ダンジョンに竜の探索に行くのは間違っているだろうか 作:田舎の家
オラリオの『ダンジョン』地下に、冒険者の手によって建設された『リヴィラの街』。
そこで発生した殺人事件の犯人を捜し出す為に、街中の冒険者が広場に集められた。
偶然街に居合わせたヒュンケル、ラーハルト、ヒム、クロコダインらも、その場所に呼ばれる。
四人が広場にやって来ると、そこには都市最強と呼ばれる派閥【ロキ・ファミリア】の幹部達と共に、派閥の団長【勇者】フィン・ディムナがいた。
ヒュンケル達はこの世界の『勇者』との邂逅を果たし、彼から事件の概要を説明された。
そして、集められた冒険者達の調査を開始しようとしたその時、広場から立ち去って行く者達の姿があった。
その者達を追って、ヒュンケルもまた広場から抜け出して行く。
広場には混沌とした冒険者達と、ラーハルト、ヒム、クロコダインが残っていたのである。
「なにモンスターの浸入を許してやがる!? 見張りは何やってんだ!」
街の大頭ボールス・エルダーの怒鳴り声が、広場に響き渡る。
数百人の冒険者が集まっていた街の広場は、今大混乱の中にあった。
街の城壁を乗り越えて、四方八方から街の中へと多数のモンスター達が殺到して来たのだ。
「おいおい、こいつらこの前の祭りの時に、街中に出て来たやつらだぞ!」
ヒムは、数日前の『怪物祭』で戦ったモンスターの事を思い出す。
それは極彩色の花弁に、牙を持つ口、長大な姿をした『食人花』のモンスターだった。
「それも、これだけの数が一斉に現れるとは……、まさかとは思うが誰かに操られているのかっ!?」
クロコダインも隻眼を見開き、『グレイトアックス』を構える。
あの時、街に現れた『食人花』は、十体程度の数であった。
だから偶々通り掛かったヒムやクロコダイン、それに【ロキ・ファミリア】の面々で片付ける事も出来たのだ。
しかし、今この『リヴィラの街』に押し寄せて来た『食人花』の数は、百体に届こうかと言う程の大群だった。
「不味いぞ、ここに集まっている冒険者の大半は、あのモンスターよりも弱い連中だ」
その言葉とは裏腹に、ラーハルトの顔には焦りの色はない。
『ダイダロス通り』での戦いで、彼は『食人花』の力を目撃している。これだけの数がいようとも、自身が対処出来ない相手ではないからだ。
だが、ここにいる多くの冒険者には、そんな余裕はない。
「うむ、他の冒険者への被害を食い止める為だ、オレ達も戦うぞっ!」
「おうっ!」
「已むを得んか」
そして、彼ら三人は食人花の大群と向かい合う。
触手の如き身体を振り回すモンスターの群れが、一斉に広場へと雪崩れ込んで来た。数百人の冒険者達が、突然の怪物襲来に悲鳴を上げる。
「ティオナ、ティオネ、彼らを守れ!」
そんな混乱の中でも、一人の『勇者』の声は鋭く広場に轟いた。
団長フィンの指示によって、アマゾネスの双子姉妹がそれぞれの得物を手に食人花に近付く。
ティオナの手には巨大な刃を持つ『大双刃』が、ティオネの両手には二振りの『湾短刀』が握られている。
その刃を持って、彼女達はモンスターの身体を容赦なく切断して行く。
それでも食人花の数は多く、守るべき冒険者の数はさらに多い。
その上、冒険者の多くはLv1やLv2であり、モンスターの方が彼らよりも強い為に、現場はパニック寸前の有様だった。
「オラァッ!!」
逃げ惑う冒険者の一人が食人花に食われようとした瞬間、飛び込んで来たヒムの拳がモンスターの花弁部分を粉砕した。
その衝撃で『魔石』も砕け散り、食人花は即座に灰塊に変わる。
「うわっ! 見た、ティオネ! あのヒムって人、素手でこのモンスター倒しちゃったよっ!」
「とんでもないわよ、あれ。Lv6って言うのは、本当なのね」
姉のティオネも、これには唸った。
『怪物祭』の時、彼女達はオラリオの街中で食人花と戦っている。
その時は祭り見物の途中だった為に、得物を持っていなかったので、二人は素手でモンスターと戦う事になった。
しかし、食人花の外皮は凄まじい硬度と滑らかさを持っていて、Lv5である彼女達の渾身の一撃でも打撃ではダメージを与えられなかったのだ。
寧ろ、その硬さで彼女達の拳や脚の方が傷付いてしまった程である。
それなのに、今彼女達の前にいる銀髪を振り乱した男は、拳や蹴りという素手の打撃技を食人花に叩き込み、その強靭な筈の外皮を引き裂いているのだった。
「うおおっ、『唸れ、轟火よ』っ!」
クロコダインが、大戦斧『グレイトアックス』で食人花を切断し、同時に魔法の力を発動させてその身を炎上させる。
