「貴様がこの騒動の原因か?」
威厳のある声が、静寂の支配する森の中に響く。
土宮雅楽。喰霊-零-における土宮家27代目当主。
土宮神楽の3倍では済まない程の胸板に2倍はある肩幅。
現時点では妻の土宮舞が26代目当主を務めているために分家の長として分家を取りまとめているが、舞が死んで白叡をついでからの風格はまさに当主と呼ぶに相応しいものであった。
「ええ、その通りです。僕がこの騒動の中心ですよ。思わぬトラブルがあったせいで会いに来るのが遅れてしまい申し訳ございません」
森の奥から中性的な、蠱惑的な響きを持った声が響く。
三途河カズヒロ。先ほどまで凜と戦闘を行っていた少年。
殺生石の研究を行っていた三途河教授の息子であり、バチカンで殺生石の騒動に巻き込まれて死んだと思われていた存在である。
死んだと目されていたが、その実殺生石を集める戦いの幹事役に任命されており、各地に争いをまき散らす災害となっている少年。
その姿を見て、その言を聞いて雅楽は眉を顰める。
「遅れただと?我々に会いに来るのが目的だったとでもいうのか」
「その通りですよ土宮雅楽さん。貴方と奥様に会うために僕はわざわざこんなところまで足を運んだのです」
その背に美しい蝶を侍らせながらそう返す三途河。
「怨霊風情が私たちに何の用だ」
「怨霊とは酷いなあ。僕はまだ人間だっていうのに」
「御託はいい。もう一度聞く、私たちに何の用だ」
有無を言わさぬ声とはこのような声を言うのだろう。
迫力に満ち、受けた側が思わず委縮してしまいそうな重みのある声。
流石は土宮の伴侶に選ばれるだけの人間なのだろう。
そんじょそこらの退魔士とは纏っているオーラの質が違う。
だが、それを受けて尚、三途河はその態度を崩さない。
いつも通りの飄々とした、人を取って食ったような態度を維持したままである。
「随分とせっかちだ。もう少し余裕をもってもよろしいのでは?……僕は相応しい人間を探しているんですよ。この石を扱うに値する、そんな存在を」
その長い髪を手で払い退ける三途河。
殺生石。九尾の狐の魂のかけら。
その中でも特殊な、封印加工のされていない文字通り原石。
雅楽にはその石に見覚えがあった。
「殺生石だと?なぜ貴様がそんな物を」
殺生石、それは喰霊白叡を使用するのにも使われる。
莫大な力を持つ霊獣である白叡を使役するためには個人の持つ霊力だけでは足りず、殺生石による霊力のブーストが必要なのである。
よって代々土宮は喰霊白叡の継承とともに殺生石も受け継いできた。
今は雅楽の妻である土宮舞がそれを所有している。
「入手した過程なんてどうでもいいでしょう?あなた方の務めは死をもたらす存在である僕を狩ることであって、真実の究明ではないのだから」
そういって三途河は不敵な笑みを浮かべる。
確かにその通りだ、と雅楽は思う。
そして、それは自分の妻も同じだったようだ。
「そうね。貴方が誰だろうが、どうやってその石を入手したかなんてどうでもいい。人の世に死の穢れを撒くものを退治するのが私たちの使命なんだから」
そういって、前に躍り出る。
一目で高級とわかる桜色の着物を着た女性。
土宮神楽が成長して髪を伸ばせばこのような風貌になるのだろうか。
背中まで伸びた黒髪に、左耳に光る赤い石。
土宮神楽の母にして、土宮家現26代目当主。
「―――喰霊開放」
両手で印を組む。土宮雅楽も、土宮神楽も行っていた、白叡を呼び出すための儀式。
最強の霊獣たる白叡を、自らの魂から解放するための形式。
「白叡!!!」
土宮舞。
喰霊-零-においてはこの戦いで命を落とす存在。
小野寺凜の救済対象。
その存在が、今、三途河との闘いに挑もうとしていた。
喰霊白叡は最強の霊獣である。
これは喰霊-零-、喰霊を通して延々と語られてきた話である。
その膨大過ぎる霊力を押さえつけるために土宮の人間は自分の魂と白叡の魂を一体化し、殺生石による霊力ブーストを使用して使役する。
だが、アニメを見たり原作を見た限りだと、多分このような印象を抱く方が多いのではないだろうか。
ぶっちゃけ白叡弱くない?と。
原作では鎌鼬に攻撃をガンガン避けられていたし、印が組めなくなると白叡を呼び出せなくなるなどの弊害が色々あった。
それになにより白叡と魂がリンクしているため、白叡の食らったダメージはそのまま術者に跳ね返るのだ。
