恋姫立志伝   作:アロンソ

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十二話 配下を持つということ

 

 三公九卿という言葉がある。

 

 三公とは司徒、司空、太尉のことを指す。九卿は太常を筆頭に光禄勲、衛尉、太僕、廷尉、大鴻臚、宗正、大司農、少府を指し、中央行政の中核を担っている。

 

 司徒が総理大臣で司空が副総裁。太尉が防衛大臣といったところだ。明確に序列が定まっているわけではないが、三公内では太尉、司徒、司空の順に偉い。防衛大臣が総理大臣より偉いとなると違和感があるが、太尉は改称される前は大司馬であったのでその名残が強いのだろう。

 

 大将軍は三公より上の位と位置付けられているが、三公より影響力があるのかは怪しい。大将軍は外戚の指定席であるために三公の上とされている面が強い。武官のトップであるために軍部は掌握できるが政治には関わらない。また大将軍になるには外戚となる必要があることに対し、三公に就くためには高い名声と実績が必要とされている。後はコネも必要だろうか。

 

 おそらく史実の何進は三公に就く人物と上手く連携を取れていなかったのだと思う。行政のトップであるしバリバリの名家の出身者が就くことが多い。成り上がり者を軽視することは致し方ないが、上手く連携を取ることができれば大きな力になる。

 

 今の三公は司徒が袁隗。司空が張済。太尉が楊賜。

 

 流石に三公の地位に就いているだけあって皆キレ者揃いだ。袁隗は四世三公を輩出した袁一族であり、楊賜は三世三公を輩出した楊一族の出である。張済は四年以上の長期に渡って司空を務めており、元は楊賜によって推挙されたこともあって距離も近い。

 

 羽林中郎将は光禄勲に属し光禄勲は太尉の下の役職にあたる。太尉は防衛大臣。つまり大将軍のいない現状では軍部のトップだ。また太尉である楊賜は以前、他の三公である司徒、司空も歴任したことのある本物の偉人であり、朝廷内での影響力も相当大きい。

 

 意外なことに成り上がり者のオレを楊賜は高く評価してくれていた。羽林中郎将となったのも、どうやら楊賜の働きかけによるものが大きいようだ。

 

「賊討伐はその地域の県令や尉に任せろ……か」

 

 羽林中郎将となってからは予想と反してほとんど征伐に出ることはなかった。

 

 もっとバンバン扱き使われるものだと構えていた分、拍子抜けもいいところだ。楊賜曰く「諸侯にも経験を積ます必要がある」とのこと。おそらく楊賜は黄巾の乱の到来を予想しているのだと思う。オレが言葉の真意に気づいている素振りを見せると楊賜は高い満足感を示していた。

 

 楊賜に評価され出すと他のエリート連中とも徐々に話をするようになった。その中には何進が外戚となる前に嫌がらせを行ってきた人もいたので「以前お会いしましたよね」と言ったニュアンスの言葉を告げると、目に見えて動揺していた。

 

 とは言っても嫌がらせは当時お互い様である。それにもう五年近くも前の話であり、今のオレには「そんなこともあったね」と笑い飛ばせる心の余裕があった。

 

 その後に続けてやんわりとした謝罪の言葉を告げると、相手もそれに倣って謝罪の言葉を口にした。それでいいと思った。くだらない過去の遺恨は水に流してしまうといい。

 

 

 

 

 

 荀彧に軍師と司馬のどちらがいいかと尋ねてみると両方やると力強く答えた。

 

 流石に初仕事から兼任はどうかと思いもしたが本人の強い希望もあり、それに相手は荀彧である。大丈夫だろうと楽観視した上でそれを認めたが、流石にそう簡単にはいかなかったようだ。

 

 まだ慣れていない部分も大きいのだろう。荀彧は小さなミスを頻繁にしていた。誰も咎めないような小さなミスであっても、荀彧は一人でそのことを気にしていた。どうも神経質になり過ぎている面が映り、そのことがオレには気にかかる。

 

 羽林の連中と折り合いがついていないのかとも考えたがそんなことはない。毒舌ツンデレ軍師として一部からの絶大な支持を受けている。残った連中からも「いつデレるか賭けてみませんか」などという話が挙がるぐらいなので問題ないはずだ。それと羽林の連中が賭け事を好きになったのはオレの影響が強い。娯楽の少ない時代だから仕方ないのかな。

 