「『鎧化』っ!」
戦場に駆け込むラーハルトが、その合言葉を称えた。
瞬時に『鎧の魔槍』の鞘部分が変化し、彼の身を覆う軽装鎧となる。
大火炎を噴き上げる斧に、鞘が鎧に姿を変える槍。
それらの天外の武装を眼にし、周囲の冒険者達が驚きどよめく。
「リヴェリア、敵は魔力に反応する。できる限り大規模な魔法で付近のモンスターを集めろ! ボールス、五人一組で小隊を作らせるんだ、数で当たれば各班一匹は抑えられる!」
戦場となった広場で、フィンが皆に的確な指示を飛ばす。
この混乱状況であっても、彼は敵の戦力を精査し、自身も戦いながら全体の指揮を取る。
その彼の碧眼にも、三人の冒険者達の戦いは際立って映っていた。
一人は全くの素手であるにも関わらず、銀髪を靡かせながら拳で食人花を粉砕し、蹴りでその身を引き裂いている。
その男よりもレベルは一つ下がる筈の重武装をしたLv5の大男も、『魔剣』らしき大斧を振るってモンスターの胴を叩き斬ったり、金属盾をかざして他の冒険者を庇ったりしていた。
そして、もう一人の男。
フィンと同じ槍使いらしきその戦士の戦いぶりに、彼の碧眼が細まった。
迫り来る食人花を前に、ラーハルトは右手に槍を握ったまま無造作に立っていた。
食人花はその胴体を一瞬バネのように撓めると、鋭い牙を生やした口で飛び出すように、ラーハルトに襲い掛かった。
その牙がラーハルトの身体を捕らえ、彼の身を貫く。
彼の周囲に居た冒険者達は、誰もがラーハルトがやられたと思った。
しかし次の瞬間、彼の姿が忽然と消えた。
そして同時に、突然全身を無数に切り刻まれた食人花が、体液を撒き散らして地面の上をのた打った。
「鈍いな、所詮デカイだけのモンスターか」
消えたラーハルトの姿は、食人花の頭部の上にあった。
彼は表情一つ変えずに、食人花の極彩色の『魔石』を魔槍で貫き、その身を灰に変える。
冒険者達には何が起こったのか判らないままに、彼はモンスターを倒したのだった。
竜騎衆最強の男にして、その頭たるラーハルト。
超人的なスピードと神技を持つ彼の身を、眼と武器で捉えられる者は多くは無い。
彼と同格の戦士でなければ、彼がその場に残す『残像』しか見る事は出来ないのである。
さらに、彼にはそのスピードを極限まで生かした攻撃技があった。
「数だけは、多いな」
広場で暴れる五、六体の食人花を見てラーハルトが呟く。
そして、槍を一振りした彼の姿が、再び冒険者達の前から消えた。
彼らの眼には、何も映らない。
しかし、その技の名を叫ぶラーハルトの声だけは、彼らでも聞く事が出来た。
「『ハーケンディストール』ッ!!」
その瞬間、風が唸り大気が震えた。
数体の食人花の身体が、地面諸共真っ二つに裂ける。
その身ごと音速を超えて大地を駆け抜けた『陸戦騎』の槍は、強大な衝撃波の刃を作り出し、大型モンスターの身をも纏めて容赦なく破壊したのであった。
「あのスピードは、驚異的だね」
自分と同じ槍使いの戦いを観察し、フィンが言う。
あの瞬間移動の如きスピードは、【ロキ・ファミリア】一の俊足を持つ【凶狼】ベート・ローガよりも速く、風を纏った時の【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインよりも速い。
おそらく現時点では、ラーハルトのスピードに勝てる冒険者はオラリオにはいない筈、とフィンは分析した。
勿論、彼を攻略する為の戦術をフィンの頭脳は弾き出して行くが、それでも一人で確実に勝てる戦術は出て来ない。
「『幻影の騎士』、と言ったところかな」
数多くの残像を残しながら敵を切り刻み、突き殺して行くラーハルトを見ながら、そんな感想を【勇者】は抱いた。
混乱の渦の中にあった広場の冒険者達も、フィンの指示と彼らの活躍で徐々に落ち着きを取り戻す。
そして、リヴェリアが高めた魔力に引き寄せられ、食人花が集まって来る。
「へー、こいつらが魔力に引き寄せられるって、本当なんだな」
先程フィンが飛ばした指示を聞いていたヒムは、詠唱を行う魔導士の下に殺到しようとする食人花を見て納得した。
「そのようだ。しかし、魔法を発動させるのに、随分と時間が掛かるものだな」
話には聞いていたが、彼らの知る魔法の様子とは大分違う使い方だと、クロコダインも思う。
彼らの世界の魔法は、効果を高める為に詠唱を付け足す事はあるが、基本的には魔法力を集中させると同時に、呪文名を一言唱えるだけで発動させる事が出来る。
大魔王バーンクラスになれば、その呪文名の詠唱すら省略する事が可能なのだ。
