人や獣も、殆ど通った気配が無い自然の道を踏みしめて歩いていく。生い茂った草に足を取られながらも、やがて聞こえてきた水のせせらぎから集いの泉が近い事が分かった。
ヤッファさんが一人で決められないと言った以上、護人たちを集めて会議を開くって考えて良いんだと思う。歩き続けながらもう一度、泣いてしまって腫れぼったくなった顔を白い柔らかな質感の手袋で擦って、さっきまでの事を思い出す。やっぱりヤッファさんに「お前は誰だ」と言われた事はショックだった。まさか忘れられたりする事は無いと思っていたから。でも、もしかすると……。他の人達にも忘れられて居たりするんじゃないか。そんな考えが浮かんで、暗い思考の渦が恐ろしくなってくる。
「おい、ちょっと待ってな」
「――えっ」
ぶっきらぼうにそう言って、先を歩いていたヤッファさんが突然に足を止めた。急に掛けられた声に考えていた事が少し霧散したけれど、怖い想像に向かって一直線だったから良かったかもしれない。
途切れた思考を切り替えて、ヤッファさんに目を向ける。すると、大きく息を吸い込んだと思ったら、短く甲高い声で吼えた。その鋭さと声量に、一瞬だけ体がビクリと震えてしまう。謎の行動にどうしたのかと考えた側から、ガサガサと草の間を駆けていく獣達が目に入った。
そこでピンと思考が整う。幻獣界メイトルパに由来がある獣を従えて、護人たちへの連絡に使ったのだと。
「行くぞ」
「あ、はい」
また、硬さを含んだ声をかけられた。やっぱり直ぐには信用してもらえない事に、落ち込む気持ちがふつふつと沸いて戻ってきた。
こんな時、先生だったらどうしたんだろう。やっぱり困ったような顔をしながら、笑顔と大胆な行動力で乗り切ってしまう気がする。私も、先生みたいに上手く出来なくても、出来る事から始めたら良いんじゃないかって思った。気持ちを明るく立て直して、出来る事から始めようって。
「あの……。少し、良いですか?」
思い切って声をかけてみる事にした。昔から慣れてない人には引っ込み思案な所が有るけれど、何も幼い身体に戻ったからって、こんな所まで復活しなくても良いんじゃないかって心の中で思う。けどそんな思考も、不安を紛らわす言い訳のために使っているのかもしれない。
「あん? もうちっとで着くからそれからにしな」
「……はい」
返ってきたのは、ある意味予想通りな冷たい返事だった。取り付く島が無い。と言うほど拒絶されていないとは思うけれど、そこからは一言も声を交わさずに集いの泉まで進んで行く事になった。
集いの泉は、北東から南西にかけて楕円型のこの島――北が高台になっている――の中央で、若干南西の位置にある。そこを中心に四角形に近い配置で、北東に機界集落・ラトリクス。時計回りに下って鬼妖界集落・風雷の郷、霊界集落・狭間の領域、幻獣界集落・ユクレス村で集いの泉を囲んだ環境がこの島の住民の世界。それぞれの集落を守ると同時にまとめ役になっているのが、この島の護人達になる。
当の本人達は、既に集いの泉にある石造りの東屋に集まっていた。もちろん、彼らの目は私に向いていて、その瞳には一言で言い切れない様々な感情が篭っているのだと、現状と経験から分かった。何しろ彼らこそが、この世界(リィンバウム)では”召喚獣”とある種の蔑称で呼ばれてしまう存在達の、この島においての信任者なのだから。
「なるほど。ヤッファ殿が緊急に護人会議を開く理由が、その”人間”の少女ですか」
友人だったはずの人から不快感を隠さない声で告げられると、やっぱり悲しいものがある。止まった涙がぶり返さなかっただけ良かったけれど、私の中での落ち込む気持ちがより一層大きくなってしまった。
「そうね。人間が来たって言うのは問題だけど、こんな小さい子を相手に硬くなる必要は無いのではないかしら? ねぇヤッファ。貴方がその子泣かせたの?」
「最初から泣いてたんだ。オレが泣かすかよ。めんどくせぇ」
そう言って小さく舌打ちをするヤッファさん。一度泣いて赤くなった私の瞳と、腫れぼったい顔を見てから、亜麻色のロングヘアーでメガネをかけた女性がヤッファさんに詰め寄っていた。彼女の視線に面倒ごとは御免だと、あからさまに顔を逸らす姿に懐かしさを覚えた。
「……問題ハ、ソノ少女ノ処遇ダロウ」
「ええ、解っているわ。では、機界集落ラトリクスの護人、アルディラ」
最初にそれを口に出したのは、ヤッファさんをからかう様に詰め寄っていた女性。超発達した機械文明世界の住人。人間と機械が完全に融合した融機人(ベイガー)で、向かって右側の額と白いワンピースから露出した右肩に機械が見えるアルディラさんから。
