西暦2200年代末期、加速度的に進歩を遂げた人類の技術によって、恒星間航行の技術が確立された。
それを記念して、1969年のアポロ11号の月面着陸年を元年として、西暦に代わる新たな年号として、星歴という共通年号が制定された。
それによって地球人類は宇宙時代の到来に沸き立ち、堰を切ったように、地球を捨てて太陽系を飛び出し、他の恒星系へと旅立っていった。
しかし、全ての人類がそうしたわけではなく、中には地球に残留した々も少なからず存在したいた。
そう、俺達帝國の祖先である日本人だ。
良くも悪くも現状維持が最良と考える日本人は、地球の事すらまともに出来ていないのに、宇宙に飛び出すなんて気が早すぎるんじゃないかと考えたわけだ。
そんな保守的な日本人を後目に、各国は競い合うようにして宇宙に飛び出していった。
もちろん、日本人の中にも、一部意識の高い先進的な人々は一定数存在し、バスに乗り遅れるなとばかりに宇宙に飛び出して行った者も少なくなかった。
やがて、政治経済の中心は遠く離れた宇宙の彼方に移り、地球に残されたのは、大多数の日本人と、わずかな未接触部族だけになった。
すっかり過去の星となってしまった地球だったが、隣の公害排出国が消え、PM2.5が劇的に改善されたおかげで、むしろ、日本人の生活水準は劇的に向上した。
日本人達は、放置されたままになっていた各地の環境汚染の改善に着手し、この時に培われた技術や経験が、やがて彼らが宇宙に飛び立ったときに、テラフォーミング技術として応用されたらしい。
日本は、国号を地球帝國へと変更し、ちっぽけな銀河の片隅ではあるが、栄華を極めることとなった。
地球帝國の誕生に伴い、それまで使用されていなかったもう一つの年号、皇紀が復活し、星歴と併記される形で使用されるようになった。
長い歳月が経過し、やがて機が熟したと判断した地球帝國は、いよいよ自らも宇宙に飛び立つことにした。
数多くの恒星間移民船が地球を出発し、やがて、その一つが、今の帝国の首都である橿原星系を発見した。
その星系を橿原と名付けたのは、日本神話の神武東征にならってのことだ。
地球とうり二つと言ってもいい橿原を首都星とすることを決定した地球帝國は、首都機能を地球から橿原に移転し遷都を行った。こうして誕生したのが八紘帝國だ。
それからさらに千年程度経た後、日本人達より先行して宇宙に飛び立っていたかつての同朋と邂逅を果たす。
接触は比較的平和に行われたようで、よくあるSFもののように、大規模な戦争状態にはならなかったようだ。
それから数世紀の間、時に手を携え時には武器を向け合いながら、天の川銀河のオリオン腕内に現在の勢力図を作り出した。
もっとも、これは帝國側から見た歴史認識なので、他国の歴史観とは異なったり、脚色されている部分も多いのだろうが、自国の歴史認識なんて、どの国でも似たようなものだろう。
とはいえ、やってもいないことをやったと言われ続け、戦勝国に植え付けられた自虐史観を引きずっていた日本時代に比べれば遥かにましではある。
ちなみに地球のその後についてだが、各国の間で結ばれたオリオン条約により、帝國を含む条約加盟国の間で、太陽系を自然に返そうという議題が持ち上がり、加盟国の賛成多数で可決した。
これにより、地球へ到達する亜空間ゲートは全て破棄され、現在、地球へ物理的に到達する手段は無いらしい。
今の地球が、どんなふうになっているのか興味があっただけに、少し残念だった。
「ふう~……」
遊就館を後にした俺は、境内の片隅にある茶屋で一服しているところだった。
桜並木をぼんやりと眺めつつ、三色団子に舌鼓を打っていた。
この場面だけ切り取ると、転生前の日本と何も変わらないように思えてしまうな。
思えば、こんな感じで、のんびり桜を眺めるなって事、やったことが無かった。
花見なんて趣味じゃないと思っていたけど、こうしてみると、案外悪くないもんだ。
「失礼。お隣、よろしいでしょうか」
柔らかな女性の声に視線を向けると、そこには、ちょっと見ない感じの清楚な美人さんが立っていた。
儚さの中にも芯のあるたおやかな笑みを、俺はここ最近、どこかで見たような気がする。
ああ、そうだ。思い出した。
確かに見たことがあった。横須賀に向かう、輸送艦の中で。
「桜子女王殿下……」
慌てて、立ち上がって敬礼しようとする俺を、彼女はやんわりと制した。