しかし、この世界では魔法を使う為には、必ず詠唱を必要とする。
超短文詠唱から、数分間の詠唱を必要とする超長文詠唱まで、魔法の威力が高ければ高い程その詠唱時間は長くなるのだ。
それは、オラリア最強と呼ばれる魔導士でも例外ではない。
ハイエルフの魔導士リヴェリアが発する魔力に反応し、多くの食人花が集まって来た。
「これは、オレ達も援護した方が良さそうだぞ!」
「おうっ! やってやるぜ!」
クロコダインとヒムは、そう叫んで多数の食人花の前に立つ。
そこにいたのは、十数体もの食人花。
いくら二人が強くても、魔導士ではないただの戦士では纏めて一気に倒す事は出来ないだろうと、周りの冒険者達は思う。
だが、次の瞬間、彼らは想像を絶する光景を眼にする事となった。
クロコダインは胸を大きく膨らませ、大量の空気を身体の中に取り込んだ。
そして、喉を極大まで震わせると、十八階層内全体に響き渡るような大音声を発したのである。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!』
それは特大の『雄叫び』。
対象とした敵を強制停止に追い込む、怪物の如き『咆哮』であった。
その凄まじい大音声に、広場にいた冒険者達の鼓膜と臓腑がビリビリと痺れる。
それでも指向性を持って発せられた為に、クロコダインの『咆哮』の効果で動けなくなった冒険者はいない。
動けなくなったのは、彼の正面にいた十数体の食人花の群れであった。
ショックを受け、竦み上がるモンスター。
クロコダインはその内の一体に近付くと、その胴体を両手で掴む。
「ぬうううううっ!!」
気合と共に、彼の全身の筋肉が二倍以上に膨れ上がる。
その圧倒的な膂力を爆発させたクロコダインは、そのまま大型モンスターである食人花の身体を頭上へと持ち上げた。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
長い体躯を誇る食人花を担ぎ上げ、クロコダインはそのまま身体を回転させ始める。
一回、二回、三回、四回と彼を中心にして、モンスターの身体が振り回され、遠心力でグングンとその身が加速して行く。
「でやあああああああああああああっ!!!」
限界までスピードを増した食人花の身体を、クロコダインは残りの食人花の集団目掛けて叩き付けるように放り投げた。
投げ付けられた食人花の長躯が、硬直していた十数体の食人花を巻き込み、それらを纏めて薙ぎ倒して一か所に集めてしまうのだった。
「大したものだね……」
その光景に、見ていたフィンが感心したような声を出す。
こんな真似は、Lv6のフィンでも出来ない。それを、Lv5のクロコダインがやってのけたのだ。
それが指し示す事実。
「『力』だけなら、ガレス並みか」
【ロキ・ファミリア】が誇るオラリオでも一、二の『力』と『耐久』の持ち主、Lv6の【重傑】ガレス・ランドロック。
そのガレスにLv5の時点で並ぶ怪力を持ち、おそらくは何らかの『スキル』なのだろうが、モンスターの如き『咆哮』を上げた巨漢の戦士の姿を見て、フィンが言う。
「まるで、『獣の王様』みたいだ」
何気ない感想だが、【勇者】の言葉は的を射ていた。
「ヒムッ!」
「おうよっ!」
十数体のモンスターの身体を一纏めに固めたクロコダインが、ヒムに叫ぶ。
「おおおっ!」
ヒムは気合を入れつつ、両手に魔力を集中させる。
彼の両手の平に魔力の輝きが点り、それが急速に拡大して行く。
「喰らいやがれっ!!」
短文詠唱程度の時間で十分に魔力を溜め込むと、ヒムは一気に両手を標的目掛けて突き出した。
「【イオナズン】ッ!!」
それは、ヒムが『魔王』から受け継いだ力。
武闘家としての力と同時にヒムが手にした、極大攻撃呪文の一つであった。
両手から合流した魔力が一気に迸り、十数体の食人花の群れの中心に炸裂する。
その瞬間、魔力の塊が膨れ上がり大爆発を起こした。
広範囲を衝撃波を伴う爆風が走り抜け、集まっていた全ての食人花の身体がバラバラに砕け散って辺りに飛び散る。
爆発が収まった後には、崩れた地面だけが残されていた。
その魔法の威力に、詠唱中のリヴェリアが眼を見張る。
威力や効果範囲なら、精神力を多大に投入した時の彼女やレフィーヤの方が上だろう。
しかし、彼女達の強力な攻撃魔法は超長文詠唱型であり、発動するまでに長くて数分間の詠唱時間を必要とする。
(詠唱を行っているような素振りは、見えなかった。魔力を収束させる時間は必要なようだが、魔法名だけで発動可能な魔法だというのか!?)