アニメ版だとそれで土宮雅楽は黄泉に決定打を打つ機会を与える隙を作ることとなってしまった。
しかもそれを持っているせいで危険なお役目にはガンガン駆り出されるなど危険度がかなり高い。
どちらかというとそれを持つメリットよりもデメリットの方が大きい気がする。
俺もつい最近まではそう思っていた。
転生してからはや13年。ずっとそう思ってきたのだが、まさに今日その意識が変わった。
圧巻だった。
新幹線が目の前を通過した時のような音を立てて、喰霊白叡が通過する。
風をうならせるほどの速度で、その長い体躯を空間へと滑らせ、そのままカテゴリーCへと喰らいついていく喰霊白叡。
一瞬でそこに存在していたカテゴリーCを排除すると、驚異的な速度で三途河に迫り、喰らいつくそうとその口を開く。
その行動の一つ一つが豪快で、その一つ一つが美しい。
とある作品で、とある地上最強の生物がこのように述べていた。
百聞は一見に如かず。そして百見は一触に如かず。
こうして白叡の雄々しさに触れていると、その言葉の意味がしみ込んでくるようだ。
自惚れのようではあるが、俺をしてそこまで言わしめる喰霊白叡。
だが、それをもってしても戦況は良いものだとは言い難かった。
「くっ……!!」
喰らいつかせた白叡を躱され、しかも追い打ちとばかりに白叡に攻撃を受ける土宮舞。
首の下のあたりだろうか?そこを棒手裏剣が掠めている。
何度か述べたが、白叡のダメージは土宮舞にそのまま跳ね返る。土宮舞を攻撃せずとも白叡にダメージを与えれば、間接的であるはずなのに直接的に攻撃したのと同じことになるのだ、
「フンッ!」
気合いの入った掛け声と共に雅楽から三途河に投げつけられる独鈷。メジャーリーガーも真っ青な速度で投げつけられたそれだが、三途河には通用しない。
あっさりとそれを避け、俺の時のように新たな蟲を繰り出してくる。
どれだけあいつには引き出しがあるのだろうか。
同年代だとは思えない技の数。元々才覚がかなりあることは窺い知れるが、それでもその事実だけでは説明がつかない程の技量。
高々13やそこらのガキがこの2人を相手にして対等以上に立ち回るなど意味不明の領域だ。
俺がここに着いたのは数十秒前。正直あの感覚を頼りにここにたどり着けるか不安であったため、辿り着けない可能性も考えて諌山冥と別れたのだが、杞憂だったようだ。寧ろ一緒に来たほうが良かったかもしれない。
俺がたどり着くまでにどんなやり取りがあって、どんな攻防が繰り広げられていたのかは全く分からないが、それでもこの2人が追い詰められていて、このままでは喰霊-零-と同じ状況になることは予想に難くない。
―――毒にやられているのか?
戦場に飛び出して行く前に戦況を観察する。
嫌に動きが鈍い。
喰霊-零-において神童と呼ばれており、殺生石の補助を受けているはずの黄泉をほぼ体術のみで圧倒するほどの腕の持ち主である土宮雅楽。それなのに、その動きは別人と言っていいほどに鈍ってしまっている。
今の動きだと、諌山黄泉を圧倒するどころか圧倒されそうだ。
三途河の技量に加えて、これが原因かもしれない。零においても殆ど傷がないように見える2人が瀕死(片方は実際に死亡)の状態だったことから、もしかすると内部からの破壊によってこの二人はやられてしまったという線も考えられる。
三途河が巫蠱術使いであるなんて情報が彼らには欠如している。
それが無ければあの不意打ちの毒に対応など出来やしまい。
だがそれより何より酷いのは土宮舞だ。
先ほどまで気丈にも白叡を操っていた彼女ではあるが、その操り方はとても優雅とは言い難い。
喰霊白叡を扱っているものの、地面に座り込みながらようやっと操っているという状態だ。
出血があまりに酷すぎる。腕が切断されているとか、風穴が空いているとかそんな目立った外傷はないが、地面に滴った血を見る限り、相当な出血をしている。
白叡を介しての裂傷が直にフィードバックされてしまっているのだろう。恐らく、あの着物の下はズタボロになっている。
出血は体力と体温をどんどん奪っていく。血液量の低下は生命力の低下とほぼ同義だ。一気に血を失った時に限られた事ではあるが、下手をしたらショック死だってしかねない。
「最強の霊獣を従える最強の家系とやらも大したことはないんですね。どうしたんです?人の世に死の穢れをまくものを退治するのがあなた方の使命なんでしょう?」
「そうだな。そして俺の使命でもある」