「鬼妖界集落、風雷の郷が護人、キュウマ」
続けて鬼妖界、鬼や妖怪に体が細長い龍、サムライやシノビ達が生きる、戦乱の世界の鬼忍のキュウマさん。銀の髪を後頭部に纏めたポニーテールの様な髪型と、額の左右から突き出た二本の角が特徴的な男性。それから鎖帷子に着物と呼ばれる独特の服を着て、軽装の鎧を身に纏っている。
「霊界集落、狭間ノ領域ノ護人。ふぁるぜん」
がらん堂の大きな白銀の鎧。その内側から男性と女性のくぐもった声を重ねて、淡々と話すファルゼン、もといファリエルさん。正体は女の子の幽霊だって知っているけれども、ここまで淡々と『知らない人』相手に話す彼らの姿勢に、とても気軽に声をかける事なんて出来なくなった。
本当に私を覚えられていないのだと、悲しい気持ちとなんとも言い表せない苦しさが襲ってくる。
「幻獣界集落、ユクレス村の護人ヤッファ」
最後に、まだ不貞腐れた様子の縞々虎模様のヤッファさんが続ける。
「ここに四界の名の元に、護人会議を設ける事を宣言します」
厳かに重なる四人の声。それはまるで神聖な儀式のようだと、私はかつて一度通った道を思い出しながら感じ取っていた。
ここに来るまでに私が言わなくちゃいけないと思っていた事を、もう一度考えてみる。何が何でも言わなくちゃいけないと思っていた、『喚起の門』の事。それに私の体と、護衛獣のキユピーと誓約をしたサモナイト石。それをもう一度考えてから、もしかして私はとんでもない思い違いをしていたんじゃないかと、別の発想が浮かんできた。
それは、アルディラさんとファリエルさんの関係。彼女を機界ロレイラルから召喚してマスターになったあの人。そして婚約者にもなったあの人の妹がこのファリエルさん。死んでしまった事や自分が召喚師だった事の後ろめたさからずっと白銀の鎧で正体を隠していた彼女が、再び男性の振りをして平坦で硬質的な声を続けているのはおかしい。
「さて、何か塞ぎ込んでいる様子だけど良いかしら?」
「――っえ、あ! すみません。私、考え事に夢中で……」
思ったよりも優しげな声をかけてくれた事と、また思考が中断された事で焦って、悩んでいた事を素直に口に出してしまった。彼女の視線は、幼い子供をあやす様なもので、本当に今の自分が子供の姿に戻ってしまっているのを実感させられてしまう。
「無理もないでしょう。こんな幼子が突然知らない場所に放り出されたのですから」
「ねぇヤッファ、貴方この子をどこで拾ったのかしら? 少なくとも難破船とかは無いわよね?」
「『遺跡』だ。泣きながら歩いて出てくるのを見た」
「そう……」
面倒くさそうに答えるヤッファさんに、違和感を覚えた。彼は私が不滅の炎(フォイアルディア)を呼び出す直前の瞬間を目撃しているはず。少なくとも声を荒げた彼が、私が何らかの魔力を持っているって、気づいて居ない筈が無い。
「お名前、教えてくれないかしら? ちゃんと言える?」
哀れみを含んだ声から完全に子ども扱いになってしまった。泣いていたって所から、小さな子供の精神年齢を想像されてしまったって思うと、ちょっと情けない。羞恥で僅かに頬が熱を持つのを感じたけれど、中身は大人なのだから子ども扱いされたら堪ったものじゃない。そのイメージを払拭するためにも一度姿勢を正して、キッと強く視線を向けてから凛として答える。
「アリーゼです」
「あら」
そして今度は微笑ましいものを見る目に変わって、落胆を覚えた。この体じゃアルディラさんにはいつまで経っても子ども扱いなのかもしれない。彼女自身、すらりとした身体に決して小さいとはいえない胸。メリハリのある美人で今の私じゃ本当にただの子供で勝負にならない。
なんて考えてから、ハッとして現実に戻る。今はそんな事を考えている時じゃなくて、もっと重要な見落としを見抜かなくちゃいけない。
「アリーゼね。それで……どこに住んでいたのかしら? お家があった場所は解る?」
先ほどまでと変わって、真剣さを含んだ言い逃れを許さない声質で詰問をしてくる。
「えっと……」
まだ、考えが纏まっていない私じゃ、感情よりも理屈や合理性を優先する機界の住人とは相手にならない。きっと他の護人たちが黙っているのも、彼女の理路整然とした話術を信頼しているからだと思う。それは私も理解しているし、必要な情報を相手から引き出す交渉術に彼女が長けている事も分かる。
「貴女の着ているワンピース。どう見てもリィンバウム系のデザインよね? しかも、絹製の上質なもの」
「――っ!」
思わず息を呑む。ここに来る前に居た時に着ていた服と、子供時代もほぼ同じデザインのはず……。
