恋姫立志伝   作:アロンソ

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三話 豪運少女と夢見る人

 

 この世界には真名と呼ばれるものがある。

 

 姓名や字の他に付けられる名であり、なにより尊く神聖なものであるとのこと。本人の許可なく呼んでしまえば問答無用で斬りつけられても文句が言えないというデスワード。これまた初見殺しの代物である。

 

 斬りつけともなると言った言わなかったの押し問答になりそうな気もするが、誰がそれを裁くのかという点は興味深い。真名を許可なく呼ばれたので斬りました、で相手が死んでしまったとする。第三者のいない場であればその真偽は誰が判断するのだろうか。

 

 無条件で通るのなら使い方によっては武器になる。気に入らない人物を罠に嵌め、真名を呼ばせた上で斬ってやればいい。だがそれが横行していない現状をみるに、暗黙の禁止事項として定められているのだろうか。あるいは話をする相手の名は事前に調査しておくのだろうか。

 

 別に実行したいという訳ではないが、相手側にそれをされた時の対処法は考えておく必要がある。真名かどうかと毎度毎度聞いて回るのも面倒だ。わかりやすい法則性でもあればいいが、今のところそんなものは見当たらない。さてどうしたものだろうか。

 

 魏延の真名は焔耶といった。

 

 その名を教えてもらったのは魏延と旅を始めて丁度一年が経った頃。真名というものが存在することは既に魏延から聞いていたし、旅先でも耳にしていたので知っていたが、誰かの真名を教えてもらうのは初めてのことであった。魏延は緊張した面持ちで自分の真名は焔耶であると言った。

 

「エンヤか。字はどう書くんだ?」

「う、うむ。焔に耶と書いて焔耶だ」

「ほうほう焔耶。それはカッコいい真名だな」

「……っ!だろ!カッコいい真名だろ!」

 

 いい真名だと思った。

 

 だがこれを字と言われれば字のようにも思えた。基本的に字も親しい間柄じゃないと呼ぶ機会なんてないのだが、真名ほどの重みはない。身分に差のない限りは呼んでも馴れ馴れしいやつだと思われる程度だろう。斬られかねない真名とはえらい違いである。

 

「そ、それでなんだが、左慈もできればその……ワタシに真名を……」

「オレに真名はないぞ」

 

 名を同じく偽名でもよかったが、神聖なものと聞いていたので流石にやめておいた。

 

 真名は親が名付けてくれることがほとんどらしい。ならやはりオレに真名はないだろう。こればかりは仕方のないことだ。

 

「オレに親族はいない。今も昔も、ずっと一人でやってきたからな」

「そ、そうか……。でも、うん。今はワタシがいるではないか!元気出せよ!」

「ん?いや、別に悲しい過去があるとかいうわけじゃないが。ただいないだけで……」

「今日はワタシが奢ってやるから!これからはちゃんと焔耶って呼べよ!」

 

 この世界の真名という制度。

 

 公私を分けないと面倒なことになりそうだ。だがまあ今はいいだろう。魏延。いや、焔耶も嬉しそうだし一先ずはそれでいいだろう。

 

 

 

 

 

 その日はとても暇を持て余していた。

 

 時間もさることながら数日前に卸した荷が随分と利益を出したこともあり、時間と金を持て余す貴族様のような余暇を得てしまった。さてなにをしようかと考える。

 

 翌日に何進の下を尋ねることが決まっていたこともあり、遠出してまで慈善活動に精を出すこともできず、かといって今日の予定は真っ白でもある。退屈で退屈ですることがなにも思い浮かばなかった。

 

 職業柄からか早くに目が覚めてしまい、暇つぶしに河原を歩いていると小石を見つける。なんの変哲もない石ではあったが、周囲を見ると同じサイズの石がごろごろとしている。さてこれを娯楽に利用できないものかと考える。できることなら多くの人が関われるといい。

 

「……石でくじ引きでもするか」

 

 そういえば街の紺屋がこのところ不景気だとボヤいていたな。

 

 紺屋は染め物。小石に等賞ごとに分けて色でも塗り、後は箱でも用意すれば簡易ではあるがくじが作れる。賞金でも出せば人も集まることだろう。

 

