黄泉と凛の恋人ssです。
Twitterのフォロワー限定で先行公開していたssになります。
お題としては「もし黄泉と凛が付き合う世界線だったら」。
これに関しては一歩間違えれば普通にあり得た可能性であって、荒唐無稽ではない設定のssになります。
「ーーーお待たせ」
鈴の音のような、澄んでいながら喧騒の中でもよく通る声が響く。
夏祭り。夏の一大イベント。
花火が上がり、露店が出て、その賑わいは一年でも類を見ないほどの盛り上がりを見せるそんなイベントで、俺は黄泉と待ち合わせをしていた。
「おお、黄泉。来たのか―――」
何となしに後ろを振り向く。本当に何も考えずに、ただ黄泉が来たという事実のみを認識して後ろを振り向いたのだが、
「―――」
俺は思わず言葉を失ってしまう。
目に映ったのは当然ながら黄泉の姿。だけど、普段とは全く違う彼女の姿。
淡い水色の生地に、少しだけ鮮やかな赤が散りばめられた浴衣。いつもの黒に近い紺のセーラー服とは全く異なり、明るく、そして儚げな色。
いつもと違って自然体のまま流さずに後ろで結ってある髪は、黄泉の白い首元を暗闇へと映えさせる。
まるで音が消えたみたいに錯覚する。
喧騒がまるで聞こえない。俺と黄泉がこの世で二人きりになってしまったかのようなそんな感覚。
それほどまでに浴衣姿の黄泉は、これだけの喧騒の中で自分の存在を何よりも主張していて、そして何よりも綺麗だった。
「―――」
「―――もう、固まらないで何か言ってよ」
苦笑といった感じで黄泉が話しかけてくる。
「あ、ああ。悪い」
「あまりに綺麗で見惚れちゃった?」
「……ぐ」
「わお。嬉しいリアクション」
カラカラと黄泉が笑う。
まさにその通り過ぎて何も言い返せなかったのが非常に悔しいが、言い返しても喜ばせるだけだろう。
綺麗じゃないなんて返すことはできやしないんだから。
「縁日にゆっくり来るなんて、久しぶり」
「そうなのか?神楽とかと一緒に行ってるのかと思ってた」
「神楽がちっちゃい頃に一回だけとかかな。それ以来来てないわ」
「ほー。俺と似たようなもんだな。この仕事してると夜うかうか遊べないもんな」
「本当にね。……だから、凄い楽しみかも」
歩きながらそんな会話を交わす。
ちらちらと視線がこちらを向いているのがわかる。
向いているのは明らかに黄泉の方向。俺に対する視線もなくはないだろうが、割合では圧倒的に黄泉に軍配が上がる。
それだけ黄泉はこの縁日で映えていた。誰よりも、下手をしたら上がり続ける花火よりも黄泉は視線を釘づけにしている。
でも、うぬぼれじゃなければその美しさは俺に見せるために、ただ俺一人のためだけに用意されているものなのだ。
そう考えると胸が熱くなる。顔まで熱くなってきて、今が夏の夜であることに本気で感謝をした。
「凛!私あれやりたい!」
黄泉が指をさした先にあったのは一軒の屋台。
金魚すくいとそう書かれた一つの出店。
ぐいぐいと腕を引かれながら、俺達はそこへ歩いていく。
「金魚すくいか。別にいいけど、俺かなりうまいぞ?……そうだ、ならいっそ勝負する?」
「奇遇ね。私もこういう系統凄い上手なの。……負けた方が一つなにかお願いを聞くっていうのはどう?」
「……へー。いいじゃん。そうしようぜ。課金額は300円くらいまでにしとくか」
「網三枚分ってことね。いいじゃない。時間は三分くらいにしましょ。ぼろぼろに負かしてあげるから」
「随分な自信じゃないか。後でほえ面かいても知らないぞ?……すみません、網六枚貰えますか?」
千円札を渡して俺は網を六個貰う。
とたん、というわけではないがざわめき始める周囲。