 しかし見逃すことはできないだろう。参考程度に自分の初仕事の頃はどうだったかと考えてみる。初仕事ともなると運送業を行っていた時期になるが、官職に就いての仕事となると虎賁郎中の頃だろうか。特別何かをしたという覚えはないな。多分ほとんど何もしていないはずだ。暇さえあればエリート連中との嫌がらせ合戦に精を出していた。というかその記憶しかない。

 

 どうしたものかと悩んでいると荀彧と遭遇する。やはりあまり元気が無さそうに映る。被っているフードの猫耳が根元から折れてヘタっているのも、それを強く思わせる要因だろうか。なんとなく荀彧の感情と猫耳はシンクロしてそうにも思えるが、そんなことはないだろう。

 

「荀彧。被ってる猫耳がヘタっているぞ」

「ああ、これね。どういうわけだか直らないのよ。ちゃんと毎日洗って乾かしてるんだけど……」

「お、おう。そうか。ところで元気が無さそうにみえるが、ちゃんと飯食って寝ているか?」

「ちゃんと食べて寝てるわよ。自己管理は基本中の基本。そんなとこを怠ったりはしないわ」

 

 本当にシンクロしているのかもしれんな。

 

 オレの指摘を受けて荀彧は猫耳に手を伸ばして起こそうとするも、手を離すとすぐに下を向いた。重力に従っているというよりは荀彧の感情に従っているように思える。いや、オレは一体何を言っているのだろうか。そんなことがあるわけがないだろうに。

 

「ところでアンタ。頼まれていた竹簡が出来上がったから後で執務室まで届けるから」

「もう出来たのか。急ぎじゃなかったからゆっくりでいいのに。それにやっぱり君は……」

「悪いけど、まだ仕事も残ってるから行くわね。何か用があったら使いの者を寄越して頂戴」

 

 そう言い残すと荀彧は去って行った。

 

 やはりどことなく元気が無い。仕事に慣れていないことからくる一過性のものに過ぎないのかもしれないが、出来ることならなんとかしてやりたいと思う。しかしどうしたものか。

 

 

 

 

 

「……で、わらわの下へ相談に来たというわけじゃな。うむうむ。感心なことじゃ」

 

 しばらくどうしたものかと悩んでいたが、結局何進に相談することに決めた。

 

 この手の話は何進に相談するのが相応しいように思えたというのが強い。亀の甲より年の功。先達に学ぶことは多くあることだろう。仕事のことを聞くことは一度もなかったが、対人関係であれば何進の右に出る者を知らない。というかオレの交友関係もそこまで広くない。

 

「荀家の娘が根を詰め過ぎておると。仕事熱心なのは良いがあまり好ましくはないのう」

「そうですね。当人の理想が高いのかもしれませんが、少し気になるところではあります」

「ふむ。仕事始めは張り切り過ぎるというのは常ではあるが、気負っておるようではいかんな」

「どうしたものでしょうか。オレもあれこれと思案してはみましたが、どれも物足りなくて」

 

 悩ましい話である。

 

 気の利いた言葉をかけようにも思い浮かばない。そもそもオレは人の感情を読み解くといったことが苦手である。ある程度の予測は立てられても確証はもてない。そして確証の無いことというのは不安が残る。不安はできるだけ残したくはないものだ。

 

「しかし御主もずいぶんと人情味のあることを言うようになったものじゃな。出会ったばかりの頃は碌に感情を表に出さなんだが」

「茶化さんで下さい。真面目な話です」

「すまんすまん。そう……じゃのう。ならば御主がわらわの属官となった時のことを思い返してみるといい。自ずと答えは導き出せるじゃろう」

 

 オレが何進の属官となった時か。

 

 何進のドヤ顔を見るにそこに答えはあるのだろう。さっきも考えたがエリート連中とやり合っていた記憶しかないな。後はそう。とにかく不安だった。金策に奔ったり宦官相手に賄賂を送ったりと生き残るための根回しはしていたが、それでもやっぱり不安だったな。

 

「不安……でしたね。とにかく不安でした。何進殿の属官なんて死と隣り合わせですから」

「そうじゃろそうじゃろ。やはり認められたいという思いが先走り……って、なんじゃと!?」

「今思い返しても一世一代の大勝負でしたよ。商人続けようかと何度思ったことやら」

 

 まあ勝負には勝ったがな。いや、本当の勝負はこれから先のことか。

 