 一回の料金はどうしようか。あまりに安過ぎると誰から始めるかで揉めそうだ。適度な料金で引いた石は戻すのではなく抜き取る。そうすれば一等が出るまでは客は来るだろう。早々に抜き取られてしまえばそれまでではあるが、その時は仕方がない。

 

 そうと決まればさっそく行動に移す。

 

「う、うわ!なんだよ左慈!勝手に部屋に入って……ま、まさか夜這いに!?」

「もう朝だよ。ところで焔耶、一等賞といえば何色が相応しいと思う?」

「一等賞?なんの話?」

「説明している時間が惜しい。事態は一刻を争う。君の好きな色でいい。サクッと答えてくれ」

 

 焔耶のイメージ的には赤かな。

 

 着ている服は黒を基調としているが、色は赤が好きな気がする。あくまでも旅をしていてそう感じただけのことであり、違うと言われたらそれまでのことでもあるが。

 

「わ、わかった。一等賞は……黒だ!それで二等賞は赤で頼むぞ!」

「よしわかった。それじゃあ寝てていいぞ」

「へ?それで結局なんの話……」

 

 話もそこそこに切り上げる。

 

 外したか。ちゃっかり二等の色まで決めるとはやりよるわ。まあ決める手間が省けて助かったか。等賞はどうしようか。とりあえず五等ぐらいまであればいいだろう。

 

 その後は集めた小石を紺屋へ持って行って事情を説明した。ハズレには色を塗らないつもりであったが、やはり不景気という話であったので結局ハズレにも色を塗ることにした。

 

 一等が黒。二等が赤。三等が緑で四等は青。五等が黄でハズレが白。三等からハズレまでは適当に決めた。あまりに適当に決めたものだから、ハズレを三等と言いかねないか心配にもなったが、手伝いに来てくれた紺屋の人が覚えておいてくれたのでなんとかなった。

 

 次は場所を決めなければいけない。

 

 さてどうするかと荷台を引きながら歩いていると商家の前で番頭さんに声をかけられる。事情を説明すると店の前でやっていいとのこと。立地条件とすれば申し分のない洛陽の大商家の前。

 

 流石に遠慮したが気にすることはないとのこと。その代わりに一回タダで引かせてくれと言われ、ハズレでも文句を言うなよと引かせるとキッチリ二等を引いていった。二等は二つ用意していたから問題はなかったが、流石は都の商人。運も太いと関心したものだ。

 

 その後は大商家の前でくじ引きを始める。

 

 わらわらと人が集まって来て、くじを引くたびにみんな一喜一憂の表情を見せる。引きもしない野次馬共が青いバンダナを頭に巻いた少女を煽り、その子のお小遣いが無くなるまでくじを引かせるという悪行を行ったりもした。

 

「お、おう。もう一回ならタダで引いていいよ」

「ホントか!よし次こそは……あ、ああ……」

 

 少女はその全てでハズレを引き涙目となる。

 

 オレは苦笑いを浮かべながらラストチャンスを与えるも少女はまたハズレを引いた。これを見て周りの野次馬共が手を叩いて笑ったものだから、少女は捨て台詞を吐きながら悔しそうに去って行った。本当に碌でもない連中ばかりである。

 

 その後もくじ引きは続くも中々一等が出ない。一等どころか二等や三等まで出ない始末。誰かが本当に入っているのかと野次ったものだから、その場で箱をひっくり返して中身を全部出した。やっぱり一等も二等も入っていた。三等に関してはなぜ引かないのかわからないぐらいある。

 

 オレのパフォーマンスが功を奏してかその後も客足は伸び続けた。三等は出だしたが、一等二等は未だに出ない。儲けるつもりはなかったが、結果としてもう一等が出ようが二等が出ようが利益が出る段階にきてしまった。

 

 後ろを振り返ると二等を引いた番頭さんが満足そうに頷いていた。商人たるもの儲けてなんぼだ、と番頭さんは言った。別に商人になったつもりはなかったが、まあこんな日もあるだろうと納得する。大赤字で終わる可能性だって十分にあったのだから。

 