だとするなら、あの発動速度であの威力は反則級だ。
武闘家の如く素手で敵を倒し、同時に強力な魔法を操る男ヒム。
(『銀髪の鬼』か……)
オラリオ最強の魔導士リヴェリア・リヨス・アールヴは、自身の魔法を完成させつつ、彼をそう評するのであった。
そして、広場での食人花との戦闘は、終局に向かう。
『【焼き尽くせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】!』
リヴェリアの詠唱が完成した。
翡翠色の魔法円が拡大し、膨大な魔力が弾け飛ぶ。
『【レア・ラーヴァテイン】!!』
その魔法名が告げられた直後、広場に巨炎が召喚される。
連続してそそり立ち、全てを飲み込んで焼き尽くす火炎の極柱。
恐るべき広域殲滅魔法が、広場に残っている食人花の大半を『魔石』も残さずに焼き払い、灰塊に変える。
「すげー威力だぜっ!」
その凄まじい魔法の光景に、ヒムが軽い畏怖の感情を覚える。
生半可な火炎や冷気の魔法では、焦げ跡一つも付かない圧倒的な耐魔法防御力を持つ『オリハルコン』製の彼だが、この魔法をまともに受ければ全くの無傷で済むとは思えなかった。
完成させるまでに時間が掛かるとはいえ、この世界の魔法の威力は正に『必殺技』足り得るのである。
「これ程とはな……」
「妖精種エルフか、大魔王バーン以外でこれ程の魔法の使い手がいるとは……」
クロコダインとラーハルトも舞い上がる火の粉を浴びながら、広場の奥に立つ美しき妖精の王族の姿を眺める。
バーン以来となる、魔法を使う者への畏怖。
彼らといえども、この魔法は脅威と言えた。
尤も、大魔王バーンの超魔力と比べれば、いかにリヴェリアでも子供レベルではある。
バーンはその余りの強さの為に、最初からダイ達一行を舐めて遊んでいた。
だから、ダイに片腕を切り落とされるまで極大攻撃呪文は使用せず、火炎呪文【メラゾーマ】の変形『カイザーフェニックス』だけを使用していたのだ。
確かに『カイザーフェニックス』は、凄まじい威力の火炎魔法だった。
彼等ほどのレベルにあり、尚且つ『竜闘気』や強力な耐魔法防御力を持つ鎧を身に着けていなければ、これだけで消し炭になっていただろう。
しかし、それでも『カイザーフェニックス』は、片手で使える単体攻撃の魔法に過ぎない。
もしも、人智を超越した魔力を持つ大魔王バーンが、最初から極大攻撃呪文の【イオナズン】や【ベギラゴン】を使用していたなら、あの戦いはバーンの圧勝で終わっていたかも知れなかった。
そして、広場に居た者達の下へ、再びの衝撃が走る。
「おい、また変なのが出て来たぞ!?」
「今度のは、デカイな」
「やれやれだ」
大半の食人花はリヴェリアの魔法で焼き払われ、残りの怪物とは他の冒険者達が交戦している。
その場所に、絶叫するような吼え声を上げながら、奇怪なモンスターが出現した。
多数の食人花を下半身に脚のように融合させ、奇形の女体のような極彩色の上半身を持つ巨躯のモンスター。
しかも、それが二体。
何かを追うようにして、広場へと殺到して来たのだった。
ヒュンケルは、アイズらと共に街の広場に戻って来た。
その彼らの後を追って、謎の『宝玉』によって変態した二体の女体型の超大型モンスターが、迫り来る。
広場には、既に一戦闘を終えたらしい彼の三人の仲間達がいた。
それに、【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者達の姿も見える。
「おお、戻ったかヒュンケル!」
やって来た彼を、クロコダインが不敵な笑みで迎えた。
「おいヒュンケル、あれはいったい何なんだよ?」
彼と一緒に広場にやって来た巨大な怪物を指差し、ヒムがヒュンケルに訊ねる。
「オレにも、良くは判らん。だが、この事件の犯人に関わり合いのあるモンスターには、間違いないようだ」
ヒュンケルもアイズから簡単な説明を受けただけなので、事情を全て把握している訳ではない。
だが、あのモンスターが生まれた原因が、犯人の手に入れようとしていた『何か』にある事は、推測出来た。
