喰霊-廻-   作:しなー

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第9話 -そんなに急いで何処に行くんだい?-

 腹の底から、何かが上がってくる。

 

 恐らく、これは「不快」という感情なのだろう。

 

 

 

 土宮両親が居るであろう所まで走り続けていると、唐突に気分が悪くなり始めた。

 

 高熱が出ただとか、頭痛がするとかなどの行動に支障をきたすようなタイプの気分の悪さではなく、精神的な、ムカムカするなどといったような気分の悪さだ。

 

 胸糞悪いとでもいうのだろうか。

 

 それが、唐突に湧き上がってきたのだ。

 

 過去類を見ないほどには気色の悪いこの感情。とめどなく溢れながらも、しかし粘ついて俺から離れていかない。

 

 悪感情のゲルに心を浸されたかのような、そんな感覚。

 

 

 

 気持ち悪い。

 

 耐えられないほどでは当然ないが、吐く気なら、今すぐにでも吐けそうだ。

 

 酒を飲んだわけでも、ノロウイルスにやられているわけでもないのに、只々感情の良し悪しだけでここまでの吐き気が催されるのは初めてだ。

 

 これはなんだ?俺が三途河を恐れているという事なのだろうか?そんなに俺はあいつにビビッているということなのか?

 

 

 

 こみ上げる嘔吐感を堪えながら尚走る。

 

 本当になんなんだこの異物感は。

 

 正体不明の気持ち悪さってのが、一番気味が悪い。恐らくだが、この原因がわかればこの不快感は取り除かれる。

 

 

 

 ただ、精神的には不快ではあるのだが、さっきから殆ど敵がいないので肉体面では非常に快適だ。

 

 ついちょっと前の雑魚退治が嘘であるかのように敵がいない。先ほどまでの雑魚は俺が見ていた夢なのかと考えてしまうほどだ。 

 

 閑散としていて、物音もなくて、とても静かな空間が広がっている。

 

 あれだけのカテゴリーCをあっち側に配置したせいで、ここには配置しきれなかったということだろうか?

 

 まぁ流石にあれだけの怨霊をあっちに置いたのだ。こっち側は手薄になるのも仕方がないだろう。流石にあの雑魚も打ち止めになって―――

 

 

―――いや、ちょっと待て。

 

 

 あまりに思考が楽観的になりすぎている。

 

 楽観的どころの話ではない。もはやご都合主義のレベルだ。日和見主義と言っても過言ではない。

 

 自分が望む状況に、自分の仮説にとって有利な方向に、自分の思考を誘導してしまっている。

 

 こんな静寂、話をするのにピッタリじゃないか。

 

 

……俺が殺していたカテゴリーCはどんな奴らが多かった?

 

 俺の周りに、俺を狙って存在していたカテゴリーCはどんなのがいた?

 

 確か。いや、そんな曖昧な言葉を使わずとも鮮明に覚えている。

 

 

 それは、俺が殺していたカテゴリーCは、

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そんなに急いで何処に行くんだい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い蝶が舞う。

 

 美しい青と黒のコントラスト。

 

 喰霊-零-の絶望の象徴。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――蟲が殆どだったはずだ(・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「驚いたよ。まさか僕の蟲があそこまで簡単に倒されちゃうなんてさ。結構な数を配置したつもりだったんだけど、流石は神童ってところかい?」

 

 

 目の前の少年は不敵に笑う。

 

 男にしては長い白髪に、ワイシャツの上に羽織った赤いベスト。そして、その周りを舞う青と黒のコントラストが美しい大量の蝶。

 

 喰霊-零-最大の敵であり、ある意味ではこの物語の生みの親。

 

 三途河カズヒロ。

 

 あのすべての悲劇のトリガーたる存在。神楽の母を殺し、諌山冥を魔道に導き、諌山黄泉をカテゴリーAへと堕とした張本人にして全ての元凶。

 

 

 思わず息を飲む。

 

 土宮さん達ではなく、真っ先に俺を狙ってくるとは。

 

 

 

 

 見た目だけはぞっとするほどに美しい蝶を侍らせながら、不敵に木の幹に座ってこちらを見下ろす三途河。

 

 その光景だけならば夜の木々から漏れる月の光に照らされた幻想的な光景に、美少年が佇んで居るだけ。俺の目に移っているのは絵になる程の、ただただ美しい情景だろう。

 

 だが、俺を蝕む不快感は止まらない。むしろ、さっきよりも断然強くなっている。

 

 まるで悪感情という概念をヘドロにして俺の心にへばり付かせているみたいだ。

 

 動かない、いや動けないでいる俺を見下ろして、こいつ(三途河)は何を思っているのだろうか。

 

 

 一応、このパターンは考えてあった。俺とこいつが、一対一で向かい会うというシチュエーション。それを考えないほど、俺は愚かではないつもりだ。

 

 そして一応ここからの行動も考えてはある。

 

 だが、何故こいつはここに、俺の元に現れた?

