恋姫立志伝   作:アロンソ

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十話 百人斬り

 

 騎都尉となって数カ月。

 

 司隸は弘農郡に発生した賊討伐へ二度出向く。押せば吹き飛ぶような八百長丸出しの戦いが終われば張譲も律儀に約束を守り、オレを歩兵校尉とした。

 

 二度の征伐はどちらも調べればおかしなことだらけである。賊の人数を誇張。周辺の諸侯に命じずに中央軍を派遣。そこそこの規模の賊としていながら指揮官の地位が低いこと。それでいて絵に描いたような完勝劇を収めるなどなど。例を挙げるとキリがない。

 

 エリート連中には当然のように怪しまれたが、そんなことは百も承知。証拠をくれてやるようなことはせず、征伐で率いた兵士達にも手を回している。万の軍であれば不可能だが、千やそこらであればそう難しくもない。というか面倒なのでわざわざ口止めはしていない。

 

 まず討伐前に都伯クラスを集めて部下と酒でも飲んで来いと金をくれてやる。その後、討伐に向かっては綺麗なデキレースを見せる。あまりに傷が無さ過ぎるのも困ったものなので、適当に地面へ転べと命じたりとなんでもありである。この辺で察しの良い都伯は気づく。

 

 賊討伐が終わった後でも無駄に数日、その地に滞在することもある。あまり早く帰るよりは遅いほうがいい。念のために斥候を出しはするが張譲が用意した賊以外が湧いて出ることもなく、陣を張ってはのんびりと過ごしていた。

 

 暇を持て余した兵士が遊んでいても何も言わず、気が向けば一緒になって遊び、飯はたらふく食わせてやった。この辺で都伯は勿論、一般兵もだいたい察していたことだろうが何か言ってくることもないし、オレもわざわざ告げることはしなかった。

 

 唯一懸念だったのが羽林の騎兵。

 

 都の精鋭騎兵であるし、お堅い連中だろうから連れて来たくはなかったが張譲に言われた手前、仕方がない。文句の一つでも言われるんだろうと構えていたがそんなこともなく、羽林の連中も暇があれば自慢の愛馬を自由に走らせたりとかなり満喫していたな。

 

 宮仕えの兵士も華やかそうに見えて大変ということだろうか。ストレスを発散させるかのように荒野を駆ける姿はまさに人馬一体。しかし大したものだな。こんなに名手が揃っているのなら競わせてみるのも面白いかもしれない。余興には持って来いだろう。

 

「第一回左慈杯を開催します。手の空いてる者は手伝ってくれ。ちょっとした余興だ」

 

 というわけで競馬の真似事をやったりもした。

 

 馬によって能力の大小はあるのだろうがそんなことは知らん。羽林の連中に声をかけて簡単なルールを説明してやると目の色を変えていた。本気モードとなったのか「整備のため二日の猶予を賜りたい」などと言われた時には困ったもんだ。明日には陣払いをして帰る予定なんだけど。

 

 それでも言い出した手前要求を飲んでやり、暇だったので簡単なコースも作らせた。レース当日は見張り以外の全兵士が集まっては各々の食料や酒なんかを賭け、応援したり野次ったりと騒がしくやっていたな。思えば遊んでばっかりだ。

 

 優勝した者には直々に労いの言葉と高価な酒をくれてやり、馬には人参を食わせてやった。盛り上がったこともあってか第二回を望む声が多数上がったが、明言は避けておいた。変に期待を煽るのもどうかと思ったので「精進しておけ」と言うに留める。

 

 後は簡単だ。帰り道にでも適当なヤツに「次も同じことあるからよろしくな」とでも声をかければそれでいい。一時間としない内に全兵士に伝わり、後は言わなくても勝手にみんな口を閉ざす。エリート連中が何か聞き出そうものなら捏造した各々の武勇伝の一つでも聞かせることだろう。

 

 一度目の征伐はそれで済んだのだが、問題が起こったのは二度目の征伐後。

 

 引き継ぎや捏造した細かな報告書などもあり、オレは一晩政庁で寝泊まりをした。その翌日、久しぶりの休暇を得たことで街へ繰り出すも、その日はやけに視線を集めた。

 

 論功は征伐前に既に決まっていたこともあって内示では出ていたが、公にはまだ明かされていないはずだ。おかしな恰好をしているというわけではないし、特別人目を引くような容姿をしているということもない。だが自意識過剰というわけではないが、明らかに注目を集めている。