「そこは違うじゃろ!もっとこう、重圧があったなどと初々しいことを言わぬか!それになぜわらわの属官だと死ぬことになるのじゃ!」

「重圧は特になかったですね。ああ、それは一種の隠喩ですわ。気にしないで下さい」

「ぜんぜん隠れとらんわ!本当に御主は相も変わらず可愛げがないのう。つまりはアレじゃ。荀家の娘は御主に早く認められたいと逸っておるのじゃよ。御主とは違って可愛げがあるではないか」

 

 チラッと何進がオレの背後に視線を配り、そしてまた一つ大きなドヤ顔を見せる。

 

 その際にくっきりと浮かび上がるほうれい線には流石のオレも気の毒で突っ込むことができなかった。老いを感じるな。何進ももう四十近いんだったかな。仕方ないことでもある。

 

 しかし荀彧が認められたいと焦っているという可能性は否定できない。オレは荀彧のことを出会う前から認めていたどころか遥か格上の偉人として見ていたが、それを本人に伝えるような真似は当然していない。高い期待を込めてかなり自由な権限を与えてはいるが、それが却って重圧となっているという説は案外正しいのかもしれない。

 

 しかしどうしたものか。今更権限を取り下げるなんてことは流石に礼を逸しているだろう。やはり慣れるのを待つしかないのか。何も出来ないというのは口惜しいものだ。

 

「そもそも御主にとってあの娘はどういう存在なのじゃ。かなり大きな権限を与えておるようじゃが、それに見合った評価をしておるのか?」

 

 何進にそう言われて考えてみる。

 

 確か曹操は荀彧を「我が子房である」なんて評していたな。流石に上手いことをいう。そのまま台詞をパクってみてもいいが張良と表すには少し違和感がある。

 

 確かに名門出身の軍師でイメージ的には当て嵌まるのだがどこか余所余所しい。なんだかんだで年単位での付き合いがある荀彧なら、やっぱりこっちが相応しいだろう。

 

「そうですね。オレにとっての荀彧は高祖に仕えた前漢三傑の蕭何にあたります」

 

 当然のことながら同郷出身というわけではない。同じ時代どころか同じ世界なのかも怪しい。

 

 それでも焔耶や香風。それに何進と並んでオレにとって数少ない気の許せる相手に数えられる。ならばいっそ蕭何と例えてみたい。役割だって似たようなものだろう。

 

 予想外の言葉だったんだと思う。何進はオレの言葉を聞いて呆気に取られていた。それでも冗談や与太話の類だと受けとらなかったのは、真面目に言っているということが伝わったのだろう。しかし言ってみて少し恥ずかしくなってきたな。慣れないことはするものじゃない。

 

「気の置けない仲間ということです。勿論、才覚も比肩していると見ています」

「ず、随分と法外な評価を下しておるな。蕭何とは高祖に仕えたあの蕭何なのじゃな?」

「そう言ったじゃないですか。荀彧は超のつく逸材です。近い将来にわかることになりますよ」

 

 それを本人に伝えられるかとなると難しい。

 

 いきなり「蕭何と肩を並べる程の期待を寄せている」なんて言われても困るだろう。新手の挑発かと受け取られでもすれば面倒だ。思っていることを伝えるというのは難しい。だから今は無理のない程度にのんびりやってくれればそれでいい。

 

「十二分に認めてますよ。でもそんなことを突然言われても困るでしょう。だからオレは言ってやりません。甘やかさない主義なもので」

 

 甘やかすとは少し意味合いが違うかもしれないが、やっぱり今は言うことはないだろう。

 

「そうかそうか。やはり御主は変わったな。角が取れ人柄にも丸みを帯びてきておるようじゃ」

「そうですかね。まあ何進殿もいくらか変わられましたが…………。いえ、なんでもないです」

「なんじゃ思わせぶりなことを言いよってからに。ま、言われずともわかっておるがな!」

「は、はあ……。それは何よりなことで」

 

 しかし何進もこういうところはずっと変わらないな。悩みとは無縁の性格なのだろうか。

 

 翌日にはもう荀彧は元気になっていた。

 

 猫耳もピンと張ったまま先っぽまで鋭く尖っているし表情にも覇気がある。元気がなかったのは一過性のものだったようだ。何進との話では解決案まで出なかったためホッとした。

 

