不思議なヤハタさん   作:センセンシャル!!
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2016/09/05 追記
※ご新規の皆様へ

もし主人公の口調が合わないと感じましたら、先に「二十三話 惑る少女の独白」をご覧ください。はやての視点から一~五話がダイジェストで描かれています。

2016/09/07 「クロノへの報告」パートを全てカギ括弧で括りました。


序章
一話 始まり


「さて、まずは何処から話したものやら。オレにはオレの主観しかないから、どう話を展開すれば他人が理解出来る流れになるか、とんと想像がつかない。

 事件の始まりから話せばいいのか。最初の厄介事まで遡ればいいのか。それとも、"彼女"との出会いを語ればいいのか。ああ、出会いの話をすれば少なくとも"彼女"は喜ぶだろうな。それぐらいの"絆"は感じている。

 だがそれではきっと全てを語ることは出来ない。全てがオレの主観の話となり、"彼女"と出会ってから今まで感じた感情の全てを話すだけになりそうだ。

 今求められているのは、「ここに到るまでに何があったのか」と「オレが何者なのか」の二つの説明だ。オレの喜怒哀楽などは容易く切り捨て、努めて客観的に報告する必要がある。

 ……ああ、なるほど。それならばやはり、最初から説明しなければならないか。"オレ"が始まり、"オレ"を理解し、"オレ"を形成した全ての出来事を語らねばならないか。

 よかろう。長話にはなるが、最後まで付き合っていただければ幸いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれは今から8年……いや、もう9年になるのか。先日誕生日を迎えたオレは、もう9歳になるのだな。

 オレが最初に目にしたのは、灰色の空と天から落ちる白。今理解している言葉で言えば、冬の空と雪景色ということになるな。

 当時のオレは、それが何なのかは理解していたが、言い表す言葉を知らなかった。そうだな、それが自分の体に必要不可欠な物質の状態の一つであることはイメージできても、言葉というツールで他者に表現する術を持たなかった、と言ったところか。

 ん? 何かおかしいか? 「今が9歳で9年前の出来事なら、生まれた直後のことを覚えているのか」だって? 当たり前だ。お前だって、強烈な印象を与えたものは記憶に残っているだろう?

 ふむ、納得が行っていないようだ。どうやらこれもあまり一般的な事象ではないようだな。だが、オレとしては至極当然の事象なのだ。どうせ理解できないのだから、そう定義付けて先に進めて行こう。

 ……まだ何か? 「言葉を知らずに、何故自然現象を理解しているのか」か。こちらに関してはお前も分かっているだろう。それがオレの"能力"の一端だ。深く考えるな。

 よし、では進めるぞ。ともかく、冬の寒空の下に、オレは一人でいたわけだ。ゆりかごの中、毛布に抱かれ、だんだんと体が冷えて行ったことを記憶している。

 だがまあ、今こうして生きているわけだから、そのまま凍死したわけではない。当たり前だな。このぐらいはオレとお前達の間で論理に差異はないだろう。

 オレがいたのは、「どんぐりの里」という孤児院の門前だ。体が冷え切る前に、そこの職員に発見され、保護されたというわけだ。

 それ以前の記憶はない。それがオレの最初の記憶だ。「オレは、理由は知らないが、生まれてすぐに孤児院に預けられた」、これがオレが語れるオレの出生の全てだ。

 親の顔も知らないが、オレに与えられたのは、そのときのゆりかごとそれからの生活場所、あとは三文字の名前だけだった。

 ……何を神妙な顔をしている。おかしなことは何もないだろう。この情報が信じられないなら、あとでその孤児院に行って裏を取ればいい。さすがにいなかったことにはなっていないだろう。

 「辛くないのか」だと? おかしなことを言う。お前にとっては同情する内容なのかもしれないが、オレにとっては至極当然の出来事だ。お前は息をすることが辛いと思うのか? そういうことだよ。