 

 どうしてだろうと疑問に思っていると焔耶に出くわした。息も絶え絶えにやってきた焔耶はオレの目の前で膝に手を置き呼吸を整える。どうやら長くオレを探していたようだ。確かに昨日は家に帰らなかったが、使いの者を向かわせ事前報告は済ませていたし、問題はなかったと思うが。

 

「聞いたぜ左慈!賊を見つけるなり血の滾りを抑えきれずに一騎駆けしたんだってな!」

「……ん?なんの話だ?」

「隠すことないって!一人で百人の賊を撫で斬りにしたんだろ!あちこちで噂になってたぞ!」

 

 呼吸を整えた焔耶は口を開くなりとんでもないことを言い出した。

 

 オレが二度目の征伐で百人斬りを達成したとのこと。いつからオレは猛将になったのだろうか。一人も斬ってないどころか武器さえ携えていなかったが。やったことと言えば第二回左慈杯の開会宣言ぐらいだろうか。しかしまさか連続でやることになるとはな。

 

 羽林の連中がやけに殺気立っていたからどうしたことかと思えばレースが本命だったようだ。その甲斐あってか第一回よりも白熱した勝負となったが、一方ではラフなプレーも目立ったな。競馬は紳士の競技である。騎兵としての誇りを持って挑めとレース後に強く忠告しておいた。

 

 心当たりのある者は地面に頭を打ち付けて強く反省の意を示していたな。そしてみんなで口を揃えては「第三回左慈杯にはそのようなことがないように」と言ってはいたが、第三回なんてやる予定はないんだがどうしたものか。言い出せる雰囲気ではなかったな。

 

 焔耶の言葉に同調して周りの人々も口々に称賛の言葉を投げ掛けてくれた。なにが起こっているのかわからずに混乱する。この一晩の間に一体何があったのだろうか。

 

「……いや、うん。焔耶よ。他の者ならともかく君ならわかるだろ?もう何年一緒にいるんだ?」

 

 よくわからんが焔耶は興奮状態にあるようなので一旦落ちついてもらおうと思う。

 

 オレの力量は口に出さずとも伝わるはずだ。つい先日も香風に腕相撲で秒殺されたし、焔耶の訓練に付き合った時なんて半分もこなせず座り込んでしまった。これは単純に二人が強過ぎるということもあるのだが、オレも大概だらしがないだろう。思いだしたら悲しくなってきた。

 

「口に出さずとも解り合えるだろ?オレはそう信じているし、君にもそうであってほしい」

「も、もう五年近くになる……かな。左慈のことは……うん。なんでもわかっているつもりだ」

 

 それならいい。オレだって自分の未熟さをいちいち口に出したくはない。

 

 焔耶と出会ってからもう五年近くになる。年が明けて焔耶は二十一歳になったと言っていたから出会った当時は十六か十七か。十代半ばで一人旅とは中々にワイルドなものだ。余談だがオレと焔耶は四つ年が離れている。勿論オレのほうが上だ。

 

 香風なんて完全に子供にしか見えないが成人しているらしいし、この世界の見た目判断はあてにならない。成人している女性にお嬢ちゃんなんて声をかけた日には侮辱もいいとこだろう。今はこの世界で生きているんだし、これからはその辺りにも気を配ってみようと思う。

 

「……ふふっ。なんかいいな。口に出さずとも解り合えるって。うん。凄くいい感じだ」

「オレも本当にそう思うよ」

「ところで左慈。百人斬りしたともなると、やっぱり一度に複数人相手にしたのか?」

 

 どうやら駄目みたいだな。

 

 結構いい話っぽく流れていたのに残念だ。というかそもそも百人斬りってなんだよ。誰かにわかりやすく説明して欲しかったが、周囲はわいわい盛り上がっていてどうも聞き出せるような空気ではない。その場に留まって弁明しようかと思いもしたが、いくらか面倒に思えた。

 

 焔耶の手を引き、周囲の人々に断りを入れてその場を離れる。歩兵校尉ともなると直属の部下も七百人となる。そこそこの高官でもあるし何処で誰が見ているかわからない。こんな大衆の面前であたふたとしていては恰好がつかないだろう。

 