「ならば、さっさとあれを倒して、犯人とやらを捕まえるぞ」
ラーハルトが魔槍を構え、女体型の巨体を見上げる。
そして、二体の怪物が動き出す。
無数の触手と化した食人花の足を蠢かせ、怪物が誰かを追う。
「追われているのは、【剣姫】か?」
皆の視線の先では、怪物の足となった食人花が、一斉にアイズ・ヴァレンシュタインに襲い掛かろうとしている光景が展開していた。
その時、彼らに人影が近付いた。
「申し訳ないけど、あのモンスターの一体は、君達に任せても構わないかな?」
そうヒュンケル達に話し掛けて来たのは、【勇者】フィン・ディムナだった。
既に【ロキ・ファミリア】の者達は、仲間を救う為に巨大なモンスターとの戦いを始めている。
他の冒険者達は、残存している食人花の相手で手一杯の状態。
この場であの不気味な女体型モンスターとまともに戦える強者は、彼らとヒュンケル達の二つのパーティしかいないのであった。
「良いだろう、引き受けよう」
状況を全て把握している訳ではないが、今優先するべきはモンスターを倒す事。
ヒュンケルの即答に、他の三人も頷く。
「すまないね」
「乗り掛かった船だ、気にするな」
この場に居合わせ敵に遭遇した以上、ここは彼らの戦場でもある。ここに自分の戦いから逃げ出す者など、一人もいないのだ。
そして、広場での二パーティによる激戦が始まった。
無数の食人花を下半身に融合させた『二体』の女体型の一体に、ヒュンケル達が接敵する。
女体型は、食人花の足と両手の触手で彼らを迎撃した。
「『唸れっ、真空』ッ!」
大戦斧を振りかざしたクロコダインが、叫ぶ。
彼が手にした『グレイトアックス』から、吹き荒ぶ風の刃がモンスター目掛けて放たれる。
「はあっ!」
同時にラーハルトも、手にした魔槍をゴオッと音速で振った。大気を切り裂く槍の穂先が、真空の刃を作り出す。
轟々と吹く風の刃と大気を震わす『真空波』が、巨大なモンスターの足となっている数体の食人花の身体を、ナイフで裂くようにスパッと切り落とした。
しかし、足を何本か失ったくらいでは、敵は弱らない。両腕の触手を無数の槍のように繰り出して、反撃して来る。
「ぬううっ!」
その攻撃を、クロコダインは『メタルキングの盾』をかざして受け止め、真正面から耐え切る。
ラーハルトも無数の触手の槍に襲われるが、いくら彼の姿が貫かれようとも残像が消えるだけで、その実体を捉える事など怪物には出来なかった。
「【ベギラマ】ッ!」
その二人を援護するように、ヒムが速攻魔法を放つ。
彼の片手から放たれるのは、高熱の閃光。
炎そのものである火炎や火球を放つ【メラ】系呪文に対し、【ギラ】系呪文は熱エネルギーそのものを放射する閃熱魔法だ。
その高熱を浴びて、味方に襲い掛かる女体型の足や触手が燃え上がり、焼かれて行く。
「『海破斬』ッ!」
残る食人花には、ヒュンケルの『アバン流刀殺法』が放たれる。
アバン流最速の剣が、太く硬く変化した足を容易く輪切りにした。
その彼らの隣では、【ロキ・ファミリア】のメンバー達も、もう一体の女体型と交戦していた。
双子のアマゾネス姉妹ティオネとティオナが刃を繰り出して食人花を切り裂き、ハイエルフの魔導士リヴェリアが冒険者から借りた弓で矢を射る。
その援護を受け、【勇者】フィンが長槍を振り回して触手を払い、足を突き刺し切り裂く。
広場で繰り広げられる超大型モンスターと、第一級冒険者パーティの戦い。
他の多くの冒険者達は、たった四人ずつで二体の巨大なモンスターを抑えつける光景に、息を飲んでいた。
その強さを、オラリオはおろか全世界に轟かせる【ロキ・ファミリア】の面々の力は、当然のものとして冒険者達は知っている。
しかし、街に現れてまだ一ヶ月も経過していないヒュンケル達の力を、直接見た者はまだほとんどいなかった。
一部では、彼らが『ダンジョン』の深くに潜らない為に逆レベル詐欺を疑う声もあったが、今眼の前で繰り広げられている壮絶な戦いを見れば、その実力に偽りが無い事はもう明らかだ。