 今日は朝から元気よく辣腕を振るっている。そんなに張り切るほどの仕事があったかなと思いはしたが、元気があるのはけっこうなことだ。オレは特に今はすることがないので書物でも読み漁っていようと思う。韓非子の孤憤なんてのは今の世に則した内容だろう。

 

 徳よりも法の力で世を治めようとする韓非の思想は徳治主義の世では中々成すことができないが、書いている内容は素晴らしい。流石は始皇帝に絶大な影響を与えただけのことはある。

 

「ちょっとアンタ!この書類はどういう意味よ」

 

 ぼんやりと書物を読み進めていると荀彧の甲高い声によって意識を戻される。

 

 視線を起こすと目の前には当然のように荀彧がいた。猫耳もビンビンだし表情にも艶がある。一日でこんなに変わるものかと思いはしたが、実際目の当たりにすると納得する他ない。

 

 荀彧はオレと目が合うと一瞬、躊躇うかのように一歩後退りをする。いくらか顔には熱を帯びているようにも見える。それでもすぐに顔を左右に振り、いつもの口調で言い放った。

 

「第三回左慈杯の開催ってなによ!?」

「羽林の結束を深めるための必須行事だ。以前より要望があったからそろそろ開いてやらんとな」

「そもそも左慈杯って一体何!?包み隠さず全部報告しなさいよ!仲間外れは許さないからね!」

「ああ、そうだな。まずは左慈杯の歴史から説明する必要があるか。長くなるが聞いてくれ……」

 

 まったく長閑なものだ。この時間が長く続けばいいものと強く思う。

 

 

 

 

 

 荊州北部で大きな反乱が起こった。

 

 黄巾の乱とはまた違うが反乱によって郡太守が殺されたこと。また荊北が都からそう距離が離れていないこともあり、朝廷は都から討伐軍を派遣することを決意する。

 

 これまで小規模な賊討伐では出ることはなかったが、この規模となると出張る必要があるのだろう。勅命が下ったオレは羽林騎兵を筆頭とした禁軍や討伐軍のために徴兵した新兵。また周辺諸侯の軍勢や地元豪族の私兵を束ねた討伐軍を率いることとなった。

 

 総勢では推定二万近くとなるが練度にはかなり不安が残る。また叛徒共は籠城濃厚であり、兵糧などの備蓄も十分に用意されているとのこと。周到に計画された上での反乱であればいくらか手間取るかもしれないが、都の兵を率いた上で敗れるなんてことはあってはならないだろう。

 

「負けは到底許されない。そして勝ち方にも拘る必要があるというわけか。まったく面倒だな」

 

 さてどう攻めるのが上策だろうか。

 

 従軍予定のリストを見ながらそんなことを考えていると、ふと手が止まる。大きな名前がそこにはあった。流し読みしていても思わず目に入ってしまう程の大きな名前。

 

「……孫文台?名は堅。ってことは孫堅か。漢字も同じだし別人ってことはなさそうだな……」

 

 思わぬビッグネームに戸惑う。

 

 今の南陽郡新野県の県令は孫堅らしい。従軍リストを見てそれを知ったがどうしたものやら。流石にどう接したらいいのかわからない。羽林中郎将として、また総指揮官として一県令相手に下手に出るのも示しがつかない。かと言って高圧的な態度を取るなんてことはもっての外だ。

 

 個人的に三国で仕えるなら一番安泰そうな魏。その次に焔耶が行くかもしれない蜀がいい。呉は今一つ地味なのでよくわからない。案外一番楽ができるのかもしれないが、孫堅も孫策も連合戦後に戦死していたはずだから、実はけっこうハードなのかもしれない。

 

「……ま、当面は放置が妥当かな。気づかなかったことにして討伐に集中するとしようか」

 

 それが無難な対応だろう。

 

 歴史的に見ても孫堅がここで死ぬということもないんだから、適当に功でも立てて貰って気持ち良く帰って頂けばそれでいい。下手に不和を招くようなことにならなければ問題ない。

 

 そもそも絡みがあるのかも定かではないし、そんな心配は杞憂に終わるだろう。今はただ孫堅という大きな戦力がいることを素直に喜ぶべきかもしれない。

 




前話の公孫賛モブは恋姫の小ネタを挟みました。
主人公は公孫賛クラスの偉人なら名前ぐらいは確実に知っています。前置きのない唐突なネタでしたが、どうかあしからずご了承下さい。

次話から孫呉の話。
孫堅は完全オリジナル設定になります。話の都合上、拠点も今は揚州ではなく荊州です。

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