勇者と魔王。彼と彼女を愛した二人は。


過去作『お前だけは絶対に』の続きです。

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貴方のいない世界なんて

 緑の地面。名のない花が綺麗に花を咲かせ、豊かな自然が溢れている森の中。魔王が支配する、魔界と呼ばれるような地域の、だだっ広く、木々の生い茂る森の中。荒れ果てた大地とやせ細った木がちらほらと見えるだけの人間界とは正反対の自然に恵まれた森。そんな森に、少女の声が響く。

「大丈夫ですかッ!?」

 声を掛けている少女は、魔術師。魔法どころか、そのワンランク上に位置する魔術すらも使いこなす魔法に関する素質を兼ね備えた少女。その素質を見出されて、魔王を倒す為の勇者パーティに選ばれた、言わば世界を救う英雄になる予定の少女。掛けられているのは気を失っている少年。

「っ……、はっ!? ここは!?」

 少年はようやく少女の声に目を覚まし、がばっと起き上がる。

「よ、よかったぁ……、生きていた」

 ほっと、分かりやすく、露骨に、隠すこと無く安堵の息を漏らす少女を見て、少年は状況の判断を行う。意識を失う直前の記憶を遡る。

「そうだ、私はあの人に……、それで、多分、転移されて」

 魔族であり、魔王の側近である少年は、今の状況を整理する。ここは魔界の、魔王城から最も離れた森の中。目の前の少女は恐らく人間。そして自分のことを人間だと勘違いしているらしい。魔王が何かしらの方法を使って、魔王城からここに転移させたのだろう。自分の身を案じて。最後、気を失う寸前に見えた表情は、明らかに死を覚悟した姿だった。

「っ、くそっ」

 自らの醜態に、歯を砕く程の強さで自責する。どうして気付けなかったのだと、どうして魔王を助け出せなかったのだと。彼女は、とてつもない頑固者で自己犠牲主義者だ。だからこそ、間違った判断をした時には自分が正しい判断へと導かなければならないといううのに。

 重く、暗い自責が少年を苛む。

 ――早く魔王城に戻らなければ。

 少なくとも、それが今出来る最善策だ。魔王が勇者に負けるなどとは思っていないが、しかし、それでも戦いが終わるよりも前に魔王城に戻って、逃げるように策を巡らす。側近として魔王を、愛しい彼女を支える。それが自分に課した唯一であり至上の天命だ。それを守れなくてどうする。

「え、えっと、大丈夫ですか……?」

 純粋そうな目。少年を人間であると疑わない少女を見て、少年は一つのことに気付く。魔族の者は自分のことならば誰であっても知っている。だから人間であると疑っていない少女は、人間であるということだ。

 ならば、どうして人間である少女が魔界の森の中にいる。

「ああ、大丈夫だ。その、助けてくれてありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。その、それでは私は、魔王城に早く向かわないといけないので、すいません、ここからは気を付けてください」

「……まて、魔王城に向かうのか?」

「ええ、私は、勇者パーティの一人なんです。役職は魔術師。本来は四人で挑むはずだったのですが、勇者様だけが、私達を別々の場所に転移させて、一人で挑んでしまいましてですね……」

 役職。少女の場合で言うならば、魔法使いよりもひとつ上のランクである魔術師。この世界に溢れる生命エネルギーが生み出す、『存在しない』はずの力。『存在しない』が存在する力――『魔力』。それを電気エネルギーや熱エネルギーに変えるのが魔法使い。『魔力』に術式を編み、物質化、物質変化、質量変化、その他諸々の変化を生み出し、あらゆることを可能にする存在が魔術師だ。魔術師になるには、純粋であるという条件がいるが、なるほど少女はそれを満たしているらしい。

 少年はそれを理解し、少女が勇者の味方として魔王城に行ってしまえばまずいと判断した。

「――なら、私も連れて行ってくれないか?」

「え?」

「私も行かなければならないんだ」

「……分かりました。それでは行きましょう」

 そう言って、少女は速攻詠唱による転移魔法を展開する。その詠唱による術式は、少年の知る誰よりも早く強く緻密で精密なものだった。――自らが支え続けていた魔王を超えていた。

