恋姫立志伝   作:アロンソ

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十七話 孫家の思惑

 

 荊州は南陽郡新野県。

 

 左慈から呉郡、廬江郡、丹陽郡の三郡の内から領土を選んで欲しいとの文を受けた孫家は、迷うことなく廬江郡を選ぶ。孫堅の出身である呉郡を選ばなかったことには二つ理由があった。

 

 一つは左慈が可能なら廬江郡に入って欲しいとの旨を告げていたこと。当主の生死の危機を救ってもらい、さらには手柄を認め太守となる推挙までしてもらった孫家。孫一族は勿論のこと、配下の将や兵士の一人に至るまで左慈に対する好感度はかなり高いものがあった。

 

 二つは廬江郡が孫家に仕える周喩の故郷であることが大きい。周喩の先祖は三公位である司空を始め、二代に渡って太尉を輩出した家柄にある。廬江周家はこの時代でも有数の名門であるといっても過言ではない。故にその影響力の高い地は治めるに好ましい。

 

 周喩は孫堅の長女である孫策と断金の交わりを契る程の仲であり、孫一族ともかなり親密であった。孫家がどっしりと根を下ろす地として廬江郡はとにかく都合が良かった。

 

 左慈は先にある黄巾の乱の備えとして孫家を廬江郡に据えようとしただけのことであったが、孫家から見ると違う解釈であった。後ろ盾のない自分達が太守として上手くいくように廬江郡を選んでくれたのだと考える。配下である周喩のことも、周喩と孫策の関係も当然知っているのだと。

 

「あの時の炎蓮様は絶望的でしたのう。儂ですら助からんと思ってましたぞ」

「馬鹿を言え。あんな傷の一つや二つ、唾でもつけておけばすぐに治ったわ」

 

 連日のように孫堅と黄蓋は宛城での戦いでのことを周囲の人間に話して聞かせた。

 

 孫堅も黄蓋も左慈のことを非常に高く評価していた。女性社会であるこの世界において彗星の如く現れた左慈。孫家の面々も始めは怪訝に思うこともあっただろう。

 

 それでも宛城での戦いが終わった後となってはそんな考えも完全に消え失せていた。今は孫家の大恩のある人物として、また将来有望な出世株として左慈を見ていた。さらには近い将来、次女である孫権と縁談を結ぶ相手としてこれ以上のない人物だと考える。

 

「しかし左慈の好みにこうもピタリと蓮華が当て嵌まるとはな。良い風が吹いておる」

「全くですな。これはまさに天意。この先孫家益々の繁栄が約束されたも同然でしょうぞ」

「うむ。左慈に親族がいないというのも面倒がなくていいが、一つだけ気になることがある」

 

 孫堅は一つ危惧していることがあった。

 

 この時代に強い影響力をもつ儒教の思想の中に孝という項目がある。子は親に従い、年長者には礼を払えという一見すると当然の教えであるようにも思えるが、これが意外とややこしい。

 

 自分の妻子と親。どちらが大切かなど比べるなんてことがあり得ない時代。極端なことを言うと妻子を捨ててでも親を立てることが美徳とされている。親が子の面倒を見ることは他の生き物でもあるが、子が親の面倒を見るのは人間を除いて他に無く、何より尊いという考えである。

 

 君主に仕える忠よりも親に仕える孝の方が上に位置づけられている。この辺は日本とは逆であるが、ここで大事となるのは左慈が忠孝を誰に向けているかということだ。

 

 左慈に親族がいないということを本人の口から聞いていた孫堅ではあったが、その代わりに何氏とかなり付き合いが深いとの話も聞いた。何進と左慈は故吏関係にあり、忠を向ける相手は何進で間違いない。さらに孫堅は左慈との会話の節々から何進に対する高い信頼感を感じ取っていた。

 

 故に親族のいない左慈にとって孝を置く相手もまた何進になるのではないのかと考える。

 

 かなり強引な解釈であるかもしれないが、もはやそれ以外心配する要素がないと考える孫堅にとっては重要な問題であった。孫家は推挙される立場にある。左慈の理想にこの上なく一致する異性であったとしても、このタイミングで嫁がせるとなると周りはどう思うだろうか。

 

 間違いなく媚びを売っているように見えるだろう。例え左慈がそれを良しとしても、その上司である何進が首を縦に振らなければ左慈が諦める可能性は十分にあり得ると考える。

 

