恋姫立志伝   作:アロンソ

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二話 楽しい旅と若き覇王

 

 魏延と旅を始めて半年。一人旅の期間も含めると一年は経っただろうか。

 

 今は運送業を片手間に行商人の真似事をしている。ある地域の名産や骨董品を買っては他の地域で売り捌く。極めて単純な方法ではあるが、これがけっこう金になる。想定していたよりも良い値が付くことが多い。

 

 金はあって困ることはないが、この時代は持ち運びに不便であった。銀行なんて制度はないし、何処かへ預けられる宛てがあるわけでもない。あまり大金を持ち歩くのは好ましくないだろう。いらぬ争いの元となることだってある。

 

 身に過ぎた金をもった時は決まって食料に変え、それを貧困の村や町で配って回った。慈善者というわけではないが、こういう使い方が一番正しく思えた。魏延も快く賛同してくれたし、見て見ぬふりをして通り過ぎてしまうのは、気楽な旅にケチをつけることに繋がりかねない。

 

 それに善行を積むというのは気分も良い。他に本業があるわけではないが、道楽がてら気楽に始めた旅で得た金が人様のためになるのなら捨てたもんじゃない。

 

 食料を配った村や町で名前を聞かれてもオレは答えるつもりはなかったが、魏延が勝手に答えた。左慈なんて偽名を名乗るのもどうかと思ったし、名乗ってしまうのはどうだろう。見返りを求めているようで気乗りがしなかった。

 

 相手側からしても名前ぐらいは覚えておきたいのだろうか。いつか必ず受けた恩を返すと言われた。子の代、孫の代になろうとも決して忘れることはないと。

 

 大それた話だと思った。そしてそんな風に思ってしまう自分が少し嫌でもあった。

 

 

 

 この世界、またはこの時代について知ったことはいくつかある。

 

 古代中華の世界であることはほぼ確定的だ。潁川豪族の荀家。汝南豪族の袁家。廬江郡には周家。後はなんだったかな。旅をしながら各地の豪族の名を耳にするたびに確信は深まる。

 

 荀家は荀彧。袁家は袁紹に袁術。周家は周瑜だろう。オレでも知っている名だ。さらに真偽は定かではないが、みんな揃って女とのこと。これには流石に首を傾げたが、どこで聞いても女だという答えしか返ってこなかった。当然だろうと答える人までいた。

 

「な、なんだよ左慈。ワタシの顔になにかついてるのか?」

「いや、うん。魏延。魏延なあ……」

 

 なら目の前にいる少女は本当に魏延なのだろうかと考える。

 

 その実力は疑う余地がない。生まれ持っての天稟だろう。凡人が鍛錬を積んだところで到底適わない領域にいる。所謂桁外れというやつだ。

 

 どうして武者修行なんてしてたのかと疑問に思いもしたが、魏延ならわからなくもない。理由なんて特にないのだろう。師匠がどうこうと言う話も何度か耳にしたが名前までは言わなかった。師匠とは誰のことだろうか。

 

 

 

「この橋、渡るべからずか。ふむ……」

 

 この世界の言葉は日本語であったが文字は漢文である。

 

 読み解くのにいくらか苦労はしたが、今では簡単な漢文なら間を置かずに読めるようにもなった。これは学んだというよりは自然と身についたというべきだろう。読む分にはそれほど不自由はしないが書くほうにはまだ不安が残る。面倒だが何れは学ぶ必要があるだろう。

 

「どこかで聞いたことあるぜ!つまり端を渡らずに真ん中を渡ればいいんだ!」

「いや、立て札に橋って書いてあるだろう。見てもわかるが単純に橋が老朽化して……」

「うわ!左慈まずいぞ!この橋ボロボロだ!足元が崩れ……お、落ちる落ちる!」

 

 魏延との旅は楽しかった。

 

「好都合じゃないか。高さもそうないし落ちても真下は川だ。そのまま魚でも取ってこい」

「そんなこと言ってないで早く助けろよ!」

 

 オレはこの世界での生活に満足していた。

 

 魏延は武者修行が終われば家に帰るのだろうか。なにをもって終わりとするのかはわからないが、一生続けるようなことではないだろう。

 

 どのみちこのまま旅を続けてもやがては離れることになるだろう。魏延は劉備に仕えると決まっている。そうなるとオレはまた一人になる。賊の相手もさることながら、魏延がいてくれたからこそ旅を続けられたと言っても過言ではない。

 

 今更一人旅に戻るのも拙い。ならばそろそろ拠点を設けるべきだろうか。この世界が擬似的な三国志の世界であるのならやりようはある。人脈もそこそこ広がりつつあることだ。未来の知識を活かし、安全に暮らす程度なら一人でもこなせる自信はある。自信はあるのだがやはり寂しい。

 

