恋姫立志伝   作:アロンソ

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十五話 宛城攻略戦③

 

「炎蓮様。なぜ中郎将は我らの献策を認めることにしたのでしょうかのう」

 

 星空の下、天幕を離れる二人。自軍へと引き返す道中、黄蓋は孫堅に疑問を投げ掛ける。

 

 宛城攻略戦は既に九割方大勢が決している。そして左慈が提案した策が一番王道で最後の一押しには効果的な手段であったはずだ。それを取り下げてまで危険を伴う方法を選び、さらにはせっかく一人占めできるであろう功績を他軍に分け与えることも比較的あっさりと認めた。

 

 勿論孫堅軍にとっては願ってもない話である。だがあまりに都合の良い話というのは裏があるものだ。貸しを作ると左慈は言っていたが釣り合いが取れているようには思えない。

 

「それは無論オレ達孫堅軍の力量を見込んでのものだ。と、言い切れたら話は楽なんだがな」

「そう仰るということは裏があると?」

「オレも自分の武には絶対の自信があるのだが、孫家の皆を束ねる主君としてはあまり偏ったことを言ってはいられん。旨い話には裏があると考えるのが必然だ」

 

 商人であった左慈を取り立てたのは今や外戚筆頭格である何進とされている。だがその何進を、即ち何氏を外戚に取り立てたのは左慈ではないかという噂は以前よりずっと広まっていた。

 

 立身前の何進の下を足しげく通う左慈の姿を都の多くの住人が目撃していた。何度も何度も議論を重ねた上で策を練り、ついには何氏を外戚の地位に就けたのではないかという噂。これが一笑に付されることなく、信憑性の高いモノとして伝わっているのだから面白い。

 

 そして欲が無いのなら都へ留まる理由があるのだろうかと孫堅は思う。地方から見ても中央が混沌としているのはわかる。そして左慈は押しも押されぬ中郎将だ。出自が低かろうが地方ならどこへ行っても大手を振って歩くことができ、今よりもずっと楽が出来るに違いない。

 

 何進との関係がそれを阻んでいるのかもしれないが、本気で押し通そうとすれば通るはずだ。外戚側の側近である左慈は宦官側からしても疎ましい。進んで地方へ赴任を願い出るなら断る理由がない。裏で手を回せば容易に願いは叶うはずだ。

 

 事実、宮廷のイザコザを避けるために地方に逃れる役人も少なくはない。謂われ無い讒言による失脚。または謀殺。全部が全部真実であるわけではないだろうがそんな話しを耳にすることも少なくはない。そして外戚側に立つということは常にそういう危険が伴う。

 

「ふむ。つまりはどういうことでしょう?」

「そんなことは知らん。オレに小難しいことを考えさせるな。戻って左慈から聞き出して来い」

「それが出来れば苦労しませんぞ……」

 

 考えれば考えるほどわからないと孫堅は思う。

 

 立身前の何進に目をつけて読み通りの結果を得る。その恩恵を受けて自身も出世する。若くして都尉、校尉、中郎将を歴任。その全てを狙ってやったのなら傑物の類と見て間違いない。

 

 こちらの力量を見込んでもあるだろうが、簡単に功を譲ったところを見るに左慈は出世欲が薄いのだろう。ならば都に留まっているのは何進への義理立てか。それともまだ……。

 

「……自分の進むべき道が定まっていないのか」

「道、でありますか?」

「実際どうなのかは知らんがな。興味が尽きん男ではあるが、今はそれよりも目先のことだ」

 

 思考を巡らせる孫堅ではあったがそれを放棄し、愛刀である南海覇王に手をかける。そのまま孫堅は鞘から抜き出した南海覇王を天高くまで突き上げて宣言する。

 

「ややこしそうな左慈とは違い、オレのするべきことはわかりやすくていい。オレの武勇を天下に示すため。そして孫家の繁栄のために前だけを進む。でかい功を立ててやろうじゃないか」

 

 

 

 

 

 結果から先に述べると孫堅は見事に張楽の首級を刎ね上げてみせた。

 

 孫堅は仕掛けられた罠を打ち破り、誰よりも前を駆けては奮迅の働きを見せる。僅か数刻の間に斬り落とした敵兵の数は百を優に超える。

 