「と、いうわけだ蓮華。左慈を籠絡してサクッと孕んで来い。これが一番手っ取り早い」

 

 以上のことから孫堅は結論を出す。

 

 作戦はシンプルに子を孕み嫁ぐ理由を掴んで来いというものであった。そうすれば誰も文句を言わないだろうと考える。左慈に後継ぎが出来ることは誰にとっても好ましい話のはずだと。

 

「そんなことを急に申されましても。わ、私は……その。経験どころか知識すら碌に……」

「大丈夫だ。それっぽく振る舞っておけば勝手に喰らいついてくるはずだ。心配いらん」

 

 親である孫堅と非常に良く似た容姿の孫権。名前の響きも全く同じである。

 

 その健康的な褐色肌を熟れたトマトのように赤く染め上げる孫権。顔からは湯気が湧き上がり、いかにもこの手の話に免疫が無い態度を見せながらも孫権は、この話を大層嬉しく思っていた。

 

 

 

 孫家の面々は左慈に高い好感度を覚えていた。

 

 そんな中でも順位をつけるなら一位は孫堅でも黄蓋でもなく孫権であった。その理由の多くは親である孫堅の恩人であるからであったが、孫権はその以前から左慈のことを強く意識していた。

 

 若き都の高官という話を聞いた時にどんな人なんだろうとぼんやりと思った。世にも珍しい男の高官であったことも意識を向けるきっかけとなったのかもしれない。

 

 都から新野へやってくる商人達は本当によく左慈のことを話していた。共に商いを行えたことを誇りに思っている商人も多かった。偉くなっても全く変わらぬ態度で商人仲間と接した左慈。品物を値切る時に官職を持ち出すぐらいだと言って商人達はいつも大きな声で笑っていた。

 

 そのままトントン拍子に出世していき、左慈は万を優に越える反乱軍すらも楽に蹴散らしてみせる。才能があって徳も高いのだろうと孫権は思った。自分とはあまりにも違うと。

 

 孫家の三姉妹であってもそうだ。自分よりも遥かに才能に満ち溢れた姉。天真爛漫で誰からも愛される妹。それに比べて自分には何があるのだろうと孫権は思った。世は無常な程にその優劣がはっきりと示される。僅かな才能の片鱗であっても、凡人の目にはあまりにも眩しく映る。

 

 官軍大勝の報を受けてやがて孫堅も新野へと戻った。酷い手傷を負った孫堅はそれでも宛城の戦いのことを楽しそうに話していた。事細かい戦略の話が孫権には半分も理解できなかった。

 

 自分が孫家の中で一番劣っていると孫権はいつも劣等感を覚えていた。自分は孫家に必要のない人間であるとさえも思った。優れた姉と人望のある妹。自分には一体何ができるのだろうと。

 

「あ、そうだ。蓮華の婿が決まったぞ」

 

 そんな絶望の中、孫堅が放った一言で孫権の世界は大きく開くこととなった。

 

「…………えっ?」

「いや、なに。左慈の好みの女性像があまりに蓮華と酷似しておってな。嫁に行ってこい」

「さ、左慈殿と言えばあの左慈殿でしょうか?此度の討伐軍の総指揮官を拝命なされていた?」

「その左慈だな。年は少し離れているが誤差の範囲だろう。優秀な男だ。嫁に行ってこい」

 

 孫権は当初開いた口が塞がらなかった。一体何を言っているのだろうと思った。

 

 孫堅の話だけでは要領を掴めなかった孫権は孫堅の隣にいる黄蓋にも話を聞いた。だが黄蓋も全く同じことを言った。左慈の求める結婚相手に自分が完璧に当て嵌まっていると。

 

 能力ではなく女である部分を求められたことに孫権は恥ずかしく思うこともあった。それでも誰に言われるわけでもなく、これが必要なことであることもすぐにわかった。

 

 姉にも妹にもできない大切な役目であると告げられた孫権は嬉しかった。そしてその相手が左慈であることがなんだか照れくさく思えた。一度も会ったことのない相手であるはずなのに、孫権は左慈のことを長く知っていたのでその思いも一入である。

 

 孫家が受けた恩もある。それに親である孫堅に言われたなら自分に拒否権は無いと孫権は思った。それでもすぐに飛びつくような真似をするのは品格に欠けるのではないかと考える。少しは考えるような素振りを見せることもまた、駆け引きとして必要なことなのではないかと。