それも納得だろう。周囲から注目されていたとんでもない黒髪の浴衣美少女が腕まくりをして金魚すくいへと挑戦しているのだ。俺でもそりゃ見るさ。
「勝負よ、凛。負けてほえ面かかないでよ?」
「ぬかせ。それより黄泉が負けて泣いちゃうことの方が俺心配だな」
「随分妄想が上手くなったじゃない。感心感心」
「妄想かどうかは身をもって知るんだな!」
10分後。
「……なんでそんな上手いんだよ。俺以上の奴とか初めて見たわ」
「ふっふーん。恐れ入ったかー」
「はいはい恐れ入りました恐れ入りました。……くっそー。結構自信あったのにな」
わたがしを売っている露店に500円を出しながら俺はそうぼやく。
金魚すくいには密かながら自信があったのだが、結果は惨敗。見事なまでに無様な負け具合だった。
一応弁解しておくと、俺のスキルはなかなかのものだったのだ。
一般人からすげえすげえ言われるぐらいにはちゃんとすくったし、網だって1枚しか破いていない。金魚すくいのおっちゃんが青くなるぐらいにはすくって見せた。
だが、黄泉はそれ以上であった。ただそれだけの話なのだ。
「はい、わたがし。……次は勝つからな」
「ん、ありがと。勝負はいつでも受けて立つわよ。結果は目に見えてるけどね」
鼻歌なんかを歌いながら綿菓子の封を開ける黄泉。
勝利条件として黄泉から出されたのが綿菓子をおごるというものだったので、黄泉に一つおごったのだ。
まぁもとよりこの祭りのお金は全部出すつもりだったので、いずれ奢っていたとは思うけど。
「んー!おいしー!やっぱ綿菓子って素朴な美味しさがあるわよねー!」
そう言いながら綿菓子をぱくつく黄泉。
無邪気な子供のような笑みを浮かべて、対策室に居る時の黄泉とは印象が全然違う。
年頃の少女の、等身大の笑み。使命を背負った一人の女としての顔ではなく、彼氏の隣を歩くただの女子高生の笑った横顔。
無垢で、清廉で、そして無防備なその表情。子供のような、かわいらしい笑み。
だというのに少し汗ばんだ白い首筋が夜の闇に映えていて、正直かなり艶めかしくて―――
やべ、と思いバッと顔を横にそらす。
女性はそういった視線にかなり敏感なのだ。特に黄泉のことだ。すぐ気づかれてもおかしくはない。
ただ今のは凄く刹那の時間だったし大丈夫だろう……と思って黄泉の方を向きなおすと、ニタァーという効果音が適切な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
やり過ごそうと、しばらく沈黙でその笑みに答える俺。
だが、黄泉のにやにや顔はそんな俺をみて深まるだけであった。
「……なんだよ」
「なーんにもー。凛くんが私にまた見とれてくれるなんて嬉しいなーって」
「ば!なにを!や、んなこと……!」
「無いの?」
「……ぐっ」
「……ふふっ」
そう言って嬉しそうな顔を浮かべる黄泉。
そんな顔もとんでもなく可愛くて、また同じ轍を踏みそうになる。……くっそ。さっきから俺やられっぱなしじゃないか。
「凛にそんな顔してもらえるなんておしゃれした甲斐があったわね」
「……恥ずかしいからあんま言わないでくださいな」
たぶん、夜の闇ではごまかせないぐらい顔が赤くなっていると思う。
……童貞じゃないんだから、年下の女の子にこんないいようにあしらわれるのはどうなのさ、俺。
いやこの身体は童貞だし、黄泉より年下だけどさ。
……惚れた弱みってやつなのかな。
そう思いながら空を仰ぎ見て、実感する。―――本気でこの子に惚れちゃってるんだなぁ。俺。
そんな俺を見て楽し気に綿菓子に齧り付く黄泉。だが、よく見ると実はその頬が赤くなっているのを俺は発見してしまった。
俺が見惚れてしまった程度で、本当に喜んでくれたらしい。なんて、可愛いんだろうか。