 それに複数人に同時に聞くよりも信頼できる一人のほうがよっぽどいい。無言のまま焔耶の手を引き、人気の少ない場所を見つけては問いかけようと振り返るも、頬を緩める焔耶を見て思い止まる。まあ別に、いますぐに答えが知りたいというわけでもないか。

 

「確か百人斬りの話だったな。あれはそうだな。なにから話せばいいことやら……」

「え?お、おう!聞かせてくれ!」

 

 たまにはこんな日があってもいいだろう。

 

 明日になってから真相を調べてみればいい。過程はさっぱりわからんが、どうしても急ぎで調べなければならないというわけでもない。焔耶も楽しんでいるようである。なら明日でいい。今日は空想に耽って一日を過ごすというのも悪くは無い。

 

「……前後左右。見渡す限り敵で埋め尽くされていたが、それがむしろオレを奮いたたせたよ」

「おお!なんかカッコイイぞ!」

「四方を敵で囲まれてだな。いや、上下も合わせると六方を敵に覆い尽くされた時は流石に焦ったな。地面から槍が突き出てくるんだからさ」

「地面から!?そんな危険もあるのか……。そ、それで左慈はどう対処したんだ?」

「ああ、ええっとな。飛び上がって避け様にも、空にも敵がいるものだから……」

 

 違うと断じてしまえばそれまでだし、別に誰かが損をするわけでもない。思えば昔はこうして焔耶と二人で無駄話に花を咲かせることも多かったが、最近はそうもいかなかった。

 

 懐かしい感覚がする。あれは荊州で商人の真似事をしていた時のことだったか。焔耶の指示に従って山道を進んで迷ったり、焔耶が制止を無視して橋に突っ込んで落っこちたり。後はなんだったかな。酒場で焔耶にセクハラしてたら店主に追い出されたこともあったっけな。

 

 古い記憶は色褪せていくのが常ではあるが案外覚えているものだ。そして懐かしい。今もそれなりに楽しいけど、あの頃もやっぱり楽しかったな。

 

 気分が良くなったこともあってかいつも以上に舌が回る。わけのわからん百人斬りとやらの与太も、こうして会話のネタになるのなら悪くもない。傍迷惑な話ではあるが、人の噂なんてものは長く続きはしないものだ。この先に誰かが大きなことをすれば忘れ去られることだろう。

 

「それにしても左慈って強かったんだな!今度はワタシと手合わせしてくれよ!鈍砕骨を思いっ切り振り回す機会なんて早々ないからさ!」

「あ、それは本当に勘弁してくれ」

「即答かよ!?なーなーいいじゃん!」

「仕事が忙しいからな。まあ前向きに検討するってことで、ここは納得してくれよ」

 

 鈍砕骨を持つ焔耶と相対すれば、一合と耐えられずに沈む確信がある。

 

 量産品の武器であっても瞬きの間に沈むだろうが、大金棒である鈍砕骨だと流石に笑えないことになりそうだ。うっかりで命を落としかねない。オレには鈍砕骨をどう防げばいいのか見当もつかないし、そもそもまず焔耶の攻撃が目で捉えられない。

 

「えー?ならいつなら暇になるんだよ?」

「この世から汚職が無くなれば暇になるな」

「よくわからないけど約束だからな!その日が来るまでワタシも日々鍛錬を積んでおくよ!」

「わかったわかった。それと頼むから待ち切れずの奇襲は止めてくれよ。フリじゃないからな?」

 

 また折りを見て話すとするか。

 

 そのまま上機嫌な焔耶と一緒に家まで戻る。焔耶のことだし寝て起きれば忘れるだろうと楽観視していると、家の前で香風を見つける。

 

 いつものように斧をぐるぐると振り回しているがどうも様子がおかしい。普段は空を飛ぶためと横回転中心だが今日は縦回転もほとんど同等に交えている。オレを見つけるとにっこりと微笑んではいるがどうしたのだろう。なんだか妙に嫌な予感がするが。

 

 

 

 

 

 謎の百人斬り事件の真相は拍子抜けするほどあっさりとわかった。

 

「まったく御主もおかしなことになっとるのう。わらわは本当に百人斬ったのかと思うたぞ」

「いや勘弁して下さいよ。オレのどこに武の要素があるんですか。ホント何事かと思いましたよ」

 

 翌日の朝、征伐に率いた兵士を見つけ、なにか知らないかと聞いてみるとすぐに答えはでた。

 