 

「わ、私が左慈様の下へ嫁いで行くなんて……。あまりにも急な話に心の準備ができませんよ」

「よしっ!心の準備はできてるな!」

 

 それでも孫権は体の内から湧き上がる喜びの感情をどうにも抑えることができなかった。

 

 優れた姉でも人望のある妹でもなく自分を強く求めてくれていることが孫権には嬉しかった。嫁入りの話が出てからというもの、皆が自分を見てくれているような気がした。良い嫁になるだろうと口々に誉められた。それが孫権には嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 

「ちょっと待ってよ母様!私は蓮華の嫁入りなんて断じて認めないわ!だって蓮華が抜けたら私の仕事が増えるじゃないの!」

 

 孫家に仕える者のほとんどが孫権の嫁入りに対して肯定的であった。

 

 そんな中で孫権の姉である孫策だけはどうにもそれを受け入れることができずにいた。

 

「なんだ雪蓮。お前はオレの決定に異を挟むのか。それも自分が怠けたいからとはどういう了見だ?んん?もう一度同じことを言ってみろ」

「い、いやこれは……その。怠けたい気持ち半分と蓮華が離れることを寂しく思う気持ちが半分で……その。母様威圧しないで!凄く怖いわ!」

 

 三国志演義において小覇王とまで称された孫策も実の親には少しも頭が上がらない。

 

 ならばと孫策は実妹である孫権を見る。内気な妹を説得すればすぐに考え直すのではないかと考える。嫁入りなんてまだまだ妹には早い。自分だってまだなのにと孫策は思う。

 

「でもわかってるの蓮華?」

「なんのことでしょうか姉様?」

「嫁入りともなれば、その日の晩には当然の如く閨へ招かれることになるわ。こうガッと着物を引ん剥かれて、バッと獣のように襲いかかられ、ズボッとアレがアレになるのよ?わかるかしら?」

「わ、わかります。子を成すためには必要な行為であると……その。聞いたことがあります」

 

 落ちつかない様子で視線を散らす孫権。

 

 そんな妹を見た孫策はもう一押しだと思う。嫁に行かれたら仕事も増えるし会えなくなるしで堪ったものじゃないと。そしてもう一つ、孫策にはどうしても認められないことがあった。

 

「いや、蓮華はわかっていないわ。左慈はきっと閨では常人の比じゃないほど荒々しいはず」

「あ、荒々しいのですか……」

「三日三晩不休でも余裕でしょうね。ナニの大きさは既に大将軍級と称えられているとのことよ」

 

 適当な言葉ばかりを並べる孫策を孫堅は咎めることなく、興味深そうに眺めていた。

 

 本来ならいい加減なことばかり話す孫策に雷を落とすべきなのだろうが、どうにも孫策の様子がおかしいことに孫堅は気づく。仕事が増えるのも寂しいというのも本心だろう。だがもう一つ、孫策が気にしているであろうことを孫堅は察した。

 

「さては雪蓮。お前恐れているな?」

「……な、なんのことかしら母様?」

「気持ちはわからんでもない。蓮華の子が生まれればお前は伯母さん……になるわけだ」

「止めて母様。私はまだまだ若いわ。肌だってピチピチだし体もキレッキレだし。祭とは違うの」

 

 瞬間、動揺を露わにする孫策。

 

 咄嗟に重臣である黄蓋の名前を出して現実から逃れようとする。孫権が嫁ぐということはその可能性が十分に考えられると。むしろ孕んでから嫁がせようなどという案が出ている現状。到底受け入れられない現実が迫っていると孫策は強い危機感を覚えていた。

 

「……で、でも母様だってお婆様と呼ばれることになるわ!そんなこと認められるの!?」

「可愛い初孫の言葉であれば怒りはない。むしろ喜ばしい話ではないか。なあ?雪蓮伯母さん」

「……ッ!?わ、私は絶対に認めない!あの手この手を駆使してでも妨害してみせるわ!」

「滑稽だな雪蓮。右往左往と慌てふためく様には笑いすらこみ上げてくる。現実を受け入れんか」

 

 まだ顔合わせすら済んでいないのにも関わらず、不毛な話を繰り広げる孫堅と孫策。

 

 完全論破されたと敗北を認めた孫策はその場に崩れ落ちそうになる。それでもなんとかそれを堪え、一方的に捨て台詞を吐き捨ててはその場を逃げるように立ち去った。

 