「秋月一佐。私は皇族の公務としてここにいるわけではありません。畏まる必要はございません」
「ですが……」
何かの式典ならともかく、こういう時にどうすれば良いのか、俺にはよくわからなかったので、少しテンパっていた。
道端で皇族と会った時にどうすれば良いかなんて、普通は考えもしない。
「むしろ、私の方が敬礼しなければならない立場ですわ。上官の前ですもの」
「軍服ではありますが、小官も公務ではありませんので、それはご容赦を」
「では、お互い様と言うことで」
そう言って桜子殿下は、おかしそうにクスリと笑った。
「ところで、お隣よろしいでしょうか?」
「は、はい。どうぞ」
「では、失礼いたします」
桜子殿下はゆっくりと、俺の隣に腰を下ろした。
ただ座るというだけなのに、所作が気品にあふれているように見えるのは、やはり、皇族というやんごとなきお立場だからなのだろうか。
しかし、まさか、こんなところで、皇族の方とお会いすることになるとは。
っていうか、わざわざ、俺に声を掛けてきたのは、どういうわけなんだろうか。
「一佐とは、一度お話してみたいと思っていたのです」
「私と?」
「ええ。私、秋月一佐に憧れて、軍に入隊したのですのよ」
「それは……恐縮です」
困惑しつつ、そう答えるしかなかった。
もしかして、虚構の英雄の武勇伝でも聞きたいのだろうか。
だとしたら、話せる事なんて何もないんだけどな。
「偶然、お姿を見かけたので、お声がけしたのですが、ご迷惑だったでしょうか」
「とんでもない」
迷惑というか、想定外すぎて、色々と狼狽してはいるけれども。
「私は、間もなく三等宙尉として任官いたします。それについての心構えを伺いたいのです。帝國軍士官としての在り方を」
えーっ。
思わず、そう声が出そうになるのを寸でのところで堪えた。
士官の心構えって言われてもなぁ。明らかに聞く相手を間違えている。
何しろ俺は、傭人から士官に引き抜かれて軍人になったクチだ。
言ってみれば、ヘッドハンティングされたようなもので、生え抜きの軍人ってわけじゃない。
二群が緩かったというのもあるが、割と好き勝手にやっていて、模範的な士官だったとは言い難い。
それに、俺はもう退役する身だ。
そんな奴が、あれこれ偉そうに教示を垂れるわけにもいかない。
「小官は間もなく退役する身ですので、偉そうなことは言えません」
「まあ、そうでしたの」
桜子殿下は、口元に手を当てて、目を見張った。
「ええ。戦傷の影響もありますし、これからは夫を支えていきたいと考えていますので」
死ぬのが怖くなったので、退役しますとはさすがに言えなかった。
戦傷はともかく、三笠さんを支えてあげたいというのは嘘じゃない。
「すばらしいですわ。内助の功として、東郷司令長官を支えてあげたいというお心意気なのですね」
「あー、えー。まぁ、ソーデスネ……」
目を輝かせ、やたらと感激している桜子殿下に、ちょっと心が痛んだ。
「退役されるのは残念ですが、それでも、秋月一佐にご意見を伺いたいのです。駄目でしょうか」
清楚な大和撫子に、縋るような目で言われてしまうと、否やとは言えない。
適当にお茶を濁すわけにもいかないので、とりあえず話だけでも聞いてみることにした。
「何か、ご懸念でもあるのでしょうか?」
「はい。少しだけ」
そう言って桜子殿下は、俯き加減に顔を伏せた。
憂いのある表情も気品に満ち溢れている。
「士官となるからには、曹士が部下に着くことになるでしょう?」
「配属される部署にもよりますが、まあ、そうですね」
士官はいわば指揮官なので、指揮すべき下士官や兵が下に着くことになる。士官大学校卒業したての新米三尉であってもそれは変わらない。
「部下となる曹士は、私よりも経験豊富な方々でしょう? 上官とはいえ、私のような小娘があれこれ指図する立場に着くことに、納得されるのでしょうか」
ああ、なるほど。そういうことか。
俺も似たような感じだったから、その心配は分かる。
新任士官の場合とは少し違うが、傭人として、三笠さんの手伝いを始めたころ、ガンさんをはじめとする将士達の反応は芳しくなかった。
そりゃあ、軍属とはいえ、軍人でもない特優者のガキが、正規の軍人である自分達の上に着くのだから、そうなるのは当然だ。
「お気持ちはわかります。小官も同じでした」
その時の光景は、今でもはっきりと覚えている。
ガンさんをはじめとした将士達の表情は、怒りや呆れを通り越して虚無そのものだったからなぁ。