 ふーむ、どうにも色々と納得がいかないという顔だな。だが、最初に言った通りだ。オレにはオレの主観しかない。オレがどう説明すればお前が納得いくようになるのか、とんと想像がつかない。

 オレもお前も、お前の大切な人も、オレの大切な"彼女"も、「違う人間」だ。同じ感性・感覚を持つ人間などどこにもいない。まずはそれを理解しろ。それが第一歩だ。

 ……まあ、最初はそんなものだろう。"彼女"のように最初から受け入れられるのが稀なんだ。そう考えると、"彼女"の言う「運命の出会い」という言葉も信じたくなってくるな。

 無論のこと、そんなものはない。"彼女"がそう思うのは自由だし、オレが運命はなく偶然のみがあると考えるのも自由だ。オレと"彼女"は「違う」のだから。

 うん? ああ、話がそれてしまったな。どうにも"彼女"が関わると、主観が強くなってしまう。それだけオレにとって"彼女"が大切であるということなんだろうな。まあ、いい。

 

 

 

 話を進める。孤児院に入ってどれぐらい経ったのか、さすがに正確には覚えていない。まあ2年程度だったと思うよ。

 オレは言葉を習得し、頭の中に在った情報を言い表せるようになった。「知っていた」情報を「識った」と言ったところか。

 別段それで驚くようなことはなかった。何故ならオレは「知って」はいたのだから。それを言葉というツールで体系的に表せるようになっただけだ。

 だが、周りはそうもいかなかったようだな。最初から「外れ者」ではあったが、言葉を操れるようになった段階で完全に「異物」であると認識されたようだ。

 その辺りから、オレはほとんどの時間を一人で過ごすようになった。食事や睡眠の時間に子供の集団と一緒にいるだけで、他は大人からも放置された。それで別段問題は発生しなかったからな。

 おいおい、何て顔をしてるんだ。ここは大人たちの適切な判断と、子供ながらの危険察知能力に感心するところだろう。人間まだまだ捨てたもんじゃないと希望を持つべきところだろう?

 オレはその段階で自分のことはあらかた出来るようになっていたのだから、大人の手を借りる必要はない。ならその空いた分を他の子供に回すのが合理的だ。

 子供達にしても、自分達が社会性動物であることを本能的に理解していた証拠だろう。理解できない、危険の可能性がある因子を排斥するのは、何ら不思議はないだろう。

 何でそんな平気そうな顔をしているんだって? むしろ狼狽える要素があったかね。オレは自分が「彼らとは違う」と理解できていた。無理をして溶け込もうとしたら、互いに多大な苦痛を強いていただろうな。

 ……そうだ、それでいい。オレとお前は「違う」。それを理解できないことには、この先を聞くことも大変だぞ。

 ともあれ、そういう理由でオレは孤児院「どんぐりの里」を出ることにした。と言っても、すぐに出ても野垂れ死には確定していたから、里親というか身元保証人を探すことから始めることにしたよ。

 

 ――それで思い出した。そういえば一度、あいつの家に養子に来ないかって言われてたな。4歳ぐらいのときだ。

 確か、孤児院の子供達で公園に遊びに出た時だったか。ああ、もちろんオレは着いて行っただけだ。身元保証人探しの一助にはなるかと思ってな。

 オレは木に背を預け、子供達を見ながらその向こうの道を行きかう人たちを見て、ボンヤリしていたんだった……」

 

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

 

「……みんなと、あそばないの?」

 

 舌ったらずな子供の声が横手から聞こえた。オレの方にかけられた声だったことは明白なので、一応そちらを向く。

 そこにいたのは、同い年ぐらいの栗毛の少女。何故かその表情を悲しげにゆがめ、瞳は何か助けを求めるかのように潤んでいた。

 視線がかみ合う。やはりオレに声をかけたようだ。

 

「そのふく、あそこの子たちとおんなじだよね」

「そうだな」

 