この四人は、【ロキ・ファミリア】の幹部達と比べても、同等かそれ以上の強力な冒険者なのである。
「みんな……!」
二体の女体型が自分を追うのを止めて、二つのパーティとの戦いに入ったのを確認し、アイズは声を上げた。
そして自分もその戦いに加わるべく、広場に引き返そうとする。
「!」
しかしその瞬間、彼女には別の敵が襲い掛かった。
「お前は私だ。このままただでは帰れん……付き合って貰うぞ」
現れたのは赤い髪の女。
その後ろには、黒衣を纏う『左腕が義手の男』もいた。
二人が、アイズを広場から遠ざけるように攻撃して来る。強敵達と戦いつつ、彼女は広場から離れて行くのであった。
「あいつらは……」
アイズ・ヴァレンシュタインと赤い髪の女、それに『左腕が義手の男』。
その三人が戦いながらここから離れて行くのを、ヒュンケルは視界の隅に捉えた。
女体型と戦う【ロキ・ファミリア】の四人は、アイズの事を信じているのか、こちらの戦いが終わるまで彼女を追う気はなさそうだ。
しかし彼らはまだ、あの謎の二人組の戦闘能力を知らない筈。
Lv6に相当する者が二人、それに対してアイズはLv5。
いかに【剣姫】といえども、一人で相手をさせるには不確定要素が多すぎる。実際、先の戦いでも、彼女は一度死の窮地に立たされていた。
「見殺しにも出来んな」
アイズには、ベルを救って貰った借りがある。ここで彼女が死にでもしたら、ベルの心に一生ものの傷が残りそうだった。
ヒュンケルは、決断する。
「おまえ達、ここは任せる。オレは、この事態の元凶共を押さえに行く!」
仲間の三人にそう告げると、ヒュンケルは女体型の攻撃を掻い潜り、広場から離脱した。
彼の戦いは、場所と相手を変えて続く。
「おいおい、ヒュンケルが行っちまったぞ!」
襲い掛かる触手を弾きながら、ヒムが叫ぶ。
「あの男に限って、敵前逃亡は無い。どうやら、さっきの者達がこの怪物共の大本らしいな」
冷静に状況を読んで、ラーハルトがそう断じる。
彼も突然現れた二人組の姿を眼にし、あれがこの事態の中心人物だと勘付いていた。
「ならば、オレ達もさっさとこいつを片付けねばなっ!」
右手に『グレイトアックス』を握り、左手に『メタルキングの盾』を構えたクロコダインが、不敵に隻眼を光らせ牙を剥く。
三人の鋭い眼光が、巨大な女体型モンスターへと向けられた。
既に何本もの足となった食人花を切り落とされているにも関わらず、怪物は残った足と触手を暴れ狂わせて、敵を容易には近付かせないようにしていた。
隣でもう一体と戦う【ロキ・ファミリア】の者達も、この状況では接近戦に持ち込めず、魔法攻撃を準備しているようだった。
あの強大な火炎魔法を放ったエルフの麗人が、足元に魔法円を広げて詠唱を行っている。
女体型の一体が、その魔力に引き寄せられるようにリヴェリアに近付いて行く。
「こちらもあの手で行くか、ヒム?」
モンスターを魔力でわざと引き付けるのは、何かの作戦だろうと見抜いたクロコダインが、一行の中で唯一の攻撃魔法の使い手ヒムに言う。
「良いぜ、止めはオレが差してやるっ!」
戦う為に生まれた、生まれついての戦いの天才ヒムは、瞬時にクロコダインの思惑を察知して自分の役目を快諾する。
「うむっ、オレ達はこいつを足止めするぞ!」
「フッ、良いだろう」
見せ場をヒムに譲り、三人の戦士が女体型と向き合う。
怪物は周囲を無差別に攻撃し、彼ら以外の冒険者達は誰も近付く事さえ出来ない状況だった。
「【トベルーラ】ッ!」
そしてその状況の中、ヒムが飛翔呪文を使い『リヴィラの街』の上空に飛び上がる。
戦いの最中、突如空を飛んだヒムの姿に、冒険者達が唖然とした顔でどよめく。
空中で静止するヒムの下には、触手の槍も届きはしない。
「さあっ、寄って来やがれっ!」
ヒムは両手を左右に広げ、魔力を集中させる。
彼の両手の平から魔力の炎が轟々と吹き上がり、それが頭上で合わさり炎のアーチを描く。
その魔力の高まりを追う様に、もう一体の女体型が広場の奥の方、他の冒険者がいない場所に誘導される。
移動し始めた女体型を確認し、クロコダインは『グレイトアックス』をドスッと地面に突き刺した。
