恋姫立志伝   作:アロンソ

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四話 傾国の美女と黎明期

 

 何進の屋敷へ向かう途中、二人のことについてもう一度思い返してみる。

 

 何進とその異母妹。後の大将軍と皇后である。何進が大将軍になれた理由は簡単に二つ。妹さんが帝の子を孕み皇后に立てられたこと。そして黄巾の乱が起こったことだろう。

 

 この二つは大将軍への道を目指す上で欠かせないポイントだ。皇后についてはだいたいわかると思うが、ここで大事なのが黄巾の乱。この時代の将軍位は基本的に空席である。治世はどうあれ平和な時代とされているし、将軍なんていても穀潰し一直線というわけだ。

 

 どこかで反乱が起こった時や異民族などを討伐する際にようやく将軍の出番だ。大規模な部隊を指揮するために将軍が臨時で任命され、そんでもって戦いが終われば返上される。こうしてみると違和感があるかもしれないが、平和な時代なんていうのはそんなもんである。

 

 後の三国時代のように年がら年中バチバチ戦っていれば将軍は常に複数人必要だろうが、敵もいつ来るかわからんような時代なら必要性も薄いのだろう。敵といっても異民族関係は詳しく知らない。またいずれ調べておく必要があるだろう。

 

 何進は黄巾の乱が起こったことで大将軍に任命された。つまり起こっていなければ任命されていないわけである。その後なにかのきっかけで大将軍になるのかもしれないが、少なくとも黄巾の乱が起こっていなければ、黄巾の乱の時期に大将軍になることはないはずだ。

 

「どうせなら何進には大将軍になってほしいが、黄巾の乱が回避できるのなら回避するほうがいいよな……」

 

 大将軍までとは言わなくとも何進は当時、かなりの高官であったと予想される。

 

 下っ端役人から大将軍なんて大抜擢は考え辛い。おそらくは妹さんの七光をフルに活かしておいしい地位に就いていたはずだ。考えれば考えるほど何進のポジションは安泰だな。

 

 そして黄巾の乱。それに加担する多くは民衆である。まあ碌なもんじゃない。何進の直接的な死因までは知らないが、大将軍になったことで慢心したのが原因であれば目もあてられん。あの何進なら、あるいはそうなるかもしれないという予感もある。

 

 何進の立身を待ちながらオレはこの時代、つまり霊帝以前の歴史について調べてみたが、調べれば調べるだけわからなくなることがある。

 

 歴史上、皇后側の外戚と宦官側は対立関係にある。だが今は未来の対立相手の力を利用して妹さんを立てようとしている。勿論それに伴う対価は支払うのだが、この関係は後々まで尾を引かないのだろうか。頭が上がらないとまではいかなくとも手助けをしてもらった以上、対立関係とはいっても心情的に割り切れるものなんだろうか。

 

「……まあ、今はいいか。しかし何進の妹さんはどんな人なんだろう」

 

 そのうちわかることだろう。

 

 今はまず二人に集中しようと思う。何進がアレだった以上は妹さんに対する期待は高い。

 

 妹さんまで白馬の王子様が来るのを信じているようであればどうしようか。もうその時はもうどうしようもないな。いっそのことオレも、白馬の王子様が訪れるのを待ってみるのも悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 心配事は結果的に杞憂に終わった。

 

「同郷の宦官の伝手を利用して後宮に入りましょう。既に大筋で話は通してあります」

「そ、そうなのか?しかし瑞姫よ。いつの間にそんなことを……?」

「お姉様がお店を見て下さっていたからこそ、私もそちらに集中することができました。お姉様にはいつも感謝していますわ」

 

 何進の妹さん。名は知らんがこれはキレ者だ。

 

 異母姉妹のせいだろうか。正直あまり何進には似ていない。可愛いというよりは美人。人によってはさらに形容する言葉を並べるのだろうが、オレは容姿よりもその頭の回転の速さに目がいく。

 

 何進も頭が悪いというわけではないだろうが機微には疎いのだろう。まあ普通に町人をしている分にはそれでも問題がない。これから磨いていけばいいだろうとも思う。

 

 だが妹さんはそうはいかない。後宮に入れば女同士のバトルも起こってくるはずだ。大奥みたいなもんだろうか。大奥も特別知っているわけではないが、ドロドロの戦いが行われているイメージが勝手にある。後宮もおそらく似たようなものだろう。

 

 そんな後宮を蝶よ花よで行かれちゃ困る。食事には毒が入っていないか警戒するぐらいが丁度いいし、困っている女中がいればさらに困らせにかかるぐらいの腹黒さがほしい。実際そんなことされるとドン引きではあるが、優しさだけではやっていけない世界のはずだ。

 

 そんな意味では妹さんの評価は高い。

 

 顔合わせの時の試す様な瞳。学のありそうな落ちついた声。そして今見せた手回しの速さ。何進へのアフターケアも怠らない部分も地味に評価に値する。

 