 短く答える。今のオレ達の服装は、孤児院で支給される制服。幼稚園児のスモックと同じようなものだと考えればいい。

 こんな仏頂面のオレにそれが似合っているかはさておき、オレがあの子供達と同じ施設に関係していることはすぐに分かったのだろう。

 オレの答えがそんなに意外だったのか、少女はびっくりしたように目を開く。やはりオレに人の気持ちとやらは分からないようだ。何故そのような反応になったのだろうか。

 

「……あそばないの?」

「その理由がないのと、他にやることがある」

 

 今オレがやっているのは、通行人から身元保証人候補を探し出すことだ。目つき、身なり、立ち居振る舞いから、共同生活をして苦にならなさそうな人間を、直感的に探している。

 オレが苦にならないだけでは意味がない、向こうも苦にならないようでなければ。オレは貸し借りという概念が特に苦手だ。互いの条件が出来る限りイーブンでなければならない。

 無論、子供の身の上であるオレは養われなければならない。家業の手伝いなどで補うつもりではあるが、完全に対等にすることは出来ないだろう。

 だからと言って何の努力もしないわけではない。出来る限り借りを作らず、作ったとしてもすぐに返済できるだけの関係でなければ。

 

「どうして?」

 

 オレの内情を知らない少女は、疑問を重ねる。疑問、というには問いかけが抽象的過ぎて、何とも答えようがない。

 

「その「どうして」が何を差しているのかが分からないから、勝手に判断させてもらう。オレは「誰かと遊ぶ」という行為を必要としていない。だから、彼らと一緒に遊ぶ理由がない」

「どうして?」

「そういう性分だからだ。恐らくは自己の中で全てが完結しているんだろう。他者には出来る限り関わらない生き方が望ましい」

 

 少女は「どうして」を重ねるが、オレの言葉はそのたびに難解になっていく。言葉で表現できないものを表現しようとしているのだから、当然の話だ。

 オレは――内心で感心していた。内容が分からないだろうに、分かろうとして疑問を重ねる少女の心の強さに。

 オレの経験上、その辺の子供……まさに目の前で遊んでいる孤児院の連中レベルだと、「どうして」は重ねられて2回までで、それ以降は理解できなくて癇癪を起こす。

 それに対して目の前の少女だ。相変わらず悲しそうな表情ではあるものの、その奥底に眠る熱量には舌を巻く。きっと大人物の器なのだろう。

 10回ほど「どうして」を重ね、少女は黙った。まあ、大人物の器とは言え、今はただの子供だ。これ以上は無理だろう。そして、そう簡単に答えが出るものでもないだろう。

 オレは少女から視線を外し、再び通行人を観察する作業に戻った。

 

 だが、少女はオレの想像を上回る。

 

「……人間観察の邪魔なんだが」

 

 目に涙を溜めて、彼女はオレの目の前に立ちふさがった。左手をこちらに伸ばしている。

 

「あそぼ?」

 

 震える声、だけど力強い一言。オレは、その手を取らない。

 

「必要がないと言った」

「あそぼ?」

「同じことを何度も言う趣味はない」

「あそぼ?」

 

 壊れたラジオのように、同じ言葉を繰り返す少女。涙目ながら、その表情はいつの間にか決意の力強さに満ち溢れていることに気付いた。

 この歳で、これほどまでの力強さ。不屈の意志。オレは少女に、少なからぬ興味を持った。

 

「問いを返そう。何故?」

「あそびたいから」

「そこに子供達がいる。彼らなら君を無下に扱うことはない。遊びたいなら、彼らに混ざればいい」

「キミと、あそびたいから」

「そこで何故オレになったのか、それが疑問なんだがね。君らにとっては好ましくない性格だろう?」

「わかんない。でも、あそびたいっておもったの」

 

 この少女には理解できていないだろう。オレという存在も、オレが「違う」ということも。自分の判断基準に従い、手を差し伸べたいと思ったのだろう。余計なお節介である。

 余計なお節介ではある……が。これだけにべもなく扱われているにも関わらず全く引かない心の強さには、やはり興味を惹かれる。

 