 だがそんな中でも一等は出た。

 

「あたいの仇をうってくれよ姫!」

「任せておきなさいな。この私が可憐に引いてみせましょう!」

 

 少し前に半泣きで去って行った少女が援軍を連れてきたようだ。

 

 金髪縦巻き髪、というかドリルのように髪を巻いた少女。どこぞの公爵家令嬢のように着飾っていて、なんというか悪徳令嬢に見える。いや、友達のリベンジにやってきたのだから良い子なのだろう。年は焔耶と同じか、その前後といったところだろうか。

 

 少女は優雅に箱の前に立つと目を閉じて箱に手を突っ込む。なぜかはわからないが真剣なご様子。三等以上ならバンダナの子の負債を取り返せるがどうだろうか。

 

「……っ!見えた!これですわ!」

「お、赤じゃん。おめでとう二等だよ」

「二等!?やり直しを要求しますわ!!」

 

 二等でダメなのか。

 

 少々面食らっていると少女は二等を箱の中に投げ入れる。こいつは驚いた。本当にやり直すつもりのようだ。周りの野次馬からも驚きの声が上がる。二等を換金してから改めて引けばいいのにそれさえ拒否。豪気なものだ。

 

 断る理由が一つもなかったので少女の要求を受け入れることにした。そのほうが面白かったし、ひょっとするとと思う予感があった。この子ならあるいは引いてしまうのではないかと。

 

「これはおそらくさっきの赤い石……。これも違う。これは緑色の気がしますが狙うは一等の黒…。おや?今少し黒に触れたような……」

「がんばれ姫~!」

 

 エスパーなのだろうか。

 

 箱の中身を見ずに色を言い当てる少女。当たっているかはわからないが、そう思わせる凄みはある。二等を引き当てたことを不覚とする態度。おそらくこの子は一等を引き当てる。そういう星の下にいるのだろう。根拠はないが、なぜかそう思わせるなにかがある。

 

「……っ!見えた!これですわ!」

 

 箱に入れていた手を少女が勢いよく天に掲げる。

 

 それとほぼ同時に野次馬から地鳴りのような歓声が起こる。天高く掲げられたその手に握られた漆黒の石。それが今はどうだろう。どんな宝石よりも輝いて見える。

 

 大した奴だ。救いがあるとすれば少女が一番にやってこなかったことだろうか。いや、それならそれで面白くもあるか。ともかく今は素直に賛辞を贈ろうと思う。

 

「スゲーよ姫!まさかホントに引くなんて思ってなかった!」

「この私が一番を引くのは当然のことですわ。しかし庶民の催しというのも中々楽しいですわね。さてと……帰りましょうか。猪々子さん」

 

 少女はそう言うと一等の黒石を箱に戻してしまう。

 

「え?ちょ、なんでだよ姫!せっかく大金が手に入ったのにいらないの!?」

「あんな端金に興味はありませんわ。仇は討てましたし帰って夕食にしましょう」

「え、ええ……。あたいの負けは少しも戻ってきてないよお……」

 

 一等は出た。

 

 だがそれを換金せずに引いた少女は去って行った。世の中には変わった人種もいるものだ。あの見てくれで姫と呼ばれてるのだからどこかのボンボンなのだろう。

 

 しかしバンダナの子は不憫だったな。友達が一等を引いてお金が戻ってくるかと思いきやリリースときたもんだ。ずいぶんと肩を落としていたし今度どこかで出会ったらなんか買ってやろうか。

 

 

 

 

 

 何進の立身がまだなのは単純に歴史的にその時期ではないからだと考えていた。

 

 豪運少女と出会った翌日、この日は何進の肉屋を訪ねるも案の定、空振りに終わる。もう慣れたもので、いつものように談笑してたら帰ろうと思うも、何進の機嫌はよろしくない。

 

「……なぜじゃ。なぜわらわには浮上の機会がやって来ぬのじゃ」

 

 何進は現状に満足していないらしい。

 

「そのうちなんとかなりますよ」

「そのうちじゃイカンのじゃ!御主も少しは知恵を絞ろうとせい!」

 

 やはり未来の大将軍ともなると野心や向上心があるのだろう。

 