丁度奇襲をかけやすい位置にやってきてくれた三途河に後ろから切りかかる。
こいつの真後ろに位置する繁みから飛び出しての一撃。
本当ならもっと機を狙って仕掛けたかったものだが、もはやそんな悠長なことを言ってられない。
またしても頭を狙った一閃を繰り出す。
左耳から右耳にかけて切断してやろうと思い刃を振るったのだが、どうやら予め予測していたようで、俺の攻撃は簡単に避けられてしまった。
俺の一撃はようやくこいつの髪にかする程度。 ……なんとなくわかってはいたが、やっぱり気づいてやがったか。
即席にしては上手い奇襲だとは思ったのだが、残念ながらそれは目の前の男には通用せずに奇襲は失敗に終わる。
そのまま肉薄してあわよくばミンチにしてやろうと連撃を繰り出すが、悉く躱され、尚且つ反撃に棒手裏剣を投擲されてしまい、その数の多さにいったん後退を選ぶこととなった。
ちなみにこの棒手裏剣はあいつの妖力だか霊力で作り出されたものだ。弾切れを狙うなんてことは殺生石がある以上不可能だろう。
「早かったじゃないか小野寺凜。あの蟲たちはどうしたんだい?」
やはり予期していたのか、一ミリの焦りもなくそう聞いてくる三途河。
多分蟲を使ったんだろう。それか俺の隠密がまだまだか、そのどっちかか、その両方だ。
「一匹残らず駆除してやったよ。この世に死の穢れをまく存在を退治するのが俺の使命なんでね」
小指で耳をほじりながらそう答える。
小学生レベルの幼稚な挑発。
だが、こいつが挑発に乗ってくれれば御の字である。先ほど冥さんに連絡は済ませておいた。
恐らくそう時間がかからずにこっちに到着するだろう。流石の三途河も俺たち四人を相手に戦い抜くことは困難なはずだ。
時間を稼ぐのと俺の勝利の確率が上がるのはほぼ同値。
必要十分条件はそれにより満たされる。
「君は挑発が好きだね。もしかして何か時間稼ぎでもしたい理由があるのかい?」
「んなもんあるか。お前なんぞ円周率を諳んじる片手間で遊んでやれるさ」
ふぅーと指先に息を吹きかける。自分がやられたら地味にイラつく行動を的確にとっていく。
ちょっと図星をつかれて動揺した心を隠すためにやった行動でもあったりする。
「……小野寺凜、か?」
目の前の存在を見据えていると、後ろから声がかかった。
荒い息を吐く雅楽さんに、片腕を抑えながら地面に蹲る土宮舞さん。
「お久しぶりです、雅楽さん。それに土宮さんはお会いするのは初めてですね」
半身になって二人に挨拶をする。
土宮雅楽。神楽の父で、27代目当主。
分家会議では話ができなかったため、話すのはかなり久しぶりとなる。
そして土宮舞。
土宮神楽の母親。現土宮家当主。
俺が、今回救いたい人。
実は今まで会話をする機会がなかったため、顔合わせは実質初めてとなる。
「助太刀しますよ。不要かもしれないですけど、戦力は多いに越したことはないでしょう?」
有無を言わせぬように自信たっぷりにそう告げる。
こういった時に大事なのは無駄な自信だ。遠慮があったとかで相手が悩んでいる場合でも、無駄に自信に溢れた物言いをすれば相手も頼みやすい。
「……感謝します。神童の実力、頼らせて貰いますよ」
左手を抑えながらそう呟く土宮舞さん。
……左手も負傷しているのか。あの感じだと、折れてはいなくても罅くらいは入っているかもしれない。
改めて三途河を見据える。
そこにあるのは余裕の笑み。勝利を確信している絶対者の表情だ。
手負いなら、俺ら三人を相手にしても勝てるという自信があるのだろうか。
「お二人は下がっていてください。こいつは俺が相手します」
この二人は俺以上に傷が深い。
俺が、やるしかないだろう。
「待たせたな三途河。死ぬ前の準備運動は済ませたか?」
「その挑発は面白いよ小野寺凛。君こそ絶望する準備は出来たかい?」
再び対峙しあう俺と三途河。
コンディションは正直良くない。冥さんに治療をして貰ったといえどもそれで傷が完治するわけでもなければ痛みが消えるわけでもない。
それに対して奴はかなり涼しい顔だ。まだまだ余裕がある証拠だろう。俺と土宮家との三連戦だというのに随分タフなことだ。
「行くぞ糞野郎」
「来なよ神童」
そう言葉を交わして、俺たちは再度衝突した。
本当ならここで黄泉を出す予定だったんだけど、出そうとすると軽く一万字超えるので分割。喜べ黄泉好きの諸君。
次回黄泉お姉ちゃん回です。