「なるほど、なら理由に関しては問うまい。だがさっきも言ったように、オレには必要ない。君の要求に、オレが答える義務はない。オレにはオレのやることがある」

 

 一見すれば拒絶の言葉だろう。だがオレは、この興味を持った少女と少し「遊ぶ」ことにした。

 

「ここで問題だ。オレは君と遊ぶ気がない。オレには他にやることがある。では、オレと一緒に遊ぶためにはどうすればいい?」

「えっ……」

 

 言葉に詰まり、考え込む少女。すぐに答えが出ることはないだろう。オレはその間に、人間観察に戻る。

 今日は、人通りが少ない。通っても、ただ人が好さそうなだけの老人が、子供達に向けて手を振っているのみ。すぐに見つかるとは思っていないが、今日も望みは薄そうだ。

 

「……やることって、何?」

 

 少女が声をかける。優秀だ、ちゃんと道筋を考えられている。そう、答えを得るためには、まずはオレのことを知らなければならない。

 

「人を見つけることだ。オレの身元保証人として、適切な人物を探し当てること。今日はそのために来ている」

「……みもとほしょーにんって?」

「砕いて言えば「親代わり」だ。オレは現在、孤児院に厄介になっている身なんでな」

 

 実際にはかなり違うのだが、先の会話から彼女はこれぐらいの理解力だろうと推測する。正しく理解したようで、再び驚きに目を見開いた。

 

「……ごめんなさい」

「何故謝っているのか理解できないが。そんなことをしている暇があるなら、謎かけの答えを探した方が賢明だな」

 

 少女は慌てたように考え込む。どうにも少し面白くなってきた。

 それから5分ほど人間観察をしていると、唐突に少女がオレの右手を掴んだ。両手で、離さないように。

 

「なのはのおうちにいこう! いまはお父さんいないけど、でもお母さんがキミのお母さんになってくれるから!」

 

 子供らしい、突飛な発想だった。そしてこの少女は「なのは」という名前らしい。そういえば自己紹介をしていないが、まあ後々でいいだろう。ここで終わる縁かもしれないのだから。

 おかしさで思わず吹き出しそうになり、だが冷静に解答を採点する。

 

「100点満点中10点の解答だ。発想は評価する。だが、何故オレが身元保証人候補を探さなければならないのか、その考察が抜けている。父親がいないと言った、そのため後で了承を得られない可能性もある」

 

 これが「候補として紹介する」だったら素晴らしい解答だったが、この少女の現在の思考能力を鑑みると、それは高望みし過ぎか。

 少女「なのは」はシュンとした。別にその姿にほだされたわけではないが。

 

「……が、逆の可能性も0というわけではない。一応、一度会ってみてもいいかとは思ったよ」

 

 0点でなければ、試してみる価値はあるのだ。

 少女はさっきまでと打って変わって表情を輝かせる。……ふむ、何故犬の耳と尻尾が幻視出来るのだろうな?

 右手をギュッと握っていた彼女は、今度はオレの腕をガシッと掴んだ。おい。

 

「じゃ、さっそくおうちにいくの!」

「おい。     おい」

 

 こちらの抗議を無視し、少女「なのは」はオレを引っ張り走り出そうとした。

 ちょっと踏ん張ったらつんのめってこけたことを記しておく。

 

 

 

 

 

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「それからどうしたって? いきなり押しかけても先方も準備が出来ていないだろう。だからこの日は話だけして、あいつの相手をしてやった。

 孤児院の連中は信じられないものを見るような目でオレ達を見ていたよ。オレが誰かと遊ぶという行為を想像できなかったんだろうな。実際には遊んでいたのはあいつだけで、オレはほぼ見ているだけだったが。