「むううううっ!!」
そして、右手に気合と共に『闘気』を集中させる。
ヒュンケル程ではないが、彼もまた攻撃と防御に『闘気』を操る力を持つ者。
人と交わり友誼を結んだ結果、かつて魔王軍にいた時とは名を変えたクロコダインの『必殺技』。
「『獣王会心撃』ッ!!」
その叫びと共に、彼の右手から凄まじい勢いで『闘気』が放出される。
それは、強力な『闘気』の竜巻。
海に現れる渦潮をも引き裂き、圧力と回転で敵を巻き込み圧し潰す、『獣王』の力の顕現。
その『闘気』の渦は女体型の足を全て巻き込み、地面を抉って土砂を派手に巻き上げながらも、それらを引き千切り、擂り潰す。
足を失い、バランスを崩す怪物。
「冥土への土産だ、受け取れっ!」
魔槍を高速回転させたラーハルトが、非情な眼差しで女体型を睨む。
同時に槍の回転がさらに加速し、大気が唸りを上げた。
「『ハーケンディストール』ッ!!」
技名と共に放たれたのは、超音速で振るわれた槍が作り出す不可視の衝撃波。彼の神速のスピードと精密さがあって初めて制御可能な、巨大な大気の刃であった。
それがガードしようとした女体型の触手を粉砕し、下半身を切り崩す。
『アァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?』
下半身を完全に失い、僅かに残った触手で身を支える怪物。
しかし、彼らの攻撃はまだ終わってはいない。
「くたばれっ!!」
街の上空に静止したヒムが両手を合わせ、高めた魔力を一気に収束させる。
それは、彼が【魔王】ハドラーから受け継いだ、最強の攻撃呪文。
「【ベギラゴン】ッ!!」
異世界に於いて、ついに極大閃熱呪文が放たれた。
合わされたヒムの両の拳から放射される、極太の大熱線。
『夜』となった街中を、明るく照らし上げる程の膨大な熱エネルギーが一直線に迸り、女体型の残った上半身に炸裂した。
『―――――――――――――ッッ!?』
怪物に絶叫を上げる余裕すら与えぬ超高熱が、その身を炎上させモンスターの急所たる『魔石』をも焼き尽くす。
「凄ーい、空飛んで魔法撃ってるー!?」
「あれ、反則じゃない!?」
これを眼にしたアマゾネスの姉妹が、大きく眼を見開いて驚く。
魔法の熱と『魔石』の消失、どちらが先だったのかは定かでは無いが、女体型は灰塊となって散った。
同時に、もう一方の戦いも決着がつく。
「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」
リヴェリアを囮にして誘き寄せたもう一体の女体型に、レフィーヤの魔法が降り注ぐ。
膨大な数の炎の矢が怪物に降り注ぎ、炎の海を作り出す。
身体の大半を焼き尽くされ、残った身で逃げ出す女体型。
それを追う、アマゾネス姉妹と【勇者】。
「こっちは終わったぞ、ヒュンケル」
女体型を追う彼らを見て、戦いの終結を確信したラーハルトがそう呟いた。
残る戦いは、広場から消えたヒュンケルと【剣姫】に掛かっている。
広場から離れた街の西で、ヒュンケルは『左腕が義手の男』と交戦していた。
そこから少し離れた場所では、やはりアイズ・ヴァレンシュタインと赤い髪の女が剣撃を交わしている。
アイズ達を追って来たヒュンケルは、一対二で苦戦する彼女から男の方を引き剥がし、一対一の戦闘状況を作り上げた。
彼女は赤い髪の女と戦い、ヒュンケルは『左腕が義手の男』と戦う。
しかしそれでも、彼らの戦いが特段有利になった訳ではない。
アイズは風の付与魔法【エアリエル】を発動させて女と切り結ぶが、赤い髪の女の戦闘能力は彼女の『風』をも圧倒する。
そして、ヒュンケル。
男の大剣と彼の『覇者の剣』がぶつかり合い、激しく火花が飛び散る。
相手は機械のように正確に、容赦のない攻撃を息を吐く間も見せずに繰り出し続ける。
その剣撃には、ヒュンケルでさえ隙を見い出せない。
これ程伯仲した実力者が相手では、モーションの大きな技は容易には使えず、純粋な剣術による無限の応酬を続けるしかない。
(何者だ、こいつは!?)
