恋姫立志伝   作:アロンソ

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十三話 宛城攻略戦

 

 孫子は攻城戦を下策と説いている。

 

 守り手より兵力が十倍あれば包囲をし、五倍であれば正面より戦え。二倍であれば策を慎重に練る必要があり、同数であれば勇敢に戦え。同数以下であれば戦わずして撤退するべきであると。

 

 今回の鎮圧軍の兵力は反乱軍よりも少し多い程度でほぼ同数。これは間者の調べもあって既に左慈の耳に届いていたが、左慈はそれでも城の四方を囲む包囲陣形を敷かせた。

 

 土塁を築かせそこを防衛拠点とするようにとの通達を出す。これには討伐軍に集まった諸侯や地元豪族も疑心に思ったが「一計案ずる」との左慈の言葉を受けて素直に従う。討伐軍の兵力は二万弱。本陣の守りを厚くすることなく均等に五千の兵力を四方に散らす。

 

 南陽郡は宛城。

 

 守りに徹する籠城側であっても攻めに出る場面というのは存在する。

 

 一度相手を叩いた上での篭城と、端から亀のように体を丸め込んでの篭城とでは守りに就く兵士達が抱く印象も違う。一戦交えることによって相手の力量を知ることもできれば、兵士の血の気を抜くこともできる。勝てば最上。負けても籠城する理由となる。

 

 討伐軍に遠征の疲れがある初日は一戦交える好機ともいえた。反乱軍の中心人物である張楽の頭にも当然その考えがあったが、事前に手元に届いた手紙がそれを思い留まらせる。その手紙は左慈が都を出る前に宛城へと送らせたものであった。

 

 中身は偽書。左慈は他領の賊を装い張楽へ一報届ける。内容はこの乱に加わりたい。同郷の仲間を率いて入城するので受け入れて欲しいとのこと。これには張楽も官軍側の間者である可能性を考慮したが、今の治世を考えれば別段おかしな話ということもない。

 

 籠城するにあたっては夜襲、挟撃といった手段を取りたいところであった。ここで疑って断りを入れればその後、兵力が増えない恐れもある。熟考を重ねていた張楽ではあったが、功か不幸か官軍の方が先にやってきた。そしてその直後、また手紙が届く。

 

 その手紙に書かれている内容は張楽を喜ばせた。五千余りの増援がこちらへ向かっている。到着するのは数日以内とのこと。是非もないとばかりに手紙を持って来た者に張楽は挟撃の知らせを告げる文を書く。こちらも城から打って出ると。

 

 縦の守りが薄い包囲陣形であれば、あるいは数刻と経たぬうちに官軍本陣を陥落させられるのではないか。張楽を始め城の兵士達は大いに沸いた。そして最後の手紙が張楽の下へ届く。こちらが攻勢を仕掛けるのを合図に同調して打って出てきてくれと。

 

 そして数日後。

 

 官軍本陣の背後に砂塵が舞い上がり、それとほぼ同時に波のような轟音が響く。

 

 四方の包囲がある以上、討ち洩らしも考慮した張楽は城に半数の兵士を残しはしたが、数に限りのある騎兵の全てと、兵の中でも選りすぐった精鋭を向かわせたところを見るに意気込みは強い。

 

 城から打って出た張楽。騎兵が前を進み、歩兵がその後に続く。官軍本陣の危機と見てか左右の包囲陣からも救援部隊が送られるが、混乱しているのかその動きは酷く鈍い。

 

 勝機とばかりに張楽は馬を走らせる。砂煙でまだ視界の悪い官軍本陣へと辿り着く。天幕の中に人影を見つけるや否、得物の槍で突いて回る。が、手応えがどうも無い。

 

 手応えも無ければ血飛沫も上がらない。歩兵もやがて追いつき、視界も晴れつつある中で突いた先に目を凝らせば藁で作られた人形がそこにはあった。そしてその直後。

 

「弓隊構え。騎兵を中心によく狙え。ここで賊の機動力を徹底的に削ぎ落とす」

 