「ッ」

 その魔力量に少年は恐れた。少女のそれは、桁違いで段違いだった。こんな相手が、ただでさえ強い勇者と共に魔王と戦うなんてことはしてはならない。そこらの魔術師がここまでの魔力を使えば、自らの中にある魔力を使い切り、灰となって散ってしまうだろう。

 しかし、そんなことよりも前に魔王城に向かわなくてはならない。少年は少女が作り出した転移ゲートを用いて魔王城へと降り立った。魔王城の玉座には結界が張られており、降り立ったのは玉座まで数百メートルの距離がある場所だった。

「っ、すいません、先に行きます。あの人が二度と傷付かないように、魔王を捻り潰さなければなりませんから。勇者様に手を汚させず、私が殺します。勇者様の為だけに、私の大好きな勇者様の為に」

 そう言って少女は転移そうそう走りだす。

 少女の発言に少年は悪意を感じた。

 なるほど、少女は確かに純粋なのかもしれない。勇者の為に、魔王を倒す。愛する勇者の為に、魔王を倒す。捻り潰す。それは確かに純粋なものなのかもしれない。しかし、その果てにあるのは、生き物を殺すという悪だ。少女は純粋だ。純粋悪だった。

「……ッ、悪いな。俺も、魔王様を救わなきゃ、ならないんでね」

 そう言って少女と同じく少年も全力で走り出す。

 お互い全力疾走。魔力の行使によってお互い、運動エネルギーに変換し、速度を更に挙げた。結局、玉座の間の扉には同着だった。

「勇者様ッ!!」

「魔王様ッ!!」

 同時に片方ずつ扉を開けて、叫ぶ。互いが恋し、慕う相手の名前を。

 しかし、そこには誰もいなかった。

 あるのは、互いに心臓を突刺し合った、勇者と魔王の形をした灰だけだった。周囲を見れば、結界によってかろうじてその姿を保っているだけで、玉座の間は全てが崩壊していた。空間を削りとったかのような、そんな大災害のような崩壊の仕方だった。

 

 ――相討ち。

 

 勇者と魔王は全てを使い果たし、そうして互いを殺し合って、死んだ。両方が勝ち、両方が負け、引き分けた。 全力を出したのだろう。魔力も全力開放したのだろう。そうして、命が尽きるまで戦い、最期の最後まで戦い、心臓を突刺し合ったところで魔力も尽き、そうして灰となった。

 灰は、少女と少年がその最期の姿を見届けるのを待っていたかのように、崩れ去った。

 勇者と魔王の表情は、どこか穏やかだった。

 

「「あ、ああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああッ!!」」

 

 少女と少年は崩れ落ちた。悲鳴を挙げ、涙を流し、そうして絶望した。全てに絶望し、心に闇が舞い降りる。

「私は、貴方が好きだった。貴方は私の心の支えだった。一体どうして、どうして、一緒に向かってくれなかったのですか……?」

「俺は、貴方が好きだった。俺は貴方を支えた。それなのにどうして、最期の時に私を側に置いて下さらなかったのですか……?」

 

 そして、少女と少年は告げる。人間と魔族。その根底的な差のある、本質的な差のある、致命的で決定的な、そしてその後の全てを決める、言葉を。

 

「「貴方のいない世界なんて――」」

 

「――生きる意味がない。こんな世界、全て無に還す……。貴方がいなければこんな世界に価値なんて無いッ!!」

「――もう、意味なんてない。それでも貴方のことを未来に語り継ぎましょう。誰もが貴方のことを知っている、そんな世界にこの世界を変えてみせましょう。だから、向こうで世界を見守っていてください」

 

 片方は世界の破滅を決意し、片方は世界の変革を決意した。 

 

 さてどちらが、どちらなのでしょう……?




 人間と魔族。
 例えばその違いが、たった一つの本質的な違いだけであるとしたならば、あなたは人間ですか? それとも魔族ですか?

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