑む藍さん。だから、
「はい、じゃあ、またいつかっ」
「そうだね。その時は、……」ふむ、と藍さんは悪戯っぽく微笑「飛び切り美味しい油揚げがあるところを紹介してもらいたいな」
うっ、結構それハードル高そう。
言葉に詰まる私。藍さんは微笑して「それじゃ、期待してるね」
「うう、頑張ります」
「あまり頑張らないでいい。
狐、あまり余計な事を言うな」
父様の言葉に返るのは笑い声。溜息。
「まったく、あの狐も大概性格が悪い」
おゆはんは行きつけのカフェーへ。
パンとか、ホットミルクが美味しいの、それに、
「あっ、『文々。新聞』だっ、新しいのっ」
やった。人気があるから読める機会は少ない。さっそく確保っ!
「それ、そんなに面白いか?」
「むぅ、面白いのに」
父様は不思議そうに首を傾げる。面白いのに、父様は解ってくれないの。
と、
「あややっ、購読者様ですか?」
「ん? あ、文さんっ」
「って、綾ちゃんじゃないですか。
どうもー」
にこにこ、と『文々。新聞』の記者の文さん。名前が私と同じ音の人。
文さんは嬉しそうに「読んでいただきありがとうございます」と握手。と、
「ふーん、それよりこっちの方が面白いわよ」
ずずい、と差し出された別の新聞。えっと、「『案山子念報』?」
「はじめまして、私は姫海棠はたて」はたてさん、と名乗った天狗さんは文を示して「そいつの対抗記者よ」
「対抗記者?」
「勝手に私の新聞の方が面白いですよーって言ってる迷惑な記者ですよ。
ささ。綾ちゃん。いつもご贔屓していただいている私の新聞をどうぞ」
ずずい、と文さん。そして、はたてさんも負けじと、…………「え、えっとお」
ど、どうしよう? ……溜息。
《血書五部大乗経・大方広仏華厳経》
二人の天狗さんに、血色の文字が弾けた。
「少しは落ち着け馬鹿者」
「あ、いたた、……な、なんなのよ今のー」
「あややー、油断しました」
ふらふらと立ち上がる天狗さん二人。
「馬鹿者、押し付けるものがあるか。
綾、……まあ、そっちの『案山子念報』でも読んでやれ、『文々。新聞』はいつも読んでいるからな」
「う、うん。
えっと、大丈夫ですか?」
『案山子念報』を受け取りながら問う。受け取ってくれたからかな、はたてさんは嬉しそうに、けど、文さんは軽く頭を振ってる。
「大丈夫。……いや、すいません。
記事の押しつけなんてダメですよね」
「私も、ごめんね。
文には負けたくないって、それと、読んでくれそうだったから嬉しくて舞い上がってたわ」
似たような、気まずそうな表情の二人。……もしかして、結構仲いいのかな?
「綾。いつまでも騒いでないで座るぞ」
「んー、はたてさんの方が読みやすいですね。
構成が綺麗です」
うん、と『案山子念報』に視線を落としていう。率直な感想。やったっ、とはたてさんはガッツポーズ。
「まあ、内容は似たり寄ったりだな。……私としては『文々。新聞』の方が読ませるところが解りやすいから、ぱっと見はいいか」
「あ、それは私も思います。インパクトあります」
「そうでしょう」うむ、と文さんは頷いて「どこを読んで欲しいか、大切なのはそこですっ!」
「なによー」
唇を尖らせるはたてさん。うん。
「私は『文々。新聞』の方が面白いと思います。
でも、はたてさんの新聞も、文字の装飾とかメリハリをつけるともっとよくなると思います」
「うむ、内容は大差ないが。射命丸文の方が読者の目線に立っているな。
はたては伝えるだけでなく、見たときの印象も考慮して書いてみよ。綺麗にまとめてあって読みやすい所は評価しよう」
「う。……はぁい、精進します」
ぐっ、と拳を握る文さんの傍ら、肩を落とすはたてさん。けど、
「う、うん、ありがと。
よしっ、次はもっといいの書くわっ」
「うむ、その意気で精進せよ。
射命丸文も、驕るなよ? お主を是としたのはあくまでも構成だけだ。内容は似たり寄ったり、大差ないのだからな」
「それはもちろんです。
常に精進し、よい新聞を書く事、これは記者の義務ですっ」
むんっ、と胸を張って文さん。
「文さん、格好いいですっ!
私も文さんみたいにお仕事していきたいですっ」
やり方は、うん、ちょっと強引なところもある。けど、それだけ真剣っていう事。
私も、こんな風に仕事に取り組んでいきたい。
「え、えっと、そ、そうですか?」
「はいっ!