「我こそは孫武の末裔である孫文台である!オレを討ち取れば官軍は一気に崩れ落ちるぞ!」

 

 孫堅は敵陣深くであっても敢えて敵兵の目が自分へと集めるように仕向けた。

 

 数多く仕掛けられた罠。四方から飛んで来る矢。いかに敵が雑兵であっても無傷とはいかない。それでも孫堅は左慈と交わした約束を果たすため、自軍の兵士を落とさぬために敵の攻勢の多くをその身一つで凌ぎ切ってみせる。

 

「炎蓮様!一度後ろにお下がり下され!」

「やかましい!黙ってろ!オレが先頭を突き進んでいるからこそ皆が後を追えるのだ!」

 

 だがいかに孫堅であってもやがて手傷は増えていき、次第にその体は赤く染まる。

 

 一騎正に当千に値する凄絶さ。手傷を負う毎に苛烈さを増す姿には敵兵のみならず自軍の兵士さえも息を呑む。張楽の下へ辿り着いた時には頭の天辺から爪先まで余す所なく、孫堅の体は赤黒く血で染まりきっていた。

 

「貴様が張楽だな。怨みは無いがこれも世の倣いと知れ。その首この孫文台が貰い受けるぞ」

 

 孫堅は一騎も失うことなく見事張楽の首級を上げてみせる。

 

 ただ一つ誤算があるとするならば孫堅が血を流し過ぎていたこと。官軍本隊が入城するまでの間、孫堅軍の兵士が勝鬨を上げなかったことからも窺い知ることができる。

 

 孫堅軍の兵士は皆一様に主君の身を案じた。いくら不死身の大将であっても今回ばかりは不味いのではないかと。そう思ってしまうほど孫堅の傷は深かった。

 

 

 

 

 

 宛城へと入った左慈は城内が異様に静まり返っていることに違和感を覚える。

 

 既に張楽の首は左慈の手に届いていたし反乱に加わった兵士もほとんどが投降していた。中には城外へと逃げ出す兵もいたが、そんなことは知ったことじゃないと左慈は思う。

 

 どうしたものかと馬を進めていると答えに辿り着く。城の中の一室で起き上がることも儘ならない様子の孫堅とそれを心配そうに見守る孫家の兵士たち。左慈の存在に気づくと重臣である黄蓋が揖礼を以ってそれに答える。黄蓋も孫堅までとはいかずとも体の至る所に傷が目立つ。

 

「酷く手傷を負っているようだな孫堅殿。意外と手強い相手でもいたのか?」

「おお、その声は左慈か。手強い相手などおらん。ただオレの精進が足りなかっただけのこと」

「おいおいタメ口か。これでも上官なんだから形式的なものでも敬う姿勢はみせてくれよ」

「細かいことを言うな。オレはこの有様だ。声を出すのも面倒なら取り繕うのはもっと面倒だ」

 

 孫堅の言葉に左慈は苦笑いを浮かべる。

 

 左慈と共にやってきた兵士達が孫堅の態度に顔を顰めなかったのは、孫堅の傷の深さにある。孫堅の体から流れ落ちる血で床は水溜りのように浮かび上がり、その顔色も芳しくない。重傷。いや重体と言っても過言ではない。生きているのが不思議なぐらいだと思う兵すらいた。

 

 そんな中で左慈がいつも通りの口調で話しかけたことには皆驚きを隠し切れなかった。いつものように涼しい表情で何も変わったところを見せない。まさか今の状況を理解していないわけではないだろうが、どうしてこうも変わらない態度で接することができるのだろうかと疑問に思う。

 

「ところで左慈。オレは約束通り一騎も落とさず張楽の首を上げた。故に特別な褒美をくれ」

「流石にがめついな。オレが頼んだわけじゃないぞ。まあ叶えるかはわからんが聞いておくよ」

 

 孫堅は血を流し過ぎていた。

 

 視界は霞み全身は鉛のように重い。おそらく自分はこの場で死ぬのだろうと察していた。戦場で死ぬのなら悪くもないと孫堅は思う。だが残された家族を放置してはおけない。

 

 この時代の役人は世襲制ではなく任官制である。豪族のように地方に土地を持っていれば子に後を継がせることができるが、中央から統治を任命された領主にはその権限がない。孫堅はあくまでも領土の統治を任されている立場であって、領主の立場を子に継がせることはできない。