 後日、オレはあいつの家に行き、母親の方にあって、お断りを入れた。

 向こうの方はウェルカムムードだったんだがな。オレにとっては、それがいけなかった。あの家に入ったら、きっとオレはストレスに耐えきれないと簡単に想像出来た。

 さっきの話にも出てた通り、オレは当時の時点で「貸し借り」が苦手だと自覚していた。あいつの家は、オレが望む望まざるにかかわらず、大きな借りを作ってしまっただろう。

 親の愛とやらを子供に注げるのは立派なのだろう。だが、オレにとってそれは身元保証人の条件としては論外だ。オレは彼らの子供として愛情に応えられないのだから。

 オレは記憶が始まった時点でパーソナリティが完成してしまっていた。後付けで「親」を与えられたとしても、「彼らの子供」という付加情報は馴染まない。

 どんなに親の愛を注がれても、受け皿がない。無駄にしてしまう。何も返せない。ストレスに耐えきれず、放浪の身へ。そんな未来がありありと想像出来た。

 

 あいつはものすごく残念がっていたが、正直オレの知ったところではない。今でも何故あいつがオレに執着したのかは理解できないが、相性は悪かったと思う。

 だからオレはこの縁もそこまでと思い、名を告げずに去った。……それがこうして再びつながるというのだから、人生は分からんもんだ。

 

 話を戻そう。それから1年ぐらいして、オレを引き取りたいという人間が現れた。知っての通り、それが今のオレの身元保証人だ。

 名前は、「八幡ミツ子」。オレを引き取る数年前に旦那さんを亡くし、一人暮らしをしていた老人女性。小さな古アパートの大家さんだ。

 その時点で既に孤児院側で持て余されていたオレは、あっという間に彼女に引き取られた。

 ――後で聞いた話なんだが、あいつの父親がオレに相応しい引き取り手を探してくれたそうだ。自分達ではどうにもできなかったのだからせめて、と思ったらしい。

 余計なお世話、と断言することもできないだろうな。実際、おかげでオレは孤児院への迷惑を最小限で済ますことが出来た。この借りは必要経費なんだと思っている。

 ミツ子さんは、さすがに人生経験を積んでいるだけはあって、オレとの距離の取り方が絶妙に上手い人だ。つかず離れず、オレの生活を最低限度で保証してくれた。

 オレに与えられたのはアパートの203号室。ワンルームにシンクとトイレ付。シャワーはついていなかったので、ミツ子さんに借りることになった。

 家賃の代わりに、ミツ子さんに与えられる内職をこなす。余った分を生活費として使用できるという「契約」だ。

 ……そうそう、お前もようやく理解出来てきたようだな。これが、オレがストレスを感じずに生活の保障を享受できるラインだったわけだ。

 まあ、それでも後々の学費とかに関してはミツ子さんに負担してもらわなければならないわけで、完全解とはいかなかったがな。理解したなら、今後も割のいい仕事を斡旋してもらえるとありがたい。

 

 

 

 ふう、導入にだいぶかかったな。だが、これでオレがどういう人格なのかはあらかた理解が出来ただろう?

 それではいい加減に物語を始めよう。今の話の終わりから、さらに1年後からスタートする……――」

 

 

 

 

 

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 ガヤガヤという教室の中を支配する子供達と大人達の喧騒。オレは窓際後方の席で、遠くの出来事を見るように眺めていた。

 ミツ子さんに引き取られたことで、姓のなかったオレは「八幡(やはた)」の名字を受けた。最初の席順は名前順であり、ら行・わ行のいないこのクラスでは後方に位置する。最後尾ではないが。

 先ほど入学式が終わったばかりであり、これから担任の教師がやってきて最初の挨拶をする。教室後方には各児童の保護者達。

 とは言え、ミツ子さんには参加をご遠慮いただいている。あくまで彼女は「身元保証人」であり「保護者」ではないのだ。そのラインを、彼女は弁えている。

 そもそも彼女が保護者達の会話に混ざれるかと言ったら、否だろう。ここにいるオレは彼女の子供ではなく、育ててもらっているわけではない。子供の話で盛り上がれる母親たちとは違うのだ。