私、まだまだ父様とか、他の皆さんに甘えちゃってますけど、私ももっと頑張って、文さんみたいに自分でたくさん仕事をこなしていけるようになりたいですっ」
ぎゅっと手を握る。細い指、見つめる先には文さんの整った顔立ち。
天狗さん。……だけど、手の中の感触は線の細い女性。それなのにたくさん頑張って、凄い。
「え、……あ、その、あ、あややや、え、えっと、あ、ありが、とう、ござい、ます」
「……うわ、文がきょとってる。珍しー」
「……まあ、何でもよいがな」
はたてさんと父様は文さんを横目で見て溜息をついた。なんでだろ?
はたてさんと文さんと一緒におゆはんを食べてお風呂へ。
居候なんだけど、店主さんはお風呂を使わせてくれる。有難い、と思う。
だから、文さんとか咲夜さんみたいにもっとお仕事頑張って、たくさん恩返ししたい。
頑張ろう、と決意を新たに、そしてお風呂へ。
「さて、それじゃあ、父様。綺麗にしてあげるね」
「……うむ」
わしわしと父様を洗ってあげる。最初は必要ないって言ってたけど、ちゃんと綺麗にしなくちゃダメ。
「大丈夫? 父様」
「構わん」
ならよしっ、いつもたくさん助けてもらってるのだから、こういう時はちゃんと恩返ししたい。
一通り洗ってあげて、ざぱっ、と泡を洗い流す。うん、綺麗になった。
「終わったよ。父様」
「うむ、ありがとう」
ばさっ、と羽を一度広げてお湯を払い落とす。さて、次は自分の、…………………………………………「どうしたのだ?」
むにむにと胸に触れる。
「ちっちゃい。もっと大きくなるかなあ?」
「………………どうでもよい。さっさと洗え。後に迷惑をかけるな」
「はぁい」
肩を落とす。けど、そうだよね。
使わせてもらってるだけでもありがたいのに、迷惑をかけるなんて絶対ダメ。
急いで洗って、ざぱっ、とお湯をかぶる、一息。
「それじゃあ、父様。お風呂入ろうねっ」
「不要だと言っておるのに」
「もう、わがまま言っちゃダメっ」
ぎゅっと抱きしめて一緒にお風呂。……うん、いつもいい湯加減。
腕の中の父様。心地いい湯加減に気持ちよさそうに目を細める。
温かい、それに、いつも支えてくれる大切な人を身近に感じて、心地いい。
ほう、と一息。……と、
「まったく、妙なところで強情なのは、誰に似たのやら」
小さな、小さな呟きが聞こえた。
そしてお部屋に戻って一息。
「えへへ、今日も楽しかったね。父様」
「そうだな。
紅魔館は思いの外いいところのようだ。機会があればまた行ってみたいな」
「あ、その前に井上さんと、命蓮寺に行かないとね。
白蓮上人ともお話したいし、響子ちゃんともまた遊びたいなあ」
「後醍醐帝とかが住み着いてるが、……護良の縁とはいえよいのかあれは?」
「追い出しても戻ってきそうだけど」
「つくづく、迷惑なやつだ。正成も面白がって一緒に騒いでおったな」
「神子さんだっけ? 今度行ってみようかな、相談ごとに乗ってくれるらしいけど」
「なんか胡散臭いがな。……豊浦臣や守屋連と先に話してみよ。
連中、何か知っているだろう」
「はぁい。……ふみゅ、…………あ、あと、守矢神社。どんなところだったのかなあ」
「為朝のやつ、今日は顔を出さなかったな。
綾、戻ってきたら話を聞いてみよ。阿求も知りたがっていたからちょうどよかろう」
「うん、……阿求ちゃんとも、遊ぶの」
温かいお布団の中、だんだんと眠くなってきた。……けど、
「ちっちゃい子と、今度は、ちゃんと、遊ぶ、の」
「顕徳帝もいそうだがな。……まあよい。
安徳帝も見かけたら誘ってやれ」
「うん、……義経さんとも、たくさん、遊ぶの」
けど、もっと父様とお話したい。今日の事、今日あったこと、明日の事、明日からやりたいこと。
たくさん、お話したい。
「本も、道真先生から、借りて、……今度は、ちゃんと読むの。
あ、あとね、輝夜さんとも、遊びたい」
「慧音の授業。もう少し受けるか、……店主に聞いてみればよかろう。
永遠亭か、妹紅が捕まえられればな」
「うん、……ふぁああ、あと、義姉さん、お話、する、……の」
ぽつり、呟いて、ばさっ、と音。
優しい、声。
「そうだな。
なら、さっさと寝よ。明日から、また、はじまるのであるのだからな。だから、」
慈しむ声、眠い頭に、優しく響く。
「おやすみ、綾」
うん、……おやすみなさい。父様。