詳しい経緯は2月9日(土)の活動報告を参照してください。
第一話
「え……?」
目を疑う、何て事はそうそうあるなんて思っても居なかった。頭の中で何度も思い返しながら周囲を観察しても、やっぱり見えるものは機械の山で、さっきまで私が居たはずの自然豊かなユクレス村の風景はどこにも無かった。それに……。
「やっぱり、喚起の門?」
巨大な円環と中央に向かって伸ばされた機械の突起物。ここがユクレス村ならば居るはずの幻獣界の獣人達の姿も無く、”あの”無慈悲な召喚装置が悠然とそびえ立っているのが見える。けれどもそんな事よりも、気が付くべき変化に私は気が付いてしまった。
「あれ? 視線が……」
冗談。何て言葉が出掛かって慌てて飲み込む。それを現実と認めたくなくて、認めてしまえば取り返しが付かなくなってしまうような。そんな危機感に襲われながら、恐る恐る自分の両手を見つめてみると……。小さかった。思わず涙が出てしまいそうになったのを堪えて今の状態を確認する。
元からそんなに大きく成長したわけでもないけれど、それでも、私の手はここまで小さくなかった。指先から一本一本確認するように、早まる鼓動を抑えながら震える手をゆっくりと握っては開いていく。
「うぅ……。やっぱり、でもっ! こんな事、ありえないです!」
押さえ切れなかった。自分が小さくなった事だけじゃない。そう、喚起の門が健在である事……に?
「え? あぁっ!」
そうだ。私の体の事なんて今はどうでも良い事で、重要なのは喚起の門に”呼ばれてしまった事”。つまり、遺跡が復活してしまった事の方が重要。なんて馬鹿なんだろう。確かに私の体の異変も重要だけれど、”そんな事”よりももっと重要な事が目の前にあるのだから。
けれどもまだ、本当に本物の喚起の門だという確証が無い。私はユクレス村に居たんだから、うっかり何か幻覚作用のある植物の花粉を吸ってしまったのかもしれないし、何かの魔力に当てられたのかもしれない。
「キユピー。お願い……。え?」
普段から着ている青紫色のワンピースのポケットに手を差し込み、治癒の召喚術を使おうとして、愕然とした。――サモナイト石が、無い。
「……えぇっ!?」
今度こそ、冗談だと思った。一呼吸してから、現実を理解するまで完全に停止してしまった。先生と一緒にここまでやってきた自分の護衛獣が、大切なパートナーとの誓約の証が無いのだから。
「ダメッ、慌てないで、ちゃんと確認しないとっ」
上擦りかかった声で感情を押し殺して全身を探って持ち物を確認する。けれどもやっぱり、着ている服だけで何も持っていないと分かる。それでもポケットの中にやっぱりあるんじゃないかともう一度、二度、三度と指先で探って落胆を思い知らされた。
「何で! どうしてっ! お願いっキユピー! う……。せんせぇ……」
一度感情的に叫んでから、しぼむ様に小さな声になり、座り込んでしまった。もう、わけが分からない。
「うぅ……」
あの戦いが終わってから軍学校にも通って、それでもやっぱりこの島が忘れられなくて。そのまま十年ほど過ごしたけれど、私の周りにはあんなにも沢山の人が居てくれたんだっていまさら思い知らされた。やっぱり私は、先生みたいに強くなれなくて、島の皆から頼りにされても……皆?
「そ、そうです。こんな所で泣いてばかりじゃ」
本当に一番大切なところを忘れかけていた。もう一度喚起の門まで視線を戻してから、力強く頷く。護人達に、急いで連絡をしないといけない。
大切な事は沢山あるけれど、何よりも重要で忘れてはいけない事は、この遺跡。重く座り込んでいた腰を、気力で踏み支えて立ち上がり、遺跡の外へ向かった。
外に出てから、遺跡に囚われた過去の亡霊たちが活動していない事を見て一安心。まだ、あれは動いていないのだと分かっただけでも大きな収穫だと思った。
「えっと……。多分、今の時間だと」
太陽の昇り具合を見て、既にお昼を過ぎているのだと分かる。軍学校や島での自給自足の暮らしはこんなところで役に立つんだな……。何て思いながら誰の所に報告に行くのが一番良いか考える。
「ヤッファさんは……ダメですよね。きっとお昼寝してる」
ユクレス村にさっきまで居た事を思い出して、真っ先に浮かんだ縞々模様の獣人の日課を思い出して溜息をついた。今の事態を確実に分析できる相手を考えたら、機界集落のラトリクス。融機人(ベイガー)のアルディラさんが適切なんじゃないかって思う。
そう考えたら、遺跡から南にあるラトリクスへ自然と足が向かった。
「まず最初に、喚起の門が復活している事。それから私の体の事とキユピーのサモナイト石の事……」
ぶつぶつと呟きながら、勝手知ったる我が家の用に道なき道を歩いていく。何がどうなっているのかと考えを纏めながら、ふともう一つ重要な事に気が付いた。
不滅の炎(フォイアルディア)は?