 何進はかなり怪しかったが妹さんは完璧だ。流石は未来の皇后様といったところか。これまで不安だらけではあったがここで一気に挽回した。この分だとオレの出番もほとんどなさそうだが、それはそれでいいだろう。ちょい役ぐらいでも構わない。

 

「宦官へ貢ぐお金ですが、既に用意していますので心配はいりませんわ」

「いつの間に!?賄賂というものは相応の値が張るのではないのか?」

「ええ、まあ。お店の帳簿を誤魔化し続けて一年。ようやっと貯まりました」

「そんなことをしとったのか!?」

 

 無言でオレは頷く。

 

 賞賛すべき手腕だ。やっぱり妹さんは頼りになる。この分だと何進が知らないだけで他にもなにかやってそうだな。まだ引き出しを隠し持っていそうな気配がある。そう匂わせておいて実はないというのも駆け引きとしては面白い。

 

 まったく大したもんだ。心配だったせいか妹さんを称賛する言葉が溢れてくる。しかしこれは楽なイベントになったな。既に九割方は話が済んでいるときた。

 

「後宮へ入った後もそうですね。地盤固めのためにはなにかと入り用でしょうから。賄賂は基本中の基本。気に入らない者は早めに消しておかないといけませんし」

「そ、その時はわらわがなんとか……。気に入らない者も円滑にじゃの。寵愛を競う相手にせい、時には手を取り合うことも……」

「いいえ、お姉様。皆悉く敵ですわ。まずは今いる寵妃を蹴落とすところから始めませんと」

 

 無言で激しく頷く。

 

 実によくわかっている。遠足気分で行くわけではないようだ。あるいはオレなんかよりよっぽど深く理解しているかもしれない。本当に頼もしい限りだ。

 

「いやしかし……。うぬぬ……。ええい左慈!御主も黙っておらんでなんとか言わぬか!」

「完璧ですわ何進殿。オレの言いたいことは全て妹さんが言ってくれました。つけ足すことは何一つとしてありません」

「御主らは……。しかしわらわ達は後ろ楯のない町人に過ぎぬ。その……なんじゃ。なにか事を仕損じた際に執り成してくれる者もおらぬ故……」

 

 どうやら何進は心配のようだ。そしてその心配は最もだろう。オレだって歴史を知ってなきゃ参加していない。勝ち馬だからこそ賭けているわけである。

 

 不安気な何進を見ているとずるをしているようで少し申し訳なくなる。貴女は大将軍になるんだから大丈夫ですよ、と声をかけたくはあるがそんなことは信じないだろう。

 

 なにより何進はいずれ権力争いに敗れて死ぬ。妹さんはどうなるんだろうか。皇后ならどこか田舎に引っ込んで生き残るかもしれないし、何進と同じように死ぬかもしれない。

 

 こうしてみるとオレは碌なもんじゃないな。自分の利権のために二人を利用しようとしている。死の商人と呼んでもいいだろう。だがオレが身を引いたところで歴史が変わることはないし、二人の未来をどうこうできることもないだろう。

 

 何氏が栄耀栄華を極める。その中にオレのような人間がいただけのこと。この先も二人が昇って行くに連れてこんな人間は増え続けるだろう。歴史を鑑みればそう珍しい話でもないはずだ。それでもまあ、碌なものじゃないことは間違いない。

 

「……まあオレも命までは賭けませんが、それ以外のことなら協力は惜しみませんよ」

 

 自責の念からだろうか。ポロっとそんな言葉を漏らしてしまう。

 

「それは助かりますわ。お姉様も申していましたが、私達には後ろ盾がありませんの」

 

 これが間違いであった。天女のような柔らかい微笑みを浮かべる妹さんを見たときに嫌な予感がした。万人を惹きつけるであろう笑みの裏に、薄いプレッシャーのようなものを感じとる。

 

 失言とは思わなかった。話はもう大方ついていたし場には弛緩した空気も流れていた。オレの役割までは決まっていなかったが、せっせと献金でもしてればいいだろう程度に考えていた。それぐらいしかすることがないだろうと。

 

「そのようで。失礼ながら身分の関係もありますし、致し方ないことかと」

「その通りですね。名家が靡くわけもありませんし。私は独力でも渡りきる自信がありますが、お姉様には些か、いえかなり不安がありまして」

「けっこう毒舌ですね……」

 

 なにが言いたいのやら。

 

 まさかオレに何進のお守をやらせるつもりだろうか。いや、流石にそれはないか。何進が不安というのは同意見ではあるが、おそらくなんとかなるだろう。というかやりたくない。

 

「左慈殿は洛陽を中心に商いを行う商人であり、品行方正で徳高い人物であるとのこと」

「オレほど汚職役人と親しい商人もそうはいないですよ。あいつら目が銭になってますからね」

「あらそうですか。ですがそれが表立って広まっていないのなら、それは取るに足らないことだとは思いませんか?」

 

 雲行きが怪しくなってきたな。面倒事は本当にごめんだ。

 

 そんな祈りを込めて縋るような目で妹さんを見た。しかし見れば見るほど妹さんが言いたいことが透けてくるようであった。ああ、これは駄目だろう。面倒事を押し付けられる。

 

