「……っ痛ぇ~」
横を走るウィルゾが頭頂部を擦りながら苦痛に顔を歪めている。
今私とウィルゾ、ベージンス隊長の三人は目的の村に向かって月明かりの平野を走っていた。それも少し……、いやかなり急ぎ目で。
というのも私達が集合地点に到着した時には確かにあった時間の猶予、それが最早過去のものとなっていたからだ。
原因はずばりウィルゾにあった。
結局の所、彼が真剣な面持ちで切り出した情報は緊急性のあるものではなかったのだ。
それでは先程行われた証言を聞いて貰いたい。
――いやぁ、なんか前情報よりも隠れられそうな場所が多くなっているみたいなんですよ。
それで包囲網形成の人員に余裕を持たせることになって、その結果俺が一人で来たって訳です。ハハハ。
……以上である。
終わったことについてとやかく言うのもなんだが、この雑な感じ溢れる報告は如何なものか。おまけに最後に笑ったのは絶対に余計だったと思う。
只でさえ初の実戦任務という状況の中である。無駄に不安を駆り立てられた方としてはたまったものではない。
彼の
そして
拳からは陽炎のような
私は直接見ることはなかったためあくまで予想という前置きが必要になるが、悪鬼が如き形相で殴りかかったのは想像に難くない。
その証拠に、隊長の表情が見える角度に立っていた隊員達の顔が恐怖に凍りついていたのを見た。
悪鬼の様……なのかは兎も角、私の予想は当たらずとも遠からずといった所の様だ。
とまぁそんなことがあって、現在私達は気持ちの切り替えを終えてから――主にベージンス隊長が――目的地の村に向かっている所だった。
但し私とベージンス隊長、そしてウィルゾの三名のみだ。他の隊員達は元の場所で待機中である。
これは此方の意図したものではなく、偵察隊側を率いているゴーゼン隊長――普段は私達の副教官――の指示らしい。
最初私達一同はその指名に疑問を覚えたが、何故かベージンス隊長とウィルゾは納得したらしく結局三人で向かっている。
//※//
「アイツは……、ゴーゼンの奴はお前の実力を分かった上で指名してきたんだろう」
風を切る音と共に耳に届いた隊長の言葉。
最初どういう意味か分からなかったが、横を走るウィルゾが見かねた様子で教えてくれた。
「君が本当は出来る女だってことさ」
「え? それって?」
疑問符が頭の上でダンスを踊っている私を見てベージンス隊長が急ブレーキをかけた。
あまりに急なことだったので私はバランスを崩しかけるが、寸でのところを王子様が救ってくれた。
ウィルゾが私の手を取り、勢いを殺す為にくるりと回転しながらそのまま抱きかかえたのだ。
まるで物語の御姫様のように抱えられてしまう私は、夢にも思わない出来事に慌てふためく。
「ほえぇっ!?」
「御嬢さん、足元がお留守ですよ」
何とも憎らしい演出だ、やはり神はいたのだ。……ではなく、助かった。
しどろもどろに礼を口にするが、自分で分かってしまう程に顔が赤くなっているのが尚更恥ずかしい。
竜の場合は口からだが、私の場合だと火は顔から出るようだ。
頭の中で宮廷音楽団が演奏を開始するが、そこへ隊長の咳払いが割って入った。
「あー……、いちゃついている所悪いが続きをいいかな?」
「ふえ? あっ、はい!」
「失礼しました。勿論ですよ、ベージンス隊長」
私は赤面したまま、ウィルゾは
そんな私達に呆れたように溜め息を吐きつつ、隊長は続きを口にした。
「いいか? 結論から言うとだな――」
『お前は強い』。
とても信じられないことだが、確かにそう告げられた。
その証拠はゴーゼン隊長が選抜した今回のメンバーにも表れているとのこと。
両者の接点がまるで見えないというのが顔に出ていたのか、「今言ったことは一度頭の片隅にでも置いてくれ」という前置きをした後、隊長が丁寧な説明をし始めた。
そもそもウィルゾの話からして包囲網の人数が足りていない訳ではなく、そのことから自分達は別の理由で呼ばれた可能性が高い。それが前提だと隊長は言った。
何故なら、頭数が欲しいだけなら三名というのは少な過ぎる上、わざわざ隊長である自分が呼ばれる筈がない。
経験を積ませるべき多数の
その様子はまるで講義のような雰囲気すら感じ取れた。