 左慈の号令の下、斉射が雨のように反乱軍へと降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 左慈は斉射で大いに反乱軍を挫いた後に駆けつけた救援部隊をぶつける手筈であった。

 

 救援部隊の動きを鈍くしたのも反乱軍を深入りさせるための罠である。そんな中、予定数の八割の弓矢を射った後で状況は意外な方向へと動く。

 

「ああ、もう我慢出来ん。孫堅軍出るぞ!叛徒共を一匹残らず討ち取りにかかれ!」

 

 待機していた孫堅軍が突撃をかける。

 

 その様子を本陣横に設けた土塁の上から見ていた左慈は首を傾げる。まだ味方の弓が降り注いでいる中をどこかの部隊が突っ込んで行った。賊の本隊らしき固まりを目指して一直線に。

 

「中郎将!新野県の孫堅軍が突撃をかけたようでありますが、どうなされますか?」

「あれが孫堅軍か。この瞬間に出て行くとは考えてなかった。流石に半端じゃないな」

 

 伝令の言葉を受けて左慈は考える。

 

 左慈は明確に救援部隊を動かす合図を定めてはいなかった。指示は弓隊の攻勢が落ちついた後に向かえと言った曖昧なもの。どの軍が一番早く動きを見せるか。どの軍がやる気がないか。そういったところを見定めたかった面もあるが、流石にこのタイミングでの突撃は予想外である。

 

 弓隊の中には徴兵したばかりの新兵も多く、孫堅軍の援護をさせようにも狙いが外れれば孫堅軍に直撃するといった事態も大いに考えられる。この編成は実戦訓練の狙いも兼ねており、さらにはせっかくの好機を逃すのも考えものだ。

 

「孫堅軍の勇者よ!味方の矢を恵みの雨と知れ!多少は喰らおうが知ったことかと突き進め!」

 

 どうしたものかと思案していた左慈ではあったが、孫堅の檄を聞いて決断する。

 

「斉射続行でよろしく」

「よ、よろしいので?」

「この中を突っ切って進んでいるんだ。矢に中って誰かが命を落とそうが文句は言わせんよ」

 

 しかし大したものだ、と左慈は呟く。

 

 孫堅は背後から飛んできた矢を視界に入れることなく弾いていた。剣を一振りさせれば複数の首が宙を舞い、甲冑を着た兵士をなんなく真っ二つに斬り落とす。

 

 行動の一つ一つに華があった。先頭を駆ける孫堅に引き上げられるかのように孫堅軍の兵士も力強く躍動する。戦場という極限状態であっても孫堅軍は一つの生き物であるかのようによく纏まっていた。それを成しているのは孫堅の力だろうと左慈は思った。

 

 いくらか孫堅の姿に目を奪われていた左慈ではあったが、弓隊の攻勢が弱まったのをみて動きをみせる。孫堅も寡兵では流石に敵将まで辿り着くことは難しいようだ。それを受けて孫堅は方向転換をしたようである。ならば残党狩りか。捕虜も多く捕えておきたいところであるが。

 

「こちらもそろそろ動くとするか。さて……」

 

 左慈は脇に控える左右二監を見る。

 

 今回の大規模な討伐戦にあたり、朝廷からの命もあって左慈は幕僚を選出していた。羽林右監は孝廉より選び、左監は羽林より叩き上げの者を選んだ。

 

 左慈の言葉と視線を受けての両監の対応はまさに正反対であった。左監の長い髭を拵えた坊主頭の大男はやる気満々。自分を選んでくれとばかりに強い視線を左慈へと返す。

 

 一方の右監はどこか不安気だ。自信がないのか目線をきょろきょろと動かしている。それでもやがては意を決したかのように左慈を見る。選ばれたら頑張ります、とでも言いたげであった。

 

「高順。羽林騎兵を五百率いて孫堅軍の援護に向かってくれ。近づき過ぎて巻き込まれるなよ?」

「御意ッ!」

 

 よし、と羽林左監である高順は拳を握り、そのまま騎兵を率いてその場を後にする。

 

 そしてそれ以上に羽林右監である公孫賛は内心大きなガッツポーズを見せる。正直ぜんぜん自信はなかったと。孫堅軍の猛攻を目の当たりにして内心ビビっていましたと。

 