 オレが変にかき回して歴史が擦れたら面倒だ。そんな影響力がないのは百も承知だが、寝て果報が得られるのであれば寝ていればいい。短気は損気。苛々していても状況が劇的によくなるわけではない。

 

「オレに考えさせるのは構いませんが、何進殿はなにか行動を起こしているんですか?」

「勿論じゃ!」

 

 いつもは適当に空返事を返すも、その日はなんとなく尋ねてみる。

 

 てっきり検討中などとぼかした返事が返ってくると思いきや返事は是。それも即答ときたものだから、いよいよ歴史が動くのだろうかと前のめりに耳を傾ける。

 

「わらわは毎日、天子様がやってくるのをこうして待ち侘びておるではないか!」

「……どういうことです?」

 

 何進の話はこうだ。

 

 やがて帝が城下の視察に訪れるとのこと。その時に街一番と名高い何進の肉屋にやってくることは明白。そこで何進に似て絶世の美女である異母妹を気に入り、後宮へ招かれ、やがては妃に立てられるとのこと。その時は当然、一族の長たる自分も取り立てられているはずとのこと。

 

「……アホくさ」

「どこがじゃ!現実的で完璧な策であろう!」

 

 どんなシンデレラストーリーだよ。

 

 いい年して何進はなにを言ってるんだか。街一番といっても所詮は肉屋。帝が訪れるような場所とは到底思えない。そもそも視察なんてことが現実的にあるのだろうか。あるにしても年に何度、あるいは在位中に何度あることやら。

 

 失笑のうちに断じてみるも、どうも何進は本気でそれを言っているようなので不安が残る。この何進で本当に大丈夫なのだろうかと。こんな夢みたいなことを素面で言っている何進を支持していてはたして大丈夫なのか。いや、やっぱり心配である。

 

「すいません何進殿。もっとこう正攻法で攻めてみてはどうでしょうか」

「なんじゃそんな手があるならもっと早く言わぬか。してその方法とは?」

 

 これがなにかのきっかけになればいいが。

 

「賄賂です」

「へ?御主は今なんと……?」

「ですから賄賂です。役人や宦官に金を撒いて口利きをさせましょう」

 

 これが一番有効な手段だろう。

 

 何進の夢物語よりかは百倍現実的だ。何進、いや何氏は肉屋ではあるが、その肉を育てる環境も備えている。早い話が地主である。それも都に近い地にある地主。当然金も持っていると考えるのが妥当。最悪土地を売ればいけるだろう。

 

 歴史上の何進がどのように立身したのかまでは知らないが、この手の手段を用いた可能性は高い。というか庶民が後宮に入るだなんて、口利きでもない限りはほぼ不可能なはずだ。万が一、いや億に一でも何進の夢物語が正解であったらもう、オレは歴史をどうこう考えるのを止めようと思う。考えても到底理解が追いつかない。

 

「わ、賄賂とはまた黒いのう……」

「みんな大なり小なりやってますよ。綺麗事だけじゃ苦しいですよお?」

「う、うむ。しかしだな……。いや、確かにそうなのかもしれぬが。その……」

「何進殿はなにも心配いりませんよ。オレが秘密裏で話をつけときますんで……」

 

 なんだか悪徳商人みたいだな。

 

 ただまあ、可能性の一つとして頭に入れておいてもらえるとありがたい。賄賂も必ず成功するとは限らないし、失敗した時の責任までは知ったことじゃない。

 

「そんな選択肢もあるんだなあ程度に御一考頂けれ幸いです。多少はオレも顔が利きますので、話ぐらいは取り付けられるかと」

「ふ、ふむ。ようわかった。妹とも相談して検討しておこう……」

 

 結果として何進はこの手段を用いることにした。

 

 オレがそう言ったということもあるが、何進の異母妹も同じことを考えていたようだ。後日、何進の使用人に呼び出されて何進とその異母妹、すなわち後の何皇后の待つ屋敷へと向かう。

 

 ここから歴史は始まるのだろう。ならばオレの役割はどんなものになるのだろうか。あまり無茶なことを押し付けられなければいいのだが。

 


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