「あっ!」
思わず声を上げて、その直後に周囲の空気から失敗したと思ったけれど、それ以前にまたも重要な事を見逃していた。なぜ、大人だった私の服が、子供の私の身体にぴったりと合わさっているのだろう。
「何か思い出したのかしら?」
「些細ナ事デ、カマワナイ」
今私は、普通じゃありえない可能性を考えている。どんな理屈が働いて、どんな奇跡が起こって、しかも『喚起の門』まで絡んで、過去に戻ってきた。なんて信じられないありえない結論を。
そうしたら、どこに居たかなんて答えてもまず間違いなく信用してもらえない。ユクレス村でお手伝いをしていました。そんな事を言っても、その可能性が真実なら、村に皆に質問して回れば直ぐに嘘だって言われてしまう。ラトリクスでも正確な記録が残っていると思う。
それじゃどうするかって考えたら、真剣に私の正体を話すか、嘘をつくって事になる。私の正体をはっきり説明しても、とても信じてもらえる証拠が無い。それ以前に、魔剣の事で余計に警戒されてしまうかもしれない。そうしたら、嘘をつくしかなくなってしまう。
「おい、アルディラ。あんまり泣かせんな。子供の癇癪はめんどくせぇ」
「はぁ……。まぁいいわ、とにかく現状の説明だけでもしないとダメね」
「子供じゃ、無いです」
「――くす。そうね、貴女くらいの子はそんな年頃よね」
「違います。私は――」
そうだ、私は何のために軍学校から島に帰ってきて、先生から何を学んだんだろう。あの人はいつでも全力で、決して諦めないで、その結果にも反省はしても後悔しなかった。私はあの人の最初の教え子で、一緒にこの島を守る抜剣者(セイバー)なのだから。
今、本当にここが過去で、私の身体も心と一体化した魔剣以外は昔に戻ってしまったとしても、私の経験が無くなってしまう訳じゃないのだから。
だから、私は、いずれやってくる先生達のためにも、ここで嘘をつく事を決める。
「ヤッファさんは、おかしいと思わなかったんですか? 森で会った時の事」
「なんだと?」
「私は、どんな理由で、どんな奇跡が起こったのか解りませんけど、この島の未来の住人です」
「どういう意味だ?」
怪訝な顔をするアルディラさんとキュウマさんよりも、険しい顔をして声に力が入る白虎の獣人の姿が目に入る。眼力が篭った視線を投げかけられたけれど、未来をより良い結果にした方が良い、そうしたいと決めた私は、正面から見返して言葉を続ける。
「何故か体と服が、子供の時の物に戻っています。それに私は、クノンさんも、ミスミ様も、スバル君も、フレイズさんも、マネマネ師匠に、マルルゥやパナシェ君も知っています」
「なんだとっ!?」
間違いなく周囲の空気が一変した。ついさっき『喚起の門』から召喚されはずの、幼い少女――多分、この島に来た当時を考えると十歳程度――にしか見えない私が、はっきりとした意思を持って、知るはずの無い人達の名前を挙げた事で、動揺の色が広がっている。
それに合わせて、心の中で必死に謝りながら立て続けに、嘘を交えた真実を告げる。
「キュウマさん。私の事を調べてくださってもかまいません」
「どういう意味ですか?」
「私には、狭間の領域で友達になって、護衛じゅ――きゃっ!」
「御免!」
言葉を途中まで言いかけて、怒気を隠さない声で東屋の床に叩きつけられた。打ち付けられた東屋の石畳が痛いけれども、私の考えは半分成功して、半分失敗した。私が召喚師だと家名を名乗るのは一番危険な行為だと思う。けれども、この島と余りにも深く関わり過ぎてその全てを知っている私が、今後ボロを出さないで生活は出来ないと思う。ただでさえおっちょこちょいな面があるのだから。
だから、魔剣の事は最後の最後まで秘密に通して、島の住人に対して、召喚されてしまった世界の隣人達に対して理解があるのだと彼らに解ってもらわなくちゃいけない。
「キュウマ。そのまま抑えてなさい」
「承知」
予想通り、護人達から人間の私に対する警戒心はとても大きかった。問答無用で拘束した私の身体を弄って、同性と言う事だからなのかアルディラさんが、ワンピースのポケット等を調べていく。そのまま背中の留め金を外されて、明らかに見えていると思うキャミソールやドロワーズの内側までくまなく探って何か隠し持っていないか調べられる。結った髪もリボンを解かれて、髪の中まで調べる徹底ぶり。さすがに外で丸裸にされなかったのは、アルディラさんの良心のおかげだと思いたい。