 

 孫堅が死ねば孫堅が治めている地は中央に戻されることになる。一族も兵士も散り散りとなるか纏まってどこかの勢力に吸収されることになるだろう。死期を悟った孫堅はどうせなら僅かな間でも付き合いのある左慈に一族の面倒を頼んでみようと考える。

 

 流石に無官で無名の子を領主に立てるように根回しを頼むのは無理がある。短い付き合いではあるが、左慈なら悪い様にはしないだろうという確信もあった。優秀なら取り立て働きによってはその後、領地を賜ることも十分に可能だろう。死に際の言葉なら受け入れられるかもしれないと。

 

「……で、どこの領地が欲しいんだ?それとも都の役人にでもなるか?あまりお勧めはしないが」

 

 左慈の言葉はその場の全ての兵士にとって予想外であった。そんな中で孫堅は笑った。

 

 あまりに予想外な言葉に笑いは止まらず、傷口から血が吹き出るのも気にならなかった。そうか左慈は自分が生き残ると考えているのか。冗談であってもこの場でこれは面白い。

 

 ただただ痛快だった。きっと左慈も笑っているのだろうと振り向くも、そこには顔を引き攣らせた左慈がいた。笑っている自分にいくらか引き気味のようにも見えた。

 

「こんなに笑ったのは久しぶりだな」

「そ、そうか。それは何よりだ……」

「領地が良い。オレを太守にしてくれ。故郷に錦を飾るのも悪くはないが、この地が欲しい」

「この地は既に後任が決まっているから無理だ。そうでなくても南陽郡はかなり厳しいな」

 

 呉郡ならいけそうだと左慈は思う。

 

 孫堅の故郷という話だし揚州の僻地なんて誰も気にしないだろうと。ちょこっと推挙しておけば叶うはずだ。史実の孫堅も故郷である呉郡の太守を務めていた可能性は高いだろう。

 

「ならば南郡はどうだ。反乱軍に加担した蔡家とやらが気に入らん。直々に話をつけてやる」

「南郡か。どうだろうなあ。在任者もいるだろうし難しいかも。普通に呉郡じゃ駄目か?」

 

 それなら話は簡単だけど、と左慈は続ける。

 

「蔡家については今じゃなくていいだろ。五年後だろうが十年後だろうが好きな時に借りを返せばいい。オレは興味ないから好きにするといい」

 

 ならば一体左慈は何に興味があるのだろうと孫堅は思った。

 

 功績にも名声にも執着せず、ただ与えられた役目をこなしているだけにしか見えない。そんな人間は世に掃いて捨てる程いるだろうが、左慈の地位まで昇ると極めて稀だろう。興味が尽きない男だ。その行く末を見届けてやりたいところではあるが、今の自分にそれを求めるのは酷か。

 

「それでもいいが、ちと厳しいな。もはや体が満足に動かん。オレはここで朽ち果てるだろう」

「炎蓮様!しっかりなさって下され!」

 

 孫堅が珍しく弱音を吐いたことに黄蓋はその死期を悟った。

 

 同時に孫堅軍のみならずその場の官軍が大いに慌ただしくなる。何か出来ることはないものかと皆が考える中、左慈だけは冷静だった。自分の天幕に置いてある薬を持って来るようにと近くの兵に使いを頼み、その後は薬が届くまで場を静観していた。

 

 歴史的に孫堅が死なないと知っている左慈にとっては困惑する場面ではなかった。確かに重傷なのはわかるが、きっとなんとかなるのだろうと高を括っていた。やがて頼んでいた薬が手元に届くと、左慈はそれを持って孫堅の傍へと近づく。

 

「出立前に都の商人達に貰った薬だ。嘘か真か知らんがどっかの秘薬とか言ってたかな」

「……中郎将。お気持ちは有り難いのですが、もはや薬でどうこうなるようには思えませぬ」

「そう言わず受け取っておけ。貴女の名は黄蓋と言ったかな。その心配には及ばんよ。薬の効力はわからんが、孫堅はこんなところじゃ死なん」

 

 その場の兵の注目が左慈へと集まる。

 

「この様のオレが死なんとはな。やっぱりお前は面白いな。その理由を聞かせてはくれんか」

「理由なんて簡単だ。それはアンタが先の時代に必要な英雄であるからだ。こんな小さな戦で命を落とすなんてことはあり得ないんだよ」

 