「一佐の場合、どうなさったのですか?」
「やはり、最初の挨拶が肝心です。私の場合は、とにかく自信満々に挨拶しました」
「自信満々に……ですか?」
桜子殿下は、不安そうに眉を顰めた。
「なんの実績もない新米三尉が、経験豊富な曹士の前でそんな態度を取って良いものなのでしょうか」
「実績なら、あるではないですか。士官大学校を二年飛び級で首席卒業したという、輝かしい実績が」
他国は知らないが、帝國の士官大学校の場合、首席は単純な課業の成績だけでは決まらない。
成績がトップクラスなのは大前提だが、日々の課業へ取り組む姿勢はもちろんの事、リーダーシップや協調性の有無、先輩や後輩への接し方、教官への態度など、どちらかと言うと人間関係に重きを置いた評価がなされる。
……と、おなじく飛び級で士官大学校を首席卒業したウチの旦那様から聞いたことがある。
つまり、桜子殿下は紛れもないエリートの中のエリートなのだ。
「そんな肩書は、現場では何の役にも立たないのでは無いでしょうか」
「そんなことはありません。大いに役に立ちますとも。むしろ、『士官大学校首席卒業の私の前で、先任の貴様らが無様を晒すなよ』ぐらいが丁度良いのです」
「そ、そんな」
「まあ、半分は冗談ですが、士官である以上、曹士の前では、弱気な態度を見せてはいけません」
なんて、口で言うのは簡単だけど、なかなか難しいよな。
俺の場合は、ゲームだったから、あんな破天荒な態度を取れたわけだし。
とはいえ、曹士は直属の士官の事をよく見ている。
心象を良くしようと必要以上に下手に出てチョロいと思われてしまうと、当然舐められるし、一度付いたその評価を覆すのは困難だ。
「やはり、殿下ご自身が考えている士官としての考えを、率直に伝えるのが一番です。挨拶が終わった後、宙曹長あたりを捕まえて、採点してもらうんです」
「採点ですか?」
「そうです。今の挨拶で問題は無かったかどうか、判断してもらうんです」
俺も、勢いのままにイキリ散らかした挨拶をした後、ガンさんに最初の挨拶は、あんな感じで良かったのか訊いたものだ。
ガンさんからの評価は散々だったが、それでも俺の真摯な姿勢が伝わったのか、部下を掌握するための手管を色々教えてもらった。
「もしかしたら、散々な評価が下されるかもしれません。ですが、曹長は士官と兵士の間を取り持つ立場にあります。彼らとしても、上官に的確なアドバイスをする立場にありますので、無碍に扱われるようなことは無いでしょう」
「そうなんですね。参考になります」
まともな下士官なら、新任士官の真摯な学ぶ姿勢を邪険に扱うなんてことはしない。
いざ有事となれば、曹士は士官の命令で戦うことになる。士官がへっぽこでは、作戦の正否どころか、自分達の命にもかかわってくるからだ。
もっとも、皇族と言う事を抜きにしても、桜子殿下は文句なしの清楚な大和撫子だ。
手取り足取り優しく教導してくれることだろう。たぶん。
「あとは、そうですね。あくまで、私の場合だったので、参考になるかは不明ですが……」
「是非、聞かせてください! それは、何ですか?」
「料理と裁縫です」
手料理をふるまったり、制服のほつれを裁縫で直したりしたことを殿下に話した。
幼女が嫌いな紳士はいないという考えの元での行動だったが、大和撫子が嫌いな紳士も多分いない。案外、上手くいくのではないだろうか。
「ただ、まあ、突然そんなことをしても困惑されるので、ある程度信任を得てからのほうが良いでしょう」
「お料理とお裁縫ですね。どちらも得意なんです!」
それは意外だ。
俺の勝手な想像だが、皇族の方々は、家事なんて自分でやらないと思っていたからだ。
「頑張って、部下の曹士から信頼を得て、司令官を目指します!」
殿下は両拳をグッと握りしめてそう意気込んだ。
そういえば、殿下は最前線の艦隊勤務を希望しているとニュースで報道していたっけ。司令官を目指しているのか。
「殿下は将来、艦隊を率いる役職に就きたいと考えていらっしゃるのですね」
「はいっ! その通りです!」
桜子殿下は、目を輝かせながら食い気味に大きく頷いた。
「宙雷戦隊司令官を目指しております! 駆逐艦って素敵ですよね! コンパクトな艦体に多彩な兵装を詰め込み、機動性と機能美に溢れたスマートな艦体、どのような任務にも対応できる多用途性! まさに
なんと、桜子殿下はガチのミリオタだった。