「酷いよ左慈。助けてくれよ……」

「ああ、悪い。ちょっと考え事をしていてな」

「びしょ濡れだ……。左慈のせいだ……」

「完全に自業自得だが、そう拗ねるなよ。今日は酒を飲んでもいいから、な?」

「ホントか!なら許してやるよ!」

 

 ならばいっそのこと、オレも劉備に仕えてみようか。

 

 やがてはこの世界でも黄巾の乱が起こるだろう。義勇軍を立ち上げる劉備の元になら難なく潜り込めるはずだ。物資の提供でもすれば用いられるかもしれない。

 

 だが劉備はその生涯、やたらと苦労を重ねた印象が強い。その配下も同じことだろう。魏延はともかくオレのような凡人は簡単に死にかねない。毎度都合よく魏延や他の将に守ってもらえるとも限らないし、最初から守ってもらう体なのはどうかと思う。

 

 それに今は一人、寄生先として狙っている人物がいる。

 

 後漢の首都は洛陽。そこにいるのは未来の大将軍こそ何進である。今は街で肉屋を営んでいるようだが近い将来、大いに出世するのは目に見えている。現在進行形で洛陽を訪ねては、ちょこちょこと様子を伺っている最中でもある。

 

 当たりの決まっている宝くじみたいなものだ。それも特賞クラスだろう。買わない手はない。落日の日も知っているし、腰掛には最適の人物だ。

 

 何進に仕えてから劉備でもいい。劉備に拘っているわけではないが、ともかく今は何進優先だ。そして別れの日がくるまでは魏延と楽しくやっていこうと思う。

 

「ああ、旨い。この一杯のために生きてると言っても過言じゃないな」

「まだ若いくせに左慈ってジジくさいことを言うよなあ」

 

 働いては酒に酔い、わいわい騒ぐ日々が本当に楽しい。

 

「奢らせておきながら随分な言い草じゃないか。そんなヤツは……こうしてやる!」

「ちょ、突っつくなって。そこはホントにダメだから…………んっ!」

「相変わらず良い声で啼きよるわ」

 

 魏延の肌を突っついては艶っぽい声を聞く。

 

 酒を飲んでは美少女を好きに弄って遊ぶだなんてオレは貴族かなにかだろうか。こんな毎日が日常化しつつある今が恐ろしくもある。

 

 魏延でしばらく遊んでいると隣の席の客が静かに席を立った。そうこうしていると前の席の客も立つ。もういい時間になってきたのかな、と呑気に考えていると酒場の店主と目が合う。

 

「……ん?も、もう終わりなのか?」

「あ、ああ。そろそろ宿に戻って寝るか……」

「そ、そうか。明日も早いしな!うん!」

 

 乳繰り合うなら外でやれ、と店主の目は訴えかけていた。

 

 騒いでる客は他にもいるだろうに。まったく融通の利かない店主だ。だが地酒は最高に旨かった。また機会があればこの地を訪れてみようと思える程に。

 

 

 

 

 

 司隸は洛陽。

 

 首都だけあって城下はとても栄えていた。行商人の真似事を始めてからは積荷を卸しに来ることも多く、最近は割りと頻繁にやってきている。

 

 この日も何進の肉屋を訪ねるも空振りに終わる。一体いつになったら何進は立身の兆しを見せることやら。このままでは一生を肉屋で終わってしまうだろうに。

 

 何進が空振りに終わったこと。魏延には休暇とばかりに小遣いを渡して自由行動をさせたこともあり、一人することもなく街を歩く。いくらか歩き回っていると城の近くまで来てしまった。なんとなく引き戻そうとするも、脇で声をかけられその場に留まる。

 

「貴方が左慈かしら。聞いた通り、それほど特徴のある男には見えないわね」

 

 挑発的な声に振り返ってみると、そこには子供がいた。

 

 金髪の縦巻き髪。随分と派手な服を着た少女。親の趣味だろうか。魏延のことも少女と評したが、この子に比べると魏延のほうがあらゆる面で遥かに大人である。

 

「なんだ嬢ちゃん。親とはぐれたのか?」

「そ、それは私のことを言っているのかしら……」

 

 プルプルと身を震わせる少女。

 

 子ども扱いされたくない年頃なのだろうか。それは悪いことをしたがどう見ても子供にしか見えない。あるいはオレと同じように暇を持て余しているのだろうか。遊んでやるのは吝かではないが、この世界の子供がなにをして遊ぶのかまでは把握していない。

 

「遊んでほしいのか?それなら鞠でも持ってきなさい。そしたら相手してやろう」

「……堪えるのよ。これは安い挑発……。聞き流すのもまた度量……」

 

 ご機嫌斜めなんだろうか。

 

 都の子供はプライドが高いのだろう。村の子供なら喜んで集まってくるのだが。聞けばオレに会いに来たとのこと。どうしてオレのことを知っているのかと尋ねると意外な答えが返ってきた。

 