「すまんな公孫賛。次に選ぶことがあれば君に任せることにするから勘弁してくれ」

「中郎将が御決めになったことです。私はその御決断に従うまでのこと!高順殿が奮迅の活躍を見せ羽林騎兵の武勇を存分に示すことでしょう!」

「ああ、高順やたら強いもんな。指揮も巧いし」

 

 それにどこかで聞いたことのある名前のような、と左慈は考える。

 

 だが左慈の脳裏にはこの世界の武将は女性という認識が既に出来上がっていた。魏延に徐晃。さらには孫堅と出会った歴史上の武将全てが女性である。男の武将などいるのだろうかと考える。下級武将はいたとしても、自分が知っているレベルともなるとどうだろうと。

 

「ふん。よく言うわ。内心焦っていたのが丸わかりよ。ウチに来たなら少しは頑張りなさいよね」

「なっ!?そ、そんなことはないぞ!私だってやる時はやる。うん。きっとそうだ!」

「ヒゲ男に遅れを取るのだけは止めてよね。ホントに頼むわよ。あんまり期待してないけど」

 

 荀彧と公孫賛のやり取りを耳にしながら左慈は少し考えてみるも、結局思い至ることはない。

 

「おいおい荀彧。それは黙っているのが優しさってもんだ。それとオレは君に期待してるよ」

「中郎将!」

「まあ高順の方をもっと期待してるけどね」

「中郎将……」

「はははっ冗談冗談。お互いを良い励みに、よりよく成長してくれると嬉しいかな」

 

 

 

 

 

 官軍は緒戦を大勝で飾る。

 

 ほとんど被害を受けることなく反乱軍の三千を討ち取り、その倍近い負傷兵を与え、千を数える捕虜を得た。その中でも特に孫堅軍の功績は高かったが、諸侯の中には孫堅軍の突撃を命令違反ではないかと指摘する声も多く挙がる。

 

 あまり孫家とは絡みたくなかった左慈ではあったが、初戦の殊勲者である孫堅軍の天幕まで出向き直々に労いの言葉をかけることにより、その正統性を示すこととしたのだが。

 

「夜は勝利の美酒に酔う!これぞ戦人の醍醐味でありますな。中郎将殿!」

 

 酒に酔った孫堅に絡まれ、早くも来るんじゃなかったと後悔の念を抱くばかりであった。

 

 左慈の目の前にいる女傑。孫呉の中興の祖とも呼ぶべき孫堅。褐色肌に風船のように膨らんだ豊満な胸。スタイルも良く、本来であればあるいは同性であっても扇情的に色を覚えてしまう魅力を備えていたが、その圧倒的な存在感を前に色はかき消されるばかりである。

 

 虎のように鋭い視線。腹の奥底にまで響く圧のある声。男勝りな気質。いや、この世界の男などよりよほど男らしい豪快な態度はいくらか指揮官を前に不敬とも取れる。

 

 孫堅の下へとやってきたのは左慈を合わせて四人。荀彧は早々に苛立ちを覚えケチをつけてやろうとするも、孫堅に一睨みされて口を閉ざす。公孫賛は場の空気に委縮してしまい、高順は左慈が何も言わない以上は口を出すこともないと後ろに控えていた。

 

「ああ、そうだな。浴びるほど飲むといい。今日の殊勲者は孫堅軍だ。ケチはつけんよ」

「おお!話が早いな中郎将殿!」

 

 そして左慈は静観してた。

 

 孫堅より差し出された酒をちびちびと飲み進めながら、いつ帰れるかなどと考える。どうして指揮官である自分が気を遣わねばならないのかと思うも、相手が孫堅だからだとすぐに答えは出た。

 

 それからも話は続いた。上機嫌に部下の甲冑に刺さった弓の数を告げる孫堅には左慈も苦笑いを禁じ得なかった。鍛錬が足りないからそういうことになるのだと孫堅は言い、刺さった本数分だけ訓練を行うように言い渡したようだ。自分は不死身であるからなんの問題もなかったと。