軍学校に行ってから島に戻って数年後。魔剣の刀匠、ウィゼル・カリバーンの手によって打ち直された紅の暴君(キルスレス)。私の心と同化したもう一つの魔剣。体がなぜか小さくなっている事を差し置いても、あれが有るのと無いのでは島の遺跡に対して対抗策がまったく変わってしまう。
小さくなった手をそっと胸の真ん中に、心臓の辺りに置いて自分の中の鼓動を感じる。
――在る。
遺跡からも大分離れたし、今ここで呼んでも、きっと大きな問題は無いと思う。直ぐ傍で召喚して遺跡が動き出したら大変な事になってしまう。だから、呼ばない方が良いのかと考えてから、でも、呼べなかったらどうしようと大きく首を振って不安を吹き飛ばす。
復活した喚起の門に、居なくなったパートナー。姿の変わった自分。どうしてこんな事になってしまったのか分からないけれども、限界が近いって自分でも感じているのが分かる。だから、失っていないんだって、呼び出して確認したくなっても、良いんじゃないかって思ってしまう。
「……来て」
ドクンッと、私の中で鼓動が強く鳴り響く。世界(リィンバウム)と島と共界線(クリプス)を繋いで、ツインテールに結った薄い橙色の髪は白く、体に纏う魔力は紅く、変化し始める自分に安堵しながら、魔剣を呼ぶ。
「不滅のほの……」
「テメェッ! 何してやがる!」
突然に怒鳴り声が響いて、呼びかけた剣の力が霧散していく。つながった共界線(クリプス)との結び付きも解けて、子供の姿の私だけが残った。呼ばれた声に驚きながらも、驚愕で鼓動が止まらなかった。目の前に居る白黒の縞々模様のフバース族の彼に。
あぁ、今日はお昼寝から目覚めるのが早かったんですね。なんて声をかけようかと、少し悠長な事を思いながらその真剣な瞳に目が逸らせなくなった。向けられているのは殺気。
「ヤッ――」
「オレの質問に答えろ! お前は誰だ。ここで何をしようとした?」
捲くし立てられる声に、「ヤッファさん、何で?」と言う言葉を飲み込んで「どうして?」ばかりが頭の中を巡って回って答えが出ない。「誰だ」と言われた事に頭が付いていかない。
私は誰かと聞かれたら、アリーゼ・マルティーニの他の誰でもない。「何をしている?」と聞かれたら、島を先生と護人達と守る抜剣者(セイバー)をしています。と答える。それが、この島での私の役割なのだから。
「もう一度言う。テメェはどこから来た? 今、何をしようとした?」
「う……ぁ……」
無意識に、頬を伝って涙がこぼれた。これは夢じゃないのかなんて思って、やっぱり現実なんだって、ここまでの経緯を頭の中で繰り返し問いかけて答えを求める。でも、見つからなかった。
「チッ……。泣き落としはオレにはきかねぇぞ。もう一度――」
「アリーゼです」
「何?」
「気が付いたら、ここに居ました。後は、分からないんですっ!」
零れ落ちる涙を白い手袋で拭いながら、振り絞るように声を上げた。叫んでいたのかもしれない。だって、本当に分からないのだから。
確かに、離れたからといって遺跡が健在なのに魔剣を呼び出すのは得策じゃなかった。けれども、殺気を向けられた上に誰だとまで言われて、とても平静を保てなかった。もしかしたら、子供に戻ったせいで精神が幼くなっているのかもしれない。そんな事を少し考えながら、難しい顔をしたヤッファさんの瞳を覗き込む。
「チッ、しょうがねぇ。とりあえず付いて来い、オレ一人じゃ決められねぇ」
「……はい」
多分。いいえ、間違いなく私は警戒されている。迂闊に不滅の炎(フォイアルディア)を呼び出そうとしたのは失敗だったかもしれない。
ヤッファさんの気配を探れば、いつでも私を抑えられる様に臨戦態勢になっている。まるで、初めて島に流れ着いた私達と相対した時の用に。もしかしたら、それ以上かもしれない。私が島にとって害になるのであれば、いつでも……。それはとても怖い考えだと、一通り可能性を考慮してから小さくため息をついた。
向かっている方向からしたら、きっと集いの泉なんだろう。上手くすれば他の護人にも合えるかもしれない。とにかく、喚起の門の事を話さないと。それから、不滅の炎(フォイアルディア)の事も説明して……。
そんな事ばかり考えながら、ヤッファさんの後ろを素直に付いて行く。これから先にある不安と混乱しか頭に無いのは分かっていた。だからこの時は、気づかなかったのだと思う。時折、懐疑的ながらも心配色の篭った瞳を向けていてくれた事や、髪やスカートに引っかからないように、枝や植物を払って進んでいく彼の優しさに。