羞恥心で泣きたくなって来るけれど、それ以上に信用を得るほうが重要なので、そこは堪えて無抵抗で我慢をする。さすがにヤッファさんにキュウマさんは目を逸らしていると思うんだけど……。ある意味見ていて貰わないと困るから、言うに言えない気持ちが心の中で燻る。
「……何も、持って居ないわね」
「いかが致します? 彼女は間違いなく知っている」
私が召喚術に関するものを持っていないため実害は無いって判断されたのか、今も両肩を抑えて拘束はされていても、石畳に押し付けられては居ない。それとも私のような子供じゃ、召喚術が無ければ抵抗出来ないと判断されたのかもしれない。
「……殺すか?」
「それは早計よ。ありえない現象だけど、『喚起の門』から呼ばれたのであれば、可能性がゼロとは言い切れないわ」
「ですがそれも推測です。私としては危険な芽は摘み取り、出来なければ懐柔を」
「監視ガ必要ダ」
「そうね、護衛獣という言葉が出た以上、何も知らないわけじゃないもの」
分かってはいたけど、人の頭の上で物騒な相談を始めないで欲しい。今の私は、何を言っても信用されない立場にある。もしかしたらあの人の名前とファリエルさんの事を言えば、何かが変わるかもしれない。でも、それを言えば二人の精神に大きな傷が出来ると分かっているから言うに言えない。
「いくつか聞くわ。出身はリィンバウムかしら?」
「はい」
「未来って何年後の?」
「多分ですけど、最低でも十五年です。私は十年以上ここに住んでいましたから」
「そう、最後の質問よ。慎重に答えて。貴女にとって召喚術って何かしら?」
「絆です」
よく考えずに下手な答えを出したらどうなるか分かっているのでしょう? という含みを持たせた質問だったのは分かっていたけれど、この質問には直ぐ答えられる。私の大切な友達を、パートナーを主従の関係だって思いたくないから。それに、この島の人達との間にも、間違いの無い絆を作って居たって思いたいから。
私の答えに目を丸くするアルディラさんの瞳を、間違いはないと力を込めて凝視し返す。すると納得してくれたのか、少しだけ笑った顔が見て取れた。
「そうね。少なくとも、召喚獣として私達を道具扱いする人間じゃなさそうね」
「宜しいので?」
「ひとまずは納得しておこうぜ。ここで拘束したままじゃどうにもならねぇ」
「後デ、ふれいずヲ、遣ワソウ」
「そうね。彼なら彼女の魂を見て本質が分かるでしょ。一度私が預かるわ、伝染病なんて持たれてたら困るもの」
「ならば監視も頼みます」
「了解したわ」
まだどこか懐疑的なヤッファさんとキュウマさんだけど、少なくともアルディラさんには少しだけ信用してもらえたかもしれない。して、もらえていると良いんだけれど……。
ファリエルさんは未来の事を聞いて、何か動きがあるかもしれないし、天使のフレイズさんと会えるならキユピーの事も聞けるかもしれない。未来に向かって希望が持てたけれど、やっぱりこれだけは確認しておかないといけない。
「私の話、信じてもらえますか?」
「証明できるデータが無い以上、百パーセントと言えないけれど、貴女の心積りは覚えておくわ」
「面倒ごとにさえならなきゃ、オレはかまわねぇぜ」
「同じく。郷の者達に手を出した時は覚悟してもらう」
「……。ふれいずノ、答エヲ待ツ」
「ありがとうございます」
少しでも信用してもらえた事に、今出来る精一杯の笑顔でお礼を伝える。護人達は余り表情を変えなかったけれども、最初の顔よりは棘が無い。だからこれだけ聞かせてもらえれば、今は十分だと思う。これから、先生達が来るまでどれくらいかかるか分からないけれど、今の私の姿からしたらそう遠くはない未来だと思う。
サモンナイト3以後は、キャラクターの年齢が明記されていないのでアリーゼの年齢設定は捏造です。中学生と言える見た目でもないので、十歳程度としました。
もしかしたらアリーゼが賢すぎると考える方が居るかもしれませんが、彼女の趣味は読書と創作です。あと打ち解けるとマシンガントークと説教があります。人見知りで引っ込み思案という設定が子供時代にはありますが、基本的には頭の良い子だと考えています。
原作ED後に帝国領のパスティスの軍学校に向かってから三年から五年程度と勝手に計算しています。一、二年で頭角を現す者も居るでしょうが、五年も居て使い物にならなければ別の適正が向いているか、軍人見習いで学校を卒業していると考えられるからです。それと貴族階級には社交場にもなっている様ですから、そう長くは無いと思います。アリーゼの実家は商家ですけどね。
2013年5月31日(金) 護人会議のシーンの鬼妖界とキュウマ、ファルゼンの説明文を、誤字の修正と若干の加筆をしました。