 左慈の言葉には強い言霊が宿っているかのようであった。

 

 なんの根拠も無いその言葉が強く強く響き渡る。次第に誰もがそれを認めてみたくなる。左慈がそう言うのであれば大丈夫ではないのだろうかと。そして孫堅の体に僅かに力が戻る。

 

「……ふふ。なんだそれは。わけがわからん。が、お前がそう言うならそうなのかもな」

「そうだよ。だからさっさと治せ。面倒だが戦の後始末はオレがしておいてやるから」

「それは助かるな。オレも面倒は嫌いだ。……少し眠る。起きた時に酒があれば最高だ。ちゃんと用意しておくんだぞ左慈……」

 

 そう言い残すと孫堅は眠りについた。

 

 孫堅はそのまま三日三晩峠を彷徨った。生命力が強かったのか薬が利いたのか。それとも左慈の言葉が命を繋ぐきっかけとなったのか。それは定かではないがやがて孫堅は深い眠りから覚めた。

 

 目覚めた一言目に「酒は用意してあるか」と言い、そのまま左慈を呼び付けたのは孫堅らしい豪快なエピソードと言える。本来この戦で死ぬはずだった孫堅が生き残ったことが、後にどのような影響を与えるかはまだ誰も知る由のないことであった。

 

 

 

 

 

 今回の反乱は後に張楽の乱と呼ばれた。

 

 羽林中郎将であった左慈は二万の兵を率い、籠城する同数の反乱軍を相手に真っ向から攻め落としたとされる。その被害が極めて軽微であったこと。そして当時はまだ地方の県令に過ぎなかった孫堅が討伐軍に参加していたこともまた、後の歴史書に明確に記されることとなった。

 

 さらには左慈が都へ戻る直前、孫堅との間に以下のようなやり取りが行われたとも噂された。

 

「時に左慈。一つ尋ねたいことがある」

「なんだ孫堅。約束は違えんから安心しておけ。オレはこの手の手回しが得意なんだよ」

「そこは特に心配してはおらん。それでなんだが左慈よ。お前に妻子はあるか?」

「妻子?いないけどそれがどうした?」

 

 孫堅の口元が緩む。その笑みに左慈は曰く形容し難い悪寒を覚えるも時すでに遅し。

 

 孫堅は今回の討伐戦で左慈のことを気に入っていた。外から見ても功績を認められて推挙してもらう上官であり、重傷を負った孫家の当主の治療のために貴重な秘薬を割いた人物。

 

 孫家にとって恩人であるといっても過言ではない。それに一代で返し切れない程の大恩。それ故にこのような話が上がるのも、至極当然のことと言えるかもしれない。

 

「オレには娘が三人いる。どれでも好きなのをくれてやろう。お前の嫁に持っていけ」

「……いや、いらない」

「そう遠慮をするな。オレの娘だ。器量も良い。丈夫で強い子を身籠るだろう」

「そういうことじゃなくてだな……」

 

 孫堅の提案に左慈は困惑する。

 

 突然虎娘をやると言われても困る。そんな未来は想像がつかない。だがこの手の話はデリケートなことでもある。断るにしても突っぱねれば良いということでもない。相応の理由が必要だろう。

 

 熟考する左慈。瞬間、閃光の如く閃く。そういえば確か孫堅が言っていたことがあったと。酒の席で特に聞いてもいない子供の話を聞かされていた左慈には一つの妙案が浮かび上がる。

 

 上の娘は戦闘狂。血を見ると興奮する性質らしい。怖すぎる。真ん中の娘も武芸に精を出しているようであり、一番下の娘は上二人と年も大きく離れているが既におてんばと聞いた。今後の教育次第で変わる可能性は否めんが、そんな先のことまで気にしても仕方がない。

 

 要するに孫堅同様、血の気が旺盛な一族と左慈は踏んだ。突破口はそこにあると知る。

 

「悪くない話だがオレも独身を貫いているだけあって理想が高い。偉ぶる気はないが選りすぐり出来る立場にあるとも自負している」

「尤もだ。だが都の高官が独身であるのは格好もつかないはずだ。周囲も騒がしくなるぞ」

「だろうな。だがまだ猶予はある。焦る年でもない。今は自分の理想を一分と曲げる気はない」

 