 

 俺が邪魔だったから?俺の戦力が、土宮舞に殺生石を与えようとする行為の妨げになると考えたから?

 

 それなら次にこいつがやる行動は決まってる。俺を行動不能にしようと自らでかかってくるか、先ほどみたいに物量攻めを仕掛けてくるかのどちらかだ。

 

 情けない話ではあるが、前者なら逃げ回っていればいい。森での動きには自信があるから別動隊がこちらに駆けつけるまで逃げ切ってやる自信はある。それに多分そのうち諌山冥も合流するし、守ろうとしている相手を当てにするのも馬鹿げた話ではあるが、土宮の二人が合流すれば間違いなく形勢は逆転する。

 

 土宮舞を守りながらと言えども、三途河の能力を知っている人間が一人と、それ以外にも実力者が二人も居る状況では流石の三途河も撤退せざるを得ないだろう。

 

 それに後者だったとするならさっさと全部駆除するなりして土宮の二人に合流すればいい。出される量によっては辛いところがあるが、それでも何とかなる。

 

 

「そこまでやるなんて想像もつかなかったよ。もう少し配置しておけばよかったかな。―――いや、君にはどのみち無意味かな」

 

 とん、という軽い音を立てて地面に降り立ってくる三途河。

 

―――だが、俺の目の前に現れた理由がそれではなかったとしたら?

 

 俺の目の前に現れた理由が、俺が邪魔だからではないとしたら?

 

 

 

 俺と同じくらいの背丈に、俺と同じくらいの外見年齢。確か、13歳という設定だったはずだ。しかし殺生石による霊力補助と、原作を読んでもよく分かっていない巫蠱術と、黄泉を串刺しにした棒手裏剣のスキルは確かなものであり、その力は外見年齢と決して比例するわけではない。

 

 全くもって油断ができない相手だ。こいつと戦ってどうなるのか全く分からない。

 

 棒手裏剣はどうでもいいにせよ、巫蠱術と呼ばれる蟲を使う術式に関しては全くもって情報がない。

 

「―――それにしてもあっちを無視してこちら側に走ってくるなんて、もしかしてこの騒ぎの元凶である(カテゴリーA)を探しにきてくれたのかい?それとも―――」

 

 すっと片目にかかっていた髪を上げる。

 

 鈍いルビーのような。しかしそれよりも禍々しい色をしたそれ。

 

 殺生石。九尾の狐の魂の欠片。純粋な妖力の塊。

 

 三途河の目の代わりに埋め込まれているそれは、想像していたよりも遥かに恐ろしくて、何よりも不快で仕方がなかった(・・・・・・・・・・)

 

「―――この石(殺生石)をお探しなのかい?」

 

 それを見た瞬間、俺のこの得体のしれない気持ち悪さは頂点を極めた。

 

 これだ(・・・)この石だ(・・・・)

 

 さっきから俺に不快な思いをさせてくれていたのは、この石だ。三途河の目に埋まっている、その存在が俺をどうしようもなく不安にさせる。

 

 

 

「おや、驚かないのかい?もしかして元凶がこれで、僕がこれを持ってるって知ってたのかな?」

 

 

 

―――ああ。知ってるさ。知っているに決まっている。多分、一生忘れることなんてないだろうさ。

 

 それこそ例え、死んだとしても(・・・・・・・)

 

 

「僕はね、探しているんだ。この石を持つのにふさわしい存在を」

 

 

 三途河、なぜお前はここに現れた?

 

 俺が邪魔なら、単に雑魚で足止めでもするなり、不意打ちで攻撃を仕掛けてくるなり方法はいくらでもあったはずだ。

 

 それなのに、なぜ俺の目の前に現れた?

 

―――そんなの決まってる。

 

 こいつ自身も言ったように、こいつの行動原理は殺生石にふさわしい人間を探し出すことだ。 

 

 それを利用して、母親を生き返らせることだ。

 

 その為には殺生石を使うに値する憎悪と、欲望を持った人間を選ぶ必要がある。そして、それは正直誰でもいいのだ。

 

 そこから導き出される結論は一つ。彼女たちが候補者として確定していると思って、正直考えてもいなかったが、

 

 

「小野寺凛。果たして君はこれを持つにふさわしい存在かな?」

 

 

 

 

 

 

―――俺が、その担い手候補になったってことだ。

 

 










前回、「今回は長くなります」っていったな。
あれは嘘だ。
てかそもそも前回短くないし。むしろ長い分類だし。

まじめな話、多分次回が長いです。
話の長さも、更新までも←

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