 道すがら気まぐれで行っていた慈善。これがけっこう都でも有名らしい。そこまで派手に施したこともないが、少女の耳に入るのだから広まっているのだろう。商人が行ったというのが珍しいのだろうか。思えば金を持っている人間はケチなやつが多い。

 

「門番が話しているのを耳にしたから探してあげたというのに、随分とつまらない男だこと」

「そうか、悪かった。腹は減ってないか?お詫びになんか食わしてやるぞ?」

「子ども扱いするな!その首刎ね飛ばすわよ!」

 

 物騒なお嬢ちゃんだ。

 

 しかし凄みを感じたな。思わず平伏しそうになってしまった。これが国の未来を担う都の子供か。こりゃ向こう五十年は安泰だろう。いや、漢は安泰じゃないか。

 

 しかし何しに会いに来たのだろう。すっかりへそを曲げて話さなくなった。用がないのならオレもこの場から去りたいが、曰く形容しがたい雰囲気を前に足が動かない。第六感的なものがこの場に留まれと警告を発している。

 

「……ところで貴方、一体何処にいたのよ。探し出すのにひどく時間をくったわ」

 

 特別興味もなさそうに少女が言った。

 

 次に続く言葉を考えているようには見えない。おそらくもう、オレに対する関心は薄れているのだろう。探してくれていたみたいなので申し訳ないな。何進の話なんてしても仕方がないが、他に話をすることもないし構わないだろう。

 

「知り合いの何進のところへ行っていたんだ。ほら、この街で一番大きな肉屋があるだろ」

「あるにはあるわね。商いの足しになるとは到底思えないけれど」

「店自体には興味がない。あるのは何進と、その異母妹の女。二人は大枚を叩くに値する人物だ」

「……へえ。なんの変哲もない町人相手に商人の貴方が入れ込んでいるってわけ」

「そうなるな。芽が出る日を待っている」

 

 いつになることやら。

 

 その日は明日かもしれないし一年後かもしれない。そう遠くないと思うのだが時期までは定かではない。逸って失敗されても困るわけではあるのだが、あまり待たされるのも困ったものだ。

 

「機がくればオレの持つ財の全てを注ぎ込んででも何進を立てるつもりだ」

「面白いわね。そうなると売官制度かしら。私が言えた義理じゃないけど、あまり褒められた手段とは言えないけど?」

「そこが難しいんだよなあ」

 

 なんだか複雑な話になってきた。

 

 だが少女は興味深そうだ。頭も良さそうだし未来の学者さんかなにかだろうか。将来有望なのだろう。コネをもてたら後々役に立つはずだ。

 

「それでその機がやってきたら、貴方の支持する何進とやらはどこまで昇っていくのかしら?県令?太守?それとも都の高官に……」

「大将軍だ」

 

 ほとんど反射的に答えてしまう。

 

「何進は大将軍になる。それ自体は特別難しいことでもないが、問題はいつなるかだな」

「……へえ。本気みたいね。肉屋が大将軍へ。誰に話しても与太話だと笑うでしょうね」

「だろうな。好きにするといい」

 

 だが確定事項だ。

 

 誰がなんと言おうとも何進は大将軍へなる。この世界が三国時代の流れを汲んでいるのならこれは確定事項だ。そしておそらくは近い将来、その芽が見えてくるはず。

 

 そうならないと困る。また寄生先について一から考えなければならない。勿論このまま旅を続けても構わないのだが、後ろ盾があるに越したことはない。何進の配下なら黄巾の乱まではでかい顔をしていられるだろう。

 

「面白い。貴方は本当に面白いわ。そして私は貴方を笑いはしない」

「そうか。それはよかった。どんなに遅くとも十年も経てばそうなっているはずだ」

「楽しみにしているわ。それでその時、貴方はなにをしているのかしら?」

「そうだなあ。将軍でもやってるんじゃないか。うん。きっとそうだろう」

 

 適当にそう答えてみるも、少女はとても満足したように頷いた。

 

 圧迫するような雰囲気は既になく、それをかんじなくなると日が傾きつつあることにようやく気づく。長く話をしていたつもりもないが、この時期の日は落ちるのが早い。

 

「この私を前に吐いた唾は飲ませないわ。その大望、叶えてみせなさい」

 

 西日を背負う少女はとても大きく見え、その存在感にオレは目を離せずにいた。

 

「じゃあね左慈。貴方に会えて今日は本当に面白かったわ。また、何れ」

 

 そう言い残すと少女は去って行った。

 

 大物感のある少女だったな。お世辞にもセンスがあるとは言い難い髑髏の髪飾りを付けていたが、それさえも肯定してしまいそうな雰囲気があった。

 

「そう言えば名前聞いてなかったな……」

 

 また何処かで会うのだろうか。

 

 そんなことを考えながら街をただ彷徨った。そのせいで帰りの集合時間に二時間遅れ、涙目の魏延を宥めるのに多くの時間をくったのも、きっとあの少女のせいだと思う。

 


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