 左慈は現状嫁など考えていなかった。

 

 これから時代は大きく動く。そんな呑気なことを言ってはいられないだろうと。そもそもこの夢とも現実とも言い表せる世界。そんな世界で嫁など娶ってもいいのかという思いもあった。

 

「その理想とやらを聞かせてくれ」

「とにかく気性が荒いのは勘弁。多少気難しくとも生真面目な人の方がよっぽど合う。争いを好まず慈愛の心を持った淑女。優秀である必要は特にない。後は年が離れ過ぎていても困る」

「…………ほう」

 

 さりげなく三女を牽制する左慈。

 

 左慈は特に理想の女性像とでも呼ぶべきものがなかったので、少し申し訳ないと思いながらも孫家の虎娘達からかけ離れた人物を思い浮かべて話してみる。

 

 生真面目で争いを好まず、深い愛情をもった上品な女性。この世界に存在するのか定かじゃないことを除けば理想的だろう。孫堅が押し黙っているのを見るに上手くいったようだと左慈は読む。

 

「それ以外にもあるなら話してくれ」

「後は名家の関係者も困る。柵が強いと面倒だし。後継ぎの立場である長子も避けたいな。身の軽い次女三女で政に口を挟まない人がいいかな。家の中ではゆっくりしていたいし」

「…………なるほど」

 

 手応えありとばかりに左慈は頷く。

 

 そして押し黙る孫堅と同じく熟考の構えを見せる側近の黄蓋を見ながらこの世界の結婚。また妊娠といった問題はどうするのだろうなどと今更なことを思う。

 

 三国が一つになるのは今の世代の孫やひ孫の世代の話であったはずだ。文官ならともかく武官は乱世ともなるとおちおち妊娠なんてしていられないだろう。主力がごっそり産休なんてオチで戦に敗れでもしたら笑い話にもならない。

 

「どう思う。祭」

「……これはまさに天意であるかと」

「オレも全く同意見だ。まさかこうも当て嵌まるとは。言ってみるものだな……」

 

 だが後継ぎは必要だ。そういう面では娘が三人いる孫家は安泰なのかもしれない。

 

 そんなことをぼんやりと思いながら左慈は先の世のことを想像した。そして自分はこの先、一体どんな道を歩むのだろうかと思いを馳せる。

 

 三国のどこかに身を置くか。それとも何進と玉砕覚悟で宦官を滅ぼす道を進むか。宦官を滅ぼした先には何が残るのだろうと考える。第二、第三の張譲が現れるのか。それとも漢が豊かになって繁栄するのか。もうそろそろ決めなければならないだろうと思う。

 

「左慈よ。この先長い付き合いになりそうだな」

「まあそうなるのかな。お手柔らかに頼むよ。孫家とは仲良くしていたいし。黄蓋殿もよろしくな。困ったことがあればなんでも言ってくれ」

「勿論であります。左慈様。いえ若様と御呼び致した方が宜しいですかな……?」

 

 黄蓋の言葉に左慈は疑問符を浮かべる。

 

 なんだろうと尋ねておきたいところではあったが、聞くとまた面倒なことになりそうな予感がしたこともあり、左慈は深く考えることはせず次の話へと移る。

 

「ん?……まあいいや。話がついたら使者を送るよ。その時にでも一度都へ来てくれ。いけ好かない連中も多いが、中央の役人と顔を繋いでおくと楽でいいぞ。話の通りも早くなるし」

「都には興味がある。一族総出で出向くとしよう。楽しみにしておいてくれ」

「騒ぎは起こすなよ?フリじゃないからな?廷尉(司法)は厳格で融通が利かないぞ」

 

 流石に天下の洛陽で騒ぎは起こさないだろうと思いながらも左慈は忠告をしておく。

 

 いかにも上機嫌な孫堅を見ながら「お上りさんなら仕方ないか」などと的外れなことを考えていた左慈は、後に自分の身に降り注ぐことを知る由もない。

 




修正機能での誤字報告ありがとうございました。大変便利でした。

次回は司馬懿。
この時代まだ七曜の概念はなかったはずですが、あるものとして話を進めることになります。コミカルな話となる予定ですので、深くは考えないで読んで頂けますと幸いです。

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