 事は簡単だ。一度目の征伐で率いた兵士の多くを二度目の征伐でも率いていたこと。またほとんど遊んでばっかりだったこともあり、みんな気心が知れたのだろう。

 

 一度目の征伐後にエリート連中に色々と問い質されてウンザリしたので、二度目は帰りに口裏合わせをしたとのこと。それ自体は名案だと思うのだが、問題はその内容にある。どうしてわざわざオレの武勇伝を捏造して謳ったのだろうか。どうせなら自分達の手柄にすればいいのに。

 

 それを聞いたオレが呆れ半分な表情をしていると「やはり千人斬りにしておくべきだったか」なんて隣の兵士と悔み出す始末。そういうことじゃねえよ。

 

「それだけ口裏を揃えられるということは、御主が温情を持って誰であろうと分け隔てなく接しておるということじゃろう。良いことじゃ」

「そうですかね。文長や公明には狙われるしで碌なことがないですよ。二人にはすぐ誤解を解きましたが、どうして信じるのかな。悪ノリしたオレも大概ですが、人の噂って怖いもんですね」

 

 まあ過ぎたことを気にしても仕方ないか。

 

 真名を預かった相手のことも本人がいない場所では字で呼ぶようにしている。うっかり話している相手が真名を呼んでしまったら問題になるだろう。この世界の人間ならそんな心配はないのかもしれないが、備えておくに越したことはないというわけだ。

 

 今日何進の下を訪れたのは征伐の事後報告のためである。何進には張譲との一件の話はしていないので八百長のことは知らないだろうが、百人斬りがデマであることは話しておいた。別に張譲のことを話しても構わないのだが、そうしたところで何かが変わるわけでもない。

 

 張譲は手強そうであるしわざわざ進んで揉める切っ掛けを作る必要もない。宦官との対立は歴史的に見てもおそらく避けられないだろうが、対立しない可能性だってないわけではない。この世界は女性社会であり、オレの知っている世界の後漢末期とは違うのかもしれない。

 

 そもそも千年以上前の歴史をどこまで信じるかということもある。現代に伝わっている事柄も全て正しいとは限らない。変な話がオレの百人斬りだってこの世界の史に伝え残るかもしれないということだ。そんなことがあっては困るが、誤った情報が史に残る可能性も十分に有り得る。

 

 最近になってそんな風にも考えるようになった。それは結局のところ張譲に勝つ絵が浮かばないために自分を納得させる逃げ道としているのだろう。なんとも浅ましい考えだ。反吐がでる。

 

「しかしこの頃は物騒じゃのう。他州であっても賊の出没をよう耳にするし、国境付近の異民族も動きを活発化させておるらしいのう」

 

 だがそう都合よく事は進まない。

 

 世は徐々に動乱の様相を呈している。仮に黄巾の乱の知識がなかったとしても、それに近い大乱が起こるだろうことは想像がつく。腐敗した政治は確実に民の生活を蝕んでいた。むしろよく民は我慢していると思う。そりゃ扇動されたら乗っかってしまうんだろうな。

 

「……ま、オレも準備はしときますよ。指揮や軍略ぐらいは学んでおきませんと。どこかに良い兵法書でもあったら貸して下さいね」

 

 騎都尉となってからは軍略も学び始めた。

 

 孫子に呉子に三略に六韜。有名な兵法書を中心にちょこちょこと読み進めているが、この程度の書物は嗜んでいて当然の節もあるので、大きな顔はしていられないだろう。それでも無学な賊相手なら有効な策もいくつか用意できるはずだ。

 

 無学な賊、とは言っても賊なんてのは傭兵崩れやゴロツキを除けばほとんどが民である。黄巾の乱ではそれが顕著なことになるだろう。民相手となると気は進まないが、オレが無能だと部下の兵士が多く死ぬことになる。そんな甘いことは言っていられない。

 

「世は全てこともなし、とは中々いかないものですね。この時代を生きるなら、争いは当然のこととして甘受するべきなんでしょうか……」

 

 儘ならないものだ。それでも割り切るしかないのだろう。

 

 そしてオレはこの世界で何を成すべきなんだろうか。そんなことをぼんやりと考えるようにもなった。適当に好き勝手生きようにも、親しい人が多くなってくると色々と考えることも増える。なんだか所帯染みてきて困ったものだ。

 


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