「お姉様の補佐には信のおける人物を、と考えています」

「それなら血縁者が相応しいかと。正直なところ勝手もわかりませんし、あまり……」

「御主は慎み深いのう。一年、いやもっと前からじゃろうか。長い時間をかけ策を練り合った仲じゃ。恐れ多いという気持ちはわからんでもないが、今更御主を外す気は毛頭ないぞ」

 

 肩にポンと手を置かれる。

 

 共に頑張ろうじゃないか、などと言って何進は何度も頷いた。なるほど善意で言ってくれている分、余計に性質が悪いな。そもそも策を練ったとか言っていたがそんな記憶は一度もない。何進の愚痴を聞きながら茶を飲んで肉を買って帰る。それの繰り返しだったじゃないか。

 

 妹さんはわかりやすい。オレを逃さないつもりだろう。現に今もニコニコと笑みを浮かべてはいるが目はまったく笑っていない。笑顔がそろそろ威圧的に感じられてきた。

 

「お姉様がある程度の地位に就けば辟召を用いて左慈殿を招こうかと考えておりますわ」

「辟召。つまり属官になるということですか」

「地元の豪族とのかね合いもあります故、孝廉に選ぶのは不可能でしょうからね。これはお姉様の達ての希望でもあります。大変仲がよろしいようで微笑ましいですね」

 

 絶対嘘だわ。

 

 辟召、孝廉という言葉が飛び出してから何進は話についていけてないように見える。首を傾げては妹さんを見て、質問してもいいのか悩んでいるご様子。いっそ聞いてくれたらオレも突っ込む材料ができて助かるが、どうやら黙っているようだ。まるで使えない。

 

 安全な外から何進に投資して見返りを得ようと考えていたが、そう都合良く事も運ばないか。何進側の人材難を考慮するとむしろ必然であるかもしれない。

 

「お話は有り難く。しかし自分の一存では決めかねます。一度話を持ちかえらせて頂きたい」

 

 焔耶にも聞かなきゃならんしな。

 

 随分と大きな話になったもんだ。自分から言ってしまった以上、引くこともできないし参った。上手く嵌められたというかなんというか。さてどうしたものかな。

 

「それでけっこうです。返事はそう急いでいませんが、貴方には私も期待しています。どうかこの私をがっかりさせないで下さいね」

 

 そう言い残すと妹さんはその場を後にした。

 

 しかし属官か。早い話が何進の配下になるということである。特別珍しい話ということでもないが、どうしたものかな。寄生するつもりではいたが配下となると悩ましい。正直なところ自信もないし、この先のことを考えるとあまり深く関係をもつのも考え物だ。

 

「実のところ最後のほうは何を話しておったかさっぱりじゃったわ。込み入った話であったか?」

「まあ、そうですね。込み入ったというかなんというか。まったく困った姉ちゃんだ……」

「ようわからなんだが、無茶はするでないぞ。どれ、うちの肉でも食べていかんか」

 

 何進もこんな有様だし。

 

 だが妹さんに比べるとよっぽど良心的だな。まさか何進に癒される日が来ようとは思ってもみなかった。ありがたく一番高い肉でも御相伴にあずかるとしようかな。

 

「何進殿はなんというか人が好いですね」

「御主はようわかっておるではないか。これも人徳と言うやつじゃろうのう」

「あんまり長生きはできないでしょうが、オレは嫌いじゃなかったですよ」

「ぶ、物騒なことを言うでない!それと過去形で話すのはやめんか!」

 

 肉を食わしてもらうから言うわけではないが、何進は人柄がいい。

 

 出会う前はもっと傲慢で高飛車で無能な人物かと思っていた。そしてそのほうが都合が良かったと思う。善人相手だと割り切ることが難しい。

 

 おだてられやすく、少し自意識過剰な面もあるが許容範囲だろう。権力を握って豹変しない限り、慕われはしてもあまり恨みを買うような人物には見えないが、それでもやはり足りているようにも思えない。人が好いだけではこの先やっていくのは困難だろう。

 

「そのための補佐か。しかし補佐って言われてもなにをすればいいことやら……。あ、肉はありがたく食べていきます。持ちかえりもいいですか?」

「好きにするがいい。しかし御主も図太いのう……。まあそのぐらいのほうが頼りにはなるが」

 

 

 

 妹さんが同郡出身の宦官の後押しで後宮に入ると何進は採り立てられて郎中となった。

 

 その後、何進が虎賁中郎将になるまでの間にオレは選択を迫られることになる。何進の属官になるか。それともそれ以外の道を模索するか。

 

 どちらにしても楽ばかりはできそうもない。

 




主人公の考察はあくまで主人公の考えでしかないので、この先もちょいちょい外します。何進を助けようと決めるのは大将軍になる直前。それまでは歴史通りに死ぬものとして見ています。

孝廉、辟召についてはあまり自信がないので間違った記述をしてしまうかもしれません。大きなミスなどは指摘して頂けますと助かります。

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