 

 いくらか酒も進み、荀彧の頬が酒で真っ赤に染まる頃になると孫堅が話を切り出す。

 

「して中郎将殿。いくらか尋ねておきたいことがあるのだが、宜しいかな?」

「今日の一戦のことか。かなりお粗末な内容だったもんな。疑問に思うのは最もだ」

「その通りですな。中郎将が本腰を入れていれば賊将を討ち取れていた可能性は大であった」

 

 孫堅にはどうにも気になることがあった。

 

 左慈の攻めがあまりに緩いこと。策を案じ、敵がそれに綺麗に落ちた割には成果が物足りない。まずは弓兵が新兵中心の編成であったこと。肝となる部隊の合図を曖昧なものにしたこと。せっかく開いた城門を狙おうとする素振りすら見せなかったこと。さらにはもう一つ。

 

 最後に左慈が孫堅に派遣した増援部隊。あの部隊は本当に強かったと孫堅は思う。率いる将もかなりのものであり、一騎一騎も精強である。禁軍最強とも名高き羽林騎兵。攻城戦ではあまり力を発揮しない以上、ここで活かさない手は無いがそうはしなかった。これは明らかにおかしい。

 

「南陽郡は中原南の要所だ。一郡でありながら他州のそれに匹敵するだけの人口を誇る」

「ですな。故に迅速に鎮圧するべきでは?」

「それが中々難しい。賊将を討ち、乱を鎮圧するのはそう難しくない。だが不満因子を残したままというのは好ましくないんだ」

 

 左慈はやがて来る黄巾の乱を見ていた。

 

 南陽郡は南の要所。ここで乱を起こされては都から確実に軍を向ける必要がある。誰が向かうのかは定かではないが、相応の格のある人物と規模に応じた軍勢を割くことになるだろう。

 

 それは困る。そして今回の相手はそう手強くもない。敵の数は多く今はここ以外の情勢は落ちついているので、ある程度の長期戦も許されるだろう。なら今のうちに不満因子の一掃と共に、官軍の強さを叩き込んでおきたいと左慈は考える。そうするべきであろうと。

 

「この乱を鎮圧すれば向こう十年。少なくとも五年は大人しくさせたいと考えている」

「なるほど先を見越してというわけですか。その都度鎮圧すればいい話とも言えますが、話の筋はわからなくもない」

「だからこそ後任にはしっかりとした為政者を送り込んでほしいものだが、そこまでの権限はない。まさかオレが治めるわけにもいかんしな」

 

 どうしたものかな、と左慈は呟く。

 

 仮に今日で乱を鎮圧出来たとする。そうすると賊将に責任を擦りつけて逃れる者も出てくるだろう。それが後々まで火種として残るのなら、今の内になんとかしておきたいと左慈は考える。

 

「大前提は勿論勝つこと。さらに欲張るなら城を攻めるを下策、心を攻めるを上策としたい」

 

 

 

 

 

 荀彧が眠りに落ちたことを合図に左慈達は孫堅軍の天幕を後にする。

 

「左慈様。軍師殿は某が背負いましょう」

「ああ、いいよいいよ。荀彧はそういうとこ結構気にするから。気を悪くしないでくれ」

 

 高順の申し出を左慈はやんわりと断る。

 

 左慈は荀彧を背負ったまま本営へと向かいながら、果たして自分の選択は正しかったのかと思い返す。孫堅の言うように鎮圧できる機を逃す必要があったのかと。

 

 例え策が全て上手く運ぼうとも後任の太守がいい加減であればまた乱は起こるだろう。そうすれば自分のしようとしていることは泡と消えてしまう。だが賊将を討ち取ったからといって終わりであるとも限らない。他に主犯格がいればそちらが後を引き継ぐことになるだろう。

 

「しかし些か意外でしたな。普段の軍師殿を見るに酒を嗜まれるようには思えなかったです」

「この時間帯は夜襲の警戒も必要なことだ。普段の荀彧なら確実に飲まなかっただろうな」

「と、いうことはつまり?」

「……荀彧は今日が初陣だったんだよ。顔には出していなかったが、内心辛かったんだろうな」

 