「冥琳と策を練ってアッと言わせてやるんだから!私は絶対にそんなこと受け入れないわ!!」

「姉様!?」

「放っておけ。雪蓮も一族の不利益になることはせん。冥琳に説教されるのが関の山だ。まったくアイツはいつまで経っても落ちつかんな……」

 

 奔放な娘に孫堅はやれやれと呟く。これも孫家の大黒柱が健在であるからこそだろう。

 

「それよりも蓮華。都へ着けばお前には左慈と会って貰う。前に話した通り今回で嫁がせるのはちと厳しいが、見惚れられて押し倒されれば勝ちだと思え。というかお前が押し倒してもいいぞ」

「そ、そんなはしたない真似はできません!」

「なんだ蓮華。お前は左慈と会うのが楽しみではないのか?なら嫁入りは辞めておくか?」

 

 意地の悪いことを言う孫堅。孫堅にはもう自分の娘の気持ちがよくわかっていた。

 

 孫堅は思う。自分が命じたこともあるが、始めから嫁入りに前向きであったのは驚いた。融通の利かない一面もある娘だ。頑なに拒否の姿勢を取る可能性もあったがあっさり承諾ときた。あまりにも当て嵌まった左慈の言葉もある。これはやはり天意なのではないかと考える。

 

「い、いえそのようなことは……」

「なんだはっきりせんな。どっちなんだ?」

「わ、私は……その。嫁入りの話を聞いてからずっと、左慈様にお逢い出来るのを待ち侘びていました。お慕いする気持ちは誰にも負けません!私なりに……その。が、頑張ります!」

「よしっ!その意気だ!この孫文台の娘ならば一発で仕留めてみせろ!二重の意味でな!」

 

 そう高らかに宣言する孫権。そして左慈は自分を見てどう思うのだろうと考える。

 

 願わくは自分を気に入り、受け入れて欲しいと強く思う。孫家のためでもあるが何よりも自分自身のために。孫権は一日千秋の思いで左慈と会う時を待ち侘びていた。

 

 

 

 

 

 一方そんな会話が行われているとも露知らぬ左慈は、いつも通りの日々を送っていた。

 

「数え役満シスターズ?なにそれ?」

「まさか左慈様、ご存じではないのですか?」

 

 この日は高順と司馬懿を連れて酒を嗜む。

 

 いくらか酒の進んだ高順が最近流行りのアイドルユニット。数え役満姉妹のことを左慈に話す。勿論そんな存在を知らない左慈は疑問符を浮かべながら高順の話を聞いていた。

 

 今大陸で一番人気の旅芸者であること。大陸全土にファンが多く、高順も実は密かに応援しているとのこと。なぜ横文字なんだろうと左慈は疑問に思うも深くは考えないことにした。

 

「数え役満シスターズねえ」

「左慈様。しすたぁずであります」

「え?だから数え役満シスターズだろ?」

「恐れながら訂正を。しすたぁずであります」

「え?え?オレは間違ってんの?どこか違う?」

 

 ファンの性とでも言うべきか。小さなニュアンスの違いにも過敏に反応する高順。

 

 高順は寡黙で清廉潔白な人物であった。仕事のこと以外は興味ないとばかりの態度であったが、付き合いも長くもなるとこうして酒の席で自分のことを話すようになった。

 

 羽林左監に就任当初の高順は酒も呑まなければ左慈の言葉に対して肯定の返事以外は碌に返さなかった。高順に酒を教えたのは左慈であり、仕事以外の趣味を見つけるようにと言ったのも左慈であった。まさかアイドルにハマるとは思いもしなかったが、それもいいだろうと左慈は思う。

 

「そんで高順は誰が好きなんだ?」

「やはり某は王道である天和殿でしょうか。舞う姿はまさに天女。一瞬、魂を奪われました」

「いや、王道ってなんだよ。しかし旅芸者ねえ。最近めっきり見かけなくなったよな……」

「然りであります。数え役満しすたぁずの報も近頃はめっきり聞き届きませぬ。息災であれば良いのでありますが……」

 

 このところ治安の悪化が顕著であった。

 

 都はまだしも地方は酷いものである。整備された街道を通っても賊の被害に遭うことも少なくはない。そろそろ本格的に動乱期が近づいているのだろうと左慈は思った。

 

