男の剛直な愛は、歪もうとしていた──。

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男は今、まさに娘を自分色に染めんとしていた。

もちろん、娘に許嫁がいることは承知している。いや、むしろ承知しているからこそ染め、汚してしまおうというのだ。身勝手な言い分であろう。しかし、男にとってそれは、愛しい女を奪った許嫁と、間も無く手の届かない所へ行ってしまう娘とへの必死の抗いなのだ。

 

この娘が一線を越えるときは、自分が愛でるときだ。男は常々、そう確信していた。自分以外の男が娘の心や体を征服してしまうなど、到底我慢ならない。男は歪んでいて、それでいて純粋な気持ちに正直になって、覚悟を決めた。

 

許嫁との結婚祝いを誰より早く渡したいのだが、何分大きな物であるから取りに来て欲しい、と嘘をついて娘を自分の屋敷に呼んだ。幼い頃からの仲であったから娘もなんら疑いを持つことなく、男の屋敷を訪れた。長年に渡って知り合ってきたこの男は私に何をくれるのだろう、どんな祝いの言葉を聞かせてくれるのだろうと期待に胸を膨らませ、男が案内するままに屋敷の中を歩いた。さすがに受領の家に生まれた男であったから屋敷もなかなかに広かった。やがて、十畳程の部屋に着いた。他の部屋とは違って殺風景で、家具らしいものは何一つ置いていなかった。娘はその部屋の中央辺りに正座した。男はじっと娘を見つめた。その眼差しは何を思うものであったのだろう。

 

男は再び己の覚悟を奮い立たせ、意を決した。

昔と何一つ変わらない笑顔でこちらを見つめる娘を、男は乱暴に地面に押し倒し、艶やかな黒髪をまとめていた紅の櫛をはずした。部屋に畳と娘の髪の匂いが広がる。娘はあまりに不意をつかれ、我が身に何が起ころうとしているのか理解できずにいた。娘はどうしたのかと、男の名を幾度となく呼ぶ。男からの返答はない。男は、自らは仰向けに寝そべり、半身を起こした。戸惑う娘の腕を引っ張って己の胸中に抱き止める。方膝を曲げ、娘の両脚の間に入れた。

 

娘はようやく男の意図していることを察した。だが、どうしたら良いのかわからない。いや、そうではなかろう。許嫁がいるのだから、何としてでもこの場を脱し、役人にでも男の狼藉を訴えるべきだ。そんなことはわかっている。自分の目の前にいるこの男が、"この男"でなければすぐにだってそうしている。とりあえず、と言っては不適切かもしれないが、娘は自分の両脚を閉じようと試みた。しかし、男の方膝ゆえに閉じることができない。閉じられないどころか、脚を広げたことで着衣の裾が甚だしくめくれあがり、腿までが露出している。決して"この男"との関係は短くはないが、だからといって自分のこんなはしたない姿を晒した記憶もなかった。恥ずかしさが込み上げてくる。それなのに、どうしてであろうか、"この男"の濫行に対して抵抗の力が思うように入らなかった。ただ、成り行きに身を任せるしかできなかった。

 

男は不思議でならなかった。娘が思いの外、抵抗しないからである。何故だかはわからないが、汚してしまうには好機だと思った。娘の帯紐へと手を伸ばす。方膝で娘が閉脚するのを妨げながら、すっと紐をほどいた。娘の躯が露になった。と同時に、娘の黒髪が肩にかかる。男は娘の身体を頭部から脚の先まで眺めた。この娘がこんなに大人びた身体になったのは、一体いつのことなのだろう。ずっと同じ村で育ってきたのに自分は気づかなかったのか、と心の中で少し笑った。桜色に色づく身体は非常に美しくて、目映い程であった。無力な抵抗を続ける娘の胸元に鼻を近づけてみた。匂いは昔と変わらないようだ。両の肺だけでは飽きたらず、体中を娘の匂いで満たしたいと思った。

 

娘の薫る胸を鼻と口とで堪能しつつ、両腕を腰で交わらせた。他人の体温を躯で感じた異様な感覚に、娘の躯が小さく震えた。男は掌で躯をなぞり、時に秘部を愛でて娘を、娘は花開いた。男の愛は我を忘れるにつれて、粗暴になっていった。

 

どれぐらいの時間が流れたかはわからない。

男を意識の元に呼び戻したのは、愛しい娘の悲鳴であった。はっとして、娘を見ると、涙を流し、自分が粗暴に愛した場所からは真っ赤な血が滲んでいた。娘は何かを涙ながらに呟きながら泣いていた。その弱々しく握られた手の中にはあの紅の櫛が覗いている。まるで、血のような紅い櫛を。

 

この娘を泣かせているのは誰だ───?

 

男は自分の身体から力が抜けていくのを感じた。

娘は先程まで自分の躯を傷つけていた男に櫛を渡した。

この櫛を覚えているかと問うた。それでも茫然としている無様な男に語り始めた。

 

あれはお互いにまだ幼なかった時。村のいじめっこたちに苛められ、泣きじゃくっていた少女に少年は泣くなと言った。それは慰めというのにはあまりに無愛想であったが、少女は嬉しかった。その翌日も少女は泣いていた。少年は今度も無愛想に寄り添っていた。またある日も少女は泣いていた。少年は照れくさそうに少女のゆらゆらと揺れる髪をとかしてやった。紅い櫛で。少女のために買ったのだという。少女はこれをやるからもう泣くなと、この櫛を持つ少女はずっと自分が守るのだとそう言った。櫛を受け取った少女はさらに泣いた。しかし、それは苛められか悲しみゆえの涙ではない。嬉しさと少年への愛しさゆえの涙である。それは少女の初恋であった──。

 

男は全てを思い出し、自分の罪を知った。守るべき人を傷つけた罪。後悔、憤怒、悲哀、愛情、嫉妬。男の心は混沌の中にあった。呻き声ともつかない嘆息を洩らす。男の心は空虚に苛まれるという結果を残して、娘の心身は願望通り汚されたのである。これで良かったのだ。たとえ歪んでいると愚弄されても、これもまた、彼等にとっては一つの愛の形なのだから。

 

翌朝、ある受領の屋敷で男女の遺体が発見された。抱き合って眠っているようだったという。その目尻には涙の跡が見え、どこか幸せそうな面持ちであった。一月も経った頃には、人々の頭の片隅に追いやられてしまうような出来事に過ぎなかった。

 

 

紅の櫛は元のように髪を束ね、少女の傍らで眠につくのであった──。


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