 左慈は荀彧の頭を優しく撫でる。

 

 その瞬間、荀彧の体が大きく反応を示したことを左慈は見ていたが気づかないフリをした。

 

「浅はかな発言でありました」

「いいよ。誰しもが通る道だ。いつも頑張っているんだ。こんな時はゆっくり休むといい」

 

 しんみりと空気が場を流れる。

 

 左慈と高順は自身の初陣の記憶を思い返す。今ではすっかり慣れてしまった戦場の雰囲気も当時は辛かったことだろうと。何時の間にかそれにも慣れてしまった。

 

 慣れなきゃ何百年にも渡って争い続けることなどできはしないだろう。人は歴史を重ねて進歩しているようで変わっていない。千年以上も先の世だって同じことだ、と左慈は思う。

 

「そう言えば公孫賛も今日が初陣か?」

「いえ違います。私は出身が幽州ですので夷狄を相手に出ることも何度かありました」

 

 夷狄とは異民族に対する蔑称。

 

 漢民族と異民族は融和を図れている地域もあれば敵対している地域もある。公孫賛が住んでいる地域が敵対していたことは、この一言で十分に左慈へと伝わることができた。

 

「夷狄が憎いか?」

「勿論憎いですがこんな時代ですしね。あんまり細かいこと気にしてても仕方ないですよ」

「お、おう。意外と図太いんだな。昼間、孫堅軍にビビっていた君の発言とは思えない」

「わー!それは言わないで下さい!あんなおっかないの見せられちゃ味方でも震えますよ……」

 

 確かにな、と左慈は呟く。

 

 魏延や徐晃と共にいる左慈ではあったが、戦場での武者働きを見る機会はまだなかった。二人もあのぐらい強いのか。それとも孫堅が異常なだけなのか。そんな考えが左慈の頭に過ぎる。

 

 そしてこの時代最強は言わずもがな呂布である。孫堅よりも当然強いと見るべきだろう。さらには覇王曹操に劉三兄弟、または三姉妹。この時代には化け物が大勢いる。張譲の相手に手古摺っている左慈には、自分が英傑相手に敵うとは到底思えなかった。

 

 

 

 

 

 左慈一行が去った後のこと。

 

 孫家に仕える重臣、黄蓋が孫堅の天幕へとやってくる。反乱軍の夜襲に備えて席を離れていた黄蓋ではあったが、孫堅の機嫌が良いことに悪い結果ではなかったことを悟る。

 

「して炎蓮様。中郎将はどうでしたかのう」

「想像していたよりずっと若かったな。雪蓮と変わらん。いくつか上といった程度だ」

「若き都の将官ですか。将来有望ですな」

「うむ。頭もキレそうだ。オレに見えていないモノが左慈には見えているようであった」

 

 都の高級将官として左慈は名を馳せていた。

 

 地方へと赴任すれば州刺史にもなれるだろう。外戚の筆頭である何進の側近を務めており、何皇后が后に立てられたのは左慈の策による功績が大きいとの噂も長く広まっている。やがては九卿にもその名を連ねるだろうと目されていた。

 

 今回の討伐軍においても左慈が敗れるなどという考えは無く、都では既に南陽郡の後任の話し合いが行われていた。中でも袁一族の者を推す声が大きいことを左慈は知る由もなかった。

 

「左慈が気に入った」

「ほう。才を見込んだと?」

「それもある。後はそうだな。オレの部隊に矢を射る度胸とそれを詫びぬ態度もいい」

「いや、あれは炎蓮様が悪いでしょ。我慢し切れずに飛び出して行ったじゃないですか……」

 

 それに何より、と孫堅は続ける。

 

「左慈は敵に容赦なく身内に甘いと見た。オレ好みだ。うちの連中とも馬が合うだろう」

 

 左慈は捕らえた捕虜を翌日には解放する。

 

 武器一式を剥ぎ取り、腕利きの工作兵をその中に忍ばした上で城へ帰ることも認める。それから数日と経たぬ内、左慈は城の備蓄の多くを焼き払うことに成功した。

 


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