「思うに今回選抜されたメンバーは、私やウィルゾといった実力者を意識したものである可能性が高い」
隊長は私達に警戒を促すように言葉を綴った。
少々説明口調のように感じるのも、やはり相手が教官だからだろうか。
まとめとして今回抑えるべき点は二つだと、隊長は指を立てて言った。
一つ目は、ウィルゾからもたらされた情報から鑑みるに、偵察隊は包囲網の補充要員を欲している訳ではないということ。
二つ目は、何故か実力者を選抜していること。
この二つから導き出される答えが【現状ないし、後に起こるであろう突発的な障害に少数精鋭を組み込んでの対応】。
そしてそれに選ばれる『お前は強い』に繋がる、と隊長は言った。
つまるところ、今のメンバーは強い順に選ばれた少数精鋭ということなのだろう。
だが、その中に自分がいるのがやはり不思議だった。体術に秀でた者ならば私以外にも候補がいる筈なのだから。
一応、相槌を挟みながら話を聞いていたので私が理解したと思っていたのだろうか、きょとんとした顔を見て隊長がもう一度口を開きかけるが、言葉を飲むようにすぐ閉じられた。
「……もういい、先を急ぐ」
頭を振って隊長は前を向き直す。その表情には苛つきが、背中には寂しさが見えた……、そんな気がした。
分からない。何故そんな
期待? まさか私に期待でもしてくれているとでもいうのだろうか?
いっそ最近発現に気付いた
『
私の国では神からの贈り物と呼ばれているもので、何かしらの方面に活かせるような特殊な力のこと。
但し本人の望むもの、要するに自身の職業などに適したものが得られる訳ではないらしい。
本人が料理人にもかかわらず、暗殺者向けの力が発現するといった事例がざらにあるようだ。
そんな大半が外れと切り捨てられる中、今回私に宿った力は内容・質共に非常に強力なものだった。
普通に考えたら大変に喜ばしいことと言うべきだろう。
なにせ『神からの贈り物』なのだ。上層部の人間も諸手を上げて歓迎してくれるだろう。
私も
でも、私は
そんなことをしたらどうなるか容易に想像出来たからだ。
私を好意的に見るのはほんの一握りだろう。
只でさえライバル意識が存在する中でそんな燃料を投下すれば、私にとって益々過ごし辛い環境が出来上がる。
大多数――特に同じ候補生達――はより一層……その、なんだ、侮蔑? 警戒? 嫉妬?言い方は兎も角それらの色を強めるに違いない。
怖かった、周囲の目が。
怖かった、これ以上の圧が。
だから言えない。私が隠しているものはそれだけの影響力がある。
それでも、認められること自体は純粋に嬉しかった。その気持ちに偽りはない。
なにせ私が力を隠している以上、隊長方は純粋に私の力だけで評価してくれているのだから。
――けれど、やはり駄目だ。
兄という才能の塊を見続け、比較され、卑下され、私という存在は大きく歪んだ。劣等感の塊に。
純粋に嬉しいが、それを表に出すことは出来ない。
……段々、自分が何をしたいのか、どうなりたいのか、何を考えているのか分からなくなってきていた。
思考の袋小路というやつなのだろうか。
結局『僅かながらに期待されている可能性がなきにしもあらず』というよく分からない答えを出し、私は隊長とウィルゾの後を追った。
//※//
「……妙だな」
目的地の村に着いた途端、ベージンス隊長が違和感を呟く。
これに私とウィルゾが同意する。
この村には味方・討伐対象を含め最低でも二十人近くの人間がいる筈なのだ。それなのに気配はまるでない。あたかも
何か異変が起きたことを前提に、私達は警戒レベルを引き上げながら進むことにした。
事前に小さな村とは聞いていたがそれなりに家屋はあり、私達は物陰を移動しながら最奥の建物に向かう。
やがて一軒だけ僅かに明かりが漏れる家屋までやって来た。
しかしそこにもやはりと言うか人の気配はなく、蝋燭と思われる明かりが不気味さに拍車をかける。
「……二人共用心しろ、何かおかしい。ここに来るまで討伐対象どころか偵察隊のやつらさえいなかった」
「……」
私は思わず手に力を込める。
状況の不可解さもさることながら、隊長の表情に陰りを見たからだ。
どう転んでも悪いことだろう。
「ウィルゾが離れた後に何かが起こ……いや、はっきり言うべきだな。……何者かがこの村にいた者を皆殺しにしている可能性が出てきた」