戦いながら、ヒュンケルは思考を重ねる。
出会ったのは、今日が初めて。
その剣筋には全く見覚えがなく、かつて一度も戦った事のない相手には間違いない。
しかし、彼の勘は告げている。
(何か、何かが引っ掛かる。戦った事もない、気配も知らない、だが……)
全く知らない者とは、なぜか思えなかった。
黒衣に隠された素顔は見えず、ただ男の左手に嵌められた金属製の義手だけが煌いている。
『左腕が義手の男』との戦いは、長引きそうであった。
赤い髪の女の強烈な袈裟斬りが、アイズの身に炸裂した。
『不壊属性』を持つ『デスペレート』と風の気流で防御したものの、その衝撃までは殺せない。
アイズは瓦礫に叩き付けられ、身体が痺れて剣を取り落としてしまう。
「やっと終わりだ」
赤い髪の女が、彼女に止めを刺そうと籠手に包まれた掌を振り上げる。
その時、アイズの目の前に槍と杖が交差し、女の掌底を止めた。
現れたのは、小人族の少年フィン・ディムナとエルフの麗人リヴェリア。
「フィン、リヴェリア……」
アイズが擦れた声で二人の名を呼ぶ。
そこにレフィーヤもやって来て、アイズの手当てを始める。
その間、フィンと赤い髪の女との戦いは熾烈を極め、熟練した戦術と技、怪物的な速度と力とが幾度となくぶつかり合う。
「――がっっ!?」
そして魔導士のリヴェリアも加わり、二人の年長者同士による見事な連携攻撃が繰り出される。フィンの右拳が女に炸裂し、その身が遠方に吹き飛んだ。
「第一級……Lv5,いや6か」
それでも、赤い髪の女は立ち上がる。
立ち上がって忌々しそうに呟くと、『左腕が義手の男』と戦うヒュンケルの方を見た。
「ならば、あの男もそうか……」
女は自分達の形勢が不利である事を認識する。
フィンは油断のない姿勢を保ちつつ、女の視線の先を追った。
そこには、少し離れた場所で黒尽くめの男と剣撃を交わす、ヒュンケルの姿がある。
こちらの戦いも、彼らに負けず劣らずの激しさだった。
互いに一歩も譲らぬ攻防によって、周囲の水晶の柱が砕けて飛び散り、一種幻想的な雰囲気さえ醸し出している。
「彼も、Lv6だね……」
【勇者】が、赤い髪の女と似た言葉を零す。
状況から見て、女の仲間らしい黒尽くめの男。その男が、あのヒュンケルという男と互角に戦っている。
フィンの眼から見ても、ヒュンケルの剣の腕は超一流。
アイズと同格か、それ以上だった。
「うちの『姫君』以上の剣の使い手か……」
先に広場で見た他の三人同様、都市最強の【ロキ・ファミリア】の主力メンバーと比べても、全く引けを取らない強者。
「彼は、この男女の力を知っていて、加勢に来てくれたのか」
そして、そんな男と対等に戦う黒尽くめの男。
アイズ一人をこの二人と戦わせていれば、不測の事態も起こり得た、とフィンは判断する。
「彼に感謝しないとね、結構危ないところだった……」
【勇者】は、ふうっと息を吐く。
責任ある派閥の団長として、そして幼い頃からアイズを見て来た者として、彼女にもしもの事など起きて欲しくはないのだ。
「逃げるぞ、おまえもこっちに来いっ!」
ヒュンケルと戦う仲間の男に、赤い髪の女が命令する。
すると男は、即座にヒュンケルとの戦いを中断し、逃走に移った。
それも、誰もが予想し得なかった方法でだ。
「なんだとっ!?」
これには、ヒュンケルも驚いた。
その方法は、彼らの世界では良く知られているが、この世界では前代未聞だとヘスティアに聞かされていたからだ。
『左腕が義手の男』は、『空』を飛んだ。
「これはっ!」
「驚いたね!」
フィンとリヴェリアも、この光景には眼を見張る。
黒衣をはためかせた男は、地面を蹴って宙に舞い上がると、飛翔速度を上げて仲間の女に近付いた。
そして女の手を握り締めると、そのまま二人は空を飛んで破壊された街の壁を抜け、外に出ようとする。
その二人を、アイズ・ヴァレンシュタインが追った。
他の者達も追うが、【ステイタス】による強化があっても空を飛ぶ者を、二本の足だけで走って追い掛ける事は無理がある。
風の魔法を発動したアイズでも、ついに二人には追い付く事は出来なかった。
彼らは暗い闇に紛れ、岩の上の街から空を飛んで湖に飛び込む。
広い十八階層内へ、水中を使って移動されては、追跡はもう不可能だ。
「逃げられたか……」
『左腕が義手の男』が、赤髪の女と共に崖下に飛び込んで行くのを目撃し、ヒュンケルが悔しそうに言った。
なぜか気になる新たな敵。
次に出会う事があれば、必ずその黒衣の下を確認しなければならない。
そう心に刻んで、ヒュンケルは『覇者の剣』を鞘に納めた。
赤い髪の女と『左腕が義手の男』は、湖の中を移動していた。
怪物的な肺活量を持つ女からすれば、潜水など問題となる事はない。
それは、隣の男も同じ事。
全く苦しがる様子もなく、水中を進んでいる。なぜか彼の周りの水が沸騰し、温水に変わって行く。
(だが、この『拾い物』でも、殺しきれんとはな……)
宝玉の奪還に失敗し、イレギュラーで出会う事となった第一級冒険者達。
そして、『アリア』。
面倒な事になった、と女は心中で吐き捨てた。
新たな出会いは友好だけではなく、死と破壊も伴うのであった。