 それからも高順による数え役満姉妹の話を聞いた左慈。ふと高順がツアーの際に得たという品物を持って来ると言って席を立つ。別に見せてくれなくとも、と引き止める左慈の言葉を押し切った高順は、千鳥足気味にその場を離れた。

 

「全くでかい図体して何を言ってるんですかね」

 

 高順がその場を離れた後で司馬懿が言った。

 

「オレも驚いたよ。まさか高順が旅芸者にハマるとは。仕事もしっかりしてるから構わんが」

「笑いを堪えるのが大変でしたよ。偏見があるわけではありませんが、違和感を禁じ得ません」

「個人の趣味だからね。そのうち高順に舞とやらを披露して貰おうか。上官命令なら断らんだろう。いや、意外とノリノリかもしれないな」

「ふふふっ。ちょっと止めて下さいよ左慈様。そんなの見せられては耐えきる自信がありません」

 

 その後も和やかに話は進む。

 

 司馬懿は左慈の陣営が数こそ少ないもののどれも粒揃いであると知った。荀彧に高順。さらには一度左慈の屋敷を訪れていた司馬懿は、そこで左慈の同居人である魏延と徐晃と出会う。

 

 二人の力量を司馬懿はすぐに見抜いた。少し経験を積めば万の軍を優に率いられる将になるだろうと。そのことを司馬懿は左慈に話してみるも、左慈は少し困った顔をしてそれをぼかした。なぜだろうと司馬懿は思った。魏延や徐晃の力量は左慈にだってわかっているはずだと。

 

 そして司馬懿は左慈の幕僚の中で公孫賛だけを一人格下に見ていた。他の幕僚と比べると二枚は格が落ちる。せいぜい平凡な将に過ぎないと。だが左慈はそれを良しとはしなかった。

 

「月華。君は公孫賛を甘く見ている節があるね」

「これは失礼致しました。極力態度には表さない様に気をつけていましたが」

「確かに彼女は君や荀彧。または高順と比べると劣っているかもしれない…………」

 

 それでも、と左慈は続ける。

 

「彼女は兵の一人一人にまで良く気を配れているよ。従える兵の信も厚く、どの分野でも水準以上の能力を秘めている。高順の影に隠れてこそいるが、騎兵を操る力はかなり高い」

「なるほど……」

「彼女は良い手本となっている。君達の才は抜きん出ていて目指す先としては少し遠いからね」

 

 左慈は人を良く見ていると司馬懿は思った。この手の能力は自分には備わっていないものだと。

 

「感服致しました。左慈様。私もまだまだです」

「ここは年季の違いかな。君にもすぐわかるようになるよ。公孫賛とも仲良くしてやってくれ」

「勿論です。私も公孫賛殿から学ぶことが多いことかと。時に左慈様、一つよろしいですか?」

 

 極めて優秀で仕事熱心な可愛い軍師。寡黙で忠義に厚い芸者オタクでヒゲの大男。

 

 さらにはまだ世に出ていない二本の大きな刃を左慈は従えていた。楽しい職場になりそうだと司馬懿は思う。自分の才を余すことなく、披露するに値するのではないかと。

 

「ん?どうかした?」

「本日の宴は羽林両監をお誘いするとのお話でしたが、公孫賛殿の姿をお見受けしませんので」

「あ、誘うの忘れてた。なんというか彼女を誘おうとするといつも思考にモヤがかかるんだよ」

「それはいけませんね。今から誘ってみてはどうでしょうか?私も公孫賛殿の人となりをもう一度見返しておきたいですし、高順殿のよくわからない話を聞かされるに二人では心許無いでしょう」

 

 さらには自分を深く理解してくれる主君。

 

 外の世界も面白いと司馬懿は思った。屋敷に籠っていては味わえない面白さがあると。

 




プロローグまで残り五話。大雑把な詳細は下記の通り。
孫呉上洛→蓮華(酒)→張譲、何進→焔耶回想→何進(大将軍)→黄巾の乱。

焔耶と香風の出番が少ない理由。
二人の陣営加入を黄巾の乱の始まりと決めていたこと。当初は十話そこそこで黄巾の乱に入る予定であったことに対し、書きたいことが増えて話数が予定よりも伸びていることが原因です。
閑話を挟むことも検討しましたが、大筋では予定通り進んでいるので上記の通り進めます。焔耶と香風の出番はしばしお待ちを……。

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