「―――あ、花火」
そんなことを思っていると、夜空に鮮やかな閃光が走った。
打ち上げ花火。鮮やかな色と共に空を走り、轟音を響かせて消え去っていく。
「……綺麗」
ぽつりと、黄泉が呟く。
「うん、なんか、すごく綺麗だ」
そして俺もそれに同意する。
元々花火は綺麗なものだし、人の心を感動させるものだけど、今回はことさらそう感じたのだ。
たぶんそれは、この子が隣に居てくれたからなのだろう。俺の隣に。こうやって。
……そう感じたら、ちょっと仕返しをしたくなってしまった。やはり男として、やられっぱなしというのは癪に障るのだ。
「―――黄泉」
「ん、何、凛?よく聞こえな―――」
唐突に。恐らくは黄泉も全く予想していなかったであろうタイミングで、俺は黄泉にキスをする。
「―――っ!!!~~~~!!」
少し暴れる黄泉を、優しく抑える。
唇に触れる柔らかい感覚。でも柔らかいながらもしっかりとした弾力があって、男の唇からは想像もできないほど瑞々しい。
ゆっくり顔を離していくと、さっきとは一転して顔を真っ赤にして、後ずさる黄泉。
「……甘い」
「~~~!!甘いじゃないわよこの馬鹿!!いきなりなにすんのよ!こんな人も多い所で!!」
茹蛸みたいになりながらそう叫ぶ黄泉。
ただ、その声も花火の音と歓声でかき消され、俺以外には届いていないが。
「どうせ誰も見てないよ。みんな花火に夢中になってる」
「~~~!そういう問題じゃ―――!!」
あーもう!とか言いながらわちゃわちゃし始める黄泉。
普段は俺をからかって余裕の表情をしている黄泉だけど、不意打ちには弱かったりするのだ。
基本的に度胸がある子なのでどんな時も堂々としてはいるのだが、時折こんな表情と態度を見せることがある。
しかしそれにしてもこれは。
「……マジで可愛いな」
「~~~~~~~っっっ!!」
「おう!?」
聞こえないだろうと思って思わずぽつりと呟いてしまった直後、左足にとてつもない衝撃が走る。
まるでハンマーか何かでぶん殴られたかのような、がくんと膝が落ちるほどの衝撃。どうやら黄泉の華麗なローキックが俺の太ももをとらえたことでこうなったらしい。
「いった!おま、痛いってこれは!」
「もう知らない!」
蹴りの痛みを雄弁に主張しようとすると、そう言って黄泉はずんずんと花火会場へと向かっていく。
「ちょ、待て黄泉!」
「~~~!」
左足を引きずりながら追いかける俺と、元々白い顔を真っ赤にしながら花火の会場へと歩いていく黄泉。
一見するとただの喧嘩した男女に見えるだろう。だが、そんなことは一切ない。
こんな感じの距離感が、俺と黄泉の距離感なのだ。
こんな時間が、一生続けばいい。いや、俺が続かせて見せる。
喰霊-零-みたいな運命を、伴侶となってくれる少女に歩ませる訳にはいかない。
俺がこの子を救う。何を賭してでも、何を犠牲にしてでもそうすると、俺は俺に誓ったのだ。
この生を全うすると決めた時に。神楽と初めて会った時に。そして、この子に俺が告白した時に。
「悪いって黄泉。謝るからさ」
「……次やったら本気で怒るから」
ぷいっと顔を背ける黄泉だが、言葉からも表情からも間違いなく本気で怒っているわけではないことがわかる。
「ごめんごめん」
「……もう」
そう言って手を差し出してくる黄泉。
それに応じて俺も指を絡める。
手のひら越しに伝わる互いの体温。そして鼓動。
やけに熱くて速かったが、それは俺も同じだろう。
皮膚越しに感じる黄泉のぬくもりに心が癒されながら、俺たちは花火大会の会場へと歩みを進めたのであった。
私にしては珍しく甘さ多めになってます(当社比)
マジ最近黄泉ヒロインにしておけばよかったと心のそこから思ってます。