 そしてオレもまた、他の子供達とは違う。既に孤児院で認識していた通り、彼ら彼女らに話題を合わせることが出来ない。オレ自身の意志としても、合わせる気がない。

 さきほど前の席に座る女児――ヤシマだかヤジマだかいう少女だ――から「よろしくね」と言われたが、オレは「ああ」とだけ返して会話が途切れた。少女は今オレの前方の少年少女達と会話をしている。

 賢明な判断だ。少女の語彙力・思考能力では、オレとの会話についていけそうもない。共通の話題などというものもないだろう。彼女にとって、オレと交流を取ろうとすることは時間の無駄だ。

 恐らく小学生の間は、オレとまともに会話出来る者は出てこないだろう。数年前のあの少女は、限りなく特別だった。そのレベルがそう頻繁に出てくるとは、確率的には考えられない。

 だからどうということでもない。本当にそれだけのことだ。今はただ、次のステップをどう踏むかだけを考える。いつまでもミツ子さんに学費を払ってもらうわけにはいかないのだから。

 教室の中をボンヤリと眺めながら、そんなことを考えていた。

 

 

 

 そんな時だった。

 

 "彼女"に、後ろから声をかけられたのは。

 

 

 

「なーなー、今えーか?」

 

 聞き慣れないイントネーション。それがどこかの訛りであることは理解出来た。どこの地方かまでは分からないが。

 振り返る。そこにいるのは、席についた女児が一人。当たり前だ、ここは小学校の教室なのだから。今日が入学式なのだから、初めて見るのも当たり前。

 明るい茶色の髪をショートカットにした少女は軽い笑顔を浮かべて、こちらに向けて身を乗り出していた。笑顔に対し、オレが返せるのはいつもの仏頂面。

 

「何か用か?」

「せっかくのご近所さんやし、自己紹介しとこ思ってな。さっき前の子と話しとったけど、今大丈夫やろ?」

「ダメならそう言っている。それで?」

「あはは、何や面白いしゃべり方やん。わたしも人のこと言えんかもやけど」

 

 その少女の周囲でとりわけ目を引いたのが、机に立てかけられている二本の松葉杖。どうやら彼女は足が悪いらしい。

 

「あ、これ? わたし、生まれつき足があんま動かんねんけど、最近ちょっと酷なってな。けど、何かかっこええやろ」

「自己紹介をするんじゃなかったのか?」

「何や、自分ノリ悪いなー。せっかく可愛い顔しとんに、勿体ないで」

「価値を感じない。無駄は嫌いでもないが、方向性のない会話は好きじゃない」

「あー分かった分かった! 今自己紹介するからこっち向きぃ!」

 

 体を前に向けようとするオレを、後ろの席の少女が必死に止める。そう言えば、と思うことがあった。

 彼女はずいぶんと会話上手に感じる。少なくとも、ここまでの会話でオレに退屈をさせることがなかった。頻繁に脱線するのはマイナスだが、それを補って余りある語彙と知性を感じた。

 コホン、と少女は咳払いを一つ。

 

「わたしは、はやて。八神はやてや。さ、次はキミの番やで」

 

 ウインクをしながら、少女――はやては手で促してきた。

 ……なるほど。どうやらオレの推測は間違っていたようだ。限りなく特別な彼女と出会うことは、この世の中たまによくあることらしい。

 数年ぶりに遭遇した大きな器。そのことに少しだけ愉悦を感じ、口元が自然と小さな笑みの形になった。

 

 オレは、彼女に自己紹介を返した。

 

「オレは、八幡ミコト。カタカナみっつでミコト。好きなように呼べ」

 

 ――彼女は、これを「運命の出会い」と言うだろう。だがオレは、「偶然の出会い」と言い続けるだろう。

 これは、命題を持たなかったオレが、大切な彼女と出会った、偶然の物語だ。




追記:
知人に「席順の決定基準が分かりにくい」という指摘を受けたので明記しておきます。
この学校では基音→濁音の順番で出席番号が決定しています。主人公周りの席順はヤシマ→ヤハタ→ヤガミです。


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