耳を疑いたくなるような言葉。
彼女はこの村に待機していた筈の偵察隊が、ウィルゾが部隊から離れ、私達と共に戻ってくる間に全滅させたられたと言ったのだ。
確かに村に来るまである程度時間がかかった――主にウィルゾのせい――のは事実だ。しかし
しかも先に潜伏している偵察隊は私達シャルナー隊とは違い、既に実地任務をいくつもこなしている者が選ばれている。
要するに経験豊富な人材というやつで、私達よりも長く訓練をしている為能力もシャルナー隊より高い。
更に偵察隊を率いているのはベージンス隊長が実力を認める副教官。決して一筋縄ではいかない相手の筈なのだ。
にもかかわらず隊長は既に偵察隊が全滅していると考えている。これには流石のウィルゾも動揺しているように見えた。
只、私はここで隊長に異を唱えた。
「……きょ、強制的に転移させられたという可能性はどうでしょうか? 相手の目的が仲間を逃がすためのじ、時間稼ぎとかなら、短時間での全滅より可能性としては――」
つまり魔法や罠などによる強制転移ならば直接戦闘よりも短時間で、しかも皆殺しにするより容易なのではということだ。
本国で正規の特務部隊が高位の術者を介して使用していると聞いたこともあり、それを相手に使えばという安直な考えが口に出たのだ。
でも、その考えは溜め息混じりの隊長によって即時否定された。どう考えても呆れている顔だ。
隊長は私の
恥ずかしながら大前提を時空の彼方に捨て去ってしまっていたようだ。
強制転移の魔法というものの強大さを。
私の考えを実現させるには強制転移――第六位階前後――というまさしく人外、伝説級の魔法を使用出来る術者は勿論のこと、教官クラスを含めた偵察隊を即時無力化、もしくは強制転移を行使出来る隙を生み出す手練れの補佐が必要になる。
罠の場合にしてもそうだ、未踏の最難関ダンジョンに設置されるような物を用意出来ることが最低条件である。
しかも偵察隊全員を転移させるとなると、罠も人材もそれぞれが複数必要となる。
我が国にも使用出来る術者が存在するとのことだが、レジタンスというのも烏滸がましい寄せ集め集団にそれが出来るのかは言うまでもない。
「そうなると、隊長はやはり
「かの
……なにより、ここに来るまで少し血の臭いがした」
質問をしたウィルゾがこくりと頷き、私だけが気付いていなかったことに私は気付く。
それなら……と、私はもう一つの考えを口にしようとしたが、それは突然の衝撃によって阻まれる。
危険を察知した叫びと共にいきなり突き飛ばされ私は地面を転がった。
「ぐうっ!」
そして、続けざまに聞こえたのは誰かの呻き声。
すぐに起き上がり声の方向を見ると、そこには肩を押さえるウィルゾの姿があった。
月明かりと目の前の家屋から漏れた灯りという僅かな光源であったが、何が起きたかはすぐに理解出来た。
彼の肩には小振りなナイフが突き刺さっていた。
その光景に私は目眩を感じるが、隊長に激を飛ばされギリギリで意識を戻す。血が苦手なのはいつまでもたっても変わらない。
このことで散々怒鳴られたのを思い出し、それを燃料に私は動く。
出血の危険性を理解しながらも、毒が塗られていることを警戒して恐る恐るナイフを抜く。
そこへ隊長から非常用のポーションを渡された。
「使え!」
「は、はい!」
傷口に直接ポーションをかけ、苦痛に顔を歪めているが見たところ毒に侵されている様子はない。
肩を押さえたまま立ち上がろうとするウィルゾを制し隊長の方に目をやると、彼女は少し離れた闇の向こうを見据えていた。
「出てこい、そこにいるのは分かっている」
それに呼応するかのように闇が
「ホッホッホ、お呼びかね御嬢さん?」
今回プライベートでドタバタが続き、精神的にかなり参ってしまい投稿が遅れました。
話の続きを待って頂いた方々にこの場を借りて謝罪させて頂きます。
次回からも更新は不定期ではありますが、話の大まかな流れなどは決まっていますので、カットしていく部分も多いとは思いますがドンドン書いて行きたいと思っております。
それでは、次回からも宜しくお願い致します。
いつも通り誤字・脱字、または妙な表現など違和感を覚えるものなどありましたら御一報を。